2012年04月30日

随筆 我らの勝利の大道 No.71/72  勝利のリズムで前進

随筆 我らの勝利の大道 No.71/72   
              (2012.4.17/18付)
勝利のリズムで前進

今日より明日へ! 共に勇猛精進

朗らかに青春乱舞の春を!
堂々と スクラム強く 常勝頼まむ

 春来る
  我らの心も
    三世まで
  仏と共に
    青春乱舞を

 青年の前進ほど、頼もしいものはない。
 青春の勝利ほど、朗らかなものはない。
 躍動の春、歓喜の春は、若き瞳が希望に燃え、後継の友が喜び舞う時だ。
 わが師・戸田城聖先生も、いつも青年たちを慈愛の眼《まなこ》で包んでくださった。
 第2代会長に就任された翌年の昭和27年、戸田先生の大願を実現しゆくため、私たちは「二月闘争」で、75万世帯の弘教の達成へ突破口を開いた。
 その4月、恩師は青年部に次の和歌を贈って、讃えてくださった。

 若き芽の
  のびゆく姿
   ながめつつ
  妙法流布《こうふ》の旅は
   たのしくもある

 あれから60年、私も、まったく同じ思いで青年の大成長を見つめている。
 この4月1日には、福島県の若人たちが、日本全国で行われてきた「創価青年大会」の有終の美を毅然と飾ってくれた。
 大震災から打ち続く試練を、歯を食いしばって乗り越えてきた、何とけなげな青年たちか。
 「4・2」を記念日とする第2総東京の青年部も、意気軒昂である。
 青年大会は、韓国でも、全土75会場で、5万人の若き友が参加して、美事な青春乱舞を繰り広げてくれた。
 「このような立派な行事を今まで見たことがない」
 「この青年たちがいれば、地域の未来は明るい」等々と、実に多くの感嘆の声が寄せられている。
 いずこの青年大会の会場にも、場外など、陰で大成功を祈り、支えてくださっていた壮年部、婦人部の方々の真心の応援があったことを、私は忘れない。
 ともあれ、わが青年部は「5・3」へ、いやまして決意を漲らせ前進している。
 「我はためらふこともなく/ただ ましぐらに進みける」
 東北が生んだ青年詩人・石川啄木の言葉の如く、日本、いな、世界の後継の若人が新生の太陽を昇らせ、地域に友情と信頼の輪を広げてくれている。
 男子部は、広布の全責任を担い立って、一回りも二回りも、雄々しくなった。
 女子部の“華陽のスクラム”は、いよいよ清新に「女性の世紀」を輝かせている。
 学生部の英知の陣列は、目の覚めるような勝利への旋風を起こし始めた。
 大きな時代の夜明けが来たと、私は宣言したい。

 師弟して
  共に ともにと
     創価かな

 戸田先生が「学会は宗教界の王者なり」と師子吼され、広宣流布のバトンを託された3月16日──。
 願業を成就された恩師が、桜花の咲き誇るなか、安祥として霊山へと旅立たれた4月2日──。
 そして、恩師が第2代会長に推戴され、不二の私が第3代会長に就任した晴れわたる5月の3日──。
 「3・16」から「4・2」、そして「5・3」へ──この師弟不二の不思議なるリズムで、学会は大発展を遂げてきた。

青年よ一人立て!
 思えば、恩師が逝去された当時、学会は空中分解するとさえ言われていた。
 その渦中、私は青年部の同志と強く語り合った。
 「先生が残してくださった青年訓、国士訓の御遺言は厳然と存在している。特に学会の中でも異彩を放つ青年部として、我らは今後も堂々と進むべきである」
 師匠は、すべてを授けてくださっているではないか。何も心配することはない。あとは弟子が、師の構想の実現のために、どう動くかで、決まるのだ。
 「御義口伝」には「師子吼」の意義について、「師とは師匠授くる所の妙法 子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(御書748ページ)と、明確に示されている。
 私は常に恩師と心で対話しながら、師弟不二の祈りと率先垂範の行動で指揮を執った。一人、前を向き、学会を前進させてきた。
 その思いに、2人、3人、100人と立ち上がり、やがて幾干、幾万の青年が続いてくれたのだ。
 恩師の1周忌には、「大白蓮華」に「今日から、さらに激戦が始まったのだ」と寄稿した。
 それは、私だけではなく、青年部の一致した決意となっていたのである。
 「3・16」「4・2」「5・3」というリズムを刻みながら、恩師の魂を継ぐ青年たちの力で、一つ一つの広宣流布の戦いも断固として勝利していった。
 さらに、私の会長就任直前の昭和35年4月には140万世帯を達成した。そして、その2年後には、恩師が弟子に託された300万世帯の拡大を、遂に勝ち飾ったのだ。
        ◇
 森羅万象に、さまざまな妙なるリズムがある。
 音楽のリズムはもちろん、正確なる天体の運行のリズムも、春夏秋冬という四季のリズムもある。
 本年、没後150年を迎えるアメリカの哲人ソローは、生生《しょうじょう》流転しゆく大自然の営みから、確かな蘇生のリズムを感じ取っていた。
 ソローは記している。
 「眠りについたときよりも高い生活に向かって目覚めるのでないとしたら、その日一日──仮に一日と呼ぶ価値があるとして──からは多くを期待することはできない」
 日々、太陽とともに新たな活力を漲らせ、昨日より今日、今日より明日へと、自身の生命を向上させ、貢献していきたい。これは、多くの先哲が志向し、探究してやまなかった人生の極致である。
 御聖訓には、「日月天の四天下をめぐり給うは仏法の力なり」(同1146ページ)と説かれる。
 まさしく大宇宙を動かしゆく本源のリズムこそ、南無妙法蓮華経なのである。
 「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すはよみがへる義なり」(同947ページ)と仰せの如く、題目の音律を響かせゆくところ、大宇宙のリズムに合致しながら、無限の生命力を自他共に蘇らせていけるのだ。
 この「南無妙法蓮華経」の題目を、非暴力の大英雄マハトマ・ガンジーも、自らの道場の祈りに取り入れていたことは有名である。以前、インド文化国際アカデミーのロケッシュ・チャンドラ理事長から頂戴した書簡に、綴られていた。
 「ガンジーは『南無妙法蓮華経』が、人間に内在する宇宙大の力の究極の表現であり、宇宙の至高の音律が奏でる生命そのものであることを覚知していました」と。
 この言葉は、創価大学で開催中の「法華経──平和と共生のメッセージ」展でも紹介されている。
 私たちは、一日一日、大宇宙の最極の生命の軌道に則って、勇猛精進している。そして、内なる大宇宙の可能性を開花させながら、自他共の幸福の大道を世界へと広げていくのだ。

新しき人材の陣列
 広宣流布のいかなる戦いにも、全員が主体者として立ち、勝利の旗を厳然と打ち立ててくれるのが、わが愛する関西の同志である。
 昭和57年3月には、あの長居陸上競技場で、忘れ得ぬ反転攻勢の「第1回関西青年平和文化祭」が行われた。第1次宗門事件の渦中のことである。
 文化祭の最初の演目は、青年の新会員による1万人の大行進であった。陰険な迫害をはね返す弘教のうねりの中、多くの友が入会した。その新しき人材を、一人ももれなく育て、幸福勝利への陣列に加えたいとの発露であった。そして、使命に目覚めた青年たちが、はつらつと躍動したのだ。
 クライマックスは男子部の組み体操。8基の5段円塔に続いて挑んだ、圧巻の「6段円塔」であった。
 場内の皆が息をのんで見つめ、祈る中、最上段の友が決然と立ち上がった。
 その瞬間に沸き起こった、会場を揺るがす嵐のような大拍手。そしてスタンドに躍った、紅に燃える「関西魂」の人文字──。
 あの大感動は、私の胸に焼き付いて、一生涯、いな永遠に離れることはない。
 文化祭で瞳を輝かせていた10万の友は、それぞれが誇りを胸に、あらゆる分野で活躍されている。
 先日、6段円塔を一番下で支えた友が、祭典から30周年の本年3月22日、晴れて博士号を取得したと伺った。仕事も、組織活動も、一切を全力でやり切りながらの栄光である。
 私は、関西の同志の勝報が、何よりも嬉しい。
 春4月は、関西の月だ。
 4・2「関西婦人部結成の日」、4・3「和歌山婦人部の日」、4・8「関西の日」、4・10「奈良婦人部の日」、4・15「神戸の日」、4・17「神戸婦人部の日」。4・24「常勝大阪・師弟誓願の日」「西大阪総県婦人部の日」等々、幾重にも節目を刻む。
 関西は、全世界の同志の憧れの天地だ。
 関西の前進を、全世界が見つめている。
 関西の勝利こそ、学会の勝利、世界の勝利なのだ。
 ゆえに、関西よ、わが大関西よ、これからも常勝の金字塔を、断固と頼む!

 堂々と
  また悠々と
   大関西
  スクラム強く
    常勝 頼まむ

 石川啄木の言葉は『啄木全集 第2巻』(筑摩書房)、ソローは『森の生活』飯田実訳(岩波書店)

洋々たる広布の新航路を!
張り切って動こう 語ろう 勝ち切ろう

 生活の
  リズムをつくれや
   信心で
  健康 長寿を
    賢く生きぬけ

 4月は、就職や進学、また転居など、新しい生活をスタートする時である。
 張りのある勤行・唱題を起点として、聡明に、はつらつと、新生活のリズムを創り上げていただきたい。
 決して難しく考える必要はない。
 まず張り切って、一歩を踏み出すことだ。たとえ、つまずいても、朗らかに、たくましく、次の一歩を踏み出せばよい。
 今日一日を勝つことだ。仮に、今日うまくいかなくても、心機一転して、明日は勝っていけばよい。
 「最初の一歩は最後の一歩につながる。最後の一歩も最初の一歩からである」
 これは、イタリアの登山家ラインホルト・メスナー氏の信念である。大けが等にも屈せず、人類初となる8000メートル峰・全14座の完全登頂を成し遂げた。
 前進の途上には、言うに言われぬ試練もあるだろう。しかし臆していては、勝利の峰に到達できない。
 私も、40代前半の頃、無理がたたって、大きく体調を崩してしまったことがある。高熱が打ち続き、ペンを手にすることさえ思うようにならなかった。
 その時、私は、日々、一枚でも原稿を書き残そうと挑戦した。一枚書くごとに「正」の字の一画を記し、5枚、10枚と積み重ねて、作品を完成させていった。
 こうした挑戦は、その後の私の執筆活動に、またトインビー博士をはじめ、世界の知性との対談集などにすべて生きている。
 行き詰まりを突破するためには、今、自分ができることから始めることだ。その小さな挑戦を、根気強く繰り返すことだ。それが、自分自身を飾る黄金譜となることを忘れまい。
        ◇
 恐れずに
  今日も唱題
   晴れの日日

 今、長引く不況で、悪戦苦闘を余儀なくされている友も少なくないであろう。
 しかし、日蓮大聖人は、「苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとな(唱)へゐ(居)させ給へ」(御書1143ページ)と、我らを励ましてくださっている。
 「人間革命」の戦いは、遠くにあるのではない。
 まず、祈りから始まる。朗々たる朝晩の勤行・唱題で出発するのだ。
 御書の一節でもいい。声を出して拝し、生命に刻みつけていくことだ。
 一人の友でもいい。勇気を出し、思い切って語りかけてみることだ。
 仕事においても、今いるその場所で、必ず勝利すると決めることだ。
 新たな決意で「行」を立てる。「行動」を起こすことから、「人間革命」の劇が始まる。その一人ひとりの努力の結集こそが、異体同心で進む、広宣流布の大河を開きゆくのだ。
        ◇
 世界的な音楽家で、ブラジルSGI(創価学会インタナショナル)の交響楽団の特別顧問でもあられるビエイラ氏は強調された。
 「音楽の『ハーモニー』の中にこそ、人間の『エゴ』を克服させゆく鍵があります」
 私たちの実践でいえば、ハーモニーとは、人間主義の誠実な振る舞いを通し、地域の人びとに広げゆく「共感」であろうか。
 「調和社会の建設とは、現実においては『人の心』の建設です。『人の心の和』が調和社会の基礎です」
 こう語られた中華文化促進会の高占祥主席が大きな期待を寄せてくださっているのも、創価の前進のリズムとハーモニーである。

“妙法の母”は強し

 妙法の
  母に勝《まさ》れる
   ものはなく
  大聖人は
    断固と守らむ

 弘安年間の5月3日、日蓮大聖人は、窪尼御前と呼ばれる一人の女性に御返事を送られた。
 大聖人の佐渡流罪の大難にも、夫妻で一歩も退かなかった。病で夫に先立たれた後も、熱原の法難に微動だにせず、娘と共に勇気ある信心を貫いた母である。
 大聖人は、この母を讃えられ、「いよいよ御信用のまさらせ給う事、たうとく候ぞ たうとく候ぞ」(同147ページ)と仰せになられている。
 大変であればあるほど、いよいよ強盛なる信心を奮い起こしていく。この大聖人に直結する母の信心は、今、そのまま創価の婦人部に脈打っている。
 この5月3日付の御書には、「日蓮はいやしけれども経は梵天・帝釈・日月・四天・天照太神・八幡大菩薩のまほらせ給う御経なれば・法華経のかたをあだむ人人は・剣をのみ火を手ににぎるなるべし」(同ページ)とも烈々と記されている。
 この御本仏の御心とともに、祈り、戦う。これほど誇り高く、これほど恐れなき人生があろうか。
 わが創価の婦人部こそ、未来永遠に全宇宙の一切の仏菩薩、諸天善神に守りに護られゆく方々である。
 “常勝大関西”の草創の母がしみじみと語られた言葉が、私の胸に蘇る。
 「自己の宿命に泣き、赤貧洗うが如き生活状況から信心を始めた私たちが、人を救い、社会を変えるために歩き回るようになるなんて、夢のような話でした。しかし、それが、そのまま現実に功徳の実証となって、見事なる常勝の源流を築いていったのです」と。
 妙法の功力は絶対である。「煩悩即菩提」の法理に照らされ、自分が苦しみながら、祈り悩んだ分だけ仏の智慧と力を出せる。「宿命」を「使命」に変え、「苦労」を「励まし」に転じて、苦悩の友に希望と勇気を贈り続けていく──。
 この常勝の母たちの涙と笑いがある限り、創価家族は永遠に負けない。
 あの人権の大英雄マンデラ元大統領が、27年半に及ぶ獄中闘争を勝ち越えることができた、大きな支えは何であったか。
 それは、生前最後の手紙にまで、「自分の信念の正しさを信じ、信念のために闘いなさい」と励まし続けてくれた母上であられた。その崇高な母の心を知ることで、「誇り」と「喜び」は100倍にも膨れ上がると、元大統領は記されている。
 来る5月3日は、「創価学会母の日」である。
 それは、広宣流布ひとすじに生き抜いてこられた尊き母たちを心から讃嘆する日である。とともに、その使命のバトンを、最高の「誇り」と「喜び」をもって青年たちが受け継ぐ日なのである。
        ◇
 「5・3」は常に新たな出発の日だ。
 私は、恩師が逝去された直後の5月3日では、「七つの鐘」の構想を発表した。
 第3代会長就任10周年の時には、弘教のつながりに基づいた“タテ線”から、地域を基盤とした“ヨコ線”(ブロック)の組織への移行など、前進の指標を示してきた。
 「3・16」「4・2」を勝ち越え、新たなる展望を見据えつつ、次なる拡大、発展に打って出る。これが「5・3」に脈打つ勝利のリズムである。
 嬉しいことに、この20日には、わが聖教新聞の創刊61周年を迎える。不思議にも、この記念日も、勝利のリズムの中に燦然と輝いている。
 御聖訓には、「此の妙法蓮華経を信仰し奉る一行《いちぎょう》に功徳として来らざる事なく善根として動かざる事なし」(御書500ページ)と御断言であられる。
 大聖人の御心のままに、妙法を唱え、張り切って動き、快活に対話し、仏縁を結び広げていく──この学会活動の一つ一つが、どれほど偉大な仏道修行か。
 どこまでも地道に、一つ一つ、やり切っていく。
 どこまでも勇敢に、一つ一つ、勝ち切っていく。
 そこに、無量の功徳が集まり、無辺の善根が広がっていく。縁するすべての人びとも、希望の人生へ、幸福の人生へと、リードしていくことができる。
 「立正安国論」には「人の心は時に随って移り」(同31ページ)と仰せだ。心は動き、心は変わる。我らの行動は、その「時」を創り、万事、善き方向へ動かしていく。これが、妙法の絶対勝利のリズムなのである。
 さあ、わが親愛なる同志よ、友情を広げゆこう!
 正義を語り抜こう!
 そして「5・3」を晴れ晴れと勝ち飾り、洋々たる広布の新航路を、共々に開いていこうではないか!

 いざや征け
  勝利の人生
    この一生
  楽しく飾れや
     君も 私も

 メスナー氏の言葉は『生きた、還った』横川文雄訳(東京新聞出版局)、マンデラ氏の母の手紙は『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』長田雅子訳(明石書店)。
posted by ハジャケン at 15:57| 山梨 ☁| 随筆 我らの勝利の大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

随筆 我らの勝利の大道 69東北「福光」の春(上)

随筆 我らの勝利の大道 69
東北「福光」の春(上)

被災者の皆様と共に祈り 共に生きる
『心の財』は試練の冬を耐えて輝く!
今こそ「民衆の安穏」第一の時代を

時代は大きな曲がり角にある。いな、現代の文明そのものの転換点に立っているといって過言ではない。

 何のための国家か。
 何のための政治か。
 何のための経済か。
 何のための科学か−−。

 一切を根底から立て直すべき時が来ている。

 「人間の幸福」第一の励ましの社会へ!
 「民衆の安穏」第一の平和の世界へ!
 「生命の尊厳」第一の共生の世紀へ!

 そのために「立正安国」の不滅の大哲学を掲げて、東北の友と一緒に悩み、一緒に歩み、一緒に戦うのだ。(下に続く)
posted by ハジャケン at 02:25| 山梨 ☁| 随筆 我らの勝利の大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月31日

信心の光で破れぬ闇はない!「能忍」の大生命力は東北に厳たり

随筆 我らの勝利の大道 No.43
(2011.3.29付聖教新聞)

不撓不屈の民衆城

信心の光で破れぬ闇はない!
「能忍」の大生命力は東北に厳たり

♪青葉の森に 誓いたる
 我等の誇り 忘れまじ
 いかに護らん果たさなん
 同志の城に 月冴えて
 ああ東北の功徳の山々よ

 大好きな「青葉の誓い」(東北の歌)の歌声が私の胸に響かぬ日は、一日たりともない。
 愛する東北の同志たちと心を一つに、幾たび一緒に歌ったことであろうか。
 健気な東北の友の「心の財《たから》」が積まれた「功徳の山々」は、絶対に壊されない。
        ◇
 今回の東日本大震災で、東北また関東をはじめ、大切な御家族を亡くされた方々に、私は重ねて心からの哀悼の意を表します。朝な夕な懇ろに追善回向をさせていただいております。
 南条時光の一家は、働き盛りの父に先立たれた。頼もしき弟も、16歳の若さで急逝した。
 その母(上野尼)の悲しみに寄り添われて、日蓮大聖人は「ゆめ(夢)か・まぼろし(幻)か・いまだわきま(弁)へがたく候、まして母のいかんがなけ(嘆)かれ候らむ」(御書1567n)等と、繰り返し哀惜しておられる。
 こうも仰せくださった。
 「同じ妙法蓮華経の種を心に・はら(孕)ませ給いなば・同じ妙法蓮華経の国へ生れさせ給うべし、三人〈=夫と上野尼と子〉面《おもて》をならべさせ給はん時・御悦びいかが・うれ(嬉)しくおぼしめすべきや」(同1570n)
 いかに不慮の別れであったとしても、妙法に縁した生命は、仏天に厳として擁護され、守護されながら、成仏の軌道を悠々と進まれゆくことは間違いない。
 妙法で結ばれた家族の絆は何ものにも切られない。ひとたび離れても、また必ず同じ妙法の国に生まれ合わせ、常楽我浄の不滅の旅を一緒に歩める。これは、御本仏の約束であられる。
 ともあれ後継の御家族は、つらいでしょうけれども、すべてを信心の眼で深く見つめ、毅然と前へ進んでいかれることを祈念してやみません。そこに、御一家の永遠の幸福境涯が必ず開かれるからであります。

人間の真骨頂とは
♪風雪越えし 我等こそ
 地涌の正義の 旗頭
 今 堂々の 陣列は
 使命の旗を 高らかに
 ああ東北の歓喜の友々よ

 「仏」の異名を「能忍(能く忍ぶ)」という。
 わが尊き東北の友には、いかなる風雪にも屈しない偉大な能忍の生命が、たゆまず激しく燃えている。
 自らの疲労も、悲嘆も、さぞかし深いに違いない。
 しかし亡くなった方々を胸に抱きしめながら、創価の精神を発揮して、人びとの大救済に命を懸けて戦い続けてくださっている。
 なんと勇敢な、なんと不屈の、なんと慈愛に満ちた仏の振る舞いであろうか。
 感謝しても感謝しても、感謝しきれない。
 災害に苦しむ民衆のために奔走したゲーテの洞察が思い起こされる。
 すなわち、一人の人間が「あらゆる人生試煉のうちの/最も苦しいものを凌いで、自己を克服するとき」──私たちは、「これこそ此の人の真骨頂だ!」と讃嘆すべきだというのだ。
        ◇
 大聖人は、法難の地・佐渡から、鎌倉の弟子たちに書き送られた。
 「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同1132n)
 この御聖訓を拝しつつ、私と妻も、「わが宝友を守り給え!」「わが同志よ負けるな!」と、諸天を揺り動かす一念で、題目を送り続けている。
 門下の試練が厳しければ厳しいほど、大聖人は厳然と励ましてくださった。
 「太陽の前には、いかなる闇も消え去る。それと同じく、不二の師弟は、たとえ地獄であっても、寂光土に変えることができる」(同1173n、趣意)と。
 どんなに深い苦悩と悲痛にあろうとも、我らには、妙法がある。同志がいる。学会がある。
 信心の光で打ち破れない闇など、断じてないのだ。
        ◇
 日本中、そして世界中の識者や友人、同志から真心あふれるお見舞いと励ましのメッセージを頂戴し、厚く厚く御礼申し上げたい。
 お見舞いをくださった各国・各地域も、経済危機をはじめ、地震や津波、台風、洪水、噴火、口蹄疫など、それぞれ深刻な課題に直面し必死で戦っておられる。
 世界的な国際法学者で、デンバー大学の副学長であるナンダ博士は、万感の励ましを寄せてくださった。
 「創価学会は、長年にわたり、悩める人びとの救済と励ましに戦ってこられました。そして、この大震災にあたり、民衆救済のため、いよいよその本領を発揮されている姿に、深い感動を禁じ得ません」
 博士は、私たちが主張してきた「人間の安全保障」の一層の重要性を指摘し、こうも語ってくださった。
 「SGI会長は、いみじくも『心の財』だけは絶対に壊されないと励まされました。
 であるならば、私たちは今こそ、いかなる脅威にも打ち勝つことができる『精神の安全』を、わが心に深く培わねばなりません。その模範を示し得る創価学会の役割が、ますます不可欠となってくるのです」
        ◇
 「立正安国論」は、西暦1257年に起こった「日本国をふ(振)りゆる(揺)がす正嘉の大地震」(同266n)を機縁として執筆された。その対話では、「国中の難・余独り嘆くのみに非ず衆皆悲む」(同17n)と慨嘆されている。
 まさに、今も人類の眼前にある苦難と苦悩の姿といわざるを得ない。しかし、750年前と異なるのは、大聖人の御心のままに「立正安国」の精神を実践しゆく民衆のネットワークが、世界192カ国・地域に堅固に築き上げられていることである。
 災害が打ち続き、人心が揺れ動く社会だからこそ、確固たる生命尊厳の思想と活力ある希望の哲学、他者のために貢献する人間主義の連帯が何よりも大切だ。
 「国は法に依って昌え法は人に因って貴し」(同26n)とは、「立正安国論」の一節である。
 人間の正しき信仰と行動によって、仏法の尊さが顕現される。その偉大な仏法の力によって、民衆の幸福と国土の安穏が実現していくという法理である。
 ここに創価の光がある。

眼前の人を励ませ
 エマソン協会の前会長、ワイダー博士も、心を込めて綴ってくださった。
 「とりわけ、災難に立ち向かわれる創価学会の女性たちの友情の力、そして人びとに励ましを与えていこうとする決意に、私の心は深く揺さぶられました」と。
 人間主義といっても、まず自ら手を差し出し、目の前の人の手を握ることだ。傍らの人と支え合い、励まし合うことだ。そこから、すべてが始まる。
 地域に根を張って、身近な一人を大切にしていく、創価の女性のヒユーマニズムほど尊貴な太陽はない。

未来を開く勇気を
 ナチスに対峙した思想家パウル・ティリッヒは、第2次世界大戦後、核戦争の不安が広がるなか、「存在への勇気」すなわち「生きる勇気」を叫んだ。
 今、私たちが要請されているのは「皆で共に生き抜く勇気」である。そして、「未来の世代のために道を開きゆく勇気」であろう。
 思えば、わが師・戸田城聖先生は、あの横浜市神奈川区・三ツ沢の陸上競技場での原水爆禁止宣言において、「世界の民衆の生存の権利」を師子吼された。
 民衆の生存権を脅かす一切の魔性との大闘争こそ、広宣流布である。ゆえに、断じて勝たねばならない。
        ◇
 ある時、大聖人は御自身の近況を、内外に向かって、こう発信しておられた。
 「度度の大事にもおく(憶)する心なく弥《いよい》よ強盛に御坐《おわ》す」(同1451n)と。
 大難があればあるほど、いよいよ意気軒昂に、いやまして力強く指揮を執っておられるとの宣言である。
 東北出身の青年詩人・石川啄木は、日蓮大聖人の御振る舞いに深く学びながら、論じていた。
 「この世界の最も堅牢なる城廓」は何か。それは「人の信念也」と。
 信念光る東北の同志の城、創価の人材の青葉城は、永久に難攻不落である。
 さあ、いよいよ強く、勇気に燃えて前進だ!
 これが学会精神である。
 今こそ、題目を朗々と唱え、永遠に輝く大勝利の歴史を残しゆこう! 「青葉の誓い」の歌とともに。

♪おお新生の 道広く
 王者の鼓動は 雄渾に
 三世の光と ひらかなん
 これぞ元初の 太陽と
 ああ東北の凱歌の人々よ


ゲーテは『ゲーテ全集1』所収「秘義」片山敏彦訳(人文書院)。ティリッヒは『生きる勇気』大木英夫訳(平凡社)。石川啄木は『啄木全集4』(筑摩書房)
posted by ハジャケン at 18:18| 山梨 ☔| 随筆 我らの勝利の大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月31日

青年よ 快活に対話の波を(下)

随筆「我らの勝利の大道」35 

青年よ 快活に対話の波を(下)


確信の声で響け 希望の哲学
「勇気」は慈悲に通ず 「真心」は必ず伝わる
創価家族の温かき励ましを社会へ!


 大功徳
  無量無辺に
    築きつつ
  今日の舞台に
   負けず舞いゆけ


 日蓮大聖人は、厳然と仰せである。
 「法華経を一字一句も唱え又人にも語り申さんものは教主釈尊(きょうしゅしゃくそん)の御使なり」(御書1121ページ)
 今、女子部の尊き“華陽(かよう)”の天使たちが、溌剌(はつらつ)と仏法を語り、幸福のスクラムを広げている。
 ある友は長年の友人に、ある友は地域の知人に、ある友は未入会の家族に……と、誠心誠意の対話を実らせた体験を、妻と心を熱くしながら伺っている。
 「使命の華」と舞いゆく青春は、なんと尊く、美しく、そして明るいことか。
 「我もいたし人をも教化候(きょうけそうろう)へ」(同1361ページ)――真剣に題目を唱え、一人、また一人と仏縁(ぶつえん)を結ぶ。この偉大で崇高な乙女の信心が、幸福と希望のスクラムを広げているのだ。
◇ 
 折伏の根本は「祈り」である。そのうえで、友に仏法を語り、幸せの種を植えていく折伏行の中で大事な点を幾つか確認したい。

 第1に「勇気」である。
 折伏を実践すれば、一人の生命と真摯(しんし)に向き合い、一人の人生に関わらざるをえない。長年にわたり、大勢の人を折伏してきた人でも、新しき友情を広げゆく対話には勇気がいる。
 勇気がないと、その弱い心が壁になる。しかし、まず、相手の人の幸福を真剣に祈る。これほど強いことはない。折伏の闘士は「慈悲の祈り」という勇気の出し方を知っているから、決して負けないのだ。

 戸田先生は語られた。
 「仏法の真髄(しんずい)は慈悲(じひ)であるが、凡夫においては、勇気をもって仏法を実践していくことが慈悲に通じる。
 仏は『慈悲』で、凡夫は『勇気』で人を救っていくのだ」と。
 ゆえに、相手がすぐに理解できなくとも、確信ある声の響きで、希望の哲学を語り切っておくことだ。
 ドイツの哲学者ヘーゲルは、「人間は自分が何であるかを自分の声で現わす」と指摘していた。
 折伏の声は、最高の「仏事(仏の仕事)」を為す仏の声なのである。

第2に「真心」である。
 19歳で信心した私もそうだったが、広大深遠なる仏法を完璧に理解して入会する人などいない。
 「宿命転換」等の哲理を語る学会員の言葉の端々に溢れる確信に、心を動かされた人もいる。何よりも、紹介者の誠実な振る舞いへの信頼や、自分を思ってくれる真心への感動に、背中を押されるものだ。
 近年、興味がない、悩みがないなどと、無関心で無気力な反応をする若者も多いといわれる。だが、その人を思う、こちらの真心は必ず伝わっている。
 現在、私が鼎談(ていだん)を重ねている世界的なジャズ音楽家で、SGI(創価学会インタナショナル)メンバーのウェイン・ショーターさんも、体験を語ってくれた。

 ショーターさんが入会して間もない頃、ヨーロッパで演奏していた時、ある駆け出しの若い女性ドラマーと会った。人生の道に迷っている様子で、大変に心配だった。ただ、ゆっくり話をする時間もなかったので、題目をカードに書いて手渡した。
 その後、会う機会がないまま案じていたところ、今から十年ほど前、見違えるほど立派な、幸福に輝く姿で報告に来てくれたのだ。あの題目のカードのおかげで、SGIメンバーとなることができた――と。
 「閉ざされた心」を開くのは、相手の幸せを願う「開かれた心」である。
 開かれた心で率直に語る――その力は実に大きい。
 欧州の統合に尽力した、フランスの社会事業家ジャン・モネも述懐している。
 「信頼感情を作り上げるということは、考えている以上に簡単なことであると思う。『率直さ』、これがまさにその秘けつなのである」

青年学会を大きく
 第3に「団結」である。
 創価家族ほど、人間味あふれる温かな心の世界はない。その世界にふれて、皆、発心できるのである。
 折伏に懸命に戦う友を、皆で応援していきたい。異体同心の団結ありてこそ、広宣流布の折伏は進む。
 私自身、自らの対話に、“折伏の大将軍”であられた戸田先生に応援していただいたこともあった。
 私もまた、時間の許す限り、同志の折伏の応援をさせていただいた。
 青年部の諸君も、壮年・婦人の信心の先輩たちに、大いに応援していただくことだ。そして、学ぶことだ。
 ブロックや地区、支部をあげて、青年の挑戦を全力で応援し、皆で祈り、励ましていく。そこに、青年学会が一回りも二回りも、大きく広がる道がある。

 昭和26年秋、戸田先生は、聖教新聞に発表された「班長に告ぐ」(後の「青年訓」)で、青年の心を乱打してくださった。
 「奮起せよ! 青年諸氏よ。闘おうではないか! 青年諸氏よ」
 今のように、毎朝、聖教新聞が届く時代ではない。当時は、全国どこでも学会員がいるわけでもない。県内の青年部員は一けたという地域も珍しくなかった。
 だが、「班長に告ぐ」を謄写版(とうしゃばん)で刷ったワラ半紙は、青年の手から手に、津波のように渡っていった。組織は“タテ線”の時代である。遠方で苦闘する同志のもとにも、ワラ半紙は届けられていった。

 2年後に入会した新潟のある青年は、そのワラ半紙を手に、一人立ち上がった。十数人に同志を拡大し、東京での第2回男子部総会に駆けつけてくれたのだ。
 「撰時抄(せんじしょう)」に曰く――
 「日蓮が法華経を信じ始めしは日本国には一たい(さんずいに帝)・一微塵(いちみじん)のごとし、法華経を二人・三人・十人・百千万億人・唱え伝うるほどならば妙覚(みょうかく)の須弥山(しゅみせん)ともなり大涅槃(だいねはん)の大海ともなるべし仏になる道は此れよりほかに又もとむる事なかれ」(御書288ページ)
 広宣流布とは、一人から一人への「対話拡大」「仏縁拡大」に実質がある。
 戸田先生は言われた。
 「われ自ら南無妙法蓮華経なりと決めきって、妙法を流布していくんだよ」
 わが青年部の諸君よ、私と共にもう一度、“青年学会”を創るのだ。
 さらにさらに強く大きく、広宣流布を推し進めていただきたい。
 未来は青年の「熱」と「力」で決まる。いや、断固として決めるのだ!

 大聖人は、若き南条時光に、中国の「竜門(りゅうもん)の滝」の故事を引かれ、成長を望んでおられた(同1560ページ参照)。
 この「竜門の滝」には、多くの魚が集まって登ろうとする。だが、激しい水の抵抗や、鳥や漁師からも狙われ、容易に登り切ることができない。しかし、その困難を突き抜けて登り切った魚は竜となる。
 「登竜門」の語源となった話である。
 この故事を通し、大聖人は、成仏がいかに困難かを示してくださっている。
 堅忍不抜(けんにんふばつ)の執念(しゅうねん)を持ち、戦い続ける人、信心し切った人こそ、真実の勝利を手にできることを、若き門下に教えられたのであろう。
 学会の組織は、この大聖人の仰せ通りに、皆が一生成仏の信心を全うするためにある。最高の善知識だ。
 大聖人は、時光に対し、「たが(違)ふ事あらば・いよいよ(弥)悦びとこそおもひて」(同1542ページ)とも仰せである。
 思うようにいかないことがあればあるほど、喜び勇んで立ち向かっていくのだ。何があっても強気で、思い切り戦い抜いていくのだ。これが、創価の青年である。学会精神である。
 ひとたび、戦いを起こしたからには、「能忍(のうにん)(能く忍ぶ)」という仏の大力を発揮して、勝利するまで、前へ前へと進むのだ。

 明年で青年部の結成より60周年。いやまして切磋琢磨(せっさたくま)し合いながら、“青春の登竜門”を堂々と勝ち登っていただきたい。

若き力で心を結べ

 地球一体化の時代だ。躍進する青年の波動も、国境を超えて地球を巡る。
 2008年の9月、埼玉青年部総会の意義を込めた36000人の大会が盛大に開催された。ここに参加したブラジルの青年リーダーは大きな触発を受けた。

 翌2009年5月、今度はブラジルの青年たちが、新時代を我らの手で開くのだとの「誓願」を高く掲げて、2万人の文化総会を行ったのである。
 会場は四半世紀前(1984年)、念願叶って18年ぶりに訪伯した私とブラジルの同志が師弟の再会を果たした、あの忘れ得ぬ「大文化祭」と同じ体育館であった。
 私も、「インターネット中継」で、凛々しきブラジルの若人を見守りながら、何度も万歳を叫ぶ思いで、励ましを贈った。

 賑やかに
  世界一なる
   ブラジルは
  来る年来る年
    勝利の行進

 そして「師弟不二の正義グループ」と命名された、この誓願の青年たちは、1年後の今年、皆が「勇気の対話」を実らせたのだ!
 その勝利と歓喜の波動は、本年の10月、広布の旗が翻る大埼玉の「師弟常勝大会」(青年部総会)に返ってきたのである。
 まさしく若き地涌の菩薩たちが、全地球を舞台に、威風堂々と、対話の大波を起こしゆく時代となった!
 本当に嬉しい。私には、青年こそが燃え輝く「希望の光」である。
 広布の新時代は、未来を生き抜く青年が創るのだ。青年が照らし、晴れ晴れと勝ち開くのだ。

 ドイツの思想家ニーチェは叫んだ。
 「おまえはおまえ自身をのりこえて登らなければならない。――上へ、上方へ、おまえがおまえの星々をも眼下に見おろすようになるまで!」

 青年よ、わが対話の英雄たちよ、勇んで民衆の大地へ飛び込め! 友情光る対話の旋風を起こしゆけ!


 恐るるな
  何も恐れず
    断固立て
  正義のスクラム
    我らの時代と

(2010年 12月16日付 聖教新聞)
posted by ハジャケン at 10:29| 山梨 ☁| 随筆 我らの勝利の大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

青年よ 快活に対話の波を(上)

随筆「我らの勝利の大道」34
 
青年よ 快活に対話の波を(上)

会って語って共々に成長!
伸びゆく若人こそ100周年を照らす光


 青春を
  無限の大法
    世界へと
  弘めむ使命の
   君らに幸あれ


 フランスの哲人デカルトの『方法序説(ほうほうじょせつ)』の扉絵(とびらえ)に記されたモットーがある。
 「行動せよ、そして希望を持て」
 今、創価の我らは、新しい歴史の扉を開け、希望に燃えて出発した。
 創立80周年から100周年へ! さらには民衆勝利の万年へ!
 その旅立ちを、世界の知性も寿いでくれている。

 先月・創立の月には、米国の名門マサチューセッツ大学ボストン校からモトリー学長ご一行が来日して、創価教育の師弟三代の80年を祝賀してくださった。
 そして初代・牧口常三郎先生、二代・戸田城聖先生の精神を継承しゆく恩師記念会館で、意義深き名誉博士の称号を拝受した。
 何より嬉しかったのは、モトリー学長が学園生や創大生をはじめ、創価の青年たちとの出会いを、2メートルを超す長身に情熱を漲らせ、感動込めて語ってくださったことだ。

 また、学長は、学園生に“皆さんがいる限り、私たちの未来は明るい。
 一人ひとりが自分の持つ力を最大限に発揮することが、社会への最大の贈り物になります”とも励まされた。
 わが後継の青年たちを、世界の識者が讃え、心から期待してくださる。これに勝る喜びと誉れはない。
 100周年への私たちの出発は、「青年の成長」という未来への大いなる希望からスタートしたといってよい。
 愛する青年たちよ、わが後継の弟子たちよ、本当にありがとう!

満月も笑顔で祝福
 その授与式のあった11月21日の晩、「先生の300番目の“知性の宝冠”を寿ぐように、今夜は美事な満月でした!」と、聖教新聞の斎藤亨君たちカメラマンの友が写真を届けてくれた。
 月氏の国・インドでは、80歳は「1000回の満月」の佳節を迎える年と祝福される。誕生から80歳を超えるまでに、ほぼ1000回の満月が訪れるからである。
 創価学会の80歳を祝って、月天子が英知の光を冴えわたらせながら、所願満足の笑みを浮かべているように見えた。

 牧口先生が線を引かれて大切にされた御聖訓には、「深く信ずる者は満月の闇夜(やみよ)を照(てら)すが如し」(御書1501ページ)と仰せである。
 わが創価の同志が、いやまして円融円満(えんゆうえんまん)の智慧(ちえ)と歓喜(かんき)と和楽(わらく)の大光に包まれゆくことを、私は祈りたい。

モトリー学長には大変尊敬する方がおられる。今は亡きエドワード・ケネディ米上院議員である。
 エドワード氏とは、私も親交を結んだ。1978年(昭和53年)の1月、わざわざ聖教新聞社へ訪ねてきてくださった。会見の予定があった兄君のケネディ大統領の思い出や、米中関係、核廃絶などをめぐって、率直に意見を交換し合ったことが、懐かしい。
 このエドワード氏が語っておられた。
 「未来は、我々の人生を超えて続いていく。しかし、自らが創る未来と共に、我々は生き続けていくと私は信ずる」
 未来のために尽くす人は未来と共に生き続ける。
 青年のために尽くす人は青年と共に生き続ける。

 ゆえに、創価の世界は、常に若く、不滅である。
 年の瀬を迎え、社会には課題が山積している。政治、経済、雇用……青年たちを取り巻く環境は依然として厳しい。病気や家庭、人間関係等で悩む友もいる。
 しかし、若々しい生命は負けない力を持っている。
 仏法は「本因妙(ほんいんみょう)」だ。現在から未来を開いていくダイナミックな宗教である。試練をはね返す逞(たくま)しい心のバネを持てるのだ。

 先月、聖教新聞(土曜日付の6・7面)で始まった、青年向けの新企画「ターニングポイント」「スタートライン」が好評だと伺った。青年らしい思い切ったチャレンジが清々しい。
 誰人であれ、自分の人生の「ターニングポイント」(転換点)がある。
 いかなる逆境にあっても、「今ここ」を、新たな自分の躍進勝利への「スタートライン」にすることができる。
 仏法の「変毒為薬(へんどくいやく)」の法理に則るならば、いかなる苦難の現実に直面しようが、悠然(ゆうぜん)たる楽観主義で挑んでいける。
 「大悪をこ(起)れば大善きたる」(同1300ページ)と、達観して進めばよい。
 混沌と揺れ動く社会だからこそ、堂々と胸を張り、「私はこう生きる」と、自身の信念と正義の道を貫くことだ。ここにこそ、日蓮仏法を持つ、誇り高き我らの生き方がある。

信仰を実践へ開く
 今、私が対談を進める米国の歴史学者ハーディング博士は語ってくださった。
 「信仰を持っても、それを自分の世界だけにとどめておいたのでは、大きな波動は起こせません」
 「創価学会の運動は、信仰を実践へと開きゆく運動であり、私たちすべてが共感でき、支持できる運動であります」
 人間は、対話の中でこそ、真の人間に成長する。
 対話とは、相手から学ぶことである。そこには相手への尊敬がある。だから語り合う言葉が生まれる。
 相手から学べば、自分も豊かになる。だから豊かな対話には喜びがある。幸福がある。平和がある。
 対話それ自体が、人間の勝利の証なのだ。

 御聖訓には、「末法(まっぽう)に入(いり)て今日蓮が唱る所の題目は前代(ぜんだい)に異(ことわ)り自行化他(じぎょうけた)に亘(わた)りて南無妙法蓮華経なり」(同1022ページ)と仰せである。

 この一年、わが青年部は、題目を朗々と唱えながら、“友のために! 地域のために!”と動きに動いた。語りに語り抜いた。
 なかでも、創価班、牙城会、また白蓮グループ、さらに音楽隊、鼓笛隊、合唱団の皆さんは、拡大の対話に勇んで先駆したと伺っている。
 「数年来の対話が実りました」「初めての折伏ができました」等、心躍る報告を毎日いただいている。

 戦う青年の報告ほど、大樹を仰ぐが如く、頼もしいものはない。
 新しき青年力の躍動ほど、皆に勇気を贈るものはない。
 次代を切り開くのは、青年にほかならないからだ。
 もちろん、友人と真剣な対話を重ねても、感情的に反発されたり、なかなか仏法を理解してもらえないと悩む友もいるだろう。
 折伏は、御書に仰せ通りの如説修行であり、“難事中の難事”である。
 そして正法を聞かせる「聞法下種(もんほうげしゅ)」も、相手が決意する「発心下種(ほっしんげしゅ)」も、功徳は同じである。最高に尊い「如来(にょらい)の事(じ)」を行じているのだ。
 たとえ、思うような結果が出なくとも、くよくよする必要は全くない。
 私も同じであった。どうすれば思いが伝わるのか、相手の心に届くのか――その繰り返しだった。

 ある時には、誠意を尽くして書いた友への手紙が、全部、送り返されてきたこともあった。唇を噛んだ悔しさも、今は懐かしい。
 
「心を一(いつ)にして南無妙法蓮華経と我(われ)も唱(とな)へ他(た)をも勧(すすめ)んのみこそ今生人界(こんじょうにんかい)の思出(おもいで)なるべき」(同467ページ)との仰せは、人生の年輪とともに深く強く拝される。
 祈って動いた一日一日は、もがくような葛藤(かっとう)でさえも、すべて自分自身を鍛える、最高の生命錬磨である。胸中に燦然と輝く“信心の土台”となる。


他者を敬う菩薩行
 会う人ごとに、「あなた方を敬います、あなた方は皆、菩薩道を行じて必ず成仏するからです」と深く礼拝した不軽菩薩(ふきょういぼさつ)は、皆から猛反発を受け、悪口罵詈(あっくめり)、杖木瓦石(じょうもくがしゃく)を浴びせられた。
 相手を敬っているのに、反発される。生命の大地を破って眠れる仏性を呼び覚ます精神革命には、それだけ根強い抵抗があるのだ。
 しかし、最初は反発があっても、偉大な妙法を説き聞かせたことは、必ず仏性を薫発(くんぱつ)する縁となる。相手の成仏の因を作ったのである。
 これが「毒鼓(どっく)の縁」という法理である。
 広宣流布の戦いに無駄なものなど、何一つない。友人の反応に一喜一憂し、前進を止めてしまうことこそが、無慈悲である。

 「仏種(ぶっしゅ)は縁に従(よ)って起る是(こ)の故(ゆえ)に一乗(いちじょう)を説くなるべし」(同1467ページ)との御聖訓通り、縁を結んだ分だけ、広宣流布の裾野は広がるのだ。
 「友のために」と真剣に悩む、その心こそ仏の心である。それ自体、大いなる人間革命の光なのである。

 勝ちまくれ
  君の生命は
     仏なば
  三世に悔いなき
    勝利の王者と
(2010年12月15日付 聖教新聞)
posted by ハジャケン at 10:28| 山梨 ☁| 随筆 我らの勝利の大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

「人間革命」と我が人生

真剣に
 人間革命
  成しゆかん
 永遠の幸福
   盤石なりせば


師あり
 弟子あり
   広布あり
合掌

昭和54年 5月3日


posted by ハジャケン at 09:34| 山梨 ☁| 随筆 我らの勝利の大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月29日

【第26回 悠久の天空を仰いで 下2

【第26回 悠久の天空を仰いで 下2

歴史を変えた師弟


地球は太陽の周りを公転するlポーランドの天文学者コペルニクスが唱えた学説は、宗教の権威への挑戦とされ、その公表は危険を伴った。

一五三○年頃に完成させた『天体の回転について』を、出版すべきか否か、彼自身は逡巡をしていたのである。

しかし、コペルニクスの若き弟子レテイクスは、論文の出版を促し続け、自らその先導役を買って出た。

〃師の正しさを、何としても実証したい〃ー弟子の胸には、強き報恩の心が赤々と燃えていた。

この青年の勇気ある行動によって守られたゆえに、コペルニクスの学説は、科学の歴史を変えるものとなったのだ。

東京富士美術館では、今月の二十九日から、展覧会「ポーランドの至宝「レンブラントと珠玉の王室コレクション」が開幕する。

ここでは、ワルシャワ王宮、クラクフのヴァヴエル城、ワルシャワ国立美術館、クラクフ国立美術館などから、美術工芸の名品が多数出展される。

さらに、コペルニクス、ショパン、キュリー夫人という、ポーランドの誇る三人の偉大な先達の貴重な遺品や資料なども展示される運びとなっている。

ポーランドの魂は、勇敢であり、不屈である。

第二次世界大戦のさなか、迫り来るナチス軍の侵略にも屈することなく、王宮の美術品を避難させ、死をも覚悟の上で守り抜いた歴史も、誇り高い。

銃弾が飛び交うなか、命懸けで、未来のためにと、ワルシャワ市街の建物を克明にスケッチして残していった建築科の学生たちもいた。壊滅させられたワルシヤワは、その貴重な図をもとに、戦後、市民の一人ひとりの力の結集によって復元され、壮麗な街並みを取り戻したのである。世界遺産にも選ばれ、人類の宝の都と光っている。

まさに、非道にも命を奪われた多くの同胞たちの仇討ちであった。そして、自分たちの文化と歴史を滅ぼし去らんとした暴虐への執念の闘争であった。

五百年前、コペルニクスは問いかけた。

「結局、美しいものすべてを包みこんでいる天以上に美しいものが、またとあるだろうか?」天の星々に勝るとも劣らず美しきものが、この地上にある。それは、正義のために、後れなく戦い抜く人間の生命の輝きではないだろうか。

正しき信念に生き抜く人間の連帯こそが、一等星のごとく輝きを放つ、宇宙の至宝であるのだ。

アメリカの人権の指導者キング博士は、揺るぎない闘志をもって断言した。

「宇宙には一種の検問所があって、悪が永続的に組織を強化していくことはできないようになっている」

宇宙空間へと飛んだ人の多くが、根本から人生観が変わる経験をするという。

私も、多くの宇宙飛行士と語らいを広げてきた。スケールの大きい、ダイナミツクな話に、広々と視野が開かれる思いがした。とともに宇宙を知って、「故郷」である地球の美しさ、かけがえのない尊さにあらためて気づくのも、また、皆に共通している。

ロシアの字宙飛行士であるセレブロフ博士が、宇宙から帰還して、まず懐かしく感じるものは「地球の香り」であると語っておられたことが、忘れられない。

人びとの心に、安らぎを与えるこの生命の「故郷」が、私たちにはある。

それは、わが創価の地区や支部であり、共に戦う同志である。

生命の「故郷」を見失わない限り、人間は孤独ではない。かけがえのない同志ありてこそーそう心から感謝できる胸中には、生きる歓びが滾々とあふれる。

宇宙を知るほど、生命の尊厳に畏敬の念がわく。



大宇宙とともには夢

牧口先生も、戸田先生も敬愛してやまなかった、アメリカの大教育哲学者デューイ博士は語った。

「惑星は、太陽系のなかで、運行する。太陽系は、銀河系のなかで、運行する」

「人間の精神も、他者との交流のなかでこそ、成長できる」

広大なる宇宙にありて、時を同じく、この地球に生まれ、大仏法に巡り合った、我ら創価家族は、何と妙なる縁で結ばれていることか!

「『在在諸仏土常与師倶生』よも虚事候はじ」(御書一三三八ページ)」「在在の諸仏の土に、常に師と倶に生ず」との経文は、決して虚事ではないー大聖人が御約束の通り大仏法の師弟の絆は永遠に金剛にして不壊である。

創価の友よ!

共々に、朗々と題目の大音声を宇宙に響かせゆこう!

御聖訓にはー「口の妙法をよび奉れば我が身の仏性もよばれて必ず顕れ給ふ、梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ、仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ」(同五五七ページ)と仰せである。

わが心の宇宙に具わる大力を開き、「人間革命」という自転と「広宣流布」という公転の軌道を、さあ、今日も勢いよく快進していこうではないか!


共々に 
この人生を 
朗らかに 
宇宙の宝を 
わが身に飾れや
posted by ハジャケン at 10:58| 山梨 ☀| 随筆 我らの勝利の大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月27日

【第26回 悠久の天空を仰いで 下

【第26回 悠久の天空を仰いで 下  2010-8-22 一部抜粋


この七月、地球から約十六万五千光年離れた大マゼラン銀河のタランチユラ星雲で、質量が太陽の二百六十五倍という、観測史上最大の恒星が発見された。

これまで、理論上、恒星の質量には限界があるとされていたが、「もっと重い星が見つかる可能性も」との専門家の意見も出ている。

永遠に探求は続く宇宙は不思議に満ちている。一つ新たな事実が発見されると、それ以上に謎が増えていく。永遠に探究は続くであろう。

戸田先生は、よく「科学が進歩すればするほど、仏法の法理の正しさが証明される」と語っておられた。

この師の洞察通り、今、東洋の叡智に注目が集まる時代に入っている。

五、六世紀インドの天文学者アーリヤバタは地球の自転や重力の存在を指摘した。こうした先見を育んだ文化に根ざす仏教は、例えば、それ以前の「倶舎論」に宇宙の姿を説いている。

須弥山を中心とした四大洲と日月等からなる世界(小世界)が千個集ったものを「小千世界」、その千倍を「中千世界」、さらにその千倍を「大千世界」(三千大千世界)といい、みな消滅を繰り返す、と。

三千大千世界は小世界の千の三乗 − 十億の小世界の集合である。

太陽系のような星の集まりが銀河を形作り、さらに銀河団を作り、超銀河団を作るという、現代の天文学の知見とも響き合う。

日蓮大聖人が伊豆流罪の渦中に記された「四恩抄」にも、「此の娑婆世界の内に百億の須弥山・百億の日月・百億の四州あり」(御書九三五ページ)と示されている。

また、「此の娑婆世界より外の十方の国土は皆浄土にて候へば人の心もやはらかに賢聖をのり悪む事も候はず」(同)との御聖訓からは、十方の宇宙に、この地球よりも境涯の高い衆生が住む仏国土が存在することが、示唆されているとも拝されようか。

私と対談したスリランカ出身の天文学者ウイックラマシンゲ博士も「現代科学の宇宙論の方向性は、仏教の世界観にきわめて接近している」と強調された。

ハイゼンベルクやボーア、アインシュタインなどの名だたる科学者たちが、「空」の思想をはじめ、仏教、また東洋哲学に共鳴していつたことも事実だ。

科学の進歩と相俟って、ますます仏法の叡智が求められていくことは間違いないと、私は確信している。



「我即宇宙」なり



中国の妙楽大師の深遠にして有名な言葉には、

「此の身の中に具さに天地に倣うことを知る頭の円かなる天に象り足の方(=四角)なるは地に象る」

「鼻の息の出入は山沢渓谷の中の風に法とり 口の息の出入は虚空の中の風に法とり 眼は日月に法とり開閉は昼夜に法とり 髪は星辰に法とり 眉は北斗に法とり 脈は江河に法とり」(同五六七ページ)云々と、

小宇宙たる人間と大宇宙の相関が謳われている。

まさしく「我即宇宙」「宇宙即我」である。

さらにまた、大聖人は、「所詮・方法は己心に収まりて一塵もか(闕)けず九山・八海も我が身に備わりて日月・衆星も已心にあり」(同一四七三ページ)とも仰せである。



瞬間また瞬間の生命に、万法が収まり、宇宙大の可能性が具わっているのだ。

それを自覚した時、私たちの生命は他者へ、社会へ、宇宙へと大きく開かれる。

妙法の大法則に則り、広宣流布のために活動することは、わが色心に大宇宙の力を満々と脈打たせていくことなのだ。

その胸中には、〃悩める人を救わずにはおかない!皆に希望と勇気を送らずにはいられない!〃という不滅の鼓動がある。

仏とは、この字宙大の「慈悲」と「智慧」と「勇気」を開き顕していく生命のことである。

いついかなる時にも、天空を仰ぎ、大きく深呼吸をして、我らは栄光の使命の道を勝ち進んでいくのだ。



共々に 
この人生を 
朗らかに 
宇宙の宝を 
わが身に飾れや

posted by ハジャケン at 10:13| 山梨 ☀| 随筆 我らの勝利の大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月16日

随筆 我らの勝利の大道 No.12 増上慢にはなるな

随筆 我らの勝利の大道 No.12 (一部抜粋させていただきます)
(2010.4.15付 聖教新聞)

誓い燃ゆる4月

青年の大樹よ 師弟の大地に伸びゆけ!
広布一筋の人生こそ報恩の誉れ
真の弟子の道を我は行く!

増上慢にはなるな

「二乗」とは、十界の衆生の中の「声聞」と「縁覚」のことである。
声聞とは「仏の声を聞く者」、縁覚とは「縁によって覚る」という意義である。元来、二乗の出発点は、正しき法を求め、身命を賭して、仏道修行を貫く仏弟子の実践にあった。
したがって本来は、二乗それ自体が、「師弟求道の心」に燃え上がる存在であったといってよい。
特に、法華経の会座に列なる声聞たちは、師匠と共に、他者のために、仏の声を説いて聞かせる行動に目覚めていくのである。
さらに涅槃経には、「真の声聞とは、仏法破壊する怨敵と断固として戦う我が弟子である」(御書236nなど、趣意)とも説かれている。
つまり、二乗といっても、そこには命懸けの師匠への求道があり、命懸けの師弟の共戦があることを知らねばならない。
では、なぜ、爾前権経において、二乗が「永不成仏《ようふじょうぶつ》」などと弾呵されたのか。
それは、小乗の教えに執着し、大乗を求める心を忘れてしまったからである。師匠を求め抜く姿勢を忘れた時に、慢心が強くなってしまったのだ。
大聖人は、経文を引かれ、「恩を知り恩を報ずること能わず」「解脱の坑《あな》に堕して自ら利し及以《およ》び他を利すること能わず」(同 191n)と示されている。
要するに二乗には、我慢偏執の心が盛んで、根強い増上慢の命がある。利他の心がなく、自分の利益に執着する。そして師匠に恩を受けながら、恩に報いようとしない。
その不知恩の命のゆえに、仏は繰り返し叱責された。仏法の師弟とは、それほど峻厳なのだ。法華経において、その二乗に初めて成仏の記別が与えられる。
二乗の弟子の歓喜は、どれほど大きかったか! そして師匠への報恩の思いが、どれほど深かったか!
「世尊は大恩まします」「一切もて供養すとも 皆な報ずること能わじ」〈世尊(師匠)には大恩がございます。我らがすべてを捧げ尽くしても十分に御恩返しできたとはいえません〉──二乗の弟子は、こう言って、永遠の報恩の戦いを誓願するのである(法華経信解品)。
        ◇

 虚栄なる
  侘しき人々
   下に見て
  ダイヤの如き
     我が身を磨けや

社会が停滞し、官僚主義や形式主義がはびこってくると、とかく人間の実質よりも学歴や肩書が物を言う世相になりがちだ。
しかし、社会的地位と人間の真の偉さは、全く別物である。いわんや、仏法の透徹した眼《まなこ》から見れば、世法上の肩書など、成仏とは全く関係ない。
毎日毎日、真面目に、信・行・学の仏道修行を貫き通していく人が偉いのだ。
自他共の幸福のため、広宣流布のため、一生懸命に戦い抜く庶民が偉いのだ。
いかに悪口罵詈を浴びようが、師弟の真実を叫び抜き、創価の正義を広げ抜く学会員が偉大なのだ。
それを、自分には学歴や肩書があるなどと鼻に掛け、お世話になった庶民を侮る心があれば、爾前経で呵責された、増上慢の二乗にも劣る。
だからこそ、戸田先生は、幾度となく厳格に戒められていた。
「いわゆる『二乗根性』で、自分は学者である、優秀である、誰よりも深い学識があると思い、増上慢となった者も、やがて退転するだろう」
「他の人の幸福を考えない。自分一人の安心立命を、何よりも大事にする。悪を責めず、人を善に導こうともしない。
すなわち、二乗根性とは──利己主義の小善人を意味する。菩薩界、仏界の衆生救済という大局観において、邪魔になる人物である」
ともあれ、師弟共戦で広宣流布に我が身を投じてこそ、初めて二乗の増上慢を破り、自己の小さな境涯をも打開していけることを、絶対に忘れまい。

posted by ハジャケン at 01:03| ☁| 随筆 我らの勝利の大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月02日

随筆 我らの勝利の大道 No.1 私の創立80周年

随筆 我らの勝利の大道 No.1 (2010.1.1付 聖教新聞)

私の創立80周年

共々に偉大な「人間革命」の一年を!
「大願」は広宣流布! さあ前進だ‼

 元日や
  師弟の道は
    晴ればれと

学会創立80周年の青空に、栄光の旭日が昇った!
元朝の光に照らされ、彼方には、白雪の富士が王者の如く輝きわたる。
民衆詩人ホイットマンの力強い歌が聞こえてくる。
「徒歩で、陽気に、わたしは大道を歩き出す」
「さあ、出発しよう! 君が誰であろうと来てわたしと一緒に旅をするのだ!」
 歩いた分、前進できる。
 進んだ分、道が広がる。
学会は永遠に前進する。世界に、幸福と平和と勝利の大道を広げていくのだ!
        ◇
「新春の御慶賀 自他幸甚幸甚」(御書1002n)
日蓮大聖人は、ある年の正月、身延の地で、門下への御手紙に記された。
新春を明るく寿ぎ、自他共に喜び勇んで、張り切って出発する。この御文通りの姿が、創価の新年勤行会である。
御聖訓は、さらに続いて、「そもそも、俗諦(世間の道理)の中においても、真諦(究極の真理)の中においても、勝負をもって要《かなめ》とする」(通解)と仰せである。
世開法はもちろんのこと、仏法においても、その肝要は「勝負」にある。
仏法も、人生も勝負だ。一日一日が勝負であり一年一年が勝負である。断じて勝たねばならない。断固として勝ち抜くことだ。必ず勝つための信心である。
創立80周年──この1年の勝負も、我らは「法華経の兵法」で勝つのだ。
        ◇
「八十」といえば、仏法では、仏・菩薩は「八十種好」という優れた相好《そうごう》を持つと説かれる。大聖人は、この荘厳な姿とは、凡夫の肉身なりと洞察された。
「父母果縛《かばく》の肉身の外に別に三十二相・八十種好の相好之れ無し即身成仏是なり」(同814n)と仰せの通り、本有の我が生命が即、仏の尊極の威光を具える。これが、日蓮仏法の極意である。
この本義に立てば、八十種好とは、広宣流布に戦う皆様方の生命の輝きにほかならない。
たとえば、八十種好の姿として「身は潤沢なり」「一切の悪心ある衆生も見る者は和悦《わえつ》す」とある。これは、無作の高貴な姿で、あらゆる人びとを味方に糾合しゆく、創価の太陽・婦人部の形容とも拝される。
「光、身を照らして行く」は、わが地域・社会を厳然と照らして闊歩する「黄金柱」の壮年部であろうか。
「身は浄潔なり」とは、法華経の「如蓮華在水」の経文の如く、濁世のいかなる悪にも染まらず、“華陽”の花を咲かせゆく清新の女子部である。
「牙は利《するど》し」は、破邪顕正の言論の牙を鋭く磨いた男子部・学生部の若き師子の象徴といえようか。
ともあれ、妙法を唱え、広宣流布に励みゆく汝自身の生命が、どれほど尊貴であるか。まだまだ出し切れていない仏の力がある。もっともっと発揮できる仏の智慧がある。
我らの創立80周年は、一人ひとりが、本有の仏の生命を思う存分に開きゆく年である。なんの遠慮もいらない。自らの八十種好の人格の光彩を、生き生きと輝かせ切っていくのだ。
        ◇
 初日の出
   若き心に
     黎明を

50年前(昭和35年)の元朝、小さな小きな我が家で、家族そろって勤行をしながら、私は妻と共に、新たな一年の勝利を深く誓った。全学会員の「いよいよの信心」と「幸福」と「躍進」を懸命に祈った。全日本、全世界に大地震等がないよう、平和と安寧を祈りに祈った。
一切は「誓願の祈り」から始まる。その元初の祈りを、一日一日と、自分の行動に血脈として通わせていくのだ。
日蓮仏法は「因果一念」である。生命の奥底に固く決定した一念自体が、すでに「勝利」であり「完勝」なのだ。
この昭和35年の聖教新聞の新年号に、私は「年頭のことは」を寄せた。
“本年12月31日の勤行の際、一人ひとりが御本尊に、かく向上し、成長し一年の修行でありたい”と。
この年の5月3日に、戸田城聖先生の不二の直弟子として、私は第3代会長に就任した。そして新たな世界広宣流布の道を開き、勝って迎えた年末、師匠への報恩感謝を胸に、ご報告申し上げた。
「会長就任の年を完勝しました! 明年もさらに飛躍してまいります!」
あれから半世紀──今、猛然と若き弟子たちが立ち上がってくれている。
「戸田先生! わが創価の後継の陣列は、創立80周年を美事な完勝で飾りました。広宣流布の未来は盤石です!」
私は、会長就任50周年の年の最後に、こう晴れ晴れと、ご報告申し上げる決心である。
        ◇
昭和40年の元日付の聖教新聞から、私は平和への決意を込め、小説『人間革命』の連載を開始した。おかげさまで、この正月で45周年となった。読者の皆様の温かなご支援に心から感謝申し上げたい。
現在の『新・人間革命』まで変わらぬ主題は、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」である。
思えば、恩師・戸田先生は新春を迎えるたび、「今年こそ、今年こそ」と、新たな山に挑んでいかれた。一年一年が、偉大なる人間革命の勝利の劇であられた。
私も一段と深く、「今年こそ!」と心に期している。
それでこそ、日蓮大聖人が「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」(御書1451n)と教えられた覚悟に、連なっていけるからだ。
「師弟不二」とは、師匠の大境涯を仰ぎつつ、「月月・日日に」(同1190n)自分自身を人間革命することだ。弟子の「人間革命」によって、地域・社会をも動かし、人類の幸福と平和に寄与していけるのだ。
イギリスの詩人ポウプは、「個々が強力となることが、全体にとって必要であり、個々が幸福であるに応じて、全体もまた幸福である」と言った。
その通りである。「一人」が強くならねばならない。君自身が強くなり、人生を勝つのだ。他人ではない。自分がどうかである。
ゆえに私は、わが同志《どうし》に、「この一年、汝自身の偉大な『人間革命』の歴史を!」と強く祈り、叫びたい。
        ◇
偉大な「人間革命」を成し遂げる要件は、何か。
それは、第1に「師弟」の原点に立つことだ。
「師匠は大地の如し」(御書900n)だ。小さな種が、天にも届く大樹へと革命的に成長する。それは、原点の大地にしっかりと根ざすからこそだ。
第2に、勇気に燃えて「大願」を起こすことである。
蓮祖は「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(同1561n)と仰せだ。
どんなに現実が厳しくとも、負けじ魂を燃やして、大きく祈るのだ。広宣流布の「大願」に立つのだ。
その勇気が、小さな自分の殻を必ず破る。
そして第3に、たゆみなき執念の「前進」だ。
御文には「いよいよ強盛に大信力をいだし給へ」(同1192n)とある。いよいよ「師子王の心」を取り出して、惰性と戦い、諦めと戦い、三障四魔を一つ一つ打ち破っていくのだ。
“常勝関西”の功労深き90歳のお母様からいただいたお手紙を、妻は大切にしている。そこには、こう綴られていた。
──地域で出会う方々から「お元気ですね」と驚かれるたびに、申し上げています。
「私は、信心のおかげで元気です。学会には師弟があります。ですから向上できます。若い青年部、女子部がおり、みな私の友だちです。世界にも、多くの学会員がおります。世界中の方々の体験を聞かせてもらえるので、年をとっても、私の心は青春です」
そう会う人ごとに語りながら、楽しく仏縁を広げております──と。
創価の母は、あまりにも気高い。この母たちが最高の笑顔で喜んでくださる「常勝」の花の冠を、我らは捧げたい。
        ◇
 堂々と
  青春乱舞の
     勝利道

あの源義経が歴史の表舞台に登場したのは830年前(1180年)。義経は22歳であった。
彼の名将たる所以は、人が不可能と諦めた“先入観の壁”を打ち破る勇気と妙策、そして一歩も退かずに攻め抜く“超攻撃型”の戦い方であったと言われる。
今、私には、妙法の名将の後継たる、男子部・学生部がいる! 世界に友情を広げゆく“華陽”の乙女たちがいる!
わが師・戸田先生が生誕された110年前、自由を求める乙女が毅然と叫んだ。
「闘わないで、どうして打ち勝てるというのでしょう。求めずしてどうして得られるというのでしょう」──インドネシアの女性解放の先駆者カルティニの言葉だ。彼女は、どんな苦難でも乗り越える力を持っていると胸を張った。
若き友よ、乙女たちよ!
君たちの時代だ。躍り上がる勢いで、自身の偉大な闘争を開始するのだ!
        ◇
この1月が生誕150周年となる、ロシアの作家チェーホフは呼びかけた。
「進め! ほらあの遠くに輝く明るい星をめざしてまっしぐらに進むんだ!」
完勝の一番星は青年だ。
大文豪ゲーテは、「若い人を私は欲しい」と語り、弟子たちに英雄ナポレオンの金言を示した。「人材に道をひらけ!」と。
私も、心から訴えたい。
「青年に道を開け!」
そして、「青年よ、勝利の大道を開きゆけ!」と。
我らの威風堂々の前進とともに、無限に道は広がっていくのだ。創価完勝の広宣流布の大道が!
進もう、わが同志《どうし》よ!
断じて勝とう!
わが愛する弟子たちよ!

 元旦に
  勝利 勝利の
      道 開け
posted by ハジャケン at 11:48| ☀| 随筆 我らの勝利の大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする