その一つが、「おとしよりの集い」であった。(P33)
仏法は平等である。広宣流布のために尽力していくならば、誰も称賛してくれることはなくとも、御本仏が必ず御称賛くださる。また、それはすべて、偉大なる功徳、福運となって、自身を荘厳していくことは間違いない。
しかし、伸一は会長として、そうした同志を称え、慰労したかった。"陰の人″への配慮は指導者の義務といえるからだ。
大聖人御自身も、常に、"陰の人″への配慮に徹してこられた。
御書を拝すると、随所に、日ごろ接する機会のない、門下の夫人や老親への、思いやりあふれる労いの御言葉が記されている。特に、高齢者への深い真心のこもった御振る舞いには、強い感動を覚える。
たとえば、下総の中心者である富木常忍が、大聖人に「帷」を御供養申し上げた時があった。「帷」とは夏用の着物である。それは齢九十になる老母が、愛息の常忍のために、精魂込めて縫い上げたもののようである。常忍は、自分などでは、この母の尊い真心に応えることができないと考えたのであろうか、その「帷」を大聖人に御供養した。
母親は高齢である。目も悪く、手先もおぼつかないなかで、命を削る思いをしながら、一生懸命に縫ったのであろう。
大聖人は、「我と両眼をしぼり身命を尽くせり」(御書九六八ページ)と述べられ、母親の苦労を思いやっておられる。そして、御自身も、母親の恩に報ずることは難しいが、お返しするべきでもないので、この着物を身に着けて、日天の前で、その由来を詳細に報告しましょうと言われている。
「老いたる親」「老いたる母」の健気なる心を、大聖人は慈しまれた。ともに泣き、ともに喜ばれ、安心と希望を与えられた。"どこまでも、私たちは一緒ですよ。何も心配いりませんよ″――その大聖人の慈愛に温かく包まれて、老年の門下は、わが人生の総仕上げを恐れなく飾っていったにちがいない。
山本伸一も、この大聖人の御心を、わが心としていかなければならないと、常に、自分に言い聞かせてきたのである。
五月十四日、伸一は、東京・神田の共立講堂で行われた、東京の「おとしよりの集い」に出席した。
最後に、伸一があいさつに立ち、率直な自分の心情を語っていった。
「皆様方が、本当に元気で、また、大変に喜んでくださっている姿を拝見いたしまして、私も、心から感動しております。ありがとうございました。
私は、皆様方から見るならば、子供のような年齢でございます。しかし、戸田先生の後を継いで、会長となったからには、一生懸命に、同志の皆様のために、真心をもって、尽くし抜いてまいる決意です。
皆様は、この泥沼のような世の中にあって、御本尊を抱き締め、歯を食いしばって、信心に励んでこられた。そして、どんなに悪口を言われ、蔑まれても、不孝な人を救おうと、折伏行に邁進してこられた。また、広宣流布の活動に励むご家族などの、陰の力となって、守り続けておられる。その尊い皆様方が、幸福を満喫しながら、大威張りで信心ができ、悠々と人生を生きていくために、私は外護の任を全うしてまいりますので、どうか、よろしくお願い申し上げます。
ところで、お詫びしなければならないことがございます。最初、私は、この催しを『老人の集い』にしようと申し上げましたところ、あるお年寄りの方から、お叱りを受けてしまいました。『信心をしている人に、老人はおりません。私たちは、男子部、女子部のような青年の気持ちで、信心に励んでいるんですよ』と。
確かにそうだ。申し訳ないことを言ってしまったと思って、急いで会場の看板を、『おとしよりの集い』に変えさせていただいたのですが、それでも、まだ胸が痛むのです。
しかし、御書には『不老不死』とございますので、この『不老』のうちの一字を取って、『老人』と言ったとお考えいただき、お許し願いたいと存じます」
笑いと拍手が起こった。(P33-P38)
伸一は、さらに、強い確信を込めて語った。
「大聖人は"現在は法華経の行者であるのだから、未来の成仏は間違いない。また、過去世も地湧の菩薩として、虚空会の儀式にもいたのであろう″と仰せになり、『三世各別あるべからず』(御書一三六〇ページ)と断言されております。
皆様方が、日々、題目を唱え、広宣流布に貢献されながら、幸福を満喫されているということは、未来の成仏も、絶対に間違いありません。
若くても、老いている人もいる。年は老いても若い人もいる。人間の若さの最大の要因は、常に向上の心を忘れない、柔軟な精神にあるといえます。
また、人間の幸福は、人生の晩年を、いかに生きたかによって決まるといえます。過去がどんなに栄光に輝き、幸福であったとしても、晩年が不幸であり、愚痴と恨みばかりの日々であれば、これはど悲惨なものはあけません。
さらに、幸福は、財産によって決まるものではない。社会的な地位や名誉によって決まるものでもない。幾つになっても、生きがいをもち、使命をもって、生き抜くことができるかどうかです。
信心をしてこられた、人生の大先輩である皆様が、お元気で、はつらつと、希望に燃え、悠々と日々を送られていること自体が、仏法が真実である最大の証明であります。
皆様方が、いつまでもお元気で、長寿であられんことをお祈り申し上げ、本日のあいさつとさせていただきます」
これで、「おとしよりの集い」は終了となった。(P38-P39)
このあと、伸一には、学会本部での理事たちとの打ち合わせが控えていた。
しかし、彼は、退場すると、そのまま会場の正面玄関に回り、参加者の激励にあたった。
人の命には限りがある。今、この時に、会って励ましておかなければ、生涯、会えなくなっでしまう人もいるかと思うと、一人ひとりに声をかけずにはいられなかった。
「ご苦労様! おばあちゃんは、お幾つ?」
「はい、八十三です」
「そうですか。大変に若々しい。いついつまでも、お元気で!」
参加者は、伸一が差し出した手を強く握り締めながら、満面に笑みの花を咲かせるのであった。なかには喜びのあまり、目に涙を浮かべる人もいた。
言葉は光である。たった一言が、人間の心に、希望の光を送ることもある。
彼は、命を振り絞るようにして、"励ましの言葉″"称賛の言葉″"勇気の言葉″を紡ぎ出し、参加者に語りかけた。(P39-P40)


