2017年05月25日

雌伏 五十二

小説「新・人間革命」〉 雌伏 五十二

 山本伸一は、皆と一緒に勤行し、四国から来たメンバーの帰途の無事と、全参加者の健康と一家の繁栄を祈念しようと交流幹部会の会場に姿を現した。幾つもの懐かしい顔が、彼の目に飛び込んできた。
 伸一は、何人かの同志に、次々と声をかけていった。そして、四国の壮年幹部らに語り始めた。
 「幹部は、決して威張ったり、人を叱ったりしてはいけないよ。どこまでも、仏子として敬い、大切に接していくことです。
 戸田先生は、弟子を叱られることがあったが、そこには深い意味がありました。
 第一に、広宣流布のために弟子を訓練し、自分と同じ境涯に高め、一切を託そうとされる場合です。その人が担っていく責任が重いだけに、それはそれは、厳しく叱咤されることもあった。
 第二に、魔に信心を妨げられている人を、どうしても立ち上がらせたいという時に、その魔を打ち破るために、叱られた。
 人間には、直情径行であるために皆と調和できない人や、自滅的な考えに陥ってしまう人、困難を避けて通ろうとする人、いざとなると責任転嫁をしたり、ごまかそうとしたりする人もいる。そうした傾向性や、その背後に潜む弱さ、ずるさ、臆病が一凶となり、魔となって、自身の信心の成長を妨げ、さらに幸福への道を誤らせてしまう。ゆえに戸田先生は、その一凶を自覚させ、断ち切るために、叱られることがありました。
 第三に、多くの人びとに迷惑をかけ、広宣流布の団結を乱している時などには、本人のため、皆のために、それをやめさせようとして叱ることがありました。
 つまり、いかなる場合も戸田先生の一念の奥底にあるのは、大慈大悲でした。それもわからず、言動の一端を真似て、同志を叱るようなことがあっては絶対にならないし、どんな幹部にもそんな権利はありません。誤りを正さなければならない場合でも、諄々と話していけばよいことです」
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2017年05月24日

雌伏 五十一

小説「新・人間革命」〉 雌伏 五十一

 午後一時半、神奈川文化会館三階の大広間は花のような笑顔で埋まった。四国・神奈川の交流幹部会が開催されたのである。
 神奈川を代表してあいさつに立った幹部は、深い感慨を込めて語った。
 「四国の同志の皆さん! ようこそ神奈川へおいでくださいました。
 私たちは、今回、四国の皆さんから、多くのことを教えていただきました。それは、皆が心を合わせて、師を求め、広宣流布の使命を果たそうとする異体同心の信心です。さらに、“今こそ、波浪を越えて大前進しよう。やろうじゃないか!”という心意気です」
 山本伸一の会長辞任から、はや九カ月がたとうとしていた。そのなかで、師と弟子とが引き離されてしまっていることの異常さを、神奈川の同志は、いや、全国、全世界の同志が感じていた。
 それだけに、自分たちから師のもとに集おうと声をあげた四国の友の、勇気と求道の一念に、神奈川のメンバーは、共感、感嘆したのである。
 次いで、四国の代表があいさつに立った。
 「横浜の街は、昨日、一面の雪であったと聞きましたが、本日は、暖かく、春を思わせる天候となり、山本先生をはじめ同志の祈りに守られていることを実感しております。
 これからも山本先生がいらっしゃる時に、この神奈川へ、四国の同志は次々にやってまいりますので、よろしくお願いいたします」
 また、理事長の森川一正は、四国のメンバーの奮闘をねぎらったあと、強く訴えた。
 「航海は、順風満帆の日ばかりとは限りません。大荒れの時もある。嵐が待ち受けているかもしれない。今、学会を取り巻く状況もそうです。ゆえに、私どもは『題目』と『団結』に徹して、希望の前進を開始したい。
 そして、今年は『地域の年』でありますから、わが地域に拡大・勝利の実証を打ち立てて、新時代の突破口を開いていこうではありませんか!」
 大事なことは、「行動」と「実証」である。
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2017年05月23日

雌伏 五十

小説「新・人間革命」〉 雌伏 五十

 四国のメンバーは、何グループかに分かれ、神奈川文化会館の館内や、会館の敷地内にある戸田平和記念館を見学した。同記念館は、前年の一九七九年(昭和五十四年)八月にオープンしており、通称「イギリス七番館」といわれていた、歴史ある赤レンガ造りの建物を、補修・改修したものである。
 第二代会長・戸田城聖が、五七年(同三十二年)九月八日、この横浜の地で、「原水爆禁止宣言」を発表したことから、その精神と意義をとどめるとともに、反戦・平和の資料を展示し、広く市民に公開するために誕生した記念館であった。
 館内では、戸田の「原水爆禁止宣言」の音声テープも聴くことができた。青年部が七三年(同四十八年)以来、取り組んできた反戦出版五十六巻や、その英訳本の『平和への叫び』も置かれていた。
 また、戦時下での国民生活や過酷な戦場での兵士の様子、広島・長崎の原爆投下や各地の空襲、沖縄戦、引き揚げ者の惨状などを伝える写真パネルや資料物品を展示。テープに録音した戦争体験者の証言を聴けるコーナーもあった。
 創価学会の平和運動の歩みを伝える展示もあり、山本伸一の平和提言や世界の指導者、識者との友好対話も紹介されていた。
 四国の同志は、展示品を鑑賞し、テープを聴き、戦争の悲惨さを再確認しただけでなく、創価学会が世界平和の大潮流を巻き起こしていることを実感した。そして、平和建設への誓いを新たにしたのである。
 「ユネスコ憲章」は、平和のためには、人の心の中に“平和のとりで”を築かねばならないと訴えている。それには、欲望や憎悪などに翻弄されることのない生命を築く、人間革命が不可欠の要件となる。
 創価学会は、その“平和のとりで”を人間の心に築きながら、世界に友情の連帯を幾重にも広げてきた。
 仏法者の社会的使命は、立正安国すなわち社会の繁栄と人類の平和の実現にこそある。
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2017年05月22日

雌伏 四十九

小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十九

 山本伸一は、下船してきた壮年たちを笑顔で包み込み、肩を抱き、握手を交わし、励ましの言葉をかけていった。
 「待っていたよ! お会いできて嬉しい。さあ、出発だ!」
 彼は、四国の同志の熱き求道の心が嬉しかった。その一念がある限り、広宣流布に生きる創価の師弟の精神は、永遠に脈打ち続けるからだ。
 伸一は、久米川誠太郎に言った。
 「本当に、船でやって来るとはね。面白いじゃないか。それだけでも皆が新たな気持ちになる。何事につけても、そうした工夫が大事だよ。広宣流布は智慧の勝負なんだ。
 広布の道には、常にさまざまな障壁が立ちふさがっている。それでも、自他共の幸せのために、平和のために、進まねばならない。たとえば、陸路を断たれたら海路を、空路をと、次々と新しい手を考え、前進を重ねていくんだ。負けるわけにはいかないもの」
 千年の昔、キルギスの大詩人バラサグンはこう訴えた。「生ある限り、すべての希望は君とともにある。知恵があれば、あらゆる目的は達せられる」(注)と。
 この伸一の歓迎風景も、「聖教新聞」に報じられることはなかった。報道できなかったのである。
 久米川に女子部の代表が、伸一からの花束を贈った時にも、伸一は傍らに立ち、大きな拍手で祝福し、歓迎していた。しかし、新聞では、彼の姿はカットされ、拍手する腕から先だけが写っているにすぎなかった。編集者は、断腸の思いで、写真をトリミングしたのである。
 神奈川の同志は、神奈川文化会館の前でも、四国からやって来た遠来の友を、温かい大拍手で迎えた。そして、ひたすら師を求める信心の息吹を分かち合ったのである。
 四国の同志の一人が、叫ぶように語った。
 「弟子が師匠に会うこともできない。『先生!』と叫ぶこともいけない――そんな話に、おめおめと従うわけにはいきません!」
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 ユスフ・バラサグン著『幸福の智恵』ナウカ出版社(ロシア語)
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2017年05月20日

雌伏 四十八

小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十八

 一月十四日の朝を迎えた。波は穏やかで、刻一刻と昇る太陽が海原を照らしていった。
 やがて、「さんふらわあ7」号から、白雪を頂いた富士が見え始めた。その堂々たる雄姿が、宗門僧らの誹謗・中傷に耐え、風雪の日々を勝ち越えてきた同志の胸に迫った。
 船のラウンジからは、「ともだちの歌」などの合唱が響いていた。女子部員が、山本伸一や神奈川のメンバーに披露しようと、練習に励んでいたのである。
 正午前、船は横浜の港に入った。船の左舷には、「先生!こんにちは」という言葉が一文字ずつ大書きされ、横に左から並べられていた。ところが、接岸するのは右舷であった。
 「反対側だ! 張り替えよう」
 急遽、男子部の手で張り替え作業が行われたが、慌ててしまい、文字を右から並べてしまった。それも楽しいエピソードとなった。
 伸一は、船が港に着くと、「さあ、皆で大歓迎しよう!」と言って、神奈川文化会館を飛び出した。
 四国の同志は、デッキに立った。
 大桟橋の上には、「ようこそ神奈川へ」と書かれた横幕が広げられている。埠頭で神奈川の有志が奏でる四国の歌「我等の天地」の調べが、力強く鳴り響く。そして、歓迎の演奏を続ける人たちの前には、黒いコートに身を包み、盛んに手を振る伸一の姿があった。
 「先生! 先生!」
 皆が口々に叫び、手を振り返す。涙声の婦人もいる。
 伸一も叫ぶ。
 「ようこそ! 待っていましたよ」
 四国の同志がタラップを下りてくると、出迎えた神奈川の同志の大拍手に包まれた。
 歓迎の花束が、女子部の代表から四国長の久米川誠太郎に手渡された。
 伸一は、笑みを浮かべて語りかけた。
 「みんな体調は大丈夫かい。よく来たね。これで勝った! 二十一世紀が見えたよ。君たちが新しい広布の突破口を開いたんだ」
 信念の行動が新時代の扉を開ける。
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2017年05月19日

雌伏 四十七

小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十七

 船上幹部会で、四国長の久米川誠太郎は力説した。
 「今、学会を取り巻く環境は厳しいものがあります。山本先生は自由に全国を回って指導することも、難しい状況です。しかし、どんな力をもってしても、先生と私たちの絆を断ち切ることなど絶対にできない! 
 先生の行動が制約されているなら、私たち弟子が、師匠のもとへ馳せ参じればよい。燃え盛る求道の一念あるところに、不可能の障壁などありません。私たち四国が先駆けとなって、先生と共に、創価学会創立五十周年の開幕をお祝いしようではないですか!」
 賛同の大拍手がわき起こった。皆、意気軒昂であった。
 四国でも愛媛県大洲市や高知県高知市など、悪僧たちの非道な仕打ち、暴言に、皆が悔し涙を流し、耐えに耐えてきた。そのうえ、学会員の信心の命綱ともいうべき師弟の絆を、分断しようとする策謀が実行されたのである。“もう、そんなことに唯々諾々と従うわけにはいかぬぞ!”というのが、同志の真情であり、決意となっていたのだ。
 山本伸一のもとには、「さんふらわあ7」号の様子が、逐一、報告された。
 彼は、「ゆっくり、楽しく来てください」と伝言した。また、船内ホールには、上映設備が整っていることを聞いていたので、「皆で映画観賞もしてください」と伝えた。
 楽しい船旅となったが、夜半になると、低気圧の影響で、海は荒れ始めた。
 ドドドーン! ドドッ、ドドーン!
 船は揺れた。しかし、救護の役員として参加したドクター部の医師らが、事前に船酔いの予防注射を勧めるなどの対策を施していたため、事なきを得た。
 何ごとによらず、無事故、大成功を収めるには、周到な備えが不可欠となる。ゆえに日蓮大聖人は、「前前の用心」(御書一一九二ページ)を強調されているのである。
 波を砕いて船は走る。皆、明日の伸一との再会に思いを馳せながら、眠りに就いた。
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2017年05月18日

雌伏 四十六

小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十六

 一九七九年(昭和五十四年)の十二月十六日、神奈川文化会館で行われた本部中央会議に出席した四国長の久米川誠太郎は、同会館に来ていた山本伸一と、他の方面の幹部らと共に懇談する機会があった。
 「先生、お願いがあります。先生がこの神奈川文化会館にいらっしゃる時に、四国から八百人ほどで、ここにまいりたいと考えております。できれば、船をチャーターして、そこの港に着けようと思います。その折には、メンバーとお会いいただけますでしょうか」
 彼は、一気に話した。
 「わざわざ四国から、私を訪ねて同志が来てくれるんだね。わかった。お会いします。その心意気が嬉しい。お待ちしています」
 久米川は、小躍りしたい思いだった。
 その後、スケジュール調整が行われた。年が明けた一月の十三日に船で高松を発ち、十四日昼に神奈川文化会館に到着。神奈川のメンバーとの交流など、諸会合を行い、夜には帰途に就くという大綱が決まった。
 準備期間は一カ月もない。しかも、年末年始を挟んでいる。大型客船のチャーターや参加者の人選等を進めるなかで、瞬く間に出発の日となった。
  
 一九八〇年(昭和五十五年)一月十三日の午後一時、大型客船「さんふらわあ7」号は、香川県の高松港から曇天の海に船出した。出港してほどなく、船上幹部会が開催された。
 あいさつに立った幹部の一人は訴えた。
 「日蓮大聖人の時代、四条金吾は、鎌倉から佐渡に流された大聖人を訪ねています。また、佐渡にいた阿仏房は、高齢でありながら身延におられた大聖人のもとへ、毎年のように行かれております。
 次元は異なりますが、私どもも、求道心を燃やして神奈川の地を訪問し、新しい広宣流布の歴史を開く決意を固めようではありませんか!」
 はつらつとした、元気な返事が響いた。
 求道の人には、あふれる歓喜がある。
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2017年05月17日

雌伏 四十五

小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十五

 四国の同志は、山本伸一の会長辞任後、月日を経るにつれて、彼の訪問を強く希望するようになっていった。もとより、それは四国だけではなかった。全国各地から伸一に寄せられる便りの多くが、来訪を求めていた。
 四国では県幹部らで語り合った。
 「山本先生に、四国においでいただくわけにはいかないのでしょうか。やはり、四国広布の大前進のためには、先生のもとで、再度、師弟共戦の決意を固め、信心の歓喜のなかで新出発するしかないと思います」
 婦人部の幹部が、思い詰めたように、こう切り出すと、年配の壮年幹部が言った。
 「しかし、先生は会合で指導したり、機関紙誌に登場したりすることができない状況だからね。残念だが、時を待つしかないのかもしれないよ」
 「でも、いつまで待てばいいのですか。五年ですか、十年ですか」
 「いや、いつまでと言われても……」
 そうした語らいを聞きながら、四国長の久米川誠太郎は胸を痛めた。
 “皆のこの思いをかなえる方法はないものか。なんとかしなければ!
 先生が会長を辞められてから、皆の心には、空虚感のようなものが広がり、歓喜も次第に薄れてきているように感じる。今こそ、弟子が立ち上がるべき時であることは、よくわかる。しかし、そのための契機となる起爆剤が必要なのだ。それには、やはり先生に皆とお会いいただくしかない。では、具体的に、どうすればよいのか……”
 久米川に、一つの考えがひらめいた。
 彼は、意を決したように口を開いた。
 「先生の行動が制約されているのなら、私たちの方から、お伺いしよう!」
 彼の言葉を受けて、四国青年部長の大和田興光が身を乗り出すようにして語った。
 「ぜひ、そうしたいと思います。私たちと先生の間には、本来、なんの障壁もないはずです。あるとすれば、それは弟子の側がつくってしまった、心の壁ではないでしょうか」
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2017年05月16日

雌伏 四十四

小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十四

 新しき十年の開幕となる、この一九八〇年(昭和五十五年)、世界は激動していた。
 前年、中東・イランでは、パーレビ朝が倒され、四月にはホメイニ師を最高指導者とするイラン・イスラム共和国が成立した。
 また、前年十二月、ソ連は内戦が続くアフガニスタンに侵攻した。紛争は長期化、泥沼化の様相を呈し、それは、より深刻な米ソの対決に発展することが懸念されていた。
 こうした中東情勢の悪化は、石油危機をもたらし、世界経済の混乱も招きかねない。いわば、世界の行く手は極めて不透明であり、不安の雲が垂れ込めるなかでの新年の出発であった。
 山本伸一は、元朝、静岡研修道場にあって深い祈りを捧げながら、平和への道を開くため、世界広宣流布のために、いよいよ本格的な行動を開始しようと心に誓ったのである。
   
 青空に白い雲が浮かび、海は紺碧に輝いていた。双眼鏡をのぞくと、白い船が進んで来る。船体には、太陽をデザインしたオレンジ色の模様があり、甲板に人影も見える。大型客船「さんふらわあ7」号だ。船はカーブし、波を蹴立てて、横浜の大桟橋をめざす。
 一月十四日の正午前、山本伸一は、妻の峯子と共に、横浜にある神奈川文化会館の一室から海を見ていた。
 この日、四国の同志約八百人が船を借り切り、丸一日がかりで、伸一を訪ねて神奈川文化会館へやって来たのだ。
 前日、天候は荒れ、東京にも、横浜にも雪が降った。低気圧が日本の東海上に張り出し、海も荒れることが予想された。一時は、航海を中止してはどうかとの話も出た。
 しかし、四国の同志は、「断固、行く!」と、荒波に向かって旅立ったのである。
 伸一は、この夜、皆が無事故で元気に到着できるよう、真剣に唱題し、祈った。楽しき広布の物語を創ってほしかったのである。
 広宣流布の大いなるドラマに連なる自身の物語をもつことは、人生を豊かにしていく。
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2017年05月15日

雌伏 四十三

小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十三

 創価学会創立五十周年を迎える一九八〇年(昭和五十五年)が明けた。元日付の「聖教新聞」三面には、山本伸一の近影と、新春を祝賀して彼が詠んだ二首の和歌が掲載された。
    
  ひろびろと
    三世の旅路の
       元朝なれば
   心も新たに
      南無し歩まん
    
  幾山河
    ふたたび越えなむ
        ともどもに
   広宣の旗
      厳といだきて
    
 それを目にした多くの学会員から、伸一のもとへ、また、学会本部や聖教新聞社へ、喜びの便りが寄せられたのである。
 九州の男性は、こう綴ってきた。
 「今年の『聖教新聞』新年号では、山本先生のお姿を拝見することはできないと思っておりました。しかし、お元気な先生の姿と和歌を目にすることができ、勇気百倍です。
 私の住んでいる地域では、相変わらず、口汚く学会を批判する僧がいますが、必ず正邪はハッキリすると確信しています。この一年も、学会員の誇りに燃えて、広宣流布に邁進してまいります」
 関西の女性は、次のように記していた。
 「『幾山河 ふたたび越えなむ』のお言葉に、先生の強いご決意を感じました。力が湧いてまいります。私も新しい決意で、初心に帰り、何があっても、絶対に負けずに頑張り抜いていきます。“常勝・関西”は、先生の弟子らしく、断じてすべてに勝利いたします」
 悪僧たちや、週刊誌など一部のマスコミによって繰り返される中傷に耐えながら、一途に信心を貫く尊き同志たち――伸一は、創価の師子たちの、大山のごとき信念の強さを仰ぎ見る思いであった。
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2017年05月13日

雌伏 四十二

小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十二

 参加者が久しぶりに聞く、元気な山本伸一の声であった。皆、一心に耳を傾けていた。
 「皆さんの美しい演技の裏には、どれほど厳しい修業があり、根性と忍耐をもって技術を磨き、挫けずに前進してきたことか。人生もまた、美しい開花の裏には苦闘がある。
 今日の総会は、テーマに掲げたように、まさしく『二〇〇一年 大いなる希望の行進』の開幕でした。私も二〇〇一年へ、希望の行進を開始します。一緒に進みましょう!
 皆さんは、学会第二世、第三世であると思います。その若い皆さん方も、荒れ狂う人間世界の、厳しい現実の嵐のなかを進まねばならない。学業、仕事、人間関係、病気など、さまざまな課題や試練が待ち受けているでしょう。しかし、それを経て、すべてを勝ち越えてこそ、初めて二〇〇一年への希望の行進が成就することを知ってください。
 何があっても、今日のこの日を忘れず、この根性と忍耐とを思い起こし、全員が強い信心で、幸福輝く二十一世紀の峰を登り切っていただきたい。
 皆さんの幸せと人生の勝利を、祈りに祈って、本日の御礼のあいさつといたします」
 再び会場は大拍手に包まれた。
 伸一は、若き後継の世代が、二十一世紀の大空に向かって、はつらつと真っすぐに伸びていることを実感し、大きな喜びを覚えた。何ものにも勝る希望を得た思いがした。
 鼓笛隊総会は、歴史の大きな節目となった一九七九年(昭和五十四年)の有終の美を飾り、二十一世紀への新しい出発を告げるファンファーレとなったのである。
 激動と波瀾と新生の、劇のごとき一年が終わろうとしていた。大晦日、伸一は、静岡研修道場にいた。この静岡県で捕らえられた初代会長・牧口常三郎を偲びながら、自身の新しい大闘争が、始まろうとしていることを感じた。闇は未だ深かった。
 彼は、魯迅の言葉を思い起こしていた。
 「光明はかならずや訪れる。あたかも夜明けをさえぎることはできないように」(注)
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 「寸鉄」(『魯迅全集10』所収)伊藤虎丸訳、学習研究社
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2017年05月12日

雌伏 四十一

小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十一

 今回の第三回鼓笛隊総会では、壮年・婦人・男子・女子部の合唱団が一体となって交響詩「民衆」を歌い上げた。まさに多様な民衆が力を合わせ、凱歌を轟かせていったのだ。
 山本伸一は、詩「民衆」に綴っている。
   
 科学も 哲学も
 芸術も 宗教も
 あらゆるものは
 民衆に赴くものでなければならない
   
 君のいない科学は冷酷――
 君のいない哲学は不毛――
 君のいない芸術は空虚――
 君のいない宗教は無慙――
    
 君を睥睨する者どもは
 脚下にするがよい……   
    
 伸一は、交響詩を聴きながら、学会が担っている使命の意味を、深く嚙み締めていた。
 “あらゆる権力の軛から、そして、宿命の鉄鎖から民衆を解放する――それが創価学会の使命だ! それがわれらの人間主義だ! 私は戦う! 断じて戦う! 民衆のため、広布のために。そして、何があっても民衆を守り抜き、民衆の時代を開いてみせる!”
 鼓笛隊総会はフィナーレとなった。メンバーが場内通路をパレードし、全出演者が舞台に上がり、「平和の天使」を大合唱する。
   
 〽平和の天使 鼓笛の同志よ……
   
 熱唱する乙女らの頰に感涙が光っていた。それは、清らかな青春の魂の結晶であった。
 伸一は、あいさつの要請を受けていた。彼も、メンバーの健気な努力と精進に、御礼と感謝の励ましの言葉をかけたかった。
 観客席でマイクを手にして立ち上がった。歓声と雷鳴のような拍手が起こった。
 「大変に美しく、立派な演技であり、見事な総会でした。感動いたしました!」
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2017年05月11日

雌伏 四十

小説「新・人間革命」〉 雌伏 四十

 山本伸一は、女子部には虚栄に生きるのではなく、“民衆の子”であることを誇りとして、民衆の大地に根を張り、民衆と共に、民衆のために生き抜いてほしかった。そこにこそ現実があり、そこで築いた幸せこそが、幸福の実像であるからだ。
 彼は、その願いを込めて、女子部に詩「民衆」を贈ったのである。
 鼓笛隊は、前年の一九七八年(昭和五十三年)十月、東京・八王子の創価大学のグラウンドで第二回鼓笛隊総会を開催。ここで、初めて交響詩「民衆」が披露されたのである。この総会は、雨の中で行われた。
 女子部合唱団三千人の熱唱、群舞メンバー三千人の躍動、鼓笛隊アンサンブル百五十人による熱こもる演奏が繰り広げられた。
 雨は容赦なくたたきつける。合唱団も、奏者も楽器も濡れていく。グラウンドで踊る群舞メンバーの青、黄、ピンクの真新しいドレスの裾も泥水に染まる。しかし、その表情は晴れやかであり、誇らかであった。民衆の時代を創造しようという、はつらつとした気概にあふれていた。
 伸一も雨に打たれながら、演技を鑑賞した。彼のスーツはびっしょりと濡れていった。しかし、降りしきる雨をものともせぬ、乙女たちの真剣な姿を見ると、傘など差す気にはなれなかった。ただ、皆が風邪をひかないように心で唱題しながら、華麗にして力強い舞台を見守っていた。
 交響詩「民衆」が終わると、大拍手がグラウンドを圧し、雲を突き抜けるかのように天に舞った。その瞬間、雨があがった。太陽が顔を出したのだ。
 伸一は、この総会から、皆が、何があろうと断じて負けずに広宣流布の共戦の道を歩み通す心を学び取ってほしかった。そして、そこには、必ず希望の太陽が輝くことを生命に刻んでほしかった。その信強き女性の連帯こそが、民衆凱歌の幕を開く力となるからだ。
 以来一年余、彼は、この第三回鼓笛隊総会で再び交響詩「民衆」を聴いたのである。
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2017年05月10日

雌伏 三十九

小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十九

 それは、太陽のような輝きに満ちていた。
 さわやかな希望の笑顔があった。清らかな生命の光彩があった。誇らかな青春の躍動があった。
 鼓笛隊総会は、メンバーの練習の成果をいかんなく発揮する華麗なる祭典となった。
 プロローグでは、山本伸一が作詞した鼓笛隊愛唱歌「平和の天使」の軽快な調べに合わせ、ブルー、ピンクの旗を使ったフラッグ隊の巧みな演技が喝采を浴びた。
 第一部「世界の広場」では、フランスのロワールの古城やシャンゼリゼ通り、中国の天安門広場、アメリカ・ニューヨークの摩天楼、パリの凱旋門と、次々と背景が変わる舞台で、ドラムマーチやドリル演奏が、華やかに、力強く繰り広げられていく。愛らしいポンポン隊の演技には、微笑みが広がった。
 第二部「希望の行進」では、「『軽騎兵』序曲」「さえずる小鳥」の演奏のあと、交響詩「民衆」となった。
   
 〽水平線の彼方
  大いなる海原のうねりにも似た民衆……
   
 友情出演した壮年部「地涌合唱団」、婦人部「白ゆり合唱団」、男子部「しなの合唱団」、女子部「富士合唱団」が、荘重な調べに合わせて、見事に歌い上げていく。
 詩「民衆」は、一九七一年(昭和四十六年)九月、東京・墨田区の日大講堂で行われた女子部幹部会を祝して山本伸一が贈った詩である。彼はこの詩で、本来、最も尊ぶべき民衆の歴史は、常に権力者によって蹂躙され、受難と窮乏の涙で綴られてきたことを訴え、沈黙と諦観と倦怠に決別し、民衆が主役の歴史を創ることを呼びかけたのだ。
   
 僕は生涯 君のために奔る
 一見 孤立して見えるとしても
 僕はいつも君のために
 ただ君のために挑戦しゆくことを
 唯一の 誇りある使命としたい
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2017年05月09日

雌伏 三十八

小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十八

 午後六時半、山本伸一は、荒川文化会館を出発し、鼓笛隊総会の会場である荒川区民会館へ向かった。
 車に乗る時、同行の幹部が言った。
 「ここから二百メートルほど行きますと隅田川です。川の向こうは足立区になります」
 「そうか、足立か。できることなら、足立にも行って、皆を励ましたいな。
 先日、足立の婦人から手紙をもらったんだよ。あれが、みんなの思いなんだろうな。
 ――先生が会長を辞任されてから、本当に寂しくて辛くて仕方なかった。そのうえ、週刊誌などが無責任な学会批判を重ねるので、友人たちもそれを真に受け、ああだ、こうだと言ってくる。悔しさで胸がいっぱいになる。でも、負けません。今こそ、学会の、先生の正義を叫び抜いていきます。
 こういう内容だった。この闘魂が、“不屈の王者・足立”の心意気なんです。私は感動しました。皆、歯を食いしばって、頑張り抜いている。本当に頭が下がる。皆さんには、断じて幸せになってほしい。そのための信心であり、学会活動だ。だから試練の時こそ自らを鼓舞し、広宣流布の庭で必ず勝利の花を咲かせ、見事な幸の果実を実らせてほしい。
 どうか、足立の皆さんに、『日々、お題目を送っています。自分に勝ってください。宿命に勝ってください。広布の戦いに勝ってください。そして、幸せの花薫る勝利の人生を!』と伝えてください」
 車中、伸一は、足立の同志たちを思い、真剣に心で題目を唱え続けた。
   
 「二〇〇一年 大いなる希望の行進」をテーマに掲げた第三回鼓笛隊総会の最終公演が、二十六日午後七時から、荒川区民会館で華やかに行われた。新世紀をめざす、この“平和の天使”たちの活動も、学会が進めている文化・教育の運動の一つである。
 山本伸一は、鼓笛隊から再三にわたり出席を要請されており、皆を元気づけることができればと、招きに応じたのである。
posted by ハジャケン at 09:18| 山梨 ☀| 新・人間革命30-2雌伏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

雌伏 三十七

小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十七

 荒川文化会館に到着した山本伸一は、集っていた鼓笛隊のメンバーらと共に勤行し、鼓笛隊総会の成功、そして、鼓笛の乙女らの成長と幸せを願い、深い祈りを捧げた。
 また、荒川のメンバーの代表とも懇談し、活動の模様などに耳を傾けた。話題が一九五七年(昭和三十二年)八月の、伸一の荒川指導に及ぶと、彼は言った。
 「私は、あの闘争で、草創の同志と共に、あえて困難な課題に挑戦し、“勝利王・荒川”の歴史を創りました。この戦いによって、皆が“広宣流布の苦難の峰を乗り越えてこそ、大勝利の歓喜と感動が生まれ、崩れざる幸福境涯を築くことができる”との大確信を、深く生命に刻みました。
 あれから二十余年がたつ。今度は、皆さんがその伝統のうえに、さらに新しい勝利の歴史を創り、後輩たちに伝えていってください。
 広宣流布の勝利の伝統というのは、同じことを繰り返しているだけでは、守ることも創ることもできません。時代も、社会も、大きく変わっていくからです。常に創意工夫を重ね、新しい挑戦を続け、勝ち抜いていってこそ、それが伝統になるんです。つまり、伝えるべきは“戦う心”です」
 “戦う心”という精神の遺産は、話だけで受け継がれていくものではない。共に活動に励む実践のなかで生まれる魂の共感と触発によって、先輩から後輩へ、人から人へと、伝わり流れていくのである。
 伸一は、言葉をついだ。
 「今こそ、荒川の一人ひとりが、山本伸一となって敢闘してほしい。一つの区に、未来へと続く不敗、常勝の伝統ができれば、学会は永遠に栄えます。皆が、そこを模範として学んでいくからです。荒川には、その大使命があることを忘れないでください。
 私は今、自由に会合に出て、指導することもできません。こういう時だからこそ、皆さんに立ってほしい。すべてに勝って、学会は盤石であることを証明してほしいんです」
 決意に輝く同志の眼が凜々しかった。
posted by ハジャケン at 09:33| 山梨 ☀| 新・人間革命30-2雌伏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

雌伏 三十六

小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十六

 同志の中へ、心の中へ――山本伸一は、日々、激励行を重ねていった。それは、創価の新しき大地を開くために、語らいの鍬を振るい続ける、魂の開墾作業でもあった。
 激動の一九七九年(昭和五十四年)は師走に入り、慌ただしい年の瀬を迎えた。
 十二月二十六日午後、伸一は、東京・荒川文化会館を訪問した。この日の夜、荒川区民会館で開催される第三回鼓笛隊総会に出席することになっており、それに先だって、文化会館に集合している鼓笛隊や、地元・荒川区の同志を励ましたかったのである。
 伸一の荒川への思いは、人一倍強かった。
 五七年(同三十二年)七月、彼が選挙違反という無実の容疑によって逮捕・勾留された大阪事件から一カ月後の八月、広布の開拓に東奔西走したのが荒川区であったからだ。
 横暴な牙を剝く“権力の魔性”と戦い、獄中闘争を展開した彼は、不当な権力に抗し得るものは、民衆の力の拡大と連帯しかないと、心の底から痛感していた。ゆえに、人情味豊かな下町の気質を受け継ぐこの荒川の地で、広宣流布の大いなる拡大の金字塔を打ち立てることを決意したのだ。
 彼は、一人ひとりに焦点を当て、一人を励ますことに徹した。全情熱、全精魂を注ぎ、一騎当千の勇者を次々と誕生させていった。
 荒川は小さな区である。しかし、そこでの団結の勝利は、全東京の大勝利の突破口となり、必ずや全国へ、全世界へと波動していく。
 伸一は、“荒川闘争”にあたって、ある目標を深く心に定めていた。それは、一週間ほどの活動であるが、区内の学会世帯の一割を超える拡大をすることであった。
 皆が、想像もできない激戦となるが、ここで勝つならば、その勝利は、誇らかな自信となり、各人が永遠に自らの生命を飾る栄光、福運の大勲章となろう。
 御聖訓には、「強敵を伏して始て力士をしる」(御書九五七ページ)と。伸一は荒川の同志には、困難を克服し、確固不動なる“東京の王者”の伝統を築いてほしかったのである。
posted by ハジャケン at 09:20| 山梨 ☁| 新・人間革命30-2雌伏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月04日

雌伏 三十五

小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十五

 山本伸一は、青年たちと、忌憚なく話し合えることが何よりも嬉しかった。
 伸一は、彼らに大きな期待を込めて語った。
 「青年には、学会の後継として、一切を担っていく重大な使命がある。
 ゆえに、戸田先生は、青年を本気で育てようと訓練された。とりわけ、私には人一倍厳しかった。大勢の前で、激しく叱咤されたこともあった。ほかの人の失敗でも、叱責されるのは常に私だった。特に、皆に対して、広宣流布に生きる師弟の道の峻厳さを教える時には、私を対告衆にされた。
 獅子がわが子を、あえて谷底に突き落とすような訓練でした。先生は私を、後継の師子に育てようとされたからです。
 私が、首脳の幹部を厳しく指導してきたのも、これから学会の全責任を背負っていく重要な立場だからです。
 最高幹部は、常に真剣勝負でなければならない。また、何があっても、必ず勝ち抜いていく強さが必要である。ますます成長して、立派な指導者に育ってほしい。だから私は、広布に生きる人生の師として、これからも厳しく言っていきます。それが慈悲です。
 師匠というのは、本当の弟子には厳しいものなんです。この年になって、戸田先生のお気持ちが、よくわかります。
 先生を知る人は多い。直接、指導を受けたという人もいる。しかし、先生に仕え抜き、その遺志を受け継いで、仰せ通りに広宣流布の道を開いてきたのは私だけです。したがって、あえて申し上げるけれども、学会のことも、先生の真実も、誰よりも私がいちばんよく知っている。その意味からも私は、世界の同志が、また、広宣流布のバトンを受け継ぐ後世の人たちが、創価の師弟の道をまっすぐに歩み通していけるように、小説『人間革命』を書き残しているんです。
 君たちは、常に、勇んで試練に身を置き、自らを磨き、鍛えてほしい。そして、どこまでも団結第一で、共に前へ、前へと進んで、二十一世紀の学会を創り上げていくんだよ」
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2017年05月03日

雌伏 三十四

小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十四

 青年たちは、山本伸一の言葉に大きく頷いた。質問した学生部の幹部が語り始めた。
 「確かに、“優秀で、すごいな”と思っていたのに、退転していった人を見てみると、自分中心でした。自己顕示欲が強く、皆と協調できず、先輩たちとも心を合わせていくことができませんでした。結局、傲慢であったのだと思います。また、そうした人のなかには、異性問題や金銭問題などで、周囲に迷惑をかけてきた人もいます」
 伸一は、鋭い洞察であると感じた。
 「君の言う通りだね。私もそのような事例を少なからず見てきました。本当に残念でならない。
 自分中心になると、御書や学会指導に立ち返ることも、異体同心を第一義にすることもなくなってしまう。つまり、本来、仏法者の基本である、自身を見詰め、内省するという姿勢が失われていく。
 また、自分の心が“師”となってしまうから、自身を制御できず、その結果、我欲に翻弄され、名聞名利に走ったり、自分勝手なことをしたりする。そして、皆に迷惑をかけ、さまざまな不祥事を引き起こす。だから、誰からも信用されなくなり、清浄な学会の組織にいられなくなる――これが退転・反逆していく共通の構図といえます。
 日蓮大聖人は、佐渡流罪のなかで、仏法を破る者は、外敵ではなく、『師子身中の虫』であり、『仏弟子』であると喝破されている。このことは、広宣流布を進めるうえで、絶対に忘れてはならない。そうした事態は、今後も起こるでしょう。その時に、決然と立って、悪と戦い抜くのが真の弟子です」
 やがて、学会支配を狙い、宗門僧と結託して暗躍していた悪徳弁護士らが仮面を脱ぎ、正体を明らかにしていくのである。
 第二代会長・戸田城聖は、「青年訓」のなかで、「同信退転の徒の屍を踏み越えて」(注)と記している。創価の同志の連帯とは、広布を誓願し、烈風に一人立つ、師子と師子とのスクラムである。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 「青年訓」(『戸田城聖全集1』所収)聖教新聞社
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2017年05月02日

雌伏 三十三

小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十三

 山本伸一の声に一段と熱がこもった。
 「次いで大聖人は、『異体同心にして』(御書一三三七ページ)と仰せです。『異体』とは、一人ひとりの個性や特質を尊重することであり、『同心』とは、広宣流布という同じ目的に向かい、心を一つにしていくことです。たとえば、城の石垣も、さまざまな形の石が、しっかりとかみ合い、支え合っているからこそ堅固なんです。
 異体同心は、最も強い団結をもたらすとともに、自身を最大に生かし、力を発揮していく原理でもあります。
 この異体同心の信心で、南無妙法蓮華経と唱えていくことを、『生死一大事の血脈』というのだと言われている。そこに、仏から衆生へと生命の最重要の法が伝わっていく。それが大聖人が弘通する肝要であると宣言されているんです。そして、その実践のなかに、広宣流布の大願成就もある。
 もしも、意見の違いなどによって感情的になり、怨嫉したりするようになれば、本末転倒です。何があろうが、“広宣流布のために心を合わせ、団結していこう”という一念で、異体同心の信心で進むことこそが私たちの鉄則です。いや、学会の永遠の“黄金則”です。
 さらに大聖人は、『日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば例せば城者として城を破るが如し』(同)と述べられている。
 最大の悪とは、内部から広宣流布をめざす異体同心の団結を攪乱、破壊することです。それは、広布の激戦を展開している渦中に、味方が自分たちの城に火を放ち、斬りかかってくるようなものだ。異体同心を破る者は、いかに自己正当化しようが、第六天の魔王の働きをなすものです」
 学生部の幹部の一人が口を開いた。
 「幹部として一生懸命に頑張って、信心を完結する先輩もいれば、退転し、敵対していった先輩もいました。その根本的な要因は、どこにあるのでしょうか」
 「結論からいえば、奥底の一念が、広布中心か、自分中心かということです」
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2017年05月01日

雌伏 三十二

小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十二

 青年たちは、真剣な眼差しで山本伸一を見つめ、言葉を待った。
 「今日は、将来のために、広宣流布をめざすうえでの、最第一の鉄則とは何かを、あえて言い残しておきます。
 それは、金剛不壊の異体同心の団結です。
 大聖人は、こう仰せになっている。
 『総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か』(御書一三三七ページ)
 ここには、すべての日蓮大聖人の弟子・檀那ら、つまり、広宣流布に生きる私どもが拝すべき根本指針が述べられています。
 まず、『自他彼此の心なく』、すなわち自分と他人、あれとこれとを分け隔て、差別する心を排していきなさいと言われている。
 人間には、国家、民族、文化・習慣、また、社会的な地位や立場、年代、出自、さらには、ものの見方、感じ方など、さまざまな違いがあります。そうした、いっさいの差異にとらわれることなく、共に同志である、等しく地涌の菩薩であるとの原点に、常に立ち返っていかなくてはならない。
 また、『水魚の思を成して』と言われているように、同志は皆、親密な、切っても切れない関係にあることを自覚し、各人が互いに尊重し合い、守り合っていくことです。
 したがって、“あの幹部は好きになれないから、組織にはつきたくない。活動もしたくない”というのは、この御金言に反します。また、それは、自分のわがままに負けてしまっている姿です。
 今、共に信心に励んでいるのは、決して偶然ではない。過去遠遠劫からの深い縁に結ばれ、一緒に久遠の誓いを果たすために末法濁世に出現したんです。
 その縁のうえに今があることを、同志が互いに自覚するならば、強い絆が育まれ、広宣流布への大きな前進の力が生まれます」
posted by ハジャケン at 08:48| 山梨 ☀| 新・人間革命30-2雌伏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月29日

雌伏 三十一

小説「新・人間革命」〉 雌伏 三十一

 山本伸一は、言葉をついだ。
 「意見というのは、人の数だけあるといっても過言ではない。ましてや世代などが違えば、意見は異なって当然です。
 座談会のもち方一つでも、平日の夜がいいという人もいれば、土曜や日曜の夜がいいという人もいる。日曜の昼がいいという人も、平日の昼がいいという人もいる。でも、どれかに決めなければならないので、より多くの人が都合のよい日を選ぶことになる。
 そして、皆で協議して決まったことに対しては、自分の希望通りではなくとも、心を合わせ、成功するように最大の努力を払っていくことが大事です。
 また、座談会を運営していく側の人は、参加できないメンバーのことを考慮して、別の日に、小さな単位での語らいの場をもつとか、たまには曜日を変えてみるとか、皆が平等に、喜々として信心に励めるように工夫をしていくことが必要です。
 そのほかの活動の進め方や運動の在り方についても、いろいろな意見があるでしょう。活動の方法に、“絶対”や“完璧”ということはありません。メリットもあれば、なんらかのデメリットもあるものです。したがって、問題点があったら、皆で知恵を出し合って、それをフォローする方法を考えていくんです。柔軟に、大きな心で、互いに力を合わせていくことが大切です」
 青年たちは、大きく頷きながら話を聞いていた。伸一は、一人ひとりに視線を注ぎ、力を込めて語っていった。
 「活動を進めるうえで、いちばん心しなければならないのは、自分の意見が受け入れられないことで、失望感をいだいたり、感情的になって人を恨んだりしてしまうことです。それは、自分の信心を破るだけでなく、広宣流布を破壊する働きになっていく。
 どの団体や宗教も、多くは運動上の意見、方法論の違いから対立や憎悪を生み、分裂しています。学会は、断じて、そんな轍を踏むようなことがあってはならない!」
posted by ハジャケン at 08:40| 山梨 ☀| 新・人間革命30-2雌伏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月27日

雌伏 二十九

小説「新・人間革命」〉 雌伏 二十九

 山本伸一は、来る日も来る日も、神奈川研修道場や新宿文化会館などで、各地や各部の代表らと懇談し、指導・激励を続けた。
 一部の週刊誌などは、相変わらず学会批判を続け、捏造、歪曲した報道も盛んであった。しかし、伸一は、悠然と、太陽が己の軌道を黙々と進むように、個人指導を重ねていった。励ました同志が、信心に奮い立ち、宿業の障壁に挑み、乗り越え、人生の凱歌を響かせる姿を見ることに勝る感動はない。
 伸一は、青年たちとも好んで懇談した。神奈川文化会館で数人の男子部、学生部の幹部らと語り合った折、彼は尋ねた。
 「学会は新出発して半年以上が経過したが、青年は元気かね」
 男子部の幹部が答えた。
 「はい。頑張っています。ただ、先生が会合で指導されることがなくなってしまい、皆、寂しい思いをしています」
 伸一は、すかさず言った。
 「そう感じたならば、青年が立ち上がるんです。そうでなければ、傍観者であり、主体者ではない。自分が一切を担おうと決めて、前進の原動力となっていくのが青年です」
 男子部の幹部が、困惑した顔で語った。
 「新しい活動などを提案しても、壮年の先輩たちは、なかなか賛成してくれません」
 伸一は、笑みを浮かべた。
 「青年が新しいものを企画し、先輩である壮年たちが反対する――多かれ、少なかれ、どの団体や社会でもあるものだ。
 年配者には、何事にせよ、豊富な経験がある。そこから導き出された経験的法則というものがあり、その尺度で物事を判断する。
 この経験則という裏づけがあるだけに、年配者の判断には間違いは少ない。しかし、自分が経験していない物事には否定的になりやすい。また、時代が大きく変化している場合には、経験則が役に立たなくなる。それが認識できないと、判断を誤ってしまう。
 壮年幹部の側は、その点を心して、青年の意見に、積極的に耳を傾けていくべきです」
posted by ハジャケン at 09:55| 山梨 ☔| 新・人間革命30-2雌伏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雌伏 二十九

小説「新・人間革命」〉 雌伏 二十九

 山本伸一は、来る日も来る日も、神奈川研修道場や新宿文化会館などで、各地や各部の代表らと懇談し、指導・激励を続けた。
 一部の週刊誌などは、相変わらず学会批判を続け、捏造、歪曲した報道も盛んであった。しかし、伸一は、悠然と、太陽が己の軌道を黙々と進むように、個人指導を重ねていった。励ました同志が、信心に奮い立ち、宿業の障壁に挑み、乗り越え、人生の凱歌を響かせる姿を見ることに勝る感動はない。
 伸一は、青年たちとも好んで懇談した。神奈川文化会館で数人の男子部、学生部の幹部らと語り合った折、彼は尋ねた。
 「学会は新出発して半年以上が経過したが、青年は元気かね」
 男子部の幹部が答えた。
 「はい。頑張っています。ただ、先生が会合で指導されることがなくなってしまい、皆、寂しい思いをしています」
 伸一は、すかさず言った。
 「そう感じたならば、青年が立ち上がるんです。そうでなければ、傍観者であり、主体者ではない。自分が一切を担おうと決めて、前進の原動力となっていくのが青年です」
 男子部の幹部が、困惑した顔で語った。
 「新しい活動などを提案しても、壮年の先輩たちは、なかなか賛成してくれません」
 伸一は、笑みを浮かべた。
 「青年が新しいものを企画し、先輩である壮年たちが反対する――多かれ、少なかれ、どの団体や社会でもあるものだ。
 年配者には、何事にせよ、豊富な経験がある。そこから導き出された経験的法則というものがあり、その尺度で物事を判断する。
 この経験則という裏づけがあるだけに、年配者の判断には間違いは少ない。しかし、自分が経験していない物事には否定的になりやすい。また、時代が大きく変化している場合には、経験則が役に立たなくなる。それが認識できないと、判断を誤ってしまう。
 壮年幹部の側は、その点を心して、青年の意見に、積極的に耳を傾けていくべきです」
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