2017年06月12日

教師の要諦

 教育者が、自分の教える相手から、
 自分も教えを受けようとする気持がなくなると馬鹿になる。
 先生課業の者は、
 沈黙の時間を努めて多く持つ様にしないと気が荒む。
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富木入道殿御返事P955

命限り有り惜(おし)む可からず遂に願う可きは仏国也―――
 富木入道殿御返事P955
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女性に贈ることば365日 6月12日

女性に贈ることば365日
 池田大作
6月12日
正しき行動の人は、
たとえ無認識な人から軽蔑され、
非難されようとも、必ず、
その偉大さが証明されるようになる。
また、真剣な行動は、
心ある人の共感の眼差しをひきつけずにはおかない。


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名字の言〉 2017年6月11日

各地で梅雨入りし、「五月雨」が降り続いている――こう書くと“もう6月なのに、なぜ五月雨?”と思われる方もいるかもしれない▼五月雨は、旧暦5月に降る長雨のこと。今の6月に当たり、本来は梅雨を指す。「五月晴れ」も同じく、元は梅雨のさなかの晴れ間のことだった。端午の節句も、古くは梅雨時の行事。菖蒲の香りは、じめじめした長雨の毒消しになった▼五月雨は、歌にも数多く詠まれてきた。例えば「日の道や葵傾くさ月あめ」(芭蕉)――梅雨にぬれて、葵の花が傾いて咲いている。その傾く方向は、太陽の通る道筋。日は出ていないが、葵も日の光を慕っているのだ、と▼3月まで神戸で開催された学会主催の企画展「No Rain No Rainbow(=雨が降るから虹が懸かる) 7色に輝く女性展」。そこでカナダの作家モンゴメリーの言葉が紹介されていた。「どんな人の人生にも憂鬱と落胆の日々があるだろう」「けれど、いつでも空に太陽があるということを忘れてはいけない」(桂宥子訳『モンゴメリ日記 愛、その光と影』立風書房)▼梅雨の雨があるから、実りの秋は訪れる。人もまた、悲しみや苦しみといった“雨の日”があるからこそ、幸福という太陽の貴さを知り、人生を実り多くしていける。(鉄)
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2017年06月11日

学人の悪智

 学をする人はかならず悪慧を生ず。
 その故(ゆえ)如何となれば、
 人を超えんと欲して才ある人を壓す。
 しかも又(また)不才のものを笑う。
 眼を高くして人を直下に見る。
 無学の人は諍(あらそ)う所なし。
 これ学力無き故、我が本然の心を存するなり。
 学をする人は曲節多く、学無き人は直心なり。
 学をする人は人を疑い、学無き人は人を信ず。
 信はそれ万行の始終なり。
 只(ただ)学をなして悪慧を求めんよりは、
 寧(むし)ろ無学にして自己を存せよ。
 往昔(おうせき)は学びて道を明らめ、
 身を直くし、心を清くす。
 今は学びて悪智を長ず。これ時なり。
 (沢庵『玲瓏随筆』)
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種種御振舞御書P910

法華経の肝心・諸仏の眼目たる妙法蓮華経の五字・末法の始に一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に日蓮さきがけしたり、
わたうども二陣三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ天台・伝教にもこへよかし―――
 種種御振舞御書P910
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女性に贈ることば365日 6月11日

女性に贈ることば365日
 池田大作
6月11日
晩年の顔は、ごまかしがきかない。
人生の年輪が刻まれ、
隠しようがない。
なかでも眼は、雄弁にその人を語る。


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2017年06月10日

雌伏 六十六

小説「新・人間革命」〉 雌伏 六十六

 山本伸一の会長辞任から、間もなく一年がたとうとしていた。
 しかし、学会を取り巻く状況は、いまだ騒然としていた。宗門として、学会に対する誹謗や中傷はやめ、檀徒づくりをしないと約束したにもかかわらず、若手僧の大多数は、それを無視した。むしろ、この時とばかりに、学会への非道な攻撃を繰り返したのだ。
 学会を敵視する宗門僧の勢力は、ますます増大し、宗内の教師資格をもつ僧のうち、三分の二ほどになっていた。
 彼らは、伸一が会長辞任、法華講総講頭の辞任を発表した直後の一九七九年(昭和五十四年)四月末に、学会批判のために檀徒新聞「継命」を創刊していた。
 さらに、六月に行われた宗会議員補欠選挙に彼らの代表が立候補し、一議席を争うこの選挙で、対立候補を大差で破り、当選を果たしたのである。勢いづく彼らを、学会攻撃へと煽り続けたのが、山脇友政であった。
 若手僧の多くは、少年期に総本山の募集に応じて得度した法主・日達の直弟子であった。しかし、その日達が学会批判を禁じても、宗内で力を得ていった彼らは、聞き入れなかった。
 さらに七月、師僧であった日達が他界し、阿部信雄が日顕を名乗り、法主になると、彼の指導に従おうとはせず、対決姿勢をあらわにしていった。
 年が明けた八〇年(同五十五年)一月には、第四回となる全国檀徒総会が開催された。
 そして二月、次の宗会議員選挙(定数十六)に十六人が立候補することを決めたのである。自分たちが宗会を牛耳り、学会をさらに追い込んでいこうと企んだのだ。実際に彼らが、相当数の議席を獲得しかねない状況であった。
 学会の行く手には、障魔の激浪が牙を剝いていた。日蓮大聖人は、「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(御書一二八二ページ)と叫ばれた。勇気をもって、幾重にも襲い来る怒濤に立ち向かい、乗り越えてこそ、広宣流布の大海に躍り出ることができるのだ。
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名字の言〉 2017年6月10日

仕事やスポーツなどで優れた結果を出すには、チームワークが不可欠。しかし多様な人々を一つにまとめるのは容易ではない▼一昨年までラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた荒木香織氏は、「コミュニケーションが勝利の要」と語る(「潮」7月号)。まず大事なのは@リーダーが目標やビジョンを皆と共有すること。作業の指示や数字の押し付けだけでは一人一人が主体性を持てないからだ。またAメンバーが自身の定めた目標に挑み、それがチーム全体の目標の達成に結び付くようにすることも重要である▼最も大切なのはB組織内の他者に興味を持ち、互いを理解するよう努めること。日常生活も含めて相手のことを知るなど、意識的に関係づくりをしてこそ、チームの団結力・共感力は上がるという▼学会が強い団結を築き上げた理由の一つは、体裁や虚飾を取り払った「人間としての絆」を重んじてきたからだ。家庭や仕事、病気の悩みなど苦しいことも率直に語り合い、励まし合う。その中で築かれた互いへの信頼と理解が、各人の苦難の山、そして広布の峰を越えゆく力となってきた▼我らの活動の根本は一対一の語らいだ。相手の状況に耳を傾けながら、激励の言葉を送りたい。その積み重ねが幸福と勝利への王道である。(駿)
posted by ハジャケン at 09:14| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心 聾

 心聾(しんろう)ということあり。
 心聾とは心の耳つぶれという文字なり。
 鈍(どん)なるものは耳の遠い様なり。
 人の言うことをちゃくとは聞き得ず。
 さらば耳が遠きかと思えば、耳は遠からず。
 心が鈍き故に、耳に入りながら、心に合点する処遅きによりて、
 耳の遠きようにあるものなり。
 まさしく耳には入れども、心に得ざるなり。
 心聾とはこれを言うなり。(沢庵「玲瓏随筆」)
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御義口伝P784

桜梅桃李の己己の当体を改めずして無作三身と開見すれば是れ即ち量の義なり―――
 御義口伝P784
posted by ハジャケン at 09:11| 山梨 ☁| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 6月10日

女性に贈ることば365日
 池田大作
6月10日
わが家の平和といっても、
苦労や悩みが何もない状態ではない。
どんな嵐のような時であっても、
家族が輝いていればよいのです。
その一家の太陽こそ、お母さんです。


posted by ハジャケン at 09:10| 山梨 ☁| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする