2017年10月02日

精読と通読

 書物の読み方二つ。
 精読―人間を深め、
     思索になれる。
 通読―作者の気概や情熱にふれる。
posted by ハジャケン at 08:47| 山梨 | 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月01日

学道箴規

一 賢を尊び道を慕い
  恥を知る者入るべし。
  自負して信ならず慚愧する所
  vfp無きは容【ゆる】さず。
二 天下の為に心を立て、
  生民の為に命を立て、
  万世の為に太平を
  開かんとする者入るべし。
  徒に慷慨激越なるは容さず。
三 不遇をかこつべからず、
  一生安穏に道を楽しむを
  得ば足れりとすべし。
  凡そ大丈夫ならん者地下百尺に
  埋もる覚悟あらずんば
  大事を成すに足らざるなり。
四 道友は乳水の如く和合し互に
  明徳を明らかにすべし。
  骨肉の敬愛すら
  異族に比すべからず。
  況んや学道の兄弟に於てをや。
五 礼を重んずべし。
  狎侮【こうぶ】の交あるべからず。
六 人を責むべからず。
  毎【つね】に自ら省るべし。
  たとえ人を責むとも
  人を憎むべからず。
七 古より聖賢寸陰を惜み、
  高僧万縁を棄てし心を学ぶべし。
  半世を酔夢の中に過さば
  後悔臍【ほぞ】を噛むとも及ばじ。
  尤も暮夜長く雑鬧【ざっとう】
  の巷を彷徨するが
  如きことあるべからず。
  たとい出づることありとも、
  速に帰りて青灯の下古教照心すべし。
  晴昼閑あらば花木の栽培に力め、
  抱甕灌蔬【ほうおうかんそ】すべし。
八 行往坐臥須く安詳なるべし。
  粗暴は 学道の
  純熟せざるを以てなり。
  恥ずべく、 悲しむべし。
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2017年09月30日

人に徹する

 人はあくまでも人に徹し、
 現実を直視して、
 これを浄化向上するほかはない。
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2017年09月29日

因果の法則

 人間には奇跡と
 いうものはありません。
 奇跡などというのは研究不足、
 勉強不足の者の言葉でありまして、
 原因・結果というものは
 常にはっきりしておるのです。
 悪いことをしますと、
 いつかは悪い結果があらわれ、
 善いことをすれば
 善い結果があらわれる、
 というのは厳粛な
 自然の法則であります。
 したがって人間は
 因果律というものを
 大事にしなければなりません。
posted by ハジャケン at 08:52| 山梨 ☔| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月28日

敬と信仰

 敬するというのは、
 より高きものに対する
 人間独特の心で、
 敬するから、
 至らない自分を省みて恥ずる、
 これは陰陽の原理であります。
 敬するから恥ずる、
 恥ずるから慎む。
 戒める。
 この恥ずる、慎む、
 戒めるということが
 主体になる時に道徳と
 いうものができるのです。
 敬するということが建前に
 なる時に宗教というものになる、
 信仰というものになる、
 信仰というものがあれば
 必ず道徳がその中に入る。
 道徳なき信仰と
 いうものはありません。
 又信ずるところ、
 信仰があるから、
 恥ずる・慎む・戒むという、
 これが建前になって道徳になる。
 道徳という時には
 宗教が中に入る、
 宗教という時には
 道徳が中に入る。
 宗教なき道徳なく、
 道徳なき宗教は
 ないのであります。
posted by ハジャケン at 08:44| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月27日

活学活人

 人間学が、
 あらゆる学問の中でも一番根本であって、
 政策だの、
 政論だのというものは
手段・方法にすぎません。
 例えば、公害問題を
 取り上げてみましても
 議論はいくらでもできるが、
 それを実際にどうするか
 ということになりますと、
 結局人間の問題、
 人物の問題でありまして、
 人間教育というものが
 一番大事になってまいります。
 国家、国民の運命に関する
 問題を取り上げてみましても、
 やはり人間に帰着いたします。
 これが人間にとって
 一番むつかしいところであり、
 これからまた道もひらけて
 貴いものであります。
 いわゆる活学活人であります。
posted by ハジャケン at 09:14| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

独行道 2

十、物事に数寄【すき】好みなし。
十一、居宅に望みなし。
十二、身一つに美食を好まず。
十三、我身にとりて物を忌むことなし。
十四、旧【ふる】き道具を所持せず。
十五、兵具は格別、余の道具を嗜まず。
十六、道に当りて死を厭【いと】わず。
十七、老後財宝所領に心なし。
十八、神仏を尊み、神仏を頼まず。
十九、心常に兵法の道を離れず。
 是【こ】れ確かに武蔵が兵法に依って
 証悟【しょうご】することが出来た
 「自由」の道境【どうきょう】である。
posted by ハジャケン at 09:14| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

独行道 2

一、世々【よよ】の道に背くことなし。
  ただ猫の眼の如く移り変る風俗習慣の 
  流のなかに、萍【うきぐさ】の様に漂うて、
  新を真と心得て居る者は浅露である。
  達人は万古の心を思う。
二、よろづ依怙【えこ】の心なし。
三、身に楽をたくまず。
四、一生の間欲心【よくしん】なし。
五、我事【わがこと】に於て後悔せず。
六、善悪につき他を妬【ねた】まず。
七、何【いずれ】の道にも別れを悲しまず。
八、自他ともに恨みかこつ心なし。
九、恋慕【れんぼ】の思いなし。
posted by ハジャケン at 08:51| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

独行道 1

 幼少のみぎり父の許【もと】を去ってから、
 生涯を通じて敢て一流の兵法者に就かず、
 儒門を叩かず、禅家の炉鞴【ろび】に入らず、
 只管【ひたすら】一剣に依って、
 生死巌頭【しょうしがんとう】を去来し、
 遂に心法【しんぽう】の妙を極めて、
 真に独立自由の荘厳なる人格を鍛え上げた
 二天【にてん】宮本武蔵が死に臨んで
 弟子の為に書き残した独行道【どくぎょうどう】十九箇条こそは、
 凜乎【りんこ】として秋霜烈日【しゅうそうれつじつ】の如く、
 寸毫【すんごう】も我々に惰気【だき】を恕【ゆる】さない。
posted by ハジャケン at 09:19| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月23日

うつむくな

 この人(徳川吉宗)の教訓の一例に、
 人間は困った時にうつむく奴は
 役に立たんと言っておられます。
 さすが見識であります。
 困った時に天を仰いで長大息するような人間でなければ
 駄目だというのです。
 これくらいの気性がなければ確かに駄目だ。
posted by ハジャケン at 10:00| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

節を全うする

 古来節を全うす――全節ということ、
 特に晩節を大切にすることを重んずるのは
 尤もなことである。
 仕事も出来、地位も上るにしたがって、
 人間は益々欲も出れば、誇りも生じ、
 執着も強くなって、その反対に後進を軽視し、
 不満が多くなり、
 又先輩を凌ぐ態度や行動も出がちである。
 これが叛逆にも通ずる。あさましいことである。
posted by ハジャケン at 10:13| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

日本を救うのは誰か2

 今日山口の人々も殆【ほとん】ど
 忘れ去っているようであるが、
 たとえば長藩維新回天の事業の基礎は
 斯【こ】の人に在りといわれた
 村田清風の前後五十余年に亘【わた】る善政と、
 若き人材の養成や、
 絶えず思想・政策の研究で同志を結集し指導した
 周布政之助【すふまさのすけ】等の影響力は実に偉大である。
 有為【ゆうい】な青年と同時に有徳の先輩、
 これが日本を救うのである。
 無頼【ぶらい】の青年と怠慢の先輩、
 是れ日本の禍【わざわい】でなくして何か。
posted by ハジャケン at 08:37| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

日本を救うのは誰か @

 曾【かつ】て私は松下村塾の前に立って考えた、
 「天下の大患は人皆その大患たる所以を知らざるに在り」と看破し、
 「唯今の勢は―治世から乱世なしに、直に亡国になるべし」と断じて、
 それには「草莽崛起【そうもうくっき】の人を望む外【ほか】頼みなし。」
 「草莽崛起、豈に他人の力を仮【か】らんや
 ―ただこの六尺の微躯【びく】が入用」と覚悟し、
 それを実践した松陰や弟子達は実に偉い。
 然し彼等の維新運動は決して独力でやれたのではない。
 やはりその背後に幾多の先輩老人の苦心助力が積り積っている。
posted by ハジャケン at 09:04| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

青年と老人

 日本今日の混乱頽廃【たいはい】は、
 青年人材の不振と同時に、先輩老年の不徳に因【よ】る。
 外国かぶれの多くはむやみに革命を主張し、
 歴史伝統を重んずる我々は常に維新を期するが、
 その維新・革命のいずれも青年に限る、
 先輩老人は有害無用とする者が多い。
 これは大きな誤りであり、
 出来ない相談であり、
 要するに青年の昂奮か、
 煽動屋の阿諛【あゆ】にすぎない。
 いかにも維新・革命の尖鋒【せんぽう】は
 多く青年でなければならないが、
 青年をして自由協力にその使命を遂行することが
 出来るようにする為には、
 必ず先輩老人の無私にして賢明大胆な助力を要する。
(人間維新 202P)
posted by ハジャケン at 09:49| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

人事の根本

 東洋には人間を二つに分けて、
 仕事のできる才能の有る者と、
 人を率いて行く徳の有る者とを別にしている。
 どんなに仕事ができても、手柄があっても、
 それ故に地位を与え、
 禄を与えて人を支配させてはいけない人がある。
 又これといって仕事ができないでも、
 その地位にその人を据えておれば、
 自然に治まる人がある。
 これを使い分けることが東洋政治哲学の人事行政の根本問題である。
 これが「賞禄有功」である。
 これは南洲遺訓にも喧【やか】ましくいっているところであり、
 熊沢蕃山が強調して徳川幕府からにらまれた点でもある。
(活学講座 199P)
posted by ハジャケン at 10:50| 山梨 ☔| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

斉家の箴

 斉家の箴というのがある。五ヶ条で、
 (一)和顔愛語を旨とし、怒罵相辱かしむるをなさず。
 (二)簡素清浄を守り、怠惰放漫を戒しむ。
 (三)小信を忽がせにせず、有事相済う。
 (四)親朋には事無くして偶訪し、時有ってか季物を贈る。
 (五)平生、書を読み、道を聞くを楽しむ
 ――とある。
 (人間を磨く 178P)
posted by ハジャケン at 10:49| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

斉家の箴

 斉家の箴というのがある。五ヶ条で、
 (一)和顔愛語を旨とし、怒罵相辱かしむるをなさず。
 (二)簡素清浄を守り、怠惰放漫を戒しむ。
 (三)小信を忽がせにせず、有事相済う。
 (四)親朋には事無くして偶訪し、時有ってか季物を贈る。
 (五)平生、書を読み、道を聞くを楽しむ
 ――とある。
 (人間を磨く 178P)
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2017年09月16日

出処進退

 権力や名誉等に執着したり動かされたりすることなく、
 しかもそれを否定せずに悠然として自然にまかせてゆく。
 已むを得なければ大臣にも宰相にもなるが、
 時来たれば悠然として去る。
 そして去るにも留まるにも少しも煩悩や欲望の跡がない。
 こういう事を出処進退と申すのであります。
(活学講座 134P)
posted by ハジャケン at 10:57| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

位に素して行う

 素位而行は『中庸』にある言葉であります。
 人間というものは自分の立っておるその場に即して、
 そこから考え、そこから実践しなければ、
 結局それは所謂足が地を離れて抽象的になり、
 空論になってしまう。
 処【ところ】が自分の立場、
 自分の存在に自信のないもの程、
 その立場から遊離し易く空想し易い。
 本当に思索し、本当に行動しようと思えば、
 依って立つ足下に注意しなければならぬ。
 自分の依って立つ場に基づいて、
 その上で行ってゆかなければならない。
(活学講座 123P)
posted by ハジャケン at 10:52| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月14日

国 老

 家に祖父母が大切なように、
 国には国老がなければならぬ。
 国老は当局の為政者のように忙しい地位ではない。
 差し当たって直接権略を要する身ではない。
 そう油断なく施政の利害に考慮を払う必要もない。
 彼はひたすら国家・人民を愛する人、
 心配する人でなければならぬ。
 何とか人民の生活を安楽にし、風教を振興し、
 国家の貞祥を謀りたいと種々肝胆を砕く人でなければならぬ。
(いかに生くべきか 429P)
posted by ハジャケン at 09:44| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月13日

馬鹿殿様

 「馬鹿殿様」というのは、
 実は非常な褒め言葉なんであります。
 大勢の家来の中には下らない奴もおるだろうし、
 悪い奴もおる。
 しかも自分の上には目を光らせている
 意地の悪い幕府当局がある。
 その中で悠々と藩を維持していくというのは、
 なまじ小利巧な殿様ではとてもできたものじゃない。
 よほど馬鹿にならんと治めていくことはできない。
 『論語』にも、「その知及ぶべし、その愚及ぶべからざるなり」
 (「公冶長【こうやちょう】篇」)という名言がある。
 馬鹿殿様というのは、
 その「愚及ぶべからざるなり」という意味で、
 わかったようなわからんような、
 悠々として、すべてを包容して、
 事なく治めていくなんて、小利巧な人間、
 小才の人間ではとてもできる芸当ではない。
 「馬鹿殿様」というのは、
 その意味でもおもしろい、
 活きた言葉であります。
(先哲が説く指導者の条件 19P)
posted by ハジャケン at 09:57| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月12日

如と忠

 恕とは如(如来の如)の心、
 即ち大自然の心である。
 萬物を包容してこれを化育するのが天の心だが、
 これを分けて云えば、
 包容を如と為し、
 化育を忠と為す。
(郷研清話 188P)
posted by ハジャケン at 09:01| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月11日

義と礼

 義に走って礼を忘れると偏屈になる。
 義を忘れて礼に拘わると卑屈になる。
 (郷研清話 188P)
posted by ハジャケン at 08:42| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月10日

九弊戒

 上の六弊
 人に勝つことを好む。
 過を聞くことを恥づ。
 口達者。
 聡明を衒う。
 威たけだかになる。
 無理を通す。
 下の三弊
 へつらう。
 ものほしがる。
 意気地なし。
 右 中唐の碩学陸宣公の伝による。
posted by ハジャケン at 09:34| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする