2017年08月25日

名字の言〉 2017年8月25日

熱戦が繰り広げられた世界陸上ロンドン大会。男子50キロ競歩で2人が表彰台に立ち、男子400メートルリレーで銅メダルを獲得するなど日本選手の活躍も光った▼男子200メートルで、大会史上最年少の決勝進出者になったサニブラウン・ハキーム選手。この2カ月前、練習パートナーのティアナ・バートレッタ選手(女子走り幅跳び)から“何のためにロンドンに行くの?”と問われた。“経験のため”と答えると、明確な目標がなければ世界では勝てないと叱咤された(「Number Web」)▼彼女は2005年のヘルシンキ大会に19歳で初出場し、金メダルを獲得。だがその後、次の目標が見いだせず、スランプに。苦しい時期を越え、一昨年の北京大会で世界一に返り咲いた彼女の言葉は、後輩を奮い立たせたに違いない。その後、サニブラウン選手は“最終的な目標は世界記録”と口に出すようになった▼目標が大きいほど、乗り越えなければならない壁は高い。池田先生は、困難と戦う友を「目標を見失わない限り、無駄な日は一日たりともない。日々、価値ある黄金の一日となり、希望がわき、成長もできる」と励ました▼わが人生と広布の目標は明確か、改めて自身に問いたい。敢然とゴールへ進み続ける人に“人生の金メダル”は輝く。(泰)
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2017年08月24日

名字の言〉 2017年8月24日

天候不順が続いた東京に、夏の空気が戻った。きょうも暑くなるらしい。昭和22年の8月24日も首都の残暑は厳しく、気温35・3度を記録した。その炎天下を青年は、中野駅から、入信の儀式の会場へと歩いた。19歳の池田先生である▼誘われて座談会に行ったが、仏法の話を完全に理解できたわけではなかった。儀式の勤行は長く、慣れない正座に足もしびれた。ただ、戦争中、投獄にまで遭いながら信念を貫いた戸田先生の人格を信じてみようと決めた――池田先生の述懐からは、今の新入会の友と変わらない、初々しい青年像が浮かび上がってくる▼以来、恩師の分身となって、事業の窮地を救い、75万世帯の願業達成への道を開き、世界に平和の大道を築いた。地球の反対側の国・ペルーから届いた「国立サンマルコス大学名誉博士号」の盛大な授与式の報は、70年の師弟旅の勝利と栄光を象徴していると思えてならない▼先生は今、小説『新・人間革命』の総仕上げとなる、第30巻をつづる。小説『人間革命』から続く主題は“一人の人間における人間革命は、やがて一国の、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする”▼先生の人生それ自体が、その偉大な証明であり、未来にわたって青年を鼓舞し続けるに違いない。(飛)
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2017年08月23日

名字の言〉 2017年8月23日

「いつかは目標に通じる歩みを一歩々々と運んでいくのでは足りない。その一歩々々が目標なのだし、一歩そのものが価値あるものでなければならない」(山下肇訳)。ドイツの文豪ゲーテの言葉である▼ゲーテにとって、師・ヘルダーとの出会いは、人生を決める大きな一歩だったに違いない。師の「該博な知識」「深い見識」に魅了されたゲーテは、文学理論等を学び、視野を大きく広げた▼ヘルダーの教え方は厳しかった。ゲーテの意見に見えや虚飾を感じると、容赦なく辛辣な言葉を投げつけた。だがゲーテは、自己満足や虚栄、高慢など心中に巣くっていたものが厳しい訓練の中で抑えられた、と後に感謝している(『ゲーテ全集9』潮出版社)▼70年前の8月24日、池田先生は入信した。戸田先生を師と仰ぎ、新たな人生を踏み出す胸中には、冒頭のゲーテの言葉が響いていたと述懐している。万般の学問を学ぶ「戸田大学」で峻厳な薫陶を受けつつ、広布の道なき道を切り開いた池田先生。「8・24」は、世界規模の広宣流布と平和・文化・教育運動の起点として、不滅の輝きを放つ▼仏法は「因果俱時」。今、この瞬間の一念が、未来をつくりだす。師の広布の大闘争を仰ぎつつ、わが人生の勝利へ挑戦の一歩を踏み出したい。(芯)
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2017年08月22日

名字の言〉 2017年8月22日

都会に住む少年部員が、山村にある親戚宅で夏休みを過ごした。その思い出をつづった絵日記を見せてもらったのだが、ある一文が興味深かった。「耳元に蚊が飛ぶ『プーン』という音をはっきり聞きました」▼とかく現代社会は騒々しい。外に出れば、雑踏する街。家にいても家電製品や携帯電話の多様な電子音。そんな日常から離れた大自然の中で耳にした、虫の羽音や小川の瀬音が少年には新鮮だった▼心静かに耳を澄まして、じっと待つ。そうすることで、ようやく聞こえるものがある。ある婦人部員は東日本大震災以降、避難生活を続ける友の激励に通い続けている。友は元気そうに話すのだが、“どうも本音とは思えない”と婦人は感じた▼そこで散歩に誘った。婦人は友の歩調に合わせ、隣で歩いた。ほとんど会話もなく1時間ほど過ぎた時、友がつぶやいた。「本当は私、不安なの」。自分をごまかさない友の言葉を聞き、かえって婦人は確信した。“これで必ず再起できる”。以来、二人は励まし合いながら復興の日々を歩んでいる▼二人が横に並ぶと、先を見つめる両者の視線は同じ方向になる。それは、未来へ共に進む相手を信じ、心の声に静かに耳を傾けることでもある。これも励ましであり、寄り添いだろう。(城)
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名字の言〉 2017年8月22日

都会に住む少年部員が、山村にある親戚宅で夏休みを過ごした。その思い出をつづった絵日記を見せてもらったのだが、ある一文が興味深かった。「耳元に蚊が飛ぶ『プーン』という音をはっきり聞きました」▼とかく現代社会は騒々しい。外に出れば、雑踏する街。家にいても家電製品や携帯電話の多様な電子音。そんな日常から離れた大自然の中で耳にした、虫の羽音や小川の瀬音が少年には新鮮だった▼心静かに耳を澄まして、じっと待つ。そうすることで、ようやく聞こえるものがある。ある婦人部員は東日本大震災以降、避難生活を続ける友の激励に通い続けている。友は元気そうに話すのだが、“どうも本音とは思えない”と婦人は感じた▼そこで散歩に誘った。婦人は友の歩調に合わせ、隣で歩いた。ほとんど会話もなく1時間ほど過ぎた時、友がつぶやいた。「本当は私、不安なの」。自分をごまかさない友の言葉を聞き、かえって婦人は確信した。“これで必ず再起できる”。以来、二人は励まし合いながら復興の日々を歩んでいる▼二人が横に並ぶと、先を見つめる両者の視線は同じ方向になる。それは、未来へ共に進む相手を信じ、心の声に静かに耳を傾けることでもある。これも励ましであり、寄り添いだろう。(城)
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2017年08月21日

名字の言〉 2017年8月21日

万博に日本が初出展したのは、150年前の1867年(慶応3年)。開催地パリに渡った代表団の中に、実業家の渋沢栄一がいる▼彼は他国の文明の中でも、特に新聞の存在に驚いた。「三世ナポレオンが試みた演説の如きも翌朝の新聞に報道され(中略)直に内容を知る事が出来ました」「新聞紙と云ふものは小にしては世間万般の出来事より、大にしては国家緊要の重要問題に至る迄、一々之れを報道して世間一般に広く知らしめると云ふ誠に面白いもの」と(山本七平著『渋沢栄一 近代の創造』祥伝社)▼新聞が社会に果たしてきた役割は計り知れない。戸田先生もまた、この点に着目し、「一つの新聞をもっているということは、実に、すごい力をもつことだ」と語った▼取材で話を伺う際、同志が「この記事にどれほど励まされたか」と、色あせた本紙の切り抜きを“宝物”のように見せてくれることがある。渋沢は新聞の速報性に驚嘆したが、本紙は一方で、これほど心の奥深くに届き、長く大切にされる新聞でもあるのだと痛感する▼戸田先生が先の言葉を池田先生に語ったのは1950年8月24日。この日が「聖教新聞創刊原点の日」となった。読者、配達員をはじめ、本紙を支えてくださる全ての方に感謝し、精進を誓う。(鉄)
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2017年08月20日

名字の言〉 2017年8月20日

「この時期に、聖教新聞を配達しているとね」と、ある無冠の友が教えてくれた。「あの家この家で、目を覚ましたばかりの花が“おはよう”って迎えてくれるんです」▼聞けば「朝顔」だという。名前からして、「朝になると咲く花」と思いがちだが、実は、「夜明け前」に花を開かせることが多い。開花時刻を決めるのは「前日の日没時刻」。品種によって異なるものの、日が暮れてから8〜10時間後に開花する性質を持つ。朝の光や気温の高さによってではない。夜の闇や気温の低下こそが、開花を促す要因ともいえよう▼「冬は必ず春となる」(御書1253ページ)との御文を思い出す。夜もまた、必ず朝となる。桜が冬の寒さを越えて春に花を結ぶように、朝顔は夜に力を蓄え、花を咲かせるのだ▼夜明け前に咲くその花と、無冠の友の姿が、二重写しに見えてならない。街が眠りから覚める前に、さっそうと歩み始める。雨の日も風の日も、たとえ自身が苦悩の闇と戦う日々であろうとも。“あの友この友に、幸と希望の朝を届けたい”と願い、胸に勇気の花を咲かせながら▼朝顔は英語で「モーニング・グローリー(朝の栄光)」という名だ。皆で最敬礼しよう。わが地域を駆ける、栄光のトップランナーに感謝を込めて――。(之)
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2017年08月19日

名字の言〉 2017年8月19日

南米で経営者として活躍する壮年リーダーが言った。「実は私、カンクチョウだったんです」。カンクチョウ?――思わず聞き返すと、仏教説話の一つ「雪山の寒苦鳥」のことだった▼インドの雪山にすむ寒苦鳥は、夜の寒さに震え、“明日こそ巣を作ろう”と決意する。しかし太陽が出て暖かくなると、決意を忘れて遊んでしまい、再び寒い夜を迎える。結局、巣を作れないまま一生を終える――国や文化が違っても、物事を先延ばしにしがちな人間の性は共通なのだと納得した▼なぜ人はやるべきことを先延ばしにしてしまうのか。脳神経外科医の築山節氏によれば、脳の司令塔である前頭葉の働きが低下すると、“楽をしたい”という脳の原始的な欲求を抑えられなくなるという▼前頭葉の働きを高める方法の一つとして、氏は特に「家事」の有効性を強調する。例えば料理や片付けは「選択・判断・系列化」の連続であり、それを自主的に行うことで前頭葉の働きが活発になり、主体的な行動につながるそうだ(『脳が冴える15の習慣』NHK出版)▼御書に「心の師とはなるとも心を師とせざれ」(1025ページ)と。成長と幸福の方向へ、自身を動かしていくのが信心の力。「今ここから!」と決め、動きだせば、人生は変わり始める。(献)
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2017年08月18日

名字の言〉 2017年8月18日

少子高齢化、人口減少が急速に進む日本社会。時代の変化をどう読み、先手を打つか――さまざまな団体や企業が、生き残りを懸けて必死の努力を重ねている▼今、多くの自治体が直面する課題が公民館など公共施設の維持。かつて盛んに造られた「ハコモノ」は維持費等がかかり、財政を圧迫する。しかし、神奈川県の秦野市は逆転の発想で、この「お荷物」を「宝の山」へと変えた(「潮」9月号)▼例えば市役所の敷地内にコンビニを開設。賃料が入るとともに、市役所の利用者の利便性向上にもつながった。また、保健福祉センターの空き会議室を民間に貸与。市民のための「パソコン教室」などが開設され、その使用料は施設の維持管理費に充てられる。こうした改革で、財政状況を大きく改善できたという▼資源や財源は有限だが、人間の知恵は無限だ。どんな悪条件でも、必ず活路は開ける。大事なのは「時代の先を見る目」と「逆境を好機へ変える知恵」だ▼御書には「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」(254ページ)と。信心根本に努力と工夫を重ねて現実社会で勝利する。それが仏法者の生き方。変化の時代だからこそ、「知恵の太陽」をわが胸中に昇らせ、新たな価値を創造していこう。(駿)
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2017年08月17日

名字の言〉 2017年8月17日

近所で親子が自転車の練習をしていた。後ろで自転車を支えつつ駆けだす親。子の顔がゆがむたび、すかさず声を掛け、励ましている。どちらも汗だくで、真剣そのもの。ほほ笑ましい光景に、子どもの頃の記憶がよみがえった▼自転車の練習は失敗の連続だった。恐怖感が募り、何度も諦めかけた。そんな自分に、父親は粘り強く付き合ってくれた。終始、繰り返していたのは「大丈夫。絶対できるよ」との言葉。あの励ましと、初めて自転車に乗れた時の喜びが、今も心の奥深くで自分を支えてくれている気がする▼大阪教育大学教授の園田雅春氏は、野菜や果物を食べてビタミンを摂取するように、子どもの自尊感情は、周囲から掛けられる“プラスの言葉”で育つと説く。このプラスの言葉を、氏は自尊感情の頭文字をとって「ビタミンJ」と呼ぶ(朝日新聞デジタル)▼子どもは、初めから自分に自信を持っているわけではない。「ビタミンJ」は、自分を認め、信じ、励まし続けてくれる他者との関わりによって、時間をかけて育まれるものなのだ▼池田先生は「一人ももれなくダイヤモンドの生命である」と未来部員に呼び掛ける。夏休みも終盤。この師の心を胸に、未来部員の夏の挑戦を全力で励まし、共に成長していきたい。(華)
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2017年08月16日

名字の言〉 2017年8月16日

少年は、指で種子に触れると、たちどころに花を咲かせてしまうという不思議な力を持っていた。「花って、さいなんがおこるのをふせぐんだよ」と少年は言うが、父は兵器工場を営んでいた▼そこで少年は、完成した武器に種を忍ばせ、つるを絡み付かせて使い物にならないようにした。少年は花で戦争を止めた。その時、父は気付いた。“わが子を愛しつつ、孤児を生み出す大砲を作るのは矛盾している”と。父は花を育てる事業に転換し、街を潤した(モーリス・ドリュオン著、安東次男訳『みどりのゆび』岩波少年文庫)▼愛する家族を大切にするという気持ちと、他人の犠牲や不幸の上に自分の幸福を築かないという信念が融合するとき、平和の礎は強固となる。童話は優しい言葉遣いだが、深い哲学を訴えている▼物語のテーマは“創価家族”の生き方にも重なる。他者を“これまで愛し、育んでくれた親”“慕う兄や姉”“かわいい弟や妹”のように思えば、そこに温かな心の交流が生まれ、人生も豊かになる。その一念の転換を大事にしているのだ▼パッと花を咲かせる魔法の指は、あくまで創作上の話。私たちは同苦の精神を持ち、自他共の幸福を築くため、友の心に平和の種を蒔き、幸せに導く対話の花を咲かせ続けていく。(城)
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2017年08月15日

名字の言〉 2017年8月15日

仏教説話を一つ。ある日、サッピという王が“変装”して城下へ。途中、靴直しの老人に質問した。「世の中で一番楽なのは誰だろう」。老人は答える。「王様ですよ。皆、言うことを聞くし、国民は何でも献上する。こんな楽な商売はない」▼王は一計を案じた。老人を酒に酔わせ、眠っている間に宮中へ運び、「この者を王とせよ」と。目覚めた老人は、立派なベッドや服に驚嘆。「役人がお待ちしています」と、言われるがまま玉座へ。無数の政務が押し寄せるが、さっぱり分からない。疲労で美食も喉を通らず、日に日に痩せ衰える。再び酒を飲まされ、城下に戻った老人。「王様になった夢を見たけど、すっかりまいった」▼人の苦労は表面だけでは分からないにもかかわらず、恵まれた境遇の人を見ると、つい「うらやむ」感情が湧いてしまう。だが、「うら」(心の意)が「病む」との語源通り、実はあまり健全なものではない▼うらやむ心が出るのは、自身の中の「感謝」が薄れている時でもある。感謝の人に愚痴や不満はない。周囲への感謝を忘れず、自身の使命に生き抜いていきたい▼池田先生は「自分の『生命』の中に、『一念』の中に幸福はある」と。信心は、わが己心に必ず具わる幸福の光、感謝の命を輝かせるためにある。(速)
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2017年08月14日

名字の言〉 2017年8月14日

フランスの中等教育機関の教師だったジュール・ラニョーは、人生を教育にささげた。その授業は知識を与えるだけでなく、思索することを重視。生徒のための行動を惜しまなかった彼を、多くの若者が慕った。その一人が哲学者アランである▼病弱だったラニョーは、42歳の若さで生涯を閉じる。彼の「忠実な弟子」と公言していたアランは、ラニョーの講義草稿を出版し、師を高らかに宣揚した。作家アンドレ・モーロワは「アランはつねに偉大だが、師ラニョーについて語るとき、かれはつねにもまして偉大である」(佐貫健訳)と言った▼67年前の8月、戸田先生の信用組合の事業は行き詰まり、営業停止命令を受けた。当時、理事長だった恩師は辞任を余儀なくされる。給料は支払われず、社員は次々と辞めていく。「戸田の馬鹿野郎」と罵る者さえいた▼学会存亡の危機の中、ただ一人、池田先生は恩師の苦境を支えた。試練を一心不乱に戦い抜いた当時の日記に、こう綴る。「未来、生涯、いかなる苦難が打ち続くとも、此の師に学んだ栄誉を、私は最高、最大の、幸福とする」▼師と同じ時を生き、師から学べることほどの幸福はない。師弟の出会いが刻まれた「8・14」から70年。報恩と誓願の新たな出発を開始する日である。(嶺)
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2017年08月13日

名字の言〉 2017年8月13日

夏祭りや盆踊りなど、地域行事がたけなわ。岩手県の水沢文化会館では、地域の商工協同組合が主催する夏祭りが開催された▼組合からの要請を受け、同会館では15年前から、会場として駐車場を提供。会館施設の一部も開放している。組合の副理事長は、「今では1000人規模の祭りに発展しました。“地域のために”という学会の皆さんの真心のおかげです」と▼会場の隅で、祭りを笑顔で見つめる婦人がいた。45年前の7月、池田先生は水沢会館(当時)を訪問。会館の管理者をしていた婦人に、先生は「この地域 わたしが守りて 幸の道」との句を贈った。その原点を胸に、婦人は地域と交流を重ね、信頼の輪を広げてきた▼学会本部が西神田から信濃町に移転して以降、先生は自ら近隣へのあいさつに回り、親交を深めてきた。今年で32回目の「信濃町ふるさと盆踊り大会」が、総本部の敷地で開催されているのも、先生が近隣と築いた信頼関係が出発点だ▼御書に「世間の法が仏法の全体と釈せられて候」(御書1597ページ)と。仏法は社会と遊離した関係ではない。社会・地域の安穏と発展のために仏法はある。また正しい法理も、「人の振る舞い」として具体的に現れてこそ、納得と共感を得られる。「仏法即社会」である。(芯)
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2017年08月12日

名字の言〉 2017年8月12日

南アフリカ共和国「ドラケンスバーグ少年合唱団」の民音公演が好評のうちに閉幕した。全国25都市で約3万8000人が鑑賞。各地での学校コンサートや、少年少女部の合唱団との交流も行われ、“虹の国”のハーモニーが列島を包んだ▼少年合唱団のメンバーが、東京・信濃町の民音文化センターを訪れた時のこと。古典ピアノや自動演奏楽器を前に、元気にはしゃぐ少年たち。だが、ある映像が紹介されると、途端ににぎやかな声がやんだ。池田先生とネルソン・マンデラ元大統領の初会見の様子である▼1990年10月31日、聖教新聞本社。池田先生は500人の青年と共に“人権の闘士”を迎えた。ロビーでは南ア人民の愛唱歌「オリサッサ・マンデラ」を、創価大学生の代表が合唱。マンデラ氏は満面の笑みで見つめていた▼この出会いをきっかけに始まった両国の文化交流――。今公演の“原点”ともいうべき映像に見入りつつ、合唱団の団員もまた、マンデラ氏に負けないほどの笑顔になっていた▼団員の一人が語った。「日本の皆さんの“ありがとう”の言葉をエネルギーに、もっと多くの人を笑顔にしていきたい」と。池田先生が真心で結んだ友情の懸け橋。今、後継の青年が往来し、平和への道を大きく広げている。(湧)
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2017年08月11日

名字の言〉 2017年8月11日

先輩から聞き、今も胸に残る言葉がある。「視界に入るものの中で一番高くそびえるのが、高層ビルではなく、山というのは幸せだ。山は人を謙虚にさせる」。山は言葉を発することはないが、見る人に何かを語り掛け、心を満たしてくれる▼石川啄木は詠んだ。「ふるさとの山に向ひて/言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな」。郷里の岩手山を仰ぐ啄木の心には、畏敬や感謝とともに、その威容のように自己を築き上げる決意が込み上げたのではないか▼本紙通信員を務める婦人部員は、ことあるごとに自宅から程近い場所で、岩手山を撮り続けてきた。「二科展」の「二科会写真部展」での受賞歴もある腕前の彼女が、“渾身の作”という岩手山の写真を見せてくれた。「良いと思う写真は、決まって、悩みと格闘している時のものです」▼子どもの不登校、親の介護、自身の病……試練と戦う渦中でカメラに収めた力作は、これまで何度も本紙を飾ってきた。不動の大山に、自身の不退の決意を重ねながら、シャッターを切ったに違いない▼初代会長の牧口常三郎先生は、「吾人は山と一致せるものとして、ともに苦楽をともにし」と記した(『人生地理学』)。わが胸中にも仰ぎ見る大山を抱き、偉大な人生を登はんしたい。(城)
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2017年08月10日

名字の言〉 2017年8月10日

「娘さんは、立派に高校推薦に値します」――何とかして娘の進学先を開きたいと祈っていた母親に、教員はこう言った▼中学3年の娘は勉強が苦手だった。だが、授業中に騒ぐ子をたしなめるなど、クラスを支える存在だったことを面談で初めて聞かされる。“この子はすごいな”。母の心が変わった。以後、娘は進学も勝ち取り、勉強面も着実に伸びていった▼ある年のイタリア訪問中、レオナルド・ダ・ヴィンチの天井画を見た池田先生は、彼の着眼点に感嘆する。「普通、樹木を描いても、根までは描かない。しかし、レオナルドは、根に着目し、全部、描いていた。忘れられない光景である」。当時の様子が月刊誌「潮」9月号の連載「民衆こそ王者」イタリア篇に生き生きと綴られている▼人を育てる際も、目に見えない急所があることを池田先生は語る。「多くの人々は、目に見える部分にしか注目しない。しかし、私どもは、何ごとも、どこに『根』があるかに着目し、よき『根』を養い、育てることに全力を尽くさねばならない」▼花は咲かず、芽さえ出ない時でも根は土の中で伸びている。たとえ回り道であっても、歩んだ道には全てに意味がある。使命ある若き大樹の根っこよ育て、と祈らずにはいられない。(進)
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2017年08月09日

名字の言〉 2017年8月9日

ナガサキ、ヒロシマには、同じ名称の建物がある。「国立原爆死没者追悼平和祈念館」――ここでは亡くなった被爆者の名前・遺影を登録し、追悼している▼本年3月、漫画家・中沢啓治氏が追加登録された。小学1年の時、学校付近で被爆。父やきょうだいを失った。後年、自らの半生を基に『はだしのゲン』を描いた▼炎が燃え広がる市街、ウジのわいた死体。言葉には言い表せない惨状だった。世間からは“残酷だ”などと批判が相次いだが、あえて描いた。「私たちのような体験をする世の中にしないでくれと願っている」(『「ヒロシマ」の空白 中沢家始末記』日本図書センター)。原爆への憤怒と平和への渇望を胸にペンを走らせた▼過日、中沢氏の母校で創価高校生がフィールドワーク(現地調査)を行った。それは爆心地に最も近い小学校(410メートル)。創価高校生は、約400人の尊い命が奪われた現実を心に刻んだ▼「経験した者にしか分からない」と嘆く被爆者もいる。だからこそ、戦争を知らない世代が“何か”を始める意義は大きい。上空500メートルでさく裂した一発の原爆。7万人の死者、無数の悲劇――11時2分に思いをはせることは、平和への大事な一歩に違いない。きょう9日で「長崎原爆の日」から72年。(子)
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2017年08月08日

名字の言〉 2017年8月8日

冷たいものを飲み過ぎたり、出先でつい食べ過ぎたりと、食生活が乱れがちな時期。世間ではグルメ番組の影響などもあり“あの店がいい”“これがおいしい”といった話題にも事欠かない▼料理研究家の土井善晴さんは、最近は「食べる人」が主役になったと言う。食べるだけの人は、おなかがすくと機嫌が悪くなる。“デパ地下”に行けば、つい食べきれないほど買い込んでしまう。健康面を考えると、「食べる人」ではなく「作る人」こそ主役になる必要があると指摘する▼料理を「作る人」は、たとえ1人暮らしでも、台所に立てば肉ばかりでなく、自然と野菜も加えようとするもの。料理を作る行為には、栄養バランスまで正しく「調整する機能」が本来的に含まれている。日頃の食事で「作る」を基本にすることが、自身や家族の幸せにもつながる(「第三文明」9月号)▼御書に「飲食節ならざる故に病む」(1009ページ)とある通り、不摂生は病気の元。欲望の制御が最大の鍵だが、その有効な方法の一つが、「作る人」になることともいえる▼「食」という最も身近で、生命の源となる営みを、真剣に考え、主体性をもって取り組む人は、自然、人生の万般にわたって、そうした姿勢で臨めるだろう。「信心即生活」はわが足元、いな口元から始まる。(朋)
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2017年08月07日

名字の言〉 2017年8月7日

「ワンオペ育児」という言葉が広まりつつある。ワンオペとは、飲食店などで従業員が一人で全業務を行うこと(ワンオペレーション)。この過酷な労働と同じように、一人で育児を行う若い母親が増えている▼「夫の仕事が忙しくて頼れない」「たまに家にいても、非協力的」などの悩みを抱える人も少なくない。「疲れがたまり、追い詰められ、つい子どもに強くあたってしまい、さらに落ち込む」という人も。共働きだと、状況はより深刻になる▼帰宅すると、赤ん坊と3歳の子が泣いていた。そして妻も泣いていた。その姿にハッとした――ある男子部員が語っていた。彼は、“子を立派に育てるのは自分の責任”と腹を決め、挑戦を始めた。朝早く出社し、仕事を全力で早く終わらせ、親子の時間を増やす。家事も率先する。「今は“パパを楽しもう”と思えるようになりました」▼池田先生は述べている。「たった一人でも、味方になってくれたら、どんなにうれしいか」「『自分は、あなたの味方だ!』と伝えてくれる人がいれば、闇の中に『光』が差す」▼育児だけでなく、さまざまな悩みを一人で抱えている人がいる。そんな人に一言でも声を掛け、少しでも共感できたなら、家庭も社会も、もっと明るくなるはずだ。(鉄)
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2017年08月06日

名字の言〉 2017年8月6日

午前8時15分、一発の原子爆弾がさく裂した。3000度以上の熱線に肌は焼かれ、爆風で飛ばされたガラスの破片が体に刺さる。今も続く放射線障害。被爆者の“心の傷”は癒えない▼15歳で被爆した日本画の巨匠・平山郁夫氏。後年も、8月6日が近づくとうなされたという。被爆から34年後、「平和記念式典」で心に浮かんだ情景を描いた。171センチ×364センチを赤い炎で埋め尽くした「広島生変図」。一枚の原爆絵は「広島は生きているんだぞと主張している」(『平和への祈り』毎日新聞社)と▼爆心地から1・4キロで被爆した婦人部員。原爆症で頭髪は抜けた。「被爆した者を嫁としては迎えられない」と結婚も破談に。体から何度もガラス片が出る。娘3人が「がん」を発病した時は泣いてわびた▼きょう6日朝、慰霊碑で行われる記念式典で、その婦人が被爆者の代表として献花する。30年前に一度だけ訪問したが、あの“地獄”を思い出し、以来、行けなかった。しかし本年、「娘たちや孫のため、世界平和のために」と、“満身創痍”の体を奮い起こす▼小説『新・人間革命』の執筆開始は8月6日。被爆者が、世界中の人々が願う一節を心に刻む。「平和ほど、尊きものはない。/平和ほど、幸福なものはない」(子)
posted by ハジャケン at 09:11| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月05日

名字の言〉 2017年8月5日

新会員の青年に入会して感じたことを聞いた。「題目の歓喜や同志の温かさはもちろんですが、私が驚いたのは“人前で話す機会が多いこと”です」▼休日は誰とも話さず過ごすことも少なくなかったという彼。会合に行けば、“何でもいいから”と生活や仕事の様子、目標や将来の夢などを話すよう促された。仏法対話にも、冷や汗をかきながら挑戦した。「本当に苦手でしたが、“今度は何を話そうか”と考えるようになりました。決意を発表すると、気持ちが前向きになりますね」▼哲学者の萱野稔人氏は「知性の本質は、言葉をアウトプット(出力)することにある」と語る。高校までの勉強は正確なインプット(入力)の能力が試されるが、大学や社会で求められる知性とは、アウトプットする能力。言葉を使って表現することで、自分の考えが明確になったり、物事を十分に理解していないことが分かったりする、と(木村俊介著『「調べる」論』NHK出版)▼自分の考えを言葉にするには、時に勇気が必要かもしれない。だが、そこに“新しい自分”との出会いや視野の広がりもある▼黙っていたら何も始まらない。自身の挑戦を口に出す。友を心から励まし、たたえる。祈り、そして、はつらつと語る中で、知性も智慧も磨かれる。(靖)
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2017年08月04日

名字の言〉 2017年8月4日

東京・葛飾区の柴又が舞台の映画「男はつらいよ」。主人公「寅さん」の妹さくら役を演じた倍賞千恵子さんが、撮影中の出来事を振り返っている(『倍賞千恵子の現場』PHP新書)▼手前に寅さんとさくらのアップを捉え、背景に通行人が通り過ぎる場面。芝居が始まった途端、山田洋次監督がダメ出しを。そして、通行人役のもとに駆け寄り、問い掛けた。「あなたは今、どこから来たの? どこに帰る人なの?」▼子どもが待っているから帰宅を急ぐ。夕焼けに見とれつつ、ゆっくり歩く――。おのずと歩き方一つにも違いが出るはず、と。全ての役に、みずみずしい命を吹き込もうとした監督の姿勢が、国民に長く愛される人情喜劇を生んだのであろう▼御書に「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(1467ページ)と。日蓮大聖人は、地域広布を進める使命と自覚を教えられている。広布のドラマに“脇役”は存在しないのだ▼リーダーは、一人一人に焦点を合わせ、前進への活力を送りたい。「何のために信心を始めましたか?」「今後の目標を一緒に決めましょう!」。“出発地”と“目的地”が定まれば、今、取るべき行動もまた明確になる。主体者としての一人の「一歩」によって、地域の新たな広布の扉は開く。(値)
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2017年08月03日

名字の言〉 2017年8月3日

「いただきます」「ごちそうさまでした」――小学生の頃、給食の時間に皆で声をそろえたことが懐かしい。しかし独りの食事だと、何となく食べ始め、食事中もテレビや携帯電話を見ながら……ということが、つい多くなる▼食の総合コンサルタントの小倉朋子さんは、この“ながら食事”に警鐘を鳴らす。「なんとなく食べていると、お腹はいっぱいになっているのに、なぜか気持ちは『まだ食べたい』のです。お腹が満足しても心が『つまらない』のですね」▼満足な食事をするコツとして、小倉さんは「食べ始め」「食べ終わり」のあいさつを勧める。自分でオン・オフのリズムをつくれば、心も食事に向き合うことができ、満足感も生まれやすいという(『私が最近弱っているのは毎日「なんとなく」食べているからかもしれない』文響社)▼目の前の出来事にしっかり向き合えば、精神的な満足感・充実感が増す――なおざりにしがちだが大切なことだろう。慌ただしく過ぎる生活の中で、どう意識的にリズムをつくれるか、である▼朝晩の祈りは“生命のリズム”を自ら整える作業ともいえる。朝の祈りで「誓い」を立て、価値ある一日を送り、夜は「感謝」の祈りをささげる。自発能動の生命が、歓喜の人生につながることを忘れまい。(乃)
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