2017年08月19日

亡国の姿

 私の時々思い出す古人の警語の一に、
 王者は日に敬【つつ】しみ、
 覇者は時に敬しみ、
 僅かに存するのみなる国は危くして而る後之を戚【うれ】え、
 亡国は亡に至って而る後亡を知り、
 死に至って而る後死を知る。(荀子・彊国)
 ということがある。
 痛切・骨に響くものがあるではないか。
 王者は一日一日を大切にする。
 日日是れ好日たり得るは、
 日々是れ敬日に力めるからである。
 覇者になると、王者と違って力の政治であるから、
 時々油断がならない。時に敬しむ所以である。
 どうやらこうやら存在しているにすぎない様な
 自主自立性の乏しい間抜けた国は、
 危くなってから、やっと心配し始める。
 だめな国はどうにもならなくなって、やっとそれがわかる。
死ぬところまで落ちこんで、やっと死ぬのかと狼狽するのである。
posted by ハジャケン at 10:17| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする