2017年08月14日

八 相

釈迦の生涯に八つの変相があった。
住胎と嬰核
愛欲と楽苦行
降魔【ごうま】
成道【じょうどう】と転法輪
入滅
我々はすでに我々の始の二相を経て、
最後の入滅には未だ達しておらない。
その余の五相の何を現じておるのであろうか。
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2017年08月13日

八不祥

 幼にして肯て長に事えず。
 長じて敢て老に事えず。
 不肖にして肯て賢に事えず。 (三不祥)
 人を損じて己を益すは身の不祥。
 老を棄て幼を取るは家の不祥。
 賢を釈【お】いて不肖に任ずるは国の不祥。
 老いて教えず、少【わか】くして学ばざるは俗の不祥。
 聖人伏し匿【かく】れて愚者権を
 擅【ほしいまま】にするは天下の不祥。(五不祥)
右八不祥(清・張美和・群書拾唾)
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2017年08月12日

達徳明眼の師友

 食物は得易い。また粗食でも甘んずることができる。
 けれども、良い師友は実に得難い。
 そして、こればかりは粗末で済まされない。
 我々の人格が純真熱烈なほど達徳明眼の師友を
 渇仰【かつごう】して止まないのである。
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2017年08月11日

師友を求める心

 我々の人生が真に確立し、
 もはや惑うこともなくなるまでには、
 到底自分の独力でなし得られるものではない。
 それには我々の天稟【てんびん】が余りに貧弱で
 無力で下根【げこん】である。
 我々は常に権威ある人格、品性、気魄、
 才能に接触し誘掖【ゆうえき】され陶冶【とうや】されて、
 はじめてようやく自己を充実し洗練し向上させることができる。
 この厳粛な事理を閑却し、蔑視【べっし】する者は、
 必ず人生に退転し、迷惑し、
 顛倒するの愚に終わらねばならない。
 故に精神的権威を求める心、換言すれば師友を求める心は、
 我々の胃の腑が食を求めるように、
 我々の魂に最も根本的な要求である。
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2017年08月10日

老荘と孔孟

人生の教えには大きく考えると二つある。
それは、なるべく天然自然の全き姿を続けさせたい。
なるべく、軽るがるしく早く物になるまいという行き方と、
成るべく早く物にしたい、
成るべく早く立派な物にしようという行き方とです。
老荘思想は成るべく早くつまらぬ物にはなるまいという行き方です。
それに較べると孔孟の方、儒教の方は、
成るべく早く立派な物にしようとする行き方です。
 私なんかはどっちかというと、儒教で育ったものですが、
しかし多分に老荘の教えが浸み込んでいる。
何か物になる、限定されることが嫌い、
学問でも一宗一派の学問をすることが嫌いで、
近頃のようなイズム――イストが嫌いです。
思想ばかりじゃない、世の中に処しても、教育家になるとか、
官吏になるとか、学者になるとか、銀行家になるとか、
なんとかそういう何かになったら、
もうそれでお終いのような気がして、到頭何にもならないで、
或いはなれないのかもしれませんが、何やらわけが分らぬ
――しかし何かになるよりはましなような、
正体の分らぬものになってしまった。
 私の雅号の瓠堂はその意味です。
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2017年08月09日

使えば使うほど

頭は難問題と取り組めば取り組むほど良くなる。
肉体も同じことで、楽をさせ、
やさしいことばかりに使っておるとだめになる。
だから、いくら使ってもよろしい。
正しく使えば使うほどよろしい。
またむずかしい問題と取り組むほどよろしい。
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2017年08月07日

人間の通則

人間というものは逆境よりも順境、
禍よりも幸に弱いものであります。
持たざるよりも持った方が、
病弱よりも健康の方がむしろ注意しなければならない。
人間は得意・成功の方が失意・不遇よりは危ない。
素朴よりも文明の方が危ない。
これは人間の通則であり、また人間の微妙なところです。
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2017年08月06日

文明は人間を弱くする

真の体力・健康というものはもっと矛盾に富んだ、
もっと苛烈な、自然の暑さ・寒さ・飢餓、
その他いろいろの不自由やら迫害と闘って、
自然に鍛え上げるものでなくてはならない。
そういう意味から言うならば、
文明の知識と技術の下につくり上げられた
体力・生命力というものは弱いものである。
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2017年08月05日

『小学』を学ぶ

 私の好きな大家の一人に章楓山という人がおりますが、
明代の碩学で、王陽明とほど同時代に生きた人でありますが、
ある時新進の進士が訪ねて来て、
「私も進士の試験に及第しましたが、
これから一つどういうふうに勉強すればよろしいのでしょうか、
ご教示願いたい」と頼んだ。
 章楓山はこれに答えて
「何といっても『小学』をやることですね」といった。
いわれた進士は内心甚だ面白くない。
進士の試験に及第した自分に『小学』をやれとは、
人を馬鹿にするにもほどがあるというわけであります。
 そうして家に帰り、
何となく『小学』を手にとって読んでみたところが、
 誠にひしひしと身に迫るものがある。
 そこで懸命に『小学』を勉強して、再び章楓山を訪れた。
 するとろくろく挨拶も終わらぬうちに章楓山がいった、
 「だいぶ『小学』を勉強しましたね」。
 びっくりして「どうしてわかりますか」と訊ねたところ、
 「いや、言語・応対の間に自からあらわれておりますよ」
 と答えたということであります。いい話です。
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2017年08月04日

抱独・見独・慎独

地位だの名誉だの物質だの利害だのといった
打算的なものによらずに自己の絶対的なものを持つ、
これを「抱独【ほうどく】」と言う。
そしてそれを認識するのが「見独」であります。
自己の存在の絶対性に徹して、初めて真に他を知ることが出来る、
他との関係が成り立つ。
根本に於て独がなければ、
われわれの存在は極めて曖昧で不安定であります。
 だから君子はそれをよく認識し、徹見して、大切にするのである。
「慎独」は中庸に伴う大事な要素であって、
これあるによって、本当の進歩向上ができる、
所謂中があり得るわけであります。
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2017年08月03日

将来の人物

将来の人物か過去の人物かの相違は、
吾れ何人ぞやと考えるか、
誰それはあゝだ斯【こ】うだと
他人の批判ばかりしているかどうかの一点にある。
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2017年08月02日

生え抜きの人間

平洲はよく生【は】え抜きの人間≠ニいうことを説く。
折角人間に生まれながら、多くは成長するにつれて
退化・歪【わい】曲・分裂して、
却って非人間的な方へ逸【そ】れてゆく。
しかし我々は成長すればするほど大木が一貫して伸びてゆくように、
生え抜きの人間≠ノならねばならぬ。
それが人間を造るということだ。
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2017年08月01日

細井平洲の手紙

細井平洲の上杉鷹山に宛てた手紙の中に、
学者を語って面白い一文がある。
「世の中に払底なる(底を払って空しい)者と申し候は、
学術志行兼備と申す人に御座候。
何れの国にも学者は学者風にて、書に対し候時は学者に御座候。
人に対し候時は世人に御座候」と。
書に対する時だけ学者で、他の時は俗人というのでは、
人を感化・指導することなど思いもよらぬ。
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2017年07月31日

今日の教育

そう言えば、昔の教養の高い家庭などでは、
だいたい十歳過ぎくらいまでに四書五経や『日本外史』などを読ませて、
子供はまたそれをよく覚えたものであります。
このごろも幾人かの専門家が、文部省が決めておるような漢字は、
小学校の一年、二年ですべて覚える。
仮名よりも漢字のほうが子供はずっとよく覚える、
興味を持って覚えるということを報告しております。
それなのに、せっかくの子供の頭脳をもったいなくも
遊休施設にして錆【さ】びさせておるのが、
今日の教育と申してもよろしい。
posted by ハジャケン at 10:24| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

脳という遊休施設

世の中のいかなる遊休施設よりも、
最ももったいないものは頭である。
一般人は能力の一〇%か一五%しか使っていない。
頭脳は正しく使えば使うほど、その能力を増大する。
古い脳から新しい脳を発達させる。
脳は老いるということを知らない。
生涯進歩しつづけるものだ。
但【た】だそれに要する養分は正しい生活と道徳だ。
仙薬【せんやく】は我が心にある
――とこれ亦医学者が覚【さと】っている。
posted by ハジャケン at 10:21| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

脳という遊休施設

世の中のいかなる遊休施設よりも、
最ももったいないものは頭である。
一般人は能力の一〇%か一五%しか使っていない。
頭脳は正しく使えば使うほど、その能力を増大する。
古い脳から新しい脳を発達させる。
脳は老いるということを知らない。
生涯進歩しつづけるものだ。
但【た】だそれに要する養分は正しい生活と道徳だ。
仙薬【せんやく】は我が心にある
――とこれ亦医学者が覚【さと】っている。
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2017年07月29日

ホルモン

現代人が自分の身体について
最も気にかけているものの一つにホルモンがあります。
人間の身体各部各種の無数の細胞の中には、
個人と同様に、萎縮【いしゅく】するものや、
増長するものがある。
その増長するものを抑え、萎縮するものを保護して、
全体の同一調和を司【つかさ】どるものが内分泌腺であり、
その分泌物が即ちホルモンなのです。
それは非常に強いエネルギーを以て活動する。
これが衰えれば、人間は生活力が弱まり、
各種の疾病を生ずる。
つまり細胞も和を以て貴しとなすのであり、
人体そのものが神秘な調和で生きておるものであります。
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2017年07月28日

身体の保ち方

「身体髪膚【しんたいはっぷ】これを父母に受く。
敢て毀傷【きしょう】せざるは孝の始めなり」と申しますが、
われわれの身体というものはなるべく毀傷せぬ方が宜【よろ】しい。
外科的手術はなるべく避けて、
出来るならば内から変化・進化を推し進めて、
片づけてゆくことが好ましい。
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2017年07月27日

健康の条件

我々が健康に生活するということはどういうことであるか。
第一必要なるは飲食ということです。
摂取したるものを咀嚼【そしゃく】し、
それを消化し、吸収することが必要であるとともに、
排泄するという機能がある。
この消化吸収と排泄の働きがうまく行けば、健康であります。
消化吸収ができなかったり、排泄ができなくなると、
すなわち便秘になったり、下痢をするというようなことでは、
必ず疾病が生ずる。一国文化においてもまたその通りであります。
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2017年07月26日

吐 納

人間は遅くとも六時ぐらいに起きて、
肺に溜まっている空気を吐き出し、
新鮮な朝の空気をうんと深く吸い込む、
これが本当の呼吸というものであります。
そこで道家では呼吸と言わずに「吐納【とのう】」と言っています。
そして吐き出したら、今度は胸一杯深く吸う。
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2017年07月25日

清新溌溂

人間の徳性の中でも根本のものは、活々している。
清新溌溂ということだ。
いかなる場合にも、
特に逆境・有事の時ほど活々していることが必要である。
その人に接すると自分までも気が爽やかになるという、
これが人物の最も大事な要素だ。そ
してかくの如き人であれば必ず役に立つ。
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2017年07月23日

自ら新たにする

われわれの学問は机上の空論ではだめでありまして、
やはり時というもの、
時勢というものに血の通った哲学でなければなりません。
人間学とはそういうものでありまして、
これから先は、究極するところ自新
――自ら新たにするということが最も大切なことであると思います。
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2017年07月22日

あるべき教育制度

なるほど大学を出た者は頭もよく才気もありますが、
人間の本質的な修業をしていない秀才という人々が
沢山卒業しまして、そういう人々が指導者となって、
近代の組織を動かしましたからその支配制度は、
諸事にわたってまことにスマートで器用でありますが、
人間として最も大切なことをとり残しております。
これは日本の深刻な教育の失敗であります。
従って今後の日本は、何とかして昔から厳しく言われました
人間としての心がけ、躾のできた人間をつくって
その根底の上に知識・技能を磨く教育制度に
しなければならないと思います。
posted by ハジャケン at 09:00| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月21日

尋常ということ

昔は小学校を尋常【じんじょう】小学校といいました。
この尋常とはあたりまえ、どんなことにでも、
平常と少しも変わらないことです。
如何【いか】なる戦場に臨んでも平常どおり
少しも変わらぬ戦いをしたいと、
昔の武士は「いざ尋常に勝負」と言ったものです。
従って尋常小学校の尋常とは将来如何なる境遇にあっても
平常心を失わぬように処【しょ】する
その根底を養うことであります。
これを誤って尋常小学校とは学校の中で
一番程度の低い子供の団体である等と、
とんだ誤解をしておると申さねばなりません。
posted by ハジャケン at 09:25| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする