2017年03月29日

阿仏房尼御前御返事P1307

但(ただ)し謗法に至って浅深あるべし、偽り愚かにしてせめざる時もあるべし、真言・天台宗等は法華誹謗(ひぼう)の者いたう呵(か)責(しゃく)すべし、
然れども大智慧の者ならでは日蓮が弘通の法門分別しがたし、然る間まずまず・さしをく事あるなり立正安国論の如し、
いふと・いはざるとの重罪免れ難し、云って罪のまぬがるべきを見ながら聞きながら置いていましめざる事・眼耳の二徳忽に破れて大無慈悲なり、
章安の云く「慈無くして詐(いつわ)り親むは即ち是れ彼が怨なり」等云云、重罪消滅しがたし弥(いよいよ)利益の心尤も然る可きなり、
軽罪の者をば・せむる時もあるべし・又せめずしてをくも候べし、自然になをる辺(へん)あるべし・せめて自他の罪を脱(まぬが)れて・さてゆるすべし、
其の故は一向謗法になれば・まされる大重罪を受くるなり、彼が為に悪を除けば即ち是れ彼が親なりとは是なり―――
 阿仏房尼御前御返事P1307
posted by ハジャケン at 09:00| 山梨 ☀| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする