2017年08月20日

真のデモクラシー

 現代人には「舜何人【しゅんなにびと】ぞや我何人【われなにびと】ぞや」
 の観念が横溢【おういつ】して居る。
 けれども古人の謂【い】う意味と現代人の考える所とはまるで正反対である。
 現代人は舜何人ぞや? 舜も亦人ではないか。
 我々と同じ人間ではないか。
 彼もやはり娥皇【がおう】・女英【じょえい】という二人の女を持って、
 性欲も虚栄も野心もあった男だ。
 英雄崇拝とか哲人礼讃等は、
 要するに封建時代の奴隷的服従思想の遺伝であると嘲笑する。
 然【しか】し、かくて人間を平等視して自ら寛くする【、、、、、、】
 ことはあさましい理知の戯【たわむ】れに過ぎない。
 真【まこと】のデモクラシーやはり一切の人に良知を認め、
 人格を容【ゆる】して、一切の人を聖境【せいきょう】に
 高めんとする思想でなければならぬ。
 デモクラシーを単に外面生活に限るならば格別、
 之を以て内面生活を抹殺し去ろうとするのは
 許すべからざる人性【じんせい】の冒涜【ぼうとく】である。
 人間の向上を遮蔽【しゃへい】するものである。
 然しながら至深至奥【ししんしおう】な本性【ほんせい】の要求は
 是【かく】の如き時代思想に満足することは出来ないで、
 自己を高め救うべき何ものかを復【また】求めずには居られない。
posted by ハジャケン at 09:53| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする