2015年05月07日

大白蓮華 2015年5月号 巻頭言 -後継の光の君よ、学び勝て!-

大白蓮華 2015年5月号 巻頭言
-後継の光の君よ、学び勝て!-

創価学会名誉会長 池田大作

『人』を育て、未来へ伸ばそう!

『人材』をつくり、社会へ送り出そう!

無窮(むきゅう)の光は、『人づくり』から生まれる。

『若き心は豊かな大地である。時に適(かな)っていれば、一言の種であっても、わずかのうちに、永遠なる果実を育む』。これは、ウルグアイの文豪ホセ・エンリケ・ロドの言葉である。

青春の心の大地に、時に適った真心の励ましを送り、希望の種、向学の種、勇気の種を蒔(ま)いて、幸福勝利の果実を育むのが、我ら創価の未来部育成だ。

『声仏事(こえぶつじ)を為(な)す』(御書 780p)である。令法久住(りょうぼうくじゅう)の伝持(でんじ)の人にかけゆく激励の一声また一声は、まさしく『仏の仕事』を為す最極の力といってよい。

日蓮大聖人は、門下の家庭に新しい命が誕生したことを聞かれると、法難(ほうなん)の佐渡より、『現世には跡をつぐべき孝子(こうし)なり後生には又導(またみちび)かれて仏にならせ給べし』(1123p)と寿(ことほ)がれた。

わが未来部は、世界広宣流布の誓願を果たすため、今この時に踊り出てくれた、かけがえのない御本仏(ごほんぶつ)の仏子(ぶっし)である。どれほど宿福深厚(しゅくふくじんこう)の一人一人か。

濁世(じょくせ)なるがゆえに思わぬ試練もあろう。しかし、大聖人は幼子(おさなご)の病の報告に仰せになられている。

『わざはひ(禍)も転じて幸(さいわい)となるべし、あひかまへて御信心(ごしんじん)を出(いだ)し此(こ)の御本尊(ごほんぞん)に祈念(きねん)せし給(たま)へ、何事か成就せざるべき』(1124p)と。いざという時の勇気ある信心が、一家の永遠の大福運を勝ち開くのだ。

 健やかに
  創価の後継
     天高く
  学び光れや
    勝利の王者と


第三代会長に就任して、私が最初に結成したのも未来部である。手作りで薫陶を開始した鳳雛(ほうすう)たちと、私は『佐渡御書』の一節を深く強く拝した。

それは、『師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし』(957p)との仰せである。

無名無冠の父母たちが、私と共に『師子王の心』を取り出して、いかなる苦難も恐れず、築き上げてきた異体同心の大城こそ、正義の創価学会だ。

ゆえに、わが後継の未来部に託すべき学会精神の第一は、『師子王の心』である。

未来本部、教育本部をはじめ、人材を育てる真の人材の力をいよいよ結集して、高等部・中等部・少年少女部の友を激励していきたい。

私が見守ってきた大阪のドクター部のリーダーは、小学生の時に母を病で亡くした。祖母から信心を教わり、未来部の会合で、自分に自信を持ち、人に尽くす『生命尊厳』の仏法の生き方を学び、胸を弾ませた。

『学び抜いて勝つ』と努力を貫き医学者となった彼は、感謝と報恩の心に燃えて、渾身の力で活躍する。

無量の光明を放って涌出(ゆじゅつ)する地涌(じゆ)の菩薩(ぼさつ)さながらに、『従藍而青(じゅうらんにしょう)』の若人が喜び舞いながら登場する『世界広布新時代』は、今まさに到来した。

愛する後継の光の君よ、君たちよ!世界第一の創価の人材のスクラムで、伸び伸びと学び、鍛えてくれ給え!そして、世界の友と手を携え、新たな地球社会の希望の暁鐘(ぎょうしょう)を打ち鳴らしてくれ給え!



posted by ハジャケン at 10:03| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月05日

大白蓮華 巻頭言 勇気で開け! 信念で勝て!

平成25年7月号(No.763)
大白蓮華 巻頭言
勇気で開け! 信念で勝て!
創価学会名誉会長 

 対話は、生命と生命が奏でゆく交響曲である。
 活力あふれる前進のリズムも、心通う信頼のハーモニーも、新たな創造の旋律も、対話から生まれる。
 北欧デンマークの大教育者ヘニングセン博士は、「相手と全然、意見も違うし、見方も違うし、人格も違う。だからこそ、対話をする意味があるのです」と闊達に語っておられた。
 皆、最初の一声には勇気がいる。だが、臆さず声をかければ、そこから新鮮な魂の共鳴が広がる。
 仏法の広大無辺の生命観に照らせば、万人に仏性がある。誰もが「十界互具」「一念三千」の当体だ。
 それぞれの個性を尊重し合いつつ、幸福へ、平和へ、「立正安国」の対話を繰り広げていくのである。
 強き深き信念に生きゆく人は、それだけ大きく悠然と相手を包んで、有意義な語らいを進められる。
 「信力の故に受け念力の故に持つ」(1136ページ)
 これは、日蓮大聖人が、神奈川の天地で信心を貫く四条金吾に示された「法華文句」の一節である。
 信心とは、人間として最極の「信念」なのである。
 この信念に立って、我らは、法のため、人のため、社会のため、自らの大確信を語り抜いていくのだ。
 度重なる試練に立ち向かう池上兄弟への御聖訓には、「いい切り給へ」「申し切り給へ、すこしも・をそるる心なかれ」(1091ページ)と記されている。
 祈りを定め、正義を師子吼してこそ、わが巻属を、生命の幸福勝利の軌道へと引っ張っていけるのだ。


わが人生
  断固不動の
     信念で
   富士の如くに
     堂々勝ちゆけ


 師匠・戸田城聖先生は、勇気凛々と「もっと大きな闘争はないか!」と叫ばれるのが、常であった。
 大闘争の中でこそ、人間革命できる。宿命転換も早い。一生成仏の道も広々と開かれるからだ。
 先生は、同志の健闘を労われながら言われた。
 「信心を貫けば、絶大なる功徳が厳然と現れる。それは中途半端なものではない。学会には、広宣流布と立正安国という不動の大信念がある。ゆえに、どしどし語れ! 一切の労苦を御本尊は御存知だよ。そう思えば、大勇も湧いてくるではないか」と。
 これが、我らの変わらざる学会精神である。
 昭和三十六年九月、愛する関西を第二室戸台風が襲った。大阪事件の公判に出廷の日、私も被災地に駆けつけ、せめてもの励ましを送った。この折、懸命に救援に尽くしていた同志の姿が胸から離れない。
 当時も今も、地域のため、悩める友のため、大誠実の対話を続ける一人の母は、微笑み語られている。
 「たとえ反発しても、相手の仏性は『ありがとう』と喜んでいるのです。だから、見放したらあかん、よし、とことん話そう! と奮い立ってきました。一人でも多くの人と仏縁を結んで、福運をつけてもらいたい。生涯勇気、生涯感謝で勝ちます!」と。
 この偉大な母たちに最敬礼し、私は題目を送る。
 「強盛の信心弥弥悦びをなすべし」(1448ページ)との仰せのままに、いよいよの信心で、悩みも喜びに変え、生命の勝利の交饗曲を轟かせゆこう!
posted by ハジャケン at 15:34| 山梨 ☔| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月14日

大白蓮華 2012年 11月号 巻頭言 「蘭室の友」のスクラムを

大白蓮華 2012年 11月号 巻頭言

「蘭室の友」のスクラムを

   創価学会名誉会長  池田大作

 今日もまた
  雄々しく生きなむ
    朗らかに
  人間帝王
    三世を見つめて

 「太陽の如く、わが心は揺るぎなし。ゆえに、我もまた常に光り輝く!」──千年の昔、シルクロードの大詩人バラサグンは叫んだ。

 日蓮仏法は、太陽の大法である。
 我らは、来る日来る朝、朗々たる題目の音声と共に、わが生命に元初の旭日を昇らせ、人生と社会を赫々(かくかく)と照らしていくのだ。

 思えば、「竜の口の法難」の折には、鎌倉・松葉ヶ谷の草庵(そうあん)に、幕府の数百人の兵士たちが襲いかかった。
 しかし、日蓮大聖人は微動だにされない。「あらをもしろや平左衛門尉(へいのさえもんのじょう)が・ものにくるうを見よ」(ページ)と大高声で呵責(かしゃく)され、正義と真実を悠然(ゆうぜん)と語っていかれた。時にどっと笑いが沸(わ)き起こるほどであった。
 竜の口の刑場でも師子王の厳然たる大光を放たれた。さらに、相模の依智(えち)まで護送した兵士たちまで労われた。その御振る舞いを目の当たりに拝し、彼らは次々に念仏を捨て去る誓いを立てたのである。

 かの「立正安国論」では、皆が嘆(なげ)き悲しむ「天下の災(わざわい)」や「国中の難(なん)」にいかに立ち向かうか、主人と客の同苦の対話が重ねられている。
 そこから変革への結合を生み出す光が、「蘭室(らんしつ)の友」の交わりである。すなわち、香り高い蘭(らん)の花のある部屋に入ると、その人まで香しく感化される。それと同じように、よき友との交流によって、正しき哲学と貢献(こうけん)の行動に目覚(めざ)めることができる。

 闇夜(やみよ)を破(やぶ)る暁光(ぎょうこう)の如く、「立正安国」の大理想へ「蘭室の友」のスクラムを、民衆が立ち上がり、民衆に広げてきたのが、創価学会である。

 皆、同じ乱世(らんせ)を生きる仲間である。
 心の垣根(かきね)をつくらず、胸襟(きょうきん)を開いて、気さくに対話をしていくことが、どれほど大切か。
 どの人の生命にも、必ず仏性が内在している。その仏性に、妙法を唱える「地涌の菩薩」の勇気と誠実の声が響かないわけがない。

 師・戸田城聖先生は言われた。
 「誰(だれ)もが悩み多き衆生ではないか。かりに反発しても、命の奥底では、仏法を求めている。話をした以上、妙法と永遠の縁を結んだのだから、相手は必ず変わっていくんだよ」
 この確信の対話で、尊き多宝の友は広布の原野を開拓してきたのだ。

 あの昭和31年5月、大阪支部が1万1111世帯の折伏を成し遂げた時、その一人として入会した淀川(よどかわ)の母がおられた。
 地域の広宣流布を願い続けた。この母の心を受け継ぎ、娘さんも悪口にも怯(ひる)まず、ぬかるみの路地裏を走って法を弘めてきた。

 私は、娘さんに「蓮池(はすいけ)や 泥(どろ)より出でたる 功徳かな」と句を贈った。宿命を使命に変え、今も友の功徳の花を咲かせておられる。
 錦宝会(きんぽうかい)の年代になった娘さんは笑顔で語られる。「臆(おく)してしまえば、魔が喜ぶだけです。会う人ごとに心で題目を唱え、味方に変えてきました。信心の大歓喜を、皆にどんどん伝えたいのです」と。

 「蘭室の友」の連帯を創り広げる「仏縁の拡大」は、自他共に永遠にわたる「幸福の拡大」であり、「心の財の拡大」なのである。

 我らの「創立の父」牧口常三郎先生は、戦時中、法難の牢獄(ろうごく)にあっても桜色に紅潮された若々しい顔で、堂々と平和の仏法を語り抜かれた。
 勇気凛々(ゆうきりんりん)と祈り戦う行動にこそ、創価の太陽は輝くことを忘れまい。

 悠然と
  広宣流布の
   大道を
  戦い勝ちゆく
   無辺の劇かな
posted by ハジャケン at 10:46| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月号 巻頭言  創価の会合は「仏の会座」なり

2010年 10月号 巻頭言
創価の会合は「仏の会座」なり

創価学会名誉会長  池田 大作

 今世(こんぜ)にて
   人華(にんげ)の薫(かお)る
       無上道(むじょうどう)
    楽しく歩(あゆ)めや
         幸(さち)の仲間(なかま)と

 人は、人によって磨かれ、人の中で成長する。イタリアの思想家マッツィーニは、「人間の絆(きずな)を強め、幅広い人々との連帯を広げることは、私たち一人一人の力を何倍にも強める道」と語った。現代社会の重苦しい閉塞(へいそく)を突き破る希望も、人間の結合にあるといってよい。
 殉教(じゅんきょう)の先師・牧口常三郎先生は、民衆が心を通わせて、無限に幸福を開く宝の鍵を残してくださった。
 それが「座談会」である。
 座談会があればこそ、私たちは仏法に巡りあうことができた。
 座談会があればこそ、皆で励まし合い、悩みを乗り越えられる。
 座談会があればこそ、わが地域に歓喜と安穏のオアシスを築き、月月・日日にたゆまぬリズムで無量の価値を創造していけるのだ。
 座談会を中心とする創価の会合は、法華経に完璧(かんぺき)に則(のっと)り、御書に寸分違(すんぶんちが)わぬ「仏(ほとけ)の会座(えざ)」である。
 これほど尊極の集いはない。
 法華経の随喜功徳品(ずいきくどくほん)に説かれる通り、妙法の会合へ「共に行こう」と誘う功徳も、「一人の友を連れて来る」功徳も、「来た人を温かく迎えて座を分かち合う」功徳も、いずれも絶大だ。
 会場を提供してくださる御家庭の大福運も、厳然と経文に記されている。
 日蓮大聖人は、「一生(いっしょう) 空(むな)しく過(すご)して万歳(ばんさい) 侮(く)ゆること勿(なか)れ」(御書P970) と門下の中心者に烈々たる御手紙を送られた。その末尾には、こう書き添えておられる。「志有(こころざしあ)らん諸人(しょにん)は一処(いっしょ)に聚集(じゅうしゅう)して御聴聞(ごちょうもん) 有 (あ)るべきか」(御書P970)
 一人で拝読するだけではない。
 よし! 同志と「一処(いっしょ)」に集まろうと、勇んで行動を起こせば、その潔き「志」によって、決然と魔を打ち破れる。そして師匠の指導を学び合い、共々に広宣流布の誓願へ「師子王の心」を取り出していくのだ。
 行く前は気が進まなくとも、会合へ参加すれば、清々しい境涯が開ける。会合には、幸福と勝利へ妙なる"磁力"が生じている。
 わが師・戸田城聖先生は、一回一回の会合に真剣勝負であった。
 「『当(まさ)に仏を敬(うやま)うが如(ごと)く』と仰せではないか。一人のために! 一人一人と共に! この原点を忘るるな。いかなる虚栄も、心の垣根(かきね)もない、この世で一番楽しい充実と和楽の会合にしていくのだ」と。
 なかんずく、恩師が大事にされたのは、友の体験発表である。体験には、障魔に打ち勝った信心の勢いがある。生命力の息吹がある。ゆえに、皆の心を勇気づけてやまぬ、真実の触発力が脈打っているからだ。
「御聖訓には「現在に眼前(がんぜん)の証拠(しょうこ)あらんずる人・此(こ)の経(きょう)を説(と)かん時は信(しん)ずる人もありやせん」(御書P1045)と。
私も、わが人間革命の実証を青年らしく語り抜いて、拡大の波を起こしてきた。前進前進の文京支部の座談会で、一度に五十人近い方々が入会を希望されたことも懐かしい。
アメリカを代表する仏教研究家ストランド氏は洞察しておられる。
「体験の共有は信仰を深め、信仰は人生を深める。そうして深められた人生が、やがて社会を変革していく」「創価学会が座談会を活動の基軸とする限り、信仰の息吹は新鮮さを失わないだろう」と。
アフリカのコートジボワールでも、国土の平和と繁栄を祈りつつ、各地で新来の友を迎え、毎月、約九百回の座談会が活発だ。青年の拡大が目覚ましい。
さあ、新たな人材の躍進だ!
恩師の師子吼(ししく)が蘇(よみがえ)る。「大勢の会合も、少人数の会合も、大切にしていくことだ。この会合に集った人から、すべてが始まる。この会合から勝ち開いていくのだ」と。

 晴ればれと
  勝利と歓喜の
     肩組みて
   創価の広布は
      仏勅(ぶっちょく)なるかな
posted by ハジャケン at 10:41| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月26日

頭脳革命

頭脳革命

「これからは、人間革命と共に“頭脳革命”です」

「“本門の時代”に形式は不要です。これからは“勝ったか負けたか”です。どんな証拠をつくったかということだけを私は問題にする。男が弁解するものではない」

信心は形式ではない。なぜなら形式には中身がないからだ。心がないからだ。まして組織が形式で動けば団結がなくなる。心があわなければ勝負に勝てない。
【「本門の陣列は立つ!」】大白蓮華2012・7月号
posted by ハジャケン at 10:49| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月18日

大白蓮華 2012年 3月号 巻頭言 わが壮年部よ! 同志の城を頼む

大白蓮華 2012年(平成24年)3月号 巻頭言

「わが壮年部よ! 同志の城を頼む」

創価学会名誉会長 池田大作

 君も勝て
  我も勝ちなむ
    断固して
  この一生を
    勝利の賢者と

 壮大なシルクロードの天地に伝わってきた格言に、「下り坂の後は必ず上り坂が来るように、男はどんな状況でも活路を見出す」とある。
 これぞ我ら壮年部の心意気だ。
 いかなる苦難の道も、昂然と胸を張って乗り越え、皆に勇気を贈り、共々に勝利の喜びの都へ凱旋する。ここに広布の闘将の本懐が有る。

 日蓮大聖人は、競い起こる三障四魔と戦う池上兄弟を「石は焼けばはい(灰)となる金(こがね)は・やけば真金となる」と励まされた。

 身も心も焼き尽くされるような苦しみを経てこそ、男は本物となる。仕事の危機や大病等、厳しい試練を耐え抜いて、黄金の柱と立つのだ。

 事業が絶体絶命の窮地にあった、その時、わが師は毅然と言い放った。「さあ、来い!戸田城聖は戸田城聖である。御書は、一から百まで信心で勝てと教えておられる。信心で踏ん張った分だけ、必ず偉大な勝利の夜明けが待っているのだ」

 法華経に湧現する、巨大にして荘厳な「宝塔」は、何を意味するのか。
 日蓮大聖人は、壮年門下の阿仏房の問いに答えられて、「末法に入って法華経を持つ男女の・すがたより外には宝塔なきなり」「阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房」と仰せである。

 広宣流布に生き抜く父母たちの生命こそが、尊極の「宝塔」なのだ。
 この宝塔は、生老病死の諸々の苦悩をも、妙法の力で「常楽我浄」の香風へと転じながら、人々を励まし、導いていく存在である。まさに、わが多宝会・宝寿会・錦宝会の皆様方の振舞いそのものではないか。

3.11東日本大震災から1年

 仏勅の
  我が学会の
   君もまた
  尊き柱と
   その名は三世に

 東北に、私と同じ年代の忘れ得ぬ多宝会の戦友がいる。かつて支部長時代には、倒産から雄々しく再起した。第一次宗門事件の嵐の中でも、丑寅勤行を続けながら、勇敢に指揮を執ってくれる彼に、私は贈った。

辛くとも 君よ頼む 同志城

 宝の学会を魔軍に踏み荒らされてなるものかと戦い抜いてくれた。
 ――あの東日本大震災より一年。彼は今も厳然と皆を激励し、同志の城を守りに護ってくれている。

 先日も、嬉しい近況を伺った。「お陰さまで今が一番元気です。毎日が、戦える幸福感と感謝と感動で一杯です!」わが壮年部が意気軒昂であれば、婦人部が喜んでくださる。青年部も快活に続く。未来部も強く元気に育つ。地域も社会も刮目する。「黄金柱」とは、一切を黄金に変えゆく柱だ。

 御義口伝には「法華経の題目は獅子の吼ゆるが如く」と仰せである。大変であるほど、題目だ。この無敵の獅子吼で雄渾なる大生命力を発揮し、断じて勝ち抜くのだ。

 アメリカの仏教研究家ストランド氏も、人生に積極的・現実的に立ち向かう学会員の力の源は「題目を唱える時のダイナミックな『声』と勢いにある」と洞察されている。

 今、各地で頼もしい「勇士」の陣列が拡大し、ヤング壮年部が奮起している。法城を厳護してくださる王城会、さらに太陽会、敢闘会等の奮闘も、何とありがたいことか。

 私も一生涯、戦う壮年部である。師の叫びを不二の盟友に贈りたい。
「広宣流布のために、"男の生きざまとはこうだ!"というものを、この世に残そうじゃないか!」
posted by ハジャケン at 11:21| 山梨 ☔| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月01日

大白蓮華 巻頭言 平成24年1月号 共に集い! 共に勝つ!

平成24年1月号(No.745) 大白蓮華 巻頭言

共に集い! 共に勝つ!

 創価学会名誉会長 


 君の胸
  われの胸にも
   黄金の
  旭日かがやき
    共戦楽しや
 「生命は、日々たえまなく生まれ変わる。これを知れば、心がはずむではないか」──非暴力の英雄マハトマーガンジーの叫びである。
 妙法という蘇生の音律を、朗々と唱えゆく我らの胸には、来る年来る朝、元初の太陽が勢いよく昇る。全世界の久遠の同志と励まし合い、張り切って旭日の行進を開始したい。
 日蓮大聖人は、釈迦・多宝のもとへ十方の仏菩薩が集った虚空会の儀式を「我等衆生を仏になさんとの御談合なり」(1360ページ)と仰せである。
 全員を「一生成仏」の直道へ!
 一人ももれなく「幸福勝利」を!
 この仏意に完璧に合致した荘厳な妙法流布の会座こそ、座談会を中心とする創価の会合なのである。ゆえに、そこには、参加者の仏性を引き出さずにはおかない、鮮烈な「人間革命」の“磁力”が生じてくるのだ。
 紙も十分にない法難の佐渡から、大聖人は「師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」(957ページ)と書き送られた。
 結びには、「此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て」(961ページ)と記されている。
 一人だけではない。同志と共に、師の正義を学び、一丸となって「師子王の心」を奮い起こしていくのだ。
 そこに、どんな三障四魔も打ち破る仏の大力が満々と座るからである。
 たとえ会合に行く前は気が重くとも、出た後には清新な息吹が広がることは、皆が実感するところだ。
 師・戸田城聖先生の言葉が蘇る。
 「会合は、最も明るい尊極の生命の安全地帯だ。集う人は千人が千人、必ず永遠の幸福の軌道に入るのだ」
 三十年前の一月、私は寒風の秋田へ飛んだ。健気な同志と、雪の舞う中、「人間革命の歌」を大合唱した。
 ♪君も征け 我も征く
  吹雪に胸はり いざや征け……
 轟く正義の勝関は、不滅である。
 一人の支部長が語っておられた。
 「どんなに坊主に悪口を言われようと、学会の世界は信心の大歓喜が爆発する集いにするのだ! 負げでたまるか! と戦ってきました」
 この広布の闘将は、八十代の今も弘教を実らせ続け、「あなたが言うならば」と入会した青年と学会活動に励み、後継の人材を育てている。
 法華経に明確に断言される通り、妙法の会座に出て「初めて法を聞き随喜する」功徳も、「一価でも随喜して人に語っていく」功徳も無量無辺である。さらに、その法座となる大切な会場を提供してくださる御家族の大功徳も計り知れない。
 座談会に参加して多くの体験談に励まされてきた学会員は、自らも困難と戦い、打ち勝つ「勇気」が出せる──これは、アメリカの仏教研究家ストランド氏の鋭い洞察である。
 氏は「創価学会の座談会を軸とした布教のあり方は、無限に拡大していける」とも論じてくださっている。
 r-ダーは一回一回の会合の充実を真剣に祈り、価値ある前進のリズムを作って、出席できない一人一人の激励も、細やかにお願いしたい。
 かのビクトル・ユゴーは訴えた。
 「強くなるためにこそ一つになれ、幸せになるためにこそ団結せよ」
 さあ、異体同心の旗を高らかに、新たな広布の旋風を起こしゆこう!

 麗しき
  尊き同志の
   連帯が
  勝利勝利と
   広布広布と
posted by ハジャケン at 01:01| 山梨 ☀| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月04日

大白蓮華 巻頭言 平成23年12月号(No.744)

大白蓮華 巻頭言 平成23年12月号(No.744)

題目は生命の凱歌なり


 創価学会名誉会長 


 負けるなよ
  断じて築けや
    幸福城
  広布の長者に
    福智は光れり

 人間の人間たる証しとは、何か。
 タイの思想家ワーターカーンは、「それは、人生の苦難と戦うことである。勇気を持って、試練に立ち向かうことである」と結論した。
 打ち続くタイの大洪水に際しても、尊き創価の同志は、勇敢に救援の先頭に立って、会館を拠点として、地域社会に貢献を貫いておられる。
 大きな自然災害や経済不況が重なったこの一年も、我ら創価の人間主義の連帯は、不屈の光を放ってきた。
 戦後の混乱期、私は最悪の苦境にあった恩師の事業を打開するため、題目を唱え抜いて奔走した。それだけに今も、仕事や生活で奮闘する友の苦労は深く胸に迫ってならない。
 日蓮大聖人は、「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へ」(1132ページ)と仰せくださった。
 全同志が厳然と守りに護られるよう、私と妻も強盛に祈り抜いている。
 どんな逆境にあろうとも、私たちには、妙法がある。題目がある。
 御聖訓には、「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」「日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」(1124ページ)と断言なされている。
 御本仏のお約束は絶対である。
 ゆえに何かあっても、まず題目だ。
 題目は「我、妙法の当体なり」と仏の生命を呼び覚ます暁鐘である。
 ありとあらゆる生老病死の苦悩を圧倒する、最強無敵の師子吼なのだ。
 師・戸田城聖先生は言われた。
 「題目を苦しみに集中砲火して打ち破るのだ。真剣に祈り切ることが、遠いようで最も確実な早道なのだ」
 なかんずく、広宣流布に徹し抜く師弟の題目ほど、強いものはない。
 「日蓮と殿と共に地獄に入るならば釈迦仏・法華経も地獄にこそ・をはしまさずらめ」(1173ページ)とは、強敵と戦う四条金吾への仰せである。
 たとえ地獄であろうと、師弟の心が一体ならば、そこに太陽が昇る。悲哀は消え去り、寂光土に変わる。
 蓮祖に直結する創価の三代の師弟は、最も凶悪な権力の魔性にも屈しなかった。
 妙法を唱え弘めゆく学会の闘士は、一切の障魔を断じて打ち降せることを示し切ってきたのだ。
 昭和五十五年(一九八〇年)の一月、あの「さんふらわあ7」号で、四国から神奈川まで駆けつけてくれた正義の母は微笑んでおられた。
 「嬉しい時も、辛い時も題目。題目をあげ抜いて勝つ。この一歩も退かない師弟の精神が命に染みこんでいるから、怖いものなどありません」
 この九十歳になる母は、先日も、二十八歳の青年に弘教を実らせた。
 「誓願と云うは題目弘通の誓願なり」(846ページ)。今、日本中、世界中で、偉大な多宝の父母たちが、広宣流布の誓願の題目を、生き生きと朗々と響かせてくれているのだ。
 「学会員は、唱題の実践を通し、この世で積極的に生きることの重要性、他者への思いやり、自然との共生の理念を育んでいる」──私が対談を重ねた、宗教社会学の最高峰ウィルソン博士は述懐されていた。
 「身の力・心のはかり事・先先には百千万ばいこへたり」(1062ページ)
 さあ、題目の生命の凱歌を轟かせ、生まれ変わった息吹で新出発だ!

 勝ちまくれ
  また勝ちまくれと
   祈りゆく
  同志の祈りは
   世界の果てまで
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2011年11月13日

大白蓮華 2011年 11月号 巻頭言

大白蓮華 2011年 11月号 巻頭言

新しき地涌の宝友と朗らかに!

創価学会名誉会長 池田大作

 わが人生
   広宣流布に
     立ちにけり
   悔いなく 無上の
       三世の喜び

 「哲学は人を晴れやかにし、肉体がどんな状態にあっても人を強くし、かつ喜ばしく」するとは、古代ローマの哲人セネカの言である。

 偉大な哲学に生きることは、どんな財宝を持つよりも富める人生だ。

 なかんずく、「生老病死」という根源の苦を打開できる生命哲学が、「常楽我浄」の大仏法である。

 御義口伝には、「南無妙法蓮華経と唱え奉る即ち自在なり」(御書789ページ)と断言されている。

 妙法は大宇宙の根本の法則である。ゆえに、一度、受持したならば、苦悩の渦巻く娑婆世界にあろうと、何ものにも左右されぬ、自在の幸福境涯を心広々と開いていけるのだ。

 創立の父・牧口常三郎先生が妙法の信仰を始められたのは、昭和三年(1928年)、五十七歳であった。
 先生は晴れ晴れと語られている。
 「この信仰は、何か狭い世界に入るんじゃない。自在の福徳の世界に出るんだよ!」

 今、喜ばしいことに、新たな青年学会の拡大のうねりの中で、新入会の宝の友が続々と誕生している。

 諸法実相抄には、「皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり」(御書1360ページ)と示される。

 仏法の眼から見れば、勇んで広宣流布の陣列に連なる友が、どれほど深い宿縁と使命を帯びた方々であるか。皆、久遠からの誓願の同志だ。

 大聖人は「名字即の位より即身成仏す」(御書566ページ)と甚深の仰せである。「名字即(みょうじそく)」とは初めて妙法を信受した境地だ。その初信の息吹で法のために戦う人が、尊極の仏なのである。

 十九歳で入信した私も、当初は家族も反対で、戸惑うことも多かった。

 だが、戸田城聖先生は言われた。

 「信心は、年数ではない。役職でもない。勇気だよ。勇気ある信心が、自分を変え、現実を変え、未来を変えていくのだ」と。

 だからこそ、新入会の友を励ましながら、一緒に勇気ある信心を奮い起こし、折伏行に打って出るのだ。

 まず共に実践である。人のために、祈り、動き、語る。この菩薩行の中で、言い知れぬ充実と歓喜を味わい、確信をつかみとる。これが、人材を育てる学会の誉れの伝統である。

 昭和三十一年の秋、山口開拓闘争の折に入会した萩(はぎ)の母は、自らも直ちに布教を開始された。弘教は百世帯を超える。心がけてきたのは、折伏した人を励まし続けることだ。

 「新しい同志は自分の何倍も幸福になり、何十倍も立派な人材に育ってほしい。これが私の戦いです!」

 折伏した方のお子さんやお孫さんからも、「貴女のおかげで、わが家はこんなに幸せになりました」という感謝の声が尽きることはない。

 一人から一人へ――。この触発の限りない連鎖が、世界192カ国・地域の平和の大連帯となったのだ。

 懐かしい大科学者ポーリング博士の持論は、"大学で最大に力を入れて育成すべきは新入生"であった。

 いずこの世界でも、フレッシュマンこそ発展の原動力だ。一人の新入会の友を「一騎当千」の人材へ薫陶することは、千人の拡大にも等しい。

 新しき地涌の宝友と共に朗らかに、青年学会の拡大を加速しよう!

 大福運
   積みゆく広布の
  青春は
    来る日も 来る日も
       晴れの舞台と
posted by ハジャケン at 10:57| 山梨 ☀| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月13日

大白蓮華 巻頭言 平成23年9月号

大白蓮華 巻頭言 平成23年9月号(No.741)


折伏精神で勝ち開け!

 創価学会名誉会長 


 いついつも
  優れて妙なる
   声あげて
  この世の人生
   無限にはばたけ

 「深く、激しく真実を示せ」と、フランスの芸術家ロダンは言った。
 「やがて友は汝のもとに来るであろう。なぜなら、一人の人にとって深く真実である事柄は、すべての人にとって真実であるからだ」というのである。その通りであろう。
 真実を曇りなく見つめ、真実を臆さずに語り切れる人生は、清々しい。
 日蓮大聖人は明言なされた。
 「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(1170ページ)と。
 人間は皆、幸福になるために生まれてきた。勝つために生まれてきた。人を幸福にするために生まれてきた。それを妨げんとする、ありとあらゆる宿命の苦悩をいかに打開していくか。ここに万人の挑戦がある。
 どんな悲嘆のどん底であっても、必ず立ち上がれる。どんな絶望の暗闇であっても、絶対に打ち破れる。
 この究極の幸福勝利の力たる妙法を、御本仏は、全人類に惜しみなく開き示してくださったのである。
 世界が「前代未聞の大闘評」(259ページ)に突入しゆく、まさにその時に、仏勅の創価学会は誕生した。
 「法華の折伏は、権門の理を破す」
 この仏法の正統の大精神に則り、初代・牧口常三郎先生と二代・戸田城聖先生は、民衆の安穏と世界の平和を願い、臆病な邪宗門を正しながら、折伏行を開始したのである。
 折伏──それは人間を不幸に陥れる生命の本源の魔性に立ち向かい、「折って伏せる」精神闘争である。正義が弱ければ、邪悪は増長する。それでは、永劫に民衆は救えない。ゆえに「師子王の心」で戦うのだ。
 戸田先生は、よく言われた。
 「御書に『自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり』(1022ページ)とあるのだから、本当に題目を唱えれば、折伏したくなるものだよ」と。
 一言でもよい。唱題で湧現した仏の勇気の命をもって、信心の歓喜と仏法の素晴らしさを、ありのままに語っていけば、それが仏縁となる。
 「法華経を耳にふれぬれば是を種として必ず仏になるなり」(552ページ)と仰せの通り、真剣に語った分だけ、相手の心に仏の種が蒔かれる。今は信心しなくとも、発心の芽が出て、幸の花を咲かせる時は必ず来る。
 たとえ無量の財宝を贈っても、その人を永遠に幸福にすることはできない。それができるのが折伏である。それをしてきたのが学会員である。
 第三代の私も、若き日から折伏行に徹し抜いてきた。その一切が「今生人界の思出」(467ページ)である。
 昭和三十年、北海道の夏季折伏を、私と心を一つに戦ってくれた青年は、卑劣な村八分にも負けなかった。病にも勝った。弘教は三百世帯を超え、卒寿を迎える今、笑顔で語る。
 「私は学歴も財もありませんでした。しかし人生を、折伏で勝ち開くと師に誓ったのです。折伏のお陰で万人の幸福に尽くせました。折伏の祈りは必ず叶います」
 ブラジルでは一昨年の総会で誓いを立てた一万三千人の青年が皆、折伏を達成した。誇り高き有言実行だ。
 「創価の声よ、世界にもっと響け」とは、ロシアの知性の叫びである。
 大仏法の真実を声高らかに語り、人類の常楽我浄の道を勝ち開こう!

 晴ればれと
  世界も見つめむ
    折伏王
  三世の果てまで
    功徳は確かと
posted by ハジャケン at 11:00| 山梨 ☀| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月08日

大白蓮華 巻頭言  平成23年8月号

大白蓮華 巻頭言  平成23年8月号(No.739)

胸を張り 学びの青春を!

 創価学会名誉会長 

 学会の
  永遠 築く
    未来部は
  広布の宝と
    皆で育てや

 「人間には、生まれたときから、一つのなすべき使命がある。それは、未来を創ることである」と、タイの著名な作家ワータカーンは語った。
 「未来」を創る。これほど希望に満ちた「価値の創造」があろうか。この創造の力を、無量無辺に秘めているのが、子どもたちの生命である。わが創価の宝の未来部である。
 日蓮大聖人は、十二歳にして「日本第一の智者となし給へ」(893ページ)との誓願を立てられた。
 一切衆生を幸福にしゆくための智慧を願い求められた若き大生命から、万年を照らす太陽の仏法の黎明は始まった。
 牧口常三郎先生は、この御書の一節に力強く線を引いて大切にされた。先生は、学び伸びゆく子どもたちの命を「無上宝聚」とも「如意宝珠」とも呼ばれ、心から慈しみ、育んでいかれたのである。
 思えば、牧口先生ご自身が逆境の少年時代から法難の獄中まで、いついかなる時も学び抜いておられた。
 「学ぶ心」を忘れ去った宗教は、独善となり、狂信になりかねない。
 創価学会は、文字通り価値を創造する「学びの会」として創立された。民衆の一人一人が、揺るぎない信仰の確信を深めるとともに、「一切の法は皆是れ仏法なり」(564ページ)と、開かれた向学の心で学び合い、社会のために行動してきた団体である。
 「祈り」と「学び」の両翼を広げた青春に断じて行き詰まりはない。
 我らは、育ちゆく未来部の英才たちと共に、仏法の人間主義を「平和」「文化」「教育」という人類の普遍の次元へ広々と展開していくのだ。
 戸田先生は、よく言われた。
 「子どもは久遠元初からの使者だよ。親をはじめ、皆を仏にするために生まれてきたのだ」
 使命のない子など一人としていない。皆、地涌の菩薩として広宣流布を誓願して、今この時に勇んで躍り出て来た。この子らの成長こそが、世界を変えゆく希望の力なのだ。
 牧口先生、戸田先生のお心を心として、第三代会長に就任した私が最初に結成した部が、未来部である。
 打ち続く三類の強敵との戦いの中で、私は後継の未来部の友の薫陶に全魂を注ぎ、真情を語ってきた。
 「二十一世紀に、どれだけの人をつくるかが、私の勝負です」
 「絶対に負けないで、二十一世紀に、創価の勝利の旗を振り、民衆の凱歌の時代を築いてほしい」
 今、その手作りの人材たちが全世界の広布を担い立ってくれている。学会は永遠に人材で勝ち進むのだ。
 神奈川で共に記念の写真に納まった功労の母は、その後、アメリカへ渡り、言葉も十分に通じぬ苦労の中、機関紙を配達し、広大な天地を奔走しながら、子と孫を励ましてきた。
 「学会っ子は、勉学第一の強い師子になるのです!」
 嬉しいことに、三人のお孫さんは、全員、アメリカ創価大学を卒業して、誇り高く栄光の人生を歩んでいる。
 祖父母たちの真剣な祈りと慈愛は信心継承の大いなる力である。多宝会の尊き先輩方をはじめ創価家族の教育力を総結集して、今こそ後継の人材を育成しよう! 「人」を創る。それが「未来」を創ることである。

 未来まで
  光 輝く
    創価かな
  未来部ありて
    その道 確かと
posted by ハジャケン at 11:36| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月27日

大白蓮華 巻頭言 平成23年7月号 地涌の青年よ! 大法弘通の舞を

平成23年7月号(No.738)

大白蓮華 巻頭言
地涌の青年よ! 大法弘通の舞を
 創価学会名誉会長 


 青春を
  闘い勝らゆけ
    快活に
   君の尊き
    歴史築けや

 「大切なことは、新時代を建設する『勇気』を持つことである」と、南米アルゼンチンの「人権の闘士」エスキベル博士は語られた。
 法華経に説かれる地涌の菩薩は、最も困難な時代に、最も鮮烈な勇気の光を放って登場する。自らを信じてくださる師匠の呼びかけに応え、広布の天地に勇んで躍り出るのだ。

 ♪捨つる命は 惜しまねど
  旗持つ若人 何処(いずこ)にか……

 あの「同志の歌」に謳われた如く、戦後の荒野に、師・戸田城聖先生は一人、命を賭して立ち上がられた。
 未来ある青年たちをあまりにも残酷に犠牲にした狂った軍国主義と、戦い抜かれた先生である。尊き青年の生命を踏みにじる権力の魔性は断じて許さぬと、憤怒されていた。
 そのためには、青年自身が正しき生命尊厳の哲理に目党めゆくことだ。青年が恐れなく力を発揮し、青年が連帯して声をあげゆくことだ。
 戸田先生ほど、青年を愛し信じてくださった指導者を、私は知らない。
その先生が、人類史の流れをも変えゆく壮大な展望をもって結成されたのが、わが創価学会青年部である。
 皆、貧しく無名であった。だが決然と、使命の勇者に生まれ変わった。
 日蓮大聖人は、青年の南条時光へ「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(1561ページ)と仰せになられた。
 そして、法華経の「願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」(同ページ)との経文を贈っておられる。
 仏の大願を我が誓願とする若き魂には、仏と同じ勇気と力が迸(ほとばし)るのだ。
 昭和二十六年の七月十一日には男子部が、十九日には女子部が誕生した。その息吹に沸く七月十五日、二十三歳の私が逸(はや)る心で走ったのは、東北の杜の都・仙台であった。
 心から愛し、信頼できる東北健児が待っていてくれた。座談会では、自らの体験を真剣に語った。八人の新来の友が全員、入会を決意したと記憶している。ここから、名門・仙台支部の躍進が始まったのだ。
 「青年よ、一人立て! 二人は必ず立たん、三人はまた続くであろう」とは恩師の不滅の師子吼である。
 以来六十年。東北の人材の青葉城は風雪を越え、厳として聳え立つ。
 今、未曽有の大災害に立ち向かい、偉大な同志たちが巌の如き信念で、忍耐強く奮闘を続けてくださっている。それは、「其の志念は堅固にして大忍辱力有り」と讃嘆される、地涌の菩薩の姿そのものである。
 東北をはじめ、世界の華陽の姉妹たちも、なんと健気に清々しく、平和のスクラムを広げていることか。
 「対話によって何かを変えることができます。多くのことを、いな、どんなことでも変えることができます」。こう語られるアメリカの詩人ワイダー博士も、創価の乙女に最大の希望を見出してくださっている。
 御義口伝には、「色心の二法を妙法と開悟するを歓喜踊躍(かんきゆやく)と説く」(722ページ)と仰せである。
 どんなに深刻な危機や不況が襲いかかろうとも、妙法と一体不二なる尊極の生命を自覚した歓喜踊躍の青年に、乗り越えられぬ試練はない。
 わが地涌の青年たちよ、いよいよ朗らかに大法弘通の舞を舞いゆけ!

 君もまた
  わが弟子なれば
    恐れなく
  広布凱歌の
    先駆 走れと
posted by ハジャケン at 10:19| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月06日

大白蓮華 巻頭言 平成23年6月号

大白蓮華 巻頭言 平成23年6月号(No.737)

「月月・日日につより給へ」

 太陽の
  心輝け
   逞しく
  今日も明日も
   偉大な女王と

 「いかなる運命にも立ち向かい、断固と打ち勝つことは、何と胸の高鳴ることでしょうか」
 これは、フランス文学の名作『魅せられたる魂』(ロマン・ロラン著)のヒロインの叫びである。
 人生は、過酷な宿命との戦いだ。嵐に翻弄されてしまうか、勇敢にあらがい、乗り越えてみせるか。
 その究極の力こそが、正しき信仰である。
 なかんずく、諸経において差別されてきた女性たちの永遠の幸福の道を広々と開いたのが、法華経である。
 日蓮大聖人から直接、法門を伺うことのできた佐渡の千日尼が、心の支えとし、大切にした仰せがある。
 「法華経は女人の成仏を・さきとするぞ」(1309ページ)との御文である。
 何よりも「女性の幸せ」を願われる大聖人の御心に応えて、千日尼は地域の悩める友のために、ある時は包容し、ある時は毅然と対話を繰り広げたのである。国府尼ら同志とのスクラムも、誠に麗しかった。
 流難の大聖人を、夫・阿仏房と共に命がけでお守りした勇気ある信心は、「いつの世にか・わすらむ」(1313ページ)と賞讃されている。
 大聖人が佐渡から戻られた後も、千日尼は毎年、阿仏房を送り出して真心を尽くした。夫亡き後は、わが子を遣わし、その後継の姿を「一向法華経の行者となりて」(1322ページ)と、大聖人は喜んでくださった。
 千日尼は一つ一つに心を込め、「弥信心をはげみ給うべし」(1308ページ)との御聖訓通りに生き抜いた。
この「いよいよ」の信心は、創価学会の婦人部に脈々と受け継がれている。
 恩師・戸田城聖先生は語られた。
 「日蓮仏法は『本因妙』である。過去がどうあれ、現実がどうあれ、仏になるための本因(根本の修行)を今から$マむことができる。勝負は常にこれから≠セ。勇気で前へ前へ、勝ち進んでいくのだ!」
 創価の女性たちは、大変な時こそ、強盛に妙法を唱え、旭日の生命力を座らせながら、ありとあらゆる不幸の闇を照らし晴らしてきた。
 「変えられない宿命など絶対にない。誰もが必ず幸福になれる」──このことを、晴れ晴れと証明し抜いて今や、世界一の平和の連帯を築いたのが、婦人部の六十年の歴史であると、私は声を大に叫びたい。
 昭和三十二年、東北の会合に向かう道すがら、忘れ得ぬ出会いを刻んだ秋田の母がいる。その五年後、母たちの住む鉱山街で信仰への理不尽な弾圧が吹き荒れた。しかし母たちは「今こそ宿命転換の時」と定めて正義を叫び切り、見事に勝利した。
 多宝の母は、今も凛として語る。
 「勝つまで一歩も退かない執念。太陽のような心の温かさ。これが、東北婦人部の強さです。宿命を使命に変えて、千倍も価値ある人生を生きられます」
 国連のチョウドリ元事務次長は、「最大の障害をも乗り越える能力が人間にはある」という創価の師弟の信念が、人々に活力と奮起を贈り続けると論じてくださった。
 「月月・日日につより給へ」(119Oページ)。この勇気の魂を光らせながら、母たちはたゆみなく前進する。
「今日も元気で」を合言葉に!

 永遠の
  幸の命の
   君なれば
  何をか恐れむ
   生きて生き抜け
posted by ハジャケン at 22:23| 山梨 ☀| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月07日

大白蓮華 2011年5月号 巻頭言

大白蓮華 2011年5月号 巻頭言

我らは永遠に金剛の同志
創価学会名誉会長  池田 大作

 三世まで
  我らの生命は
      同志かな
   霊鷲山とは
     ここにあるかと

 「信仰は勇気であり、勇気は信仰である」――東北を故郷(ふるさと)とする信念の教育者・新渡戸稲造(にとべいなぞう)博士の叫びだ。創価の父・牧口常三郎先生とも、深い交友を結ばれた博士であった。

 軍国主義の魔性と戦い抜き、法難の獄中にあっても、勇気の極致(きょくち)である信仰を威風堂々(いふうどうどう)と貫(つらぬ)き通されたのが、我らの殉教(じゅんきょう)の先師(せんし)であられる。

 この大勇(だいゆう)を受け継ぐ我が友は、今回の東日本大震災に際しても、大勢の方々の救援に奔走(ほんそう)してくださった。この世で最も尊(とうと)く美しき助け合い、励まし合いのスクラムである。

 日蓮大聖人は、打ち続く災難の中、佐渡の阿仏房(あぶつぼう)・千日尼夫妻(せんにちあまふさい)や国府入道(こうにゅうどう)夫妻らが健在であることを確認できた安堵(あんど)を、こう仰せになられた。

 「死し給(たま)える父母の閻魔宮(えんまぐう)より御(おん)をとづれの・夢の内(うち)に有(あ)るをゆめにて悦(よろこ)ぶがごとし」(御書1314ページ)

 歯を食いしばって復興(ふっこう)へ進む地涌(じゆ)の陣列(じんれつ)を、何より大聖人が厳然と見守ってくださっているに違いない。
 我らの使命の旅路(たびじ)は、三世にわたって御本仏が照覧(しょうらん)であられる。

 「自他(じた)の生死(しょうじ)はしらねども御臨終(ごりんじゅう)のきざみ生死の中間(ちゅうげん)に日蓮かならず・むかいにまいり候べし」(御書1558ページ)とも、明確にお約束くださっている。

 したがって、いかなる生死の流転があろうと、何も恐れるものはない。
 戦乱の世に、武士であった息子を非業(ひごう)の死で失った母への御聖訓には「光日上人(こうにちしょうにん)は子を思うあまりに法華経の行者と成り給ふ、母と子と倶(とも)に霊山浄土(れいぜんじょうど)へ参(まい)り給うべし、其の時御対面いかにうれしかるべき」(御書934ページ)と綴(つづ)られている。

 妙法は永遠である。妙法で結ばれた生命の絆(きずな)もまた、永遠なのである。
 仏は金剛不滅(こんごうふめつ)である。広宣流布という仏の仕事を成しゆく「心の財(たから)」もまた、金剛にして不滅なのである。

 戸田城聖先生は、戦後の焼け野原に一人立たれて、無常の苦悩に打ち沈む民衆に、永遠の生命観を示され、絶対的幸福の境涯を明かされた。

 恩師は、愛弟子に叫ばれた。
 「一番つらいことを乗り越えた人こそが、皆を救っていけるのだ。これでもか、これでもかと戦うのだ。勇気ある信心がある限り、変毒為薬(へんどくいやく)できない試練(しれん)など、絶対にない」
 16年前、阪神・淡路(あわじ)大震災の直後から、神戸の友は"不死鳥勤行会(ふしちょうごんぎょうかい)"を積み重ねながら、前進してこられた。自らの家も崩落(ほうらく)したなか、奮闘(ふんとう)されてきた常勝の母は語る。

 「友を励ますほど、『負けたらあかん』と私の心も燃えました。強くなりました。どん底を知ったからこそ、わが地域を三変土田(さんぺんどでん)し、幸福を広げていきたいのです」

 偉大な創価の母たちが築き上げてきた人間共和の心の故郷(ふるさと)は、今や全世界に光っている。この母たちの心を心として、愛する誓願の郷土を守り抜き、勝ち栄えさせていくのは、私が薫陶(くんとう)してきた誉(ほま)れの青年部だ。

 中米ハイチも、昨年1月の大地震を乗り越え、青年の連帯が広がっている。若き支部長は「どんな社会的困難があっても、戦う力、乗り越える力、勝利する力は、題目と信心と同志の中にあります」と誇り高く語る。

 新たな出発の5月3日だ。金剛(こんごう)の同志よ、侮(く)いなき一日一日を! 一生涯、大勝利者の姿で飾りゆこう!

 金剛の
  仏の生命を
    開きゆけ
   誓いの闘争
     師子と走りて
posted by ハジャケン at 16:50| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月03日

大白蓮華 2011年3月号 巻頭言

大白蓮華 2011年 3月号 巻頭言


「勝利の物語」を未来まで!

創価学会名誉会長  池田 大作


 全て みな
  仏道修行は
   大功徳
  積みゆく 自身の
    因果のためなり

 「自分の悩みを踏みつける者は、それだけ一段高くのぼる」
 若き日に心に刻んだドイツの大詩人ヘルダーリンの信条である。

 時代は、ますます乱れている。生老病死はもとより、仕事のこと、家計のこと、人間関係など、皆、悩みとの戦いであろう。使命が大きい人生は、悩みもまた大きい。

 日蓮大聖人は、障魔(しょうま)に挑(いど)む池上兄弟に厳然と仰せになられた。
 「石はやけばはいとなる金(こがね)は・やけば真金(しんきん)となる、此の度(たび)こそ・まことの御信用は・あらわれて法華経の十羅刹(じゅうらせつ)も守護(しゅご)せさせ給(たま)うべきにて候(そうろう)らめ」(御書1083ページ)
 苦難(くなん)の時に、まことの信心が試(ため)される。何があろうと、動じない。一歩も退(しりぞ)かない。これが信心だ。

 大変であればあるほど、いよいよ強盛(ごうじょう)に祈り、「ひとすぢにをもひ切って」(御書1091ページ)、前進する。その時、仏の金剛不壊(こんごうふえ)の生命が如如(じょじょ)として脈動する。諸天善神(しょてんぜんじん)も動かし、悪鬼魔民(あっきまみん)さえ味方にできるのだ。

 師の峻厳な御指導のまま、池上兄弟と夫人たちは異体同心で戦った。邪僧に誑(たぶら)かされた父を正法に導(みちび)き、「一家和楽」、さらに「仏法即社会」の勝利の実証を堂々と打ち立てた。「未来までの・ものがたりなに事か・これにすぎ候べき」(御書1086ページ)と仰せの通り、この兄弟の物語は、家族の反対や仕事の苦境などと格闘する世界192カ国・地域の創価の友の鑑(かがみ)となった。

 御書には「このやまひは仏の御(おん)はからひか」「病によりて道心(どうしん)はをこり候」(御書1480ページ)等と病気の打開(だかい)も明快(めいかい)に示してくださっている。

 襲(おそ)いかかる厳しい運命に戦き、嘆(なげ)くのが、世の常(つね)かもしれない。
 しかし、誓願の大仏法を持った我らは、勇(いさ)んで宿命(しゅくめい)を転換(てんかん)する。
 なぜ、試練(しれん)に立ち向かうのか? 断固(だんこ)と勝ち越えて、悩める友に希望の励ましを贈りゆくためだ!
 ここに、「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」、また「願兼於業(がんけんおごう)」という菩薩道の真髄(しんずい)がある。民衆のため、社会のため、あえて艱難(かんなん)を迎え打っていくのだ。

 戸田城聖先生は師子吼(ししく)された。
 「私は、広宣流布したいという大煩悩(だいぼんのう)の炎(ほのお)を、天に届くほど燃やしているのだ」と。

 兵庫の草創の母は、六人の子どもを抱え、夫の倒産と失業、自身と家族の大病、そして、あの大震災にも負けず、同志と走り抜いてきた。
 「師弟不二(していふに)の信心があれば、生活の力も、闘争の力も、何十倍、何百倍と湧(わ)き出て、悠々(ゆうゆう)と人生を勝ち切っていけます」と微笑(ほほえ)まれる。

 南米チリの友も、常勝大関西の如くと、昨年の大地震から立ち上がった。一人一人が友人、知人を激励し、復興(ふっこう)の要(かなめ)となってきた。座談会も総会の結集も、倍増の息吹(いぶき)である。
 全世界で、気高き「未来までの物語」が幾重(いくえ)にも綴(つづ)られている。

 恩師は叫んだ。「人生と世の中から『悲惨(ひさん)の二字』をなくしゆく大願に戦おう! 自身の苦悩も吹き飛ばす一念の勢いで、立正安国に邁進(まいしん)するのだ!」と。

 忍耐(にんたい)の坂の彼方(かなた)に、勝利あり。
 さあ、健康のために信心を!
 幸福のために活動を!
 三世のために勇気を!

 皆様の
  幸福 祈らむ
   満開の
  この世の勝者と
    胸はり 叫びて
(大白蓮華 2011年3月号)
posted by ハジャケン at 11:58| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

2011年1月号 巻頭言

2011年1月号 巻頭言

皆が「人材」! 今日も「躍進」を

創価学会名誉会長  池田 大作

 築きたり
  創価の長城
    盤石に
   人材陣列
     世界に揃いて

 「宇宙は、これまでも、これからも、永遠に青年であり続ける!」
 これは、ロシアの宇宙開発の父ツィオルコフスキーの洞察である。
 宇宙には、新しい星を次々と生み出すエネルギーが充満している。妙法を唱え、広めゆく我らは、来る年来る朝、わが生命に大宇宙の躍動する活力を漲らせて、出発するのだ。

 「開目抄」の1節に、「東春の大日輪・寒冰を消滅するがごとく」(御書P206)と記されている。
 初春の太陽が凍てついた野を蘇らせるように、創価の人間主義の大光は人類の心を照らし、世界中に人材の花を爛漫と咲かせてきた。

 今、あの地でもこの国でも、地涌の友が社会の依枯依託と輝いている。本部幹部会で披露される最前線の友の踊躍歓喜の体験も、何と清々しく皆の心を打つことか。
 師匠・戸田城聖先生が「学会は壮大な人間触発の大地となる」と展望された通りの時代に入った。
 日蓮大聖人は、「妙法蓮華経を見れば宝塔即一切衆生・一切衆生即南無妙法蓮華経の全体なり」(御書P797)と仰せになられた。

 皆が使命の人材だ。広宣流布の聖業に連なる一人一人は、尊極の生命の宝塔となる。今年も、大いに仏縁を結び、人材の大連帯を築きたい。富士の裾野の如くに広々と!

 この一年
   幾百年にも
     通じゆく
   偉大な修行の
     燦たる歴史を

 戸田先生が青年に人材の要件として強調されていた三点がある。
 第一に「勇気」である。
 第二に「努力」である。
 そして第三に「勝利」である。

 60年前の1月6日、事業の苦境の中、師より後継を託された23歳の私は日記に書き留めた。
 「いかなる苦悩にも打ち勝ちて、男らしく、青年らしく、若人らしく、本年も戦いきろう。学会も、会社も、黎明の年であれ」と。

 師弟の誓願が、青年を強くする。誓願に生き抜く青年の勇気と努力から、勝利の黎明は生まれるのだ。
 若き弟子の不惜身命の奔走が、広宣の未来を開いた。戸田先生が会長に就任され、青年部が誕生し、婦人部が結成されたのも、この年である。

 一人の師子を鍛え、太陽の一人を励ますことだ。そこから「一人・三人・百人と次第に」(御書P1360) 波動は広がる。これが「地涌の義」である。
 草創の文京支部の同志は、私と心を一つに、700世帯から七万世帯へ拡大を成し遂げてくれた。「私は学校へは行けなかった。だからこそ、自分より立派な人材を多く育てたい。それが最高の喜びです。師への恩返しです」と、支部長は語っていた。
 人材を育てる人が真の人材だ。青年を薫陶する創価の「教育力」は、世界の希望と注目されている。

 恩師は烈々と叫ばれた。
 「師弟の心を一致させれば、完壁な勝利が開ける」「絶対の確信に立ち、"私が創価学会だ"と胸を張り、大乱戦を勝ち抜け!」と。
 さあ弾む命で、今日も躍進だ!

  いざや立て
    いざや行かなむ
      共々に
     愉快に楽しく
       勝利 勝利を

(大白蓮華 2011年1月号)
posted by ハジャケン at 20:34| 山梨 ☀| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

大白蓮華 2010年12月号 巻頭言

大白蓮華 2010年12月号 巻頭言

「心の財」第一なり
創価学会名誉会長  池田 大作

 晴れ晴れと
  いかなる苦難も
      乗り越えて
  大信心の
     力ためせや

六十年前の師走、二十二歳の私は、北風に向かって突進(とっしん)していた。
経済不況の中、恩師・戸田城聖先生の事業は最悪の窮地(きゅうち)にあった。
多事多難(たじたなん)。頼(たよ)れる味方もいない。
しかし「心こそ大切なれ」(御書P1192)だ。私には「師弟の心」がある。「広宣流布の信心」がある。これこそ無上の力ではないか。

私は阿修羅(あしゅら)の如く戦い、先生が第二代会長として大法弘通の指揮を自在(じざい)に執りゆかれる道を開いた。
今も、年の瀬(せ)に悪戦苦闘(あくせんくとう)される友へ、私は我が事と思い、妻と懸命(けんめい)に題目を送り続けている。
「どんな運命よりももっと強力なものは心」と、永遠の都ローマの哲人セネカは宣言した。その通りだ。
人生は誰人たりとも、運命の試練との闘争(とうそう)である。勝つか負けるか。勝負は「心」で決まる。絶対に勝つための心が「信心」である。
「心こそ大切なれ」の「心」とは、まさに「信心の心」に他ならない。

日蓮大聖人は「各各(おのおの)師子王(ししおう)の心を取(と)り出して」(御書P1190)と仰せになられた。なぜ「師子王」に譬(たと)えられたのか。「師子王は百獣(ひゃくじゅう)にをぢず」(同ページ)である。
周りが全部敵であろうが、恐れなく戦い抜く。その最強無敵の勇気を教えてくださっていると拝されてならない。

蓮祖は、家族の病(やまい)と闘(たたか)う門下へ「此(こ)の経の信心を致(いた)し給(たま)い候はば現当(げんとう)の所願満足(しょがんまんぞく) 有(あ)る可(べ)く候(そうろう)」(御書P1242)と仰(おお)せられ、法華経の「魔(ま)及(およ)び魔民(まみん)有(あ)りと雖(いえど)も皆(みな) 仏法を護(まも)る」「病(やまい)即(そく)消滅(しょうめつ)して不老不死(ふろうふし)ならん」との経文を引かれている。
信心で乗り越えられない現実も、変えられない未来も断じてない。
仏法の透徹(とうてつ)した眼(まなこ)から見れば、打ち続く苦難にも一つ一つ深い意味がある。 大変な時にこそ、無量の「心の財(たから)」を積むことができる。一家眷属(いっかけんぞく)が団結して福運を開き、勝ち栄えゆくために、今世の試練(しれん)があるのだ。

「蔵(くら)の財(たから)」も「身(み)の財(たから)」も大事である。しかし、最後の最後まで勝ち切る力、そして、人生の総仕上げを飾り、未来永遠に常楽我浄(じょうらくがじょう)の生命の旅を続けゆく力は、「心の財(たから)」しかない。すなわち、信心強き人こそ、最も富める「心の長者(ちょうじゃ)」なのだ。

忘れ得ぬ奈良広布の母は、病弱な夫を抱え関西を走った。家の塀(へい)一面にペンキで悪口を書き立てられたこともある。母は胸を張(は)った。
「中傷(ちゅうしょう)は誇(ほこ)りや。世界最高の妙法と師匠と学会を知った嬉(うれ)しさ! 負けたら信心の実証(じっしょう)は示せない。絶対、負けへん。すべてに逆転勝利しました」
後輩を慈しむ、九十七歳の錦宝(きんぽう)の母の心は、今も荘厳(そうごん)な太陽と燃える。
「心の財第一」(御書P1173)の創価の母たちには、いかなる魔軍(まぐん)も敵わない。
邪宗門(じゃしゅうもん)と戦ったスペインでも、この二十年で三十五倍の躍進を遂げ、社会に深い信頼を広げている。
恩師は叫ばれた。
「絶望から立ち上がり、自分も戦い、人をも救う。これほどすごい人生が、一体、どこにあるか! 一人一人の信心の勝利が、広宣流布を大回転させるのだ」と。
我らには信心がある。「信心強き」が「仏界」である。自らの信心の躍進から、新たな一年を出発だ!

 悠然と
  創価の魂
    忘れるな
   勝ち抜け生き抜け
       勝利の長者と

posted by ハジャケン at 10:14| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月12日

白蓮華 2010年11月号 巻頭言

大白蓮華 2010年 11月号 巻頭言

学会創立80周年記念


いざや躍進!万年までも

創価学会名誉会長  池田 大作

 晴れやかに
  創立記念日
     祝賀せむ
  一千万の
    同志に万歳

 1930年(昭和5年)の11月18日の火曜日、59歳の牧口常三郎先生は、30歳の若き戸田城聖先生と二人で、『創価教育学体系』を発刊なされた。
 わが創価学会の創立である。
 それは、世界大恐慌の闇夜(あんや)に鮮烈(せんれつ)に放たれた「立正安国(りっしょうあんこく)」の光であった。軍国主義の濁流(だくりゅう)に対峙(たいじ)して掲げられた「広宣流布」の旗であった。そして、白法隠没(びゃくほうおんもつ)せんとしていた正法正義の命脈を蘇(よみがえ)らせゆく「令法久住(りょうほうくじゅう)」の師子吼(ししく)であったのだ。

 日蓮大聖人の御聖誕(1222年=貞応元年)より700年−−。
 創価の師弟は不惜身命(ふしゃくしんみょう)の決心をもって、妙法弘通に立ち上がった。人類史を変えゆく、未聞の民衆の平和の大行進が踏み出されたのである。

 オーストリアの作家ツヴァイクは言った。「たった一人の人間でも……数百世代もの人々のたんなる希望の夢にすぎなかったことを、一つの現実に、不朽(ふきゅう)の真実に作り変えることができる」と。
 焦点(しょうてん)は「一人の人間」である。「一人」が持つ、計り知れない生命の希望の力を、いかに自覚せしめ、解き放っていくかである。
 牧口先生は自ら遠路、足を運んで折伏した一人の母に言われた。あなたが御本尊を頂(いただ)くということは、仏法の原理に照らして、この地域の全民衆が不幸という悩みから救われることになるのです−−と。
 師弟は永遠である。ゆえに、御自身の死身弘法(ししんぐほう)に必ずや愛弟子が続きゆくことを確信しつつ、創立の父は殉教(じゅんきょう)なされたのだ。

 「御義口伝(おんぎくでん)」には、「煩悩(ぼんのう)の淤泥(おでい)の中に真如(しんにょ)の仏あり我等(われら)衆生(しゅじょう)の事なり、今 日蓮等の類(たぐ)い南無妙法蓮華経と唱(とな)え奉(たてまつ)るを当体蓮華(とうたいれんげ)の仏と云うなり」(御書P740)と明かされている。

 濁(にご)り切った泥沼(どろぬま)の如き現実社会に雄々しく根を張りながら、目覚(めざ)めた庶民が一人また一人と、誉れも高く「当体蓮華の仏」として、尊極の生命の花を咲かせてきたのが、創価の「人間革命」なのである。
 「広宣流布」は、人間の尊厳を踏みにじる魔性との大闘争だ。三障四魔(さんしょうしま)、三類(さんるい)の強敵(ごうてき)が競(きそ)い起こる難事中(なんじちゅう)の最難事である。

 「開目抄」には、「今度(こんど)・強盛(ごうじょう)の菩提心(ぼだいしん)を・をこして退転せじと願しぬ」(御書P200)と仰せである。学会は、なぜ強いのか。この不退転(ふたいてん)の「師弟の誓願」に生き抜いているからだ。誓願(せいがん)を貫(つらぬ)く生命にこそ、仏界の智慧(ちえ)と勇気が限りなく涌現(ゆげん)する。三代の師弟は、魔性(ましょう)を見破(みやぶ)り、魔軍(まぐん)と戦い抜き、断固と勝ち切ってきた。

 戸田先生は断言された。「魔を打ち破って、妙法の力を、一人一人に、そして国土世間(こくどせけん)に脈動(みゃくどう)させ、蘇生(そせい)させていける存在は、学会しかないのだ」と。この仏の陣列(じんれつ)ほど、大切なものはない。
 大聖人の仏法に脈打つ人間主義の大哲理を、私たちは「平和」「文化」「教育」という三つの現代的次元へ展開してきた。世界の知性や指導者を対話で結び、何ものにも揺るがぬ民衆の信念の大連帯を築き上げた。
 「創価学会は、平和と人間の開発のために力を尽くす人々の集まりです。まさに人類の夢を描き、夢を実現する団体なのです」とは、対談を重ねてきた国連前事務次長のチョウドリ博士の讃嘆(さんたん)の声である。

 蓮祖は、「万年(まんねん)の外(ほか)・未来(みらい)までもながるべし」(御書P329)と大宣言なされた。この大河を全地球へ広げ、万年に尽きぬ流れを開いた我ら創価の80年であったといってよい。
 誓願によって、師弟の心は一体である。正義の師弟が不二なれば、絶対に行き詰まりはない。

 いよいよ、これからだ。栄光の創立80周年、万歳! さらに壮大な100周年へ、伸び盛りの若き人材と共に、いざや躍進!

 あな嬉し
   創価の万里の
        長城(ちょうじょう)は
   百周年へと
      厳と聳(そび)えむ
posted by ハジャケン at 09:51| 山梨 ☀| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月11日

大白蓮華 2010年10月号 巻頭言

大白蓮華 2010年 10月号 巻頭言

創価の会合は「仏の会座」なり

創価学会名誉会長  池田 大作

 今世(こんぜ)にて
   人華(にんげ)の薫(かお)る
       無上道(むじょうどう)
    楽しく歩(あゆ)めや
         幸(さち)の仲間(なかま)と

 人は、人によって磨かれ、人の中で成長する。イタリアの思想家マッツィーニは、「人間の絆(きずな)を強め、幅広い人々との連帯を広げることは、私たち一人一人の力を何倍にも強める道」と語った。現代社会の重苦しい閉塞(へいそく)を突き破る希望も、人間の結合にあるといってよい。

 殉教(じゅんきょう)の先師・牧口常三郎先生は、民衆が心を通わせて、無限に幸福を開く宝の鍵を残してくださった。
 それが「座談会」である。
 座談会があればこそ、私たちは仏法に巡りあうことができた。
 座談会があればこそ、皆で励まし合い、悩みを乗り越えられる。
 座談会があればこそ、わが地域に歓喜と安穏のオアシスを築き、月月・日日にたゆまぬリズムで無量の価値を創造していけるのだ。

 座談会を中心とする創価の会合は、法華経に完璧(かんぺき)に則(のっと)り、御書に寸分違(すんぶんちが)わぬ「仏(ほとけ)の会座(えざ)」である。
 これほど尊極の集いはない。

 法華経の随喜功徳品(ずいきくどくほん)に説かれる通り、妙法の会合へ「共に行こう」と誘う功徳も、「一人の友を連れて来る」功徳も、「来た人を温かく迎えて座を分かち合う」功徳も、いずれも絶大だ。
 会場を提供してくださる御家庭の大福運も、厳然と経文に記されている。

 日蓮大聖人は、「一生(いっしょう) 空(むな)しく過(すご)して万歳(ばんさい) 侮(く)ゆること勿(なか)れ」(御書P970) と門下の中心者に烈々たる御手紙を送られた。その末尾には、こう書き添えておられる。「志有(こころざしあ)らん諸人(しょにん)は一処(いっしょ)に聚集(じゅうしゅう)して御聴聞(ごちょうもん) 有 (あ)るべきか」(御書P970)

 一人で拝読するだけではない。
 よし! 同志と「一処(いっしょ)」に集まろうと、勇んで行動を起こせば、その潔き「志」によって、決然と魔を打ち破れる。そして師匠の指導を学び合い、共々に広宣流布の誓願へ「師子王の心」を取り出していくのだ。
 行く前は気が進まなくとも、会合へ参加すれば、清々しい境涯が開ける。会合には、幸福と勝利へ妙なる"磁力"が生じている。

 わが師・戸田城聖先生は、一回一回の会合に真剣勝負であった。
 「『当(まさ)に仏を敬(うやま)うが如(ごと)く』と仰せではないか。一人のために! 一人一人と共に! この原点を忘るるな。いかなる虚栄も、心の垣根(かきね)もない、この世で一番楽しい充実と和楽の会合にしていくのだ」と。

 なかんずく、恩師が大事にされたのは、友の体験発表である。体験には、障魔に打ち勝った信心の勢いがある。生命力の息吹がある。ゆえに、皆の心を勇気づけてやまぬ、真実の触発力が脈打っているからだ。

「御聖訓には「現在に眼前(がんぜん)の証拠(しょうこ)あらんずる人・此(こ)の経(きょう)を説(と)かん時は信(しん)ずる人もありやせん」(御書P1045)と。

私も、わが人間革命の実証を青年らしく語り抜いて、拡大の波を起こしてきた。前進前進の文京支部の座談会で、一度に五十人近い方々が入会を希望されたことも懐かしい。

アメリカを代表する仏教研究家ストランド氏は洞察しておられる。
「体験の共有は信仰を深め、信仰は人生を深める。そうして深められた人生が、やがて社会を変革していく」「創価学会が座談会を活動の基軸とする限り、信仰の息吹は新鮮さを失わないだろう」と。
アフリカのコートジボワールでも、国土の平和と繁栄を祈りつつ、各地で新来の友を迎え、毎月、約九百回の座談会が活発だ。青年の拡大が目覚ましい。
さあ、新たな人材の躍進だ!
恩師の師子吼(ししく)が蘇(よみがえ)る。「大勢の会合も、少人数の会合も、大切にしていくことだ。この会合に集った人から、すべてが始まる。この会合から勝ち開いていくのだ」と。

 晴ればれと
  勝利と歓喜の
     肩組みて
   創価の広布は
      仏勅(ぶっちょく)なるかな
posted by ハジャケン at 19:38| 山梨 ☀| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月26日

大白蓮華2010年9月号 巻頭言

『大白蓮華2010年 9月号 巻頭言』

行学楽しく! 不滅の城を

創価学会名誉会長  池田 大作

 学びゆく
  信行 強き
     君なれば
   幸と福とは
     三世の果てまで

 「いろいろな難問に遭遇することに、哲学は私を幸福にしてくれました」
 目と耳と口の不自由にも負けないで、気高き社会貢献の歴史を残した、アメリカの女性ヘレン・ケラーの述懐である。

 確かな哲学を持った人生は強い。哲学なき人は自由なようでありながら、羅針盤のない航海のごとく迷走し、漂流せざるを得ないのだ。いかなる権勢や名声も、生老病死の荒波の前には、なすすべもない。

 「法華経は仏説(ぶっせつ)なり仏智(ぶっち)なり一字一点も是を深く信ずれば我が身(み)即仏(そくほとけ)となる(中略)毒薬変(どくやくへん)じて薬となり衆生(しゅじょう)変(へん)じて仏となる故(ゆえ)に妙法と申す」(御書1437ページ)。これは、日蓮大聖人が、最愛の我が子を亡くした門下の新池殿へ綴られた、励ましの御消息の一節である。

 御書には、「希望の中の希望」が説き明かされている。すなわち、五濁悪世(ごじょくあくせ)の末法にあって、万人が必ず、仏性という尊極の生命を輝かせていける大道が、あますところなく示されているといってよい。まさしく、究極の幸福学の経典こそ、御書なのである。

 御書には、空虚(くうきょ)な抽象論(ちゅうしょうろん)など、一つもない。一文一句なりとも、大聖人ご自身が、三障四魔と戦われ、三類の強敵を打ち破り、流罪・死罪の大難を勝ち越えられて、実証なされた真実の御金言である。

 「わざはひも転(てん)じて幸(さおわい)となるべし、あひかまへて御信心を出し此の御本尊に祈念せしめ給へ、何事(なにごと)か成就(じょうじゅ)せざるべき」(御書1124ページ)
 一通一通の御消息文からは、千差万別の悩みと戦う一人一人への溢れんばかりの大慈大悲が拝されてならない。

 戦時中の投獄で当局に押収された、戸田城聖先生の御書がある。そこには、伊豆流罪中に認められた「四恩抄」に線が引かれている。
 「法華経の故(ゆえ)にかかる身となりて候へば行住坐臥(ぎょうじゅうざが)に法華経を読み行(ぎょう)ずるにてこそ候へ、人間に生(せい)を受けて是(こ)れ程(ほど)の悦(よろこ)びは何事(なにごと)か候べき」(御書937ページ)

 大聖人の師子吼を、師と共に寸分違わず身読していく−−ここに、我ら創価の師弟の無上の悦びがあり、誇りがある。軍部の弾圧を恐れて御書の要文を削除し、破邪顕正(はじゃけんせい)の精神を忘れ去った邪宗門とは天地雲泥の違いなのだ。 日蓮仏法の正統の命脈は、広宣流布へ邁進する学会の「信行学」の実践にこそ、脈々と流れ通っている。

 恩師は叫ばれた。「御書は、宿命転換と永遠の所願満足の軌道を教えられている。あらゆる魔に勝つための要諦が示されている。ゆえに信心だけは、命懸けで実践して侮いはないのだよ」
 この戦う教学の真髄を、師のもとで青年部は心肝に染め抜いてきた。
 二十三歳の私は、戸田先生の第二代会長就任の準備に奔走しながら、夜、仕事を終えた若き友たちと「開目抄」を研鎖した。私は日記に記した。
 「難解なれど、大聖人の御確信、胸に響く。乱世に、この貧しき家で、貧しき青年等が、大聖人の哲学を学びし姿、実に尊き哉」

 創価学会は、文字通り「学ぶ会」である。世界第一の生命尊厳の極理を学び、立正安国の平和・文化・教育の大哲学を行じゆくのだ。

 埼玉県の川越地区の御書講義に勇んで通ったことも、懐かしい。
 当時、御書講義の修了証書を私がお渡しした、けなげな婦人部の方が振り返っておられた。「よくぞ妙法に出会えたものぞと、感激でいっぱいになり、夢中で折伏に走ってきたのです。この人生それ自体が、最高にして最大の功徳でなくしてなんでしょうか!」と。
 あまりにも尊き母たちによって、広布の不滅の城が築かれてきたのだ。

 今や、真剣な行学錬磨のうねりが全世界に広がっている。日本も、この秋、伝統の教学部任用試験が行われる。御書を開けば、大聖人の仏の肉声に触れられる。共々に、みずみずしい求道心を漲らせながら、「行学の二道」を楽しく勇猛精進(ゆうもうしょうじん)していこうではないか!
 「行為の偉大さ、思想の偉大さ、魂の偉大さゆえに人は偉大になる」−−インドネシアの信念の文豪プラムディヤの言葉である。

 わが生命
   三世の宮殿
      知るゆえに
    我らは恐れじ
       永遠の王者と
posted by ハジャケン at 18:53| 山梨 ☀| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月08日

大白蓮華 2010年 8月号 巻頭言

『大白蓮華 2010年 8月号 巻頭言』

希望も高く! 学びの道を

創価学会名誉会長  池田 大作


 未来部は
   無限の力と
      世界 待つ
    断固と育てよ
      世界広布を

「人」を育てる。これが、仏法の命である。
なかんずく、若き友を、真心こめて励まし、伸ばし、光らせる。ここにこそ、仏の声の響きがある。仏の慈悲の振る舞いがあるのだ。

わが師・戸田城聖先生は叫ばれた。「学会っ子は、信心という永遠に輝く幸福の星、勝利の星を持って生まれてきた。この子どもたちの成長を、皆で祈ろう! 若き人材のために学会はあるからだ」と。
待ちに待った、我らの未来部の躍進の季節が来た。全リーダーが、人類の宝である未来部に、最大のエールを送りゆこうではないか!

法華経の妙荘厳王品第二十七に登場する、浄蔵・浄眼という兄弟の王子は、まさしく未来部の年代の若人であったと推察(すいさつ)される。
「女人成仏」の道を開いた八歳の竜女とともに、法華経は、元初より"未来部"の生命が躍動する希望の世界といってよい。
この兄弟は、「我れ等は宿福深厚(しゅふくしんこう)にして、仏法に生まれ値えり」と、喜び勇んで師匠に随って仏法を学ぶ。力強く変わっていく自らの姿を通して母を導き、邪見の父にも師匠の偉大さを教えた。王子たちが善知識となり、国土まで正義と功徳で荘厳されていったのである。
未来部員は、一人も残らず「宿福深厚」の王子であり王女である。その勝利の実証こそ皆の歓喜を広げ、世界を変えゆく力となるのだ。

 わたくしが
  一人かがやく
    太陽と
   父母 照らさむ
     一族 救わむ

 御聖訓には、悪世末法(あくせまっぽう)の様相を「今の日本国の小児(しょうに)は魄(たましい)をうしなひ・女人は血をはく」(御書P1564)と喝破(かっぱ)されている。
あの残酷な戦争が終わった夏、私は十七歳であった。もう二度と、戦乱によって母たちや子どもたちが犠牲にされることのない未来を創りたいと、青春の心に固く誓った。やがて、稀有(けう)の師と巡り会えた私は、「広宣流布」即「世界平和」の大闘争に身を投じたのである。
それは、民衆の大地から、若き地涌の人材を一人また一人と呼び出し、間断なく育て上げていく戦いであったといってもよい。

昭和四十五年の五月、私は学会を揶揄(やゆ)する記者たちに言い切った。
「学会がどうなるか、二十一世紀を見てください。社会に大きく貢献する人材が必ず陸続と育つでしょう。その時が、私の勝負です!」

そして四十年——。今、世界が刮目する、壮大な社会貢献の陣列が出来上がった。創価の師弟は、断固として人材で勝ったのだ。
私と同じ心で、未来部の育成に取り組んでくださった尊き担当者の方々に感謝は尽きない。「あの先輩がいてくれたから」「あの激励があったればこそ」との敬愛の声は、どんな勲章よりも誇り高い栄冠だ。 
成長の途上には、様々な悩みもある。思いがけない難問もあろう。しかし妙法は、どんなことも変毒為薬(へんどくいやく)できる絶対勝利の法則である。

「御義口伝」は、「父とは日蓮なり子とは日蓮が弟子檀那なり」(御書P803)と結ばれている。全未来部員が大聖人の尊極の「仏子」である。「師子王の子」である。何があろうと、断じて負けるわけがない。

「SGI(創価学会インタナショナル)を支持することは、私たちの子どもや孫たちの未来の『平和』と『希望』を約束することです」と、ブラジルの首都ブラジリアの慶祝議会で宣言された。
人類の希望は、創価の未来部にあり。今日も、未来部と共に語り、未来部と共に学び、そして、未来部と共に勇気凜々と前進しよう!

 輝ける
  金星見つめて
    語りゆけ
   希望も高く
     勝利 勝利と
posted by ハジャケン at 01:18| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月09日

大白蓮華 2010年7月号 巻頭言 青年よ壁を破れ!

大白蓮華 2010年 7月号 巻頭言

青年よ壁を破れ!

創価学会名誉会長  池田 大作

  偉大なる
   広布の指導者
     君たちが
   立ちて舞いゆき
      創価は世界に

 青年は、希望の旭日(きょくじつ)だ。いかなる暗闇(くらやみ)も鮮烈(せんれつ)に打(う)ち払(はら)う。
 青年は、正義の宝剣(ほうけん)だ。いかなる邪悪(じゃあく)も厳然(げんぜん)と断(た)ち切(き)る。
 青年は、勝利の旗印(はたじるし)だ。いかなる激戦(げきせん)も断固(だんこ)と勝(か)ち開(ひら)く。
 わが創価学会には、この若き熱と力が沸騰(ふっとう)している。ゆえに強い。

 「今再び『壁を破ろう!』との叫びが響く——これは歴史の声である」とゴルバチョフ氏(元ソ連大統領)は言った。氏は東西冷戦の象徴であった「ベルリンの壁」を崩した立役者の一人でもある。

 昨年の師走、再会した折、私たちは語り合った。「『どんな壁も必ず打ち破れるのだ』という勇気を、世界の青年に贈りたい」と。

 人生にも、社会にも、常に立ちはだかる壁がある。その壁を越えるためには、自分が飛躍することだ。自身が強くなることだ。

 悩み多き青春の合言葉として「突破せよ!」を挙げたのは、スイスの哲人ヒルティである。苦難の壁が分厚ければ分厚いほど、生命の威光勢力をいやまして突破しゆくのだ。これが人間革命である。

 日蓮大聖人は、熱原(あつはら)の法難の渦中、二十一歳の南条時光(なんじょうときみつ)にあえて厳しく仰せになられた。「願くは我が弟子等・大願ををこせ(中略)をなじくは・かりにも法華経のゆへに命をすてよ、つゆを大海にあつらへ・ちりを大地にうつむとをもへ」(御書1561P)と。

 広宣流布(こうせんるふ)という大願こそ、正法正義を伝(つた)え弘(ひろ)めゆく聖業(せいぎょう)である。
 立正安国(りっしょうあんこく)という大願こそ、民衆の幸福の城(しろ)を創(つく)り守(まも)る偉業(いぎょう)である。

 この大願のため、わが身をなげうって勇猛果敢(ゆうもうかかん)に戦い抜く。その時、小さな自分の殻が弾ける。そして大海原の如き広大無辺(こうだいむへん)の境涯(きょうがい)を開き、大地の如き金剛不壊(こんごうふえ)の生命を築き上げていけるのだ。ここに、大聖人が示してくださった、永遠に勝ち光る青春の大道がある。

 壁を破る究極の力は師弟から生まれる。法華経の勧持品(かんじほん)において、師匠に弟子たちは、広宣流布を阻む三類の強敵との戦いを誓願する。
人間を軽賤(きょうせん)する増上慢(ぞうじょうまん)の圧迫には、断じて屈しないとの誓いである。

 「我(わ)れ等(ら)は仏を敬信(きょうしん)して 当(まさ)に忍辱(にんにく)の鎧(よろい)を著(き)るべし」

 初代・牧口常三郎先生も、第二代・戸田城聖先生も、そして不二の弟子であるがゆえに第三代の私も、この「忍辱の鎧」を着て、三類の強敵と戦い抜いてきた。人類の平和と幸福の大理想を実現しゆく立正安国のため、「如説修行」の御聖訓のままに「かしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ」(御書502P)、悪意や邪見の壁を破ってきたのである。

 「人類最高の思想を学び、人びとの幸福のために行動している創価の青年は、誰人に対しても、胸を張って堂々と、わが信念を語り切っていくのだ」との恩師の師子吼が蘇る。 この青年の正義の連帯は、世界192ヵ国・地域に広がった。

 「これほど立派な創価の青年たちがいれば、一国のみならず、世界をも変えることができる」とは、ブラジルの識者の大喝采である。

 中米の大詩人ルベン・ダリオは謳った。「逆境(ぎゃっきょう)の宿命(しゅくめい)に苦悩(くのう)し、煩悶(はんもん)することがあっても、我らには宇宙の活力が漲(みなぎ)っているのだ」

 大宇宙を動かす根源の妙法を我らは持っている。どんな試練の壁にも負けない。いな、壁があるからこそ偉大な力を引き出せるのだ。
「強敵が人をば・よくなしけるなり」(御書917P)と仰せの通りである。

 恩師は叫んだ。「青年は恐れるな!”絶対にこうしてみせる”と決めるのだ。その信心の大情熱が、爆発的な勝利を呼ぶのである」

 「青年部結成の月」七月は、「立正安国の月」でもある。

 全宝友が若々しき正義の対話と行動で壁を破り、創価の新時代を勝ち開こう!

 わが人生
   永遠に戦え
     栄えゆけ
   悔いなき誉れの
      勝利の王者と
posted by ハジャケン at 22:33| 山梨 ☁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月19日

大白蓮華 2010年 2月号 巻頭言

大白蓮華 2010年 2月号 巻頭言

創価学会名誉会長  池田 大作

「今生人界」の宝の歴史を!


   にぎやかに
      また晴れ晴れと
        今日もまた
      肩組み進みし
           仏たちかな

「情熱にあふれ、生き生きとして、深い思いやりの心を持つ人は、常に多くの友人を惹きつけることができます」
私と妻が忘れ得ぬ交友を結んだ、中国文学の母・謝冰心(しゃひょうしん)先生の言葉である。まさしく、創価の女性のスクラムといってよい。
釈尊も、白分の方から親しく話しかける人であった。その音声は「耳に快く、愛情にみち、心に響き、優雅であり、多くの人々に愛され、多くの人々に喜ばれる」と讃えられる。
確かな哲学が見失われた現代の闇(やみ)は深い。大仏法を語る我らの張り切った声が、社会に希望と蘇生の金の波を広げるのだ。
わが師・戸田城聖先生は言われた。
「どんどん人と会うのだ。会った瞬間、"必ず心を開く"と決めて、生命力溢れる対話をするのだ。心の世界は、いくらでも変化することを忘るるな!」

 恐るるな
   断固吼えゆけ
       弟子なれば

日蓮大聖人は、「一切衆生(いっさいしゅじょう)の異(い)の苦(く)を受(う)くるは悉(ことごと)く是(こ)れ日蓮一人の苦なるべし」(御書 758P)と仰せになられた。この娑婆世界(しゃばせかい)に、悩みのない衆生などいない。人それぞれに千差万別の苦しみがある。
それが、どんなに深い宿命の苦悩であろうとも、必ず必ず打開できる――そのための妙法である。仏法対話とは、悩める友のもとへ、この大聖人のお心を携えて訪れることに他ならない。
すなわち大聖人のお遣(つか)いとして、「あなたも絶対に幸福になれる」と大確信の励ましを贈り、勝利の智慧と勇気を自他共に引き出していくのだ。これほど崇高なる仏の聖業があるだろうか。
当然、反発もある。「立正安国論」など対話形式の諸御抄には、相手の反応が「憤(いきどお)りて曰(いわ)く」「疑って云く」「驚いて云く」等々と記されている。それは、仏の音声が先方の命に届いて、眠っていた仏性が触発され始めた証しとも拝される。あの佐渡の阿仏房(あぶつぼう)も、初めは、大聖人を論詰(ろんきつ)しようとしたと伝えられる。しかし「北国の導師」と讃嘆される門下に変わっていったのだ。

 わが戦闘
   不軽菩薩に
       相続く
    大聖人も
       讃え護らむ

広宣流布に生き抜くことは、わが色心に妙法の力を漲らせゆく仏事だ。「歓喜の中の大歓喜」が湧き上がらないわけがない。
 法華経に登場する不軽菩薩(ふきょうぼさつ)は「初随喜(しょずいき)の人」とされる。師匠の教えを聞いて歓喜の心を起こす、初心の行者の意義である。
不軽菩薩は常にみずみずしい大歓喜の躍動する生命で、出会う一人一人の仏性を敬い、法を説いていった。最初は不軽(ふきょう)を侮(あなど)り、迫害した衆生も、最後は皆、信伏随従(しんぷくずいじゅう)していったのである。
昭和三十一年の大阪の戦いに、わが誉れの同志は、私と一緒に歓喜踊躍して挑んでくれた。私も題目を心で唱え抜きながら、大阪中を駆けずり回った。一日の移動距離が数百キロになる日もあったようだ。全大阪の国土世間に、妙法の功力を脈動させ、会う人すべてを味方に変えゆく祈りと行動であった。このはち切れんばかりの勢いが、諸天を揺さぶり動かしたのだ。
大阪に続いて十倍の拡大を成し遂げた山口開拓闘争は、まだ会館がない時代である。宿泊の旅館を拠点とさせていただいた。お世話になる主人や従業員の方々に、私は礼を尽くして接した。その中から入会した人も少なくない。この時、私が折伏した一人の婦人は、生涯で百世帯を超える弘教をされ、「私は勝ちました!」と勝鬨(かちどき)をあげられた。そのお孫さんが創価大学に学ばれ、立派なリーダーとして活躍する近況も、嬉しく伺っている。
「地涌の義」によって、二人、三人、十人、百人と広宣流布の陣列は必ず広がる。それは即、「今生人界」の宝の歴史だ。
「全世界に妙法という平和の種を蒔いて、その尊い一生を終わってください。私もそうします!」。三十五年前、グアムでのSGI(創価学会インタナショナル)の発足の際、私は呼びかけた。この一念で戦い続けてきたゆえに、創価は勝った。この方程式で、未来永遠に勝っていくのだ。

 喜ばむ
  勝利 勝利の
     創価かな
    威勢の歓声
        今年も あげゆけ
posted by ハジャケン at 17:03| 🌁| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

2010・1月号 大白蓮華 巻頭言

2010・1月号 大白蓮華 巻頭言

「人間革命」光あれ
              創価学会名誉会長  池田大作

旭日の 
 昇らむ勝ちゆく
   人生は
 なんと楽しく
    何と誉れよ

「日月天の四天下をめぐり給うは仏法の力なり」〈1146〉
今この瞬間も、大宇宙は止まることなく正確に運行している。その宇宙を動かしゆく本源の力と同じ力が、私自身の生命の中にある。この力を完璧に解き放てる秘術が、信心である。
ゆえに我らは、来る年来る朝、わが胸に元初の太陽を昇らせ、新しい一日を、新しい人生を晴れ晴れと勝ち進んでいくのだ。
「今以上に知ろう、もっとできる、もっとよくなれる、という望みが、人間を絶えず新しくする」とは、南米アルゼンチンの大思想かホセ・インヘニロス博士の言葉である。
誰人であれ、一年また一年、妙法に則り、生まれ変わった息吹で、価値創造の軌道を向上できる。先哲が希求し続けてきた、この生命の真髄の道を、戸田先生は「人間革命」と宣言された。

この人生
 願いはひとつ
   永遠の
 勝利の生命の
   革命なるかな

「人間革命」とは、人間を超越した存在になることではない。泥沼のような現実の生活の中にあって、悩み多き凡夫のまま、わが心を百八十度、ダイナミックに大転換させゆくことである。
「戸田大学」で拝した「当体義抄」には、「但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は煩悩・業・口の三道・法身・般若・解脱の三徳と転じて」〈p512〉とお約束であられる。
いかなる悩みや悪業や苦難にも、絶対に負けない。むしろ、あえて試練と戦って、仏の命と仏の智慧と仏の境涯を開くのだ。
日蓮大聖人は、その究極の手本を示してくださっている。
妙法とともに、師とともに師子王の心で戦えば、必ず仏になれる。地獄さえも、寂光土に変えられる。家庭も地域も変わる。この最も劇的な生命の「革命」を、あの友この友と世界中で成し遂げ、幸福と平和の連帯を広げてきたのが、創価の師弟である。

断固勝て
 人間革命
   三世の光と

世の多くの「革命」は、時につれ、原点の瑞々しい初心を失う。惰性に流され、再び腐敗してしまう。これが歴史の常であった。「人間革命」は、その不幸の流転を根源から変える挑戦である。
五十七歳で入信された牧口先生は、「言語に絶する歓喜を以て殆ど六十年の生活法を一新するに至った」と語られた。
日蓮仏法は「本因妙」である。これまで、どうであったかと、振り向くのではない。これから、どう開くかと、前へ進むことだ。心が傲って老いれば、命は澱む。それでは、勝利の力は出ない。だからこそ、常に青年を育て、青年と行学の二道に励むのだ。
広宣流布は仏の仕事である。その仏の聖業に労苦を惜しまず挑むからこそ、凡夫の我が身に久遠の仏界が湧現するのである。
「一念三千の仏法だ。まず、“こうしてみせる”と決めなさい。広宣流布のいかなる闘争も、一人ひとりの宿命転換と人間革命の戦いだ。大変だからこそ、偉大な勝利がある。ゆえに、悔いなく戦い切れ!」。この恩師の指導のままに、私は走ってきた。

「教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞い」〈p1174〉と仰せの如く、人間革命の実証は「振舞」となって現われる。「あの人は、いつも生き生きと見違えるように変わっている」という人間革命の姿が、人の心を打ち、仏法への共感を広げるのだ。
悪世末法の闇は深い。今まで以上の祈りと行動で、人間性が光り輝く人材が続々と躍り出なければ、世界広宣流布は進まない。
デューイ教会のガリソン前会長は讃えてくださっている。
「『人間革命』の理念を掲げる創価学会は、“どこまでも成長する宗教”です」「師匠という原点、伝統を正しく踏まえ、若々しさを堅持していく限り、そしてまた成長し、価値創造を続けていく限り、学会は千年の繁栄を築くでありましょう!」
去年より今年、昨日より今日と、一歩でも前進すること――それが人間革命だ。自らが変われ!そして勝利を開きゆけ!

君立たば
 何処の天地も
   晴ればれと
 生命の歓喜の
   花は爛漫

posted by ハジャケン at 21:03| ☀| 大白蓮華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする