2017年06月02日

名字の言〉 2017年6月2日

アメリカ創価大学(SUA)を訪れると、まず圧倒されるのがキャンパスの美しさだ。豊かな自然や充実した施設はもちろん、教室や廊下など建物内も清掃が行き届いており、実にすがすがしい▼SUAの清掃を担当するスタッフについて、ハブキ学長に話を聞いた。一人一人が“与えられたことをこなしていればいい”という気持ちではなく、“何かプラスアルファをしていこう”という姿勢で、仕事に取り組んでくれているという▼かつてSUAの新入生歓迎レセプションが行われた折、学長のもとに、2人の清掃スタッフが駆け寄ってきた。「多くの学生が入ってきて、うれしいよ!」。教職員と同様、スタッフにも、学生を大切に思う心が息づいている。清掃を通して、SUAを支えることに、喜びを感じているのだ▼先日、行われた第13回卒業式。多くの卒業生が、両親、友人、教職員、そしてスタッフへの感謝を口にした。ある卒業生は、「普段の生活で、スタッフと接する機会は、ほとんどありませんでした。しかし、陰の献身が、最高の学習環境を支えてくれたのです」と▼支える人の「喜び」と支えられる人の「感謝」。心の共鳴が、美しいキャンパスを形づくっていた。学生を第一に思う創立者の心が生きていた。(芯)
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2017年06月01日

名字の言〉 2017年6月1日

どうして月初めの「一日」を「ついたち」と読むのだろう。続く二日、三日、四日は「日」を「か」と読むにもかかわらず……▼「ついたち」は「月が立つ」という意味の「つきたち」から転じた読みという。旧暦では月の満ち欠けを暦の基準にしていた。1カ月の始まりは「新月」の日。月が見えない状態から満月に向かって少しずつ膨らみ始める。その日を「月が立つ日」と、いにしえの日本人は捉えた。もちろん新暦の今では月の満ち欠けと暦は一致しない。きょう1日は「上弦の月」である▼暦に気を留める暇もないほど忙しい人も多いかもしれないが、きょう「ついたち」から心新たに出発したい。昼は夏至に向かって強さを増す太陽の輝きとともに、夜は上弦の月から満月へ、日々満ちていく月の姿に自身の前進を重ねながら▼仏典では仏の振る舞いや威徳などを表現する譬喩として、満月が多く用いられている。日蓮大聖人は「法華経を信ずれども深く信ぜざる者は半月の闇夜を照すが如し深く信ずる者は満月の闇夜を照すが如し」(御書1501ページ)と仰せだ▼「つきたち」は「月発ち」とも書く。「私は勝った!」と満足できる1カ月へ、「月月・日日につより給へ」(同1190ページ)の信心で成長の時を刻みゆこう。(之)
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2017年05月31日

名字の言〉 2017年5月31日

「創価学会は、絶対的幸福境涯に至る軌道の上を走る、いわば“列車”です。これに自ら乗れば誰でも幸せになれます」。ある壮年部員が会合でユニークな例え話をした。「ただし、途中下車したら駄目ですよ」▼今は苦しみのトンネルの中だとしても、信心で前に進む限り、幸福の目的地へ近づける――話を聞いた皆が納得したに違いない▼海沿いの岩手県釜石市に生まれ育った婦人部員は、東日本大震災の津波で自宅を失った。“なぜ……。幸せの道から外れたのだろうか”。そんな彼女を励まそうと、内陸の花巻市から同志が何度も足を運んだ▼その真心に再起を誓った彼女はその後、縁あって花巻市に転居し、先の同志と喜びの再会を。“学会から離れない限り、幸福の直道を歩んでいける”と実感した彼女は今、自身と同じく見知らぬ地に避難した友を励ます側に回り、充実の日々を送る▼岩手県が生んだ宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』(集英社)には、「ほんとうの幸」といった言葉が随所に出てくる。話が進むと、それが「みんなのほんとうのさいわい」という趣旨の言葉に変化していく。旅はにぎやかなほど楽しい。そして山越え谷越え、目的地へ進む過程そのものに、充実があり、満足がある。幸福を目指す広布旅も同じだろう。(城)
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2017年05月30日

名字の言〉 2017年5月30日

73歳で大学に合格し、現在、学生生活を送るタレントの萩本欽一さん。先日、テレビで受験勉強の方法を紹介していたが、英単語の覚え方がユニークだった▼一つの単語を語呂合わせで“物語”にするというもの。例えば「unfortunately(=残念ながら)」であれば、「餡が、4カ所から、チューチューと吸われてなくなった。残念ながら」という具合。ユーモアに富んだ工夫が、いかにも“欽ちゃん”らしい▼円周率の4万桁暗唱の元ギネス記録保持者・友寄英哲さんも、円周率の数字の羅列を、10桁ずつに分けて語呂合わせで覚えたという(本紙5月10日付)。その“物語”は、荒唐無稽な方が、よりインパクトがあって記憶に残りやすいそうだ▼脳には、私たちの想像をはるかに超える能力が秘められている。東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授によれば、脳には可塑性(変形しやすい性質)があり、何歳になっても学び直しができる。発達のピークを過ぎても、努力をすれば身に付けたい能力を獲得できるという▼年齢を重ねるほど、「自分にはできない」「この歳だから無理」と決め付けてしまいがち。この“決め付け”が成長を妨げる最大の敵だ。自分らしく、若々しい挑戦の心で、充実と喜びの人生を開きたい。(朋)
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2017年05月29日

名字の言〉 2017年5月29日

東京・目黒区には坂が多い。故・美空ひばりさんの自宅も坂道の途中にあった▼現在は「美空ひばり記念館」として公開されているその場所に、本人の一詩が飾られている。「生れし時に/この道知らずとも/この道を歩み/幾年月ぞ/今日涙して/明日又/笑おうぞ」。昭和の歌姫が生を受けたのは、80年前の今日。52年の生涯に歩んだ道は、マスコミの心ない中傷や、病との格闘、最愛の母と弟の死など、苦難の風雨に打たれ続ける坂道でもあった▼ひばりさんがレコードデビューした昭和24年は、21歳の池田先生が戸田城聖先生の出版社に入社した年でもある。戸田先生の自宅の最寄り駅は目黒駅。池田先生はその自宅に何度も通い、時に雨の権之助坂を師と共に歩いた。自身の肺病、師の事業の破綻、先輩の裏切り……うち続く嵐の中、師弟という“人生の高み”を目指し、池田青年は上り続けた▼上るも下るも、同じ一つの坂である。苦しくとも栄光への道を上り切るか、それとも鍛えを避けて下ってしまうか。問われているのは、常に己の心だ▼他人と比べるのではなく“昨日の自分”に勝つ。一歩でも二歩でも、日々の歩みを止めない。振り返ったとき、素晴らしい人生の景色を見下ろせるはずだ。自分との戦いを、今日もいざ!(之)
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2017年05月28日

名字の言〉 2017年5月28日

「音楽は時代を映す鏡」といわれる。では、変化が激しい現代でヒット曲を生む秘訣は何か。若者に人気の楽曲を手掛ける音楽家が答えた▼情報通信技術などの発達で、音楽を“聴く方法”“受け取る方法”は多様になった。だが、曲作りの本質は変わらない。重要なのは人々の“歌いたい”という気持ちを引き出すこと。“聴く”だけでは受け身にすぎない。童謡と同じように、歌は「歌い継がれることで広まっていく」という(柴那典著『ヒットの崩壊』講談社現代新書)▼歌う時、人は自分の感情を託したり、人生の経験を重ねたりするもの。だから同じ歌でも、人ごとに深みや味わいは異なる。歌うという行為によって、その人は代わりのいない“主役”となり、自身を表現するのだ▼各地でたけなわの創価青年大会は、後継育成の大きな軸になっている。これまで「聴く側」「見る側」だった青年たちが、「歌う側」「踊る側」となって躍動する姿に、感嘆の声は尽きない。このステージに立った一人一人もまた、紛れもなく“広布の主役”だ▼「自らの使命を自覚した時、才能の芽は、急速に伸びる」とは池田先生の言葉。決意一つで、青年はいくらでも伸びていく。地域の未来を担う若き友の成長を祈り、全力で応援しよう。(差)
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2017年05月27日

名字の言〉 2017年5月27日

米サンフランシスコ市にあるゴールデン・ゲート・ブリッジは80年前のきょう開通した。全長2737メートル、主塔の高さは227メートル。振動に耐えられるよう、固定するのではなく、ケーブルで橋桁をつり上げている▼橋のたもとの広場にはケーブルの断面図が展示されている。直径約92センチのケーブルの中には、2万7000本以上のワイヤがある。一本一本は細くとも、束ねることで巨大な橋を支えているのだ。これを通して池田先生はつづった。「学会も、一人ひとりは小さな力であっても、力を合わせ、結束していけば、考えられないような大きな力を出せる。団結は力なんだ」▼仏法が広がることを「広宣流布」という。その実像は、各地の同志による一本一本の奮闘のドラマの「糸」で織りなされたものにほかならない▼アメリカ青年部は今、明年の「5万人の結集」へ躍進する。リーダーの一人が「“5万”とは人数にとどまらず、5万通りの『勝利の実証』なんです」と語っていた。皆が自身の課題に挑戦し抜いてこそ、その“戦う心”の結合は大きな波動を生む▼御書に「異体同心なれば万事を成じ」(1463ページ)と。大目標に挑む中で、一人一人の本領もまた発揮されていく。互いに励まし“全員で一歩前進!”を目指したい。(蹴)
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2017年05月26日

名字の言〉 2017年5月26日

ナチスが第2次大戦の勝利に最も近づいた危険な瞬間があった。フランスなど4カ国に同時侵攻し、短期間で攻略した1940年の5月である▼侵攻当日、命運を託されて英国首相に就任したチャーチル。議会では当時、戦うことを諦め、ナチスに妥協するのが得策、との意見が根強かった。だが、彼が「決して降伏しない」と主張したことが、戦局の転機となった▼「決意を固めて、それぞれの務めを遂行し、大英帝国と英連邦が一千年続くとしても、これこそもっとも輝かしいときだったと語り継がれるようにしようではないか」。彼が議会で演説した通り、この時期は後に“世界史を変えた1カ月”といわれた(ポール・ジョンソン著、山岡洋一・高遠裕子訳『チャーチル』日経BP社)▼人には誰しも“ここぞ”という勝負の時がある。「札幌・夏の陣」と語り継がれる、55年(昭和30年)夏の弘教拡大に臨む前、若き池田先生は札幌の友に手紙を送った。「十日間を、何年にも越ゆる斗争と致し度く、心を躍らして居ります」▼たった1カ月でも、10日でも、自分を変え、歴史を変えることができる。わが「最も輝かしい時」とすることができる。さあ時を逃さず、「未来までの・ものがたり(物語)」(御書1086ページ)を。(鉄)
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2017年05月25日

名字の言〉 2017年5月25日

青年は東京の信濃町駅で空襲警報を聞いた。母の手を握り、火の海を走った。だが混乱の中で手が離れてしまう。次の瞬間、母は炎に包まれた▼昭和20年5月25日は、数度にわたる東京大空襲の中でも「山の手大空襲」と呼ばれる。悔恨と贖罪の念がその青年・宗左近氏を詩人に変えた。詩集『炎える母』を編んだのは空襲の22年後。詩は幾たびも「母よ」と繰り返される。「母よ/いない/母がいない/走っている走っていた走っている/母がいない」「母よ呪ってください息子であるわたしを」▼あの戦争で親やきょうだいを救えず、自らを責めた子は無数にいただろう。愛するわが子を失い、天を仰ぎ慟哭した母も数えきれないほどいたはずだ▼当時17歳の池田先生も、5月の空襲で家を焼け出された。やがて出征していた長兄の訃報が届く。母は戦死公報を握り締め、小さな背中を震わせた。後に先生が詠んだ「母」の詩は、残酷な戦争に苦しめられ、人生の風雪に耐え続けた“庶民の母たち”に思いをはせたものだった▼信濃町駅から程近い創価世界女性会館に、この「母」の歌碑がある。〽母よ あなたの/思想と聡明さで 春を願う/地球の上に/平安の楽符を 奏でてほしい……。全ての母と子のために、平和を、平和をと誓う。(之)
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名字の言〉 2017年5月25日

青年は東京の信濃町駅で空襲警報を聞いた。母の手を握り、火の海を走った。だが混乱の中で手が離れてしまう。次の瞬間、母は炎に包まれた▼昭和20年5月25日は、数度にわたる東京大空襲の中でも「山の手大空襲」と呼ばれる。悔恨と贖罪の念がその青年・宗左近氏を詩人に変えた。詩集『炎える母』を編んだのは空襲の22年後。詩は幾たびも「母よ」と繰り返される。「母よ/いない/母がいない/走っている走っていた走っている/母がいない」「母よ呪ってください息子であるわたしを」▼あの戦争で親やきょうだいを救えず、自らを責めた子は無数にいただろう。愛するわが子を失い、天を仰ぎ慟哭した母も数えきれないほどいたはずだ▼当時17歳の池田先生も、5月の空襲で家を焼け出された。やがて出征していた長兄の訃報が届く。母は戦死公報を握り締め、小さな背中を震わせた。後に先生が詠んだ「母」の詩は、残酷な戦争に苦しめられ、人生の風雪に耐え続けた“庶民の母たち”に思いをはせたものだった▼信濃町駅から程近い創価世界女性会館に、この「母」の歌碑がある。〽母よ あなたの/思想と聡明さで 春を願う/地球の上に/平安の楽符を 奏でてほしい……。全ての母と子のために、平和を、平和をと誓う。(之)
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2017年05月24日

名字の言〉 2017年5月24日

広島市にある小さな喫茶店で、原爆投下の翌1946年の大みそか、ベートーベン「交響曲第9番」の“演奏会”が催された。店主が闇市で手に入れたレコードから“歓喜の歌”が満席の店内に響く。雪が舞う中、外から窓越しに耳を澄ませる聴衆もいた▼被爆地の“心の復興”を支えた力――その一つが音楽だ。広島在住の演奏家で創設されたプロオーケストラ「広島交響楽団」もそうである。今月、民音主催の「クラシック名曲コンサート」でも美しいハーモニーを響かせた▼同楽団のクラリネット奏者を務める広島出身の壮年部員。中学1年の時、学会の音楽隊に出あった。躍動の旋律が彼の心を変え、音楽家を志すように。音大で学んだ後、欧州に留学すると「ヒロシマの悲劇を知っている」と多くの人に言われた▼音楽は世界の共通語。彼は創価グロリア吹奏楽団で指揮者を務めた後、4年前に広島交響楽団に入団した。「戦死した祖父、原爆で苦しんだ人々のため、音楽で平和を発信します」と誓う▼御書に「音の哀楽を以て国の盛衰を知る」(88ページ)と。平和の心を託した妙音は、人生を変え、社会をも変える。今、各地の創価青年大会で、合唱や演奏が力強く響く。平和を築く青年の連帯も、音楽の力で広がっている。(子)
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2017年05月23日

名字の言〉 2017年5月23日

昔から「4月の風は光り、5月の風は薫る」という。確かに日の光が熱を持つにつれ、匂いもまた増していくような気がする▼実際、樹木の成長が活発になる今の時期には、「フィトンチッド」と呼ばれる芳香を持った物質が、葉から多く放出されるという。これこそが香りの元。森や林でなくても、近所の公園など樹木の多い所なら、吹き抜ける風が運ぶ新緑の香りを楽しめるはずだ▼風は見えない。だがその存在を、香りや肌で感じることはできる。英国の詩人クリスティーナ・ロセッティは歌った。「誰が風を見たでせう?/僕もあなたも見やしない、/けれど木の葉を顫はせて/風は通りぬけてゆく」(西条八十訳)▼心もまた、見えない。見えないが、言の葉のやり取りを通じて、その温かさを知る。御書に「蘭室の友」(31ページ)とあるように、自らの人格の薫りをもって相手を包み、感化していくこともできる▼小説『新・人間革命』「薫風」の章で、佐賀の壮年部員が、対話の姿勢について語る場面がある。第一に「相手ば思う真心の唱題たい」。第二に「こっちの確信ばい」。そして第三に「粘りばい」と。真心の祈りから発せられた確信の言葉を、粘り強く相手に届けたい。その挑戦が、地域に幸の薫風を送っていく。(之)
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2017年05月22日

名字の言〉 2017年5月22日

17世紀の英国の詩人ミルトンは43歳の時、両目の視力を失った。共和派と王党派が対立する中、共和派を擁護していたミルトンは、王党派の論客から失明を嘲笑された。さらに数カ月後、妻と1歳の長男が相次いで亡くなった▼光を失っても詩人は静かに忍耐し続けた。「盲目であることは、盲目に堪えきれないほどにみじめなものではない」(宮西光雄訳『ミルトン英詩全訳集 上巻』)と。困難それ自体は不幸ではない。困難に屈し理想を捨てることが、彼にとっては不幸だった▼ミルトンは生涯で多くのソネット(14行詩)を残しているが、代表的な作品は失明後、口述筆記によって生まれた。失明から15年後には大著『失楽園』が完成。苦境の中で詩人としての深みが増したといえる▼法華経では、地涌の菩薩の姿を「忍辱の心は決定し」と説く。試練は自らを飛躍させ、自身の本懐を強く自覚させてくれる。その意味で「忍耐」と「成長」は一体なのかもしれない。より深い人生観に立ち、何ものにも揺るがぬ自己を築くのが私たちの信仰である▼挑戦しているからこそ、行き詰まることもある。思い通りにいかない現実と格闘し、耐えてこそ、勝利の喜びも大きい。「いまだこりず候」(御書1056ページ)の御聖訓を胸に、堂々と進みたい。(芯)
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2017年05月21日

名字の言〉 2017年5月21日

ツツジ咲く金沢城を訪れた。江戸初期に天守は焼失したが、加賀百万石を象徴する城跡である。2008年に国の史跡になった▼百万石と聞くと豊かな印象だが、徳川宗家に次ぐ石高は“脅威”と映ったためか、藩主の前田家は折に触れ、幕府からの多大な賦役を負った。大工事となった江戸城の普請では、実に工事区域の6分の1を担当。この前田家で多くの苦労を重ねたのが、藩祖・利家から3代目の利常だ▼利常は家康にも警戒されたという覇気の持ち主。後に金沢城の補修や新たな家臣の採用を巡り、謀反の疑いをかけられた。誤解を解くため命を賭して江戸に出向く一方、国元の文化・芸術を振興し、農業を改革。将軍家との緊張関係の中、120万石の家領を保ち、「政治は一加賀」とたたえられた▼中国・唐の太宗と臣下の問答等を記した為政書『貞観政要』に「創業は易く守成は難し」と。“創業と守成のどちらが難しいか”と太宗から問われた魏徴は、創業の辛苦を知る者がいなくなった時、守るには創業にも増した激闘が必要になる等とした▼金沢城の窓や石垣には防御の工夫が凝らされ、「守成」の精神が光る。事業を守り発展させるために、創業の心を継ぎつつ、それを上回る情熱で挑戦を重ねよ――そう教えているようだ。(由)
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名字の言〉 2017年5月21日

ツツジ咲く金沢城を訪れた。江戸初期に天守は焼失したが、加賀百万石を象徴する城跡である。2008年に国の史跡になった▼百万石と聞くと豊かな印象だが、徳川宗家に次ぐ石高は“脅威”と映ったためか、藩主の前田家は折に触れ、幕府からの多大な賦役を負った。大工事となった江戸城の普請では、実に工事区域の6分の1を担当。この前田家で多くの苦労を重ねたのが、藩祖・利家から3代目の利常だ▼利常は家康にも警戒されたという覇気の持ち主。後に金沢城の補修や新たな家臣の採用を巡り、謀反の疑いをかけられた。誤解を解くため命を賭して江戸に出向く一方、国元の文化・芸術を振興し、農業を改革。将軍家との緊張関係の中、120万石の家領を保ち、「政治は一加賀」とたたえられた▼中国・唐の太宗と臣下の問答等を記した為政書『貞観政要』に「創業は易く守成は難し」と。“創業と守成のどちらが難しいか”と太宗から問われた魏徴は、創業の辛苦を知る者がいなくなった時、守るには創業にも増した激闘が必要になる等とした▼金沢城の窓や石垣には防御の工夫が凝らされ、「守成」の精神が光る。事業を守り発展させるために、創業の心を継ぎつつ、それを上回る情熱で挑戦を重ねよ――そう教えているようだ。(由)
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2017年05月20日

名字の言〉 2017年5月20日

ある陶芸家が語っていた。「完璧なものは奇麗です。でも魅力とは別」と。例えば機械で作った完璧な瀬戸物の器より、ろくろを回して焼き上げた手作りの器に、人は味わいを感じる。「作品に魂が宿ると、色や形のずれさえ魅力に変わるのです」▼事業の挫折から再起した壮年部員が、「このおかげで負けなかった」と、紙の束を見せてくれた。それは地域の先輩が、留守がちだった壮年の家に通い続け書き置きした“励ましのメモ”。一枚一枚拝見し、こちらまで胸が熱くなった。先輩は、筆を持つのが苦手だったのだろう。たどたどしい文には、誤字や脱字もあった。だが、壮年を思う気持ちは、痛いほど伝わってきた▼記者がまだ駆け出しだった頃、先輩に教わった。「思いだけで、良い記事が書けるとは限らない。でも思いがなければ、良い記事は絶対に書けない」と。文章も対話も同じだと思う▼いくら体裁が整っていても、“借り物”や“背伸び”の言葉は、人の心に響かない。うまくなくてもいい。大切なのは、自分の思いを、自分の言葉で、誠実に伝えることだ▼御聖訓「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(御書563ページ)を深く、深く拝したい。祈りと真心を込めた時、言葉の力は何倍にも増す。(誠)
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2017年05月19日

名字の言〉 2017年5月19日

10歳で農場を手伝い、ペンキ塗り、車掌、軍隊、販売員など職を転々。3度の大事故や離婚も経験した。起業した会社は相次ぎ破綻。モーテル経営は成功したが火事で全焼し、65歳で無一文になった▼この人は世界的な外食チェーンの創業者カーネル・サンダース。“失敗は新たな挑戦への機会”と考えていた彼は、無一文になっても手製のフライドチキンで再びビジネスに挑んだ▼車で寝泊まりしながら営業をかけ、契約店を拡大。年間で地球20周分もの距離を走った。その情熱が広がり、現在120カ国に店舗を展開する(中野明著『カーネル・サンダースの教え』朝日新聞出版)▼七転び八起きの人生に、90歳に近い多宝会の婦人の言葉が重なった。夫の死など苦難の山坂を越え、入会したのは60歳。「信心して、やっと私自身の人生が始まった気がします。だから、まだ“30歳”にもなっていないの(笑い)。いよいよ、これから。祈っていると、やりたいことがあふれてくるの」。“生涯挑戦”の心で新しい友情を広げる▼誰に何を言われようと、人生は自分自身のもの。諦めない限り、勝機は必ずある。失敗して立ち止まったなら、もう一度、自分でスタートラインを引けばいい。常に「今、ここから」出発するのが本因妙の仏法である。(靖)
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2017年05月18日

名字の言〉 2017年5月18日

漫画『ベルサイユのばら』の作者・池田理代子さんは声楽家でもある。かつて出演した演奏会で、ピアノを弾く10歳の少年と共演した。公演後、池田さんに手を握られた少年は「誰?」と尋ねた。少年は目が不自由だった▼「さっき歌を歌ったおばちゃんよ」との返答に、少年は言った。「ああ、すごくきれいな声で、素晴らしい歌だった」。池田さんは、歌声に込めた音楽への純粋な心が、少年の心に響いた喜びを、自著『あきらめない人生』(海竜社)につづっている。“少年”とは、今や世界で活躍する辻井伸行さんだ▼ある青年の父が病に倒れた。信心強盛な両親に対し、青年は学会活動に消極的だった。地域の同志は連日、家族の激励に訪れ、“君のお父さんにどれほど励まされてきたことか”と感謝の言葉を口にした▼青年は“最も父に励まされてきたのは自分だ”と痛感し、その回復を必死に祈った。後日、退院した父が言った。「お前の題目が、しっかり心に届いたよ。ありがとうな」。今、親子で信心に励む▼てらいのない、本心からの言葉に勝る力はない。場の空気を読んだり、表現を選ぶのも大事だが、もっと大切なのは、ありのままに受け入れ、素直に気持ちを表せるよう心を磨くことだ。われらの仏道修行も、そのためにある。(城)
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2017年05月17日

名字の言〉 2017年5月17日

「日本で47番目に有名な県」「いいえ、砂丘はありません」――自虐的な言葉が、かえって目を引くある県のカレンダー。累計約10万部を販売する大ヒット商品になった。ある県とは「島根県」。“発想の転換の勝利”だった▼同県の自然館で、国の特別天然記念物「オオサンショウウオ」を飼育する壮年部員がいる。閑散とする同館の状況を打開したいと祈る中、「展示水槽内での人工繁殖」を思いつく。国内での例はないが、だからこそ価値があると確信した▼夜を徹して川に漬かり、生息環境を調べた。水槽内を限りなく自然界に近づけた結果、産卵に成功。日本初の快挙に、来館者が押し寄せた。以来、毎年、産卵を成功させ、全国で指導も行う▼33年前の5月、池田先生は提案した。「『山陰』ではなく、われらの生き抜く天地を『山光』と命名したい」。地域の繁栄と幸福を祈り、山光り、里光る土地の素晴らしさを見事に表現した言葉が、同志だけでなく、多くの市民を勇気づけていった▼山陰には人口の少ない地域もあるかもしれないが、その分、古き良き「ふるさと」の風情がたっぷり残っている。多くの場合、短所と長所は裏表だ。問われるのは、わが地域を元気にしたいという、人間の情熱であり、短所も長所に変える知恵なのである。(子)
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2017年05月16日

名字の言〉 2017年5月16日

本土復帰から45年を迎えた沖縄。インフラ整備が進み、街の風景は大きく変わったが、一方で変わらないものもある▼県民を対象にした地元紙などの共同調査では、6割の人が「沖縄らしさが残っている」と回答。代表的な例として「伝統文化」「精神や助け合いの心」などを挙げていた▼沖縄固有の食文化を支えてきたものの一つが「豚」。“鳴き声以外は全て食べる”といわれるほどだ。その豚が、沖縄戦の戦禍によって島から消滅寸前になったことがある。故郷の窮状を知り、動いたのがハワイに移住していたウチナーンチュ(沖縄人)だった。「沖縄に豚を送ろう」と募金活動を始め、約5万ドルを集めた。そして7人が約1カ月の命懸けの航海を経て、500頭以上の豚を沖縄に届けた。これが数年後には、10万頭以上に増えたという▼沖縄には「ユイマール(ユイ=結、マール=回る)」という助け合いの精神がある。“子どもは、親だけでなく親戚や地域など皆で育てる”“農作物の収穫は、皆が持ち回りで協力する”などの伝統が、今も生き生きと受け継がれる▼他者の幸福を願い、勇んで行動する心は、仏法の精神にも通じよう。“助け合いの心”“平和の心”――この変わらぬ“沖縄精神”を世界へ広げていきたい。(結)
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2017年05月15日

名字の言〉 2017年5月15日

50年前の5月、池田先生は武蔵野の面影を残す創価大学の建設地に立っていた。手にはスコップが握られていた。この日、先生は未来を託す青年たちと共に、桜や梅など1万6000本の苗木の植樹に参加した▼樹木の生育には時を要する。一瞬一瞬の成長は、見た目ではほぼ分からない。だが、木は着実に育ち、年輪を刻んで大樹となる。これは広布史も同じだろう。はるかな未来を展望しつつ、一歩また一歩と前進する中に、偉大な歴史は築かれていく▼先月、入院中の友を見舞った。足に大けがを負った彼は手術を受け、リハビリに励んでいた。院内の廊下の壁に、2メートル間隔で貼られたビニールテープを見つけた▼彼がテープを見ながら言った。「最初は歩けなかった。でも、『今日は〇メートルまで歩けた』と、わずかでも確実な回復ぶりを実感しながら頑張っている」と。“再び、広布に駆け巡れる日を”と誓い、日々、けなげな努力を重ねる彼に頭が下がった。先日、退院し、元気に広布の第一線へ復帰した▼「信心のけなげなる人」(御書1124ページ)との御聖訓の「けなげ」の脇には、「勇」と記されている。「忍耐」や「信じる力」と、「勇気」は一体である。未来の勝利を信じ、布石となる勇気の一歩前進を今こそ!(白)
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2017年05月14日

名字の言〉 2017年5月14日

作家の出久根達郎さんが、『母を語る』(NHKサービスセンター)で亡き母を紹介している。決して上手とは言えない片仮名で、「タカラハコ」と書かれた箱を遺品から見つけた。中には、出久根さんが就職先の東京から送った手紙の束が入っていた▼その内容は“これだけ手紙を出したのに、なぜ返事をよこさないのか”という不満ばかり。母は読み書きがほとんどできないと知りながらの恨み節。それでも母は、わが子の手紙を宝物として、大切に保管していた▼ある青年部員は、未入会の母と一緒に信心できるよう長年祈っていた。父は若くして他界し、苦労ずくめの母。最高の恩返しを、と仏法対話を重ねるが平行線は続いた▼ところがある日、母が入会を申し出た。青年が毎年の元日に記す「今年の目標」の最初に、必ず「母の幸福・長寿のために題目をあげる」とあることを青年の妻から聞き、決心したという。入会後、母と青年の家族が初めて一緒に勤行をした時、孫娘が「おばあちゃん、何を祈ったの?」と聞いた。「息子家族の幸せだよ」との答えに青年は涙した▼たとえすれ違いがあっても、子の幸せを願わない親も、孝行したいという子の真心を喜ばない親もいない。その変わらぬ愛情の深さに頭を垂れる今日の「母の日」。(城)
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2017年05月13日

名字の言〉 2017年5月13日

名字の言〉 2017年5月13日

 毎朝、近所の竹林を見るたび、その成長の勢いに驚く。「天まで届きそうな」との表現がぴったりだ▼実は天まで届くエレベーターの開発が国内で進んでいる。その名も宇宙エレベーター。実現すれば、宇宙へ人や荷物を運ぶことができる。「『竹取物語』のかぐや姫も竹のエレベーターで地球と月の間を昇降した」。開発検討会議では、そんなユーモアを交えた発表も▼SFファンの間では古くから夢物語として語られていた。だが26年前、開発条件に応えられる素材が発見され、議論が加速。完成目標は2050年という▼「胸中に成竹あり」との故事がある。竹の絵を描くには、まず胸中に竹の姿を思い描くこと――「人生も同じ」だと池田先生はつづる。「心に、未来のどんな絵を描くか。ありありと、目前に見えるがごとく、希望に満ちた絵を描かねばならぬ」。古今の大事業もまた、たとえ誰も信じずとも「できる!」と思った最初の一人から始まった▼勤行・唱題は胸中に「幸福と勝利の絵」を描く作業とも言えようか。絵が現実になった時、周囲にも“自分もできる!”との確信が広がる。御書に「竹の節を一つ破ぬれば余の節亦破るるが如し」(1046ページ)と。まず自分が心に“絵”を描き、挑み始める。そこから人間革命の万波を。(之)
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2017年05月12日

名字の言〉 2017年5月12日

本年、日本の各地で創価青年大会が開催され、弘教や新たな活動者の誕生など、さまざまな「青年拡大」のエピソードが生まれている。その潮流の広がりは世界同時進行だ▼フィリピンでは先月、初の青年部教学研修会をマニラで開催した。大小7000以上の島々から成る同国。1カ所に全国の代表が集うのは容易ではない。しかし、中部のビサヤ諸島や南部のミンダナオ島からも飛行機等を乗り継いで参加するなど、約230人が意気高く集った▼「異体同心の団結」「仕事と信心」などをテーマに、計6時間にわたった講義や質問会。印象的だったのは参加者の輝くような瞳だ。長旅の疲れをものともせず、一言も聞き漏らすまいと真剣に耳を傾ける。メモを取る姿も多く見られた▼メンバーは「仕事の悩みなど、自分が直面している課題について学べ、非常に有意義だった」「普段は会えない地域の友と交流できて、とても刺激になった」と喜びを。「触発」こそ成長の原動力だと深く感じた▼「青年を育てたところが栄える。後輩を伸ばした組織が発展する」――池田先生はこう語り、一貫して次代を担う人材の育成に心血を注いできた。未来を創るのは青年。わが地域で、若き友の成長と勝利を祈り、最大の励ましを送っていきたい。(駿)
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