2017年08月13日

女性に贈ることば365日 8月13日

女性に贈ることば365日
 池田大作
8月13日
おじぎの仕方ひとつで、
「いいな。素晴らしいな」と、
さわやかな余韻を残し、
ご両親の風格までしのばせる人がいるものだ。
家庭にどんな風が吹いているか。
子どもはその家風を胸いっぱいに吸い込んで大きくなる。

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2017年08月12日

名字の言〉 2017年8月12日

南アフリカ共和国「ドラケンスバーグ少年合唱団」の民音公演が好評のうちに閉幕した。全国25都市で約3万8000人が鑑賞。各地での学校コンサートや、少年少女部の合唱団との交流も行われ、“虹の国”のハーモニーが列島を包んだ▼少年合唱団のメンバーが、東京・信濃町の民音文化センターを訪れた時のこと。古典ピアノや自動演奏楽器を前に、元気にはしゃぐ少年たち。だが、ある映像が紹介されると、途端ににぎやかな声がやんだ。池田先生とネルソン・マンデラ元大統領の初会見の様子である▼1990年10月31日、聖教新聞本社。池田先生は500人の青年と共に“人権の闘士”を迎えた。ロビーでは南ア人民の愛唱歌「オリサッサ・マンデラ」を、創価大学生の代表が合唱。マンデラ氏は満面の笑みで見つめていた▼この出会いをきっかけに始まった両国の文化交流――。今公演の“原点”ともいうべき映像に見入りつつ、合唱団の団員もまた、マンデラ氏に負けないほどの笑顔になっていた▼団員の一人が語った。「日本の皆さんの“ありがとう”の言葉をエネルギーに、もっと多くの人を笑顔にしていきたい」と。池田先生が真心で結んだ友情の懸け橋。今、後継の青年が往来し、平和への道を大きく広げている。(湧)
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達徳明眼の師友

 食物は得易い。また粗食でも甘んずることができる。
 けれども、良い師友は実に得難い。
 そして、こればかりは粗末で済まされない。
 我々の人格が純真熱烈なほど達徳明眼の師友を
 渇仰【かつごう】して止まないのである。
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南条殿御返事P1531

国王のたからは左右の大臣なり・左右の大臣をば塩梅(あんばい)と申す、
みそしを・なければよわたりがたし・左右の臣なければ国をさまらず―――
 南条殿御返事P1531
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女性に贈ることば365日 8月12日

女性に贈ることば365日
 池田大作
8月12日
いかに生きたか。
いかに世の中の役に立ったか。
無名であっても、
立派な家に住んでいなくても、
誠実に、
人びとのために尽くしていく人こそ、
心の財宝を積んでいける。
その人こそ、
本当の幸福を実感できる。


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2017年08月11日

名字の言〉 2017年8月11日

先輩から聞き、今も胸に残る言葉がある。「視界に入るものの中で一番高くそびえるのが、高層ビルではなく、山というのは幸せだ。山は人を謙虚にさせる」。山は言葉を発することはないが、見る人に何かを語り掛け、心を満たしてくれる▼石川啄木は詠んだ。「ふるさとの山に向ひて/言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな」。郷里の岩手山を仰ぐ啄木の心には、畏敬や感謝とともに、その威容のように自己を築き上げる決意が込み上げたのではないか▼本紙通信員を務める婦人部員は、ことあるごとに自宅から程近い場所で、岩手山を撮り続けてきた。「二科展」の「二科会写真部展」での受賞歴もある腕前の彼女が、“渾身の作”という岩手山の写真を見せてくれた。「良いと思う写真は、決まって、悩みと格闘している時のものです」▼子どもの不登校、親の介護、自身の病……試練と戦う渦中でカメラに収めた力作は、これまで何度も本紙を飾ってきた。不動の大山に、自身の不退の決意を重ねながら、シャッターを切ったに違いない▼初代会長の牧口常三郎先生は、「吾人は山と一致せるものとして、ともに苦楽をともにし」と記した(『人生地理学』)。わが胸中にも仰ぎ見る大山を抱き、偉大な人生を登はんしたい。(城)
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師友を求める心

 我々の人生が真に確立し、
 もはや惑うこともなくなるまでには、
 到底自分の独力でなし得られるものではない。
 それには我々の天稟【てんびん】が余りに貧弱で
 無力で下根【げこん】である。
 我々は常に権威ある人格、品性、気魄、
 才能に接触し誘掖【ゆうえき】され陶冶【とうや】されて、
 はじめてようやく自己を充実し洗練し向上させることができる。
 この厳粛な事理を閑却し、蔑視【べっし】する者は、
 必ず人生に退転し、迷惑し、
 顛倒するの愚に終わらねばならない。
 故に精神的権威を求める心、換言すれば師友を求める心は、
 我々の胃の腑が食を求めるように、
 我々の魂に最も根本的な要求である。
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神国王御書P1524

国主は理を親とし非を敵とすべき人にて・をはすべきか・いかがしたりけん諸人の讒言を・
をさめて一人の余をすてて給う−――
 神国王御書P1524
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女性に贈ることば365日 8月11日

女性に贈ることば365日
 池田大作
8月11日
家庭教育の最大にして最重要の眼目は、
心を育むことです。人の心がわり、
行動できる人こそが、
本当に心の強い人間です。
そのためにも、親の生き方を通して、
子どもの心を鍛えることです。
その急所さえ外さなければ、
ほかのことはいくらでも後で取り返しがきくものです。


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2017年08月10日

雄飛 四十八

小説「新・人間革命」〉 雄飛 四十八  

 シカゴ文化祭に引き続いて、記念総会が行われた。
 この席でアメリカの理事長が、「明年、シカゴで世界平和文化祭を開催してはどうか」との、山本伸一の提案を発表し、参加者に諮ると、大きな賛同の拍手が広がった。
 総会のあいさつで伸一は、教学の重要性に触れ、どこまでも御書根本に仏道修行に励んでいくべきであることを訴えた。
 それぞれが我見に走れば、団結することはできない。しかし、御書に立ち返れば、心を一つにすることができる。仏法の法理にこそ、私たちの行動の規範がある。
 教学の研鑽を呼びかけた伸一は、シカゴを発つ十三日の朝、代表幹部に「御義口伝」を講義した。さらに空港の待ち時間にも、幹部らに「開目抄」を講義し、仏法者の在り方を指導した。率先垂範の行動こそが、リーダーの不可欠な要件である。
  
 ロサンゼルスに到着した伸一は、サンタモニカ市へ向かい、世界文化センターでの勤行会やSGI親善代表者会議に出席。そして十七日夜、世界四十八カ国・地域の代表一万五千人が集って開催された、第一回SGI総会に出席した。会場のロサンゼルス市のシュライン公会堂は、アカデミー賞の授賞式などが行われた由緒ある荘厳な建物である。
 総会に対して、国連事務総長、アメリカの上・下院議員、地元カリフォルニア州をはじめ、ニューヨーク州などの各州知事、ロサンゼルス市やデトロイト市などの各市長、ミネソタ大学学長ら各大学関係者等から、祝福のメッセージが寄せられた。
 席上、伸一は、一九五三年(昭和二十八年)七月、恩師・戸田城聖から贈られた和歌「大鵬の 空をぞかける 姿して 千代の命を くらしてぞあれ」を紹介し、その言葉の通りに全世界を駆け巡り、妙法広布に尽くし抜いていきたいとの決意と真情を披瀝した。
 “いよいよ、これからだ!”――彼の眼は、希望の旭日に輝く新世紀を見すえていた。
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名字の言〉 2017年8月10日

「娘さんは、立派に高校推薦に値します」――何とかして娘の進学先を開きたいと祈っていた母親に、教員はこう言った▼中学3年の娘は勉強が苦手だった。だが、授業中に騒ぐ子をたしなめるなど、クラスを支える存在だったことを面談で初めて聞かされる。“この子はすごいな”。母の心が変わった。以後、娘は進学も勝ち取り、勉強面も着実に伸びていった▼ある年のイタリア訪問中、レオナルド・ダ・ヴィンチの天井画を見た池田先生は、彼の着眼点に感嘆する。「普通、樹木を描いても、根までは描かない。しかし、レオナルドは、根に着目し、全部、描いていた。忘れられない光景である」。当時の様子が月刊誌「潮」9月号の連載「民衆こそ王者」イタリア篇に生き生きと綴られている▼人を育てる際も、目に見えない急所があることを池田先生は語る。「多くの人々は、目に見える部分にしか注目しない。しかし、私どもは、何ごとも、どこに『根』があるかに着目し、よき『根』を養い、育てることに全力を尽くさねばならない」▼花は咲かず、芽さえ出ない時でも根は土の中で伸びている。たとえ回り道であっても、歩んだ道には全てに意味がある。使命ある若き大樹の根っこよ育て、と祈らずにはいられない。(進)
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老荘と孔孟

人生の教えには大きく考えると二つある。
それは、なるべく天然自然の全き姿を続けさせたい。
なるべく、軽るがるしく早く物になるまいという行き方と、
成るべく早く物にしたい、
成るべく早く立派な物にしようという行き方とです。
老荘思想は成るべく早くつまらぬ物にはなるまいという行き方です。
それに較べると孔孟の方、儒教の方は、
成るべく早く立派な物にしようとする行き方です。
 私なんかはどっちかというと、儒教で育ったものですが、
しかし多分に老荘の教えが浸み込んでいる。
何か物になる、限定されることが嫌い、
学問でも一宗一派の学問をすることが嫌いで、
近頃のようなイズム――イストが嫌いです。
思想ばかりじゃない、世の中に処しても、教育家になるとか、
官吏になるとか、学者になるとか、銀行家になるとか、
なんとかそういう何かになったら、
もうそれでお終いのような気がして、到頭何にもならないで、
或いはなれないのかもしれませんが、何やらわけが分らぬ
――しかし何かになるよりはましなような、
正体の分らぬものになってしまった。
 私の雅号の瓠堂はその意味です。
posted by ハジャケン at 09:01| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする