2012年12月03日

崇峻天皇御書(三種財宝御書)1163〜1198

崇峻天皇御書(三種財宝御書)
2009:10・11・12月号大白蓮華より。先生の講義 7
第24巻1163〜1198

御書本文
07   此れにつけても殿の御身もあぶなく思いまいらせ候ぞ、一定かたきに・ねらはれさせ給いなん・すぐろくの石は
08 二つ並びぬればかけられず車の輪は二あれば道にかたぶかず、 敵も二人ある者をば・いぶせがり候ぞ、いかにとが
09 ありとも弟ども 且くも身をはなち給うな

通解
 それにつけても、あなたの身の上が危険に思われる。必ず敵にねらわれるであろう。すごろくの石は二つ並んでいなければならないし、また車の輪は二つあれば道でかたむかない。このように敵も二人結束している者に対しては攻撃をためらうものである。このようなわけであるから、どのような過失があなたの弟達にあったとしても、少しの間であっても側からはなさないようにしなさい。

御指導
細心の心配りが指導者の要件
 本抄の前段の部分で、大聖人は「内薫外護」の法理を引き、根本は金吾自身の信心ゆえに事態が解決に向けて大きく変化したことを喜ばれます。勝利を決定づけうるうえで、大事なのは「これから」です。「油断は大敵」です。大聖人は金吾に対して、この段からこまごまと注意を与えられていきます。
 細心の心配りこそ、指導者の要件です。大物ぶって小事をないがしろにするのは、無慈悲なリーダーと断じざるをえない。
 四条金吾に宛てた他の御書でも、「敵と申す者はわすれさせてねらふものなり」(1185−15)と仰せです。魔は心の隙をついてくる。ですから、一言の注意が魔を打ち破る大きな智慧になる。事故を未然に防ぐことができる。沈黙は無責任です。例えば、学会の会合で、終了後に交通事故への注意を促すことも、あるいは、階段で転倒しないように呼びかけることも、慈悲の仏事の声であり、仏法の人間主義の振る舞いです。
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2011年10月05日

崇峻天皇御書 その20

崇峻天皇御書 その20
        

 孔子と申せし賢人は九思一言とて、ここのたびおもひて一度申す。
 周公旦と申せし人は沐する時は三度握り、食する時は三度はき給ひき。
 たしかにきこしめせ。我ばし恨みさせ給ふな。仏法と申すは是にて候ぞ。
 一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひし
はいかなる事ぞ。
 教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候ひけるぞ。穴賢穴賢。賢きを人と云ひ、は
かなきを畜といふ。
 九月十一日   日蓮 花押 
 四条左衛門尉殿御返事 

 (新編御書1174ページ、御書全集1174ページ)


■現代語訳

 孔子という賢人は、『九思一言』と申して、九度考えてから、一度発言するようにして
いました。
 また、周公且という人は、客人が尋ねてくると、髪を洗っている時であっても、三度髪
を握っただけで、出向くようにしていました。また、食事の時であっても、食べた物を三
度吐き出してから出向いていたために、客人を待たせるようなことがなかった、というこ
とです。

 しっかりと聞いておきなさい。私(日蓮大聖人)を恨んではなりません。
 仏法を信行する意義は、ここにあるのです。

 釈尊御一代の仏法の肝心は、法華経にあります。そして、法華経の修行の肝心は、不軽
品にあります。
 では、不軽菩薩が人々を礼拝する修行をしたことには、如何なる意味があったのでしょ
うか。

 教主釈尊の出世の本懐は、人間としての振る舞いのあり方を、お説きになることにあっ
たのです。穴賢穴賢。
 賢く振る舞う者のことを『人』と云い、愚かに振る舞う者のことを『畜』と云うのであ
ります。

 建治三年(1277年)九月十一日   日蓮 花押 
 四条左衛門尉殿御返事 
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2011年10月04日

崇峻天皇御書 その19

崇峻天皇御書 その19


 此の御言は身を害する剣なりとて、太子多くの財を取り寄せて、御前に此の言を聞きし
者に御ひきで物ありしかども、或人蘇我の大臣馬子と申せし人に語りしかば、馬子我が事
なりとて東漢直駒、直磐井と申す者の子をかたらひて王を害しまいらせつ。
 されば王位の身なれども、思ふ事をばたやすく申さぬぞ。

 (新編御書1174ページ、御書全集1174ページ)

          

■現代語訳

 聖徳太子は、「このままでは、崇峻天皇の発せられた御言葉が、陛下御自身を害する剣
になってしまう。」と、考えました。
 そのために、聖徳太子は多くの財宝を取り寄せて、崇峻天皇の御前で、先ほどの御発言
を聞いた人々に、御引出物として財宝を与えました。

 けれども、或る人が、蘇我馬子という大臣に、崇峻天皇の御発言の内容を語ってしまい
ました。
 すると、蘇我馬子は、自分の事を指しているのであろうと思い込んで、東漢直駒・直磐
井という者の子を教唆して、崇峻天皇を殺害してしまいました。

 このように、王位の身であっても、思った事を、たやすく、口に出してはならないので
す。
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2011年10月03日

崇峻天皇御書 その18

崇峻天皇御書 その18

 且くは此を持ち給ひてをはせしが、ややもすれば腹あしき王にて是を破らせ給ひき。
 有る時、人猪の子をまいらせたりしかば、かうがいをぬきて猪の子の眼をづぶづぶとさ
させ給ひて、いつかにくしと思ふやつをかくせんと仰せありしかば、太子其の座にをはせ
しが、あらあさましや、あさましや、君は一定人にあだまれ給ひなん。
 
 (新編御書1174ページ、御書全集1174ページ)


■現代語訳

 崇峻天皇は、しばらくの間、『五常』(仁・義・礼・智・信)の教えをお持ちになって
いました。
 しかし、崇峻天皇は、ややもすると、腹あしき(短氣な)天皇であったために、『五常』
(仁・義・礼・智・信)の教えを破るようになってしまいました。

 そんなある時、猪の子を献上してきた人がいました。
 すると、崇峻天皇は短刀を抜いて、猪の子の眼をずぶずぶと突き刺しながら、「いつか、
憎いと思っている奴を、このようにしてやるんだ!」と、仰せになりました。

 すると、その座にいた聖徳太子は、「なんと、浅ましいことでしょうか。なんと、浅まし
いことでしょうか。陛下は、必ずや、人から恨まれることになるでしょう。」と、云われま
した。
posted by ハジャケン at 10:27| 山梨 ☁| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月01日

崇峻天皇御書 その17

崇峻天皇御書 その17

 王の御氣色かはらせ給ひて、なにと云ふ証拠を以て此の事を信ずべき。
 太子申させ給はく、御眼に赤き筋とをりて候。人にあだまるる相なり。
 皇帝勅宣を重ねて下し、いかにしてか此の難を脱れん。
 太子の云はく、免脱がたし。但し五常と申すつはものあり。此を身に離し給はずば害を
脱れ給はん。此のつはものをば、内典には忍波羅蜜と申して、六波羅蜜の其の一なりと云
云。

 (新編御書1173〜1174ページ、御書全集1174ページ)


■現代語訳

 すると、崇峻天皇の御氣色がお変わりになって、「何の証拠を以って、太子が云う事を、
信じるべきであるのか。」と、仰りました。

 聖徳太子は、このように、お答えになりました。
 「陛下の御眼に、赤い筋が通っておられます。これは、人から恨まれる相であります。」
と。

 重ねて、崇峻天皇は、「どのようにすれば、この難を免れることが出来るのか。」と、
勅宣を下されました。

 聖徳太子は、再び、このように、お答えになりました。
 「残念ながら、この難は、免れがたいものです。
 ただし、『五常』(仁・義・礼・智・信)と申す、強兵の如き教えがございます。
 『五常』を、身から離さずに行動していけば、害を免れることが出来るでしょう。

 この強兵の如き『五常』の教えのことを、仏教では『忍波羅蜜』と申して、『六波羅蜜』
(布施・持戒・忍辱・精進・静慮・智慧)における、第一の修行(忍辱)に挙げられており
ます。」と。
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2011年09月30日

崇峻天皇御書 その15

崇峻天皇御書 その15

 人身は受けがたし、爪の上の土。人身は持ちがたし、草の上の露。
 百二十まで持ちて名をくたして死せんよりは、生きて一日なりとも名をあげん事こそ大
切なれ。
 中務三郎左衛門尉は主の御ためにも、仏法の御ためにも、世間の心ねもよかりけりよか
りけりと、鎌倉の人々の口にうたはれ給へ。穴賢穴賢。
 蔵の財よりも身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり。此の御文を御覧あらんよ
りは心の財をつませ給ふべし。

 (新編御書1173ページ、御書全集1173ページ)


■現代語訳

 人間の身を受けて、この世に生まれてくることは、難しいものです。
 あたかも、多くの土を爪の上へ載せた時に、ほんのわずかな土しか残らないようなもの
です。
 また、人間として生まれてきても、その身を持っていくことは、難しいものです。
 あたかも、草の上の露が、朝日を浴びた途端に、消えてしまうようなものです。

 ならば、百二十歳までも身を持って、名を腐らせて死ぬ事よりは、生きて、一日であっ
ても、名を挙げる事こそが大切であります。

 そして、「中務三郎左衛門尉(四条金吾殿)は、主君(北条光時殿)の御為にも、仏法
の御為にも、世間における心根においても、たいへん良い人である。」と、鎌倉の人々の
話題になって、誉められるようにして下さい。穴賢穴賢。

 蔵の財(財産)よりも、身の財(健康)の方が勝れています。
 また、身の財(健康)よりも、心の財(人間としての徳性)が第一であります。
 この御文を御覧いただいた後には、心の財(人間としての徳性)を積むようにして下さ
い。
posted by ハジャケン at 10:07| 山梨 ☀| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月29日

崇峻天皇御書 その14

崇峻天皇御書 その14

 若しすこしも此の事をたがへさせ給ふならば日蓮うらみさせ給ふな。
 此の世間の疫病はとののまうすがごとく、年帰りなば上へあがりぬとをぼえ候ぞ。十羅
刹の御計らひか、今且く世にをはして物を御覧あれかし。
 又世間のすぎえぬやうばし歎いて人に聞かせ給ふな。若しさるならば、賢人にははづれ
たる事なり。
 若しさるならば、妻子があとにとどまりて、はぢを云ふとは思はねども、男のわかれの
おしさに、他人に向かひて我が夫のはぢをみなかたるなり。
 此偏にかれが失にはあらず、我がふるまひのあしかりつる故なり。

 (新編御書1173ページ、御書全集1173ページ)


■現代語訳

 これまでに、述べてきたことにつきまして、少しも、違背してはなりません。
 もし、違背するようなことがあれば、後になってから、日蓮を恨んではなりません。

 現在、世間に流行している疫病は、貴殿(四条金吾殿)が仰っているように、年が新た
になると、身分の高い人々に対しても、蔓延していくように思われます。
 それは、十羅刹女の御計らいかも知れません。
 今しばらく、在家のままで、世間の物事を、御覧になって下さい。

 また、世間において、過去に辛いことがあったとしても、歎き事を、他人に聞かせない
ようにしなさい。
 それは、賢人の生き方には、外れた行為になります。

 そして、今、出家をすれば、これもまた、賢人の生き方に外れた行為になります。
 もし、貴殿が出家をしたならば、後に残った妻子が、夫の恥を言うつもりはなくても、
夫と別れた悲しさから、他人に向かって、自分の夫の恥を、すべて語るようなことになっ
てしまうものです。

 これは、ひとえに、貴殿の妻子の過失ではありません。
 御自身の振舞いの悪さに、原因があるのです。
posted by ハジャケン at 10:44| 山梨 ☀| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月28日

崇峻天皇御書 その13

崇峻天皇御書 その13

 返す返す今に忘れぬ事は頚切られんとせし時、殿はともして馬の口に付きて、なきかな
しみ給ひしをば、いかなる世にか忘れなん。
 設ひ殿の罪ふかくして地獄に入り給はば、日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ
給ふとも、用ひまいらせ候べからず。同じく地獄なるべし。
 日蓮と殿と共に地獄に入るならば、釈迦仏・法華経も地獄にこそをはしまさずらめ。
 暗に月の入るがごとく、湯に水を入るがごとく、氷に火をたくがごとく、日輪にやみを
なぐるが如くこそ候はんずれ。

 (新編御書1173ページ、御書全集1173ページ)


■現代語訳

 返す返すも、今でも忘れられないことは、私(日蓮大聖人)が龍口で頸を切られそうに
なった時、貴殿(四条金吾殿)が私(日蓮大聖人)のお供をして、馬の口に付いて、泣き
悲しんだことであります。
 その時のことは、如何なる世になったとしても、絶対に忘れられません。

 たとえ、貴殿(四条金吾殿)の罪が深かったために、地獄に入るようなことになったな
らば、日蓮に対して、「是非とも、仏に成るように。」と、釈迦仏からお誘いを受けたと
しても、そのお誘いを用いるわけには参りません。
 貴殿と同様に、私(日蓮大聖人)も、地獄に入ります。

 日蓮と貴殿が、共に地獄に入るならば、必ずや、釈迦仏・法華経も、地獄に在している
ことでしょう。
 そのことを譬えると、暗夜に月が入っていくようなものであり、湯の中に水を入れるよ
うなものであり、氷の中に火を焚くようなものであり、日輪(太陽)に闇を投げるような
ものであります。
posted by ハジャケン at 09:50| 山梨 ☀| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月27日

崇峻天皇御書 その13

崇峻天皇御書 その13
        
 返す返す今に忘れぬ事は頚切られんとせし時、殿はともして馬の口に付きて、なきかな
しみ給ひしをば、いかなる世にか忘れなん。
 設ひ殿の罪ふかくして地獄に入り給はば、日蓮をいかに仏になれと釈迦仏こしらへさせ
給ふとも、用ひまいらせ候べからず。同じく地獄なるべし。
 日蓮と殿と共に地獄に入るならば、釈迦仏・法華経も地獄にこそをはしまさずらめ。
 暗に月の入るがごとく、湯に水を入るがごとく、氷に火をたくがごとく、日輪にやみを
なぐるが如くこそ候はんずれ。

 (新編御書1173ページ、御書全集1173ページ)

          

■現代語訳

 返す返すも、今でも忘れられないことは、私(日蓮大聖人)が龍口で頸を切られそうに
なった時、貴殿(四条金吾殿)が私(日蓮大聖人)のお供をして、馬の口に付いて、泣き
悲しんだことであります。
 その時のことは、如何なる世になったとしても、絶対に忘れられません。

 たとえ、貴殿(四条金吾殿)の罪が深かったために、地獄に入るようなことになったな
らば、日蓮に対して、「是非とも、仏に成るように。」と、釈迦仏からお誘いを受けたと
しても、そのお誘いを用いるわけには参りません。
 貴殿と同様に、私(日蓮大聖人)も、地獄に入ります。

 日蓮と貴殿が、共に地獄に入るならば、必ずや、釈迦仏・法華経も、地獄に在している
ことでしょう。
 そのことを譬えると、暗夜に月が入っていくようなものであり、湯の中に水を入れるよ
うなものであり、氷の中に火を焚くようなものであり、日輪(太陽)に闇を投げるような
ものであります。
posted by ハジャケン at 09:28| 山梨 ☁| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月26日

崇峻天皇御書 その12

崇峻天皇御書 その12

 竜象と殿の兄とは殿の御ためにはあしかりつる人ぞかし。
 天の御計らひに殿の御心の如くなるぞかし。いかに天の御心に背かんとはをぼするぞ。
 設ひ千万の財をみちたりとも、上にすてられまいらせ給ひては、何の詮かあるべき。
 已に上にはをやの様に思はれまいらせ、水の器に随ふが如く、こうじの母を思ひ、老者
の杖をたのむが如く、主のとのを思し食されたるは法華経の御たすけにあらずや。あらう
らやましやとこそ、御内の人々は思はるるらめ。
 とくとく此の四人かたらひて日蓮にきかせ給へ。さるならば強盛に天に申すべし。
 又殿の故御父御母の御事も、左衛門尉があまりに歎き候ぞと天にも申し入って候なり。
定めて釈迦仏の御前に子細候らん。

 (新編御書1172ページ、御書全集1172〜1173ページ)

           ◇◆◇◆◇◆

■現代語訳

 竜象房と貴殿(四条金吾殿)の兄上は、貴殿の御為には悪い人でありました。
 しかし、諸天の御計らいによって、貴殿の御心の通りになりました。
 にもかかわらず、何故に、諸天の御心に背くようなことをお考えなのでしょうか。
 たとえ千万の財産に充ち足りていたとしても、主君から捨てられるようなことになれば、
何の意味もありません。

 既に、貴殿は、主君(北条光時殿)から、親のように思われています。
 あたかも、水が器に随うように、子牛が母牛を慕うように、老人が杖を頼りにするよう
に、主君が貴殿のことを思っておられるのは、まさしく、法華経の御加護によるものです。
 一門の人々は、「なんと、羨ましいことであろうか。」と、思っていることでしょう。

 一刻も早く、貴殿のご兄弟四人と仲良く相談して、その結果を、日蓮に聞かせて下さい。
 そのようにしていただければ、強盛に、諸天へ申し上げましょう。

 また、貴殿の亡くなられた御父・御母の御事につきましても、「左衛門尉(四条金吾殿)
が、たいへん歎いておられます。」と、諸天に申し入れましょう。
 必ずや、釈迦仏の御前で、丁重な扱いを受けることになります。
posted by ハジャケン at 10:09| 山梨 ☀| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月25日

崇峻天皇御書 その11

 崇峻天皇御書 その11

 況んや此の四人は遠くは法華経のゆへ、近くは日蓮がゆへに、命を懸けたるやしきを上
へ召されたり。
 日蓮と法華経とを信ずる人々をば、前々彼の人々いかなる事ありとも、かへりみ給ふべ
し。
 其の上、殿の家へ此の人々常にかようならば、かたきはよる行きあはじとをぢるべし。
させる親のかたきならねば、顕はれてとはよも思はじ。かくれん者は是程の兵士はなきな
り。常にむつばせ給へ。
 殿は腹悪しき人にて、よも用ひさせ給はじ。若しさるならば、日蓮が祈りの力及びがた
し。
 (新編御書1172ページ、御書全集1172ページ)


■現代語訳

 ましてや、貴殿(四条金吾殿)のご兄弟の四人は、遠くは法華経を信じているために、
近くは日蓮を信じているために、命を懸けて入手した屋敷を、主君に召し上げられていま
す。
 故に、日蓮と法華経を信ずる人々に対して、以前に、彼等がどのような事をしていたと
しても、配慮をしてあげなければなりません。

 その上、貴殿の家へ、ご兄弟がいつも通って来れば、敵は怖れて、夜間に近寄って来る
ことはないでしょう。
 もともと、親の仇というわけではありませんので、まさか、昼間に正体を顕して、襲っ
て来ることはない、と、思われます。
 また、夜の闇に隠れて、襲って来るような者に対しては、貴殿のご兄弟の四人ほど、勝
れた力量を持った兵士はいません。
 そういう意味合いを込めて、常に、ご兄弟とは仲良くして下さい。

 しかし、貴殿は、腹悪しき(短氣な)人でありますので、なかなか、私(日蓮大聖人)
の忠告を用いないことでしょう。
 もし、そのようなことになれば、日蓮の祈りの力が及ばないことになります。
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2011年09月24日

崇峻天皇御書 その10

崇峻天皇御書 その10
        
 今度はさきよりも彼等はたばかり賢かるらん。いかに申すとも鎌倉のえがら夜廻りの殿
原にはすぎじ。いかに心にあはぬ事有りとも、かたらひ給へ。
 義経はいかにも平家をばせめおとしがたかりしかども、成良をかたらひて平家をほろぼ
し、大将殿はおさだを親のかたきとをぼせしかども、平家を落とさざりしには頚を切り給
はず。

 (新編御書1172ページ、御書全集1172ページ)

          

■現代語訳

 今度は、前回の時よりも、彼等は一段と考慮した上で、対応をしてくるでしょう。

 何と申しても、鎌倉の荏柄(注、現在の鎌倉市二階堂周辺。鎌倉幕府の重臣の館があっ
た。)で、夜廻りをしている弟たちが頼りになります。
 どれだけ心に合わないことがあったとしても、親しく語らってください。

 源義経は、どのようにしても、平家を攻め落とすことが出来ませんでした。
 けれども、田口成良(成能)を味方にすることによって、平家を滅亡させることが出来
ました。

 また、大将殿(源頼朝)は、長田忠宗のことを、親の仇である、と、認識していました。
 けれども、平家を陥落させるまでは、長田忠宗の頸を切らなかったのです。
posted by ハジャケン at 09:48| 山梨 ☀| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月23日

崇峻天皇御書 その9

崇峻天皇御書 その9

 そこばくの人の殿を造り落とさんとしつるに、をとされずして、はやかちぬる身が、穏
便ならずして造り落とされなば、世間に申すこぎこひでの船こぼれ、又食の後に湯の無き
が如し。
 上よりへやを給ひて居してをはせば、其の処にては何事も無くとも、日ぐれ暁なんど、
入り返りなんどに、定めてねらうらん。
 又我が家の妻戸の脇、持仏堂、家の内の板敷の下か天井なんどをば、あながちに心えて
振る舞ひ給へ。

 (新編御書1171〜1172ページ、御書全集1171ページ)


■現代語訳

 何人かの者が、貴殿(四条金吾殿)を讒言によって、陥れようとしました。
 けれども、貴殿は陥れられずに、早くも勝者の身となりました。

 しかし、最後に、些細なことで陥れられたとしたら、世間で云われているように、船の
漕ぎ手が目的地の直前でひっくり返ったり、食事の後に白湯が用意されていないことのよ
うな、詰めの甘い結末になってしまいます。

 貴殿は、主君(北条光時殿)から部屋を与えられて、居住しておられますので、その場
所は、安全で何事もないように思われます。
 けれども、彼等は、日暮れ時や暁の時や出入りの時などを選んで、必ずや、狙って来る
ことでしょう。

 また、貴殿の家の妻戸(家の隅にある両開きの戸)の脇や、持仏堂(仏間)、板間の下、
天井の裏などを、充分に注意しながら、行動してください。
posted by ハジャケン at 10:06| 山梨 ☔| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月22日

崇峻天皇御書 その8

崇峻天皇御書 その8

 返す返す御心への上なれども、末代のありさまを仏の説かせ給ひて候には、濁世には聖
人も居しがたし。大火の中の石の如し。且くはこらふるやうなれども、終にはやけくだけ
て灰となる。
 賢人も五常は口に説きて、身には振る舞ひがたしと見へて候ぞ。
 かうの座をば去れと申すぞかし。

 (新編御書1171ページ、御書全集1171ページ)


■現代語訳

 返す返す、御心得の上とは思われますが、末法の世の有様を、釈尊は、このようにお説
きになられています。

 「末法の濁世には、聖人も、居し難い。あたかも、大火の中の石のようなものである。
 しばらくの間は、堪えられるけれども、最終的には、焼け砕かれて、灰になってしまう
からだ。」と。

 賢人も、五常(仁・義・礼・智・信)を口では説いていますが、実際、我が身に引き当
てて、五常(仁・義・礼・智・信)を振舞っていくことは難しいものです。

 一般的にも、「高い地位に就いたら、早く、その座を去れ。」と、云われています。
posted by ハジャケン at 10:06| 山梨 ☔| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月20日

崇峻天皇御書 その7

崇峻天皇御書 その7


 入道殿いかにもならせ給はば、彼の人々はまどひ者になるべきをばかへりみず、物をぼ
へぬ心に、とののいよいよ来たるを見ては、一定ほのをを胸にたき、いきをさかさまにつ
くらん。
 若しきうだち、きり者の女房たちいかに上の御そらうはと問ひ申されば、いかなる人に
ても候へ、膝をかがめて手を合はせ、某が力の及ぶべき御所労には候はず候を、いかに辞
退申せどもただと仰せ候へば、御内の者にて候間かくて候とて、びむをもかかず、ひたた
れこはからず、さはやかなる小袖、色ある物なんどもきずして、且らくねうじて御覧あれ。

 (新編御書1171ページ、御書全集1171ページ)

          

■現代語訳

 入道殿(北条殿)に、万一のこと(死去)があったとしたら、貴殿(四条金吾殿)
に讒言をした人々は、世迷い人になってしまいます。
 そういうことを顧みずに、分別のない心で、貴殿が益々出仕されるのを見るたびに、必
ずや、胸の中に炎を燃やしたり、息を逆さまに吐いたりして、彼等は敵愾心を盛んにする
ことでしょう。

 もし、公達(朝廷等の貴族)や重臣の女房たちから、「主君の御病状は、どのような状
態ですか。」と問われた時には、相手が如何なる人であったとしても、膝をかがめて手を
合わせてから、「私の力では及ばない御病氣であります。そのため、固く、辞退を申し上
げました。しかし、厳命を仰せになられましたので、主君に御奉公させていただく者とし
て、治療を行っている次第です。」と、答えなさい。

 そして、髪を梳かさず、直垂も立派でないものを用いて、鮮やかな小袖や色付きの衣服
等も着ずに、しばらくの間は、忍耐をして、状況の推移を御覧ください。
posted by ハジャケン at 10:33| 山梨 ☀| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月19日

崇峻天皇御書 その6

崇峻天皇御書 その6


 殿の人にあやまたれてをはさば、設ひ仏にはなり給ふとも彼等が悦びと云ひ、此よりの
歎きと申し、口惜しかるべし。
 彼等がいかにもせんとはげみつるに、古よりも上に引き付けられまいらせてをはすれば、
外のすがたはしづまりたる様にあれども、内の胸はもふる計りにや有らん。
 常には彼等に見へぬ様にて、古よりも家のこを敬ひ、きうだちまいらせ給ひてをはさん
には、上の召しありとも且くつつしむべし。

 (新編御書1171ページ、御書全集1171ページ)

 

■現代語訳

 仮に、貴殿(四条金吾殿)が人から危害を加えられたとしたら、たとえ仏に成ることが
出来たとしても、彼等は悦びの言葉を発するでしょう。
 一方、それは、当方の歎きとなることですから、たいへん口惜しいことになります。

 彼等が何とかして、貴殿を陥れようとしているのに、以前にも増して、主君(北条光時
殿)から引き立てられているので、外見の姿は静まっているように見えても、彼等の心中
は、怒りで燃え上がっているばかりでしょう。

 従って、平常は、彼等から目立たないようにして、以前よりも、一門の家の子を大事に
してください。
 また、公達(朝廷の貴族)が主君の許を尋ねて来る際には、主君からのお呼び出しがあっ
たとしても、しばらくの間は、同伴を慎んでください。
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2011年09月18日

崇峻天皇御書 その5

崇峻天皇御書 その5

 此につけても、殿の御身もあぶなく思ひまいらせ候ぞ。一定かたきにねらはれさせ給ひ
なん。
 すぐろくの石は二つ並びぬればかけられず。車の輪は二つあれば道にかたぶかず。敵も
二人ある者をばいぶせがり候ぞ。
 いかにとがありとも、弟ども且くも身をはなち給ふな。
 殿は一定腹あしき相かをに顕はれたり。いかに大事と思へども、腹あしき者をば天は守
らせ給はぬと知らせ給へ。
 
 (新編御書1171ページ、御書全集1171ページ)



■現代語訳

 それにつけても、貴殿(四条金吾殿)の身の上も、危険であるように、思われて参りま
す。
 必ずや、敵に狙われることでしょう。

 双六では、石が二つ並んでいると、相手に取られることがありません。
 また、車の輪も二つ揃っていれば、悪路でも、あまり傾きません。
 それと同様に、敵も、相手が二人いると、攻めにくいものです。

 従って、どのような過ちがあったとしても、貴殿(四条金吾殿)の弟たちを、少しの間
も、身の回りから離してはなりません。

 貴殿(四条金吾殿)は、必ず、腹あしき(短氣な)相が、顔に顕れます。
 如何に大事な人物と思われても、腹あしき(短氣な)者には、諸天が守護をされないも
のと、承知しておきなさい。
posted by ハジャケン at 10:19| 山梨 ☁| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月17日

崇峻天皇御書 その4

崇峻天皇御書 その4

 上は我がかたきとはをぼさねども、一たんかれらが申す事を用ひ給ひぬるによりて、御
しょらうの大事になりてながしらせ給ふか。
 彼等が柱とたのむ竜象すでにたうれぬ。和讒せし人も又其の病にをかされぬ。
 良観は又一重の大科の者なれば、大事に値ふて大事をひきをこして、いかにもなり候は
んずらん。よもただは候はじ。
  
 (新編御書1170〜1171ページ、御書全集1171ページ)

          

■現代語訳

 主君(北条光時殿)は、貴殿(四条金吾殿)のことを、御自分の敵とは思っていないか
も知れません。
 けれども、一旦は、彼等(四条金吾殿の同僚)の妄言を用いたことにより、御病氣が重
くなって、長引くことになったのではないでしょうか。

 加えて、彼等が柱と頼む竜象房は、既に倒れてしまいました。
 竜象房と一緒に讒言した人も、同じ病に冒されてしまいました。

 極楽寺良観は、また一段と重い大罪の者であるために、大変な問題に遭遇して、大きな
事件を引き起こすことでしょう。そして、如何なることになっても、不思議ではありませ
ん。
 決して、ただでは済まないことになります。
posted by ハジャケン at 10:30| 山梨 ☁| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月16日

崇峻天皇御書 その3

崇峻天皇御書 その3


 法華経には「我深く汝等を敬ふ」と。
 涅槃経には「一切衆生悉く仏性有り」と。
 馬鳴菩薩の起信論には「真如の法常に薫習するを以ての故に、妄心即滅して法身顕現す」
と。
 弥勒菩薩の瑜伽論には見へたり、かくれたる事のあらはれたる徳となり候なり。
 されば御内の人々には天魔ついて、前より此の事を知りて殿の此の法門を供養するをさ
さえんがために、今度の大妄語をば造り出だしたりしを、御信心深ければ十羅刹たすけ奉
らんがために、此の病はをこれるか。
 
 (新編御書1170ページ、御書全集1170〜1171ページ)


■現代語訳

 法華経常不軽菩薩品第二十には、「我は、深く、汝等を敬う。」と、仰せになられてい
ます。

 涅槃経には、「一切衆生には、悉く、仏性が有る。」と、仰せになられています。

 馬鳴菩薩が著した『起信論』には、「真如の法が、常に薫習していく故に、迷いの妄心
が滅して、覚りの法身が顕現する。」と、云われています。

 弥勒菩薩が著した『瑜伽論』には、自然に、隠れていた善事が、徳となって現れてくる
ことを示されています。

 であるならば、貴殿(四条金吾殿)の同僚の人々に、天魔が付いて、この法華経(御本
尊)の法門を供養する貴殿(四条金吾殿)のことを、以前より知っていたが為に、この度
の大妄語を造り出して、妨げようとしたことになります。
 しかし、貴殿(四条金吾殿)の御信心が深かったので、諸天善神である十羅刹女が、貴
殿(四条金吾殿)を助け奉ったのであります。

 それ故に、主君(北条光時殿)が発病されたのでしょう。
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2011年09月15日

崇峻天皇御書 その2

崇峻天皇御書 その2
        
 大木の下の小木、大河の辺の草は正しく其の雨にあたらず、其の水をえずといへども、
露をつたへ、いきをえて、さかうる事に候。此もかくのごとし。
 阿闍世王は仏の御かたきなれども、其の内にありし耆婆大臣、仏に志ありて常に供養あ
りしかば、其の功大王に帰すとこそ見へて候へ。
 仏法の中に、内薫外護と申す大いなる大事ありて宗論にて候。

 (新編御書1170ページ、御書全集1170ページ)

      

■現代語訳

 例えば、大木の下に生えている小さな木は、直接、雨に当たることはありません。
 また、大河のほとりに生えている草は、直接、大河の水を得ることが出来ません。
 けれども、露が小さな木に伝わっていったり、ほとりの草が大河の水氣を得たりするこ
とによって、繁っていくのであります。

 主君と臣下の関係も、これと同様であります。

阿闇世王は、提婆達多に騙されて、釈尊の御敵となっていました。
 しかし、阿闇世王の臣下であった耆婆大臣は、仏に対する信仰心の志を持って、常に御
供養を行なっていたので、その功徳が阿闇世王に帰していったように、見受けられます。

 仏法の中には、『内薫外護』(衆生の内に存在する仏性が薫発されて、自らを外護する
こと。)という、極めて大事な宗論があります。
posted by ハジャケン at 09:43| 山梨 ☀| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月13日

崇峻天皇御書 その1

崇峻天皇御書 その1

 白小袖一領、銭一ゆひ、又富木殿の御文のみ、なによりも、かき・なし・なまひじき・
ひるひじき、やうやうの物うけ取り、しなじな御使ひにたび候ひぬ。
 さてはなによりも上の御いたはりなげき入って候。
 たとひ上は御信用なき様に候へども、との其の内にをはして、其の御恩のかげにて法華
経をやしなひまいらせ給ひ候へば、偏に上の御祈りとぞなり候らん。

 (新編御書1170ページ、御書全集1170ページ)


■現代語訳

 白小袖一枚、銭一結、また、富木殿からのお手紙と、何よりも、柿・梨・生ひじき・干ひ
じき、その他様々な品物を、御使いに託して、お届けいただきました。そして、それらの品
物を受け取りました。

 さて、何よりも、主君(北条光時殿)の御病氣のことを、嘆き入っております。

 たとえ、主君(北条光時殿)からは、貴殿(四条金吾殿)に対する御信用がないように見
受けられますけれども、貴殿(四条金吾殿)は、その一門の内にいらっしゃって、主君(北
条光時殿)に対する御恩の陰で、法華経(御本尊)を信行しておられます。

 因って、貴殿(四条金吾殿)の御祈念は、偏(ひとえ)に、主君(北条光時殿)の御病氣
を平癒するための御祈念となることでしょう。
posted by ハジャケン at 09:44| 山梨 ☀| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月02日

崇峻天皇御書 その20 完

崇峻天皇御書 その20 完
        

孔子と申せし賢人は九思一言とて、ここのたびおもひて一度申す。
周公旦と申せし人は沐する時は三度握り、食する時は三度はき給ひき。
たしかにきこしめせ。我ばし恨みさせ給ふな。仏法と申すは是にて候ぞ。
一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひし
はいかなる事ぞ。
教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞ひにて候ひけるぞ。穴賢穴賢。賢きを人と云ひ、は
かなきを畜といふ。

九月十一日   日蓮 花押 
四条左衛門尉殿御返事 

 (新編御書1174ページ、御書全集1174ページ)

          

■現代語訳

孔子という賢人は、『九思一言』と申して、九度考えてから、一度発言するようにして
いました。
また、周公且という人は、客人が尋ねてくると、髪を洗っている時であっても、三度髪
を握っただけで、出向くようにしていました。また、食事の時であっても、食べた物を三
度吐き出してから出向いていたために、客人を待たせるようなことがなかった、というこ
とです。

しっかりと聞いておきなさい。私(日蓮大聖人)を恨んではなりません。
仏法を信行する意義は、ここにあるのです。

釈尊御一代の仏法の肝心は、法華経にあります。そして、法華経の修行の肝心は、不軽
品にあります。
では、不軽菩薩が人々を礼拝する修行をしたことには、如何なる意味があったのでしょ
うか。

教主釈尊の出世の本懐は、人間としての振る舞いのあり方を、お説きになることにあっ
たのです。穴賢穴賢。
賢く振る舞う者のことを『人』と云い、愚かに振る舞う者のことを『畜』と云うのであ
ります。

建治三年(1277年)九月十一日   日蓮 花押 
四条左衛門尉殿御返事 
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2010年11月01日

崇峻天皇御書 その19

崇峻天皇御書 その19
        

此の御言は身を害する剣なりとて、太子多くの財を取り寄せて、御前に此の言を聞きし
者に御ひきで物ありしかども、或人蘇我の大臣馬子と申せし人に語りしかば、馬子我が事
なりとて東漢直駒、直磐井と申す者の子をかたらひて王を害しまいらせつ。
されば王位の身なれども、思ふ事をばたやすく申さぬぞ。

 (新編御書1174ページ、御書全集1174ページ)

          

■現代語訳

聖徳太子は、「このままでは、崇峻天皇の発せられた御言葉が、陛下御自身を害する剣
になってしまう。」と、考えました。
そのために、聖徳太子は多くの財宝を取り寄せて、崇峻天皇の御前で、先ほどの御発言
を聞いた人々に、御引出物として財宝を与えました。

けれども、或る人が、蘇我馬子という大臣に、崇峻天皇の御発言の内容を語ってしまいました。
すると、蘇我馬子は、自分の事を指しているのであろうと思い込んで、東漢直駒・直磐
井という者の子を教唆して、崇峻天皇を殺害してしまいました。

このように、王位の身であっても、思った事を、たやすく、口に出してはならないのです。
posted by ハジャケン at 10:33| 山梨 ☔| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月31日

崇峻天皇御書 その18

崇峻天皇御書 その18
        

且くは此を持ち給ひてをはせしが、ややもすれば腹あしき王にて是を破らせ給ひき。
有る時、人猪の子をまいらせたりしかば、かうがいをぬきて猪の子の眼をづぶづぶとさ
させ給ひて、いつかにくしと思ふやつをかくせんと仰せありしかば、太子其の座にをはせ
しが、あらあさましや、あさましや、君は一定人にあだまれ給ひなん。
 
 (新編御書1174ページ、御書全集1174ページ)

          

■現代語訳

崇峻天皇は、しばらくの間、『五常』(仁・義・礼・智・信)の教えをお持ちになって
いました。
しかし、崇峻天皇は、ややもすると、腹あしき(短氣な)天皇であったために、『五常』
(仁・義・礼・智・信)の教えを破るようになってしまいました。

そんなある時、猪の子を献上してきた人がいました。
すると、崇峻天皇は短刀を抜いて、猪の子の眼をずぶずぶと突き刺しながら、「いつか、
憎いと思っている奴を、このようにしてやるんだ!」と、仰せになりました。

すると、その座にいた聖徳太子は、「なんと、浅ましいことでしょうか。なんと、浅まし
いことでしょうか。陛下は、必ずや、人から恨まれることになるでしょう。」と、云われま
した。
posted by ハジャケン at 10:11| 山梨 ☁| 崇峻天皇御書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする