2012年03月20日

病と闘ってる同志に

「医学の力は大切ですが、病を治せるかどうかは、根本的には、人間自身の生命力の問題になります。また、病に苦しまなければならないという宿命を転換しない限り、一つの病を乗り越えても、また、別の病に苦しむことになる。仏法は、その生命力を涌現し、宿命を転換する道を説いているんです。(新・人間革命 共戦18)」
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2012年02月10日

座談会の指針  小説「新・人間革命」

座談会の指針  小説「新・人間革命」

「ご承知の通り、座談会は教学と並んで創価学会の根本の伝統であり、仏道修行の要諦であり、学会の縮図です。私は座談会を最も重視し、"戦う座談会″を学会の大伝統として再確認し、来月からあらためて実践に移したいと思いますけれども、いかがでしょうか!」

会長山本伸一の呼びかけに、賛同の大拍手がドームにこだました。九月二十五日、東京・両国の日大講堂で行われた、九月度本部幹部会でのことである。伸一は、この本部幹部会で、全幹部が一丸となって、全力で座談会に取り阻み、広宣流布の堅固な礎を築こうと訴えた。

そして、学会本部に、仮称「座談会推進本部」を設置し、自らが推進本部長として、座談会の充実に挺身していくことを表明したのである。彼は、常に率先垂範の闘将であった。民衆は賢明である。自らは行動もせず、実証も示せぬリーダーの号令など、誰も耳を傾けなくなるにちがいない。人を動かすのは、口先ではない。魂の触発である。実践、体験に裏打ちされた確信に人は魂を揺り動かされるのだ。

もしも、号令によって人が動くなどと考えているなら、それは、人間を侮蔑しきった傲慢の徒といってよい。ともあれ、伸一は、自らが先頭に立って、動き、戦い、学会の活動の柱ともいうべき座談会を盤石なものにしようと、決意していたのだ。

牧口初代会長以来、学会は座談会とともにあった。いや、座談会こそが学会の民衆運動の最大の源泉であった。そこで学ぶ御書や、赤裸々な同志の信仰体験、幹部の明快な指導などが参加者の発心と決意を促し、学会発展の原動力となってきたのである。

また、座諛会には、職業も、世代も異なる老若男女が集い、苦悩に沈む友がいれば、皆がわが悩みとして励ましを送り、歓喜の報告には、皆が喜びを分かち合ってきた。そこには、社会的な地位や貧富の差などによるわけへだては、いっさいなかった。

まさに、「民主」と「人間共和」の縮図であり、現代社会の「心のオアシス」をつくり出していたといってよい。さらに、会員に限らず友人等も参加し、忌憚(きたん)なく意見を交換し合う座談会は「社会に開かれた対話の広場」であり、弘教の法戦場であった。人びとは、座談会を通して、創価学会を実感として知り、認識を深めていくのだ。

座談会が充実し、活力と歓喜にあふれている限り、広宣流布の前進はとどまることはない。ところが近年、その座談会を軽視する風潮が生まれ、内容的にも、マンネリ化の傾向が見られ始めていたのである。山本伸一は、この事態を真剣に受け止め、座談会の改革に乗り出したのであった。まず、九月十八日、伸一は、学会本部の黒板に、「日々の指針」として、こう書き記した。

「幹部は常に充実した座談会を推進しよう。そして一人一人と話し合い、自信をあたえ、幸せに導くことが大事だ」

周りにいた本部職員がそれを見ていると、伸一は言った。「さあ、今日から座談会革命だ。みんなで力を合わせて、最高の座談会にしていこう」職員の一人が、伸一に尋ねた。「先生、座談会を充実させる秘訣というのはなんでしょうか」

「詳細は、次の本部幹部会で語ろうと思っているが、原理は明確だ。主催する幹部や担当幹部の一念で、すべては決まってしまうということだよ。本来、座談会は、弘教のための仏法対話の場だった。牧口先生も、戸田先生も、新来者のどんな質問にも、懇切丁寧に答えられ、なぜ、日蓮大聖人の仏法が正しいのか、真実の幸福の道とは何かを、大確信をもって、理路整然と語られた。まさに、座談会は法戦の最前線であった。また、集って来た同志に、勇気と確信を与えようと、真剣勝負の指導が行われた。座談会に参加すれば、どんな疑問も晴れた。つまり、ひとたび、座談会を開いたならば、友人も会員も、納得させ、歓喜させ、発心させずにはおくものかという、中心者の気迫と力量が勝負になる。幹部の自覚としては、戦う座談会″にしていくことだ」

山本伸一は、既に、聖教新聞社の編集首脳に、座談会充実のための企画を提案していた。それを受けて聖教新聞では、九月十八日付から「見直そう座談会の力」と題する連載を開始した。さらに、二十四日に、学会本部で開かれた全国理事会でも、伸一は、学会伝統の最重要行事である座談会を軽視する風潮があることを、厳しく戒めた。そして、翌二十五日、本部幹部会での、座談会についての指導となったのである。

伸一は、この幹部会では、座談会の重要性を語ったあと、これまで、実施の回数も、日時もバラバラであったので、開催日を定めていくことなどを発表した。そして、「私自身、十月から、率先して座談会に参加する決意です」と宣言したのである。

この伸一の言葉に、大拍手が広がった。拍手が収まるのを待って、彼は言葉をついだ。「座談会で活躍し、育った人こそが、真の学会っ子であります。 教学、そして、座談会は誰がなんと言おうと、学会の礎であり、広布の推進力であります。したがって、本当に学会を大事にし、愛し、守ろうとするなら、私とともに、座談会の充実のために、涙を流し、汗を流して、戦い抜いていただきたいのであります」

気迫に満ちた伸一の呼びかけに、参加者は取り阻みへの決意を新たにしたのであった。伸一は、さらに、座談会を開催するにあたっての重要なポイントを語っていった。

「どうか、新来者を連れて来られた人を、大事にしていただきたい。新来者が信心に反対することもあるでしょう。しかし、紹介者は、この人を幸福にしたいとの真心で、苦労を重ねて連れて来たのであります。その紹介者の立場がなくなるような思いにさせることは、誠意と努力に対する冒涜です。新来者を連れて来た人には、心から尊敬の念をもって、激励していただきたいのであります。また、新来者が出席しない場合も、担当幹部は知恵を働かせ、集って来た同志とじっくり懇談し、質問を受けたりするなど、有意義な座談会にしていただきたい」

山本伸一の言葉には、話すにつれて熱がこもっていった。

「座談会は、全員参加が原則です。座談会の日は、最高幹部も、本部、支部の幹部も、必ず、どこかの座談会に出席するのは当然です。そして、座談会を迎えるにあたっては、幹部が手分けをして、連絡、指導、激励にあたり、全員が参加できるように力を尽くしていくことが大事になります。座談会は、当日だけでなく、結集も含め、事前の準備によって決まってしまうといえます」

ここで、伸一の話は、担当幹部の在り方に及んでいった。

「座談会を担当する幹部は、成功を真剣に御本尊に祈り、固い決意と大確信をもって臨むことが大切です。どんなに面白い話をしても、信心の確信が伝わってこなければ、画竜点睛(がりょうてんせい)を欠いています。

確信のない人は、結局、担当幹部としては失格です。そして、どの場面を見ても、学会精神にあふれているという座談会にしていただきたい。また、幹部に不可欠なのは配慮です。皆が発言するような場合でも、口下手な人もいるので、そういう人の気持ちも敏感に察知しなくてはならない。さらに、座談会でどんなことが起ころうと、臨機応変に対処できる聡明さと、明朗さがなくてはならない。なかには酒を飲んで、ふざけ半分で乱しに来る人もいるかもしれない。そういう場合には、参加をお断りするという、厳然とした対応も必要になります。信心の錬磨の清浄な世界を、かき乱されるようなことがあってはなりません。その毅然とした態度とともに、社会性ある、常識豊かな振る舞いが大事です。特に、言葉遣いは、どこまでも、丁寧であっていただきたい。たとえ、信心に批判的な発言をする人がいても、礼儀正しく、相手を尊敬した立場で話をしていくべきです。これまでも、一部の幹部の心ない言葉遣いに失望し、残念なことには、学会を離れていってしまった人もいるんです」

こう語った時、伸一の表情は曇った。山本伸一は、担当幹部や主催者の地区部長などに必要な配慮について、微に入り細をう

がつように述べていった。

「会場提供者には、特に礼を尽くして、使ってもらってよかったと思えるように、幹部は心を砕いていただきたい。また、その会場のご家族、子どもさんにも、丁重に御礼申し上げていただきたい。さらに、会場周辺にも、十分に注意を払い、駐車違反をはじめ、騒音や駐輪等で、絶対に迷惑をかけることのないようにしてください。そして、近所の方々に対しても、事前に、誠意あるあいさつをしておくことも大切です。誰が見ても、すがすがしいな、納得できるな、というものにしていかなければならない。座談会は、学会の地区など、一部分の、小さな行事であると思うのは、大きな誤りです。創価学会といっても、それは、どこか遠くにあるのではない。わが地区の座談会のなかにこそ、学会の実像がある。したがって、その充実こそが、学会の建設の要諦となるのであります」

この本部幹部会での伸一の指導は、座談会の在り方を考える、重要な指針となったのである。幹部会の参加者をはじめ、伸一の指導を機関紙で知った同志は、闘志を燃え上がらせた。

「これが創価学会だといえる、最高の座談会を開こう!」「みんなで力を合わせて、頑張ろう!」ある人は、全友人に参加を呼びかけて歩いた。また、ある人は、家庭訪問に全力を注いだ。こうして、全国津々浦々に、座談会成功への息吹がみなぎっていったのである。それから十日後、全国の会場提供者に、一枚の栞(しおり)が届けられた。その栞には、馬に乗った女性の戦士の絵が描かれ、「創価学会座談会場」を意味する英語の文字が記されていた。ささやかだが、感謝の思いを伝えたいと、伸一が提案し、作られたものであった。たった一枚の栞ではあったが、贈呈された会場提供者は、山本会長の真心に胸を熱くした。

また、座談会にかける、伸一の決意を感じ取っていった。

(13巻・北斗の章)
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2011年11月18日

創立記念日 新・人間革命 未来56

今日は、創価学会創立記念日
おめでとうございます。

◆小説「新・人間革命」 聖教新聞1月26日掲載

[未来56]

 初代会長・牧口常三郎の『創価教育学体系』の第一巻が発刊された一九三〇年(昭和五年)の十一月十八日は、「創価学会創立記念日」であるだけでなく、「創価教育原点の日」でもある。
 山本伸一は、二〇〇八年(平成二十年)、この十一月十八日を記念して、世界六カ国に広がった創価幼稚園(日本・札幌、中国・香港、シンガポール、マレーシア、ブラジル、韓国)に、新たな指針を贈った。
 「何があっても 負けない人が 幸福な人」
 「みんな仲良く僕たち家族」
 「父母を 大切にする人が偉い人になる」
 彼は、最も大切な幸せへの道を、人間としての生き方を、清らかな子どもの生命に、あらためて打ち込んでおきたかったのである。
 モノや知識は豊富に与えられても、精神の砂漠に放り出され、人間の道を教わらぬ子らもいる。戦火に怯え、飢餓に泣く子らもいる。
 そうした、世界のすべての子どもたちが、自ら価値を創造し、幸福を実現していくために、創価教育はある。
 創価教育の父・牧口常三郎は、『創価教育学体系』の発刊にあたり、自身の思いを、「児童や生徒が修羅の巷に喘いで居る現代の悩みを、次代に持越させたくないと思ふと、心は狂せんばかり」(注)と記している。
 伸一は、先師の、その慈愛の一念から生まれた創価教育を、人間主義教育を、人類の未来のために、伝え、生かしていくことを、自らの使命とし、最後の事業としていたのだ。
 そのための、創価幼稚園であり、創価学園であり、創価大学である。
 伸一は、深く、強く、心に誓っていた。
  「教育の種を植えれば、未来は、幸いの花園になる。
 教育の道を開けば、未来は、平和の沃野へつながる。
 私は、種を蒔く。今日も、明日も。
 私は、この道を開く。全精魂を注いで。
 生命ある限り、生命ある限り……」
            (この章終わり)
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2011年10月02日

新・人間革命 第1巻 第1章 「旭日」1960年十月二日

新・人間革命 第1巻 第1章 「旭日」


 平和ほど、尊きものはない。

 平和ほど、幸福なものはない。

 平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。



 一九六〇年(昭和三十五年)十月二日――。

 山本伸一、三十二歳。

 彼は今、胸中に平和への誓いの火を燃やしながら、世界へと旅立とうとしていた。それは、創価学会第三代会長に就任してから、わずか五ヶ月後のことであった。

 この日の東京は好天に恵まれ、澄んだ秋空が広がっていた。

 羽田の東京国際空港は、朝からの大勢の同志が詰めかけ、午前九時半ごろには、送迎デッキは鈴なりの人であふれた。初の海外訪問に出発する会長山本伸一を見送ろうとしてやって来た人たちである。

 午前十時十分、送迎デッキにざわめきが走った。伸一をはじめ、一行六人が、ターミナルビルから姿を現わしたのである。メンバーは伸一のほか、副理事長の十条潔、理事の石川幸夫、教学部長の山平忠平、青年部長の秋月栄介、そして、婦人部長の清原かつであった。

 一行は搭乗機の前で一列に並ぶと、被っていた帽子を取り、見送りの人びとに向かって手を振った。歓声と拍手が、晴れ渡る空に舞った。

 十時四十分、一行を乗せた日本航空(JAL)八〇〇便は、轟音を響かせて離陸し、一路、ハワイのホノルルに向け、飛び立っていった。

 一行の搭乗機は、就航して間もない大型ジェット旅客機であった。この年の八月十二日、日本発の大型ジェット機として、DC−8型の「富士号」が就航。以来空の旅もジェット機時代″の開幕を迎えていたのである。

 眼下には、伸一が生まれ育った、懐かしいふるさとの大森の海が見えた。海面には、太陽の光を浴びた無数の波が、キラキラと銀色に照り輝いていた。それは、伸一の旅立ちを祝福し、見送っているかのようでもあった。

 伸一は、静かに胸に手をあてた。彼の上着の内ポケットには、恩師戸田城聖の写真が納められていた。彼は、戸田が逝去の直前、総本山で病床に伏しながら、メキシコに行った夢を見たと語っていたことが忘れられなかった。
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2011年09月14日

新・人間革命「操舵」 ダモクレスの剣

新・人間革命 第7巻 第4章 「操舵」
p323
核保有国が増えるにつれて、それらの国々と伍していくには、自国も核を持たなければならないという不安と焦燥にかられて、多くの国々が、核軍拡競争の泥沼にのめり込もうとしている。
p324
 その流れの底には、「相互不信」「疑心暗鬼」という、暗い深淵が横たわっている。この深淵を埋めるのは、各国の最高指導者の、胸襟を開いた語らい以外にない。

 もちろん、伸一は、一朝一夕で「不信」が「信頼」に変わるほど簡単なものではないことは、よくわかっていた。また、さまざまな思惑の入り乱れた、複雑な国際政治の現実の厳しさも知り抜いていた。だが、対話へと踏み出さずしては、永遠に事態を変えることはできない。一見、迂遠な道のように見えても、結局は、それが平和への最も近道であるというのが、彼の信念であった。

 核の脅威に怯え、「ダモクレスの剣」の下に生きるかのような、現代の世界を思うと、常に伸一の頭に浮かぶのは、法華経譬喩品の「三界は安きことなし 猶火宅の如し 衆苦充満して 甚だ怖畏すべし」の文であった。

 彼は世界を巡りながら、民衆の生活に眼を凝らしてきた。

 どの国にも貧困や差別などの深刻な矛盾があり、国によっては紛争の影があった。そのなかで、どの国の民衆も幸福と平和を願い、懸命に生き抜いていた。

 しかし、ひとたび全面核戦争になれば、いかなる国にも、その被害は及び、滅亡の危険性をはらんでいるのだ。しかも、あのキューバ危機″が図らずも実感させたように、全面核戦争の
p325
脅威は、今や現実味を帯びてきているのである。

 伸一は、恩師戸田城聖が叫んだ、地球民族主義の大理念をもって世界を結び、恒久平和を実現しなければならない時が来たことを、深く自覚していた。

 彼は世界の平和への突破口を開くために、ケネディとの語らいに多大な期待を寄せていた。いや、そこにかけていたといってよい。
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2011年06月24日

新・人間革命 灯台 55から

灯台55

異なった生活を営む多様な人びとが、一つの団地という世界で、共に生きる。まさに団地は、「小さな合衆国」といえる。その団地の人びとを、友情と信頼の固い絆で結び、人間共和の礎をつくらねばならない=\―それが、山本伸一の団地部への期待であった。

 彼は、一九九五年(平成七年)十一月、団地を、心と心が通い合う、理想の人間共同体とするための具体的な実践を、十項目の指針にまとめ、団地部のメンバーに贈った。

 一、「小さな合衆国(団地)」の無事・安穏を日々ご祈念。

 二、笑顔のあいさつで明るい団地。

 三、良き住民として、常識豊かに模範の生活。

 四、近隣を大切に、広く、大きな心で、皆と仲良く。

 五、友情の花を咲かせて、心豊かな人生。

 六、地域貢献活動には、率先垂範で積極的に取り組む。

 七、自然保護で緑あふれる希望の団地。

 八、お年寄りを大切に、励ましの一声かけて今日も安心。

 九、青少年の健全な育成に協力。

 十、冠婚葬祭は、思想・信条を超えて相互扶助。

 この指針は、地域の繁栄と幸福をめざす団地部の友の、大切な規範となっていった。

今や人間関係の断絶は、団地に限らず、社会全体に蔓延し、「無縁社会」などと評される事態に至っている。そのなかにあって、団地部の友をはじめ、わが同志は、それぞれの地域で、友情の連帯を築こうと、対話の花園を広げている。この善のスクラムは、希望を育む精神のセーフティーネット(安全網)となって輝きを放っている。

日蓮大聖人は「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書七五八n)と言われ、あらゆる人びとのすべての苦しみを、わが苦とされた。われらは、この大慈大悲の御精神を受け継ぎ、わが地域に、人間讃歌の時代を創造するのだ。
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2011年06月11日

新・人間革命 灯台45 三変土田

灯台 四十五

一九七七年(昭和五十二年)二月十七日の
夜、会長・山本伸一を迎えて、創価文化会館
内の広宣会館で開催された、第一回「農村・
団地部勤行集会」は、歓喜と求道の息吹に
満ちあふれた出発の集いとなった。
全国から駆けつけた参加者は、伸一の指導を
一言も聞き漏らすまいと、耳を澄ませ、瞳を輝
かせ、一心に彼を見つめていた。
伸一は、参加者の日々の活動に対して、ねぎ
らいと感謝を述べたあと、一人ひとりに語りか
けるように、懇談的に話を進めた。
「私が、会長に就任したその年の七月、千葉
県の銚子で、青年部の人材育成機関の一つ
であった『水滸会』(すいこかい)の、野外研修
を開催いたしました。
その時、地元の千葉からも、隣県の茨城から
も、多くの同志が来られており、私は、しばし、
懇談させていただいた。
語らいのなかで、一人の方が、漁獲量(ぎょかく
りょう)が減少して困っていると言われた。私は、

『皆さんの一念で、国土世間(こくどせけん)も変
えていくことができると教えているのが仏法です。
根本はお題目です』と申し上げました。

大聖人は、『心の一法より国土世間も出来
(しゅったい)する事なり』(御書五六三n)と
仰せだからです。国土の違いも、わが一念
から起こり、わが一念に国土も収まります。
心の力は偉大です。何があっても負けない、
強い、強い信心の一念があれば、一切の
環境を変えていくことができる。
それが『三変土田』(さんぺんどでん)の法理
です」
「三変土田」とは、法華経見宝塔品(ほけきょ
うけんほうとうほん)第十一で説かれた、娑婆
(しゃば)世界等を仏国土へと変えていく変革の
法理である。「三変」とは、三度にわたって変
えたことであり、「土田」とは、土地、場所を意
味している。
見宝塔品では、七宝(しっぽう)に飾られた巨大
な宝塔が涌現(ゆげん)する。釈尊の説く法華経
の教えが真実であることを証明するために、塔
(とう)の中には多宝如来(たほうにょらい)がいる。
しかし、宝塔の扉は固く閉ざされ、多宝如来は
現れない。出現の時には、釈尊分身の諸仏を
来集(らいしゅう)させてほしいというのが、多宝
如来のかねてからの願いであった。

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2011年04月27日

「宝剣」P104

新・人間革命 第8巻 第2章 「宝剣」P104

ひとくちに個人指導といっても、決して、容易なことではない。

 会員のなかには、さまざまな人がいる。会って話すことを拒む人もいれば、子供のころに親と一緒に入会してはいるが、自分は信仰をした覚えはないという人もいるかもしれない。あるいは、学会に著しく批判的な人もいるだろう。さらに、病苦や経済苦などに悩み、未来への希望を見いだせずに悶々としている人もいる。そうした人びとの家を訪ね、知恵を絞って対話の糸口を探し、友情を結び、信仰の大切さを語り、勤行や教学を教えていくことは、並大抵のことではない。

 それは、会合で話をしたり、行事の運営をすることより、はるかに難しいにちがいない。
しかし、そこにこそ、自身の鍛錬がある。他者を育成するなかにこそ、自己の成長もあるからだ。また、その労作業のなかに、まことの仏道修行がある。

 会合に集って来る人だけを相手に、活動を進めることは楽ではあるが、そこには本当の広宣流布の広がりはない。それでは、海の彼方の岸辺をめざしながら、入り江のなかを巡って満足しているに等しいといえよう。学会活動の主戦場となる舞台は、会合の先にこそあることを、幹部は深く認識しなければならない。

 創価学会の真心のネットワークを形成してきたものも、家々を訪問しての個人指導であった。大樹が、網の目のように、地中深く張り巡らされた根によって支えられているごとく、学会を支えているものも、この地道な個人指導の積み重ねであるといってよい。

 臆病で怠惰なスタンドプレーヤーには、この勇気と忍耐の労作業を成し遂げることはできない。民衆のなかへ、友のなかへ、人間のなかへと、個人指導の歩みを進める人こそが、仏の使いであり、まことの仏子であり、真正の勇者といえるのだ。
posted by ハジャケン at 10:23| 山梨 ☁| 人間革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

羽ばたき 十 (2905)

羽ばたき 十 (2905)

 仏法は、生命の因果の法則を説き明かし、幸福への智慧と力が、すべて自分自身の生命にあることを教えている。
 日蓮大聖人は、一切衆生が妙法蓮華経の当体であることを示され、「若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらず」(御書三八三n)と仰せになっている。
 そして、一生成仏への道は、わが生命を磨くことであり、「只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり」(同三八四n)と結論された。
 自行化他にわたっての題目、つまり広宣流布の活動のなかにこそ、自身の生命を磨き、絶対的幸福境涯を築く道がある。これが、日蓮仏法の教えなのである。
 ゆえに、学会員は、その御指導のままに、皆が「冥の照覧」を、そして「陰徳あれば陽報あり」(同一一七八n)の御文を確信し、わが信念としてきたのだ。
 だから、世間的な利害や損得をかなぐり捨て、広宣流布のため、仏法のために、勇んで苦労を買って出た。
 信心のことで、楽をしようとか、よい思いをしようなどとは、決して考えなかった。
 皆が、財もいらない、地位もいらない、名誉もいらないとの思いで、ただ、ただ、広宣流布のために走り抜いてきたのである。
 そこにこそ、創価学会の強さがあり、清らかさがあり、正義がある。
 しかし、この生命の因果の法則を見失い、「己心の外」に絶対的幸福の方法があるように錯覚し、権勢を求めたり、名聞名利や保身に走るならば、それは、仏法からの逸脱であり、浅ましき外道の姿である。
 この信心の「心」が崩れるならば、学会も、広宣流布も蝕まれ、崩壊していくことになる。
 山本伸一は、そのことを最も憂慮していた。
 それだけに、雪深い町で、総ブロック委員として、皆の幸福のために献身する大鳥スギに、彼は心から賞讃を惜しまなかったのだ。
「人生の勝負は、晩年です。今、懸命に頑張り抜いた功徳は、七十代、八十代に、絢爛と咲き薫ります。
 共々に、広宣流布のために苦労多きことを名誉としながら、喜び勇んで黄金の汗を流そうではないですか」

語句の解説
 ◎冥の照覧
 「冥」とは、奥深く、目に見えないことで、ここでは凡夫には見えない仏神をいう。仏や諸天善神が、人々の一念や行動をことごとく知っていること。
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2011年02月27日

人間教育6

小説「新・人間革命」2011年 2月22日 人間教育6

一月三十一日、山本伸一は、創価文化会館の広宣会館で行われた、新宿、港、千代
田、世田谷、目黒、中野、渋谷、杉並の各区からなる、第一東京本部の女子部大ブ
ロック長(現在の地区リーダー)勤行会に出席した。
彼は、まず「立正安国論」の「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんに
は」(御書二四n)の御文を拝した。
「この御文は、社会の繁栄、平和を実現するために、さまざまな方法、手段を講ず
るよりも、まず、不幸の根本原因である、誤った教えという一凶を絶つことが大事だ
と述べられているところです。それは、私どもの生き方についても言えます。
たとえば、夜更かしなど不摂生が重なり、体調を崩した人がいたとします。その人
にとっては、不摂生こそが一凶です。それを改めなければ、どんなに栄養をとって
も、健康にはなれない。同じように、私たちが、人間革命し、幸せになっていくうえ
でも、それを阻んでいる一凶というものがあります」
皆、目を輝かせて、話に耳を澄ましていた。
「自分の思い通りにいかないと、投げやりになったり、自身を卑下したりするのも
一凶です。自分の失敗や不幸を人のせいにする生き方や、広宣流布のために、皆と心
を合わせられないというのも一凶でしょう。また、困難に出くわすと、物事を投げ出
したり、逃げてしまうという傾向性も一凶です。そのほかにも、人それぞれに一凶が
あるでしょう。
そこで、自分の一凶は何かを見極め、それを絶とうと決め、懸命に唱題し、自身に
挑戦していくことです。そこから、人間革命の戦いが始まるんです」
このあと、伸一は、女子部の時代は、長い人生のうちで、一切の土台となる、最も
重要な時期であると語った。そして、この青年期に、自らを鍛錬し、一凶を絶ってい
くことが、人生の幸福を勝ち取っていくうえで、極めて重要であると訴えた。
「鉄は熱いうちに打て」である。鍛えなき青春では、人生の試練に打ち勝つ人格は
築けぬ。
posted by ハジャケン at 15:33| 山梨 🌁| 人間革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人間教育5

小説「新・人間革命」2011年 2月21日 人間教育5

山本伸一は、最後に「愚痴」について語っていった。
「大ブロック担当員は、学会活動の要となる方々です。ご苦労も多いことでしょ
う。しかし、せっかく頑張っても、愚痴ばかり言っていると、その福運を消してしま
うし、功徳もありません。卑近な例で言えば、風邪を治そうと薬を飲みながら、薄着
をして、雨に打たれて歩いているようなものです」
もともと、愚痴とは、愚かで、ものの道理がわからないことであり、「無明」を意
味する言葉でもある。
「ついつい愚痴を言ってしまう人もいるでしょうが、愚痴の怖さは、言うたびに、
胸中に暗雲を広げていくことです。心を照らす太陽が闇に覆われ、希望も、感謝も、
歓喜も、次第に薄らいでいってしまう。御聖訓にも、『わざわい(禍)は口より出で
て身をやぶる』(御書一四九二ページ)と仰せです。
さらに、愚痴っぽい人というのは、自分では気づかぬうちに、全体の空気を重く
し、人のやる気をも奪っていく。つまり、広宣流布への勢いを削ぎ、戦いの力を止め
てしまっているんです。
それでは、功徳どころか、罰を受ける結果になりかねない。だから、皆で、互いに
戒め合っていくことが大事なんです。
それに対して、勇んで行動する人は、見るからに、すがすがしいものです。人びと
に触発をもたらし、やる気を引き出し、周囲の停滞した雰囲気を打ち破っていきま
す。
大聖人が『ただ心こそ大切』(同一一九二ページ)と仰せのように、大事なこと
は、どういう一念で信心に励んでいくかです。どうせ信心をするなら、愚痴を言いな
がらではなく、自ら勇んで、実践していかなければ損です。さっそうと、さわやか
に、行動していこうではありませんか!」
婦人部は、創価学会の太陽である。その婦人たちの、はつらつとした姿が、包容の
微笑みが、幸の光線となって、暗く閉ざされた友の心に降り注いでいくのだ。
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人間教育 4

新・人間革命 人間教育 4  2011. 2. 19

山本伸一は、集った大ブロック担当員の生命の奥深く、仏法への
大確信を打ち込んでおきたかった。広宣流布を推進する幹部
としての第一の要件は、信心への、御本尊への、絶対の確信で
あるからだ。さらに、彼の話は、一転して、家庭での振る舞いに
移った。
「今日、参加されている方の多くが、結婚され、子どもさんも
いらっしゃることと思います。どうか皆さんは、優しい、
いいお母さん、いい奥さんになってください。人間革命といっても、
決して特別なことではないんです。一例をあげれば、子どもや
夫への接し方一つにも表れます。いつも怒りっぽかったのに、
怒らなくなった。笑顔で接するようになった。よく気遣いが
できるようになった。子どもの言うことを、ちゃんと聞いて
あげられるようになった――それが、人間革命なんです。
また、幸せといっても、自分の身近なところにあるんです。
たとえば、家庭で、隣近所とのつきあいのなかで、あるいは、
職場で、いい人間関係をつくれるかどうかです。そして、
心から感謝でき、幸せだと思える――
そこに、幸福があるんです。今日、お帰りになったら、ご主人が
信心していても、していなくても、くれぐれも、よろしく
お伝えください。信心していなくとも仏縁があるんだもの、
やがて、いつか信心に目覚める時が来ます。焦らずに、お題目を
真剣に唱えていくんです。大事なことは、人間として信頼に
結ばれることです。信心のことで、ご主人と喧嘩したり、夫婦仲が
悪くなったりしてはいけません。それは愚かです。
すべて包み込んでいくことです」
伸一は、日々の現実のなかで格闘する大ブロック担当員の苦労も、
その胸の内も、よくわかっていた。
だからこそ、全員が、聡明に、力強く生きて、尊き地涌の使命を
果たし抜き、絶対に幸せになってほしかった。
彼は、仏を敬う思いで、一人ひとりの参加者に、じっと眼を向けた。
posted by ハジャケン at 15:29| 山梨 🌁| 人間革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人間教育3

小説「新・人間革命」2011年 2月18日
人間教育3

婦人は、夫に、「信心してみようと思うの」と話した。すると、夫は言った。
「俺は、三年前、学会の話を聞いた時に、本当は、信心をしたかったんだ。しかし、お
まえが、あんなに反対したから……」
彼女は、すぐに、仏法の話をしてくれた和歌山市の学会員に、速達で手紙を出した。
「あなたの言われていた信心をやりたいと思います。すぐに来てください……」
婦人の一家は、一九五七年(昭和三十二年)六月、晴れて入会する。
以来二十年、事業も軌道に乗り、借金も返済した。はつらつとして学会活動に励み、婦
人は、県の幹部として活躍。夫妻で幸せを満喫している。彼女が一緒に死のうと思った長
男は、創価大学の四年生となり、さらに、海外の大学院に進もうと、勉学に励んでいると
いうのだ――。
山本伸一は、大ブロック担当員勤行会で、この婦人の体験を紹介したあと、訴えた。
「御本尊の力は、一朝一夕には、わからないかもしれない。しかし、十年、二十年と、
真剣に信心に励んでいくならば、結果は、厳然と表れます。
私たちの現実の日々は、悩みだらけでしょう。学会活動の場でも、“わからずや”ばかり
で、もうやっていられないと思うこともあるかもしれない。また、皆さんのなかには、子
どもさんの問題で悩んでいたり、ご主人と喧嘩ばかりしている方もいるでしょう。会合に
来る交通費を工面するのも大変な方や、病苦と闘っている方もいるでしょう。
しかし、戸田先生は、大確信をもって、よく、こう言われておりました。
『朝晩の勤行を励行し、懸命に唱題し、折伏を行っていくならば、人間革命できないわ
けがない。幸福にならないわけがない。これだけは断言しておきます』
大ブロック担当員の皆さんは、必ず幸せになってください。また、大ブロックの人たち
を、一人も残らず、幸せにしていってください。皆さんは、その幸福責任者なんです」
posted by ハジャケン at 15:25| 山梨 🌁| 人間革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月18日

新・人間革命 人間教育2

新・人間革命 第24巻 第3章  人間教育 2 

一九七七年(昭和五十二年)一月上旬、学会本部などの
各会場名が正式に決まり、発表された。本部三階広間の
師弟会館をはじめ、創価文化会館の五階大広間は広宣会館、
三、四階のホールは金舞会館、地下の集会室は地涌会館、
聖教新聞社六階の大広間は言論会館と命名されたのである。
一月十八日、その師弟会館、広宣会館を会場に、最高幹部が
担当し、大ブロック幹部の研修の意義を込めた勤行会が
開始されたのだ。二十九日に開催された、東京の江東、墨田、
荒川、中央の四区合同の婦人部大ブロック担当員(現在の
地区婦人部長)勤行会には、会長の山本伸一が出席した。
大ブロック幹部の成長にこそ、広宣流布の一切の勝利が
かかっているからだ。
席上、伸一は、一月半ばに訪問した和歌山県の、一婦人の
体験を紹介した。
――その婦人と夫は、一九五四年(昭和二十九年)に、
和歌山市内で創価学会の話を聞かされる。
しかし、婦人は、頭から仏法を否定し、学会を蔑むような
ことを言い続けた。学会員は、「仏法は、幸福になるための
法則なんです。それを真っ向から否定していれば、いつか
行き詰まってしまいますよ」と、諄々と訴えたが、聞く耳を
もたなかった。
ほどなく、夫の事業が失敗し、夜逃げ同然で、和歌山県の
新宮市に移り住む。再起しようと、夫婦で懸命に働くが、
ますます生活は苦しくなっていった。
多額の借金。そのうえ婦人は、胸膜炎や心臓弁膜症などの
病にもさいなまれた。何もかも行き詰まった。心は、深い
闇に閉ざされ、なんの希望も見いだせず、遂に生きることに、
疲れ果ててしまった。信心の話を聞いてから、三年がたとう
としていた。彼女は、二人の幼子と一緒に、死のうと思った。
そして、死と向き合った時、初めて、仏法の話を思い起こした。
「祈りとして叶わざるはなしの御本尊よ。真剣に信心に励めば、
誰でも、必ず幸せになれるのよ」との言葉が、胸に蘇った。
posted by ハジャケン at 09:28| 山梨 ☁| 人間革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月16日

人間教育 1

新・人間革命 第24巻 第3章  人間教育 1  2011. 2. 16

創価学会は、どこにあるのか――。
遠く彼方にあるのではない。自分が暮らし、日々戦い、励ましの
歩みを運ぶ、わが地域、わが地区(以前の大ブロック)、
わがブロックにこそ、絢爛たる創価の大城があるのだ。
ゆえに、そこに、「わが組織を見よ。これが創価学会だ!」と
胸を張れる、歓喜と麗しき人間共和の実像をつくらねばならない。
わが組織に――
功徳の体験の花は咲き薫っているか!
信心の歓喜と確信はあふれているか!
宿命の嵐に敢然と挑み立つ、勇気はみなぎ っているか!
仏道修行への挑戦と、切磋琢磨はあるか!
粘り強い励ましの対話はあるか!
信頼の絆と団結はあるか!
皆に創価の師弟の誇りは脈打っているか!
御聖訓には、「法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり此を
去って彼に行くには非ざるなり」(御書七八一ページ)と仰せ
である。自分が今いる活動の舞台が、「当詣道場」、すなわち、
一生成仏のための仏道修行の場となるのだ。
したがって、どこか別の世界に、本当の「創価学会」があるなど
と考えるのは誤りである。
“広宣流布の建設とは、まず、自分のいる組織を、盤石に築き
上げていくことだ。それには、自身が、建設の勇者となることだ。
誰かではない。自分が立つのだ。
一人立つ――そこから、すべては始まる。
それが、創価の永遠の精神だ。皆が山本伸一の分身だ。
皆が会長だ!”これが、伸一の、生命の叫びであった。
一九七七年(昭和五十二年)「教学の年」は、大ブロックの
強化をめざし、活動方針の一つに、「座談会運動で魅力ある
大ブロックの建設」を掲げてスタートした。さらに、毎月、
「大ブロック建設週間」を設け、座談会を中心に、全幹部が
大ブロックに入り、協議会や家庭指導に力を入れていくことに
なったのである。
posted by ハジャケン at 21:31| 山梨 | 人間革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月15日

小説「新・人間革命」 厳護56完

小説「新・人間革命」 厳護56

最後に山本伸一は、法華経神力品の「日月の光明の 能く諸の幽冥を除くが如く 斯の人は世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」(法華経五七五ページ)の、「世間に行じて」について述べていった。
「世間とは、社会であり、社会の泥沼のなかで戦うのでなければ、衆生の苦悩の闇を晴らすことは、不可能なのであります。
日蓮大聖人が、当時、日本の政治などの中心地であった鎌倉で、弘教活動を展開されたのも、『世間に行じて』との、経文通りの御振る舞いであります。ゆえに、世間へ、社会のなかへ、仏法を展開していかなければ、大聖人の実践、そして、目的観とは、逆になってしまうことを恐れるのであります。
今、私は、恩師・戸田先生が、昭和二十八年(一九五三年)の年頭、わが同志に、『身には功徳の雨を被り、手には折伏の利剣を握って、師子王の勇みをなしていることと固く信ずる』と述べられたことを思い出します。
私どもも、燦々たる元初の功徳の陽光を浴びながら、慈悲の利剣を固く手にし、師子王のごとく、この一年もまた、悠然と、創価桜の道を切り開いてまいりたいと思います」
共感と誓いの大拍手が轟いた。
伸一は、社会を離れて仏法はないことを、伝え抜いておきたかったのだ。
荒れ狂う現実社会のなかで、非難、中傷の嵐にさらされ、もがき、格闘しながら、粘り強く対話を重ね、実証を示し、正法を弘めていく。そこに、末法の仏道修行があり、真の菩薩道があるのだ。
原点を見失い、草創の心と実践を忘れた宗教は、形式化、形骸化し、儀式主義に陥り、官僚化、権威化する。そして、民衆を睥睨し、宗教のための宗教となる。それは、宗教の堕落であり、精神の死である。
日蓮仏法を、断じてそうさせてはならない。大聖人の大精神に還れ――仏法厳護のために伸一は、自ら大教学運動の旗を掲げ、決然と、新時代開拓の扉を開こうとしていたのである。        
(この章終わり)


//////////////
今の章の「厳護」
心肝する御金言が書かれてました。
これからの創価の羅針盤となる御指導と感じました。
これからの私たちは、どう智慧を働かせて青年学会、対話をしていけばよいのか
また、組織とは、緊張感がなければ堕落してしまう。
仏法は道理であり、生活法なのだ。
会合で信心していると思ったら大間違いである
常に、一対一の対話が根本であろう。お互い心を開きあうこと
なんでも 「お願いする」のではなく、「お願いされる」自分にならねば
ホウ レン ソウ・・・腐ったものは捨てるしかないですね・・・
自分の羅針盤を、しっかり見定めて行かねば
羊千匹になってしまうだろう

御書
うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し
曾谷殿御返事 p1056
【通解】
千杯ものたくさんの漆も、わずかカニの足一つ
混じっただけで、性質が変わってしまう。

SGI会長のメッセージの中に、

”敵対する国にどう対峙するか”
国であれ 人であれ同じだろう
もう一度、1・26 SGIの日 記念提言を読むことにしよう!

posted by ハジャケン at 11:55| 山梨 ☁| 人間革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月08日

厳護 49

新・人間革命 第24巻 第2章 厳護 49  2011. 2. 5

人は、財や地位、健康、名誉など、相対的幸福を願い、求めて、
努力するなかで、向上、成長していくことも事実である。
また、所願満足の仏法を持つ私たちは、強盛な信心によって、
その願いを成就することができるし、それは、信仰の力の実証
ともなろう。しかし、崩れざる真実の幸福は、相対的幸福に
ではなく、絶対的幸福にこそあるのだ。
山本伸一は、大確信をもって訴えた。
「絶対的幸福とは、相対的幸福の延長線上にあるものでは
ありません。相対的幸福の次元では、いくら不幸のように
見えても、絶対的幸福を確立することができる。その例が、
日蓮大聖人の『喜悦はかりなし』(御書一三六〇ページ)と
仰せの御境涯です。 絶対的幸福とは、有為転変する周りの
条件に支配されるのではなく、自分が心に決めた使命、
目的に向かって実践していくなかで生ずる、生命自体の
充実感、満足感です。ここで最も重要なことは、自分が定めた
使命、目的が、宇宙を貫く常住不変の法に合致していること
です。結論すれば、広宣流布の使命を自覚し、大願に生き抜く
心にこそ、真実の絶対的幸福が築かれるのであります」
広宣流布に生き抜く時、わが生命に、地涌の菩薩の、そして、
仏の大生命が脈動する。流罪の身であろうが、獄中で
あろうが、あるいは、闘病の身であっても、そんなことには、
決して煩わされることのない、大歓喜、大充実、大満足の
生命が開かれていくのである。それが絶対的幸福である。
懸命に信心に励むなかで、その一端を体験している同志は、
少なくないはずである。いかに貧しく、病苦をかかえながらも、
地涌の使命に燃え、毅然と折伏に歩いた時の、あの生命の
躍動と歓喜と充実である。どんな豪邸に住んでいようと、
仏法を知ろうともせず、学会を蔑み、水や塩を撒く人を見ると、
心の底から哀れに感じ、“必ず、この人に、真実の幸せの
道を教えてあげたい”と痛切に思ったにちがいない。
その境地こそが、絶対的幸福境涯へと至る大道なのだ。
posted by ハジャケン at 09:33| 山梨 ☁| 人間革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月13日

厳護 28

新・人間革命 第24巻 第2章 厳護 28  2011. 1. 12

自ら労せず、楽をして、利益や地位、立場、栄誉などを手に
入れることができれば、どんなに幸せかと考える人は
少なくない。そのために、富や権力をもつ人に媚びへつらって
生きる人もいる。要領主義で、うまく人生を泳ぎ渡ろうという
人もいる。また、立身出世を遂げた人を羨み、嫉妬したり、
時には、謀略を駆使してまで、他人を蹴落とそうとする人もいる。
そうした生き方の背景には、自分の外の世界に、幸せがあるとの
迷妄がある。日蓮大聖人は、「若し心外に道を求めて万行万善を
修せんは譬えば貧窮の人日夜に隣の財を計へたれども半銭の
得分もなきが如し」(御書三八三ページ)と仰せである。
自分の心の外に、成仏、幸福の道を求めて、万の修行、万の善行
をしたとしても、何も得られない。困窮している人が、日夜、
隣の財産を数えているようなものだ――と言われているのだ。
幸せの道、一生成仏の道は、根本的には、わが心を磨き抜き、
仏、菩薩の生命を涌現していく以外にない。
大山のごとき堂々たる、不動の自己を築き上げるのだ。
さらに大聖人は、「深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨く
べし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつる
を是をみがくとは云うなり」(同三八四ページ)と仰せだ。
唱題こそが、一生成仏への道なのだ。つまり、自行化他に
わたる題目の実践である。自ら唱題に励むとともに、広宣流布
に生き抜くことだ。“どれだけ、真剣に唱題してきたのか”
“仏法のために何をしてきたのか”――崩れざる幸福境涯を
確立できるかどうかは、すべては、そこにかかっている。
他人の目は欺くことができても、仏の眼は絶対に欺くことは
できない。
広宣流布のために祈り、尽くし、苦労した分だけが自身を
荘厳するのだ。仏法の因果の理法の眼から見る時、真剣である
こと、勤勉であること、誠実であることに勝る勝利の道など、
断じてないのである。
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2011年01月04日

新・人間革命 厳護 二十一

新・人間革命 厳護 二十一

伸一は、創価学会の信心に、大功徳、大福運がある第二の理由について語っていった。

「次に、財の供養という次元から見ても、創価学会は、仏法を守るために、報恩と供養の誠を尽くし抜いてきたからであります。

学会は、かつて世間から、『貧乏人と病人の集まり』などと非難され、軽蔑されながらも、広宣流布をめざして、一心不乱に突き進んでまいりました。

そして、大聖人の御遺命である“事の戒壇堂”となる正本堂をはじめ、大客殿で大講堂、大化城、総坊等々を、私どもの赤誠の浄財をもって、総本山に建立寄進してまいりました。また、多くの寺院も建立し、今日の磐石なる宗門の威容を整えるに至りました。

広宣流布を願うゆえの、日蓮仏法史上、例を見ない、未曾有の財供養であります。

仏法が真実であるならば、その財供養をなした創価学会員が、陽光が燦々と降り注ぐように、大功徳を受けないわけがないし、大福運が開花しないわけがないと、私は、声を大にして申し上げておきたい」

参加者は、大きく頷きながら、身を乗り出すようにして、伸一の話に耳を傾けていた。

「第三の理由としては、法の供養、すなわち、仏法上、最も重要な折伏・弘教という次元から見ても、それを命がけで推進してきたのは、創価学会だからであります。

戦時中の軍部政府の時代、そして、戦後の混乱期から現在に至るまで、常に弾圧と中傷の嵐のなかで、私どもは、勇猛果敢に折伏を重ね、広宣流布を進めてまいりました。その結果、日本国内だけでも、数百万世帯の人びとが大歓喜のなか、信心に励んでおります」
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2010年12月24日

厳護15

2010年 12月24日  厳護15


創価班委員長の加藤正秋は、山本伸一の『若き日の日記』や小説『人間革命』を読み、一月六日は、伸一が戸田の後継者であることを深く自覚した、歴史的な日であることを知ると、体中に電撃が走る思いがした。

“先生は、その意義深き日に、第一回創価班総会を開催しようと言われた。先生は、私たちに、後継者として、創価学会の一切を担って立つことを期待されているのだ。なんとしても、「創価班」の力で、学会の新時代を切り開かなければ……”

伸一が、総本山への登山会参加者の輸送を任務とする男子部の「輸送班」を、「創価班」と命名したのは、一九七六年(昭和五十一年)の十一月二日であった。

「輸送班」の歴史は、五二年(同二十七年)十月、第二代会長・戸田城聖が、総本山への月例登山会を開始した時から始まっている。“青年が、すべての行事の運営を担い立つのだ!”との自覚のもと、男子部員が登山会で、参加者数の掌握や、駅のホームでの整理などに当たることになり、「輸送班」が発足したのだ。

当時は、貸し切りの団体専用列車ではなく、一般乗客に交じっての登山会であり、「輸送班」の苦労は、大変なものがあった。

“参加者全員が無事に乗車したか”“座席を確保できなかった人はどれだけいるか”“体調の悪い人はいないか”“一般の乗客とトラブルなどは起きていないか”などに、細心の注意を払わなければならなかった。

このころは、乗客のなかには、学会の登山会だと知ると、誤解と偏見から、侮蔑するような態度をとったり、中傷を浴びせたりする人もいたのである。そのなかで、「輸送班」の青年は、柔和忍辱の微笑と、当意即妙の英知と、毅然とした態度で、同志を守り、安全輸送を貫いてきた。

登山会が歴史を重ねるにつれ、「輸送班」の充実が図られていった。その育成、指導に全力を傾けてきたのが、伸一であった。
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2010年12月23日

厳護14

2010年 12月23日  厳護14



 一九五一年(昭和二十六年)の一月六日、土曜日であった。

 山本伸一は、業務停止となった東光建設信用組合の残務整理のために、戸田城聖の自宅に呼ばれた。

 四面楚歌の状況であり、一部の債権者は、戸田を告訴さえしていた。事と次第によっては、戸田は、逮捕もされかねない事態にあったのである。また、新たな活路を求め、戸田が最高顧問となって、大東商工がスタートしていたが、思うに任せぬ状況であった。

 戸田は、妻の幾枝を傍らに置いて、伸一に語った。

 「私に、もし万一のことがあったら、学会のことも、組合のことも、また、大東商工のことも、一切、君に任せるから、引き受けてくれまいか。そして、できることなら、私の家族のこともだ」

 身に余る重責である。二十三歳の伸一は、戦慄と感動のなかで、戸田の言葉を聞いた。

 「君に、とんでもないお土産を残すと思うかもしれないが、私のこの世に生まれた使命は、また君の使命なんだよ。わかっているね。何が起きたとしても、しっかりするんだぞ。

 私と君とが、使命に生きるならば、きっと大聖人様の御遺命も達成する時が来るだろう。誰がなんと言おうと、強く、強く、一緒に前へ進むのだ!」

 伸一は、潤んだ瞳を上げ、戸田に言った。

 「先生、決して、ご心配なさらないでください。私の一生は、先生に捧げて、悔いのない覚悟だけは、とうにできております。この覚悟は、また、将来にわたって、永遠に変わることはありません」

 この日の日記に、伸一は綴った。

 「先生は、正成の如く、吾れは、正行の如くなり。奥様は、落涙。此の日の、感動、厳粛、感涙、使命、因縁、生き甲斐は、生涯、忘るることはない。

 後継者は、私であることが決まった」

 真実の師弟の絆は、最も激しい逆風のなかでこそ、燦然と金色の光を放つのだ。
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2010年12月15日

新人間革命 第十二巻 新緑 P40  若い世代の育成の要諦・・・

新人間革命 第十二巻 新緑 P40  若い世代の育成の要諦・・・


現地の幹部が尋ねた。

「若い世代を育成するための要諦というのは、なんでしょうか」

 言下に伸一の答えが返ってきた。

「後輩を信頼し、尊敬することです。信心して日が浅いからとか、年齢が若いからといって、自分より下に見るというのは間違いです。

 そして、自分以上の人材にしようと強い一念をもち、伸び伸びと育てていくことです。

 そのうえで、広宣流布のリーダとしての考え方や行動などの基本を教え、しっかりと、身につけさせることだ。

 基本というのは、体で覚えなければならないことが多い、頭でわかっていることと、実際にできることとは違う。

 たとえば、地震や火災の場合の、適切で迅速な行動も、理解していればできるというものではない。そのための訓練が必要になる。

 信心の世界でも、同じことがいえる。

 最近、輸送班(現在は創価班)の男子部は、職場での評価が高いという報告を聞いたが、訓練が生きているからだ。

 元気でさわやかな、あいさつに始まり、常に時間を厳守し、すべてに責任をもって、率先して行動することが、信頼につながっている。

 御書には『鉄は炎打てば剣となる』(佐渡御書958ページ)と仰せです。

 だから、青年の立場でいえば、積極的に訓練を受け、自らを鍛えていくことが大切になる」

 車中での山本伸一の指導は続いた。

「また、青年を育成するためには、実際に仕事を任せ、活躍の舞台を与えることです。

 人間は、責任を持ち、経験を積み重ねていってこそ力がつく。何もやらせねければ、いつまでたっても成長はない。

 ところが、未経験な青年に仕事を任せるよりも、自分でやったほうが早いし、安心なので、つい口を出したり、与えた仕事を取り上げてしまったりする。

 つまり、仕事を任せるには、幹部の側に、”失敗しても、責任は私がもつから大丈夫だ”という、大きな度量がなくてはできない」

 質問した幹部は、苦笑した。

「しかし、経験を積ませるといっても、何も教えないで、ただ『これをやれ』『あれをやれ』と言っているだけでは、失敗を待っているようなものだ。

 まずは自分がやって見せて、模範を示し、実際にやらせ、そして、励ましていくことです。

 もちろん、問題点は問題点としてあきらかにし、次の課題を示すことも必要だ。しかし、もっと大事なことは、やればできるという自信をもたせ、希望を与えることです」

 伸一は、全魂を込めて青年の育成の要諦を教えようとしていた。

「もう一つ忘れてならないのは、青年時代は結婚をはじめ、さまざまな悩みをかかえているということです。

 人間は、心配事があれば、思う存分、力を発揮することはできない。したがって、青年の悩み事をよく聞き、きちんと相談にのって、激励していく必要がある。

 そして、悩みを信心のバネにしていくように励ますことが大事だ。

 たとえば、職場の人間関係で悩んでいる青年がいたら、その解決を願って、広布の活動に励むように指導する。

 広宣流布の大願への前進が公転だとしたら、各人の悩みの解決や願いの成就は自転といえる。この自転と公転が相まっていくなかに、幸福の軌道が開かれる。

 ともかく、青年を育成するには、わが弟、妹のごとく思って、よく面倒をみてあげることです。

 冷淡な組織であっては、青年は育たない」
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新人間革命 第十二巻 新緑 P13  組織・・・

新人間革命 第十二巻 新緑 P13  組織・・・


ここで、伸一は、現代社会に鋭い分析の眼を向け、人間疎外の問題について論じていった。

 現実社会のかかえる問題を直視し、その解決に取り組んでいくなかにこそ、仏法者の真実の生き方があるからだ。

「現代の思想家、知識人が憂えている文明の行き詰まり等の問題は、究極的には、人間性喪失、すなわち、人間疎外の問題であります。

 これは、物質文明、機械文明の目覚ましい発達に比べて、精神文明が立ち遅れ、人間が主体性を失い、生命の尊厳を忘れたゆえであります。

 その幾つかの局面をあげてみますと、まず、生活のあらゆる部門が機械化され、人間は機械に従って動いていればいいような、機械が主人で、人間が家来といった関係になってしまった。

 企業等でも、機械化、合理化のために、労働者が首を切られるという現象も起きております」

 山本伸一は、さらに鋭く、言葉をついだ。

「いわゆる官僚機構に見られるごとく、組織が膨大となり、人間一人ひとりは、その歯車にすぎなくなってしまっております。

 そこでは、組織それ自体が巨大なメカニズムとなり、個人の意思を超えて動き、個人は言い知れぬ無力感と虚無感に覆われている。

 また、マスメディアによって、情報、ニュースが、洪水のように流されるなかで、現代人の多くは、ただ、それを受け取るだけになっているというのが、悲しき現状であります。

 そうした状態が続くうちに、自分から意欲的に主体性をもって働きかけるよりも、いつも何かを待っているような、受け身的で消極的な、弱々しい精神構造になりつつあるといえます。

 また、生き方、考え方の確固たる基準がないところから、理性的な判断に欠け、その場その場で、衝動的、本能的に行勤してしまう傾向が強くなってきている」
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2010年08月12日

今こそ輝け!『正義』の旭日

随筆 新・人間革命 195 法悟空  (一部抜粋)
「久遠の光彩・千葉」
今こそ輝け!『正義』の旭日 


「未来は躊躇する人々の味方ではなく、ひとたび選択がなされた以上、その最後の選択まで、弱気を出さないで進む人々の味方であるのは明瞭だ」(宮本正清訳)
この言葉は、フランスの文豪ロマン・ロランの、私の大好きな一節である。
 
よく戸田先生は言われた。
「我々は簡単に慈悲という言葉を使うが、なかなか真実の慈悲は、仏のごとくには出ないものだ。それに代わるものが勇気である」 広宣流布を実現していこうという「勇気」!それが我々にとっては、いわゆる「慈悲」につながっていくことであろう。
仏敵を恐れぬ勇気!
陰湿な中傷の狂言等を恐れぬ勇気!
仏法で説く、あるとあらゆる「三障四魔」、そして「三類の強敵」を恐れぬ勇気!
これが、真実の仏法者であり、人間の究極に近い完成されゆく姿である。
慈悲の中の大慈大悲が、仏であられる。
その方こそ、末法の救世主たる日蓮大聖人であられる。
御生誕の地は、安房の小湊。ここは今の千葉の“内房県”である。

仮面をかぶった有名人という偽善者よりも、また政治家たちよりも、私たちは、何者にも支配されぬ豊かな、そして勝ちゆくために厳密な知性を持った人生を、創り上げている。
その前途には、まったく「絶望的」という言葉はない。
熱しやすい、そして、すぐに冷めていくような、いわゆる人気と虚像の人生は、真っ平だ。
君の目に光る、明るい、そして輝く未来が金色に染まりゆく、その姿を、私は、全魂込めて築き上げたいし、また見つめていきたい。
君の作業は、地味であり、華やかでなく、誰人も誉め讃えてくれないが、大聖人は最高の栄誉を与えたいと思っておられる。
百千の功績をもちながら、誰からも認められず、いな嫉妬のために、あらゆる誹謗をされながらの君の豪華な勝利の魂を、私は永遠に讃える。
君は、新しい魂の王国の帝王だ。
新しい未来の世界の王者だ。
そこには、破滅はない。
滅亡もない。嵐もない。理不尽な狂乱の嫉妬もない。忌まわしい怨みも、遺恨もない。
posted by ハジャケン at 10:03| 山梨 ☁| 人間革命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする