2015年08月30日

幸福抄 国際人の条件

幸福抄
池田大作
国際人の条件
相手の立場でものを考えられること、人間として当たり前のことができること――平凡なことだが、その平凡なことが「国際人」となる一番大切な基本なのである。困っている人がいたら、手を差し伸べてあげればよい。その人が日本人であるか、外国人であるかは、問題ではない。どこまでも人間として生きることである。その意味で、日本人が「国際化」を問われているとは、実は日本人が「人間としての生き方」を問われていることなのだと私は思う。幸福抄 終了
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2015年08月29日

幸福抄 国際人の条件

幸福抄
池田大作
国際人の条件
私は、思う。人の心は、お客さまを迎える「部屋」に似ていると−−。トン、トン。軽くノックする。にこやかな笑顔とともに、ドアが開く、何かを語る前に、もう、友情は始まっているのだ。けれども、冷たく閉ざされ、ノックするのもためらわれるような部屋がある。どんなに立派なドアをつけていても、どんなに部屋を飾っていても、訪れる人がなければ寂しい。冷たい鉄の扉も、重々しい門構えも、決して心という部屋を暖めてはくれない。オープンマインド−−「開かれた心」の部屋こそ温かい。友と語らう部屋こそ楽しいではないか
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2015年08月28日

幸福抄 国際人の条件

幸福抄
池田大作
国際人の条件
グローバル化(地球一体化)の負の側面を克服するためにも、これからは、苦楽をともにする「人間と人間のつき合い」が大事である。世界は多様である。文化も違う。決して、単純に「世界は一つ」ではない。その多様性を尊重しながら、ともに栄えていくには何が必要か。それには、唯一最大の共通点である「人間」という一点を、拡大していく以外にない。友はいないのではない。「心のドア」がふさがっているから、入ってこられないのだ。「心のドア」を開けよう。わかりあうために。何倍もの楽しい人生を生きるために。
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2015年08月27日

幸福抄 国際人の条件

幸福抄
池田大作
国際人の条件

「三人の宇宙飛行士」という絵本がある。−―アメリカとロシアと中国が同時に火星へ向けてロケットを打ち上げた。ロケットにはそれぞれ一人の宇宙飛行士が搭乗していた。最初、三人は互いに「信用できないやつだ」と思っていた。言葉も通じない。無事、火星に着陸した後も、近寄ろうともしなかった。ところが、夜になり、暗闇に浮かぶ地球を見ていると、三人ともホームシックになる。「お母さん・・・・」。三人はそれぞれの言葉でつぶやいたが、この時ばかりは、互いに思っていることが、はっきり理解できた。三人はいっぺんに仲よしになった。そこに、火星人が現れる。人間とはまったく異なる姿。不気味なうなり声。三人は驚き、武器を持つ。が、その時、思いがけないことが起きる。一羽のひな鳥が木の上から落ちたのである。三人が胸を痛めていると、火星人はひな鳥に近づき、目から煙を吹いた。三人はハッと気づく。煙は涙、火星人は泣いているのだ。同じ“悲しみ”の心を持っているのだ−−。「たいせつなことは、おたがいに、わかりあうということだったのです」と、作者は最後に書いている。
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2015年08月26日

幸福抄 国際人の条件

幸福抄
池田大作
国際人の条件
“人間は「地球人」「世界人」として生まれてくる”と言った人がいる。なるほどと思う。小さな子どもたちを見ていると、肌の色が違っても、国籍が違っても、あっという間に友達になってしまう。「こんにちは!」どこの街角でも、私があいさつすると、ニッコリと笑顔が返ってくる。私も子どもたちが大好きである。
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2015年08月25日

幸福抄 国際人の条件

幸福抄
池田大作
国際人の条件
複雑な議論はさておき、せっかく旅するからには、その土地で、一人でもいいから友人をつくることが大切なのではないだろうか。心と心の“出会い”の思い出をつくることである。友人が、あの国にいる、この国にもいる。そんな小さな友情が、地球全体に広がったら、どんなに楽しいだろうか。
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2015年08月24日

幸福抄 国際人の条件

幸福抄
池田大作
国際人の条件
わが国では、久しく「真の国際人とは」「心の国際化とは」といった問いかけが繰り返されている。近年、海外旅行に行く人も増えたし、日本に来る外国人も増えた。以前から見れば、海外の人々との交流も増え、融和も進んだと思えるが、その広がりが、そのまま日本の国際化の広がりとならないところに難しさがある。日本人は表面的には親切だが、少し深くつき合おうとすると「見えない壁」があると言われる。やはり心に「国境」があるのだ。「心の鎖国」がいまだに続いていると言えるかもしれない。
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2015年08月23日

幸福抄 国際人の条件

幸福抄
池田大作
国際人の条件
困っている人がいたら、手を差し伸べてあげればよい。その人が日本人であるか、外国人であるかは、
問題ではない。どこまでも人間として生きることである。
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2015年08月22日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
命長き時代は、だれもが「介護する人」にもなれば、「介護される人」にもなる時代といえる。高齢社会は、人と人との“心のつながり”の大切さが、あらためて見直される時代なのである。この長寿社会を、「人生への愛情」と「人生の知恵」に満ちた社会にしていきたいものである。
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2015年08月21日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
どんな人にも、人間らしい最終章を飾る権利がある。介護はその人生のフィナーレを演出する尊い仕事である。真心を尽くし、能力を引き出し、人格を最大に尊重していくという点では、教育とともに、介護は「人生の聖業」といえるだろう。
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2015年08月20日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
お年寄りにとっては、長年、住み慣れた、そして最愛の家族との思い出が刻まれた我が家で、最終章を送りたいというのが正直な気持ちであろう。その在宅看護を支える力となるのが、訪問医療や訪問看護、そして生活面では、ホームヘルパーである。お年寄りにとって頼もしい見方である。
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2015年08月19日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
介護の大事な側面は、お年寄りへの思いやりの心を自然に培うことなのだ。他者に尽くすことによって、他者への痛みや苦しみを、分かち合える人になっていく。こうした“善の心”の連帯は、介護が社会化されるにつれて、家庭内にとどまらず、地域社会へと広がっていくだろう。そういう意味で、高齢社会は、お年寄りも若者も、男性も女性も、健康の人も病気の人も、平等な立場で、互いに学び合い、支え合って生きていく、“心のバリアフリー(壁のない)社会”となる可能性を秘めているのではないかと思う。
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2015年08月18日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
人生の先輩である高齢の方々には「尊敬」をもって接することが大事である。長年、家族と社会のために働いて年をとったのだから、老化が進んだ時こそ、周囲が「今こそ恩返しをする時だ」と思ってあげてほしい。私たちは、まず、すぐ実践できるところから、始めたい。優しい言葉をかけることでもいいと思う。お年寄りを大切にする心を広げていきたいものである。
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2015年08月17日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
スウェーデンでは、福祉だけではなく、平和運動や環境保護も活発だ。女性や子ども、在住外国人の方も大切にされている。そこには、国籍や人種がとがっても、第一に「同じ人間である」という考え方があるからではないだろうか
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2015年08月16日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
この「ノーマライゼーション(正常化)」の思想の生みの親といわれるのが、デンマークのバンク=ミッケルセン氏である。彼は、この思想を実現していくうえで大切な点をこう語っている。「いちばん大切なのは、『自分自身がそのような状態に置かれたとき、どう感じ、何をしたいか?』それを真剣に考えることでしょう」相手の身になって考えなさいということである。何も特別な力や才能が必要なわけではないのだ。
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2015年08月15日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
決して、障害を無視するということではなく、人間として、普通に生きる権利を守っていくということである。駅や学校など公共の施設は、車椅子が使えるよう配慮することなどを、法律で義務づけている。「社会の中でともに暮らせる」環境をつくることが、国の共通目標になっているのだ。
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2015年08月14日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
スウェーデンでは、例えば、近視であっても眼鏡をかければ大丈夫なように、身障者や、高齢者であっても、車椅子で動けるよう道路の段差をなくし、環境を整備すれば、街の中で一緒に暮らせるではないかと考えるのである。
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2015年08月13日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
「老い」に対する価値観を変えることが大切である。高齢者が持っている大きな人生経験は、本人にとっても、まわりにとっても、世の中にとっても、かけがいのない財産なのである。
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2015年08月12日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
人間は、ともすると自分と違うものを軽蔑したり、嫌悪したりする場合がある。“差異へのこだわり”である。釈尊は、それを、人の心に刺さった、見がたき「一本の矢」であると表現した。この“差異へのこだわり”が、自分の生命の領域を自分で小さくし、ふさいでしまうことになる。今の自分でしか、生きていけないということになる。いずれ、だれもが老い、病み、死んでいくことを考えるならば、現代人が、そうやって老いや病や死から目をそむけているかぎり、自分の未来を自分で閉ざして、否定していることになる。
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2015年08月11日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
釈尊が、青春の真っ盛りに、健康そのもののときに、また生きる喜びにあふれているまっただなかで、老いていく人、病気に苦しむ人。死におびえる人に、思いをめぐらしていたことは、感銘深い。釈尊が示した、この「三つのおごり」は、決して過去の昔話ではない。今、高齢社会の問題が語られ、社会の変化や制度の不備などがあげられている。それはそれで大切なことだが、より本質的には、今の人々に巣食う「心のおごり」に光をあて、人間自体を変えていかなければいけないのではないか、と思うのである。
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2015年08月10日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
仏典に、釈尊が、「生老病死」のうち、「老」と「病」と「死」について考えて、「三つのおごり」を乗り越えたという話がある。人間には、「老者に対する嫌悪」があるが、これは「若者のおごり」である。「病者に対する嫌悪」があるが、これは「健者のおごり」である。「死者に対する嫌悪」があるが、これは「生者のおごり」である。釈尊は、晩年になって青春時代を回想して、この「三つのおごり」を消滅させたと述べている。
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2015年08月09日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
若さには若さの、老年には老年のすばらしさがある。お年寄りのさまざまな人生体験は、かけがえのない社会の宝である。高齢社会の真の反映は、高齢者を尊ぶ気風の確立と、密接に関ってくるように思える。
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2015年08月08日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
高齢な方々が、人生の最終章を悠々と総仕上げするためには、二つの側面があるように思う。まず高齢者自身の課題。晩年になればなるほど、本人の生き方、信念が問われる時代に入ったといってよい。そしてもう一つは、高齢者を支える社会のありようであろう。
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2015年08月07日

幸福抄 思いやりと介護

幸福抄
池田大作
思いやりと介護
介護は人生のフィナーレを演出する尊い仕事である。真心を尽くし、能力を引き出し、人格を最大限に尊重していくという点では、教育とともに、「人生の聖業」といえる。
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