2017年10月09日

寺泊御書P952

聞かんと欲せず信ぜんと欲せず其の機に当らざるは言をだして謗(そし)ること莫(な)きも皆怨嫉の者と定め了んぬ―――
 寺泊御書P952
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女性に贈ることば365日 10月9日

女性に贈ることば365日
 池田大作
10月9日
親の恩は深い。親を苦しませたり、
悲しませたりしてはならない。
親を喜ばせ、楽しませてあげよう、
と努力できる人は大人である。
その努力はまた、
自分自身の勝利に直結していく。


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2017年10月08日

名字の言〉 2017年10月8日

結婚式のスピーチなどでしばしば耳にする「三つの坂」。@上り坂A下り坂、そしてBまさか、である。人生、調子が良い時も、悪い時も、さらに予想もしない出来事が起きた時も、力を合わせて乗り越えてほしいという励ましだ▼「まさか」と、一瞬ひるむほどの困難に出あう――程度の差はあれ、誰にでも経験のあることだろう。人生の先輩方が、自身の経験と重ね合わせて語るからこそ、心に響く助言になるのかもしれない▼では、ピンチの時にどうするか。“赤毛のアン”で有名なカナダの作家モンゴメリーは、主人公のアンに語らせている。「小さな障害は、笑いの種だと思い、大きな障害は、勝利の前兆だと考えられるようになったの」(掛川恭子訳『アンの愛情』講談社)▼池田先生はこの言葉を紹介し、「状況が厳しければ厳しいほど、強気で人生を生き抜いていくことだ。勇気をもって、断固として前へ、また前へ、突き進んでいくことだ」と述べている▼御金言に「わざはひも転じて幸となるべし」(御書1124ページ)と。何があろうと、我らには、全てを前進の力に変えゆく、無敵の信仰がある。ピンチこそチャンスと“攻めの姿勢”を貫き、一切の障害を「風の前の塵」(同232ページ)と吹き飛ばす勇者でありたい。(道)
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名字の言〉 2017年10月8日

結婚式のスピーチなどでしばしば耳にする「三つの坂」。@上り坂A下り坂、そしてBまさか、である。人生、調子が良い時も、悪い時も、さらに予想もしない出来事が起きた時も、力を合わせて乗り越えてほしいという励ましだ▼「まさか」と、一瞬ひるむほどの困難に出あう――程度の差はあれ、誰にでも経験のあることだろう。人生の先輩方が、自身の経験と重ね合わせて語るからこそ、心に響く助言になるのかもしれない▼では、ピンチの時にどうするか。“赤毛のアン”で有名なカナダの作家モンゴメリーは、主人公のアンに語らせている。「小さな障害は、笑いの種だと思い、大きな障害は、勝利の前兆だと考えられるようになったの」(掛川恭子訳『アンの愛情』講談社)▼池田先生はこの言葉を紹介し、「状況が厳しければ厳しいほど、強気で人生を生き抜いていくことだ。勇気をもって、断固として前へ、また前へ、突き進んでいくことだ」と述べている▼御金言に「わざはひも転じて幸となるべし」(御書1124ページ)と。何があろうと、我らには、全てを前進の力に変えゆく、無敵の信仰がある。ピンチこそチャンスと“攻めの姿勢”を貫き、一切の障害を「風の前の塵」(同232ページ)と吹き飛ばす勇者でありたい。(道)
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本当の自分を把握する

 藤樹先生、蕃山先生を追想致しまして、
 なによりも先ず気のつくことは、
 先生達がいかに真剣に
 学ばれたかということであります。
 (中略)
 先生方の性命を打込んで
 された学問というものは、
 決して外物を追う、
 単に知識を得る、
 或は資格を得る条件にする、
 というような功利的目的のためではない。
 その最も大切な意義は、
 自分が自分に反【かえ】る、
 本当の自分を把握するということであった。
 自分というものをはっきりつかんで、
 自分の本質を十分に発揮する
 ということであったわけであります。
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開目抄P201

「障り未だ除かざる者を怨と為し聞くことを喜ばざる者を嫉と名く」―――
 開目抄P201
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女性に贈ることば365日 10月8日

女性に贈ることば365日
 池田大作
10月8日
子どもには、
思い出をたくさんつくってあげることです。
子どもたちのために、
私は手品をすることもあるし、
ピアノを弾くこともある。すべて、
なんらかの思い出をつくってあげたいとの気持ちなのです。
幼き日のよき思い出は、
一生を支える力となるからです。



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女性に贈ることば365日 10月8日

女性に贈ることば365日
 池田大作
10月8日
子どもには、
思い出をたくさんつくってあげることです。
子どもたちのために、
私は手品をすることもあるし、
ピアノを弾くこともある。すべて、
なんらかの思い出をつくってあげたいとの気持ちなのです。
幼き日のよき思い出は、
一生を支える力となるからです。



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2017年10月07日

暁鐘 三十二

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 三十二

 六月一日午前、山本伸一は宿舎のホテルでローマクラブのアウレリオ・ペッチェイ会長と会談した。会長は、前日にロンドンからローマの自宅に戻り、朝、ローマを発ち、自ら車を運転して、四時間がかりで訪ねて来たのである。七十二歳にして疲れも見せず、精力的に動く姿に、伸一は感嘆した。理想に向かい、信念をもって行動する人は若々しい。
 二人の間では、対談集発刊の準備が進んでおり、この日も、指導者論などをテーマに語り合い、対談集の構成等の検討も行われた。
 ペッチェイ会長との会談を終えた伸一は、青年たちの代表と、ダンテの家へ向かった。
 家は石造りの四階建てで、博物館になっており、外壁には彼の胸像が飾られていた。
 ダンテは、ヨーロッパ中世イタリアの最高の哲人・詩人であった。一二六五年、フィレンツェに生まれ、三十歳の時、祖国のために尽くそうと政治家になり、頭角を現していく。しかし、政争と嫉妬の渦に巻き込まれ、無実の罪で祖国を永久追放される。
 彼の胸には、虚言、捏造、陰謀によって、正義が邪悪とされ、邪悪が正義とされる転倒を正さねばならぬとの、怒りが燃えていた。そして、『神曲』の執筆に着手し、キリスト教に基づく死後の世界を描き出していった。
 そこでは、虚飾や偽りは、一切、通用せず、誰もが生前の行為によって厳たる報いを受ける。人気を博した政治家も、著名な学者も、勲功の将軍も、聖職者たちも、皆、冷徹に容赦なく裁かれ、地獄に落ちていく。
 彼は死後の世界を描くことで、人は、いかに生きるべきかを突きつけたのである。
 仏法は、三世を貫く生命の因果の理法である。この法に則り、日々、広宣流布という極善の道を行くわれらは、三世永遠に、崩れざる幸福境涯を確立できることは間違いない。
 日蓮大聖人は、「い(生)きてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり」(御書一五〇四ページ)と仰せである。使命に生き、勇み戦う歓喜の境涯は永遠であり、死して後もまた、われらの生命は歓喜に燃え輝く。
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名字の言〉 2017年10月7日

全国一のカキ養殖量を誇る広島県。身を大きくするのに必要な、大切な工程がある。それは、カキの幼生を“潮の干満にさらす”こと。わずか約0・3ミリの幼生は、外気に当てるなど厳しい条件の中で育てることで、濃厚な味わいと豊富な栄養分を持つ▼広島市からフェリーで30分の江田島。同志の原点になったのが1978年(昭和53年)10月7日に開催された第1回「離島本部総会」である。池田先生が入場すると、約120の島から集まった同志から大歓声が。江田島の友は島をアピールする5メートルの横断幕を掲げ、喜びを表現した▼あれから39年――島の同志は見事な実証を示す。ある壮年は度重なる病や会社の倒産など苦難の嵐に襲われた。しかし本年、カキ打ち場を改装したカフェを開店。妻や息子と共に厨房に立ち、全国各地からの客で店は大繁盛。「困難が信心を鍛えてくれたんだ」と“海の男”は破顔一笑する▼あの総会で池田先生は「信心強盛な一人の学会員がいれば、島全体が希望に包まれ、歓喜に満たされていきます」と語った。一人立つ――島の広布史は師弟の誓いに生き抜く、幾万の勇者のドラマでもある▼旧習や偏見の波浪をも自身を鍛える糧として、太陽の存在と輝く島の同志を心からたたえたい。きょうは「勝利島部の日」。(子)
posted by ハジャケン at 10:24| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

優遊自適

 最初に漢民族が困ったのは、
 黄河の氾濫【はんらん】である。
 つまり黄河の水処理に非常に苦しんだ。
 だから漢民族の始まりは、
 ほとんど黄河の治水の記録と言うていい。
 それで、いろいろ水と戦ったのだが、
 何しろあの何千キロという河ですから、
 紆余【うよ】曲折して、ある所に治水工事をやると、
 水はとんでもない所へ転じて、
 思わざる所に大変な災害を引き起こす。
 苦情が絶えない。
 そこで長い間、治水に苦しんで到達した結論は、
 結局「水に抵抗しない」ということであった。
 水に抵抗するとその反動がどこへ行くやらわからん。
 水を無抵抗にする。
 すなわち水を自由に遊ばせる。
 これが結論で、そこで水をゆっくりと、
 無抵抗の状態で自ずからに行かしめ、
 これを「自適【じてき】」と言うた。
 適という字は行くという字。
 思うままに、つまり無抵抗に
 行く姿を自適という。
 抵抗がないから自然に落ち着いて、
 ゆったりと自ずからにして行く。
 これが「優遊自適【ゆうゆうじてき】」であります。
posted by ハジャケン at 10:21| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上野殿御返事P1539

日蓮が弟子にせう房と申し・のと房といゐ・なごえの尼なんど申せし物どもは・よくふかく・心をくびやうに・愚癡にして・而も智者となのりし・やつばらなりしかば・
事のをこりし時・たよりをえて・おほくの人を・おとせしなり―――
 上野殿御返事P1539
posted by ハジャケン at 10:20| 山梨 ☁| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする