2017年07月10日

気を養う

「気を養う」ことには國藩は驚くべき綿密な工夫を積んでいた。
彼は気を養うために、気を丹田に蔵むるにつとめた。
人に対していうべからざることをしないと誓った。
これかつて宋の名臣・司馬光の心行であった。
習字もまた彼にとって養気の一端であったらしい。
彼は食事の後しばらくは字を習うことにしていた。
実際私たちでも、静かに机に対して滑かに墨を磨り下すときは、
不思議に心意識の沈静するを覚える。
彼も必ずこの間において大いに自得するところがあったのであろう。
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2017年07月09日

自 反

孟子は自反≠説く。
自ら反【かえ】ることは人間哲学の厳粛な根本理法の一つだ。
自ら反らざれば、それは自ら反【そむ】くことになる。
国家・個人を問わず問題の原因を偏【ひとえ】に
外に帰することは潔くない。
いかなる時も人間としての正しい考え方は、
自分の内部に第一原因を発見することでなければならない。
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2017年07月08日

精神生活の弊

精神生活に没頭する者の弊は旧吾に陥ることである。
所謂気が腐るというもので、
これには自己の生命を白熱させる問題を把えねばならない。
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2017年07月07日

多忙の陥穽

社会的に忙しい者は個人的内省が薄れ易い。
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2017年07月06日

人間の堕落

造化の一物を私有するという行為は、
そこに人間の堕落がある。
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2017年07月05日

人間の三原則

われわれ人間には三つの原則があります。
第一は自己保存ということ。
身体の全機能・全器官が自己保存のために出来ておる。
第二は種族の維持・発展ということ。
腎臓にしても大脳にしても、
あらゆる解剖学的全機能がそういう風に出来ている。
第三には無限の精神的・心理的向上。
人間は他の動物と違って、精神的に心霊的に無限に向上する、
所謂上達するように出来ている。
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2017年07月04日

出会い

人と人との出会い、人と仕事の出会い、
人と書との出会い、いろいろの出会いがある。
今日ただいまを逃して、そのうちに機会があれば……
などと思っていると、
この山水の好風景を二度と踏破することはむずかしい。
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2017年07月03日

因果の世界

われわれの経験するこの世界は、
正に複雑極まりない因果の世界であります。
因といっても無限の因があり、
それが縁によって結ばれて、
無限の果を生んでゆく。
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2017年07月02日

緑蔭清談

神秘は何処にもある。
君と僕とこうして緑蔭に同じ茶を飲み、
同じ物を食べる。
それがちゃんと君の身体になり僕の身体になる。
学者の眼はいつも神秘を窺いている。
いかに多くの人々が酒も飲まぬに悪酔していることであろう。
怒り・恐れ・憎み・嫉妬・その他様々の悪感情の為に、
胃の腑の食物が醗酵し、血液中に毒素が生じる。
いつも妻のうるさい愚痴や争い、
夫のふしだらや怒鳴りに悩まされている様な男女は、
始終悪酔しておるのと同じだと医学者は言っている。
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2017年07月01日

おはよう!

おはよう! なんという良い挨拶でしょう。
朝ほど爽やかでいきいきした時はありません。
イギリスのことわざにもThere is only the morning in all things.
――「朝こそすべて」とあります。
何よりも、すがすがしきは朝起きて
朝日に向ふ 心なりけり
まったくであります。夜が明けたらすぐ起きて、
目を覚ましながら寝床の中でぐずぐずするなと
曾国藩も自戒していますが、
誰も一応恐縮する言葉です。
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2017年06月30日

女性へ

気が利いて、まめやかで、優しくて、
善言に耳を傾ける素直さがあり、その上に容貌敢て醜くからず。
これ女性に望むところ。
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2017年06月29日

聖人の道

人間一人生きることは何んでもないが、
子を育てることはそれ自身一つの道徳だ。
それすら世間普通の者は容易でない。
況【いわ】んや他人の子を育てることに於【おい】てをや。
更に況んや萬物を育てるに於てをや。これ聖人の道だ。
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2017年06月28日

女性の使命

「私はドイツの母親、
ドイツの婦人の家庭的な伝統の中に、
我々の政治的未来に対する、
我々の築くいかなる要塞にもまして確固たる保証を見る」
とは鉄血宰相ビスマルクの名言であるが、
さて今日我が日本の方は如何なるものであろうか。
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2017年06月27日

先 妣

死んだお母さんの事を先妣【せんぴ】と言う。
妣という文字は配偶、つまり父のつれあいという意味と同時に、
親しむという意味を持っておる。
母というものは、亡くなった母の年になってみて、
はじめて親父の本当のよき配偶であった、
本当にやさしく親しめる人であった、ということが解る。
所謂恋愛の相手とは違う。
本当の愛、本当の女性、母・妻、というものは、
亡くなった母の年になると解る。
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2017年06月26日

人間の分岐点

せっかく苦労をして、妻の座あるいは夫の座が安定し、
人間もできてきたという年齢が、
あるいは成功であるのか、失敗であるのか分かれる年齢が、
女子は四十過ぎ、男子は五十過ぎであります。
男子はその頃から大体自信もでき、度胸もでき、
経験が積まれるようになって、立派になる人間と、
俗物になる人間とに分かれてくる。
これは男女とも同様でありますが、
男子のほうが女子より少し遅れます。
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2017年06月25日

理想像

 人間像、理想像とかいうものは血が通っておらなければならない。
 血が通っているということは、
 自分の生命をぶち込んでいるということです。
 その意味において我われの理想像とか人間像とかいうものは、
 必ず誰かに感激し、私淑(ししゅく)する
 ということにならなければだめだ。
 書物の上ではだめである。
 子供を本当に教育しようと思ったら、
 子供に理想像を持たさなければならない。
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2017年06月24日

敬の対象

 父親というものは子供に対して
 あまり口やかましく言わぬほうがよい。
 それは母親の役目であって、
 それよりもまず父親は子供の敬の対象、
 理想像になってやらなければならない。
 理想像として子供のイメージを壊さぬような、
 また子供が自らにして敬の心を抱くような、
 そういう態度、言葉、振る舞いがより大事であり、
 必要なのであります。
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2017年06月23日

父と子 2

 子は父より注目されることを欲し、
 父の賛成を得ようとする。
 父が子に満足を感じている限りにおいて、
 子自身は自己に満足できるのである。
 これが父に対する子の自然的愛であって、
 その愛は子の感性的福祉の保護者に対してではなく、
 彼自らの価値又は無価値を反映する鏡に対するものである――。
 この厳格な事実を世の父母の多くが
 いかに気づかずにきたことでしょうか。
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2017年06月22日

父と子 1

 道義心の最も根源的な、最も純粋な姿は、
 敬重(けいちょう)されたいという衝動である。
 又(また)こういう衝動からまず敬重の唯一の
 可能性対象である道義的なもの、
 即ち、正・善・真・克己という認識が生ずることである。
 子供の場合には、この衝動はまず彼が最も敬重する人から
 敬重してもらいたいという衝動として現れる。
 そうして愛は決して利己心より生ずるものではないという証拠には、
 この衝動は、慈愛を以て常に眼前に在る母に対してよりも、
 不在がちで、直接慈愛者として現れない、
 もっと厳格な父に対して、
 一般に遥(はる)かに強く且(か)つ決定的に向けられる。。
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2017年06月21日

悪まずして厳

 家庭教育で一番大事なものは「悪まずして厳」ということであります。
 教育となると、真剣になればなるほど子供の欠点がわかるから、
 どうしても親しいほど腹が立ったり悔しくなったりする。
 そこで教育に熱心な親ほど、特に父親は性急である。
 どうしても子供も叱(しか)る。
 そこで感情が複雑になってくるから、愛情よりは憎むという、
 愛憎という感情が動いてくる。
 少なくとも子供はそう受け取る。
 そうして子供は非常にひねくれる。
 だから孟子のようなやかましい人でも、教育に関して、
 「父子の間は善を責めてはならん」と言うておる。
 善を求めて相手を責める、こうしなきゃいかん、なぜしないかと、
 善を責めるといかん。
 善を責めると子は父から離れる。
 親子の間、父子の間が離れるほど不祥なことはないと孟子は論じておる、
 まことにその通りであります。
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2017年06月20日

反省の作用

 反省は統一に復(かえ)ろうとする作用である。
 哲人程(ほど)内省的であり、
 統一に復る程幽玄(ゆうげん)である。
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2017年06月19日

心に触れる

 人は省みることによって、自らに反ることによって、
 はじめて心というものに触れることが出来る。
 他の動物も感覚や或(あ)る程度の意識は持っておるけれども、
 人間の様な複雑微妙な意識・精神、
総称して心というものは持っていない。
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2017年06月18日

愛読書

 本も愛読書は慣れてみると血が通うというか、心が通う。
 書物が本当に生き物のようになる。
 長く親しんだ愛読書というものは、
 これは実に楽しいもので、まさに親友と同じものになる。
 おもしろいもので、心から読む、心読すると書物が生きてくる。
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2017年06月17日

相 棒

 物事を研究する秘訣は、相棒を見つけることだ。
 相棒は人間でも書物でもよい。
 自分が真剣になりさえすれば必ず見つかる。
posted by ハジャケン at 09:21| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする