2017年08月21日

名字の言〉 2017年8月21日

万博に日本が初出展したのは、150年前の1867年(慶応3年)。開催地パリに渡った代表団の中に、実業家の渋沢栄一がいる▼彼は他国の文明の中でも、特に新聞の存在に驚いた。「三世ナポレオンが試みた演説の如きも翌朝の新聞に報道され(中略)直に内容を知る事が出来ました」「新聞紙と云ふものは小にしては世間万般の出来事より、大にしては国家緊要の重要問題に至る迄、一々之れを報道して世間一般に広く知らしめると云ふ誠に面白いもの」と(山本七平著『渋沢栄一 近代の創造』祥伝社)▼新聞が社会に果たしてきた役割は計り知れない。戸田先生もまた、この点に着目し、「一つの新聞をもっているということは、実に、すごい力をもつことだ」と語った▼取材で話を伺う際、同志が「この記事にどれほど励まされたか」と、色あせた本紙の切り抜きを“宝物”のように見せてくれることがある。渋沢は新聞の速報性に驚嘆したが、本紙は一方で、これほど心の奥深くに届き、長く大切にされる新聞でもあるのだと痛感する▼戸田先生が先の言葉を池田先生に語ったのは1950年8月24日。この日が「聖教新聞創刊原点の日」となった。読者、配達員をはじめ、本紙を支えてくださる全ての方に感謝し、精進を誓う。(鉄)
posted by ハジャケン at 08:28| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする