2017年11月16日

 暁鐘 六十四

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 六十四

 「私は一人で立つ」「自分の足で、敢然と」(注)とは、カナダの画家で作家のエミリー・カーの心意気である。
 信心を始めたテルコ・イズミヤは、たった一人から活動を開始した。日本から送られてくる「聖教新聞」を頼りに、知り合った人たちを訪ねては仏法対話した。
 会合などには、国境を越えて、アメリカのバファローやニューヨークへ、長距離バスや飛行機で通わねばならなかった。
 夫は、彼女の信心のよき理解者であり、よく車で送迎してくれた。しかし、自分は信心をしようとはしなかった。
 夫のヒロシ・イズミヤは、一九二八年(昭和三年)、カナダのバンクーバー島に生まれた。彼の父は和歌山県からカナダに渡り、一家は漁で暮らしを立ててきた。
 四一年(同十六年)、太平洋戦争が始まると、イギリス連邦のカナダにとって、日本は敵国となった。翌年、日系人は、ロッキー山中の収容所に入れられた。厳冬の季節になると、零下二〇度を下回った。
 カナダに忠誠を尽くすために、軍隊に志願する青年もいた。それを「裏切り」として非難する人もいた。日系人同士がいがみ合い、心までもが引き裂かれていった。
 戦争が終わった。しかし、帰るべき家はなかった。日系人は、日本に帰るか、東部に移住するか、選択を迫られた。
 ヒロシの父は既に七十歳を超えており、「死ぬ時は日本で」との思いがあった。一家は、父の故郷の和歌山県へ帰った。
 やがてヒロシは、東京に出た。大学進学を決意し、進駐軍の基地にある店で働きながら勉強に励んだ。不慣れな日本語の習得にも努力を重ね、慶応大学の経済学部に進むことができた。卒業後、外資系の銀行に勤めるが、カナダへ帰って日本との懸け橋になりたいとの思いが募り始めた。彼は、トロントに出張所のある日本の商社に勤務した。
 戦争で苦しんだ人には、平和のために生き抜く使命がある。

 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 ケイト・ブレイド著『野に棲む魂の画家 エミリー・カー』上野眞枝訳、春秋社
posted by ハジャケン at 09:07| 山梨 ☀| 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月15日

暁鐘 六十三

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 六十三

 山本伸一がニューヨークを発って、カナダのトロント国際空港に到着したのは、六月二十一日の午後四時過ぎ(現地時間)のことであった。空港では、カナダの理事長であるルー・ヒロシ・イズミヤと、議長で彼の妻であるエリー・テルコ・イズミヤをはじめ、大勢のメンバーが、花束やカナダの国旗を持って一行を出迎えた。
 カナダは、伸一が一九六〇年(昭和三十五年)十月、最初の海外訪問の折にトロントを訪れて以来、二十一年ぶりである。
 思えば、その時、空港で一行を迎えてくれたのは、まだ未入会のテルコ・イズミヤただ一人であった。
 彼女は、この年の三月、日系二世のカナダ人で、商社に勤めるヒロシ・イズミヤと結婚し、四月にカナダへ渡った。
 そして、伸一が到着する日の朝、日本に住んでいる学会員の母親から、エアメールが届いたのだ。そこには、山本会長がカナダを訪れる旨が記され、「ぜひ空港でお迎えしてください」とあった。
 しかし、行くべきかどうか迷った。身重で気分も優れなかったし、“もしも折伏などされたら困る”との思いがあったからだ。それまで、母親から教えられた功徳などの話が、迷信めいた時代遅れなものに思え、信心に抵抗を感じていたのである。でも、行かなければ、母の願いを踏みにじり、親不孝をするような気がして、空港に向かったのだ。
 伸一は、出迎えてくれたことに心から感謝するとともに、家庭の様子などを尋ね、「なぜ、人生にとって信仰が大切か」を述べ、仏法とは、生命の法則であることを語った。
 この一年七カ月後、病気がちであった彼女は、健康になれるならと、自ら信心を始めた。体のことで夫に心配をかけたくなかったし、入会することで、母親を安心させたいとの思いもあった。
 心田に植えられた妙法の種は、時がくれば必ず発芽する。大切なことは、自分に関わる人びとと仏縁を結び、種を植えることだ。
posted by ハジャケン at 10:33| 山梨 ☔| 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月14日

暁鐘 六十二

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 六十二

 山本伸一は、さらに、呼びかけた。
 「意見の違いがあったとしても
  確かなる目的の一点だけは
  忘れずに進みゆく君達よ!
  今日も学べ
  今日も動け
  今日も働け
  そして今日も一歩意義ある前進を
  明日もまた一歩朗らかな前進を
  尊極なる妙法と日々冥合しながら
  社会の泥沼の中に咲く
  蓮華の花の如く
  自己の尊き完成への坂を
  汗をふきながら上りゆくのだ
    
  信仰とは
  何ものをも恐れぬことだ
  何ものにも紛動されぬことだ
  何ものをも乗り越える力だ
  何ものをも解決していく源泉だ
  何ものにも勝ち乗り越えていく
  痛快なる人生行路のエンジンだ」
 彼は、広宣流布という新しき時代の建設は、一歩、また一歩と、日々、着実な前進を重ねていってこそ、なされるものであることを伝えたかった。また、その戦いは、自己自身の制覇から始まる、人間革命の闘争であることを知ってほしかったのである。
 そして、今、青年たちに後継のバトンを託したことを宣言し、詩を締めくくった。
 「私は広布への行動の一切を
  諸君に託したのだ
  一切の後継を信ずるがゆえに
  今 世界のすみずみを歩みゆくのだ
  君達が
  小さき道より
  大いなる道を創りゆくことを
  私は信ずる
  ゆえに
  私は楽しく幸せだ」
 会場は大拍手に包まれた。この魂の言葉を生命に刻み、アメリカの青年たちは立った。
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2017年11月11日

暁鐘 六十一

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 六十一

 山本伸一がホイットマンの生家を後にした午後四時ごろ、ニューヨーク市にある高校の講堂では、日本からの親善交流団とアメリカのメンバーによる、日米親善交歓会が行われていた。ニューヨークのコーラスグループが「スキヤキ・ソング」(上を向いて歩こう)、「森ケ崎海岸」を日本語で歌い、また、バレエやダンスを披露すると、日本の交流団は、日本各地の民謡や日本舞踊で応え、心和む文化交流のひとときが過ぎていった。
 そして、伸一の詩「我が愛するアメリカの地涌の若人に贈る」が発表されたのである。
 英語で朗読する青年の声が響いた。
 「今 病みゆく世界の中にあって
  アメリカ大陸もまた
  同じく揺れ動きつつ
  病みゆかんとするか
  かつてのアメリカの天地は
  全世界のあこがれと
  新鮮にして
  自由と民主の象徴であった」
 詩のなかで伸一は、妙法を護持した青年には、この愛する祖国アメリカを、世界を、蘇生させゆく使命があると訴えた。
 「声高らかに妙法を唱えながら
  そして社会の大地に
  足を踏まえながら
  根を張りながら
  花を咲かせながら
  あの人のために
  この人のために
  あの町の人のために
  あの遥かなる友のために
  走り語り訴えつづけていくのだ」
 さらに、あらゆる人びとが共和したアメリカは「世界の縮図」であり、ここでの、異なる民族の結合と連帯のなかにこそ、世界平和への図式があることを詠っていった。
 人類の平和といっても、彼方にあるのではない。自分自身が、偏見や差別や憎悪、反目を乗り越えて、周囲の人たちを、信頼、尊敬できるかどうかから始まるのだ。
posted by ハジャケン at 10:58| 山梨 | 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

暁鐘 六十

小説「新・人間革命」〉 小説「新・人間革命」〉 暁鐘 六十

 ホイットマンは一八九二年(明治二十五年)三月、肺炎のため、七十二歳で世を去る。聖職者による葬儀は行われず、友人たちが、仏典やプラトンの著作の一部を読み上げるなどして、彼を讃え、送った。宗教的権威による儀式の拒否は、詩人の遺志であった。
 彼は『草の葉』の初版の序文に記した。
 「新しい聖職者たちの一団が登場して、人間を導く師となるだろう」(注)と。
 一九九二年(平成四年)三月、ホイットマンの没後百周年記念祭が挙行されることになり、その招聘状が、アメリカのホイットマン協会から山本伸一のもとに届く。彼は、どうしても出席することができないため、敬愛する民衆詩人ホイットマンに捧げる詩「昇りゆく太陽のように」を作って贈った。そのなかで、こう詠んだ。
 「誰びとも 他人の
  主人ではなく 奴隷でもない――
  政治も 学問も 芸術も 宗教も
  人間のためのもの
  民衆のためのもの――
  人種的偏見を砕き 階級の壁を破り
  民衆に
  自由と平等を分かち与えるために
  詩人は
  懸命に 力の限り うたいつづけた」
 さらに、彼は詠う。
 「わが胸にあなたは生きる――
  太陽のように
  満々たる闘志と慈愛をたたえ
  たぎりたつあなたの血潮が
  高鳴りゆくあなたの鼓動が
  私に脈打つ
  熱く 熱く 熱く……」
 伸一は、ホイットマンの生家を見学しながら、アメリカ・ルネサンスの往時を偲んだ。そして、“自分も、広宣流布という新たな生命のルネサンス運動を展開していくなかで、生涯、人びとのために、励ましの詩を、希望の詩を、勇気の詩を書き続けよう”と、心に誓ったのである。

 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 ホイットマン著『草の葉』杉木喬・鍋島能弘・酒本雅之訳、岩波書店

 ホイットマンは一八九二年(明治二十五年)三月、肺炎のため、七十二歳で世を去る。聖職者による葬儀は行われず、友人たちが、仏典やプラトンの著作の一部を読み上げるなどして、彼を讃え、送った。宗教的権威による儀式の拒否は、詩人の遺志であった。
 彼は『草の葉』の初版の序文に記した。
 「新しい聖職者たちの一団が登場して、人間を導く師となるだろう」(注)と。
 一九九二年(平成四年)三月、ホイットマンの没後百周年記念祭が挙行されることになり、その招聘状が、アメリカのホイットマン協会から山本伸一のもとに届く。彼は、どうしても出席することができないため、敬愛する民衆詩人ホイットマンに捧げる詩「昇りゆく太陽のように」を作って贈った。そのなかで、こう詠んだ。
 「誰びとも 他人の
  主人ではなく 奴隷でもない――
  政治も 学問も 芸術も 宗教も
  人間のためのもの
  民衆のためのもの――
  人種的偏見を砕き 階級の壁を破り
  民衆に
  自由と平等を分かち与えるために
  詩人は
  懸命に 力の限り うたいつづけた」
 さらに、彼は詠う。
 「わが胸にあなたは生きる――
  太陽のように
  満々たる闘志と慈愛をたたえ
  たぎりたつあなたの血潮が
  高鳴りゆくあなたの鼓動が
  私に脈打つ
  熱く 熱く 熱く……」
 伸一は、ホイットマンの生家を見学しながら、アメリカ・ルネサンスの往時を偲んだ。そして、“自分も、広宣流布という新たな生命のルネサンス運動を展開していくなかで、生涯、人びとのために、励ましの詩を、希望の詩を、勇気の詩を書き続けよう”と、心に誓ったのである。

 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 ホイットマン著『草の葉』杉木喬・鍋島能弘・酒本雅之訳、岩波書店
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2017年11月09日

暁鐘 五十九

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十九

 ホイットマンの生家の一階には、彼の生まれた部屋、応接間、キッチンがあった。
 キッチンにはロウソク製造器やパン焼き器、大きな水入れ、天秤棒などが陳列され、原野での自給自足の生活を偲ばせた。
 二階の部屋には、数々の遺品が展示されていた。直筆原稿のコピー、肖像画、あの悲惨な南北戦争当時の日記……。
 詩集『草の葉』についてのエマソンの手紙もあった。形式を打破した、この革新的な詩は、当初、不評で、理解者は一握りの人たちにすぎなかった。そのなかでエマソンは、ホイットマンの詩に刮目し、絶讃したのである。
 先駆者の征路は、めざすものが革新的であればあるほど、険路であり、孤独である。過去に類例のないものを、人びとが理解するのは、容易ではないからだ。われらのめざす広宣流布も、立正安国も、人類史に例を見ない新しき宗教運動の展開である。一人ひとりに内在する無限の可能性を開く、人間革命を機軸とした、民衆による、民衆自身のための、時代、社会の創造である。
 それが正しい理解を得るには、長い歳月を要することはいうまでもない。広宣流布の前進は、粘り強く対話を重ね、自らの行動、生き方、人格をもって、仏法を教え示し、着実に共感の輪を広げていく、漸進的な歩みであるからだ。しかも、その行路には、無理解ゆえの非難、中傷、迫害、弾圧の、疾風怒濤が待ち受けていることを知らねばならない。
 ホイットマンは詠っている。
 「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて!
  決められた決勝点は取り消すことができないのだ」(注)
 伸一にとってホイットマンは、青春時代から最も愛した詩人の一人であり、なかでも『草の葉』は座右の書であった。
 彼は、同書に収められた、この一節を信越の男子部員に贈り、広布の新しき開拓への出発を呼びかけたことを思い起こした。
 悪戦苦闘を経た魂は、金剛の輝きを放つ。

 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 ウォルト・ホイットマン著『詩集 草の葉』富田砕花訳、第三文明社
posted by ハジャケン at 12:59| 山梨 ☁| 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

暁鐘 五十八

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十八

 午後一時に始まった代表者の集いに続いて、五時過ぎからは、三十人ほどの中心的なメンバーと懇談会を行った。
 席上、山本伸一は語った。
 「ニューヨーク州では、『アイ・ラブ・ニューヨーク』をスローガンに掲げていると伺いました。わが街、わが地域を愛するというのは、すばらしいことです。その心から地域広布も始まります」
 そして、さらに、「アイ・ラブ・ニューヨーク創価学会」を、もう一つの合言葉として、互いに尊敬、信頼し合って進んでほしいと訴えた。そこに、広布推進の要件である“団結”をもたらす、カギがあるからだ。
 このあとも伸一は、青年の代表と懇談した。皆、役員等として、運営にあたったメンバーである。
 青年たちの忌憚のない質問が続いた。指針がほしいとの要望もあった。彼は、次代を担う若人の求道心にあふれた姿が嬉しかった。
 実は、伸一はニューヨークに到着した翌十七日の朝から、アメリカの青年たちに、指針となる詩を贈ろうと、詩作に取りかかっていたのだ。青年と懇談した翌日の二十日朝には、推敲も終わり、詩は完成をみた。
 この日の午後、伸一は、ニューヨーク郊外のロングアイランドにある、大詩人ウォルト・ホイットマン生誕の家を訪ねた。
 伸一がパリからニューヨークに着いた十六日、青年たちから、ホイットマンについての評論集と、その日本語訳が届けられた。そこに添えられた手紙に、「ホイットマンの生家を、ぜひ訪問してください」とあった。彼らの真心に応えたかったのである。
 詩人の家は、樹木が茂り、青々とした芝生が広がるなかに立つ、質実剛健な開拓者魂を宿すかのような二階建てであった。
 伸一の脳裏にホイットマンの「開拓者よ! おお開拓者よ!」(注)の詩が浮かんだ。それは、広布開拓の道を征く創価の精神にも通じる、気宇壮大な詩である。伸一も多くの勇気を得てきた。優れた詩は力を呼び覚ます。

 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 『ホイットマン詩集』白鳥省吾訳、彌生書房
posted by ハジャケン at 08:45| 山梨 | 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

暁鐘 五十七

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十七

 十九日の午後、ニューヨーク州のグレンコーブ市で、山本伸一が出席して、ノース・イースタン方面代表者の集いが開催された。
 この日、メンバーはニューヨークをはじめ、ボストン、フィラデルフィア、さらにはカナダとの国境の町からも駆けつけ、二百人ほどが集ったのである。
 会場の建物は、御本尊を安置した部屋が狭いために、幾つものグループに分かれて勤行を行い、いずれも伸一が導師を務めた。
 さらに、緑陰で懇談会がもたれた。彼は、額に汗を浮かべながら、メンバーの輪の中へ入り、次々と声をかけていった。
 少し沈んだ顔の婦人を見ると、こう言って励ました。
 「信心を貫いていけば、いかなる苦悩の闇も払い、幸福な人生を送っていけることは間違いありません。しっかり唱題し、学会活動に励めば、あなたが太陽となって輝いていきます。一家を、地域を照らし出していけるんです。太陽に涙は似合いません。朗らかな、微笑みの人になってください」
 懇談に続いて、皆で軽音楽を鑑賞した。
 ニューヨークは、世界を代表する文化都市であり、メンバーにも著名な音楽家が多かった。その世界的な奏者たちからなる軽音楽バンドが、「荒城の月」や「オーバー・ザ・レインボー」(虹の彼方に)を演奏していった。
 そうしたメンバーが、常に学会活動の第一線に立ち、家庭訪問などにも積極的に取り組み、会合となれば、喜々として皆のためにイスを運んでいるという。
 それを聞くと、伸一は言った。
 「尊いことです。本当に嬉しい。これが真実の創価学会の姿です。御本尊のもとでは、学会での役職も、社会的な地位や名誉も、いっさい関係ありません。仏道修行には特権階級はない。全員が平等なんです。
 苦労して信心に励んだ分だけ、宿命転換でき、幸せになれる。また、皆が等しく仏子として敬い合っていくのが学会の世界です」
 創価学会には、真の人間共和がある。
posted by ハジャケン at 08:39| 山梨 | 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

暁鐘 五十六

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十六


 山本伸一は、御書を拝し、指導していった。
 「御聖訓には『我等が生老病死に南無妙法蓮華経と唱え奉るは併ら四徳の香を吹くなり』(御書七四〇ページ)とあります。宿命の暗雲に覆われ、不幸に泣いて生きねばならない人もいる。いや、多くがそうかもしれない。
 しかし、私どもは、南無妙法蓮華経と唱えることによって、常楽我浄の香風で、その苦悩の暗雲を吹き払っていくことができる。
 また、『南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり』(同七八八ページ)です。人生には、いろいろな楽しみがあるでしょう。しかし、自身が仏であると覚知し、南無妙法蓮華経と唱えていくことこそが、歓喜のなかの大歓喜であるとの御断言です。
 欲しいものを手に入れたり、名誉や名声を得たりする喜びは、外からのものであり、その喜びは一瞬にすぎず、決して永続的なものではありません。
 それに対して、唱題に励むならば、自身の生命の大宮殿が開かれ、心の奥底から、泉のごとく、最高の喜びの生命、すなわち大歓喜が湧き出でてきます。しかも、いかなる試練にさらされ、逆境に立たされようが、その歓喜の泉が涸れることはありません。
 さらに、御書には『真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり』(同一一七〇ページ)とあります。南無妙法蓮華経と唱える私どもを、諸天善神は、三世十方の諸仏は必ず守ると約束されている。したがって、題目を唱え抜いていくことが、いかなる難も防ぐ秘術となり、それによって人生の最高の幸福を満喫して生きることができる。
 御本尊とともに、唱題とともに生き抜いていくなかに、最高の所願満足の人生があることを確信して、仏道修行に励み、自らの生命を磨いてください。人の言動に右往左往したり、一喜一憂したりするのではなく、唱題に徹して、『私は題目が大好きである』といえる皆さんであってください」
 「唱題の人」とは、晴れ渡る青空の心の人であり、大歓喜の人、幸福の人である。
posted by ハジャケン at 08:31| 山梨 | 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月06日

暁鐘 五十六

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十六


 山本伸一は、御書を拝し、指導していった。
 「御聖訓には『我等が生老病死に南無妙法蓮華経と唱え奉るは併ら四徳の香を吹くなり』(御書七四〇ページ)とあります。宿命の暗雲に覆われ、不幸に泣いて生きねばならない人もいる。いや、多くがそうかもしれない。
 しかし、私どもは、南無妙法蓮華経と唱えることによって、常楽我浄の香風で、その苦悩の暗雲を吹き払っていくことができる。
 また、『南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり』(同七八八ページ)です。人生には、いろいろな楽しみがあるでしょう。しかし、自身が仏であると覚知し、南無妙法蓮華経と唱えていくことこそが、歓喜のなかの大歓喜であるとの御断言です。
 欲しいものを手に入れたり、名誉や名声を得たりする喜びは、外からのものであり、その喜びは一瞬にすぎず、決して永続的なものではありません。
 それに対して、唱題に励むならば、自身の生命の大宮殿が開かれ、心の奥底から、泉のごとく、最高の喜びの生命、すなわち大歓喜が湧き出でてきます。しかも、いかなる試練にさらされ、逆境に立たされようが、その歓喜の泉が涸れることはありません。
 さらに、御書には『真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり』(同一一七〇ページ)とあります。南無妙法蓮華経と唱える私どもを、諸天善神は、三世十方の諸仏は必ず守ると約束されている。したがって、題目を唱え抜いていくことが、いかなる難も防ぐ秘術となり、それによって人生の最高の幸福を満喫して生きることができる。
 御本尊とともに、唱題とともに生き抜いていくなかに、最高の所願満足の人生があることを確信して、仏道修行に励み、自らの生命を磨いてください。人の言動に右往左往したり、一喜一憂したりするのではなく、唱題に徹して、『私は題目が大好きである』といえる皆さんであってください」
 「唱題の人」とは、晴れ渡る青空の心の人であり、大歓喜の人、幸福の人である。
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2017年11月04日

暁鐘 五十五

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十五

 十八日正午、山本伸一は聖教新聞社の社主として、マンハッタンのロックフェラー・センターにあるAP通信社を訪問し、社内を視察したあと、キース・フラー社長らと会談した。人種問題や、マスコミの責任と役割など、多岐にわたって意見交換を行った。
 そのなかで伸一は、世界の出来事を、正しく世界中に知らしめることは、「平和への最高の手段」であると述べ、同社の奮闘と努力に敬意を表した。
 また、経済などの不安が増すと、人間は、理想よりも目先の利益を重視し、理性よりも感情が先行し、排他的な社会がつくられていく懸念があると指摘した。そして、人びとが平和・社会貢献の意識を高めていくには、自分の感情に翻弄されるのではなく、心の師となる真の宗教が必要であると訴えると、フラー社長も大きく頷き、同感の意を示した。
 AP通信社を後にした伸一は、同じマンハッタンにあるパーク・アベニュー・サウスのニューヨーク会館を訪れた。
 ここはビルの一階にあり、八十脚ほどのイスしかない、小さなフロアの会館であった。伸一の訪問を聞いて、多くのメンバーが集って来たため、会場は立錐の余地もなかった。
 「グッド アフタヌーン!(こんにちは!) お会いできて嬉しい。ニューヨークの広宣流布を、また、皆さんの健康と幸せ、ご一家の繁栄を願って、一緒に勤行をしましょう」
 伸一は、ニューヨークの同志が一人も漏れなく信心を全うし、崩れざる幸福境涯を築くとともに、社会にあって信頼の柱に育ってほしいと念願しながら、深い祈りを捧げた。
 そのあと、信心の基本中の基本である、南無妙法蓮華経の偉大なる力と、唱題の大切さについて語っていった。
 御本尊への祈りこそ、信心の根本である。それを人びとに教えるための組織であり、学会活動である。広宣流布への前進の活力も、宿命転換への挑戦も、また、団結を図っていくにも、各人が御本尊への大確信に立ち、強盛な祈りを捧げることから始まる。
posted by ハジャケン at 10:16| 山梨 | 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月03日

暁鐘 五十四

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十四

 山本伸一は、アメリカには日系人のリーダーも多いことから、日々の活動を推進するうえでの留意点を、語っておこうと思った。
 「特に、日系人のリーダーは、日本と同じ感覚に陥らないように注意してほしい。
 アメリカは多民族国家であり、人びとの考え方も、価値観も多様です。それだけに、大前提となる基本的な事柄も、一つ一つ確認して、合意を得ていくことが必要になります。日本社会のように、『言わずもがな』とか、『以心伝心』などという考えでいると、誤解を生じかねません」
 さらに、世界広布を進めるうえで、心を合わせていくことの重要性を訴えた。
 「アメリカに限らず、すべての国のメンバーは、各国の法律や慣習等を順守し、尊重しながら、よき市民として、仲良く、活動を進めていただきたい。『異体同心なれば万事を成じ』(御書一四六三ページ)です。同志は心を一つにして、世界広布の流れを加速させ、永遠ならしめていかなければならない。
 その広宣流布の原動力こそ、創価の師弟です。したがって、リーダーはメンバーを自分につけるのではなく、皆が師弟の大道を歩めるように指導していくことが肝要です。
 それには、リーダー自身が、清新な求道の心で、創価の本流に連なっていくことです。自分中心というのは、清流を離れた水たまりのようなものです。やがて水は濁り、干上がってしまう。メンバーを、幸福と平和の大海へと運ぶことはできない。
 また、広宣流布の機軸に、歯車を嚙み合わせていかなければ、回転は止まってしまう。仮に回っていても、空転です。
 ゆえに、どこまでも、創価の本流に連なろう、歯車を嚙み合わせていこう、呼吸を合わせていこうとすることです。これが、世界広布に進むリーダーの心でなければならない」
 創価学会は、世界宗教として大きく飛躍する時を迎えている。そのための最も大切な要件は、広宣流布の信心に立ち、揺るぎない異体同心の団結を築き上げていくことである。
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2017年11月02日

暁鐘 五十三

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十三

 大西洋を越えて、山本伸一の一行がニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港に到着したのは、現地時間の十六日午後三時前であった。ニューヨークは六年ぶりの訪問である。
 このニューヨークでは、以前、現地の宗門寺院に赴任した住職が狡猾に学会批判を重ね、それに紛動された人たちによって組織が攪乱され、なかなか団結できずにいた。伸一は、徹底してメンバーと会い、地涌の使命に生きる創価学会の確信と誇りを、一人ひとりに伝え抜いていこうと心に決めていた。
 また、アメリカの広宣流布は、ロサンゼルスなど西海岸が先行しており、ニューヨークなど東海岸での広布の伸展が、今後の課題でもあった。そのためにも人材を育てたかった。
 彼は、この日も、翌日も、ニューヨークを含むノース・イースタン方面の中心幹部らと何度となく懇談し、指導を重ねた。
 「アメリカは、自由の国ですから、皆の意思を尊重することが大事です。幹部が一方的に、自分の意見を押しつけるようなことがあってはなりません。必ず、よく意見交換したうえで、物事を進めていくべきです。
 もし、意見が食い違った場合には、感情的になったり、反目し合ったりするのではなく、御本尊、広宣流布という原点に立ち返り、一緒に心を合わせて唱題していくことです。
 御聖訓に、『仏法と申すは道理なり』(御書一一六九ページ)と仰せのように、活動方針などを打ち出す際にも、皆が納得できるように、理を尽くすことです。つまり、常に道理にかなった話をするように心がけてください。道理は万人を説得する力となる。その意味からも教学力を磨いていただきたい。
 御書が、それぞれの生き方に、しっかりと根差していけば、同志を軽んじたり、憎んだりすることも、妬んだり、恨んだりすることもなくなり、心を合わせていくことができる。
 御書は、自分の規範であり、生き方を映し出す鏡です。したがって、人を批判する前に、自分の言動や考え方を、御書に照らしてみることです。それが仏法者です」
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2017年11月01日

暁鐘 五十二

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十二

 山本伸一は、小会合の大切さも強調した。
 「小さな会合を、着実に重ねていくことです。メンバーがそろわないことがあっても、また声をかけ、よく励まし、疑問があれば、納得するまで語り合い、友情と信頼の絆を結んでいくことが大事なんです。
 寄せ返す波が岩を削るように、月々、年々に小会合を続けていけば、それが団結と前進の力になっていきます。地道な、目立たぬところに、同じことの繰り返しのなかに、いっさいの勝敗を決する生命線があるんです」
 また彼は訴えた。
 「ナチスと戦ったフランスのレジスタンス運動は、よく知られています。
 皆さんは、日蓮大聖人の仏法を根本とし、自分の己心の魔、堕落へのレジスタンスを進めていただきたい。また、世の中の不幸を幸福へと変えていくための、仏法のレジスタンス運動を展開していってください。
 そして、一人ひとりが、生活のうえで、現実のうえで、自身の人格の輝きを示し、誰からも信頼され、慕われる、地域の柱となってください。愛するフランスのために!」
 
 伸一は、五月十六日にソ連からヨーロッパ入りして以来一カ月、行く先々で信心懇談会を開き、激励、指導に徹してきた。そこにこそ、ヨーロッパ広布の新時代を開く、確かなる方途があるからだ。未来の建設は、人を育てることから始まる。
 また、彼は、“日蓮仏法は世界宗教である。そうであるならば、二十一世紀の広宣流布の潮は、世界の各地から起こしていかねばならない”と、強く思っていたのである。
 六月十六日午前、伸一は、宿舎のホテルに、既に旧知の間柄であるパリ大学ソルボンヌ校のアルフォンス・デュプロン名誉総長夫妻の訪問を受け、“ヨーロッパ文化”や大学教育について意見交換した。
 この日の午後、伸一の一行は、シャルル・ド・ゴール空港からアメリカ・ニューヨークへと飛び立った。広布の旅路は、常に新しき闘魂をたぎらせ、進む、連続闘争である。
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2017年10月31日

暁鐘 五十一

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十一

 広宣流布は、団結の力によってなされる。そして、団結といっても、皆がいかなる人間観をもっているかが、重要な決め手となる。ゆえに、山本伸一は、誰もが使命の人であるという仏法の人間観に立ち返って、団結について語っておこうと思った。
 「皆が等しく広宣流布の使命をもっていても、個々人の具体的な役割は異なっています。たとえば、一軒の家を建てる場合でも、土台を建設する人や大工仕事をする人、内装工事を行う人など、それぞれが責任をもって作業をすることで、立派な家が完成する。
 広宣流布の大偉業も、さまざまな役割の人が集まり、それぞれの分野、立場で、個性を発揮しながら、力を合わせることによってなされていく。分野、立場の違いはあっても、それは、人間の上下などではありません。
 したがって同志は、互いに個性、特性を、尊重し、励まし合い、信心の連帯を強めながら、前進していかなくてはならない。これが異体同心という、仏法の団結の姿です。
 学会にも組織はありますが、それは活動を合理的に推進していくための機能上の問題にすぎない。したがって、役職は一つのポジションであり、人間の位などでは決してない。
 ただ、役職には責任が伴う。ゆえに、幹部は人一倍、苦労も多い。同志は、皆のために働くリーダーを尊敬し、協力し、守っていくことが大事になります」
 また、リーダーの在り方にも言及した。
 「幹部の方々は、心の余裕をもち、決して感情的になったりせずに、皆を大きく包容していただきたい。リーダーがピリピリし、何かに追われ、押しつぶされそうな状態では、日々、楽しく、同志を善導していくことはできないし、それでは後輩がかわいそうです。
 これから、最も幹部に求められていくのは包容力であり、温かい人間性です。いかに人格を高めるかが、信仰の力の証明となっていきます。どうか、自身を見詰め、自らを成長させようと、真剣に唱題し、仏道修行に励んで、境涯を開いていってください」
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2017年10月30日

暁鐘 五十

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 五十

 詩を読み上げる力強い声が会場に響く。
 フランスの青年たちの瞳が輝き、新しき世紀への旅立ちの決意が燃える。
 「今ここに 立ちたる青年の数二百名
  君達よ
  フランス広布の第二幕の
  峰の頂上に立ちて
  高らかなるかっさいと
  凱歌をあげるのだ
  そのめざしゆく指標の日は
  西暦二〇〇一年六月十四日
  この日なりと――」
 朗読が終わった。一瞬の静寂のあと、感動と誓いの大拍手が広がった。
 この日、フランスの青年たちの胸に、二〇〇一年という広布と人生の目標が、明確に刻まれたのである。
 目標をもつ時、未来の大空に太陽は輝き、美しき希望の虹がかかる。人生に目標があれば、歩みの一足一足に力があふれる。
 山本伸一は、全参加者と共に記念のカメラに納まり、新しい旅立ちを祝し、励ました。
 「まず、二十年後をめざそう。人びとの幸福のため、平和のために、忍耐強く自らを磨き鍛えて、力をつけるんだよ。自分に負けないことが、すべてに勝つ根本だよ」
 ――「ねばり強さだけが、目標の達成への道なのだ」(注)とは、人生の勝利を飾る要諦を示した、詩人シラーの箴言である。
    
 伸一が、パリでも力を注いだのは、信心懇談会であった。特に青年たちとは、折々に語らいの場を設け、信心の基本や仏法者の生き方などを語っていった。
 彼は、皆を二十一世紀を担う大人材に育てたかった。だから自身の生命を紡ぎ、捧げる思いで真剣に語らいを重ねた。
 ある懇談会では、こう訴えた。
 「仏法では、皆が広宣流布を担う尊き“使命の人”であり、地涌の菩薩であると説いている。その使命を自覚した時、人は最高最大の力を発揮していくことができるんです」

 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 『フリードリッヒ・シラー詩集』ヨーヘン・ゴルツ編、インゼル出版社(ドイツ語)
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2017年10月28日

暁鐘 四十九

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 四十九

 三人の青年たちのうち、一人の女子部員が口を開いた。
 「私は一年前に信心を始めました。私の住む町では、信心をしているのは私だけです。座談会の会場にいくにも数時間かかります。こんな状況のなかでも、地域に仏法理解の輪を広げていくことはできるのでしょうか」
 すかさず、山本伸一は答えた。
 「心配ありません。あなたがいるではありませんか。すべては一人から始まるんです。
 あなた自身が、その地域で、皆から慕われる存在になっていくことです。一本の大樹があれば、猛暑の日には涼を求めて、雨の日には雨宿りをしようと、人びとが集まってきます。仏法を持ったあなたが、大樹のように、皆から慕われ、信頼されていくことが、そのまま仏法への共感となり、弘教へとつながっていきます。
 自身を大樹に育ててください。地域の立派な大樹になってください」
 電車がパリ会館のあるソー駅に着くころには、詩はすべて完成した。題名は「我が愛する妙法のフランスの青年諸君に贈る」とした。
 一行が会館に到着すると、メンバーによって、直ちに翻訳が開始された。
 伸一は、ヨーロッパ会議議長の川崎鋭治らと打ち合わせを行った。彼は言った。
 「青年部の第一回代表者大会が行われる今日を、『フランス青年部の日』としてはどうだろうか。それを、川崎さんの方から、皆に諮ってみてください」
 この日、パリ会館では、二日目となる友好文化祭や、フランス最高協議会が行われ、午後五時半、フランス青年部代表者大会が、意気軒昂に開催された。
 この席上、川崎が、「六月十四日を『フランス青年部の日』に」という伸一の提案を伝えると、賛同の大拍手が沸き起こった。
 さらに、フランス男子部のリーダーによって、詩「我が愛する妙法のフランスの青年諸君に贈る」が読み上げられていった。
 皆、伸一の魂の叫びを聴く思いがした。
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2017年10月27日

暁鐘 四十八

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 四十八

 地下鉄の中でも、山本伸一の口述は続いた。
 同行のメンバーは、懸命にメモ帳にペンを走らせる。
 チュイルリー駅から三つ目のシャトレ駅で、郊外に向かうB線に乗り換える。“動く歩道”でも、電車を待つ間も口述を重ねた。
 「今 社会は
  夕陽の落ちゆくごとく
  カオスの時代に入った
  故に我らは今
  新しき太陽の昇りゆくごとく
  平和と文化の
  新生の歌と曲を奏でゆくのだ
  多くの新鮮な
  友と友の輪を広げながら
  老いたる人も 悩める人も
  求める人も 悲しみ沈む人も
  すべての人の心に光を当てながら
  すべての人の喜びを蘇生させながら
  我らは絶えまなく
  前進しゆくのだ」
 彼の瞼に、新世紀の広布に生きる、凜々しき青年たちの雄姿が浮かんだ。
 「新しき世界は
  君達の
  右手に慈悲 左手に哲理を持ち
  白馬に乗りゆく姿を
  強く待っている」
 電車を乗り換えてほどなく、伸一の口述は終わった。実質、十分ほどであった。
 同行のメンバーが、走り書きしたメモを急いで清書する。彼は、それを見ながら、推敲し、ペンで直しを入れていく。
 その時、「センセイ!」という声がした。
 三人のフランス人の青年男女が立っていた。数百キロ離れたブルターニュ地方から、パリ会館へ向かうところだという。
 「ご苦労様。遠くから来たんだね。長旅で疲れていないかい?」
 青年を大切にしたいという思いが、気遣いの言葉となった。
 青年こそ希望であり、社会の宝である。
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2017年10月26日

暁鐘 四十七

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 四十七

 山本伸一は、パリにあっても、要人や識者と対話を重ねる一方で、メンバーの激励に全力を尽くした。
 パリに到着した翌日の十一日には、フランスの青年メンバーとの信心懇談会に臨み、十二日にはパリ会館を訪問し、勤行会に集った人たちを激励。さらに、懇談会を行っている。十三日は、パリ会館での友好文化祭、フランス広布二十周年記念の銘板除幕式、記念勤行会へ。十四日は、フランス最高協議会などに出席した。
 また、パリ滞在中も、多くのメンバーと記念撮影を行い、家庭訪問にも足を運んだ。
 二十一世紀の大飛躍のために、今こそ、青年を中心に、信心の基本を、創価の精神を、一人ひとりに伝えていかねばならないと決意していたのである。
 十四日午前、伸一は、宿舎のホテルから、ルーブル美術館に隣接するチュイルリー公園沿いの通りを歩いていた。地下鉄と電車を乗り継いで、ソー市のパリ会館へ行くためである。前日も電車を利用していた。日ごろ皆が、どんな状況で活動に励んでいるかを、知っておきたかったのである。
 地下鉄のチュイルリー駅の階段を下り、構内に入った時、彼は同行の幹部に言った。
 「今日は、パリ会館では、青年部の第一回代表者大会が行われることになっていたね。青年たちの新しい出発のために、詩を贈ろう。言うからメモしてくれないか」
 わずかな時間であっても、広宣流布のために、有効に使いたかったのである。
 ホームで口述が始まった。
 「今 君達は
  万年への広宣流布という
  崇高にして偉大な運動の
  先駆として立った
  正義の旗 自由の旗
  生命の旗を高く掲げて立った
    
  二十一世紀は 君達の世界である
  二十一世紀は 君達の舞台である」
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2017年10月25日

暁鐘 四十六

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 四十六

 フランス上院の議場を見学した山本伸一は、公邸で、ポエール議長と会談した。議長は、創価学会に強い関心をもち、かねてから親しく話し合えることを願っていたという。
 また、人間尊重と平和への理念のもと、今回、伸一が、ソ連、ブルガリアなど、社会体制の異なる国々を訪問して要人とも会見し、平和・文化交流を重ねていることに対して、共感しているとの感想を語った。
 平和のためには、異なる体制、異なる文化の国々との交流が大切になる。しかし、多くの人は、その交流を避けようとする。それだけに、彼の行動に議長は着目していたのだ。
 伸一は、自らの平和への信念について簡潔に訴えた。
 「売名のため、あるいは観念で、平和や生命の尊重を語る人もいるかもしれない。しかし、平和を切実に願う人びとや、純粋な青年たちは、鋭く見ています。
 大切なのは、実際に何をしたかという、事実のうえでの行動です。私は、その信念で動いています。そうでなくては、次代を担う青年たちに、平和への真実の波動をもたらすことなどできません。私は真剣なんです。
 創価学会は、戦時中、軍部政府の激しい弾圧を受けました。それによって、牧口初代会長は獄死し、戸田第二代会長をはじめ、多くの幹部が投獄されています。また、私個人としても、戦争で兄を失い、戦禍の悲惨さも身に染みています。
 だからこそ私は、戦争のない世界を創らねばならないと、生命の尊厳の法理である仏法を信奉し、その平和主義を実現するために、行動しております」
 語らいは弾んだ。議長は、自身のレジスタンス運動の体験を語っていった。
 話題は、フランス大統領を務めたド・ゴールなどの人物論から、人間の生き方に及び、三時間にわたって意見交換がなされた。
 「人間は、自分より不幸な人を助けなければならない」――それが議長の信念である。
 平和への共鳴音が、また広がっていった。
posted by ハジャケン at 09:18| 山梨 ☁| 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月24日

暁鐘 四十五

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 四十五

 ビクトル・ユゴーは、独裁化する大統領のルイ・ナポレオン(後のナポレオン三世)によって弾圧を受け、亡命を余儀なくされた。そのなかで、大統領を弾劾する『小ナポレオン』『懲罰詩集』を発表し、この亡命中に、大著『レ・ミゼラブル』を完成させている。フィレンツェを追放されたダンテが『神曲』を創ったように。
 彼らが、最悪の状況下にあって、最高の作品を生んでいるのは、悪と戦う心を強くしていったことと無縁ではなかったであろう。
 悪との命がけの闘争を決意し、研ぎ澄まされた生命には、人間の正も邪も、善も悪も、真実も欺瞞も、すべてが鮮明に映し出されていく。また、悪への怒りは、正義の情熱となってたぎり、ほとばしるからだ。
 彼が祖国フランスに帰還するのは、ナポレオン三世が失脚したあとであり、亡命から実に十九年を経た、六十八歳の時である。
 彼の創作は、いよいよ勢いを増していく。
 彼の心意気は青年であった。人は、ただ齢を重ねるから老いるのではない。希望を捨て、理想を捨てた刹那、その魂は老いる。
 「わたしの考えは、いつも前進するということです」(注)とユゴーは記している。
 山本伸一は、ユゴーの業績をとどめる上院議場を見学して、蘇生の新風が吹き抜けていったように感じた。
 彼は、この時、思った。
 “文豪ユゴーの業績を、その英雄の激闘の生涯を、後世に残すために、展示館を設置するなど、自分も何か貢献していきたい”
 その着想は、十年後の一九九一年(平成三年)六月、現実のものとなる。パリ南郊のビエーブル市に、多くの友の尽力を得て、ビクトル・ユゴー文学記念館をオープンすることができたのである。記念館となったロシュの館には、ユゴーが何度も訪れている。
 ここには、文豪の精神が凝縮された手稿、遺品、資料など、貴重な品々が公開、展示され、ユゴーの人間主義の光を未来に放つ“文学の城”となったのである。

 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 ユゴー著『九十三年』榊原晃三訳、潮出版社
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2017年10月23日

暁鐘 四十四

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 四十四

 広宣流布は、常に新しき出発である。希望みなぎる挑戦の旅路である。
 十日午後三時半過ぎ、山本伸一の一行は、五十人ほどの地元メンバーに送られ、マルセイユを発ち、鉄路、パリへと向かった。約七時間ほどの旅である。
 伸一の間断なき奮闘の舞台は、花の都パリへと移った。
 パリ滞在中、十一日には、歴史学者の故アーノルド・トインビーとの対談集『生への選択』(邦題『二十一世紀への選択』)のフランス語版の出版記念レセプションに出席した。
 翌十二日には、美術史家でアカデミー・フランセーズ会員のルネ・ユイグと会談し、前年九月にフランス語で発刊された二人の対談集『闇は暁を求めて』や、ビクトル・ユゴーなどをめぐって意見交換した。
 そして十五日には、フランス議会上院にアラン・ポエール議長を訪ね、議長公邸で初の会談を行った。
 会談に先立ち、議長の厚意で議場を見学した。ここは由緒あるリュクサンブール宮殿であり、上院議員としても活躍したビクトル・ユゴーの部屋もあった。そこで、ひときわ目を引いたのが、壁に飾られたユゴーのレリーフであった。ヒゲをたくわえ、剛毅さにあふれた彼の顔が浮き彫りされていた。
 荘厳な本会議場には、ユゴーが座っていた議席があった。そこには記念板が取り付けられ、机の上には彼の横顔を彫った金の銘板がはめ込まれ、不滅の業績を讃えていた。
 伸一は、その席に案内してもらった。貧困の追放を、教育の改革を、死刑の反対を訴えた彼の熱弁が響いてくるかのようだった。
 類いまれな文学の才に恵まれ、二十三歳でフランス最高の栄誉であるレジオン・ドヌール勲章を受章した彼が、政界に入ったのは一八四五年、四十三歳の時である。人びとの困窮など、現実を看過することはできなかった。彼は、「文の人」であるとともに、「行動の人」であった。それは、まぎれもなく「人間」であるということであった。
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2017年10月21日

暁鐘 四十三

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 四十三

 九日正午、山本伸一たちは、マルセイユを訪れた。小高い丘の上に四角い鐘楼がそびえていた。ノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院である。丘に立つと、地中海のコバルト色の海に浮かぶ、石造りの堅固な城壁に囲まれた小島が見える。
 『巌窟王』の邦訳名で知られる、アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』の舞台となったシャトー・ディフである。
 本来、シャトー・ディフは、要塞として造られたが、脱出が困難なことから、政治犯などを収容する牢獄として使われてきた。
 エドモン・ダンテス(後のモンテ・クリスト伯)も、十四年間、ここに幽閉されていた人物として描かれている。
 戦時中、二年間の獄中生活を経て出獄した恩師・戸田城聖は、“巌窟王のごとく、いかなる苦難も耐え忍んで、獄死された師の牧口先生の敵を討つ! 師の正義を、断固、証明し、広宣流布の道を開く!”と、固く心に誓い、戦後の学会再建の歩みを開始した。
 ナチスの激しい弾圧に耐え、勝利したフランスのレジスタンス(抵抗)運動にも、まさに、この“巌窟王の精神”が脈打っているように、伸一には思えた。
 巌窟王とは、勇気の人、不屈の人、信念の人であり、忍耐の人である。広宣流布は、そうした人がいてこそ、可能になる。ゆえに、いかなる困難にも決して退くことなく、目的を成就するまで、粘り強く、執念をもって前進し続けるのだ。そこに立ちはだかるのは、“もう、いいだろう”“これ以上は無理だ。限界だ”という心の障壁である。それを打ち破り、渾身の力を振り絞って、執念の歩みを踏み出してこそ、勝利の太陽は輝く。
 伸一は、フランスの、ヨーロッパの青年たちの姿を思い浮かべ、二十一世紀を仰ぎ見ながら、願い、祈った。
 “出でよ! 数多の創価の巌窟王よ! 君たちの手で、新世紀の人間共和の暁鐘を打ち鳴らしてくれたまえ”
 太陽を浴びて、海は銀色に光っていた。
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2017年10月20日

暁鐘 四十二

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 四十二

 山本伸一は、ここで、仏法で説く「発心」について語っていった。
 「『発心』とは、『発菩提心』という意味である。簡単に申し上げれば、悟りを求める心を起こすということであり、成仏への決心です。
 人生をより良く生きようとするには、『汝自身とは何か』『汝自身のこの世の使命とは何か』『汝自身の生命とは何か』『社会にいかなる価値を創造し、貢献していくか』等々、根源的な課題に向き合わざるを得ない。
 その解決のために、求道と挑戦を重ね、仏道修行即人間修行に取り組んでいくことが『発心』であり、それは向上心の発露です」
 彼は、仏法の法理や仏法用語を、いかにわかりやすく、ヨーロッパの友に伝えるか、心を砕いていた。どんなに深遠な法理であっても、人びとが理解できなければ、結局は、価値をもたらすことはないからだ。仏法の現代的展開にこそ、人類の至極の智慧を、世界共通の精神の至宝とする方途がある。
  
 翌八日には、夏季研修会の掉尾を飾って、友好文化祭が開催された。
 イギリスの同志は熱唱した。
  
 〽心と心のふれあいに
  強き絆に結ばれて
  自由の道を拓きゆく
  たとえ道は長くとも
  希望の光かかげつつ
  
 デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの同志が、花柄のスカーフをなびかせて踊れば、スペインの同志は陽気に舞い、黒いハットを場内に投げる。ベルギーのメンバーは、「同志の歌」をバックに創作舞踊を披露。西ドイツ、スイス、ギリシャ……と続く。
 “私は負けない! 断じて勝つ!”――広宣流布へ、皆の心は一つにとけ合い、歌声が勝利山(サント・ビクトワール山)にこだまする。欧州は一つになった。それは、世界の平和をめざす、人間の魂と魂の連合であった。
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