2017年08月02日

生え抜きの人間

平洲はよく生【は】え抜きの人間≠ニいうことを説く。
折角人間に生まれながら、多くは成長するにつれて
退化・歪【わい】曲・分裂して、
却って非人間的な方へ逸【そ】れてゆく。
しかし我々は成長すればするほど大木が一貫して伸びてゆくように、
生え抜きの人間≠ノならねばならぬ。
それが人間を造るということだ。
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2017年08月01日

細井平洲の手紙

細井平洲の上杉鷹山に宛てた手紙の中に、
学者を語って面白い一文がある。
「世の中に払底なる(底を払って空しい)者と申し候は、
学術志行兼備と申す人に御座候。
何れの国にも学者は学者風にて、書に対し候時は学者に御座候。
人に対し候時は世人に御座候」と。
書に対する時だけ学者で、他の時は俗人というのでは、
人を感化・指導することなど思いもよらぬ。
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2017年07月31日

今日の教育

そう言えば、昔の教養の高い家庭などでは、
だいたい十歳過ぎくらいまでに四書五経や『日本外史』などを読ませて、
子供はまたそれをよく覚えたものであります。
このごろも幾人かの専門家が、文部省が決めておるような漢字は、
小学校の一年、二年ですべて覚える。
仮名よりも漢字のほうが子供はずっとよく覚える、
興味を持って覚えるということを報告しております。
それなのに、せっかくの子供の頭脳をもったいなくも
遊休施設にして錆【さ】びさせておるのが、
今日の教育と申してもよろしい。
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脳という遊休施設

世の中のいかなる遊休施設よりも、
最ももったいないものは頭である。
一般人は能力の一〇%か一五%しか使っていない。
頭脳は正しく使えば使うほど、その能力を増大する。
古い脳から新しい脳を発達させる。
脳は老いるということを知らない。
生涯進歩しつづけるものだ。
但【た】だそれに要する養分は正しい生活と道徳だ。
仙薬【せんやく】は我が心にある
――とこれ亦医学者が覚【さと】っている。
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2017年07月30日

脳という遊休施設

世の中のいかなる遊休施設よりも、
最ももったいないものは頭である。
一般人は能力の一〇%か一五%しか使っていない。
頭脳は正しく使えば使うほど、その能力を増大する。
古い脳から新しい脳を発達させる。
脳は老いるということを知らない。
生涯進歩しつづけるものだ。
但【た】だそれに要する養分は正しい生活と道徳だ。
仙薬【せんやく】は我が心にある
――とこれ亦医学者が覚【さと】っている。
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2017年07月29日

ホルモン

現代人が自分の身体について
最も気にかけているものの一つにホルモンがあります。
人間の身体各部各種の無数の細胞の中には、
個人と同様に、萎縮【いしゅく】するものや、
増長するものがある。
その増長するものを抑え、萎縮するものを保護して、
全体の同一調和を司【つかさ】どるものが内分泌腺であり、
その分泌物が即ちホルモンなのです。
それは非常に強いエネルギーを以て活動する。
これが衰えれば、人間は生活力が弱まり、
各種の疾病を生ずる。
つまり細胞も和を以て貴しとなすのであり、
人体そのものが神秘な調和で生きておるものであります。
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2017年07月28日

身体の保ち方

「身体髪膚【しんたいはっぷ】これを父母に受く。
敢て毀傷【きしょう】せざるは孝の始めなり」と申しますが、
われわれの身体というものはなるべく毀傷せぬ方が宜【よろ】しい。
外科的手術はなるべく避けて、
出来るならば内から変化・進化を推し進めて、
片づけてゆくことが好ましい。
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2017年07月27日

健康の条件

我々が健康に生活するということはどういうことであるか。
第一必要なるは飲食ということです。
摂取したるものを咀嚼【そしゃく】し、
それを消化し、吸収することが必要であるとともに、
排泄するという機能がある。
この消化吸収と排泄の働きがうまく行けば、健康であります。
消化吸収ができなかったり、排泄ができなくなると、
すなわち便秘になったり、下痢をするというようなことでは、
必ず疾病が生ずる。一国文化においてもまたその通りであります。
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2017年07月26日

吐 納

人間は遅くとも六時ぐらいに起きて、
肺に溜まっている空気を吐き出し、
新鮮な朝の空気をうんと深く吸い込む、
これが本当の呼吸というものであります。
そこで道家では呼吸と言わずに「吐納【とのう】」と言っています。
そして吐き出したら、今度は胸一杯深く吸う。
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2017年07月25日

清新溌溂

人間の徳性の中でも根本のものは、活々している。
清新溌溂ということだ。
いかなる場合にも、
特に逆境・有事の時ほど活々していることが必要である。
その人に接すると自分までも気が爽やかになるという、
これが人物の最も大事な要素だ。そ
してかくの如き人であれば必ず役に立つ。
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2017年07月23日

自ら新たにする

われわれの学問は机上の空論ではだめでありまして、
やはり時というもの、
時勢というものに血の通った哲学でなければなりません。
人間学とはそういうものでありまして、
これから先は、究極するところ自新
――自ら新たにするということが最も大切なことであると思います。
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2017年07月22日

あるべき教育制度

なるほど大学を出た者は頭もよく才気もありますが、
人間の本質的な修業をしていない秀才という人々が
沢山卒業しまして、そういう人々が指導者となって、
近代の組織を動かしましたからその支配制度は、
諸事にわたってまことにスマートで器用でありますが、
人間として最も大切なことをとり残しております。
これは日本の深刻な教育の失敗であります。
従って今後の日本は、何とかして昔から厳しく言われました
人間としての心がけ、躾のできた人間をつくって
その根底の上に知識・技能を磨く教育制度に
しなければならないと思います。
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2017年07月21日

尋常ということ

昔は小学校を尋常【じんじょう】小学校といいました。
この尋常とはあたりまえ、どんなことにでも、
平常と少しも変わらないことです。
如何【いか】なる戦場に臨んでも平常どおり
少しも変わらぬ戦いをしたいと、
昔の武士は「いざ尋常に勝負」と言ったものです。
従って尋常小学校の尋常とは将来如何なる境遇にあっても
平常心を失わぬように処【しょ】する
その根底を養うことであります。
これを誤って尋常小学校とは学校の中で
一番程度の低い子供の団体である等と、
とんだ誤解をしておると申さねばなりません。
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2017年07月20日

念力岩をも通す

昔から「思う念力岩をも通す」という言葉がありますが、
これは本当でありまして、始終念じていると、
そういう不思議な力が生じてきます。
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2017年07月19日

覚悟を究める

今、日本が眼【ま】のあたり非常な難局に臨んで居ることは
国民の何人【なんぴと】もが斎【ひと】しく
自覚して居ることであろう。
日本国家として人格的躍進を為【な】すは今である。
日本民族が其【そ】の精神的威力を試錬【しれん】するは今である。
さらば武士が戦【いくさ】に臨んで
愛刀の目釘【めくぎ】を検【しら】べる様に、
我々は先ず自己の覚悟を究【きわ】めなければならぬ。
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2017年07月18日

境遇が人格をつくる

物心【ぶっしん】は相待【あいま】って自己を完成する。
人格も亦【また】、境遇と相作用【あいさよう】して
進歩するものである。
随【したが】って困難な境遇は常に人格の試練を意味し、
又【また】能【よ】く人格の価値を表明する。
posted by ハジャケン at 09:11| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

苦悩は成長の条件

人間は苦悩によって練られてゆくのでありまして、
肉体的にも精神的にも人間が成長してゆくために
苦悩は欠くことのできない条件であります。
そこで苦悩に敗れたらおしまいですから、
過失や失敗のために取り乱さないように心がける必要がある。
自分の過失を知るということは、
自己教育の最も重要な方法の一つであるとともに、
人を教育する者の常に注意すべきことであります。
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2017年07月16日

貧苦の意味

 貧苦はかえって人間の骨力【こつりき】を養い、
人間をして動物的な苦しさに堪えかねて
 真の精神的な境地を渇求し、邁往せしめる。
 故に孟子も、
「天の将【まさ】に大任を是の人に降さんとするや、
必ず先ず其【そ】の心志を苦め、其の筋骨を労し、
其の体膚を饑えしめ、其の身を空乏にし、
行には其の爲す所を払乱【ふつらん】す。
心を動かし、性を忍び、其の能くせざる所を
 曾益【そうえき】する所以なり」
(告子下篇)
〔天が今にも是の人に大任を授けようとする時、
必ず心を苦しめ体を酷使し飢えさせ、
 ぎりぎりまで苦しめ、
為そうとすることはことごとく実現させず、
行いも心にもとるようにしむけるのである。
だから心を絶えずおそれしめ、
 本来の性をかたく堅持させ、
これまでできないと思っていたことを
 実現させようとする意図なのである〕
 と言っている。
 経済的恩恵は道徳的教育が根本になっておって、
はじめてよくその子を啓沃【けいよく】する。
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2017年07月15日

リーダーと大衆

人間も大きな力を出すためには、
どうしても内に反り己に徹し個に徹しなければならない。
しかも個に徹し核に徹するほど偉大なる力が出てくるわけです。
時代や天下・国家を動かすのも結局はそういう個に
徹した偉大なる個人の力に待たなければなりません。
徒にこれを大衆に求めてもだめであります。
大衆は実用価値はあるけれども根源的・創造的価値はありません。
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2017年07月14日

才知の出し方

日本人は才知というものを表面に出しすぎている。
本来、人間は氷山と同じように、
三十センチの才知が表面に出ていれば、
その奥には一・五メートルくらいの徳というものがあるはずなのである。
あらゆる意味で、生命力というポテンシャルが体の中に
八割ぐらい蓄積されて、二割が出ておるのがよいのであります。
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2017年07月13日

温室の草花

富貴の子弟が趣味や知識に
富んでいるようにちょっと見えるけれども、
あれは真の教養ではない。
温室中の草花のようなもので、
強く人格的生命に根ざしておらないから、
実際的には極めて浮薄な軽い程度の
意味と価値とを持つだけのものである。
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温室の草花

富貴の子弟が趣味や知識に
富んでいるようにちょっと見えるけれども、
あれは真の教養ではない。
温室中の草花のようなもので、
強く人格的生命に根ざしておらないから、
実際的には極めて浮薄な軽い程度の
意味と価値とを持つだけのものである。
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2017年07月12日

生命力を強くする

人間は現象的に煩雑になればなるほど、
根源から遠ざかり、生命力が弱くなる。
木でもそうですね。
木というものはあまり枝葉が茂り過ぎたり
花や実がつき過ぎたりすると、
一時的には大そうさかんなように見えるけれども、
実はそれによって木の生命力は非常に弱くなる。
人間もちょうど木と同じことで、
内面生活の充実を忘れて徒に煩雑な外面の現象にとらえられておると、
だんだん生命力が減退してくる。
だから生命力を強くするためには常に内に反らなければなりません。
内に反って己に徹し個に徹するほど力が出てくるのであります。
posted by ハジャケン at 09:45| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月11日

仁に帰る

 人物と言わず思想学問と言わず、
総て純真に帰る必要がある。
民族本来に帰る必要がある。
 そういう意味で言いますと、道徳も舶来の道徳学、
学校で教わったものでは駄目であります。
道徳の根本は仁ですが、仁とは人間における造化の徳をいうのです。
つまり生々化育の働き、人間における生々化育の働きです。
 それは愛に一番よく現われるから仁愛という言葉があるが、
仁は愛よりもっと大きい、もっと根本的なものである。
吾々の体が健やかに動くのは仁である。
 そこで吾々の体を健康にしてくれる術を仁術という。
医は仁術というのはそのことである。
posted by ハジャケン at 09:50| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする