2017年06月18日

名字の言〉 2017年6月18日

東京・調布駅前の商店街に「妖怪」がいる。一反木綿、ねこ娘、目玉おやじを頭に乗せた鬼太郎……ご存じ、「ゲゲゲの鬼太郎」の像である。作者の故・水木しげるさんは調布市民だった▼自宅の仕事部屋には、ドイツの文豪ゲーテの格言を紙に書いて張っていたという。太平洋戦争勃発後、水木青年が“人生とは何か”と悩み、答えを求めた相手がゲーテだった。兵隊に召集され、『ゲーテとの対話』の文庫本を雑囊に忍ばせて戦地に赴いたとの逸話も(『ゲゲゲのゲーテ』双葉新書)▼池田先生も終戦後、10代でゲーテの著作と出合った。20代には、戸田先生のもとで文豪の作品を学びに学ぶ。以来、折に触れ、ゲーテを通して友に励ましを送ってきた。調布の青年たちに親しみを込めて「君シラー/我はゲーテと/創価かな」と詠んだこともある▼ゲーテは文豪シラーをはじめ、英国の歴史家カーライルやロシアの詩人プーシキン等とも、積極的に交友を結んだ。「何事かをなしとげようと思ったら、他人の協力と刺戟が必要だ」(山下肇訳)と考えたからだ▼思えば「ゲゲゲの鬼太郎」も、個性豊かな仲間と協力して悪い妖怪と戦い、平和な世界を築こうとする物語。立正安国を目指す創価の運動もまた、友情と団結の力で進んでいく。(之)
posted by ハジャケン at 09:14| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛読書

 本も愛読書は慣れてみると血が通うというか、心が通う。
 書物が本当に生き物のようになる。
 長く親しんだ愛読書というものは、
 これは実に楽しいもので、まさに親友と同じものになる。
 おもしろいもので、心から読む、心読すると書物が生きてくる。
posted by ハジャケン at 09:13| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

千日尼御前御返事P1310

此の経文は一切経に勝れたり地走る者の王たり師子王のごとし・空飛ぶ者の王たり鷲のごとし―――
 千日尼御前御返事P1310
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女性に贈ることば365日 6月18日

女性に贈ることば365日
 池田大作
6月18日
「相対的幸福」とは、
経済的な豊かさや社会的な地位など、
自分の外の世界から得られる幸福である。
それは、ひとたび環境や条件が変われば、
いともたやすく崩れ去ってしまうものだ。
それに対して「絶対的幸福」とは、
いかなる困難や試練にも負けることなく、
生きていること自体が楽しくて
仕方ないという境涯の確立である。



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2017年06月17日

名字の言〉 2017年6月17日

小学4年生の子が、宿題で日記を付けていた。父が偶然、見てみると、どうもおかしい。一緒に出掛けたはずの日に、自分の知らない、全く別の行動が書いてある▼不思議に思って尋ねると、これは「他人日記」だという。つまり“自分ではなく友達の日記を、友達になったつもりで書く”という宿題なのだ▼例えば友達が公園に行ったとする。その子がどんな遊具が好きで、誰と遊んで、何を思ったかなどを、自分なりに想像を膨らませながらつづっていく。日記には直接、友達に聞いたことも含まれていた。その中で友達の長所に気付いたり、自分と共通する部分を発見したりするという▼他者の気持ちを想像することは、子らの心の成長に欠かせないばかりでなく、大人にも大切な姿勢だろう。人の気持ちは常に動いているもの。“相手は分かってくれている”と決め付けず、人情の機微を理解し、念には念を入れ、誠意をもって思いを伝えることが必要な時もある▼御書に「友達の一日に十度・二十度来れる人なりとも千里・二千里・来れる人の如く思ふて礼儀いささか・をろかに思うべからず」(1527ページ)と。日常的に触れ合う友にも、遠くの友にも真心を尽くすのが仏法者の振る舞いであり、広布を開く道であることを忘れまい。(行)
posted by ハジャケン at 09:24| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

相 棒

 物事を研究する秘訣は、相棒を見つけることだ。
 相棒は人間でも書物でもよい。
 自分が真剣になりさえすれば必ず見つかる。
posted by ハジャケン at 09:21| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

四条金吾殿御返事P1163

一生はゆめの上・明日をごせず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず―――
 四条金吾殿御返事P1163
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女性に贈ることば365日 6月17日

女性に贈ることば365日
 池田大作
6月17日
正義の女性の雄弁に、
かなうものはない。
真剣な女性に声に、
勝るものはない。

posted by ハジャケン at 09:19| 山梨 ☀| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

雄飛 二

小説「新・人間革命」〉 雄飛 二

 二十二日午前、山本伸一たち訪中団は、北京市の中国歴史博物館で開催中の「周恩来総理展」を参観したあと、故・周総理の夫人で、全国人民代表大会常務委員会の副委員長等の要職を務めるケ穎超の招きを受け、中南海の自宅「西花庁」を訪れた。
 彼女の案内で、海棠やライラックの花が咲く美しい庭を回った。亡き総理が外国の賓客を迎えたという応接室で、伸一は一時間半にわたって懇談した。前年四月、日本の迎賓館で会見して以来、一年ぶりの対面であり、総理との思い出に話が弾んだ。
 この日午後、人民大会堂で行われた歓迎宴でも、周恩来の生き方が話題となり、ケ穎超は、総理の遺灰を飛行機から散布したことについて語った。胸を打たれる話であった。
 「若き日に恩来同志と私は、『生涯、人民のために奉仕していこう』と約束しました。
 後年、死んだあとも、その誓いを貫くために、『遺骨を保存することはやめよう』と話し合ったんです」
 遺骨を保存すれば、廟などの建物を造ることになり、場所も、労働力も必要となる。それでは、人民のために奉仕することにはならない。しかし、大地に撒けば、肥料となり、少しでも人民の役に立つこともできる。
 ところが、中国の風俗、習慣では、それはとうてい受け入れがたいことであり、実行することは、まさに革命的行動であった。
 「恩来同志は、病が重くなり、両脇を看護の人に支えられなければならなくなった時、私に念を押しました。
 『あの約束は、必ず実行するんだよ』
 そして、恩来同志は亡くなりました。私が党中央に出したお願いは、ただ一つ、『遺骨は保存しないでください。全国に撒いてください』ということでした。この願いを毛沢東主席と党中央が聞いてくれ、恩来同志との約束を果たすことができたんです」
 人民への奉仕に徹しきった周総理を象徴するエピソードである。意志は実行することで真の意志となり、貫くことで真の信念となる。
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名字の言〉 2017年6月16日

小学校教諭の教育部員が、常々、子どもたちに伝えていることがある。「人生は宝探しゲームだよ」。お金では買えない、けれど大切なものを、たくさん見つけよう、と▼「私は一日に『ありがとう』を100回言うの」と語る92歳の婦人を取材した。東京・足立区の団地で、一つ年上の夫を在宅介護する。最初の“ありがとう”は毎朝、目覚めた瞬間。「見える目に、聞こえる耳に」。ポストに届いた本紙を手にすれば、無冠の友のぬくもりを感じる。1時間かけて熟読。同志の信仰体験に、師の励ましに感謝する▼親切なケアマネジャーや介護スタッフに対しても必ず「ありがとう」。「父の日」を前に、夫へのプレゼントを持って来てくれた友人と対話が弾む。就寝前、御本尊に合掌する。「きょうも、たくさんの宝物が見つかりました」。これまで実らせた弘教は60世帯以上。子も孫も皆、広布後継の道を歩む▼最上の幸福とは? そう問われ、釈尊は答えた。「諸々の賢者に親しみ、尊敬すべき人々を尊敬すること」と(スッタニパータ)▼自分がどれほど多くの人やものに支えられているか、気付ける人には愚痴がない。「感謝」を心の基調にする人は、どんな試練も幸福への薪にできる。人生の宝は、すぐ近くにあるものである。(恭)
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安重深沈 3

 それに続けて、「其他(そのた)浮薄(ふはく)にして
 好(この)みて任(にん)じ、
 能(のう)を翹(つまだ)てて自ら喜ぶは、
 皆、行(おこない)、逮(およ)ばざる者なり」とあるのですが、
 自らを好しとして、自分の才能をひけらかし、
 自己満足をしているような人物は、行いの及ばない者である。
 そういうことではいい仕事はできないし、
 ものにならないというのです。
 「即(も)し諸(これ)を行事に見(あら)わせば、
 施為(せい)、術無(すべな)く、反(かえ)って事をやぶる。
 此等(これら)は只(た)だ談論(だんろん)の
 科(とが)に居(お)る可(べ)きのみ」(呻吟語・品藻)
 そういう人に仕事をやらせてみると施為、
 つまりやることなすことに術を知らず、かえって失敗する。
 これらは談論の科、ただ口先だけで実行を伴わないものだというのです。
posted by ハジャケン at 09:22| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

曾谷入道等許御書P1039

若し此の書を見聞して宿習(しゅくじゅう)有らば其の心を発得(はつとく)すべし―――
 曾谷入道等許御書P1039
posted by ハジャケン at 09:21| 山梨 ☀| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする