2017年06月28日

名字の言〉 2017年6月28日

史上最年少で将棋のプロ棋士になった中学3年生の藤井聡太四段が、デビューから29連勝を果たし、30年ぶりに歴代最多の連勝記録を塗り替えた(26日)。将棋ファンはもとより、若き新星の快挙に日本中が沸いている▼将棋は日本が誇る文化で、愛好者は多い。第2代会長の戸田先生もまた、将棋を愛した一人だった。かつて池田先生は「師弟二人で将棋を指しながら勝負の哲学を語りあった」と述懐しつつ、将棋に学ぶ“勝利の鉄則”を後継の友に述べたことがある▼@「攻めあいは、ひるんだら負け」。激戦の時こそ強気で攻め抜いていくこと。A「攻めるは守りなり」。攻撃こそ最大の防御である。そしてB「終盤はスピード」。最後の最後で勝負を決するのはスピードである、と▼日本将棋連盟会長の佐藤康光九段は、藤井四段の特徴の一つに「終盤の強さ」を挙げる。最終盤に勝ちを読み切ってから、勝利へと突き進むまでのスピードに優れ、最短距離で勝利をつかむ力があると評価した(NHK・WEB特集)▼何事も、いざ勝負の終盤ともなれば、競り勝つか、押し込まれるかのせめぎ合い。人生の戦いにあっても「ここが勝負」という急所がある。それを見抜き、強気かつ迅速な行動を貫いた人が、最後の勝者となる。(差)
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2017年06月27日

名字の言〉 2017年6月27日

「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」――短歌ブームの火付け役になった、歌人・俵万智さんの『サラダ記念日』(河出書房新社)の出版から30年。最近でも、インターネット上での投稿や「歌合」が注目を浴びるなど、短歌が静かなブームだ▼日本最古の歌集「万葉集」には、皇族から一般庶民まで幅広い階層の歌が収められている。古今東西、歌とは人間のやむにやまれぬ思いの昇華であろう▼今年、シルバー世代が対象の詩歌コンクールで入賞した、大分の壮年部員。広布の舞台でも、励ましを短歌に込め、延べ300人の同志に贈ってきた。きっかけは38年前、娘の病苦に悩む友を、「辛くとも己に克つが活きる道試練のりこえ春を呼ばなむ」と激励したこと。友は信心根本の挑戦に奮い立った▼壮年が師と仰ぐ池田先生は、詩歌の師でもある。14万5000行の詩作をなした「桂冠詩人」の先生は、詩心とは「絶望をはね返す希望の力」「人間を強くし、民衆と民衆を結びつける力」とつづった▼君よ負けるな、との一念からほとばしる一言の持つ力は、どんな流麗な言葉にも勝る。その意味で、創価の同志は“人間の賛歌をうたう詩人”に違いない。広布のロマンを胸に、今日も友のもとへ歩こう。(泰)
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2017年06月26日

名字の言〉 2017年6月26日

日本三大疎水の一つである福島県郡山市の安積疎水。この開拓の物語が昨年、文化庁の「日本遺産」に認定された。山脈に隔てられた湖と平野を水路でつなぐという、明治政府初の国営農業水利事業である▼推進したのは“維新三傑”の一人・大久保利通。窮乏した武士の救済と近代化のモデルを安積開拓に託した。しかし彼は道半ばで凶刃に倒れ、計画は頓挫しかける▼この時、当時の福島県令・山吉盛典が立ち上がった。安積開拓を「内国開墾の第一着手にして、則ち他日の標準雛形とも称すべし」と語った大久保の言々句々を『済世遺言』としてまとめ、彼の遺志を説いて回った。その後、旧士族の入植者をはじめ、のべ85万人が開拓に加わり、構想から11年後の明治15年に完成。不毛といわれた土地には多様な食文化と新産業が興った▼歴史に「もし」は禁物だが、山吉県令の尽力がなければ、現在の郡山の発展はなかったかもしれない。いかなる難事業も、その成否は、大情熱を燃やした先駆者と共に、同じ心を持つ後継者がいるかどうかで決まるといえよう▼世界広布の伸展もまた、恩師・戸田先生の精神を継いだ池田先生と、共戦の同志が成し遂げた大偉業。師の歴史を仰ぎつつ、新たな開拓に挑む一人でありたい。(閃)
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2017年06月25日

名字の言〉 2017年6月25日

埼玉の会合でのこと。7年前に引っ越してきた婦人が「さんふらわあ7」号で神奈川文化会館へ行った思い出を話し始めた。1980年、池田先生のいる神奈川を目指した、四国の友の“求道の航海”である。“海なし県”のわが地区に、そんな人がいたとは――皆が驚きの表情に▼婦人は、義兄に「代わりに行ってほしい」と頼まれ、歴史的な航海に加わったのだという。覚えているのは、船中、悪天候でカレーライスの皿が右に左に滑ったこと。横浜港で池田先生の姿が見えると皆が一斉に走りだし、船がひっくり返るのではと心配したこと――▼「今、元気で娘と一緒に暮らすことができ、これ以上の功徳はありません。あの時、断らずに、素直に参加したことが良かったのだと思います」。85歳を迎える婦人は、しみじみと語っていた▼御書に「道のとをきに心ざしのあらわるるにや」(1223ページ)と。距離をいとわない志とともに、強い求道心をたたえられている▼「いざ鎌倉」という言葉があるが、ここぞという時は、何をおいても焦点の地に駆け付ける。万一、自分が行けずとも、「できることはある」と祈り、素早く手を打つべき時がある。この、時を逃さない真っ直ぐな行動が広布を開き、大功徳を積みゆくことを確信したい。(道)
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2017年06月24日

名字の言〉 2017年6月24日

王貞治氏が756号ホームランを放ち、「世界記録」を更新してから今年で40周年を迎える。先日行われた東京ドームでの巨人―ソフトバンク戦では、佳節を記念した企画を開催。あらためて偉業への称賛が送られた▼現役時代の王氏が「真剣」を振り、練習に生かしていたことは有名な話。打撃の際には、バットが球の中心に向かって切り進んでいき、球の向こうまで通り抜けるイメージを持っていたという。この鍛錬が球を捉える精度を上げ、一本足打法に磨きをかけた▼その上で、数々のホームランを振り返り「一本たりとも同じ打ち方をしたことはない」と述べる。打撃とは、対する投手も違えば球種もコースも違う一期一会の世界。「初めて出会う球に、ひと振り、ひと振り、新たな気持ちで立ち向かってきた。残った数字はその結果である」と(『もっと遠くへ』日本経済新聞出版社)▼私たちが地域広布の現場で出会う人々も実に多様だ。置かれた環境も抱えている課題も人それぞれ。納得と共感を広げるのに必要なのは、相手が求めるものに応える“真剣さ”以外にない▼深き祈りで一念を磨き、友の心の“芯”を捉える対話で学会の正義を語り抜きたい。一人、また一人と味方を増やす先に、広布拡大の新記録が生まれよう。(値)
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2017年06月23日

名字の言〉 2017年6月23日

強き一念の大切さを伝える、豊臣秀吉の“三日普請”の故事がある。吉川英治が『新書太閤記(二)』(講談社)に描いた▼織田信長の居城・清洲城の壁が、暴風雨で崩れた時のこと。藤吉郎(秀吉)が修復工事を行う普請奉行になった。が、前任の奉行が横やりを入れ、棟梁らは怠けてばかり。工事は遅々として進まない▼そんな中、藤吉郎は職人たちに、国が滅びる惨めさを語り、切々と訴える。「国の興亡は、実はお城にあるわけじゃない(中略)お前らの中にあるのだ」。そして、自ら泥まみれになり、死に物狂いで働いた。彼の熱誠が、皆を総立ちにさせる。その結果、わずか3日で城壁を修復した▼真の団結を生む鍵は何か。池田先生は「自ら『一人立つ』ことである」と明言している。自分が全責任を担い、自分が先頭に立って動き、語り、汗を流す。その真剣さに感化され、人々は続いていく。逆に、心の片隅のどこかで誰かを当てにしていれば、物事は停滞しがち。停滞が始まれば、転落へは一瞬である。わずかな一念の差が、勝敗を大きく決するのだ▼御書に「軍には大将軍を魂とす」(1219ページ)と。いよいよ「師弟の月」7月へ、わが地域に民衆の勝利城を築くのは誰か――。人ではない。自分である。(誠)
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2017年06月22日

名字の言〉 2017年6月22日

「戦争のない時代に生まれたかったということを生き残ったらのちの人々に伝えてほしい」――沖縄戦に出陣する鉄血勤皇隊の壮行会で男子学生が語った言葉だ。学生は戦地に散り、帰ることはなかった▼その言葉を聞いた一人に、ひめゆり学徒隊の生存者・宮良ルリさんがいる。沖縄戦末期、避難先の壕で米軍のガス弾攻撃から奇跡的に助かった。戦後は、学生の言葉を胸に、ひめゆり平和祈念資料館の証言員として、凄惨な沖縄戦と命の尊さを、語り伝えてきた▼戦後70年が経過した一昨年3月、同資料館では、戦争を体験した証言員による講話を、高齢化などの理由で終了した。一方で、若い世代の「説明員」を養成し、“ひめゆりの心”を伝え続けている▼沖縄青年部はこれまで、反戦出版や展示活動を通し、平和の尊さを訴えてきた。本年は「沖縄戦の絵」の貸し出しパネルを新たに作製。現在、四つの小中学校に展示されている。展示を見たある小学生は「絵を見て、悲しくなりました。戦争はやらない方がいいです。ずっと平和がいいです」と感想を。“伝え続けることの大切さ”を改めて感じた▼あすは「沖縄慰霊の日」。逝いた人々の思いを継ぎ、平和を守るために、何ができるのか。自らに問い掛ける日としたい。(結)
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2017年06月21日

名字の言〉 2017年6月21日

ペンを「唇」でくわえると口がすぼむ。だが「歯」でくわえると口角が上がり、笑顔になる――。ドイツの心理学者ストラックは、この二つの条件のもと、いろいろな漫画を見せる実験を行った。その結果、被験者は笑顔を“つくった”場合の方が面白く感じると答えた▼これは、顔の筋肉運動が感情を左右する「顔面フィードバック仮説」と呼ばれるもの。「うれしいから笑顔になる」のは分かるが、その一方、人には「笑顔になるからうれしくなる」という心身の仕組みが備わっている▼さらには、顔に限らず、骨格筋の収縮によって気持ちが変化するという。医学博士の三村芳和氏は、「骨格筋はキモチより上位にある」「背筋をのばし、前を向いて堂々とするから自信をもって文字どおり前向きになれる」と指摘する(『カラダの知恵』中公新書)▼さまざま思い悩むより、行動すれば心は軽くなる――広布の活動の中で実感している人も多いだろう。使命の天地を歩き、対話を重ねる。誠実な振る舞いで、周囲を味方に変えていく。動いた後は、何ともいえない爽快感に包まれる。学会活動はそれ自体が“幸福を生み出す活動”なのだ▼地域のために勇んで動けば、生命も生き生きと躍動する。さあ、きょうも、広布の最前線へ!(速)
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2017年06月20日

名字の言〉 2017年6月20日

明後年に没後500年を迎える画家レオナルド・ダ・ヴィンチは、“目に見えないもの”を描く天才でもあった。例えば戦争画では、兵士の「心の内面」をどう表現するかにこだわった▼勝者を描く際は、「砂埃りのため両眼から流れ出た涙とまざって泥だらけになった頰や眼を両手でぬぐい」「身をかがめて、これ(敵)に止めの一撃を与えようと力をふるって」「頭髪その他の軽いものを風に吹き靡かせながら疾駆する」様子を表現すべき、などと事細かくメモしている▼「心の情熱を表現する動作が人物にあらわれないかぎり、その人物画は賞讃に値しない」(杉浦明平訳『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』岩波文庫)。こうした彼の信念がうかがえる傑作と出あえるのが、全国巡回中の「レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』展」だ▼一口に「勝利」と言っても、それをつかみ取るまでに、人それぞれ、言い尽くせない思いがある。勝利を目指し、脇目も振らず全身全霊で進む人の心の奥底に、巨匠は至高の美を見いだしたのだろう▼上半期の総仕上げへ、各地の友が今、真心を込め、勇気を奮って、広布拡大に挑戦している。その心は目に見えずとも、名画のごとく、まばゆい輝きを放っている。(鉄)
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2017年06月19日

名字の言〉 2017年6月19日

70代の壮年が転倒し、複雑骨折した。以来、出歩くのが怖くなり、家に閉じこもるように。1人暮らしで悩みを抱え込みがちな彼だが、周囲の励ましを力に再起を誓った▼人工関節にする手術は成功。懸命のリハビリに挑む。手術に臨む前、彼が語っていた。数年前、がんに侵された時、親身になってくれた先輩の言葉を思い起こしたという。「同じ病の体験者として言うよ。『担当する医師が名医の働きをするように』と強く祈ることだ」▼悩みや困難に直面すると、絶望して諦めるか、何とかなると甘く考えてしまうのが人間のさが。だが、それでは何一つ変わらない。環境に委ねる受け身の心を排し、「必ず打開してみせる」と決め、自ら行動を開始することだ。過去は変えられないが、現在の行動で未来を変え、過去の意味を変えることができる。強き祈りは、その偉大な一歩である▼今月の座談会拝読御書では、広宣流布の激戦に臨む姿勢を学ぶ。人を頼る心や中途半端な気持ちを退け、「但偏に思い切るべし」(1451ページ)と。直前の御文では「責めて」「責め給へ」と、折伏精神を強調されている。これが、日蓮大聖人が示された勝利の方程式である▼広布と人生の勝利へ、一日一日を大切に、黄金の自分史をつづっていこう!(川)
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2017年06月18日

名字の言〉 2017年6月18日

東京・調布駅前の商店街に「妖怪」がいる。一反木綿、ねこ娘、目玉おやじを頭に乗せた鬼太郎……ご存じ、「ゲゲゲの鬼太郎」の像である。作者の故・水木しげるさんは調布市民だった▼自宅の仕事部屋には、ドイツの文豪ゲーテの格言を紙に書いて張っていたという。太平洋戦争勃発後、水木青年が“人生とは何か”と悩み、答えを求めた相手がゲーテだった。兵隊に召集され、『ゲーテとの対話』の文庫本を雑囊に忍ばせて戦地に赴いたとの逸話も(『ゲゲゲのゲーテ』双葉新書)▼池田先生も終戦後、10代でゲーテの著作と出合った。20代には、戸田先生のもとで文豪の作品を学びに学ぶ。以来、折に触れ、ゲーテを通して友に励ましを送ってきた。調布の青年たちに親しみを込めて「君シラー/我はゲーテと/創価かな」と詠んだこともある▼ゲーテは文豪シラーをはじめ、英国の歴史家カーライルやロシアの詩人プーシキン等とも、積極的に交友を結んだ。「何事かをなしとげようと思ったら、他人の協力と刺戟が必要だ」(山下肇訳)と考えたからだ▼思えば「ゲゲゲの鬼太郎」も、個性豊かな仲間と協力して悪い妖怪と戦い、平和な世界を築こうとする物語。立正安国を目指す創価の運動もまた、友情と団結の力で進んでいく。(之)
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2017年06月17日

名字の言〉 2017年6月17日

小学4年生の子が、宿題で日記を付けていた。父が偶然、見てみると、どうもおかしい。一緒に出掛けたはずの日に、自分の知らない、全く別の行動が書いてある▼不思議に思って尋ねると、これは「他人日記」だという。つまり“自分ではなく友達の日記を、友達になったつもりで書く”という宿題なのだ▼例えば友達が公園に行ったとする。その子がどんな遊具が好きで、誰と遊んで、何を思ったかなどを、自分なりに想像を膨らませながらつづっていく。日記には直接、友達に聞いたことも含まれていた。その中で友達の長所に気付いたり、自分と共通する部分を発見したりするという▼他者の気持ちを想像することは、子らの心の成長に欠かせないばかりでなく、大人にも大切な姿勢だろう。人の気持ちは常に動いているもの。“相手は分かってくれている”と決め付けず、人情の機微を理解し、念には念を入れ、誠意をもって思いを伝えることが必要な時もある▼御書に「友達の一日に十度・二十度来れる人なりとも千里・二千里・来れる人の如く思ふて礼儀いささか・をろかに思うべからず」(1527ページ)と。日常的に触れ合う友にも、遠くの友にも真心を尽くすのが仏法者の振る舞いであり、広布を開く道であることを忘れまい。(行)
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2017年06月16日

名字の言〉 2017年6月16日

小学校教諭の教育部員が、常々、子どもたちに伝えていることがある。「人生は宝探しゲームだよ」。お金では買えない、けれど大切なものを、たくさん見つけよう、と▼「私は一日に『ありがとう』を100回言うの」と語る92歳の婦人を取材した。東京・足立区の団地で、一つ年上の夫を在宅介護する。最初の“ありがとう”は毎朝、目覚めた瞬間。「見える目に、聞こえる耳に」。ポストに届いた本紙を手にすれば、無冠の友のぬくもりを感じる。1時間かけて熟読。同志の信仰体験に、師の励ましに感謝する▼親切なケアマネジャーや介護スタッフに対しても必ず「ありがとう」。「父の日」を前に、夫へのプレゼントを持って来てくれた友人と対話が弾む。就寝前、御本尊に合掌する。「きょうも、たくさんの宝物が見つかりました」。これまで実らせた弘教は60世帯以上。子も孫も皆、広布後継の道を歩む▼最上の幸福とは? そう問われ、釈尊は答えた。「諸々の賢者に親しみ、尊敬すべき人々を尊敬すること」と(スッタニパータ)▼自分がどれほど多くの人やものに支えられているか、気付ける人には愚痴がない。「感謝」を心の基調にする人は、どんな試練も幸福への薪にできる。人生の宝は、すぐ近くにあるものである。(恭)
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2017年06月15日

名字の言〉 2017年6月15日

知人の勧めで本紙を購読した婦人。記事の内容もさることながら、配達員のはつらつとした“あいさつ”に感動したという▼“何と温かく響くのだろう”。婦人は配達員に会うのが楽しみになり、いつしか玄関の前で待つように。購読の契約が切れる頃、知人に継続を願い出た。「あの声をまた聞きたくて。“私も明るくなろう”って勇気が湧くから」。婦人は長年の悩みに立ち向かう決意を固め、先日、入会を希望した▼「声を発する」という過程には喉と口だけでなく鼻や顎、さらに肺・気管など胴体の4分の3が携わっており、実は体のほとんどの部分と関連している。そのため、足首をくじいても声に影響するという。体中の器官の驚異的な連携によって声は生まれている。人は“全身”でしゃべっているのである▼加えて、声の高さや大きさ、速さによって伝わり方が変わる。このような発話に伴う言葉以外の特徴を「パラ言語」と呼ぶ。このパラ言語によって、言葉に“生命”が吹き込まれ、思いが相手に届く(アン・カープ著『「声」の秘密』草思社)▼法華経に「色心不二」と説かれる通り、心と体は一体である。満々たる生命力は、体を伝わって、生き生きとした声となって表れる。きょうも爽やかなあいさつから、友好を広げたい。(靖)
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2017年06月14日

名字の言〉 2017年6月14日

釈尊が初説法の地・鹿野苑へ向かう途中のこと。ウパカという修行者に出会い、対話が始まった▼“仏様”の言葉だからすぐに納得した――わけではなかった。ウパカは「そうかもしれないね」と皮肉交じりに頭を振り、去ってしまったという。仏教学者の中村元氏は、仏でさえも「伝道に関してやはり失敗があったということは、興味ある事実」と(『中村元選集決定版第11巻』春秋社)▼鹿野苑に着いた釈尊は、かつての修行仲間5人のもとへ。数日がかりの対話の末、ついに最初の一人、コンダンニャが教えを理解する。釈尊は感嘆の声を2度も上げた。「ああ、コンダンニャは悟ったのだ!」。やがて他の4人も続いた。なお、先述のウパカも後に釈尊に帰依したとされる▼仏典が伝える釈尊の、なんと人間らしい姿か。「仏」だから、何か特別な力を持っているわけではない。正道を広めたいという誓いの強さ、友に幸福になってほしいという慈悲の深さ、心を通わせようとする誠実と忍耐。仏の「力」といっても、そこに尽きよう▼御書に「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(1361ページ)と。自身の持てる精いっぱいの力を振り絞って、対話に挑もう。その人こそ、仏にも等しい、広宣流布の偉大な勇者である。(之)
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2017年06月13日

名字の言〉 2017年6月13日

米国は“人種のるつぼ”といわれる。西海岸のシアトルにも多様なルーツを持つ人々が存在し、街は異なる価値観を受け入れる雰囲気にあふれていた▼シアトルの人々は友好的な一方で、親しい友人になりにくいという。それを表す言葉が「シアトル・フリーズ」。「フリーズ」は「凍結」「固まる」等の意味。自分とは違う他者の考えにも理解は示すが、自分の“本音”はなかなか語らない。心の奥を知ろうとする相手には、拒否反応を示す傾向があるそうだ▼“建前”で語り合っても、本当の友情は築けない。そうした状況の中でSGIの友は、どう対話を広げているのか。男子部のリーダーが、三つのポイントを挙げた。「友の心を開く祈り」「友を信じる真心」「友に語り抜く勇気」と▼「祈り」「真心」「勇気」――日本の私たちも実践していることだ。今、シアトルは全米をリードする広布拡大を成し遂げているが、そこに何か特別な方法があったわけではない。「『御書』と『師弟』が、シアトルの“驀進”の原動力です」との彼の言葉が、強く印象に残った▼「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192ページ)を心に前進したい。“広布の壁”を破る力は、どこまでも師弟を根幹とする「法華経の兵法」である。(芯)
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2017年06月12日

名字の言〉 2017年6月11日

各地で梅雨入りし、「五月雨」が降り続いている――こう書くと“もう6月なのに、なぜ五月雨?”と思われる方もいるかもしれない▼五月雨は、旧暦5月に降る長雨のこと。今の6月に当たり、本来は梅雨を指す。「五月晴れ」も同じく、元は梅雨のさなかの晴れ間のことだった。端午の節句も、古くは梅雨時の行事。菖蒲の香りは、じめじめした長雨の毒消しになった▼五月雨は、歌にも数多く詠まれてきた。例えば「日の道や葵傾くさ月あめ」(芭蕉)――梅雨にぬれて、葵の花が傾いて咲いている。その傾く方向は、太陽の通る道筋。日は出ていないが、葵も日の光を慕っているのだ、と▼3月まで神戸で開催された学会主催の企画展「No Rain No Rainbow(=雨が降るから虹が懸かる) 7色に輝く女性展」。そこでカナダの作家モンゴメリーの言葉が紹介されていた。「どんな人の人生にも憂鬱と落胆の日々があるだろう」「けれど、いつでも空に太陽があるということを忘れてはいけない」(桂宥子訳『モンゴメリ日記 愛、その光と影』立風書房)▼梅雨の雨があるから、実りの秋は訪れる。人もまた、悲しみや苦しみといった“雨の日”があるからこそ、幸福という太陽の貴さを知り、人生を実り多くしていける。(鉄)
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2017年06月10日

名字の言〉 2017年6月10日

仕事やスポーツなどで優れた結果を出すには、チームワークが不可欠。しかし多様な人々を一つにまとめるのは容易ではない▼一昨年までラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた荒木香織氏は、「コミュニケーションが勝利の要」と語る(「潮」7月号)。まず大事なのは@リーダーが目標やビジョンを皆と共有すること。作業の指示や数字の押し付けだけでは一人一人が主体性を持てないからだ。またAメンバーが自身の定めた目標に挑み、それがチーム全体の目標の達成に結び付くようにすることも重要である▼最も大切なのはB組織内の他者に興味を持ち、互いを理解するよう努めること。日常生活も含めて相手のことを知るなど、意識的に関係づくりをしてこそ、チームの団結力・共感力は上がるという▼学会が強い団結を築き上げた理由の一つは、体裁や虚飾を取り払った「人間としての絆」を重んじてきたからだ。家庭や仕事、病気の悩みなど苦しいことも率直に語り合い、励まし合う。その中で築かれた互いへの信頼と理解が、各人の苦難の山、そして広布の峰を越えゆく力となってきた▼我らの活動の根本は一対一の語らいだ。相手の状況に耳を傾けながら、激励の言葉を送りたい。その積み重ねが幸福と勝利への王道である。(駿)
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2017年06月09日

名字の言〉 2017年6月9日

作家の半藤一利さんが「デマのスピード」と題して、こんなエピソードを紹介している▼時は1938年(昭和13年)。日中戦争が泥沼化し、日常生活も苦しくなる中、巷には多くのデマが飛び交っていた。そこで、デマが広まる速さを“実験”しようと陸軍参謀の一人が民間の友人に吹き込んだ。“国民の士気に関わるので今は伏せているが、実は双葉山が昨日死んだ”▼その後、参謀本部は“24時間内に、この噂話が入ったら直ちに報告せよ”と国内外の全陸軍部隊に周知した。双葉山といえば当時、69連勝した大横綱。噂話はたちまち広がった。一番遠くは満州(現・中国東北部)にある司令部からの報告だったという(『歴史のくずかご』文春文庫)▼日蓮大聖人は「立正安国論」で「速に対治を回して早く泰平を致し」(御書33ページ)と。世にはびこる誤った思想や宗教を「速に」打ち砕き、「早く」社会の平穏を取り戻す。これが仏法者のあるべき姿勢であろう▼インターネットの発展により、今は情報が瞬時に世界を巡る。人々の不安をあおる悪意に満ちた話も後を絶たない。私たちはウソを追い抜くような速度で、人を励まし、人をつなぐ言論戦を展開したい。よりよい社会を築くために必要なのは「真実を伝えるスピード」である。(値)
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2017年06月08日

名字の言〉 2017年6月8日

宮崎県内の海岸で、アカウミガメの産卵が始まった。実は日本は、世界有数のアカウミガメの産卵地。太平洋側を中心に産卵が確認され、北太平洋では唯一の産卵地となっている▼環境省の「ウミガメ保護ハンドブック」によると、日本で生まれたアカウミガメは、黒潮にのって太平洋を横断し、エサが豊富な米カリフォルニア半島の沖合を目指す▼そこで成長したアカウミガメは、産卵のために再び日本へ戻ってくるのだが、子ガメが親ガメほどの大きさになるには、約30年もかかるそうだ。長旅を経て、夜の浜辺で静かに産卵するアカウミガメがいとおしくなる▼カメと言えば、法華経に説かれる「盲亀浮木の譬え」を思い出す。深い海の底にすむ「一眼の亀」は苦しみから逃れるため、自分にぴったり合う栴檀の浮木に出あうことを願う。ところが、海面に浮上する機会は千年に一度。その時、大海原で条件を満たした浮木に出あうことは極めてまれなことから、正法に巡り合うことの難しさを教えている▼日蓮大聖人は「一切衆生は一眼の亀なり栴檀の浮木とは法華経なり」(御書779ページ)と。仏法に巡り合えた喜びと感謝を忘れまい。師と共に、同志と共に前進する世界広布新時代の今こそ、千載一遇の「天の時」である。(誼)
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2017年06月07日

名字の言〉 2017年6月7日

“スーパー銭湯”などの人気はあるものの、都内の公衆浴場の数は、年を追って減り続けているという▼東京・八王子市のある銭湯が昨秋、創業62年でのれんを下ろすことに。だが周知されるや、存続を求める署名運動が起こった。始めた有志の一人は「住民の貴重な交流の場だし、震災時には防災拠点にもなるから」と。署名は約2600人分も集まり、感動した店主が閉店の延期を宣言。テレビでも紹介され、銭湯は今、多くの人でにぎわう▼東京・信濃町の総本部がある場所にも、かつて「信濃湯」という名の銭湯があった。営業していた時期は、昭和21年からの10年間。戦火で家を失った人たちのために地元町会が作ったもので、連日満員の大繁盛だったそうだ。昼間や休日には集会場として活用され、子どもたちが紙芝居を見たり、婦人が民謡を踊ったりしていたという▼人情味あふれる交流の場が今、世界中の人々が訪れる地となったことに、往時を知る方々も「不思議な縁を感じる」と語る。毎夏、総本部の敷地で行われる信濃町商店振興会主催の盆踊り大会も盛況だ▼社会の平和と安穏を目指す「立正安国」とは一面、“地域共同体の再生作業”ともいえよう。にぎやかに対話を広げながら、心通い合うわが町を築いていこう。(之)
posted by ハジャケン at 08:42| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

名字の言〉 2017年6月6日

東京の大正小学校で校長を務める牧口先生を追放しようと圧力がかかった(1919年)。権力におもねることなく、理想の学校運営を進める牧口先生に私怨を抱く者たちの謀略だった。心ある教員や保護者が留任運動に決起したが、結果は異動となった▼だが、この異動がなければ創価の歴史は変わっていたかもしれない。牧口先生は転任先の西町小学校で、北海道から上京した若き戸田先生と出会ったのである。人生には後になって意味が分かることがある。目先の結果に一喜一憂せず信念を貫く時、どんな出来事も意味あるものになる▼ある壮年部員が、まな娘の病と職場の業績悪化という二重の試練に襲われた。必死に祈り切った時、それぞれに“結果”が出た。娘の病は治療も功を奏して完治。一方、壮年自身は50歳にしてリストラされた▼壮年は祈りを強め、やがて再就職を。平社員からの再出発で、労働条件は厳しい。それでも“信心で勝ち取った職場に、敗北の歴史を刻んでたまるか”と歯を食いしばった。苦労が実を結び、その後、壮年は社長に抜てきされた▼一見、不条理に思える事態でも、仏法の眼で見れば、その中から“自分でなければ果たせない使命”をつかむことができる。そうして道を開くのが信心である。(城)
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2017年06月05日

名字の言〉 2017年6月5日

“白衣の天使”の象徴であるフローレンス・ナイチンゲール。彼女には「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である」との言葉通り、信念を貫く強さがあった▼莫大な資産を持つ英国のジェントリ(地主貴族層)出身で、豊かな暮らしを送っていた。しかし18カ月間の欧州旅行中、飢餓に苦しむ難民に遭遇した▼看護師は当時、下層階級の職業とされていたが、彼女は家族の猛反対を押し切り、看護の道を使命と定めた。病院の制度改革、看護教育の創設で地位向上に貢献し、“近代看護の母”と称賛される(リン・マクドナルド著『実像のナイチンゲール』現代社)▼創価大学を卒業した島根の女子部員。安定した仕事に就いていたが、6年前、東日本大震災が発生。熟慮の末、「一番苦しんでいる人に尽くそう」と退職し、看護学部1期生として創大に再入学した。卒業した今春から総合病院に勤務する。「“妙法のナイチンゲール”として、医療の現場で貢献したい」と語る▼使命を自覚した人は強い。その覚悟が、生と死のせめぎ合う厳しい医療の現場で、自身を支える力となろう。生命尊厳の哲学を胸に、苦しむ人のために戦う看護従事者を心からたたえたい。あす6日は白樺グループ結成の日。(士)
posted by ハジャケン at 08:49| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月03日

名字の言〉 2017年6月3日

“南無妙法蓮華経と唱えただけで成仏できるのでしょうか?”――およそ740年前、女性門下の手紙に、日蓮大聖人は譬えを交えて答えられた。「百千万年の間、闇に閉ざされていた所でも、灯を入れれば明るくなる」(御書1403ページ、通解)。妙法の絶対の功徳を語る言葉に、悩みに包まれていた弟子の心にも、希望の光が差したことだろう▼本州からフェリーで30分の広島県・大崎上島。この島で本部幹部会のインターネット中継が開始されたのは9年前の6月だった。「この方が池田先生じゃよ!」。同志は島民を招き、師の偉大さを宣揚した▼そこに一人の女子部員がいた。映像を通して触れた師匠の温かさに報恩の挑戦を誓う。多くの友人に本紙を手渡し、港で毎朝会うフェリーの船員を入会に導いた▼本年4月には76歳の壮年と仏法対話。一度断られても諦めない。壮年は「あなたがそこまで言うなら門下生になります」と勤行を実践。後日、晴れて入会記念勤行会が行われた▼あす4日は「世界池田華陽会の日」。池田先生が創価女子会館を訪問し、「永遠の五指針」を贈ったのが淵源だ。指針の一つに「朗らかな幸福の太陽たれ」と。“今、師と共に!”と誓う時、心に太陽が昇る。華陽の連帯は友の心を変え、地域を変革する力となる。(子)
posted by ハジャケン at 09:39| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする