2009年10月19日

悪の元凶 山崎正友

悪の元凶 山崎正友

一部抜粋
悪の元凶・山崎正友 4 実弟・山崎浩三氏が痛憤の手記

希代のペテン師・山崎正友。その悪逆非道は、何の罪もない家族までも地獄の底に陥れるものだった。ここでは山崎正友の実弟である山崎浩三氏(岡山市在住、支部副壮年長)の手記を緊急掲載。大悪人・山崎正友の黒い正体を浮き彫りにする(見出しは編集部)。

長兄の“遺言”「正友には気をつけろ」

昭和54年3月、山崎家の信心の柱であった長兄・輝男が亡くなって、今年は17回忌にあたります。その長兄が病床の薄れる意識の中で言った言葉が、今も私の耳朶(じだ)に残って離れません。それは「正友には気をつけろ」というものでした。

今になって思えば、長兄は正友の本性を見抜いていたのでしょう。しかし、京都大学在学中に司法試験に合格、弁護士をしていた正友が東京で何をしていたのか、岡山にいた家族は、ほとんど知りませんでした。私も当時は、この長兄の言葉の意味が理解できませんでした。
しかし、その直後から、この長兄の言葉通り、正友の悪事が次々と発覚。そして山崎家もまた、正友により、まさに嵐に見舞われたように、地獄に突き落とされ、家族の人生は、ずたずたにされたのです。

私たちの母は、岡山市内で旅館業などの事業を営み、若干の借金はありましたが、その借金も家族皆で力を合わせて完済し、まさに一家はこれからという時でした。

驚くべき事実が明らかになりました。何と、我が家の土地(名義は母と母が代表を務めていた会社)のほとんどが、東京にいる正友個人の借金の担保にされていたのです。

家族が知らぬ間に、兄・正友が、兄を溺愛(できあい)する母に取り入って担保保証の印鑑をつかせていたことが、「シーホース」の経営が悪化したことによって、はじめて発覚したのです。

「一体、全部でいくらあるんだ」と聞いても、「大きいんじゃ、大きいんじゃ」とうろたえるばかりの母。結局、その額は総計二億三千万円――。突然、降ってわいた気の遠くなるような借金に、目の前が真っ暗になりました。

それからのことです。正友は岡山に帰って来ては、「早く土地を売れ。でないと俺の立場がない」「印鑑をついたんだから、出ていくしかないだろう!」と、脅すようにまくし立てるばかり。その姿は、まるで兄とは思えない、やくざの取り立てのようでした。

旅館業など商売で生計を立てていた我が家にとって、その土地を手放せ、ということは、野垂(のた)れ死にをしろ、ということと同じ意味でした。私は、正友の身勝手さに心の底から怒りを感じました。

逮捕の直前、正友は私にいいました。「もう俺はいないと思って、母の面倒をみてくれ」。正友にとって「母の面倒をみてくれ」とは、母が印をついた借金、すなわち自分の借金を私に尻拭(ぬぐ)いしろ、ということではないか。こうして、正友は巨額の借金を、私たちに押しつけていったのです。

正友が逮捕されてからというもの、今度は金融機関から幾度となく返済の催促の電話が我が家にかかってきます。針の筵(むしろ)のような日々でした。
私も必死の思いで働きましたが、どんなに頑張ろうとも二億三千万円という額は、簡単に返済できるものではありませんでした。

昭和54年から62年にかけて、やむなく我が家の資産のほとんどを売却し、正友の残した借金を全額返済しました。
また、正友による多額の借金が発覚した直後、自分の将来に拭い難い不安を抱いた私の妻は、「正友とつながりがあることが怖い。これ以外にも、いくら借金があるか分からない」と、小学生の娘を残して私のもとを去ってしまいました。

 彼女もまた、正友による“犠牲者”です。

その後も、正友の影はついて回りました。金融機関に融資を頼んでも、会社に「山崎正友」名義の株が少額でも残っているというだけで、“山崎正友と関係がある”と見なされ、融資をしてくれないのです。正友が犯した数々の経済事犯、詐欺的行為からすれば、それも当然でしょう。

まさに、正友により、我が家も、真っ暗な出口のない地獄に包み込まれたようでした。しかし、私には逃げたくても逃げる場所がありませんでした。残された母と娘、妹たちの生活を支えなければなりません。私は自分自身と戦うしかなかったのです。

以来今日まで十余年、精米業、米・酒の販売・配達、さらにコンビニエンスストアの経営と、まさに寝る間もなく働きずくめで、ようやく事業も軌道に乗りました。この間、地区部長もやらせていただきました。学会から離れず、戦わせていただいたことが、私の誇りでもあります。

それにしても山崎家の一番の“被害者”は末の妹でしょう。正友の奸計(かんけい)により昭和63年、シーホース社長のM氏と、いわば“政略結婚”をさせられた妹は、正友の事務所で秘書として働いていました。しかし、秘書とは名ばかりで、仕事の内容はタイプとお茶くみ。側にいた妹でさえ、正友が何をしていたのかは全く知らされなかったのです。

そんな中、シーホースの倒産、正友の逮捕、M氏との離婚……。妹にとっても嵐のような出来事でした。まさに、自分でも何が起こっているのか分からないままに正友に翻弄(ほんろう)され、紙屑(かみくず)のように捨てられたのが妹の青春だったのです。

ある夜、当時まだ東京にいた妹から電話がありました。思い詰めた彼女は「二人の子どもを抱えて、このまま電車に飛び込む」というのです。

私と母は必死で説得。何とか思いとどまらせることができました。しかし、正友にずたずたに傷つけられた妹の心の傷は、決して癒(いや)されるものではありません。

妹の人生をここまでめちゃくちゃにした正友。その身勝手な行為は、もはや人間ではありません。その上、自分の悪行を悔(く)いることなく学会攻撃を繰り返すなど、畜生以下の所行と断ぜざるを得ない。

「御書」より「週刊誌」の無信心

私には、忘れられない出来事があります。ある日、私が仏間で勤行をしていると、東京から来た正友が後ろに立っていました。私が振り返ると、正友はいきなり「浩三、週刊誌読んだか」というのです。当時、正友がマスコミを使って学会破壊の謀略を企(たくら)んでいることなど、知る由もなかったのですが、私は、この時、もはや正友の信心は完全に狂っていることを実感しました。

亡くなった長兄は常々私に「暇があったら御書を読みなさい、題目をあげなさい」と指導してくれました。一方、仏壇の前で、御本尊に手を合わせるでもなく「週刊誌を読め」という正友。浅学非才な私でも、どちらが正しいかは比較するまでもありませんでした。私にとって、二人の兄はまさに「善」と「悪」、「正」と「邪」をはっきりと示してくれたのです。「善悪」「正邪」は学力でも、肩書でもない。ただ純粋な「信心」にあるのです。そして、私は今日まで、その長兄の示してくれた信心の道を進んできたつもりです。もし、今、長兄が生きていたなら、正友を私以上に厳しく責めているでしょう。(以下省略)

【聖教新聞 1997-07-02】

(創価王道より)

////////////////
はじめて、正友の家族の手記を読まさせて頂いた。
私は、この事件をあまり知らないでいた。
これまでは、霧の中に闇を聞いていましたが、この手記を読み、三障四魔と実感した。悪は悪に惚れるんだろう。
師匠を裏切り、家族までも騙しつづけた事に、憤りを感じた。
まさに、忘恩の輩であり、三悪道、四悪趣の畜生よりも劣る外道と感じた。長兄の先見の目は正しかったようです。
家族も地獄の中の地獄を這っていたが、常に、師匠根本、御書根本に学会から離れず頑張られたのでしょう。
情けない、絶対に許すべきモノではない!怒り心頭。
ますます、破邪顕正の戦いである。
忘恩は絶対、許さないと決意。
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2009年08月09日

破邪顕正 「何をしたのか」

今回の衆院選の「マニフェスト」が各党出そろい、マスコミの注目を集めている。
たとえば民主党は、発表した途端「バラマキだけで確たる財源が示されていない」など、内容面で厳しい批判に晒されたうえ、不明朗な態度も厳しく追求されている。
何しろ党首自身が鳴り物入りで登場した「マニフェスト発表会」の、わずか2日後に「あれはマニフェストじゃない」と放言する始末。その後も迷走を続け、いったい”最終版”が出るのかどうかすら、未だにハッキリしない。
「国民との約束なのに不誠実だ」との声も上がっている。
今回の衆院選では「これまでの実績」よりも「これからの期待」を重視して投票するという有権者が多いようだ(朝日新聞調べ=7月19日付)。
だが、政党の「これから」を主張するマニフェストをコロコロ変えるような手合いに対しては、期待もへったくれもあるまい。
一方、公明党は2大政党に先駆けてマニフェストを発表し、早速、国民にアピール。
一昨年の参院選のマニフェストも「96.5%」の項目を達成している。(進行中含む)。
チェコの作家チャペックは、投票について「単に言葉によってではなく、誰が何をしたかによってもその人物を考えてもらいたい。政治を耳だけで判断しないこと」(田才益夫訳)と警告している。
「未来」を見ることは、誰にもできない。だが「過去」を見ることはできる。「これまでの実績」を見極めたうえで「これからの期待」を込めて投票する。これが賢明な選択だろう。(前谷信男)
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2009年08月02日

破邪顕正 「真贋」を見極めよ

17世紀のオランダ美術を代表する画家フェルメール。現存する作品は少なく、多数の贋作(ニセ物)が作られた。
なかでも最も有名なのが、20世紀の画家ハン・ファン・メーヘレンによる贋作事件である。
メーヘレンは将来を嘱望された画家だったが、評論家から辛辣に批評され、挫折。
「自分を評価しない美術界を見返してやろう」という復讐心から、次々と贋作を制作し、販売した。
彼は、美術評論家や鑑定家らの目を欺くために、苦心して、実に手の込んだ「ニセ物作りの手法」を編み出した。
そこまでしてニセ物を作るくらいなら、まともに働けばいいではないか―端から見れば、そう思うほどだ。
こうして贋作者の類は、社会のいたる所にいる。
たとえば実力の欠如ゆえに、他党の実績を、あれもこれも「やったのはウチだ」と喧伝し、横取りする某党。
「要望した」だの「議会で質問した」だのと幼稚な屁理屈を押し立てて、有権者の耳目を欺こうとする。
「実績の贋作」作りに腐心するヒマがあるなら、そうして本物の実績を作らないのか。よもや「自分たちを評価しない社会」に対する意趣返しではあるまいが。
贋作者の心理を、専門家は「無視をされると、自分の名誉を傷つけた者に復讐しようと嘘をつく。恥をかかされると、自分の方が偉いと思いたくて嘘をつく」(『私はフェルメール』ランダムハウス講談社)と指摘する。
何事も「真贋」を見極めねばならない。
(宮尾尊久)
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2009年07月26日

破邪顕正 小粒の政治家

衆議院に「小選挙区制」が導入されて15年が経った。だが、いまだ賛否両論がある。
反対論の代表的な理由の一つが「政治家の小粒化」だ。
小選挙区制では、選挙区で一人しか当選できない。
そのため代議士は・・・。
@常に「当落」を気にし、万人受けする耳当たりのいい政策を並べ、パフォーマンスに走る。
A2大政党いずれかの公認がなければ、当選できないと考え、自分の主義・主張よりも、党の方針に従う。
世論調査では「昔と比べて尊敬に値する議員は減った」と思う人が76%。同じく「信念を持った議員は減った」が72%(2005年11月=読売新聞)。
また「2大政党の政策に、あまり違いがない」と64%が回答。「自民党に満足していない」は80%、「民主党に満足していない」も77%にのぼった(本年6月=同)。
要するに、最近の政治は、たいした違いのない「どっちもどっち」の2大政党と、その看板に隠れ、個性のない(あるとしても、タレント的な個性(キャラクター)がウリの)小粒議員で溢れている―国民は、そう見て嘆いているのだ。
早稲田大学の田中愛治教授は指摘する。
「いまの政治は政策論争でなくケチのつけ合いになっている」「自分は、自分たちは、日本をどういう国にしようと思っているのか、その主張が見られない」
「やはり”まっとうな人物”を選ぶことだ」(「潮」7月号)
公明党よ、今こそ「大衆のために」の大主張を掲げ、全議員が「一騎当千」の大仕事をなせ!
(芦原一彦)
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2009年07月21日

破邪顕正 「どこにあるの?」

夏休み。今年は、どう過ごすか。家族の会話が弾むころだろう。
お父さんが切り出す。
「みんなでパーッと、旅行にでも行こうか」
子どもたちが応じる。
「温泉がいい!」
「ディズニーランドにも、行きたい!」
そこに、お母さんが一言。
「そんなお金、ウチのどこにあるの?」
かくして、みな現実に返り、家計の実態に見合ったプランを練り直す・・・。
国家の財政も同じだろう。
「あれもやる」「これもやる」と、無責任に大風呂敷を広げる。だが、「そんな金、どこにあるのか」と問われると、途端に口を濁す―。
そういう責任感皆無の政治家、党派に対する国民の目は厳しい。
たとえば、某党。先日の世論調査(読売新聞7月5日付)で、この党をめぐり「掲げる政策に必要な財源をどう確保するのかがはっきりしない」という指摘の是非を聞いていた。
すると「その通りだと思う」は70%。「そうは思わない」は21%。圧倒的多数が「財源の曖昧さ」を訝しがっている。
さらに、党首の個人献金疑惑も発覚。こちらは、偽装された巨額の”架空献金”の出所が一向にハッキリしない。
「そんな金、どこにあったのか」と、他党から厳しく追求されている。
厳しい家計の実態を無視して、濫費を夢想する夫を、賢婦人は許さないだろう。
政治家は財源を明確に示せ!―これぞ「民の声」「天の声」だ。
(佐藤賢一)
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2009年07月12日

破邪顕正 「信頼」を取り戻せ

「世の中の信用・信頼が揺らいでいる実態が浮き彫りになった」(朝日新聞3月21日付)
生活と密接に関係する項目に関して”信頼度”を調査した結果である。
食品偽装など、近年相次ぐ不祥事にも厳しい目が注がれている。一度信用を失った会社の製品を「買いたくない」人は55%。「買ってもよい」(38%)を大きく上回った。
「失った信用」を取り戻すのは難しい。
信用を失いっ放しなのが、政治家だ。信頼度は、たったの18%。ここ数年、官僚と並んで最低位に張り付いている。
国民の信頼を受けて選ばれたはずの政治家が、その付託を、どれだけ裏切り続けてきたか。厳しく物語る数字だ。
米国の宗教社会学者ベラー博士は「理想の政治家とは、自らの姿を通して、精神の深さへ、倫理的方向へと市民を導いていく人物」と。
日本では真逆の政治屋ばかりではないか。最近も「政治とカネ」を巡る問題が続出。
しかも「全部、秘書がやった」と言い逃れる。国民の大多数は納得していまい。
こんな無節操な政治屋こそ社会を背徳の奈落へと引きずり込む一凶といえよう。
インドの初代首相ネルーは独立の父ガンジーを「彼が指示するすべての改革案、彼が他人に与えるすべての忠告は、真先に自分自ら実行する。彼は常に自ら始める」(『マハトマ・ガンジー』朝日新聞社)と讃えた。
地に堕ちた公職者の信頼。取り戻すには「行動」「実行」しかない。口先だけ、恰好だけの政治はウンザリだ。
公明党よ、戦え!政治家革命を断行せよ!(川辺幸一)
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2009年06月21日

破邪顕正 日本の誇り

「日本人として、誇りのもてる国を」―与野党を問わず、政治家が、しきりに口にする言葉だ。それでは「わが国の誇り」の実情や、いかに。日本など5カ国の青年に対する意識調査(本年3月、内閣府発表)によると、「日本人であることに誇りを持っている」と答えた青年は81.7%で、過去最高。日本で誇れるもの(複数回答)は「歴史や文化遺産」が59.4%で最多だった。
一方で、自国人が「国際的視野」を身につけていると考える日本の青年は、わずか27.8%。5カ国中ダントツの最低だった。
要するに、日本で誇れるものは「過去の遺産」。「国際的な視野は?」と聞かれると、甚だおぼつかない。これらの結果から「(若者の)『内向き』志向が強まっている」(東京新聞)と分析されていた。
いまだ根強い「島国根性」は、国際性欠如の劣等感(コンプレックス)の裏返しでもあろう。そうした殻を打ち破り、世界に人間主義の大連帯を築き上げたのが、池田SGI会長だ。
賞賛の声は鳴りやまない。
「池田会長が切り開いてきた幅広い文化・教育交流は、日本にとって、世界各国との外交、親善を支える大きな力」(愛知学院大学・小出忠孝学長)
「私は、これほどの人物が日本に現存していることを誇りに思います」(東日本国際大学・石井英朗学長)
壮大な創価の民衆運動を、いまだ正視眼で評価できぬ、偏狭な三流雑誌!嫉妬心むきだしで狂態を晒す政治屋!偏屈どもがのさばる限り、誇りも、国際的視野も、へったくれもない。(井藤貴明)

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2009年05月31日

破邪顕正 ネットのデマに厳罰

ここ数年、インターネット上での悪質な誹謗中傷が世界各国で大問題になっている。
日本では昨年、法務省の人権擁護期間が救済に乗り出した事件のうち、ネットの人権侵犯事件は、前年比23.2%も増加。こうした状況に対し、司法も動き出した。
東京高裁は本年1月、ネット上に事実無根のデマを掲載し、企業を中傷した男に罰金30万円の有罪判決を下した。
一審は「個人がネットで発信した情報の信頼性は、テレビや新聞などより低い」として無罪に。しかし、今回、高裁は一審判決を破棄。「情報が不特定多数に閲覧されると、被害は深刻になる」「ネットは拡大の一途をたどり、信頼度の向上はますます要請される」(東京新聞)と、時代の趨勢も見極め、厳罰に処したのだ。
当然の結果だ。今や「ネットでも根拠のない誤った情報を流せばテレビなどと同じく罪になる」(NHK)のだ。
ネットで学会中傷のデマを流した日顕宗の檀徒にも、80万円の賠償命令(本年2月、東京地裁)が下った。判決は「(ネットの掲示板に)掲載されていた情報を鵜呑みにした」「情報収集をした上で表現行為に及んだものとはいえない」等と厳しく指弾した。
つまり、個人がネットで情報を発信する場合でも、それを裏付ける証拠を、自分で確認する責任がある。「他人が書いていたから、自分も書いた」という、幼稚な言い逃れは通用しないのだ。
インターネットが社会に及ぼす影響は増大する一方。だからこそ、ネットのデマにも断固たる司法の鉄槌を!―これが時の声だ。
(松村洋)
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2009年05月24日

破邪顕正 時代遅れの愚者

人類は長い不幸の歴史を経て、「差別」や「偏見」と決別する新時代を待望している。黒人初の米大統領の誕生も、その一つの象徴と期待されている。
だが、差別や偏見を、人間の心から完全に消し去ることは極めて困難だろう。求められるのは、それらを超克しゆく間断なき挑戦だ。
たとえば、社会心理学では、差別や偏見を乗り越えるカギとして「各集団を結びつける、新たな共通カテゴリーの構築」(ガードナー)や「個人化した接触」(ブリューワー&ミラー)などが挙げられている(『社会と人間関係の心理学』岩波書店)。
すなわち@新たな共通意識に基づく連帯を社会に築くこと、そしてA「一対一の触発」で、個人と個人が深い絆を結んでいくことである。
まさしく、その最先端を切り開いてきたのが、創価の民衆運動である。
池田SGI会長を先頭に、@人間主義に根差した平和・文化・教育運動により、全く新しい連帯を地球規模で構築Aその実践の根本は、どこまでも「一対一の対話」である。
世界の識者は心から賛嘆している。
「SGIの人間主義の思想は、世界の人々が無知と偏見に立ち向かうための新しき”人類意識”を目覚めさせるものです」(米ウェルズリー大学のカザンジン宗教・精神生活学部長)
この大偉業を間近に見ながら、己の醜い欲望と驕慢に食い破られ、腐敗・堕落した、日顕宗の坊主どもよ。時代遅れの愚者は、永劫に暗黒の巷を這いずるのみだ。(阿部貴彦)
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2009年04月26日

破邪顕正 見識と度量をもて

「批判するほうが楽で、評価すべきことを評価するほうが度胸がいる・・・定額給付金の問題だってそうです・・・ナンセンスだと言っているのは、実はメディアと野党だけで、国民の大多数はそんなことは思っていない。僕が各地で講演しても、みんなホンネでは喜んでいる」(「第三文明」5月号)ジャーナリスト・田原総一郎氏の指摘である。
定額給付金が提唱された当初、国民は歓迎。「評価する」が61%にのぼった(昨年9月、日本経済新聞調査=当時は定額減税)。
多くの経済学者も、その経済効果を認めていた。だが一部のマスコミは、冷静な分析や検討はそっちのけで、些事をあげつらって”給付金反対”と繰り返した。
その大声を聞いた国民は、自分のホンネよりも、”評価せず”というマスコミの声に乗り移ったようだ。
この辺の心理を、田原氏は「定額給付金はナンセンスだとマスコミで決めつけられると、それに反対する意見を述べるのは、かなり度胸のいること」(同)と読み解く。
「沈黙の螺旋理論」(ドイツの政治学者ノエル・イノマンが提唱)を思い出す。マスコミなどによって、自分の意見が少数派と知った人々は、社会的孤立への恐怖心から沈黙しやすくなるという理論だ。
だが、定額給付金の実施が決まると、報道は”給付金商戦”など歓迎の話題に一変。
世論調査でも「評価する」が倍増した(毎日新聞)。
メディアが安易な批判に明け暮れ、国民を沈黙させるなら「世論操作」に繋がる。巨視的に是非を論じる、見識と度量をもつべきだ。
(吉田真)
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2009年04月19日

破邪顕正 090419 太陽を仰げぬ輩

「人類史上、誰も並び得ない壮挙」「万人からの尊敬と信頼、愛情を受けておられる証し」(韓国。昌原(チャンウォン)大学の李寿晤前総長)
世界の大学・学術機関から池田SGI会長に贈られた「250」以上もの名誉学術称号を祝賀する声である。
250番目は、北欧の名門「デンマーク・南大学」からの名誉博士号(3月21日)。
デンマークは1864年、ドイツに敗戦し、領土が縮小、荒廃。以来「人的資源を高める」ことを、国家再建の眼目として「教育」に力を注ぎ、見事に復興を果たした。
その不屈の精神力を、思想家・内村鑑三は「戦いに敗れて精神に敗れない民が真に偉大なる民」(『デンマルク国の話』岩波文庫)と讃えている。
今日では、公財政教育支出の対GDP比で先進国2位。その教育大国の誇る国立大学が、国と大学の威信をかけて池田会長を顕彰したのだ。
ラスムセン総長は授与理由を「教育の目的を深く理解し、国際的な視野に立ち、人間主義と国境を越えた相互理解を推進し、福祉の発展に貢献した人物を讃えるため」とした。
その一言には「称賛できるものを、称賛することは、人として心からの喜び」(英国の歴史家カーライル=上田和夫訳)との真情があふれていた。
だが、赫々たる太陽の如き叡智の偉業を正視できず、条件反射的に嫉妬する闇のような輩がいる。
所詮「不純下劣な人びとが目をひらいてみても、正義はそこには存在しない」(同)のか。ゲスの勘ぐりは、己の不純下劣ぶりを晒すだけである。(宮尾尊久)
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2009年04月13日

破邪顕正 09年4月12日

破邪顕正 世界を動かす力

最新の行動経済学理論を紹介する『世界は感情で動く』(マッテオ・モッテルリーテ著、紀伊國屋書店)では、バブルや恐慌を生む原因の一つに「群れ効果」をあげている。
情報を的確に判断できない状況や恐怖などが重なると、人々は”皆がやってるから”と、他人に習い、非合理な経済行動を起こすというのだ。
「個人が無知であればあるほど、そして、特定の行動をとる群れがまとまっていて、強い感情を誘発すればするほど、群れ効果はそれだけ強くなる」(同)と警告する。
こうした「群れ効果」は、経済活動だけではない。社会の至る所でみられる現象だ。
そして、この「群れ効果」を意図的に作手し、狂った人間を特定の行動へ誘導しようとする悪党がいる。要警戒だ。
かのヒトラーは伝統的な「反ユダヤ人感情」に目をつけ、国民の「負の感情」を徹底的に煽った。理性の働きを停止させ、無知に陥れ、恐るべき悪逆非道に、人々を駆り立てたのだ。
今日の俗悪週刊誌の手法もソックリだ。事実であるか否かの検証などは、二の次、三の次。一部の愚かな読者(主に劣等感や嫉妬、憎悪に凝り固まっている中年層)をターゲットに、荒唐無稽なデマを流し、悪感情を煽り立てる。そんなペテンを放置する社会は暗黒だ。
哲人キルケゴールは叫んだ。「肝要なことは、われわれ全部が、ひとりひとり各人が、より賢明になることである」(原佑・飯島宗亨訳)
青年よ、強く賢くなれ。正義が栄える社会へ”世界を動かす”言論戦を!(前谷信男)
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2009年02月22日

聖教新聞 090222 「繰り返す罪」

破邪顕正 繰り返す罪

「累犯」という言葉がある。
「犯罪を犯したために刑を科されたにもかかわらず、これに懲りることなく二度、三度と更に犯罪を犯すこと」(『現代法律百科大事典』ぎょうせい)である。
累犯者には「社会的危険性が大きい」ことなどから、初犯者よりも刑期が加重(上限2倍)される。
これは刑法の規定だが、悪辣なデマで名誉毀損を繰り返し、毎年、何度も民事訴訟で断罪されている、一部の捏造雑誌も同様のようだ。
たとえば、大相撲の親方夫婦が「週刊新潮」の記事で社会的評価を低下させられたとして訴えた裁判。東京地裁は今月4日、発行元の新潮社に計375万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を命じた。
注目されたのは、社長の佐藤隆信氏個人に対する賠償責任をも認定した点だ。
裁判長は「出版社の代表取締役には、名誉毀損の権利侵害を防止する有効な体制を作っておく義務や責任がある」(産経新聞5日付)として、それを怠った社長には”重大な過失があった”と断じたのだ。
判決は、当然ながら「表現の自由」にも十全の配慮をした。その上で社長の断罪という「厳罰」で臨んだのには、それだけの理由があった。
名誉毀損訴訟に詳しい喜田村洋一弁護士は「裏付けのない報道を繰り返した悪質さから、社長に対する責任も認めたのではないか」(朝日新聞17日付)と指摘している。
社会の公器たる自覚など、とうに捨て去り、金儲けに血道を上げる売文業者。「欠陥商品=デマ雑誌」を出し続ければ、それ相応の制裁を、今後も受け続けよう。(山根信明)
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2009年02月14日

フェイク998から

大石寺、また開花前の桜を伐採
苦悩と疲労の登山者、歓喜や功徳は何もない
「立正安国」の精神忘れて金集めの総登山

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真心からの建築物解体 桜の伐採
綺麗なものも奇麗にしか見えない
かわいそうな輩。

奇麗な物は綺麗と感じる人間でありたい。

物に八つ当たりして、どうなるのか?
三悪道の世界を見させてもらってるようだ。



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