2015年04月28日

大道66

大道66

 長野県の記念幹部会の最後に、山本伸一は、力を込めて訴えた。

 「御仏意のままに進む信心の世界には、いっさい、無駄というものはない。いかなることも、不屈なる闘魂と歓喜の信心がある限り、すべて、新しい価値創造の源泉となり、大福運となることを確信していただきたい。

 私は、『新生・長野*恪ホ!』と、声を大にして叫びたいのであります」

 幹部会が終わると、彼は県の幹部に言った。

 「今日の幹部会に参加できなかった方のために、明日二十四日に記念勤行会を開きましょう。希望者が多ければ、何度でも行います。皆さんを励ましたいんです」

 八月二十四日は、伸一の入会三十一周年の記念日である。記念勤行会は、午後二時から行われた。会場の松本平和会館は、次々と集って来る参加者であふれた。

 この席で彼は、入会の日を回想しながら、自身の心境を語った。

 「あの日以来、広宣流布に一人立たれた戸田先生に仕え、自らも未曾有の大願に生きることを定めた激闘の人生でした。元来、病弱であった私は、八月二十四日がめぐり来るたびに、今年も、よくぞ生き抜いてこれたな≠ニの実感をいだいていました。

 その私が、こうして元気に広宣流布の指揮を執ることができる。広布に生きるならば、己心の仏の大生命を開くことができるんです。これが、仏法の、御本尊の力なんです!」

 午後四時には、二回目の勤行会が開催され、ここにも、多くの同志が詰めかけた。

 伸一は、その後、近隣の学会員の激励などに回り、午後八時過ぎに松本平和会館に戻ると、また、たくさんの同志が待っていた。

 三回目の勤行会で、彼は呼びかけた。

 「どうか、自分を大切に、家族を大切に――そして、和楽の家庭を築いてください。私は、皆さんを守るために走り続けます!」

 この日、彼は万感の思いを句に詠んだ。

 「忘れ得ぬ この日は信濃で 指揮とれり」

            (この章終わり)
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2015年04月27日

大道65

大道65

 峨々としてそびえる信濃の山々に、大勝利の歓喜の歌声が響いた。八月二十三日午後五時、松本平和会館で、長野広布二十周年を記念する県幹部会が晴れやかに行われた。席上、長野県歌「信濃の歌」を、「信濃混声合唱団」が高らかに歌い上げたのである。

  

 一、ああ荘厳に この城で

   幾日幾夜 語りたる

   地涌の旅人 いざや征け

   われらが信州 この法戦

   おお民衆に 力あり

  

 二、そよ風吹雪の 故郷は

   われらの魂魄 信濃路に

   これぞ思い出 忘れまじ

   ここに功徳が 満開と

   ああ情熱と 英知あり

  

 三、広布の行進 堂々と

   老いも若きも 美しく

   アルプス仰ぐ 君が顔

   われらの雄叫び 合唱は

   信濃の天地に 舞い舞えり

    

 万雷の大拍手が鳴り響くなか、山本伸一は、「信濃の歌」を作詞した心情を語っていった。

 「この県幹部会の大成功と、皆さんの大奮闘、大勝利に、心から、『おめでとう! ありがとう!』と申し上げたい。日夜のご苦労に対し、せめてもの励ましになればと、県の歌を一生懸命に作らせていただきました。

 勝利は痛快です。あふれる喜びがある。信心への確信も増す。それが広宣流布の醍醐味です。ゆえに、常に新しき挑戦を重ね、必ず勝ち続けていくことが大事なんです」

 伸一の言葉に、皆、胸を熱くした。

 長野には、そよ風光る美しき春がある。吹雪猛る冬がある。吹雪との格闘の季節を勝ち越えた人こそが、春のそよ風の温もりに、喜びを感じる。広宣流布の苦闘ありてこそ、大歓喜の幸福境涯を築くことができるのだ。
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2015年04月25日

大道64

大道64

 山本伸一は、一九七八年(昭和五十三年)八月二十二日午後、列車で長野県松本市に向かっていた。車中、彼は、「長野の歌」の作詞に余念がなかった。翌二十三日に、松本平和会館で開催される長野広布二十周年の記念幹部会で、長野県創価学会の新しい出発を祝し、県歌を発表したかったのである。

 午後五時、松本平和会館に到着した伸一は、直ちに、居合わせた同志と激励の語らいを開始した。また、記念行事のために、会館の一隅に設置されたテントの救護室にも足を運び、役員一人ひとりに声をかけ、労をねぎらった。

 さらに、六時半からは、功労者らとの懇談会に臨み、引き続き、駆けつけてきた新潟の代表とも懇談した。

 彼は、多くの同志と、記念のカメラに納まった。ピアノを弾いて励ましもした。

 その間隙を縫うようにして、「長野の歌」の作詞を続けたのである。

 夜更けて、一応、歌詞は出来上がった。作曲を担当してくれることになっている、小学校の音楽教諭の青年に、それを渡してもらい、その後も、推敲を重ねた。

 伸一は、妥協したくはなかった。もう、これでよい≠ニ思った瞬間に、最高のものを残そうとする向上心は消え失せる。

 まだ、なすべきことはある! 断じて妥協などすまい! ここに、全精魂を注ぎ尽くすのだ!=\―その内なる精神の闘争があってこそ、新しい歴史が創られていく。

 翌朝、彼は、何カ所かの歌詞の直しを作曲担当者に伝えた。曲も出来上がった。

 「信濃混声合唱団」のメンバーが集まって、夕刻から行われる記念幹部会での発表に向けて、練習が始まった。

 伸一は、午前中、会館を出て、個人指導に回り、午後は、会館を訪れた人たちと、懇談をもった。相手の話に耳を傾け、心を射貫く納得と蘇生の言葉を紡いでの語らいである。

 人間は「臨終只今にあり」(御書一三三七n)との一念に立つ時、最高の勇気を、最大の力を発揮していくことができるのだ。
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2015年04月24日

大道63

大道63

 北海道の歌「ああ共戦の歌」は、北海道音楽隊のメンバーが作曲を担当し、山本伸一の入会記念日にあたる八月二十四日の「聖教新聞」に、歌詞と楽譜が発表された。

 二〇〇六年(平成十八年)四月、二十一世紀の行進にふさわしいものにと、新たな曲が作られた。歌の誕生から三十周年を迎えた〇八年(同二十年)九月、伸一が加筆し、歌の題名も「三代城の歌」となったのである。

 北海道は、初代会長・牧口常三郎、第二代会長・戸田城聖が育ち、巣立っていった飛翔の舞台である。また、第三代会長の伸一が青年時代に、小樽で、札幌で、夕張で、勝利の旗を打ち立てた広布開拓の新天地である。

 広布の歩みには、どれ一つとして楽な戦いなどなかった。いかに最悪な状況でも、最後の最後まで、闘魂を燃え上がらせ、大地に身をなげうつ思いで、粘りと執念で勝ち開いてきた必死の闘争であった。しかし、苦闘の果てには、燦然たる栄光が待っている。

 北海道は、永遠に師の魂を受け継ぐ、師弟共戦の大地であらねばならぬ――「三代城の歌」は、伸一の、その祈りの結晶であった。

  

 一、ああ北海に 聳え立つ

   万里の長城 広宣の

   恩師と共に 厳たりき

   春夏調べの 大行進

   ああ共戦の 花武者と

  

 二、ああ雄大な 曠野あり

   銀の世界は 大雪山

   我等健児は いざ起たむ

   秋冬誇りの 前進は

   歓喜に躍る 花の旅

  

 三、ああ大河あり 滔々と

   広宣流布は 我が使命

   世紀の海を 乗り越えて

   三世に光る この世をば

   祈り舞わんと 花吹雪

   師弟共戦の 三代城
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2015年04月23日

大道62

大道62

 県長会議が行われた翌日の八月九日、山本伸一は、九州は宮崎の天地に立っていた。九日間にわたる九州指導の開始であった。

 九州でも、宗門の僧による学会攻撃が激しく、特に大分では、多くの学会員が迫害され、悔し涙を拭いながらも、創価の正義を叫び抜いていたのだ。

 九州の同志には、逆境をはね返す“負けじ魂”がある。“師弟の魂”が燃えている。

 伸一は、九州での激闘のなか、「北海道の歌」の作詞に取りかかった。北海道でも、名寄などで、師子身中の虫となった悪侶が、学会への中傷を重ねて組織を切り崩し、寺の檀徒にしようという動きが激化していた。

 広布破壊の暴挙に、学会員は歯ぎしりしながら戦い抜いた。学会を辞めると言いだした人を、朝、激励し、決意の声を聞き、握手を交わしても、昼には悪侶らにたぶらかされ、翻意しているのだ。一瞬の油断も許されない攻防戦であった。それが悪との闘争なのだ。

 伸一にも、その報告が寄せられていた。

 “誰が正義か――御書に照らせば明快である。何が真実か――歴史がすべてを証明しよう。われらは、使命の旗を烈風に高らかに掲げ、広布新時代へ晴れやかに前進するのだ!”

 伸一は、創価桜が咲き誇る勝利の春を思いつつ、「北海道の歌」を作詞した。

 十五日、彼は、鹿児島の九州研修道場にいた。諸行事の担当で来ていた、副会長で北海道総合長の田原薫を呼ぶと、笑顔で語った。

 「北海道は大奮闘してくださっている。嬉しいね。北海道の皆さんの歌を作ったよ」

 田原は、満面に笑みをたたえ、歌詞を見た。

 歌の題名は、「ああ共戦の歌」であった。

 「万里の長城 妙法の 恩師と共に 厳たりき」の文字が飛び込んできた。

 伸一は、自分の胸のうちを語り始めた。

 「師匠が見ておられる。勝利を待ってくださっている≠ニいうのが、私の力の源泉だった。師弟共戦とは、弟子が戦い、勝って、師に勝利を報告することだと、私は決めてきた。今も、その思いで戦っています」
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2015年04月22日

大道61

大道61

 団結――その言葉を口にする時、山本伸一の目は厳しい輝きを放った。

 戸田城聖は、「学会は、人材をもって城となすのだ!」と語ったが、団結がなければ、創価城の人材の石垣も崩れてしまうからだ。

 伸一は、さらに訴えた。

 「『北陸の歌』の四番の三行目は、『誓願の北陸』としました。広宣流布の大誓願に生きる時に、歓喜あふれる地涌の菩薩の大生命がみなぎる。何ものをも恐れず、いかなる困難も乗り越えていける、無限の勇気と智慧と力が脈動します。大誓願に生きることが、最も人生を輝かせていける道なんです。

 北陸は、広布の誓願≠ノ生き抜かれた戸田先生の、ご生誕の地です。どうか、恩師の、その精神を受け継ぐ闘将の皆さんであってください」

 彼は、北海道の代表に視線を注いだ。

 「これから北海道の歌も作っていきます。

 どんどん各地の歌を作ります。方面ではなく、千葉や神奈川のように、県の歌を作って、お贈りすることもあります。

 今年は、新しい支部制がスタートした。その新しい前進を歌い上げていきたいんです。 戸田先生は、牢から出られて、学会再建に立ち上がられた時、獄中で自ら作詞した歌を歌われながら戦いを開始された。そして、『学会は、何があっても、堂々と歌を歌いながら、広宣流布を進めるんだ!』と言われた。

 私たちは、威風堂々と、歓喜の歌声を響かせ、前進していこうではありませんか!」

 県長会議のこの日、神奈川の歌「ああ陽は昇る」と北陸の歌「ああ誓願の歌」に曲がつけられた。作曲を担当したのは、いずれも、「東京の歌」を手がけた小学校の音楽教諭の青年である。作業は、創価文化会館内の金舞会館にあるピアノを使って行われた。

 伸一は、県長会議終了後、神奈川、北陸のメンバーと金舞会館に足を運び、曲のイメージを語り、アドバイスを重ねた。

 二日後の十日、この二曲の歌詞と楽譜が「聖教新聞」に発表された。感動が走った。
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2015年04月21日

大道60

大道60

 山本伸一は、北陸のメンバーに視線を注ぎながら語っていった。

 「三番は『同心の北陸』としました。

 団結こそが、信心の要諦であり、広宣流布推進の大原則だからです。もしも、幹部同士が仲が悪く、心を結び合うことができないとしたならば、既に魔に翻弄されているのだとの認識に立たねばならない。なぜならば、それは、破和合僧、すなわち広宣流布の団結を破壊し、学会の組織を攪乱する萌芽となっていくからです。

 そして、団結をしていくうえでも、必要なのは勇気なんです。勇気がないと、苦手だと思う人に、自分の考えを率直にぶつけたり、直接、連絡を取り合ったりすることを避けてしまう。そこから誤解も生じていきます。

 どうも、自分との関係がすっきりいっていないな≠ネどと感じる人がいたならば、役職や立場の上下に関係なく、勇気をもって、自ら連絡を取り、対話していくことです。

 なぜ学会は、広宣流布の仏意仏勅の団体として、その使命を果たし抜いてくることができたのか。それは、広宣流布を推進しようという同心、すなわち団結があったからです。

 また、広宣流布のために団結しようとしていくなかに、自身の人間革命があり、境涯革命があるんです」

 人間は、ともすれば自分の考えや感情に執着するあまり、小我≠フ世界に閉じこもってしまう。広宣流布の大使命を自覚し、そのために同志と団結していく時、小我≠フ殻は破られ、大我≠ェ開かれる。その時、自己の個性もまた、大きく輝かせることができる。広宣流布のために、同志と心を合わせ、協調することは、小さな自分を脱皮し、大境涯を築いていく、跳躍台となるのだ。

 人びとの考えや意見に、違いがあるのは当然である。そのうえで、より根源に、根本目的に立ち返って一致点を見いだし、同心をめざすなかで、相互理解をもたらし、団結を図っていくこともできるのである。そして、そこに、平和社会実現への原理もある。
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2015年04月20日

大道59

大道59

 神奈川の歌に引き続いて、北陸の歌「ああ誓願の歌」の歌詞が発表された。

  

 一、ああ誇りなり コスモスと

   レンゲの薫る 故郷に

   ああ常楽の 北陸は

   いざや謳わん 幸の広布を

  

 二、平和の陣列 田園に

   友と友との 握手あり

   ああ遊楽の 北陸は

   起ちゆく君の 晴れ姿

  

 三、白雪踏みし 行進は

   心も軽く 飛び舞いて

   ああ同心の 北陸は

   冬の吹雪に 気高くも

  

 四、妙法勇者の 足跡は

   護らん諸天も 勇み立つ

   ああ誓願の 北陸は

   功徳の調べと 友の曲

  

 山本伸一は、北陸の同志に語りかけた。

 「歌詞は、四番までありますが、それぞれ三行目が大事です。『常楽の北陸』とは、満々たる生命力をたたえ、どんな苦難に遭遇しようが、常に人生を楽しみきっていける境涯です。『遊楽の北陸』も、自由自在の満足しきった境地です。

 幸せになるための信仰なんですから、楽しく、弾む生命で、学会活動にいそしんでいくことが肝要です。それには、信心は義務ではなく、権利であることを心に刻むことです。受け身ではなく、自ら積極的に、戦いを起こしていくなかに、歓喜が生まれます。

 人に言われて、ようやく重い腰を上げるのと、自分から、“よし、こうしよう!”と決めて活動するのとでは、勢いも、喜びも違います。日々の学会活動が、楽しくて楽しくてしょうがないという人は、自ら勇んで行動を起こした人です。それが信心なんです」
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2015年04月18日

大道58

大道58

 県長会議では、これまでに山本伸一が作り、贈った各方面歌のテープを聴いた。
 このあと、神奈川の歌「ああ陽は昇る」の歌詞が紹介されたのである。
  
 一、世紀の海に こだまする
   清き祈りは 舞い舞いて
   神奈川天地に 慈雨の羽
   生きとし生きる 歓喜あり
   ああ陽は昇る 我等の胸にも
   
 二、尊き歴史の 我が舞台
   無限の光は 消えまじき
   その松明を 地涌こそ
   かかげん弘めん 久遠まで
   ああ陽は昇る 我等の城にも
   
 三、この世悔いなく 暁鐘を
   広布の友は 雲と涌く
   このリズムをば 誰人も
   讃え仰がん 限りなく
   ああ陽は昇る 我等の同志にも
  
 伸一は語った。
 「『ああ陽は昇る』──ここに私は、万感の思いを込めました。神奈川の皆さんは、
常に、何があろうが、わが胸に生命の太陽を輝かせ続けていただきたい。
 ある意味で、生きるということは、宿命の嵐が襲う闇夜を、手探りで進むようなもので
ある。苦悩と戦いながら、必死に活路を開いていかねばならない。しかし、太陽が昇
れば、すべては明瞭に映し出される。凍てた大地も蘇り、花が咲き、蝶が舞う。『太
陽』とは、わが己心の仏の生命です。
 そして、家庭、地域、職場にあって、皆さんご自身が、『太陽』の存在であっていただ
きたい。友の悲しみの窓辺を照らし、周囲の人びとに、歓喜の光を、勇気の光を、希
望の光を送り続ける、励ましの人であってください。日蓮仏法は太陽の法門です。ゆ
えに、私たちも太陽の存在であらねばならない」
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2015年04月17日

大道57

大道57

 県長会議で、山本伸一から、「北陸の歌」を作詞したことを聞かされた、石川県と富山県の北陸のメンバーは、歓声をあげた。

 昨日の懇談会で、歌を作ってほしいと要望した婦人が、目を潤ませて言った。

 「先生! ありがとうございます。昨日、お願いしたばかりなのに……」

 「皆さんが、喜んでくださるなら、なんでもします。それが、私の誓いなんです。

 それから、神奈川はいますか?」

 「はい!」と言って、神奈川のメンバーが手をあげた。

 「神奈川県の歌の歌詞も作りました! これから神奈川は、ますます大事になります。来年には、横浜に神奈川文化会館も完成する。いよいよ神奈川の時代です。

 戸田先生を会長に推戴する弟子の赤誠として、大弘教の火蓋を切ったのは神奈川の鶴見支部です。聖教新聞創刊号を飾った『聖火鶴見に炎上』の見出しを、私は永遠に忘れません。神奈川の皆さんの胸中に、あの闘魂が赤々と燃え盛っている限り、どんな苦難の闇も打ち破っていけます。

 幸せの最大の要件とは何か――広宣流布への闘魂です。炎のごとき弘教の一念です。格好や見栄に振り回されていては、幸せはない。

 一滴の露は、はかなく消えてしまう。しかし、大海に連なるならば、地球をも包む。広宣流布に身を投じるとは、大海にわが身を置くことであり、そこから大境涯が開かれていきます。

 また、戸田先生が『原水爆禁止宣言』を行ったのも神奈川です。神奈川は、創価の平和運動の源流なんです。『広宣流布』即『立正安国』です。正法の広がりは、社会の繁栄と平和をもたらすものでなければならない。

 思えば、日蓮大聖人が『立正安国論』を認められたのも、神奈川の地ではありませんか。

 一人ひとりが、勇気をもって、自分の周りから、対話のうねりを起こして、仏法を社会に開いていくんです。対話の先駆であるとの誇りをもって進んでください」
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2015年04月16日

大道56

大道56

 東北の歌「青葉の誓い」を完成させた二日後の八月八日、創価文化会館内の広宣会館で県長会議が行われた。山本伸一は、会場に姿を現し、席に着くと、前列にいた北陸婦人部の代表に視線を注ぎながら言った。

 「『北陸の歌』を作詞しましたよ!

 歌詞には、コスモスの花のことも入っています。覚えているかな。私は、あの時の、皆さんの真心が忘れられないんです」

 前日、信濃町の創価婦人会館(後の信濃文化会館)で、伸一が出席して婦人部代表との懇談会が行われた。その折、富山県婦人部長の滝村智紗は、意を決して手をあげ、伸一に訴えた。

 「先生! 北陸にも、歌を作っていただけないでしょうか」

 「自分たちで作ってみましたか」

 「はい……。でも、皆が心から納得できる歌ではないんです。先生に作っていただくことで、北陸に魂を吹き込みたいんです」

 「皆さんで歌を作ることも大事ですよ」

 この時、別の方面の婦人部が活動の模様を報告し始め、北陸の方面歌についての話は、これで終わった。しかし、伸一は、懇談会終了後、「北陸の歌」の作詞に取りかかり、完成させたのである。

 「コスモスの花のこと」と聞いて、北陸婦人部の顔に光が差した。

 前年の夏、彼女たちは、東京から来た婦人部の幹部に、立山連峰の麓に咲いていたコスモスにススキをあしらった花束を、山本会長に届けてもらった。“激闘を重ねる会長が、コスモスの花を見ることによって、束の間の安らぎを得られれば……”との思いからであった。それは、決して、華やかな花束ではなかったが、立山連峰の風情を感じさせた。

 伸一は、その花束を宝前に供え、花を摘んでくれた北陸の友の顔を思い描きながら、唱題した。そして、彼女たちの健気で清らかな心を、何かの折に讃えたいと思った。

 真心と真心が響き合う創価の世界には、美しき精神の結合がある。
posted by ハジャケン at 10:22| 山梨 ☔| 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月15日

大道55

大道55

 合唱指導を担当していた宮尾一志は、電話機を使って録音した「青葉の誓い」のテープを聴きながら、譜面に起こした。聴き取りにくいところは、何度も巻き戻して再生した。

 やっとの思いで、出来上がった譜面を複写し、男女青年部の合唱団二十人ほどに、米沢文化会館へ来てもらい、練習した。夜の部の開演時刻は、刻々と迫ってくる。

 まさに、時間との戦いであった。

 学会の強さは、このスピードにあった。何事も素早く手を打つ、迅速な行動で勝ってきたのである。

 メンバーの胸には、“先生が作詞だけでなく、作曲までしてくださった!”という思いが、歓喜となってほとばしっていた。

 夜の部の公演のフィナーレのあと、あいさつに立った東北総合長の青田進は、顔中に喜びをたたえて語った。

 「本日、山本先生の作詞作曲による、東北の歌が完成しました! 曲名は『青葉の誓い』です。それでは、発表いたします!」

 場内に歓喜の拍手が爆発した。

 合唱団が歌を披露したあと、皆で練習し、全参加者による大合唱となった。「青葉の誓い」が、初めて東北の天地に響き渡った。

  

 ♪青葉の森に 誓いたる

  我等の誇り 忘れまじ……

  

 東北に、新生の歌声が轟いた。それは、人間讃歌の歌声であった。

 東北の歌「青葉の誓い」は、八月八日付の「聖教新聞」に歌詞と楽譜が掲載された。この日の昼、仙台では、婦人部、女子部の合唱団が青葉城址に集まり、歌の練習を開始した。歌声は、希望の調べとなって、苔むした城の石垣に、生い茂る木々にこだまし、青空に広がっていった。

 この「青葉の誓い」は、嬉しい時には、喜びの歌となり、悲しい時には、自らを鼓舞する勇気の歌となって、東北の同志の心に響き続けていくのである。
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2015年04月13日

大道53

大道53

 山形県の置賜地域では、宗門の僧による学会への中傷の嵐が吹き荒れていた。

 この一九七八年(昭和五十三年)が明けた一月の御講から、住職による学会批判が始まり、月を経るごとに激しさを増していった。

 一方的に、「学会は、とんでもない謗法を犯している」などと声高に叫び、学会をやめて檀徒になれと言うのだ。

 学会員が腹に据えかね、途中で席を立とうとすると、「誰だ! 立つのは! 最後まで話を聞きなさい!」と怒鳴り、反論も許さず、誹謗し続けるのだ。

 住職の話に動揺し、「学会をやめたい」と言いだした壮年がいた。

 心配した地元の幹部が、話を聞きに行った。壮年は、ただ、「学会は間違っている」と繰り返すばかりであった。

 「どこが、どう間違っているんですか」

 幹部の問いに、「俺じゃあ、わからないから、住職に聞いてくれ」と言って、寺に電話を入れた。しばらくして、やって来た住職は、自信満々に語った。

 「間違っている証拠は、ここにある!」

 鬼の首でも取ったように、開けた鞄から出てきたのは、ほとんどが週刊誌であった。

 正邪判別の根本は、御書ではなく、学会に嫉妬する輩が悪意で流す、デマ情報の週刊誌の記事であったのである。学会の幹部は、あきれ返り、失笑してしまった。

 また、「脱会しなければ葬儀にも、法事にも行かない。納骨の受け付けもしない」と言われ、泣く泣く退会手続きを取った老婦人もいた。それを耳にした同志は、直ちに激励に訪れ、「私たちに信心を教えてくれたのは、学会ではないですか!」と懸命に訴え、再起を促すのであった。

 毎日が苦闘であった。しかし、同志は挫けなかった。“今こそ、自分が立つのだ!”と闘魂を燃え上がらせた。烈風なくして上昇はない。苦難が自分を磨き、鍛える。

 「一つの苦闘は一つの勝利でありました」(注)とは、ヘレン・ケラーの魂の叫びである。

■引用文献

 注 ヘレン・ケラー著『わたしの生涯』岩橋武夫訳、角川書店
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2015年04月11日

大道52

大道52

 山本伸一は、東北女子部長の大池憲枝に語っていった。

 「皆、地元に帰れば、厳しい状況のなかで頑張らなければならないことでしょう。周囲に学会員は少ないかもしれない。孤軍奮闘するしかなく、寂しい思いをしたり、挫けそうになったりすることもあるかもしれない。その時に、『青葉の誓い』を歌って、自らを鼓舞していってほしいんです。

 初代会長の牧口先生は、『羊千匹よりも獅子一匹』と言われている。一人立つ勇気の人が大事なんです。勇気を奮い起こせば、力が湧き、心に希望の太陽が昇る。

 『青葉の誓い』を、これからは、一人立つ誓いの歌にしていってください」

 「はい! 先生。今日、山形の米沢では、『置賜ふるさと祭典』を行っております」

 大池が言うと、伸一は、大きく頷いた。

 「知っています。置賜の同志が、宗門の寺から苛められ、苦労に苦労を重ねていることも、全部、知っています」

 置賜は、山形県の南部に位置する、米沢市、南陽市、長井市などを擁する地域である。

 伸一は、言葉をついだ。

 「今日、私が、東北の歌として、『青葉の誓い』を作ったことも、祭典に出席している東北総合長の青田君を通して伝えてあります。置賜の同志は、どこまでも地域を大切にして、何があっても、粘り強く頑張り抜いてほしい。宗門の一部の僧が、学会にどんな罵詈雑言を浴びせようが、どちらが正義であるかは、既に明白なんです。

 正義というのは、日蓮大聖人の仰せ通りに広宣流布をすることです。現実に、その難事業を進め、戦っていることです。

 口先では、なんとでも言えます。二十年、三十年とたった時に、今、学会を中傷している僧が、どれだけ広宣流布を進めたかです。悪鬼入其身となった僧たちには、永遠に広宣流布はできません」

 正義か否かは、歴史が審判を下す。滔々たる広布の流れを開いた人こそが正義である。
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2015年04月10日

大道51

大道51

 山本伸一は、この八月六日の午後、東京・信濃町の聖教新聞社で原稿を書いたあと、カメラを持って外に出た。前庭で何枚か写真を撮っていると、創価女子会館での勤行会に参加した、三十人ほどの東北の女子部と出くわした。新聞社の見学に来たようだ。

 「みんな、どこから来たの?」

 伸一が尋ねると、皆が口々に答えた。

 「秋田です!」

 「そうか! 秋田からか。よく来たね」

 女子部の一人が言った。

 「先生! 東北の方面歌『青葉の誓い』を作ってくださり、ありがとうございました」

 「皆さんのことを思いながら作りました。

 秋田は、宗門の問題でも苦労しているね。大変だろうが、何があっても負けてはいけないよ。私たちは、大聖人の仰せ通りに信心に励んでいる。その広宣流布の火を消すわけには、絶対にいかないもの。

 女性には、悪の本質を鋭く見抜く信心がある。それが、民衆を守る力となる。皆さんは『東北の凱歌の人々』の先駆けだ。清らかに、聡明に、正義の旗を握り締めて、幸せの王女として生き抜いてください。

 記念だから、今日は、私が皆さんの写真を撮って差し上げましょう」

 歓声があがった。

 聖教新聞社前庭の植え込みをバックに、メンバーが並んだ。

 伸一は、カメラのシャッターを切った。

 「では、またお会いしよう。秋田にも、必ず、お伺いします!」

 夕刻、彼は、創価女子会館で行われた、アメリカのメンバーの研修会に出席した。

 指導を終えた伸一のもとに、東北女子部長の大池憲枝らが、歌の御礼にやって来た。

 「皆、大喜びで、『青葉の誓い』を覚え、東北各地に戻っていきました」

 「女子部の会合で発表したことに意味があるんです。女子部の皆さんに『新生・東北』の光となってほしいからです。女子部の歌声と笑顔は、創価の希望であり、力なんです」
posted by ハジャケン at 11:28| 山梨 ☀| 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月09日

大道50

大道50

 東北の女子部員たちは、「青葉の誓い」を、何度も、何度も、合唱しながら、歌に込められた山本伸一の思いを〓み締めていた。

  

 ■<歌印>風雪越えし 我等こそ

  地涌の正義の 旗頭……

   

 ――東北の歴史は、荒れ狂う風雪の道であった。冷害もあった。地震も、チリ津波もあった。貧困に苦しむ人も少なくなかった。

 そのなかで、創価の同志は決然と立ち上がり、偏見、非難、中傷にさらされながらも、弘教に歩いた。一軒、また一軒と、悲哀に沈む人びとの胸に、勇気の光を送り、使命の種子を植えていった。

 そして、あの町で、あの里で、希望の若芽が顔を出し、幸の花々は咲き薫った。

 激しく、辛い、吹雪に耐え、深い苦悩を知る人たちだからこそ、信仰の偉大なる力がわかる。揺るがざる確信がある。湧きいずる歓喜がある。だから、誰よりも真剣である。誰よりも誠実である。それゆえに東北は、地涌の正義の旗頭たりえるのだ。

 東北女子部の多くは、父や母の粘り強い忍苦を、心に真っ赤に燃える広宣流布の闘魂を、肌で感じながら育った後継の人である。

 伸一は、彼女たちにもまた、地涌の正義の旗頭に育ってほしかった。

 人生には、常に苦難はある。生きるということは、苦闘することであるといっても過言ではない。そのなかで、人間の強さを、輝きを示し抜き、幸せの花を咲かせるのだ!

 君たちこそ、いつの時代も、未来永遠に、地涌の正義の旗頭なのだ!

 伸一は、東北の女子部員に、限りない期待を託して歌を仕上げたのである。

 この日、彼女たちは、何度も練習した。歌うにつれて、伸一の心がびんびん響いてくる。

 歌声に、決意が、誓いがこもった。

   

 ■<歌印>使命の旗を 高らかに

  ああ東北の 歓喜の友々よ
posted by ハジャケン at 10:32| 山梨 ☁| 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月08日

大道49

大道49

 東北の歌「青葉の誓い」の一番の歌詞が発表されると、創価女子会館に、大歓声があがり、拍手が鳴りやまなかった。

 参加者が、この歌を地元に持ち帰って伝えるために、再度、歌詞が読み上げられた。皆、それを、懸命に書き取っていった。

 その時、二番の歌詞が届き、発表された。

 「二、風雪越えし 我等こそ

    地涌の正義の 旗頭

    今堂々の 陣列は

    使命の旗を 高らかに

    ああ東北の 歓喜の友々よ」

 そして、二番の歌詞を書き取っているうちに、今度は、三番の歌詞が届いたのだ。

 「三、おお新生の 道広く

    王者の鼓動は 雄渾に

    三世の光と ひらかなん

    これぞ元初の 太陽と

    ああ東北の 凱歌の人々よ」

 さらに、ほどなく譜面が届いた。

 東北女子部長の大池憲枝は、立ち上がると、感無量の面持ちで呼びかけた。

 「山本先生は、『東北の歌』の歌詞も曲も作ってくださいました。私たちは、今日、この『青葉の誓い』を、しっかりと練習して覚え、各県に戻っていきましょう!」

 創価女子会館でピアノ演奏に合わせ、練習を行い、引き続き、創価文化会館内の広宣会館に場所を移して、何度も皆で合唱した。

 はつらつとした歌声が響いた。

 山本伸一が、あえて東北女子部の勤行会に間に合うように、東北の歌「青葉の誓い」を作ったのは、女子部から新しい広宣流布の波動を起こしてほしかったからである。

 若い女性たちは、流行にも敏感であり、社会の最も新しい空気を呼吸している。その彼女たちの感覚が、次代をつくっていく。つまり、現在の女子部の姿は、そのまま未来の創価学会を映し出しているといってよい。

 したがって、女子部が自信をもって先頭に立ち、誇りをもって創価学会を語れる、新しい時代の流れを開きたかったのである。
posted by ハジャケン at 10:07| 山梨 ☔| 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月07日

大道48

大道48

 午後一時、創価女子会館の広間は、東北の女子部員の晴れやかな笑顔で埋まっていた。

 女子部長の藤谷幸栄の導師で勤行が始まった。白馬が天空を駆けるような、軽快で、はつらつとした読経・唱題の声が響いた。

 勤行が終わるや、女子部長が語り始めた。

 「皆さん! 大変に嬉しいお知らせがあります。ただ今、山本先生が『東北の歌』を作ってくださっております!」

 伸一の伝言が発表されると、拍手が轟いた。

 勤行会は、このあと、東北各県の代表による活動報告が始まった。しばらくすると、清書された歌詞の入った封筒が届けられた。

 女子部長が、喜々として言った。

 「今、山本先生が、『東北の歌』の一番の歌詞を作ってくださいました。ここで発表させていただきます!」

 再び、拍手が湧き起こった。

 「歌のタイトルは、『青葉の誓い』です」

 またまた大拍手に包まれた。

 東北の青年たちは、かつて、あの青葉城址で、恩師・戸田城聖の伸一への話を聴きながら、自らが人材に育つとともに、数多の人材を育て、東北に難攻不落の人材城を必ずつくろう≠ニ、誓い合ってきた。

 当時の青年たちは、皆、壮年となり、婦人となっていた。しかし、人材の城をつくろう≠ニの誓いは、青年から青年へと受け継がれ、東北の伝統精神となってきた。それだけに、「青葉の誓い」というタイトルを聞いただけで、誰もが大きな喜びを覚えたのだ。

 次の世代を偉大な後継者にするために残すべき財産について、近代中国の女性指導者・宋慶齢は、こう述べている。「物質的財産のみでなく、もっとも大切なのは、われわれの伝統的な革命精神です」(注)と。

 「青葉の誓い」の歌詞が読み上げられた。

 「一、青葉の森に 誓いたる

    我等の誇り 忘れまじ

    いかに護らん 果たさなん

    同志の城に 月冴えて

    ああ東北の 功徳の山々よ」
posted by ハジャケン at 10:23| 山梨 ☔| 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月06日

大道47

大道47

 第三代会長となった山本伸一は、戸田城聖と仙台の青葉城址に立った日から七年後の一九六一年(昭和三十六年)十一月二十一日、再び、この地を訪問し、一首を詠んだ。

 「人材の 城を築けと 決意ます

    恩師の去りし 青葉に立つれば」

 この時、東北の同志は、人材城建設の誓いを新たにしたのである。

 また、伸一は、東北の青森の同志に、青森の「青」とは「青年」を意味し、「森」とは「人材の森」を意味すると訴えてきた。

 人材とは、いかなる人物をいうのか――。

 社会的に立派な地位や肩書、技能、財力などがあれば人材かというと、決して、そうではない。

 どんなに高い地位や優れた能力等があっても、それが、他人を見下したり、利己的な欲望を満たしたりするためのものであれば、人びとの幸福のために寄与する力とはならないからだ。

 人材とは、どこまでも広宣流布の誓願に生き抜く、信心の人である。広宣流布に生きるとは、自他共の幸福のため、社会の繁栄と平和のために生きるということである。この人生の根本目的が確立されることによって、自身のもっている知識も、才能も生かされ、大きく開花していくのである。

 人間の一切の力、可能性を引き出していくカギは、ひとえに信心にある。「信心」の二字には、すべてが納まっているのだ。ゆえに、人材の根本要件は、一言すれば、強盛な信心に立つことに尽きるのである。

 伸一は、東北の全同志が、広宣流布の大誓願に生き抜いてほしいとの思いを託して、「東北の歌」の制作に取り組んでいった。

 時刻は、既に正午を回っていた。

 彼は、とりあえず、東北女子部の勤行会を担当する女子部の幹部に伝言を託した。

 「皆さんに、次のように伝えてください。

 ――私は今、『東北の歌』を作っています。最初に、女子部の皆さんに聴いていただくために、会合が終了するまでに完成させます」
posted by ハジャケン at 09:31| 山梨 ☔| 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月04日

大道46

大道46

 広島に原爆が投下されて三十三年となる一九七八年(昭和五十三年)八月六日は、日曜日であった。東京の空は、青く晴れ渡り、雲一つなかった。

 山本伸一は、自宅で妻の峯子と共に、広島の原爆犠牲者を追善し、平和社会建設への誓いを込めて、勤行・唱題を行った。

 気温は午前九時には、三〇度に迫っていた。

 彼は、今日も暑くなりそうだな。東北の女子部員は大丈夫だろうか≠ニ思った。

 実は、午後から、信濃町の創価女子会館で、東北女子部の勤行会が開催されることになっていたのだ。この会館は、前年十二月末に、伸一も出席して開館記念勤行会が行われた、女子部の宝城である。館内には女子部愛唱歌「緑の栄冠」の歌碑も設置されていた。

 東北各県の女子部が、ここに一堂に集うのは初めてのことであり、メンバーは夜行列車などで、胸を躍らせて、東京にやって来ているにちがいない。

 同世代の女性が、ゆっくりと休んだり、遊んでいる日曜日に、求道心を燃やして、女子会館に集って来る。なんと健気で、尊いことか。長旅の疲れを吹き飛ばすような、感動と歓喜をもって、帰ってもらおう……

 伸一は、この勤行会で、「東北の歌」を発表しようと思い、歌の制作に取り組んだ。関西、中国、四国、九州、中部、東京に次ぐ、方面の歌である。

 「東北の歌」は、数日前から歌詞を作り始め、曲もある程度、出来上がっていたが、まだまだ納得のいくものではなかった。全精魂を注いで歌詞を練り続けた。

 彼は、「東北」というと、五四年(同二十九年)四月二十五日、仙台を訪れた戸田城聖と共に、青葉城址に立った日のことが忘れられなかった。

 市街を一望しながら、戸田は語った。

 「学会は、人材をもって城となすのだ!」

 それは、伸一をはじめ、東北の同志の、必ず不滅の人材城を築き、広布推進の力になってまいります≠ニの永遠の誓いとなった。
posted by ハジャケン at 10:35| 山梨 ☔| 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月03日

大道45

大道45

 東京の代表幹部たちは、真剣な眼差しで、会長・山本伸一の話に耳を傾けていた。

 「先日、東京から九州に赴任した幹部が、率直な感想として、こんな話をしていました。

 『東京の人は、何か新しい活動が打ち出されると、ああだ、こうだ≠ニ議論はするが、なかなか行動を起こさない。動きだした時には、活動の期間は終わりかけている。

 そして、皆が力をもっているのに、出し切ろうとしない。たいていの人が、ほどほどのところでやめてしまっているように思う。

 しかし、九州の人は、すぐに衆議一決し、パッと全力で走りだす。瞬発力が違う。

 また、都市部でも、山間部でも、島部でも、皆に自分がこの地域の広宣流布を担うのだ≠ニいう、強い使命感、気概がある。だから一人ひとりが、どんどん力をつけ、一騎当千の闘将に育っている。九州が、東京を大きく凌ぐ時代が必ずくると思います』

 東京は、本来、力を出せば無敵です。だから、『汝の勝利は 確かなり』なんです」

 さらに、伸一は、中国指導の折に、鳥取の幹部が語っていた話を紹介した。

 「その幹部は、こう言っていました。

 『鳥取は、人口の少ない、小さな県です。東京の人は、鳥取のことなど、意識さえしていないかもしれませんが、私たちは、広宣流布のモデルをめざし、皆が着実に、地域で信頼を広げています。既に学会世帯が、二割に達する集落、地域もあります。十年後、二十年後を見てください』

 すごいことです! 二割といえば、東京だと、二百万世帯を超えることになる。

 堅実な小広布≠ェあっての大広布≠ナす。組織が巨大≠ナあることに安住して、しっかり足元を固めなければ、虚大¢g織と化してしまう。大東京≠フ前進は、わが町、わが地域という小東京≠フ勝利のうえにある。

 私と一緒に、不敗の東京をつくろう!

 世界の同志が仰ぎ見る、永遠不滅の、栄光の大広布城を築こうよ!」

 大東京の闘将たちの眼が光った。
posted by ハジャケン at 10:15| 山梨 | 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月02日

大道44

大道44

 荒川文化会館での東京支部長会に引き続き、山本伸一は東京の代表幹部と懇談した。

 彼は、皆の報告に耳を傾けながら、会館の整備など、東京の未来構想について語っていった。皆の胸に、希望が大きく広がった。

 懇談が終わりに近づいたころ、伸一は、東京の首脳に視線を注いで言った。

 「学会本部のある東京は、広宣流布の電源の地です。東京は、今の何倍も強くなってほしいし、十分にその力をもっています。

 しかし、今のままでは、力は発揮されずに終わってしまう。そうならないために、私は、あえて言っておきます。

 東京には、幹部の数が実に多い。そのせいか、幹部同士に遠慮があり、自ら先頭に立って戦おうとするのではなく、皆が他人任せになっている傾向がある。『私が一切の責任をもちます』という気概が感じられません。

 強い組織というのは、すべての幹部が責任者の自覚で戦っています。そして、緻密に連携し合いながら、中心者をもり立てている。

 東京を見ていると、中心者をもり立てようとするのではなく、『我関せず』といった態度の人が多い。つまり団結できずにいる。その克服が最大のテーマです。

 また、東京は、大きな組織だけに、当然、各区・圏が、それぞれ責任をもって、活動を進めていかなければならない。と同時に、皆が東京は一つである≠ニの自覚で、何かあれば、飛んで行って守り、協力、応援し合っていくことが重要です。

 関西創価学会の場合、大阪、京都、滋賀、福井、兵庫、奈良、和歌山と、二府五県に及ぶ広大な地域です。しかし、関西の友には、自分たちは栄誉ある常勝関西の同志である≠ニの、強い誇りがある。

 たとえば、私が滋賀に行っても、他府県の同志が、『会長が関西に来た!』と言って、喜んでくださる。だから関西は強いんです」

 「われわれの偉大な力は数にあるのではなく、団結にある」(注=2面)とは、アメリカ独立革命の思想家トマス・ペインの叫びである。
posted by ハジャケン at 09:22| 山梨 ☔| 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月01日

大道43

大道43

 山本伸一は、さらに訴えた。

 「第二に、支部の皆さんのために尽くすことは、広宣流布のためであり、その功徳は無量です。ゆえに、人材育成の労苦は、すべて自分のためであることを確信してください。

 第三に、一生成仏への最も尊い仏道修行をさせていただいているのだという感謝と喜びをもって、強盛な信心を貫いてください。

 第四に、支部の皆さん全員が、功徳を受けきっていくように、日々、深き祈りを捧げる、慈悲のリーダーであっていただきたい」

 彼は、支部総会の開催を前にして、支部長・婦人部長としての最も根本的な心得を語っておきたかったのである。

 そして、伸一は、こう話を結んだ。

 「日々の生活も、広宣流布の道も、決して順風満帆な時ばかりではありません。辛い時も、苦しい時もあるでしょう。しかし、行き詰まったらお題目です。私たちには、御本尊があるではありませんか!

 強盛な信心、強盛な祈りこそが、一切を開き、決定づけていきます。唱題第一に、悠々たる境涯を開いてください。

 泥沼のような現実の世界で苦闘を重ね、幸福と勝利の白蓮のごとき大輪を咲かせ、大実証を示していくのが地涌の菩薩なんです。

 皆さんは、誉れの東京の“晴れの支部長”であり、“花の支部婦人部長”です。自信と確信に満ち満ちた一歩前進の指揮を頼みます。

 最後に、『大東京、万歳!』と申し上げて、私のあいさつとさせていただきます」

 感激のうちに、歴史的な東京支部長会は幕を閉じた。

 伸一は、この「ああ感激の同志あり」の歌詞を毛筆で認めた。その冒頭に、東京を舞台に広布に走り戦う八十万の地涌の友が、無事、安穏の日々であるよう、ひたすら祈りながら、一詩を詠んだことを記した。そして、大東京が永遠なる勝利の都であることを願い、万感の思いを込めて、こう綴っている。

 「ここに再び 大切にして 尊き佛子の 慧光照無量 寿命無数劫 を祈り贈る」
posted by ハジャケン at 09:51| 山梨 | 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月31日

大道42

大道42

 東京の歌「ああ感激の同志あり」についての山本伸一の解説に、皆、大きく頷きながら耳を澄ましていた。

 そして、新しい決意を込めて、区長の代表の指揮で、また大合唱した。

 この日、スピーチした伸一は、連日の猛暑のなかで活躍する全支部長・婦人部長に、心から感謝の意を表したあと、秋に開催される第一回支部総会の大成功に期待を寄せ、学会活動に取り組む姿勢について語った。

 「第一に、地道な個人指導を重ね、一人ひとりの支部員を、立派な人材に育てていこうと、深く心を定めていくことが肝要です。

 学会の財産は何か――。

 それは人≠ナす。人を育てることが、広宣流布を進めることにつながる。個人指導こそが、その人材育成の王道なんです」

 広宣流布の道には、越えなければならない幾つもの活動の峰がある。それを勝ち越えるには、一人ひとりが深い自覚と決意をもって、勇んで戦い≠起こすことが大切である。

 世界の平和と人びとの幸福をめざす広宣流布の意義に共感し、活動に参加する人もいよう。自身の病苦や経済苦などの宿命を転換する突破口にしようと決意し、活動に取り組む人もいよう。強い信心の確信をつかみたいと、活動を始める人もいるにちがいない。

 個人指導の大事な目的の一つは、その人にとって、なんのための信心であり、活動であるかを明らかにしていくことにある。そして、意欲的に、希望に燃えて、仏道修行に、学会活動に励めるようにすることにある。

 「ひとたび、人が目的を明確にもてば、その人には歓喜が漲り、行動がともなうのである」(注)とは、南米・アルゼンチンの作家エドゥアルド・マジェアの言葉だ。

 大きな会合は、時間的な制約もあり、運動の打ち出しが中心となるが、その運動が軌道に乗るには、支部員との納得の対話によって、活動に取り組む自覚を促すことが必要不可欠である。この労作業を怠れば、広宣流布の聖業は、空転を余儀なくされる。
posted by ハジャケン at 09:25| 山梨 | 新人間革命 大道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする