2012年12月02日

立正安国論 その8

立正安国論  その8

 大集経に云はく「仏法実に隠没せば鬚髪爪皆長く、諸法も亦忘失せん。
 時に当たって虚空の中に大いなる声ありて地を震ひ、一切皆遍く動ぜんこと猶水上輪の
如くならん。城壁破れ落ち下り、屋宇悉くヒ拆し、樹林の根・枝・葉・華葉・菓・薬尽き
ん。
 唯浄居天を除きて欲界一切処の七味・三精氣損減して、余り有ること無けん。解脱の諸
の善論時に当たって一切尽きん。生ずる所の華菓の味はひ希少にして亦美からず。
 諸有の井泉池一切尽く枯涸し、土地悉く鹹鹵し、敵裂して丘澗と成らん。諸山皆ショウ
燃して天竜も雨を降さず。」

 (新編御書235ページ、御書全集18ページ)


■現代語訳
 大集経には、このように仰せになられています。

 「実に、仏法が滅びようとする時には、僧侶がヒゲ・髪・爪を長く伸ばして、諸法(化
儀や戒律等)も忘失されてしまうであろう。

 その時には、虚空の中に大きな声が鳴り響き、大地を震わせることによって、一切の存
在が変動してしまうことは、水車の如くである。
 城壁は破れて落ち下り、人家は悉く崩壊して、樹林の根・枝・葉・華・果実・薬味も尽
きてしまうであろう。

 ただ、雲上の高所にあって、大地から遠く離れている浄居天を除いて、この欲界のあら
ゆる場所の七味(甘い・辛い・酢っぱい・苦い・塩辛い・渋い・淡い)や三精氣(大地精
氣・衆生精氣・正法精氣)は、すべて損減してしまうであろう。
 また、その時には、解脱を説いた諸の善論も、一切尽きてしまうであろう。
 
 大地に生ずる花や果実も、希少となって、味わいも美味しくない。
 すべての井戸も泉も池も、悉く枯れてしまう。
 土地は悉く、塩氣を含んだ不毛の土地となり、ひび割れて、丘や谷となる。
 諸々の山は、皆、燃え上がって、天の竜神は、雨を降らすことがない。」
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2012年10月26日

立正安国論  その7

立正安国論  その7

 「既に捨離し已はりなば其の国当に種々の災禍有りて国位を喪失すべし。
 一切の人衆皆善心無く、唯繋縛・殺害・瞋諍のみ有って、互ひに相讒諂して枉げて辜無
きに及ばん。
 疫病流行し、彗星数出で、両の日並び現じ、薄蝕恒無く、黒白の二虹不祥の相を表はし、
星流れ地動き、井の内に声を発し、暴雨悪風時節に依らず、常に飢饉に遭ひて苗実成らず、
多く他方の怨賊有りて国内を侵掠せば、人民諸の苦悩を受けて、土地として所楽の処有る
こと無けん」〈已上〉。

 (新編御書235ページ、御書全集18ページ)

          

■現代語訳

(注、前回連載分に引き続いて、金光明経の御引用が続きます。)
 
 「既に、諸天善神がその国を捨て去ってしまえば、その国は、まさに、種々の災難や禍
いが起こって、国王は位を喪失することになる。
 一切の人民は、皆、善心がなく、ただ、繋縛や殺害や瞋諍だけがあって、互いに、讒言
(ざんげん)や諂い(へつらい)を行って、罪のない者を陥れるであろう。

 疫病が流行して、彗星がしばしば出現して、一時に太陽が二つ現れたり、日蝕や月蝕も
不定期に起こる。
 黒色や白色の虹は不吉の相を表わし、星は流れて地が動き、地震が起きて井戸の内から
異様な音が聞こえる。
 季節はずれの暴雨・悪風が起こるため、常に、飢饉に遭遇して、苗や果実は成ることが
ない。
 
 また、外国からの多くの賊が、国内を侵略して、人民は諸の苦悩を受ける。
 そのため、国中のどこにも、安心して楽しく暮らせる場所はない。」 〈以上〉
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2012年10月22日

立正安国論  その6

立正安国論  その6

 遂に我等及び余の眷属、無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを得ず、甘露の味
はひに背き正法の流れを失ひて、威光及以勢力有ること無からしむ。
 悪趣を増長し、人天を損減して、生死の河に墜ちて涅槃の路に乖かん。
 世尊、我等四王並びに諸の眷属及び薬叉等、斯くの如き事を見て、其の国土を捨てて擁
護の心無けん。但我等のみ是の王を捨棄するに非ず、必ず無量の国土を守護する諸大善神
有らんも皆悉く捨去せん。

 (新編御書235ページ、御書全集18ページ)

          

■現代語訳

(注、前回連載分に引き続いて、金光明経の御引用が続きます。)
 
 遂に、我等(大持国天王・大毘沙門天王・大広目天王・大増長天王の四天王)や、四天
王の眷属や、数え切れないほどの諸天善神は、この甚深の妙法を聞くことが出来ないため、
我々の身を養うための甘露の法味を受けられなくなる。
 そのため、正法の流れに浴する事も出来なくなり、我々の威光や勢力もなくなってしま
う。

 そうなると、地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界の四悪趣が増長し、人界や天界が損減さ
れ、苦悩の生死の河に墜ちて、涅槃の路に背くことになる。

 世尊よ。我等四天王、並びに、諸の眷属及び薬叉等は、このような事態を見れば、その
国土を捨てて、擁護の心を喪失することになろう。
 ただ、我等だけが、この国の王を捨棄するのではない。
 必ずや、数え切れないほどの国土を守護する諸天善神がいたとしても、皆、悉く、捨て
去ってしまうであろう。
posted by ハジャケン at 22:25| 山梨 | 立正安国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月20日

立正安国論  その5

立正安国論  その5

 客の曰く、天下の災・国中の難、余独り嘆くのみに非ず、衆皆悲しめり。
 今蘭室に入りて初めて芳詞を承るに、神聖去り辞し、災難並び起こるとは何れの経に出
でたるや。其の証拠を聞かん。
 主人の曰く、其の文繁多にして其の証弘博なり。
 金光明経に云はく「其の国土に於て此の経有りと雖も、未だ甞て流布せしめず、捨離の
心を生じて聴聞せん事を楽はず、亦供養し尊重し讃歎せず。
 四部の衆、持経の人を見るも、亦復尊重し乃至供養すること能はず。」

 (新編御書235ページ、御書全集17〜18ページ)

          

■現代語訳

  − 第二段問答  災難の証拠 −

 すると、客は、こう言いました。

 天下の災や国中の難は、私が独りで嘆くだけではなく、大衆も、皆、悲しんでいます。
 今、私は、仏法の教えを伺える部屋に入って、初めて、尊いお言葉を承わりました。

 では、諸天善神や聖人が、この国を捨てて、去ってしまったために、災難が頻発してい
ることの根拠は、どの経典に出ているのでしょうか。

 その証拠を、お聞かせいただきたいと存じます。

 主人は、答えました。

 その文証はたいへん多く、一切経に渡って、広く存在しています。
 金光明経には、このように説かれています。

 「その国土に於いて、この経が存在していたとしても、未だかつて流布していない。
 その国の国王は、仏教を捨離する心が生じて、聴聞する事を願ってはいない。また、供
養したり、尊重したり、讃歎したりすることもない。
 四部の衆(僧・尼・在家の男信徒・在家の女信徒)や持経の人を見ても、尊重すること
もなければ、ましてや、供養することもない。」
posted by ハジャケン at 01:35| 山梨 ☀| 立正安国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月18日

立正安国論  その4

立正安国論  その4

 主人の曰く、独り此の事を愁ひて胸臆に憤ピす。客来たりて共に嘆く、屡談話を致さん。
 夫れ出家して道に入る者は法に依って仏を期するなり。而るに今神術も協はず、仏威も
験なし。
 具に当世の体を観るに、愚かにして後生の疑ひを発こす。然れば則ち、円覆を仰いで恨
みを呑み、方載に俯して慮りを深くす。
 倩微管を傾け聊経文を披きたるに、世皆正に背き人悉く悪に帰す。故に善神国を捨てて
相去り、聖人は所を辞して還らず。是を以て魔来たり鬼来たり、災起こり難起こる。
 言はずんばあるべからず。恐れずんばあるべからず。

 (新編御書234ページ、御書全集17ページ)

          

■現代語訳
 主人は、こう言いました。

 私は独りで、この事を愁いて、胸中に深く、思い悩んでいました。
 幸いにも、貴殿が客としてお見えになり、私と同様に、このことを嘆いておられますの
で、しばしば、談話を致しましょう。

 そもそも、出家して、仏道に入る者は、仏法に依って、成仏を求めています。
 しかし、今、神術も実らず、仏の威力も、験(しるし)が現れていません。

 私は愚か者ではありますが、具体的に、当世の状況を観察してみると、後生の成仏は覚
束ないのではないか、と、疑われてなりません。
 そのため、天を仰いでは、恨みに思い、地に伏しては、深く慮っております。

 どこまでも、私は微管(狭い認識)の者ではありますが、いささか、経文を開いてみる
と、この世の人々は、皆、正法に背いています。
 そして、この世の人々は、悉く、悪法に帰依しています。

 故に、諸天善神は、この国を捨てて去り、聖人も、所を去ってお還りになられません。
 その間隙を突いて、魔が来たり、鬼が来たり、災が起こったり、難が起こったりするの
であります。

 このことを、言わずにはいられません。
 このことを、恐れなければなりません。
posted by ハジャケン at 22:24| 山梨 ☁| 立正安国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月15日

立正安国論  その3

立正安国論  その3

 然りと雖も唯肝胆を摧くのみにして弥飢疫に逼り、乞客目に溢れ死人眼に満てり。臥せ
る屍を観と為し、並べる尸を橋と作す。
 観れば夫二離璧を合はせ、五緯珠を連ぬ。
 三宝世に在し、百王未だ窮まらざるに、此の世早く衰へ、其の法何ぞ廃れたるや。
 是何なる禍に依り、是何なる誤りに由るや。

 (新編御書234ページ、御書全集17ページ)

          

■現代語訳
 しかしながら、そのような祈祷や修行をしても、ただ、肝胆を砕く(徒労に終わる)だ
けで、ますます、飢饉や疫病は激しくなっていくばかりです。

 目に溢れるものは、乞食や死人ばかりです。
 臥せられた死体は、積み上げられて、物見台のようであります。
 また、死体が、水の上に並べられて、橋のようになっています。

 思いめぐらしてみると、天には、太陽と月が地上を照らし、木星・火星・金星・水星・
土星の五つの惑星は、珠を連ねたように、規則正しく運行されています。

 仏・宝・僧の三宝もこの世にいらっしゃいますし、八幡大菩薩が百代の天皇を守護され
る旨の誓い通りに、天皇が御在位されているにもかかわらず(注、『立正安国論』御提出
の際には、第九十代亀山天皇の御在位であった)、この世が早く衰えて、仏法が廃れてい
くのは、何故でしょうか。

 これは、何なる禍いに依り、何なる誤りに由来するのでしょうか。
posted by ハジャケン at 23:26| 山梨 ☀| 立正安国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月14日

立正安国論  その2

立正安国論  その2

 然る間、或は利剣即是の文を専らにして西土教主の名を唱へ、或は衆病悉除の願を恃み
て東方如来の経を誦し、或は病即消滅不老不死の詞を仰いで法華真実の妙文を崇め、或は
七難即滅七福即生の句を信じて百座百講の儀を調へ、有るは秘密真言の教に因って五瓶の
水を灑ぎ、有るは坐禅入定の儀を全うして空観の月を澄まし、若しくは七鬼神の号を書し
て千門に押し、若しくは五大力の形を図して万戸に懸け、若しくは天神地祇を拝して四角
四堺の祭祠を企て、若しくは万民百姓を哀れみて国主国宰の徳政を行なふ。

 (新編御書234ページ、御書全集17ページ)

          

■現代語訳
 それ故に、或る人は、中国浄土宗・善導の『般舟讃』に書かれている、『利剣即是』の
文を信じて、西方浄土の教主・阿弥陀仏の名を唱えています。
 或る人は、『衆病悉除』という東方薬師如来の誓願を恃んで、薬師経を誦しています。
 或る人は、法華経薬王菩薩本事品第二十三の『病即消滅不老不死』という経文を仰いで、
法華真実の妙文を崇めています。
 或る人は、『七難即滅七福即生』という仁王般若経の句を信じて、百座百講の儀(注、
当時の宮中で盛んに行われていた、災難を払う儀式。)を行っています。

 あるいは、秘密真言の教えによって、五瓶の水を注いでいます。(注、真言の僧侶が、
五つの瓶を置いて、水を注ぎながら、密教の祈祷をすること。)
 あるいは、禅宗の坐禅入定の儀を全うして、空観の月を澄ましています。

 もしくは、七鬼神(夢多難鬼・阿伽尼鬼・尼伽尸鬼・阿伽那鬼・波羅尼鬼・阿毘羅鬼・
婆提利鬼)の号を書して、門ごとに貼っています。
 もしくは、五大力菩薩(金剛吼菩薩・竜王吼菩薩・無畏十力吼菩薩・雷電吼菩薩・無量
力吼菩薩)の形を図して、家ごとに懸けています。
 もしくは、天神地祇(天神と地神)を拝んで、四角四堺の祭祠を企てています。(注、
神道で、四つの角を線で結び、四つの堺を作った上で、疫病が伝染しないように祈る儀式。)
 もしくは、国主が、万民百姓を哀れんで、様々な徳政を行っています。
posted by ハジャケン at 22:07| 山梨 ☁| 立正安国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月13日

立正安国論  その1

立正安国論  その1
          

 旅客来たりて嘆いて曰く、近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫癘遍く天下
に満ち、広く地上に迸る。
 牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり。
 死を招くの輩既に大半に超え、之を悲しまざるの族敢へて一人も無し。

 (新編御書234ページ、御書全集17ページ)

          

■現代語訳
  − 第一段問答  災難の来由 −
 
 旅の客がやって来て、嘆きながら、こう言いました。

 近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫病が、遍く天下に満ちて、広く地上に
蔓延しています。
 そのため、牛や馬は巷に倒れて、人間の死体の骸骨は路上に溢れています。
 既に、死を招いた方々は大半を超えて、悲しまない人たちは、一人もいません。
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2012年10月10日

立正安国論

立正安国論

辛きを蓼葉に習ひ臭きを溷厠に忘る。善言を聞いて悪言と思ひ、謗者を指して
聖人と謂ひ、正師を疑って悪侶に擬す。其の迷ひ誠に深く、其の罪浅からず。事
の起こりを聞かんとならば、委しく其の趣を談ぜん。釈尊説法の内、一代五時の
間先後を立てて権実を弁ず。而るに曇鸞・道綽・善導既に権に就いて実を忘れ、
先に依って後を捨つ。未だ仏教の淵底を探らざる者なり。
 (御書242ページ)

         ◇◆◇◆◇◆

■現代語訳
 辛い蓼の葉ばかりを食べている虫は、蓼の葉の辛さに麻痺してきます。
 臭い厠(トイレ)に長くいると、厠の臭いを感じなくなります。
 それらのことと同様に、永年、邪法を信じてきた者は、仏の善言を聞いても悪
言と思い、謗法の人師を指して聖人と謂い、正法の師を疑って悪侶と錯覚するも
のであります。
 その迷いは誠に深く、その罪はけっして浅くありません。
 あなたが、邪法の事の起こりをお聞きしたいのであれば、これから、法の正邪
の趣旨を、詳しくお話ししましょう。
 釈尊の御説法は、一代五時(華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃)の間に、先
判(華厳・阿含・方等・般若)と後判(法華涅槃)を立て分けて、権教(爾前經)
と実教(法華經)の区別を、明らかに示されています。
 であるにもかかわらず、浄土宗の祖師である曇鸞・道綽・善導等は、権教に執
着して、実教を忘れてしまったのであります。なおかつ、先判である四十余年の
権教を依経として、後判である法華經の実教を捨ててしまいました。
 これらの誤りは、未だに、仏教の奥底を知らない者が犯した所業であります。

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『立正安国論』の構成は、第一段問答から第九段問答と第十段によって、成り立ってい
ます。
 現代語訳に添付した各段の名称(注、第一段問答は“災難の来由”になります)は、日
寛上人の文段『立正安国論愚記』に依拠させていただきました。 

 では、ここで、日蓮大聖人が宗旨建立をされた建長五年(1253年)から、立正安国
論を御提出された文応元年(1260年)までの七年間に発生した天変地妖等を、列挙致
します。

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 ・建長五年(1253年)六月十日   鎌倉大地震
 ・建長六年(1254年)一月十日   鎌倉大火
 ・建長六年(1254年)五月九日   鎌倉大風
 ・建長六年(1254年)五月十一日  京都大地震
 ・建長六年(1254年)七月一日   鎌倉大風雨
 ・建長七年(1255年)二月十二日  東大寺坊舎等焼失
 ・建長八年(1256年)八月六日   鎌倉大風・洪水の後に、疫病流行
 ・康元二年(1257年)二月十日   太政官庁焼失
 ・正嘉元年(1257年)八月一日   鎌倉大地震
 ・正嘉元年(1257年)八月二十三日 鎌倉大地震、鎌倉社寺一宇残らず倒壊
 ・正嘉元年(1257年)十一月八日  鎌倉大地震
 ・正嘉二年(1258年)一月十七日  鎌倉寿福寺等焼失
 ・正嘉二年(1258年)八月一日   諸国大風、田畑大被害
 ・正嘉二年(1258年)十月十六日  鎌倉大雨・洪水
 ・正元元年(1259年)春      大飢饉・大疫病発生
 ・文応元年(1260年)四月二十九日 鎌倉大火
 ・文応元年(1260年)六月一日   鎌倉大火・洪水
 ・文応元年(1260年)春〜夏    大飢饉・大疫病発生   

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2011年11月13日

立正安国論  その1

立正安国論  その1


 旅客来たりて嘆いて曰く、近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫癘遍く天下
に満ち、広く地上に迸る。
 牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり。
 死を招くの輩既に大半に超え、之を悲しまざるの族敢へて一人も無し。

 (新編御書234ページ、御書全集17ページ)

          

■現代語訳
  − 第一段問答  災難の来由 −
 
 旅の客がやって来て、嘆きながら、こう言いました。

 近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫病が、遍く天下に満ちて、広く地上に
蔓延しています。
 そのため、牛や馬は巷に倒れて、人間の死体の骸骨は路上に溢れています。
 既に、死を招いた方々は大半を超えて、悲しまない人たちは、一人もいません。
posted by ハジャケン at 10:34| 山梨 ☀| 立正安国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

立正安国論  その1

立正安国論  その1
          

旅客来たりて嘆いて曰く、近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫癘遍く天下
に満ち、広く地上に迸る。
牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり。
死を招くの輩既に大半に超え、之を悲しまざるの族敢へて一人も無し。

 (新編御書234ページ、御書全集17ページ)

          

■現代語訳
  − 第一段問答  災難の来由 −
 
旅の客がやって来て、嘆きながら、こう言いました。

近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫病が、遍く天下に満ちて、広く地上に
蔓延しています。
そのため、牛や馬は巷に倒れて、人間の死体の骸骨は路上に溢れています。
既に、死を招いた方々は大半を超えて、悲しまない人たちは、一人もいません。
posted by ハジャケン at 11:14| 山梨 ☀| 立正安国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

再投稿:立正安国論 概要

 『立正安国論』は、文応元年(1260年)七月十六日に、宿屋入道を介した上で、時
の実質的な最高権力者であった北条時頼に対して、御提出されています。
 今もなお、日蓮大聖人御直筆の『立正安国論』の写本は、中山法華経寺に現存していま
す。

 『立正安国論』の構成は、第一段問答から第九段問答と第十段によって、成り立ってい
ます。
 現代語訳に添付した各段の名称(注、第一段問答は“災難の来由”になります)は、日
寛上人の文段『立正安国論愚記』に依拠させていただきました。 

 では、ここで、日蓮大聖人が宗旨建立をされた建長五年(1253年)から、立正安国
論を御提出された文応元年(1260年)までの七年間に発生した天変地妖等を、列挙致
します。

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 ・建長五年(1253年)六月十日   鎌倉大地震
 ・建長六年(1254年)一月十日   鎌倉大火
 ・建長六年(1254年)五月九日   鎌倉大風
 ・建長六年(1254年)五月十一日  京都大地震
 ・建長六年(1254年)七月一日   鎌倉大風雨
 ・建長七年(1255年)二月十二日  東大寺坊舎等焼失
 ・建長八年(1256年)八月六日   鎌倉大風・洪水の後に、疫病流行
 ・康元二年(1257年)二月十日   太政官庁焼失
 ・正嘉元年(1257年)八月一日   鎌倉大地震
 ・正嘉元年(1257年)八月二十三日 鎌倉大地震、鎌倉社寺一宇残らず倒壊
 ・正嘉元年(1257年)十一月八日  鎌倉大地震
 ・正嘉二年(1258年)一月十七日  鎌倉寿福寺等焼失
 ・正嘉二年(1258年)八月一日   諸国大風、田畑大被害
 ・正嘉二年(1258年)十月十六日  鎌倉大雨・洪水
 ・正元元年(1259年)春      大飢饉・大疫病発生
 ・文応元年(1260年)四月二十九日 鎌倉大火
 ・文応元年(1260年)六月一日   鎌倉大火・洪水
 ・文応元年(1260年)春〜夏    大飢饉・大疫病発生   

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現在、巷では、至る所で、“不景氣”が叫ばれています。
しかし、日蓮大聖人が『立正安国論』を御提出された頃の日本国は、現在の“不景氣”
とは比較にならないほど、死と向かい合わせの悲惨な状況に、万人が直面していました。
このことを念頭に置いて、『立正安国論』の連載をお読み下さい。   
また、鎌倉時代と遠き時代と思わず、今の時代背景を脳裏に浮かべながら拝読されたし
そこから なにか感じてくるでしょう 了

この投稿は昨年11月でした。
それから 今日まで、様々な災害が日本、世界規模で起こっている
時代は、くり返す!と思ってしまえば、ここで終わりだろうか
「今、私たちは自分の環境を思いを変革していくこと」が必要だろう
前投稿でも書きましたが、「今 なにができるか」
これから 立正安国論を投稿していきます。
posted by ハジャケン at 11:12| 山梨 ☀| 立正安国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする