2017年06月22日

名字の言〉 2017年6月22日

「戦争のない時代に生まれたかったということを生き残ったらのちの人々に伝えてほしい」――沖縄戦に出陣する鉄血勤皇隊の壮行会で男子学生が語った言葉だ。学生は戦地に散り、帰ることはなかった▼その言葉を聞いた一人に、ひめゆり学徒隊の生存者・宮良ルリさんがいる。沖縄戦末期、避難先の壕で米軍のガス弾攻撃から奇跡的に助かった。戦後は、学生の言葉を胸に、ひめゆり平和祈念資料館の証言員として、凄惨な沖縄戦と命の尊さを、語り伝えてきた▼戦後70年が経過した一昨年3月、同資料館では、戦争を体験した証言員による講話を、高齢化などの理由で終了した。一方で、若い世代の「説明員」を養成し、“ひめゆりの心”を伝え続けている▼沖縄青年部はこれまで、反戦出版や展示活動を通し、平和の尊さを訴えてきた。本年は「沖縄戦の絵」の貸し出しパネルを新たに作製。現在、四つの小中学校に展示されている。展示を見たある小学生は「絵を見て、悲しくなりました。戦争はやらない方がいいです。ずっと平和がいいです」と感想を。“伝え続けることの大切さ”を改めて感じた▼あすは「沖縄慰霊の日」。逝いた人々の思いを継ぎ、平和を守るために、何ができるのか。自らに問い掛ける日としたい。(結)
posted by ハジャケン at 09:10| 山梨 ☔| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

父と子 1

 道義心の最も根源的な、最も純粋な姿は、
 敬重(けいちょう)されたいという衝動である。
 又(また)こういう衝動からまず敬重の唯一の
 可能性対象である道義的なもの、
 即ち、正・善・真・克己という認識が生ずることである。
 子供の場合には、この衝動はまず彼が最も敬重する人から
 敬重してもらいたいという衝動として現れる。
 そうして愛は決して利己心より生ずるものではないという証拠には、
 この衝動は、慈愛を以て常に眼前に在る母に対してよりも、
 不在がちで、直接慈愛者として現れない、
 もっと厳格な父に対して、
 一般に遥(はる)かに強く且(か)つ決定的に向けられる。。
posted by ハジャケン at 09:08| 山梨 ☔| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

諸法実相抄P1359

経に云く「能く竊(ひそ)かに一人の為めに法華経の乃至一句を説かば当に知るべし是の人は即ち如来の使・如来の所遣として如来の事を行ずるなり」と、
豈に別人の事を説き給うならんや、されば余りに人の我をほむる時は如何様(いかよう)にもなりたき意の出来し候なり、是ほむる処の言よりをこり候ぞかし―――
 諸法実相抄P1359
posted by ハジャケン at 09:07| 山梨 ☔| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 6月22日

女性に贈ることば365日
 池田大作
6月22日
苦労のない人生はどこにもない。
行動しなければ、いつまでたっても、
幸福はやって来ない。
現実は厳しいに決まっている。
ゆえに、その現実に翻弄されるのではなく、
進んで現実に挑み、
生命の鍛錬の場としていくのだ。



posted by ハジャケン at 09:06| 山梨 ☔| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月21日

雄飛 六

小説「新・人間革命」〉 雄飛 六

 一九九〇年(平成二年)十一月、静岡県にあった富士美術館で、常書鴻の絵画展が開催された。
 そのなかに、ひときわ目を引く作品があった。特別出品されていた「チョモランマ峰(科学技術の最高峰の同志に捧ぐ)」と題する、縦三メートル余、横五メートル余の大絵画である。チョモランマとは、世界最高峰のエベレストをさす土地の言葉で、「大地の母なる女神」の意味であるという。
 ――天をつくように、巍々堂々たる白雪の山がそびえる。その神々しいまでの頂をめざす人たちの姿もある。
 絵は、常書鴻が夫人の李承仙と共に描いた不朽の名作である。文化大革命の直後、満足に絵の具もない最も困難な時期に、「今は苦しいけれども、二人で文化の世界の最高峰をめざそう」と誓い、制作したものだ。
 山本伸一は、絵画展のために来日した夫妻と語り合った。常書鴻との会談は、これが六回目であった。彼は、この労苦の結晶ともいうべき超大作を、伸一に贈りたいと語った。あまりにも貴重な“魂の絵”である。伸一は、「お気持ちだけで……」と辞退した。
 しかし、常書鴻は「この絵にふさわしい方は、山本先生をおいてほかに断じていないと、私は信じます」と言明し、言葉をついだ。
 「私たちは、文革の渦中で、口には言い表せないほどの仕打ちを受けました。人生は暗闇に閉ざされ、ひとすじの光も差していませんでした。しかし、この絵を描くことで、権力にも縛られることのない希望の翼が、大空に広がっていきました。絵が完成すると、新たな希望が蘇っていました。
 山本先生はこれまで、多くの人びとに『希望』を与えてこられた方です。ですから、この絵は、先生にお贈りすることが、最もふさわしいと思うのです」
 過分な言葉であるが、この夫妻の真心に応えるべきではないかと伸一は思った。人類に希望の光を注がんとする全同志を代表して、謹んで受けることになったのである。
posted by ハジャケン at 09:11| 山梨 ☁| 新・人間革命 30-3雄飛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2017年6月21日

ペンを「唇」でくわえると口がすぼむ。だが「歯」でくわえると口角が上がり、笑顔になる――。ドイツの心理学者ストラックは、この二つの条件のもと、いろいろな漫画を見せる実験を行った。その結果、被験者は笑顔を“つくった”場合の方が面白く感じると答えた▼これは、顔の筋肉運動が感情を左右する「顔面フィードバック仮説」と呼ばれるもの。「うれしいから笑顔になる」のは分かるが、その一方、人には「笑顔になるからうれしくなる」という心身の仕組みが備わっている▼さらには、顔に限らず、骨格筋の収縮によって気持ちが変化するという。医学博士の三村芳和氏は、「骨格筋はキモチより上位にある」「背筋をのばし、前を向いて堂々とするから自信をもって文字どおり前向きになれる」と指摘する(『カラダの知恵』中公新書)▼さまざま思い悩むより、行動すれば心は軽くなる――広布の活動の中で実感している人も多いだろう。使命の天地を歩き、対話を重ねる。誠実な振る舞いで、周囲を味方に変えていく。動いた後は、何ともいえない爽快感に包まれる。学会活動はそれ自体が“幸福を生み出す活動”なのだ▼地域のために勇んで動けば、生命も生き生きと躍動する。さあ、きょうも、広布の最前線へ!(速)
posted by ハジャケン at 09:07| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

悪まずして厳

 家庭教育で一番大事なものは「悪まずして厳」ということであります。
 教育となると、真剣になればなるほど子供の欠点がわかるから、
 どうしても親しいほど腹が立ったり悔しくなったりする。
 そこで教育に熱心な親ほど、特に父親は性急である。
 どうしても子供も叱(しか)る。
 そこで感情が複雑になってくるから、愛情よりは憎むという、
 愛憎という感情が動いてくる。
 少なくとも子供はそう受け取る。
 そうして子供は非常にひねくれる。
 だから孟子のようなやかましい人でも、教育に関して、
 「父子の間は善を責めてはならん」と言うておる。
 善を求めて相手を責める、こうしなきゃいかん、なぜしないかと、
 善を責めるといかん。
 善を責めると子は父から離れる。
 親子の間、父子の間が離れるほど不祥なことはないと孟子は論じておる、
 まことにその通りであります。
posted by ハジャケン at 09:04| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

諸法実相抄P1359

地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり、地涌の菩薩の数にもや入りなまし、
若し日蓮地涌の菩薩の数に入らば豈に日蓮が弟子檀那・地涌の流類に非ずや―――
 諸法実相抄P1359
posted by ハジャケン at 09:03| 山梨 ☁| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 6月21日

女性に贈ることば365日
 池田大作
6月21日
人間関係には、その人の境涯が現れる。
人間関係を広げることは、
境涯を広げることに通じる。



posted by ハジャケン at 09:01| 山梨 ☁| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

雄飛 五

小説「新・人間革命」〉 雄飛 五

 常書鴻が敦煌の莫高窟で暮らし始めたころ、そこは、まさに“陸の孤島”であった。
 周囲は砂漠であり、生活用品を手に入れるには約二十五キロも離れた町まで行かねばならなかった。もちろん、自家用車などない。
 土レンガで作った台にムシロを敷いて麦藁を置き、布で覆ってベッドにした。満足な飲み水さえない。冬は零下二〇度を下回ることも珍しくなかった。
 近くに医療施設などなく、病にかかった次女は五日後に亡くなった。彼より先に敦煌に住み、調査などを行っていた画家は、ここを去るにあたって、敦煌での生活は、「無期懲役だね」と、冗談まじりに語った。 
 しかし、常書鴻は、その時の気持ちを次のように述べている。
 「この古代仏教文明の海原に、無期懲役が受けられれば、私は喜んでそれを受けたいという心境でした」
 覚悟の人は強い。艱難辛苦の嵐の中へ突き進む決意を定めてこそ、初志貫徹があり、人生の勝利もある。また、それは仏法者の生き方でもある。ゆえに日蓮大聖人は、「よ(善)からんは不思議わる(悪)からんは一定とをもへ」(御書一一九〇ページ)と仰せである。
 莫高窟は、長年、流砂に埋もれ、砂や風の浸食を受け、放置されてきた結果、崩落の危機に瀕していた。その状態から、石窟内の壁画や塑像を保護し、修復していくのである。
 作業は、防風防砂のための植樹から始めなければならなかった。気の遠くなるような果てしない労作業である。だが、やがて彼の努力は実り、敦煌文物研究所は国際的に高い評価を受けるようになったのである。
 この日の、伸一と常書鴻の語らいは弾み、心はとけ合った。二人は、一九九二年(平成四年)までに七回の会談を重ねることになる。
 そして九〇年(同二年)には、それまでの意見交換をまとめ、対談集『敦煌の光彩――美と人生を語る』が発刊されている。
 未来に友好と精神文化のシルクロードを開きたいとの、熱い思いからの対話であった。
posted by ハジャケン at 09:03| 山梨 ☀| 新・人間革命 30-3雄飛 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2017年6月20日

明後年に没後500年を迎える画家レオナルド・ダ・ヴィンチは、“目に見えないもの”を描く天才でもあった。例えば戦争画では、兵士の「心の内面」をどう表現するかにこだわった▼勝者を描く際は、「砂埃りのため両眼から流れ出た涙とまざって泥だらけになった頰や眼を両手でぬぐい」「身をかがめて、これ(敵)に止めの一撃を与えようと力をふるって」「頭髪その他の軽いものを風に吹き靡かせながら疾駆する」様子を表現すべき、などと事細かくメモしている▼「心の情熱を表現する動作が人物にあらわれないかぎり、その人物画は賞讃に値しない」(杉浦明平訳『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』岩波文庫)。こうした彼の信念がうかがえる傑作と出あえるのが、全国巡回中の「レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』展」だ▼一口に「勝利」と言っても、それをつかみ取るまでに、人それぞれ、言い尽くせない思いがある。勝利を目指し、脇目も振らず全身全霊で進む人の心の奥底に、巨匠は至高の美を見いだしたのだろう▼上半期の総仕上げへ、各地の友が今、真心を込め、勇気を奮って、広布拡大に挑戦している。その心は目に見えずとも、名画のごとく、まばゆい輝きを放っている。(鉄)
posted by ハジャケン at 09:00| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

反省の作用

 反省は統一に復(かえ)ろうとする作用である。
 哲人程(ほど)内省的であり、
 統一に復る程幽玄(ゆうげん)である。
posted by ハジャケン at 08:58| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする