2009年06月14日

信心の基本を学ぶ 26

「信心の基本を学ぶ」26 河合副教学部長

北海道でおもしろい話を聞いた。
青年部時代には隊長で頑張っていた地区幹事さんで、漁師だったが今は福運がついて船を何杯か持っている漁会社の社長。
一昨年・去年の鮭漁が不漁で大赤字で困っていた。

北海道の漁村部長が指導に行って
「鮭が取れないというけれど、鮭がいないんじゃないんでしょ?
来ないだけでしょ?
呼べばいいんじゃないんですか!
海に国境はないんだから。」と言った。

それから本気で祈ったら、それまでに20匹しか獲れなかったのが300匹獲れたそうです。
大漁が続いて一変に黒字になってしまった。
信心は簡単です。

商売でお客さんが来なければ強く祈って呼べばいいんです。
その上で努力と工夫をすればよい。
信心をしてれば何とかなるというのは最高の迷信。
祈った分しか叶わない。

(つづく)
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2009年06月13日

信心の基本を学ぶ 25

「信心の基本を学ぶ」 25 河合副教学部長

一昨年の2月に姪を折伏した。
美大の生徒。
おばさんが願いは叶うよと言ったから、90項目祈ったら3ヶ月で全部叶った。
今100項目祈っている。どんどん叶うから嬉しくてたまらないと毎日3時間題目をあげている。それを見て嬉しいから折伏がどんどんできる。
その娘の変った姿を見るとみんな友人が入信する。

去年の2月に「パリに行って美術館巡りをしたい」と祈っていたら、たまたま知り合った画家が「仕事を手伝ってくれるなら一緒につれていってあげよう。」と、費用は全部向こう持ちで2ヶ月間ただでパリを回って帰ってきた。
なんでも叶う。これが普通。

それを聞いた婦人部の幹部が「私も祈ろう!」と100項目祈りだしたら、どんどん叶い「あれっ?祈りって叶うんだ。」と言っていた。
祈りは叶って当たり前。
祈ってないから叶わない。
もっと欲を出して叶えましょう。
頑張るばかりでは「仏道苦行」で楽しくない。
「成果の無間地獄」です。
功徳を受ける連続チャンスだと受け止めれば功徳を受けるチャンス。
やらされると思ったら苦しみになる。

(つづく)
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2009年06月08日

信心の基本を学ぶ 24

「信心の基本を学ぶ」 24 河合副教学部長

あるB担が「活動をすれど活動をすれど我が境涯少しも変らず」という歌をつくった。
これを「啄木型信心」という。
頑張っても惰性では変らない。
惰性だと気がついて、なんでも祈れるようになったらなんでも叶うようになった。
去年の暮れに洗濯機が壊れた。

そこでご本尊に
「洗濯機が壊れたから新しいのが欲しい。できればピンクのが欲しい。」と祈った。
1時間ほど唱題したら近所のB担さんが来た。
雑談の中で洗濯機の話をしたら「じゃあ、あげようか。」という。
相手はマンションの管理人。
最近は若い人が引っ越すときに面倒くさいので置いていってしまうらしく「たくさんあるからいらっしゃいよ。」と言われて倉庫に行って見たら、新品同様のピンクの洗濯機があった。
1時間で叶ってしまった。
なんでも叶う。

「白い良い猫が欲しい!」と祈ったら、白い猫が迷いこんできて、飼い主もわからず居着いてしまった。
この間その猫が死んでしまった。
「同じ猫が欲しい!」と祈った。ペット屋さんに見に行くと15万円した。
「2万円でください!」と祈った。
インターネットを見ていたら「猫あげます」と出ていた。
電話をかけたら同じ種類の猫だった。
「赤ちゃんができて飼えなくなったからあげます。」とのこと。
そして横浜から東京まで連れて来てくれた。
そこでお礼に2万円あげた。
願い通り、2万円で手に入ってしまった。
なんでも叶う。
これが普通。

(つづく)
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2009年06月05日

信心の基本を学ぶ 23

「信心の基本を学ぶ」23 河合副教学部長

御書に「喜び身に余るが故に堪え難くして自讃するなり」とある。
嬉しくてしょうがないからつい「仏法はすごいよ」と言ってしまう。
これが本当の折伏。
功徳をうんと受けましょう。
小遣いがないのに人に奢ってはあげられない。

功徳をうんと受けて分けてあげましょう。
けちはだめ。
大阪の人はけちではないはずなのに、最近ずいぶんけちになりましたね。
功徳を受けることを忘れている。
よくそれで頑張りますね。
功徳を受けるために頑張るべき。

先生が「皆さんの健康・長寿・幸福・裕福を祈ってますよ。」といつもおっしゃる。

健康・裕福になることが先生に応えること。
「こんなに幸せになりました。そしてみんなを幸せにしました。」と報告すれば、先生はうんと喜んでくれる。

「みんな頑張ってます。でも変ってません。」では、先生は悲しみます。
今は先生を悲しませている。
先生は幸せの指導者・広布の指導者。
功徳を受けない信仰は間違った信仰。
惰性と義務になっている。
ギアさえ入ればワアッと変る。

(つづく)
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2009年06月02日

信心の基本を学ぶ 22

「信心の基本を学ぶ」22 河合副教学部長

この前、大田区での会合終了後に、一人の地区部長が来て
「10年前に話を聞いて信心で変ろうと決意をしました。当時貧乏のどん底で仕事もなかった。本気で信心で変ろうと決めた。途中いろいろあったが、今43人使って運送会社をやってます。ちょっと変りました。」と言っていた。

信心で変ろうと思い続けて祈り続ければグングン変るのが信仰。
そのための信仰。
いつか変るのではない。
頑張ってればよいと思って功徳を受けることを忘れていませんか?
それではつまらない。

戸田先生は
「祈りを叶え、
 夢を叶え、
 誰よりも幸福になっていくための仏法である。
 人生を勝利するための仏法である。
 祈りが叶ってこそ真の仏法である。」
と言われた。

幸せになるための信仰。
祈りを叶えるのが信心。

戸田先生は
「現代の人間は非常に欲張りでありながら、
 成仏という絶大な利益を願わない点においては、
 無欲とも愚かともいうよりほかはない。
 私どもは大いに欲張って、
 生きていること自体が嬉しくてしょうがないという絶対的幸福の境涯を、我も開き友にも開かせていこうではありませんか。」
と言われた。

もっと欲張りましょう。
うんと欲張って、何を願っても良いんです。
人の不幸は祈ってはいけませんが、それ以外は何を祈ってもよい。
あれもこれも願いを叶えて、その歓びを分けてあげましょう。
それが広宣流布。
功徳が無くて人に言えますか?
それは詐欺。
仏法を語るのではなくて信仰の歓びを語ること。
歓びが伝わる。

(つづく)

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2009年05月31日

信心の基本を学ぶ 21

「信心の基本を学ぶ」21 河合副教学部長

いろんな打ち出しは間違っていない。
これは広布の共同目標。
ノルマと受け取るから苦しくなる。
功徳を受けるために頑張ればよい。
そうすれば正しい。

先生は「信心は義務じゃないよ。幸せになる権利だよ。自分が決意して自分が動いた分だけ自分が得をするんだよ。」と言われている。
自分のためだから喜んで頑張れば功徳がある。
しょうがないから頑張ったら惰性で空転する。
形は同じでも結果はえらい違い。
幹部に褒められても、ご本尊に褒められなければだめ。

今は幹部公認・ご本尊非公認になっている。
功徳がないということはご本尊に通じていないということ。
これではつまらない。

ご本尊に認めてもらうのが信心。
功徳を受けない信心と儲からない商売はやめることです。
信仰とは夢があり、希望があり、ドラマがあり、喜びがある。
こうなれば言いのになあというのが夢。
こうしよう・こうなろうというのが希望。
その希望を具体的に強く祈れば、その希望が実現する。
それが信仰。
うんと夢をもって、その中からまず具体的な希望をたてて、祈って実現していく。

次にまた夢を希望に変えて祈って実現していく。
次から次へと夢を希望にし、実現していくための信仰。
頑張っていればいつか実現するのではない。
決めて祈らなければ実現しない。

(つづく)
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2009年05月30日

信心の基本を学ぶ 20

「信心の基本を学ぶ」20 河合副教学部長

人材育成・新入会員をどう育てるか?
功徳を受けさせること。
今あまり功徳を受けていませんね。
体験発表というと新入会員ばかり。
古い会員はこんなにも頑張っているのに体験がないから。
やってることは間違っていない。

でも、信心が惰性、活動が義務になっている。
一念が間違っている。先生は「信心が惰性になったら、退転だよ。」と言われた。
頑張っていても退転。
どういうときが惰性か?

10項目ある。


惰性とは
1.信心の上での決意目標が曖昧なとき。

2.勤行をしているが具体的な祈りがないとき。

3.勤行・活動が受け身になり、義務的になっているとき。

4.信心のことで愚痴や文句が出るとき。

5.信心の歓喜や感動・感謝が感じられないとき。

6.求道心が弱くなっているとき。

7.仕事や家事が疎かになっているとき。

8.悩みに負けて落ち込んでいるとき。

9.広布の使命感が無くなっているとき。

10.幹部としての自覚や責任感が薄れているとき。


一つでも当てはまれば惰性。
惰性は空回り。
やっていることは間違っていないのだから一念さえ変えればよい。
自分のために信仰すること。

(つづく)
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2009年05月28日

信心の基本を学ぶ 19 

「信心の基本を学ぶ」 19 河合副教学部長

小さな体験でもたくさんすれば同じ。
信が深まる。
最近、2世・3世が増えた。
2世は生まれつき惰性で、なんとなく信心しているから体験がなく、信心が観念的。やらされている信仰だから重荷で苦しむ。
かわいそう。
これを「2世症候群」という。
子供に勤行を強制してはいけない。
信心嫌いになる。

子供だって悩みがあるのだから、信心を教えるのは大事。
「こうなりたいと祈ってごらん!そうなるよ!」と教えればよい。
決意して祈らせれば体験ができるから信が深まって、放っておいても大丈夫。
「やらなきゃだめ!」と言ってはいけない。
やらされた信仰は信仰ではないから功徳はない。

先生は「勤行を強制すると信心嫌いになるよ。
信心の好きな子、学会が好きな人を育てよう。」と言われた。
結構押しつけている場合が多い。
そして嫌われている。
自分で決意しなければ信仰にならない。

決意から入れば信心、形から入れば惰性。
決意してやらせれば功徳がある。
無理矢理やらせたら功徳はない。
2世が体験を持てば強い。
体験のない2世は弱い。
どうしたら体験ができるかといえば、具体的に決めて祈って動くこと。
そうすれば必ず体験ができるから信が深まって「もっと頑張ろう!」となる。

(つづく)
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2009年05月26日

信心の基本を学ぶ 18

「信心の基本を学ぶ」18 河合副教学部長

 ある婦人部の方は息子が5年前に家出して行方不明になり、どうやっても見つからなかったが「ようし!祈って見つけだそう!」と決めて祈った次の日、北海道の警察から電話があった。免許証の書き換えが遅れたための息子の身元確認の電話だった。
元気でいることがわかったので「探しに行こう!」と思ったところに息子から
「5年間も心配かけてごめんね。
でも元気に頑張ってるから。
去年学会に入会して男子部で頑張ってるから。」と電話が入ってきて、3日目に見つかってしまった。
功徳がでるのは当たり前。
出ないのがおかしい。
これを信心の正常化という。
祈りは叶う。
祈ってないから叶わないだけ。

信ずるとは疑わないこと。
どうしたら疑わないか?自分が体験したことは疑いはないから信じる。
この体験は活動体験ではなく功徳の体験。
活動体験ではだめ。
活動体験ばかりいっぱいしても、功徳を受けなければ不信になる。
今は活動体験止まりが多い。
かえって不信になる。

功徳の体験が出れば信が深まって「もっと頑張ろう!」となる。
空のボートは波がくれば揺れる。
風がくればひっくりかえる。
大きな石を積めば船がグッと沈んで動かなくなる。
同じように大きな体験をすれば信が深まる。
体験がない信仰は観念だから何かあったら疑ってしまう。
体験があれば何があっても疑わない。

(つづく)
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2009年05月25日

信心の基本を学ぶ 17 

「信心の基本を学ぶ」17 河合副教学部長

去年の4月に、壮年部の会合に行った帰りに車で送ってくれた支部長が「私は小さな貿易会社をやってますが、3年前には潰れそうでした。
2億の売り上げが1億になった。
その時に無理を承知で『売り上げを3億にする』と祈ったら3億になった。
去年は『5億に!』と祈ったら5億になりました。
今年は『7億』と祈ってます。」といっていた。
先に決めること。
祈った上で努力して道を作ればいい。
それが信仰。

2ヶ月ほど前に、大阪で美容師をやっている青年に会った。
「あまり売りあげが伸びないんです。」と言うので、「具体的に祈ってご覧なさい。」と話した。昨日その青年が「あれから、今日はカット何人、ブロー何人と決めたら、その通りになります。繁盛してます。」と言っていたので「当たり前です」と言った。

10月に下関でセミナーをしたが、後日分県長が来て「あれからみんな祈るようになりました。功徳がポンポン出てきました。」と言っていた。
ある車を売っている副圏長が、今日はこの車を売ろうと決めて祈ったら売れたそうです。
でも利益を祈ってなかったから利益はなかったそうです。
「今は利益込みで祈ってます。」と言っていた。

スナックのママさんが不景気で困っていた。
朝、開店前に3時間「今日の売り上げはこれだけ!」と決めて祈ると売れるそうです。
結果がでるから、毎日の商売が楽しくてしょうがないと言っていた。

(つづく)
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2009年05月23日

信心の基本を学ぶ 16 

「信心の基本を学ぶ」16 河合副教学部長

信仰は心ですること。
頭でするのではない。
心を素直にぶつけることを祈りという。
できるかどうかではなく「こうなりたい!」と祈ればいい。
必ずそうなる。
信心は簡単です。

3年前の春に壮年部の本部長が来た。
小さな建設会社の社長さんで「今度の不況は深刻です。当分良くなる見通しがありません。うちの会社も売り上げが落ちています。」と言うので「でも、不景気だからしょうがないというんでは信仰は関係ありませんね。
不景気だからこそ、売上目標・利益目標をきちんと決めて、祈って努力して工夫して売り上げを上げるのが信心じゃないですか。」と言ったら、怒って帰った。

それから猛烈に祈ったらしい。
すると次から次へと本業以外の新しい仕事が入ってきたそうで、それをやったら全部うまくいって、ちょうど一年間で、売り上げが倍になり、社員も倍になったと言っていました。
「不景気だからしょうがない」ではご本尊不信。
「だから具体的な目標を決めて祈ろう!」というのが信仰。

(つづく)
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2009年05月22日

信心の基本を学ぶ 15

「信心の基本を学ぶ」15 河合副教学部長

 みんなが勤行・唱題をしているが、一念がきちんとご本尊に向いているかどうか。
それが祈っているかどうかということ。
「絶対信心で解決しようという強い決意と、具体的な目標を決めて一念を定めて祈っていること」を「祈る」という。
祈るから叶う。

 唱題しても祈っていない場合、決意・目標が曖昧な祈り、唱題のための唱題、これは「惰性の祈り」。
「どうしようか」と方法論を考えている唱題は「迷いの唱題」。
「だめだろうなあ」と思って祈っている「不信の題目」は一念がご本尊に向いていない。

 祈っていないから叶わない。
唱題ではなく祈りが大事。
具体的に強く祈ること。
そうすれば叶う。
それ以外は叶わない。
唱題のための唱題もつまらない。

 先生は「疑いや形式であれば、たとえ100万遍あげても境涯が開けるものではない。自分自身の発心で、目標を決めて唱題すれば必ず開けるのである。
 義務的・形式的な勤行・唱題、それは惰性の表れであり、空転を生むだけである。一念を定めて祈らなければだめだよ。」と言われている。
こうなりたい、こうしたいと祈ればよい。

(つづく)
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2009年05月20日

信心の基本を学ぶ 14

「信心の基本を学ぶ」14河合副教学部長

 婦人部はよく壮年部に怨嫉している。
理由はわかる。
でも壮年部は、悩まない・動かない・祈らないから怨嫉したくもなりますよね。
「正しい怨嫉」です。
でも功徳は消えてしまう。
それではつまらないから、壮年部には怨嫉しないこと。

 どうしたらいいかというと、頼りにしないこと。
頼りにするから腹が立つ。
何故かというと、壮年部はまだ未来部。
昔から全然成長していない。
しかも本人たちは悩んでいないから。
頼りにしないで成長を祈ってあげること。

 婦人部は怒っているが、祈っていない。
悩んでいるのはこっちで相手は悩んでいないんだから、怨嫉をやめて成長を祈ってあげること。
大事にしてください。
育ちますから。

 水道の蛇口から水がポタポタと垂れているのをバケツにためても、穴があいていれば全部もれてしまう。
婦人部はこれに似ている。
愚痴の穴・文句の穴・怨嫉の穴があいているから功徳がみんな漏っている。

 「愚痴を言わない」「文句を言わない」「怨嫉しない」、これを「三悪追放」という。
功徳を消さないコツ!
その上で決めて祈って動いたら功徳が溢れてくる。
その方が得。

 信心はすっきりと、「困った!ご本尊!」と全部祈ることです。
「良くしよう!」と祈れば良くなる。
それ以外は無駄。

(つづく)
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2009年05月19日

信心の基本を学ぶ 13

「信心の基本を学ぶ」13 河合副教学部長

 結構多いのが家庭内怨嫉。
主人を恨み、姑を恨んで頑張っている。
主人を恨んでも変る気がないんだから無駄。
そんな主人を選んだのだから自業自得。
よく戸田先生が「3歳と5歳の兄弟だから喧嘩になる。
境涯が近いからだよ。
片方が10歳だったら喧嘩にならないだろ。
夫婦でも同じだよ。
自分が境涯をあげて、相手を引っ張りあげてやればいいんだ。」と言われていた。

 相手の成長を祈ればいい。
主人の成長を祈れば自分が成長する。
相手も成長する。
感情をぶつけるから怨嫉になる。
主人は悩んでいないから、こっちが祈るしかない。

姑さんも悩んでいない。
変る気もない。
成長を祈ってあげること。
嫁は未熟に決まってるんだから、姑は成長を祈ってあげればいい。
「これだけは別」という気持ちでやっている。
もともと姑と嫁は天敵。
その前に同志なんだから祈ってあげればいい。
そうすればすっきりするのに、怨嫉をやめて相手のことを祈れば自分が良くなる。
これがコツ。

(つづく)
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2009年05月17日

信心の基本を学ぶ12 

「信心の基本を学ぶ」12 河合副教学部長

何故かと言うと、祈れば解決する。
祈らないで愚痴を言っている。
文句を言っているのはご本尊不信だから。
「私ばっかり苦労して」と言うが、言い分は正しくても何も解決しない。
これを「正しい愚痴」という。
正しい文句かもしれないが、だめ。解決しない。
信心は良いか悪いかではない。
良くなるかどうか。仏法は勝負。
良くなるように祈ればいい。

そうすれば解決する。
いくら「私が正しい!」「相手が間違っている!」といっても愚痴と文句だから開けない。
功徳を受けたい人は愚痴と文句をやめること。
同志に怨嫉すると功徳はマイナスになる。
罰になる。
怨嫉は謗法だから。

困ったことに、相手が間違っていても同志だと怨嫉になる。
「私が正しい!」「相手が間違っている!」と言っていることが結構ある。
これを「正しい怨嫉」という。
正しくても怨嫉したほうが罰を受ける。
させた方ではなく、した方に罰が出る。
そう御書に書いてある。「それが本当でも嘘でも」と書いてある。
怨嫉する理由が何であっても、同志であれば功徳はマイナスになって出てくる。
相手が間違っていれば、相手は因果の理法で裁かれる。

人が裁くのではない。法が裁く。
相手の成長を祈ってあげること。
そうすれば自分も相手も良くなる。
「幹部のくせに」と言わないこと。
変な幹部もいるが、成長を祈ってあげれば相手は変らなくても自分は良くなる。
相手がやるからこちらも怨嫉をや返すことを「刺し違え」という。

これもよくあるが、両方とも功徳が消えてしまう。
人のために功徳を消してはつまらない。
人のことはほっとくか祈るか、どっちかしかない。
感情をぶつければ怨嫉になる。
ご本尊に祈ってあげれば自分も相手も変る。

(つづく)
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2009年05月16日

信心の基本を学ぶ11 

「信心の基本を学ぶ」11 河合副教学部長

では、これからどうすればいいのか?
前向きに、強気に、過去のことは反省しないこと。
反省してもどうせまたやるんだから。
生命が変らないとまたやるから。
決意すればよい。
これから良くなればいい。
後ろ向き運転は事故の元。
過去のことは振り返らないこと。
良くなればいい。
過去のことが活きてくるから。
振り返っても落ち込むだけ。
いつも前向き、強気でいい。

 先生は「タッチの差だ」と言われている。
オートマチックの車だと、ドライブとバックギアはわずか2〜3センチの差。

 タッチの差だが、結果はえらい違い。
頑張っていることは同じだが、前向きと横向きでは結果はえらい違う。
「いつも信心は前向きで行くんだよ。」と先生も言われている。
「言われたから、しょうがないからやる」では、ニュートラルかバックギアになってしまう。
そうすると苦しくなる。

 変るために、功徳を受けるために頑張ればよい。
そうすればどんどん変る。
頑張るために頑張ってもだめ。

 しょうがなくて頑張ってはだめ。
マイナスになってしまう。
100万遍あげても不信なら功徳はゼロになる。

 「愚痴と文句は功徳を消すよ!」というのは先生の指導。

(つづく)
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2009年05月15日

信心の基本を学ぶ 10

「信心の基本を学ぶ」 10 河合副教学部長

◎ 決意・目標を明確にして「変ろう!こうなろう!こうしよう!」と決めて頑張っている人を「前向きの信心」と言う。

◎ 惰性と義務で頑張っている人、なんとなく・しょうがなく頑張っている人、幹部だから頑張っている人、やめると怖いから頑張っている人、こういう人を横向きの信心」と言う。

◎ 不信と怨嫉で頑張っている人、頑張っては愚痴、頑張っては文句の人、こういう人を「後ろ向きの信心」と言う。


 前向きの人はどんどん前進する。
どんどん変る。
「頑張ってます!」と言っていても、横向きの人は空回りで変らない。
後ろ向きの人はだんだん後退して悪くなる。
車で言うと、ドライブ、ニュートラル、バックギアに当たる。
エンジンがフル回転してもギアが入っていなければ前に進まない。

 ニュートラルでアクセルを踏んでもエンジン空ぶかし。
バックギアで吹かしたら事故を起こす。

 婦人部にはバックギアで頑張っている人が結構いる。
頑張っては愚痴、頑張っては文句、頑張っては怨嫉、亭主・子供をひき殺して頑張っている。
奥さんが変らないから主人以下みんな不信になっている。
変な信心。

(つづく)
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2009年05月14日

信心の基本を学ぶ 9

「信心の基本を学ぶ」9 河合副教学部長

 昨年4月に奈良に行った。
会合終了後に50歳前の圏副婦人部長さんが来て「関節リューマチで足が痛くて歩けない。
医者にかかっても治らないんです。」と言っていた。
「もしかして、治らないと思ってませんか?」と聞くと、「思っています」と言う。
「それじゃ治るわけがない。
『ご本尊、治りませんよね。』と祈っているんだから。
願い通りです。

 御書に『南無妙法蓮華経は獅子吼の如し、如何なる病障りをなすべきや』とあるじゃないですか。
『ただしリューマチは除く』とは書いてありませんよ。」と話をした。
「医者で治せないから信心で治すんでしょ。治らないでも治しなさい!」と言ったら「治します!」と言って帰っていかれた。

 次の日、その婦人から「昨日から痛みが止まりました。」と電話があった。
 約半月で治ったそうです。
 治らなかった原因は治らないと思って拝んでいたから。
決意して祈るから治りはじめる。
だから病気は治るかではなく、治すかどうかです。
決意して強く祈れば必ずいい方向に行く。

 「信心していれば何とかなる!」というのは迷信の一種。
 なんともならない。
 祈った分しか結果は出ない。
 それが信仰だから。

 活動家の皆さんは、みんな勤行・唱題し活動をしているが、功徳を受けてどんどん変る人と、全然変らない人、悪くなる人がいる。
どこが違うのか?一念の姿勢が違う。

(つづく)
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2009年05月13日

信心の基本を学ぶ 8

「信心の基本を学ぶ」8 河合副教学部長

 3年前にある婦人が来た。
「主人が癌であと3ヶ月の命といわれた。治るでしょうか?」
と聞かれたので、「わかりません。簡単に治るなんて言えません。でもよく戸田先生が、『医者にかかって治るものは医者にかかれば早く治る。医者が見放したらもうこっちのものだ。もうご本尊しかないと決めたときから治りはじめるんです。』とおっしゃっていた。
もうご本尊しかないということは、自分の力で治すしかないということ。
そう決めて祈ったときに自分の持っている生命力と智恵が湧くんです。
 仏界が出てくるのだから。
弱さを出すから病気になる。
その根源は宿業だから。
謗法に汚染された命の癖が重い病気になる。
強さを出せば病気は治る。
仏界です。
最高の生命力を出せば治って当たり前。

 そういう面で病気は治るか治らないかではない。
治すか治さないか。
本人次第、決意次第。
医者も『重い病気にかかった人が、“病気が治ればいいな”とか、“治りたいな”とか、決意の弱い人は治りにくい。
“絶対治すぞ!”と決意すれば早く治る』と言っている。
これは信仰は関係ないが、信仰も同じ。
『治ればいいな』では治らない。
『いつまでに治そう!』と決めたときから治りはじめる」と話をした。

 ちょうど一年後に、ご主人と二人できて「病院へ行って、『お父さん!もう無理だそうです。無理だから祈りましょう。
だめだから祈りましょう!』と祈ったら、治っちゃったんです。
無理を承知で祈るとききますね」と言っていた。
それが信仰です。

(つづく)
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2009年05月10日

信心の基本を学ぶ 7

「信心の基本を学ぶ」 7 河合副教学部長

一昨年の4月に、創価大学の女子学生が来た。
「語学の勉強に海外に留学したいんですけど、家庭の事情で行けそうにありません。」と言われたので
「親に頼んでもだめならご本尊にお願いしたらどうですか?無理だから祈るんですよ!これから祈れば叶いますよ!前が断崖絶壁で道がないんですから、祈れば橋が架かるように道が開けますよ。」と話をした。

すると去年の2月15日に「3月から一年間、アメリカへ自費で留学することが決まりました。あの時、祈ったら橋が架かっちゃいました。不思議ですね。」と言うから「だから妙法と言うんですよ。」と言った。

不可能を可能にするから妙法という。
頭で考えてもわからないから妙法という。
無理を承知で祈るんです。
だめだから祈る。
方法がないから祈る。
そうすると道が開ける。
道はないのだから探さないこと。

だから祈って道を作ればいい。
信仰はカーナビの世界ではない。
カーナビというのは道がないところにはいけない。
道がなかったら飛行機かヘリで行けばいい。
道がなくても祈っていけばいい。
簡単です。

(つづく)
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2009年05月09日

信心の基本を学ぶ 6

「信心の基本を学ぶ」6 河合副教学部長

「お願いします。あとはよろしく!」これで良い。
でも結構任せていない人が多い。
「お願いはしてみます。でもだめだろうな。」と祈っている。
だからそうなる。願いどおり。
できないと決めたらご本尊不信、だめだと決めたらご本尊不信、自分の中の甘さもご本尊不信。
願ってお任せ。「お願います!あとはよろしく。」これでよい。
信仰というのは無理だから祈る。
方法がないから祈る。
常識で不可能だから祈る。

方法があれば祈る必要はない。
やればいいんです。
道がないから祈る。
それが南無。
そう御書に書いてある。
「湿れる木より火を出し乾ける土より水をもうけんが如く強盛に申すなり」と。
「『湿った木を燃やしてみせる、砂漠から水を出してみせる』と強く祈るんだよ!」とおっしゃっている。
「不可能を可能にするのが信仰だよ!」とおっしゃっている。
「お願いはしてみます。でもだめだろうな。」と祈っている。
これを半南無という。
半信半疑は不信だから叶わない。
「だめでしょうね。」とそのとおりになる。

(つづく)
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2009年05月08日

信心の基本を学ぶ 5

「信心の基本を学ぶ」5 河合副教学部長

何をいつまでにどうするのか。これが当面の行き先と予定。
自分のこと、家族のこと、仕事のこと、組織としてのこと、何項目でもかまわない。
具体的にいつまでにこうしようと決めること。
その上でそれをご本尊に強く祈って必要な行動をすれば必ず結果が出る。
決めて祈り、祈って動くこと。

意外とこれを決めないで頑張っている。
婦人部が祈っているのは成果だけ。
変ろうと思っていない。だから功徳が出ないから行き詰まってしまう。
変ろうと決めて、祈って動けば結果が出る。信心は簡単です。

どうしたらいいかと祈っている人がいるが、全く意味がない。
交番へ行って「どこへ行けばいいでしょうか?」と聞いているようなもの。
答えがない。ご本尊が決めるのではない。自分が決めて祈るからそうなる。
「こうしたい!」「こうなりたい!」と祈ること。
必ずそうなる。「困った!ご本尊!以上終わり」。簡単です。

これを南無という。南無というのは「生命を任せます!」ということ。

(つづく)
posted by ハジャケン at 11:35| ☔| 河合副教学部長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月07日

信心の基本を学ぶ 4

「信心の基本を学ぶ」4 河合副教学部長

心こそ大切と、よく言われる。ただ頑張ればよいと言うのは間違っている。一念の因果だから。一念を定めて頑張ることです。

生活の方程式は、行き先を決めて、予定を立てて、行動するから、目的地に到着する。行き先・予定を決めないで、なんとなくぐるっと回って帰ってくるのは散歩。なんとなく信心している人はお散歩信心。気分転換程度、やらないよりはまし。でも変らない。

東京都内は、規則があって昼間は大型トラックは通り抜けができない。
夜中に時速120〜130キロで高速道路をぶっ飛ばしていく。
土曜日の夜は暴走族も飛ばしているが、これは違う。

大型トラックは行き先・予定があるから飛ばしている。暴走族は行き先・予定もなく飛ばしているだけ。
信仰も同じ。「頑張ります!」と言って頑張っている人のことを「宿命の暴走族」と言う。

婦人部はほとんど暴走族。男子部は勤行をしないで頑張っているが、これを「活動の暴走族」と言う。
頑張ってもちっとも変らない。行き先・予定を決めて突っ走らなければいけない。

(つづく)

posted by ハジャケン at 11:49| 🌁| 河合副教学部長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

信心の基本を学ぶ 3

「信心の基本を学ぶ」3 河合副教学部長

信仰は頑張るためにやるのではない。
変るためにやるもの。
何が変るのか?生活が変り、生命が変り、環境が変る。
変るための信仰。頑張っていれば変るのではない。
変るために頑張るべきなんです。「頑張ります!」ではつまらない。
「変りましょう!」「変ります!」「変りました!」これを信心の三段活用という。
こういっても、皆さんは帰りに「頑張ります!」と言って帰るでしょう。
なかなか身についた習性は抜けない。

信仰というのは、行動の因果ではない。
ただ頑張ればいいのではなく、一念の因果、どういう一念で頑張るか、その一念に功徳がある。
頑張っても結果が出ないのは一念が間違っているから。
行為は正しい。
一念が間違っていれば空回りになったり、功徳がなかったり、マイナスになることもあり得る。

(つづく)
posted by ハジャケン at 11:44| ☔| 河合副教学部長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする