2017年09月21日

暁鐘 十八

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 十八

 山本伸一は、二十三日夕刻、文化委員会のジフコワ議長の招きを受け、「文化の日」の前夜祭として行われた「平和の旗」の集いに出席した。これには、建国千三百年を祝賀する意義も込められ、ソフィア市郊外の名峰ビトシャ山を望む丘の上で、盛大に開催された。
 丘には、三十メートルをはるかに超える「平和の旗」の記念塔がそびえ立つ。塔には「調和」「創造」「美」の文字が刻まれ、また、塔の入り口の上には、キリル文字を創り出し、ブルガリア文化の礎を築いたキュリロス、メトディウス兄弟の絵が掲げられていた。
 「平和の旗」の集いは、一九七九年(昭和五十四年)の「国際児童年」を記念して始まったものである。第一回の集いには、ブルガリアはもとより、世界七十九カ国から、二千五百人の子どもたちが参加して交歓し、平和を誓い合った。日本からも体の不自由な子どもたちがブルガリアを訪れ、代表が自作の詩「生きる」を朗読している。世界が絶讃した集いであった。
 この催しを実現させる大きな力となったのがジフコワ議長であった。彼女は、世界を回って、平和を、子どもの未来を守ることを訴え続けてきたのだ。
 午後五時過ぎ、伸一と峯子がジフコワ議長と共に席に向かうと、色とりどりの民族衣装を着た子どもたちが、白と緑と赤のブルガリア国旗の小旗を振って歓迎してくれた。
 一行が着席し、合唱が始まった。
 その歌の意味は、“子どもの笑いと喜びで全世界を満たしたい。ビトシャ山から友情の翼をつけて、空高く、世界へ飛んでいきましょう”であるという。
 歌あり、民族舞踊あり……。伴奏にも、古くから伝わる笛や太鼓が登場し、どの演目にも、自国の文化への誇りがあふれていた。
 ジフコワ議長は、一つ一つの演技、演奏に対して、「よくできたわ。すばらしいわよ」などと声をかけ、大きな拍手で応える。
 そこには、子どもを慈しみ、守ろうとする、優しく、強い、“母の顔”があった。
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2017年09月20日

暁鐘 十七

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 十七

 山本伸一たちは、遺跡の町ともいうべきプロブディフの旧市街へ足を運んだ。ここにある、十九世紀のブルガリア・ルネサンス様式の重厚な建物で、ミシェフ市長から、市の歴史と現況について説明を受け、古い石畳を踏みしめながら市街を見学した。
 国定文化財である歴史的な建造物に案内されると、六十人ほどの少年合唱団が待っていた。濃い茶の上下に、フリルの付いた白いシャツを着た少年たちが、澄んだ美しい歌声で、次々と合唱を披露してくれた。
 そして、一人の少年が前に進み出て言った。
 「次は、日本のお客様のために、日本語で歌を歌います。『草津節』です」
 皆の心を和ませようとする配慮であろう。
    
 〽草津よいとこ 一度はおいで
  ハ ドッコイショ
  お湯の中にも コリャ花が咲くョ
    
 このあとに入る合いの手の「チョイナ チョイナ」が、「チェイナ チェイナ」という発音になってしまう。それがまた、いっそうかわいらしさを感じさせる。
 合唱が終わると伸一は、イスから立ち上がり、大きな拍手を送り、御礼を述べた。 
 「なんと清く、なんと美しく、なんと楽しい合唱でしょう。感動しました。ひと時の合唱のために、長い時間をかけて、一生懸命に練習してくださった、皆さんの真心が胸に染み渡ります。この短い出会いが、永遠の宝物となりました。ありがとう!
 一緒に日本で、温泉につかっているような、温かい気持ちになりました。どうか、日本へ来てください。友情を結んでください」
 子どもは“未来からの使者”である。伸一が、その使者たちに託して、未来に贈ろうとしたものは、“友情で世界を結び、平和を築いてほしい”とのメッセージであった。
 「子ども! 彼の小さな体には偉大なる魂が宿っている」(注)とは、伸一夫妻が親交を結んだ中国文学の母・謝冰心の言葉である。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 謝冰心著『冰心全集1』卓如編、海峡文芸出版社(中国語)
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2017年09月19日

暁鐘 十六

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 十六

 山本伸一は、さらにジフコフ議長に、「重工業も大切ですが、今後は軽工業を、もっと充実させていく必要があるのではないでしょうか」などの意見を伝えた。議長は「同感です」と述べ、今後の展望について語った。
 「最近、わが国は、次第に国民の生活レベルが上がりつつあるので、軽工業を重視し、人びとの生活を豊かにするように力を注いでいます。また、文化のレベルを、もっと上げることに取り組んでいます。パンは、今、豊富にあります。だから本を普及させ、各家庭の図書の充実に努めているところです」
 ジフコフは、戦後、ブルガリアが王制を廃止し、人民共和国となると、一九五四年(昭和二十九年)にはブルガリア共産党第一書記(後に書記長に改称)に就任し、首相も兼任した。以来、国家の最高指導者を務めてきた。
 テレビカメラが回るなかでの会見であった。伸一は、三十分ほどで辞去した。
  
 一行は、この日午後、ソフィアから車で二時間ほどのところにあるブルガリア第二の都市・プロブディフ市を視察した。新石器時代からの歴史をもつブルガリア最古の都市であり、木々の緑とレンガ色の屋根が美しいコントラストを描く街並みが続いていた。
 伸一は、地元の県議会副議長らと会談したあと、市内に建設されたトラキア団地に案内された。ここで記念に樅の木を植樹することになっていた。
 植樹をしようとすると、近くにいた子どもたちが集まって来た。「一緒に木を植えようよ」と語りかけると、皆、笑顔で頷いた。
 伸一は、「“この木が大樹に育ちますように。そして、ブルガリアと日本の友情が大きく育ちますように”との祈りを込めて、植樹させていただきます」と言って土をかけた。子どもたちが後に続いた。
 子らに、「将来、何になりたいの?」と尋ねると、目を輝かせて、口々に夢を語った。
 時代はどんなに激動したとしても、子どもが夢をいだけるならば、希望の未来がある。
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2017年09月18日

暁鐘 十五

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 十五

 一夜明けた二十二日午前、山本伸一たちは、ブルガリア国家評議会(後の大統領府)に、国家元首である同評議会のジフコフ議長を表敬訪問した。折からブルガリア建国千三百年祭で、外国の賓客が相次いでいることを考え、伸一は、最初に、「早くおいとまいたします」と告げて、語らいに入った。
 そして、黒海の汚染が進みつつあることを憂慮していた伸一は、沿岸諸国が協力し、浄化を進めていくことを提案した。
 黒海の海面から水深二百メートルより下は、地中海系の水が入り込み、停滞しているため、塩分が高い。溶存酸素もなく、硫化水素が多いことから、魚類はすめない状態であった。漁業は、主に、水深が浅く、各河川の流入で塩分の少なくなった北岸で行われてきた。しかし、この沿岸も、近年、各河川からの、流入泥土などによるヘドロ化が懸念されていたのである。
 「そこで、貴重な自然資源を守るうえからも、二十一世紀をめざして、黒海をたくさんの魚がすむ、豊かな“青い海”にしていってはどうでしょうか。
 その費用を捻出するために、沿岸諸国は、互いに少しずつ武器を減らし、力を合わせて、黒海をきれいにしていってはどうかと、提案したいと思います」
 議長は賛同しつつ、こう述べた。
 「そうです。お互いに武器を減らさない限り、その構想を実現することは不可能です。しかし、アメリカとソ連の緊張関係があり、北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構(WTO)の緊張関係があります」
 ソ連をはじめ、ブルガリアなどはワルシャワ条約機構の加盟国だが、黒海南側のトルコは北大西洋条約機構に加盟している。
 黒海の海はつながっている。しかし、沿岸諸国の背景にある東西両陣営の対立が、国と国との結束を阻み、環境破壊を放置させる結果になっているのだ。イデオロギーが人間の安全に優先する――その転倒を是正する必要性を訴え、伸一は世界を巡ってきたのである。
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暁鐘 十五

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 十五

 一夜明けた二十二日午前、山本伸一たちは、ブルガリア国家評議会(後の大統領府)に、国家元首である同評議会のジフコフ議長を表敬訪問した。折からブルガリア建国千三百年祭で、外国の賓客が相次いでいることを考え、伸一は、最初に、「早くおいとまいたします」と告げて、語らいに入った。
 そして、黒海の汚染が進みつつあることを憂慮していた伸一は、沿岸諸国が協力し、浄化を進めていくことを提案した。
 黒海の海面から水深二百メートルより下は、地中海系の水が入り込み、停滞しているため、塩分が高い。溶存酸素もなく、硫化水素が多いことから、魚類はすめない状態であった。漁業は、主に、水深が浅く、各河川の流入で塩分の少なくなった北岸で行われてきた。しかし、この沿岸も、近年、各河川からの、流入泥土などによるヘドロ化が懸念されていたのである。
 「そこで、貴重な自然資源を守るうえからも、二十一世紀をめざして、黒海をたくさんの魚がすむ、豊かな“青い海”にしていってはどうでしょうか。
 その費用を捻出するために、沿岸諸国は、互いに少しずつ武器を減らし、力を合わせて、黒海をきれいにしていってはどうかと、提案したいと思います」
 議長は賛同しつつ、こう述べた。
 「そうです。お互いに武器を減らさない限り、その構想を実現することは不可能です。しかし、アメリカとソ連の緊張関係があり、北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構(WTO)の緊張関係があります」
 ソ連をはじめ、ブルガリアなどはワルシャワ条約機構の加盟国だが、黒海南側のトルコは北大西洋条約機構に加盟している。
 黒海の海はつながっている。しかし、沿岸諸国の背景にある東西両陣営の対立が、国と国との結束を阻み、環境破壊を放置させる結果になっているのだ。イデオロギーが人間の安全に優先する――その転倒を是正する必要性を訴え、伸一は世界を巡ってきたのである。
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2017年09月16日

暁鐘 十四

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 十四

 山本伸一と峯子は、メキシコでの出会い以来、約二カ月半ぶりに、ジフコワ議長と再会したのである。
 議長は、白いスーツに白い帽子を被り、あの柔和な微笑をたたえながら言った。
 「先ほど、ソフィア大学の名誉博士になられ、本当におめでとうございます。この学位記の授与は、先生のこれまでの実績が、名誉博士にふさわしいからこそです。
 私たちは、先生を『平和の大使』と考えております。先生は、人間と人間との交流を促進することになる文化交流に、人生をかけていらっしゃいます。ブルガリア人は文化を重んじる国民ですから、先生の生き方を深く理解することができます」
 伸一は、感謝の意を表した。
 会談は、ブルガリア民族の歴史、文化的伝統、東洋の文化とブルガリアの関連性等に及んだ。そのなかで、議長は、ブルガリア人の民族的背景に触れ、ブルガリア人は、トラキア人、スラブ人、原ブルガリア人で構成され、このうち原ブルガリア人は中央アジアから出ており、仏教文化とも深い関係があると語った。人類は、どこかで深くつながっているというのが、彼女の洞察であった。
 また、今後の文化交流についても意見交換し、民音(民主音楽協会の略称)を通して合唱団を日本へ招くことや、少年少女の交流などが話し合われ、実りある語らいとなった。
 伸一は、文化政策の重責を担い、奔走し続ける議長に、気遣いの言葉をかけた。
 「長い人生です。長い戦いです。ブルガリアのため、世界のために、ご無理をなさらずに、どうか、お体を大切にしてください」
 彼女は笑顔で頷いたあと、毅然と語った。
 「ありがとうございます。でも、重い立場にいる人には、重い責任があります。その責任を自覚して、全力で働くしかありません。たとえ、そのために何があろうとも……。それは、覚悟のうえのことです」
 不動の決意が光っていた。覚悟なくして大業を果たすことはできない。
posted by ハジャケン at 11:04| 山梨 ☁| 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

暁鐘 十三

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 十三

 ソフィア大学での記念講演を終えた山本伸一が訪れたのは、文化宮殿であった。今回の招聘元である文化委員会のリュドミーラ・ジフコワ議長(文化大臣)と会談するためである。彼女は、ブルガリア国家評議会のトドル・ジフコフ議長(国家元首)の息女で、文化を大切にするブルガリアを象徴するかのような、気品にあふれていた。
 伸一は、二月末から三月初めにかけてメキシコを訪問した折、ジフコワ議長が偶然にも同じホテルに宿泊していることがわかり、妻の峯子と共に会っていた。この時、既にブルガリア訪問が決まっており、招聘の中心者が議長であった。彼女は、諸外国と文化交流を推進していくことが平和の道を開くとの信念で、精力的に世界を駆け回っている途次であった。しかし、体調を崩していると聞き、伸一たちは、お見舞いの花束を届けたのだ。
 そして、三月三日、伸一と峯子は、健康を回復したジフコワ議長とホテル内で会見した。この日は、一八七八年にブルガリアがオスマン帝国から解放された記念日であった。
 彼女は、瞳を輝かせながら語った。
 「ご夫妻は日本、私はブルガリアと、お互いに遠く離れた世界の端と端に住みながら、こうしてメキシコの地でお会いできるとは、なんと嬉しいことでしょう」
 伸一も全く同感であった。
 彼は、議長の体調を考慮し、会見は、早めに終わらせようと思った。
 彼女は、オックスフォード大学などで学んだ歴史学者であり、穏やかな笑みを浮かべながら、話題にのぼった一つ一つの事柄の本質を、的確に語っていった。短時間の語らいであったが、聡明さと知性を感じさせた。仏法にも強い関心をもっているようであった。
 「文化は橋です。国と国だけでなく、体制と体制の間にも橋を架けてくれます。私は文化で戦争と戦いたいのです」
 彼女の断固たる言葉に、伸一は、美しき花を貫く芯を見る思いがした。「芯」とは、生き方の哲学であり、信念といえよう。
posted by ハジャケン at 10:48| 山梨 ☁| 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

暁鐘 十三

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 十三

 ソフィア大学での記念講演を終えた山本伸一が訪れたのは、文化宮殿であった。今回の招聘元である文化委員会のリュドミーラ・ジフコワ議長(文化大臣)と会談するためである。彼女は、ブルガリア国家評議会のトドル・ジフコフ議長(国家元首)の息女で、文化を大切にするブルガリアを象徴するかのような、気品にあふれていた。
 伸一は、二月末から三月初めにかけてメキシコを訪問した折、ジフコワ議長が偶然にも同じホテルに宿泊していることがわかり、妻の峯子と共に会っていた。この時、既にブルガリア訪問が決まっており、招聘の中心者が議長であった。彼女は、諸外国と文化交流を推進していくことが平和の道を開くとの信念で、精力的に世界を駆け回っている途次であった。しかし、体調を崩していると聞き、伸一たちは、お見舞いの花束を届けたのだ。
 そして、三月三日、伸一と峯子は、健康を回復したジフコワ議長とホテル内で会見した。この日は、一八七八年にブルガリアがオスマン帝国から解放された記念日であった。
 彼女は、瞳を輝かせながら語った。
 「ご夫妻は日本、私はブルガリアと、お互いに遠く離れた世界の端と端に住みながら、こうしてメキシコの地でお会いできるとは、なんと嬉しいことでしょう」
 伸一も全く同感であった。
 彼は、議長の体調を考慮し、会見は、早めに終わらせようと思った。
 彼女は、オックスフォード大学などで学んだ歴史学者であり、穏やかな笑みを浮かべながら、話題にのぼった一つ一つの事柄の本質を、的確に語っていった。短時間の語らいであったが、聡明さと知性を感じさせた。仏法にも強い関心をもっているようであった。
 「文化は橋です。国と国だけでなく、体制と体制の間にも橋を架けてくれます。私は文化で戦争と戦いたいのです」
 彼女の断固たる言葉に、伸一は、美しき花を貫く芯を見る思いがした。「芯」とは、生き方の哲学であり、信念といえよう。
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2017年09月13日

暁鐘 十一

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 十一

 ソフィア大学は、聖クリメント・オフリドスキ通りにあった。青い屋根をもつ重厚な石造建築の校舎が伝統を感じさせた。
 山本伸一への名誉学術称号授与の式場となった講堂は、高い天井に彫刻が施され、荘厳な雰囲気に包まれていた。
 式典では、I・アポストロワ哲学部長が推挙の辞を述べたあと、I・ディミトロフ総長が立ち、古代ブルガリア語で認められた名誉博士の学位記を伸一に手渡し、握手を交わした。集っていた学部長や教授など、約百人の参加者から、盛んな拍手が起こった。
 引き続いて、「東西融合の緑野を求めて」と題する伸一の講演となった。
 彼は、ブルガリアは、地理的にも、歴史的にも、精神面においても、“西”と“東”とが交わり、拮抗してきた大地であり、西洋文明と東洋文明を融合・昇華させ、新たな人類社会を構築していくカギともいうべき可能性があることを訴えた。
 そして、ブルガリア正教など、東方正教における「神」と「人間」の距離について論じ、東方正教では「神」と「人間」との間に介在するものは、いたって少なく、両者の距離は近いとの洞察を語った。
 さらに、ブルガリアの革命詩人フリスト・ボテフの詩「わが祈り」の一節をあげた。
 「おお わたしの神よ 正しき神よ!
  それは 天の上に在す神ではなく
  わたしの中に在す神なのです
  わたしの心と魂の中の神なのです」(注)
 ここでは、既に「神」は「人間」の心の中にあり、民衆との隔たりはない。
 伸一は、わが胸中に「神」を見る、その考え方は、「神」が天上の高みから、人間の生命の奥深く降り来ることによって、人びとをあらゆる権威の呪縛から解き放とうとするかのようであると所感を述べ、ボテフの訴える「神」について言及していった。
 「それは、虐げられた農民、民衆に、燦々と降り注ぐ陽光にも似た、人類愛の叫びであります」
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 『フリスト・ボテフ詩集』真木三三子訳、恒文社
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2017年09月12日

暁鐘 十

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 十

 「お体をいたわってください」と言う山本伸一に、パパゾフ議長は、再度、座ることを勧め、胸の思いを一気に語った。
 「私は、山本先生の行動を、特に平和を願われ、人と人とが互いに理解し合うための文化交流に挺身されていることを、高く評価しております。駐日大使の時代から、山本先生にわが国に来ていただくことを、強く望んでおりました。今日、その念願が叶い、私は、嬉しくて仕方がないのです。
 ご存じのようにわが国は、バルカン半島にあって交通の要路にあたり、文明の交差点となってきました。それゆえに、古くから戦いが繰り返され、マケドニア王国、ローマ帝国、ビザンチン帝国に支配されてきました。モンゴルからの来襲もあり、オスマン帝国による支配は約五百年も続きました。第一次世界大戦、第二次世界大戦の辛酸もなめました。
 ですから、世界平和の実現は、私の、いやすべてのブルガリア人の悲願なんです。それだけに平和のために戦ってこられた先生の行動に期待を寄せ、大きな成果を収められるように望んでおります」
 その言葉には、平和を熱願する切実な思いがあふれていた。議長は言葉をついだ。
 「私は、科学技術振興委員会の議長として、将来、わが国の大学と、先生の創立された創価大学が交流できればと考えています」
 伸一は重ねて議長の健康を気遣い、「どうか、国家のためにもお体を大切にしてください」と述べ、固い握手を交わした。
 午後、教育省にA・フォル教育相を訪ね、引き続いてソフィア大学を訪問した。同大学は一八八八年に創立されたブルガリア最古の国立大学である。この日、大学から伸一に、名誉教育学・社会学博士の学位が贈られ、彼は記念講演を行うことになっていた。伸一の名誉学術称号の受章は、ソ連のモスクワ大学、ペルーのサンマルコス大学に続いて、これで三大学目となる。
 大学という知性の学府との交流は、未来にわたって平和を創造する連帯をつくり出す。
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2017年09月09日

暁鐘 九

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 九

 残雪をいただいたバルカンの山々が美しく輝いていた。フランクフルトを発って約二時間半、山本伸一たちの一行は、東欧の社会主義国であるブルガリア人民共和国(後のブルガリア共和国)の首都ソフィアの空港に到着した。この訪問は、ブルガリア文化委員会の招聘によるものであり、伸一にとっては初めてのブルガリアであった。
 ソフィアは山々に囲まれた緑の街である。
 空港で同委員会の第一副議長であるM・ゲルマーノフ文化担当大臣らの出迎えを受けた一行は、夜には文化委員会を表敬訪問し、さらに、ソフィア市内のホテルで行われた歓迎宴に出席した。
 翌二十一日午前、「九月九日広場」(後のバッテンベルク広場)にある、同国の初代大統領ゲオルギ・ディミトロフ廟を訪ね、献花し、冥福と平和への祈りを捧げた。九月九日は、ブルガリアの「革命記念日」である。
 続いて科学技術振興委員会に、N・パパゾフ議長を訪ねた。議長は病後で、公式行事に姿を見せることもなかっただけに、健康が懸念された。伸一が「今日はブルガリア訪問のごあいさつだけで、おいとまさせていただきます」と言うと、議長は笑顔を向けた。
 「もう大丈夫です。ぜひ、お目にかかろうと、この日を楽しみにしておりました」
 議長は、一九六七年(昭和四十二年)から七一年(同四十六年)まで駐日大使を務め、その間に伸一の講演を聞く機会があり、深い感銘を受けたという。また、当時、創価大学が建設中であったという記憶があるが、既に開学したのかを尋ねた。「もう十年になります」と答えると、嬉しそうに目を細めた。
 伸一は、両国の交流に全力を尽くすことを述べて、辞去しようとイスから立った。議長は両手を出して止めようとする。
 「私を心配し、大事にしてくれることは、本当に感謝します。しかし、医者の許可も得ています。どうぞ、座ってください」
 何か必死なものが感じられた。
 向上を欲する進取の精神は、対話を求める。
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2017年09月08日

暁鐘 八

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 八

 懇談会のあと、山本伸一の一行はフランクフルト市内にある「ゲーテの家」を訪れた。
 三日前、伸一は、モスクワで、「トルストイの家」を視察していた。戦後の混乱した時代のなかで青春期を過ごした彼は、この文豪らの作品をむさぼるように読み、未来に生きる希望と力を得てきた。
 伸一は、文豪たちの住居を訪ね、その生活環境を知ることで、人間像と作品への洞察をさらに深め、機会があれば、青年たちに人物論や作品論を講義したいと考えていたのだ。
 「ゲーテの家」は、五階建てであり、一九四四年(昭和十九年)に戦火に焼けたが、復元されたという。
 伸一たちは、台所から食堂、居間、音楽室、美術室などを、一部屋一部屋、見て回った。ゲーテは、当時、フランクフルトきっての富豪であったといわれ、調度品なども見事な光沢を放ち、風格を感じさせた。
 書斎は四階であった。この部屋で、『若きウェルテルの悩み』や畢生の大著『ファウスト』などの執筆を手がけていったのである。
 部屋には、立って書くための机が置かれていた。ゲーテは、立って書くことを心がけていたという。ここにも、脈打つ青年の気概が感じられた。
 トルストイもゲーテも、当時としては、かなりの長寿であり、共に八十二歳で他界するが、生涯、ペンを執り続けた。ゲーテは、「太陽は沈む時も偉大で荘厳だ」(注)との言葉を残している。まさに、彼自身の人生の終幕を予言しているようでもあった。
 伸一は、今、自分は五十三歳であることを思うと、まだまだ若いと感じた。
 “人生の本格的な闘争は、いよいよこれからである。世界広布の礎を築くため、後継の青年たちの活躍の舞台を開くために、命ある限り行動し、ペンを執り続けなければならない”と、自らに言い聞かせた。
 伸一が西ドイツでの一切の行事を終え、次の訪問国ブルガリアへと飛び立ったのは、二十日の午後一時であった。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 高橋健二著『ヴァイマルのゲーテ 評伝』河出書房新社
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2017年09月07日

暁鐘 七

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 七

 山本伸一は、次いで、学会の組織はなぜ必要なのかについて、語っていった。
 「ともすれば、個人の自由と組織とは相反するように感じる人もいるかもしれない。しかし、国家でも、会社でも、また、いかなる団体でも、その目的を果たしていくためには、組織は不可欠です。同様に創価学会にあっても、皆が信・行・学を実践し、広宣流布を進めていく手段として、組織はなくてはならないものといえます。
 今、皆さんが、こうして信仰することができたのも、組織があっての結果です。また、多数の人びとが秩序ある前進をしていくためにも組織は必要であり、それがなければ、独善的で自分勝手な信心となり、いわゆる我見に陥りかねない。
 そうなれば、正しい信仰、正しい行学から外れ、妙法を基盤にした正しい生き方を確立していくこともできなくなってしまう。
 ともかく、一人だけの信仰では、進むべき軌道がわからなくなってしまうものです。信心を貫くには、大勢の人びととスクラムを組み、勇気ある人生を歩み抜けるよう励まし合い、退転を戒め合い、正道へ向かうよう守り合うことが大切です。そう考えるならば、組織というものが、いかに重要であるか、よくおわかりいただけると思う。
 ただし、組織は手段であり、個々人の信心の向上を促し、幸福になっていくための指導こそが、その出発点であることを忘れてはならない。あくまでも学会の組織の目的は、一人ひとりのメンバーの絶対的幸福であり、成仏にあります。組織での役職も上下の関係を意味するものではありません。幹部は、いわば団結の要となる存在といえます。
 ゆえに、メンバーは互いに尊敬し合い、共に社会の一員として理解、信頼し、励まし合いながら、人生を勝ち飾っていただきたい」
 学会は、人びとの幸福と人類の平和、すなわち広宣流布を実現する唯一無二の団体である。したがって戸田城聖は、「戸田の命より大切な学会の組織」と言明したのである。
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2017年09月06日

暁鐘 六

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 六

 山本伸一は、ここで、ドイツの理事長たちから相談を受けていた事柄の一つである、離婚の問題について言及していった。
 欧米では、離婚が多く、メンバーから相談を受けることもあるという。理事長らは、仏法者として、これに、どう対処していけばよいのか、懇談の際、伸一に尋ねたのである。
 彼は、この問題について、考え方の原則を、あらためて確認しておこうと思った。
 「社会では離婚に関する問題が多いようですが、プライバシーについては、私たちは深く立ち入るべきではないし、干渉めいたことも慎むべきです。それぞれが責任をもって考えていく問題です。
 ただし、他人の不幸のうえに自分の幸福を築いていくという生き方は、仏法にはないということを申し上げておきたい。
 ともかく、よく話し合い、夫婦が信心をしている場合には、解決のために、互いにしっかり唱題し、どこまでも子どもの将来のことなどを考えて、できうる限り歩み寄っていく努力をお願いしたい。離婚をしても自身の宿命というものを変えることはできません。
 また、リーダーの心構えとして、悩める友が相談に来た場合、その人の人格、人権を尊重して、いっさい他言するようなことがあってはなりません。その人のプライバシーを、自分の家族や友人も含め、第三者に軽率に語るようなことは、絶対に慎むべきです。そんなことがあれば、本人に迷惑をかけるだけでなく、自分も、また学会も、信頼を失うし、幹部としては失格者であることを銘記していただきたい。
 これは、ドイツに限らず、日本においても、どの国にあっても、リーダーが厳守すべき鉄則であることを確認しておきます」
 伸一は、メンバーが疑問に思っていることや聞きたいことについて、わかりやすく、明快に語っておきたかった。そのために、フランクフルト入りした時から、皆に声をかけ、話に耳を傾けてきた。皆の心に宿った疑問を解決できてこそ、晴れやかな大前進がある。
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2017年09月05日

暁鐘 五

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五

 十八日の午後、山本伸一は、フランクフルト会館を訪れ、ドイツ広布二十周年の記念勤行会に臨んだ。会館では記念植樹や記念撮影も行われ、ドイツ広布の道を切り開いてきた同志の、さわやかな喜びの笑みが広がった。
 勤行会に引き続いて、伸一を囲んで、信心懇談会が行われた。
 彼は、東西に分断されたドイツの現状を憂えながら、語っていった。
 「ご存じのように、資本主義も行き詰まっている。社会主義も行き詰まっております。しかし、私どもは、それぞれの体制をうんぬんしようというのではない。どんな体制の社会であろうが、そこに厳として存在する一人ひとりの人間に光を当てることから、私たち仏法者の運動は始まります。
 際限のない人間の欲望を制御し、一人ひとりが自他共の幸福をめざして、身近な生活のうえに、社会のうえに、いかに偉大な価値を創造していくか――そこに、社会の行き詰まりを打開していく道があります。どんな理想を掲げた体制も、人間自身の生命の変革、すなわち人間革命なくしては、その理想は画竜点睛を欠き、絵に描いた餅にすぎない。
 日蓮大聖人の仏法は、宇宙根源の法とは何かを教えており、その法への信仰は、人間に内在する無限の創造力の根源である『仏』の生命を引き出していくためであります。
 混迷する社会にあって、わが生命に仏界を涌現させ、清新な生命力をみなぎらせ、明確なる人生道と幸福道と平和道を闊歩していく力となり、道標となるのが信心なんです。
 しかも、『天国』といった現実を離れたところに幸福を求めるのではなく、自分が今いる場所で、日々の現実生活のなかで、崩れざる幸福を確立していけると説いているのが、仏法の教えです」
 カオス(混沌)の様相を呈している時代だからこそ、仏法という確かな生命の哲学を求めることが、各人の人生にとっても、世界にとっても、大きな希望の光となることを、伸一は訴えたかったのである。
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2017年09月04日

暁鐘 四

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 四

 交歓会には、来賓としてカーン博士らも出席しており、あいさつに立った。
 博士らは、いずれも、山本伸一が進める仏法を基調とした平和運動への期待を述べた。
 最後に伸一がマイクを取った。
 「私たちには、この地球上で幸せになる権利がある。平和に生きていく権利がある。また、自由に生きていく権利がある。
 では、それを実現していく源泉とは何か。日蓮大聖人の仏法であると訴えたい。
 なぜか――人間こそが一切の原点であり、最も大切なものは生命です。その生命をことごとく解明し、万人が等しく、尊極無上なる『仏』の生命を具えていることを説き、各人の崩れざる幸福と平和を確立する方途を示しているのが、大聖人の仏法であるからです。また、それを実践しているのが創価学会です。
 太陽が地球を遍く照らして、その光が恵みを与えるように、日蓮大聖人の仏法は、人びとに真実の幸福をもたらす教えであり、いわば太陽の仏法であります。
 仏法のその厳たる力を、全世界の同志の体験が証明しています。皆さんは、大仏法の光を浴びて、わが生命を蘇生させ、崩れざる幸せを築いてください。
 一人の人間を幸せにし、満足させ得ないような宗教が、どうして世界の平和を実現し得よう。どうして世界の人びとを救えようか。
 どうか、皆さんは、この太陽の仏法を確実に実践し抜き、一人ひとりが幸せを厳然と享受していただきたいのであります。
 今日の仏法兄弟の集いは、まだ小さな存在かもしれない。しかし、三十年、五十年、百年後には、この集いが幸福と平和の広宣流布の大潮流をもたらし、今日という日が、記念の日と輝いていくことを確信してください」
 伸一は、信心の目的は一人ひとりの幸福にあり、そこにこそ、平和運動の目的もあることを、確認しておきたかったのである。
 戦争がなければ平和なのではない。人間が生の喜びを嚙み締め、歓喜に包まれ、幸せを満喫して生きてこそ、平和なのだ。
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2017年09月02日

暁鐘 三

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 三

 木々の緑を縫い、さわやかな薫風が吹き抜けていく。五月十七日午後、山本伸一が出席し、フランクフルト市内のホテルの庭で、ドイツ広布二十周年を記念する交歓会が行われた。これには、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、オーストリア、イタリア、そして日本から訪独中の親善交流団も含め、八カ国約八百人が集って、世界広布への誓いを固め合った。
 庭には、ステージが特設され、日本から世界広布の大志をいだいて渡独し、炭鉱で働きながらドイツ広布の道を切り開いてきた青年たちの苦闘などが、ミュージカル風に紹介された。彼らのなかには、初めて炭鉱での労働を経験した人が多くいた。肉体を酷使し、疲れ果て、食事の黒パンも喉を通らぬなかで、自らを叱咤して学会活動に励んだ。
 彼らの胸に、こだましていたものは、伸一が一九六三年(昭和三十八年)の『大白蓮華』八月号の巻頭言に綴った、「青年よ世界の指導者たれ」との万感の呼びかけであった。
 この青年たちをはじめ、草創期を築いた勇者たちの行動と努力が実り、ドイツにも数多の地涌の菩薩が誕生したのだ。「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」(注1)とは、戸田城聖の大確信であった。
 ステージでは、後継の少年少女が登場し、希望の五月を迎えた喜びの歌を合唱。大喝采を浴びた。
 登壇したドイツ理事長のディーター・カーンは、感極まった顔で語った。
 「十六年間の夢が、遂に、遂に、実現しました。山本先生が、こうして、わがドイツにいらしてくださったのです!」
 彼らは、日本で宗門僧らの学会への不当な仕打ちが続いてきたことを伝え聞いていた。「それならドイツの私たちが広宣流布を加速させ、世界広布の新天地を開こうじゃないか!」と、果敢に活動を展開してきたのだ。
 ドイツの大詩人ゲーテは、「合い言葉は戦い 次の言葉は勝利!」(注2)と詠っている。それは、まさに皆の心意気であった。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注1 「青年訓」(『戸田城聖全集1』所収)聖教新聞社
 注2 ヨハーン・ヴォルフガング・ゲーテ著『ファウスト第二部』池内紀訳、集英社
posted by ハジャケン at 08:50| 山梨 ☀| 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

暁鐘 二

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 二 
  
 山本伸一は、フランクフルトでの識者との語らいのなかで、デルボラフ博士とは対談集を発刊していくことで合意した。
 以後、二人は六年がかりで対話を進め、対談集の原稿がまとまった時、博士は、その原稿を、「嬉しくて、いとおしくてたまらない」と言って、枕元に置いていたという。
 一九八九年(平成元年)四月、対談集『二十一世紀への人間と哲学――新しい人間像を求めて』が発刊された。しかし、博士は、その出版を待たず、八七年(昭和六十二年)七月に死去する。享年七十五歳であった。
 伸一は、その後も各界の識者と対話を重ね、対談集の出版に力を注いでいった。実は、そこには秘められた決意があった。
 ――あらゆる学問も、政治も、経済も、教育も、芸術も、その志向するところは、人間の幸福であり、社会の平和と繁栄である。
 日蓮大聖人は、天台大師の「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」(御書一二九五ページ)の文を引かれ、世を治め、人間の生活を支える営みは、仏法と違背せず、すべて合致していくことを訴えられている。
 その厳たる事実を、識者との語らいを通して、明らかにしておきたかったのである。
 さらに、環境問題や教育、核、戦争、差別、貧困等々、人類のかかえる諸問題の根本的な解決のためには、人間自身の変革が求められる。そこに、最高峰の生命哲理たる日蓮仏法を弘め、時代精神としていく必然性があることを示しておきたかった。また、意見交換を通して、その識見と知恵から学びつつ、問題解決に向けての視座と実践の方途を、探求していきたかったのである。
 “対談を通して、諸問題解決の具体的な道筋を示せることは、極めて限られているかもしれない。しかし、自分が端緒を開くことによって、多くの青年たちが後に続いて、人類の未来に光を投じてくれるであろう”というのが、彼の願望であり、期待であった。
 思想と哲学とを残すことは、未来を照らす灯台の明かりをともすことだ。
posted by ハジャケン at 08:37| 山梨 ☀| 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月01日

暁鐘 二

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 二 
  
 山本伸一は、フランクフルトでの識者との語らいのなかで、デルボラフ博士とは対談集を発刊していくことで合意した。
 以後、二人は六年がかりで対話を進め、対談集の原稿がまとまった時、博士は、その原稿を、「嬉しくて、いとおしくてたまらない」と言って、枕元に置いていたという。
 一九八九年(平成元年)四月、対談集『二十一世紀への人間と哲学――新しい人間像を求めて』が発刊された。しかし、博士は、その出版を待たず、八七年(昭和六十二年)七月に死去する。享年七十五歳であった。
 伸一は、その後も各界の識者と対話を重ね、対談集の出版に力を注いでいった。実は、そこには秘められた決意があった。
 ――あらゆる学問も、政治も、経済も、教育も、芸術も、その志向するところは、人間の幸福であり、社会の平和と繁栄である。
 日蓮大聖人は、天台大師の「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」(御書一二九五ページ)の文を引かれ、世を治め、人間の生活を支える営みは、仏法と違背せず、すべて合致していくことを訴えられている。
 その厳たる事実を、識者との語らいを通して、明らかにしておきたかったのである。
 さらに、環境問題や教育、核、戦争、差別、貧困等々、人類のかかえる諸問題の根本的な解決のためには、人間自身の変革が求められる。そこに、最高峰の生命哲理たる日蓮仏法を弘め、時代精神としていく必然性があることを示しておきたかった。また、意見交換を通して、その識見と知恵から学びつつ、問題解決に向けての視座と実践の方途を、探求していきたかったのである。
 “対談を通して、諸問題解決の具体的な道筋を示せることは、極めて限られているかもしれない。しかし、自分が端緒を開くことによって、多くの青年たちが後に続いて、人類の未来に光を投じてくれるであろう”というのが、彼の願望であり、期待であった。
 思想と哲学とを残すことは、未来を照らす灯台の明かりをともすことだ。
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2017年08月31日

暁鐘 一

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 一

 ドイツは、ヨーロッパの歴史を画した宗教改革の発祥の地である。
 十六世紀初め、聖職者の腐敗、教義の形骸化、教会の世俗化が進むなかで、ローマ教皇は、ドイツでの贖宥状(免罪符)の販売を許す。贖宥状を買えば、犯した罪の罰は赦免されると宣伝され、売られていったのである。
 修道士のマルチン・ルターは、それに疑義をいだいた。救いは、どこまでも信仰によるものだ。彼は、「九十五箇条の論題(意見書)」を発表し、敢然と抗議の声をあげた。これが、宗教改革の新たな発火点となっていくのである。
 ルターは、ローマ教皇から破門されるが、信念を貫く。根本とすべきは聖書であるとし、自ら聖書のドイツ語訳も行っていった。そして、万人祭司主義の立場を取り、神のもとに人間は平等であると訴えたのである。
 山本伸一は、決意を新たにしていた。
 “ルターの宗教改革から四百数十年。今、二十一世紀を前に、全人類を救い得る、人間のための宗教が興隆しなければならない”
 一九八一年(昭和五十六年)五月十六日午後八時半(現地時間)、伸一は欧州広布に思いをめぐらしながら、フランクフルトの空港に降り立った。彼の西ドイツ(当時)訪問は、十六年ぶりであった。
 翌十七日、宿舎のホテルに、ボン大学名誉教授のゲルハルト・オルショビー博士、ヨーゼフ・デルボラフ博士夫妻、また、ベルリン自由大学教授のナジール・A・カーン博士の訪問を受けた。オルショビーは環境保全問題の研究で知られ、デルボラフは教育学、ギリシャ哲学の第一人者である。カーンはインド出身で宗教への造詣も深く、耳鼻咽喉科の権威である。皆、伸一とは旧知の間柄であり、再会を喜び合った。
 人間を脅かす諸問題は、今や複雑に絡み合い、種々の領域に及んでいる。ゆえに伸一は世界の知性との交流を深め、人類の平和と繁栄のために英知のネットワークを広げ、時代建設の新潮流を創ろうとしていたのである。
小説『新・人間革命』語句の解説
 ◎万人祭司主義/聖職者を介さなくとも、すべての信徒は直接、神の前に立ち、平等に、誰もが祭司であるとする考え方。
posted by ハジャケン at 08:39| 山梨 ☁| 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする