2017年04月22日

雌伏 二十五

小説「新・人間革命」〉 雌伏 二十五

 山本伸一は、創立者として創価大学、創価高校・中学、東京創価小学校の諸行事等にも、極力、出席するように努めた。彼は、人生の最後の事業と定めた教育に、今こそ、最大の力を注ごうと決意していたのである。
 九月には、創大生や学園生の代表と一緒に、国立市の梨園へ梨狩りにも行った。
 創価大学では、秋期スクーリングに参加していた通信教育部の学生たちと記念撮影もした。彼は、働き学ぶ通教生の大変さを痛感していた。自身も勤労学生であったからだ。
 伸一は、戦後、東洋商業(後の東洋高校)の夜学を出て、大世学院の夜学に進んだ。入学した翌年の一九四九年(昭和二十四年)一月から、戸田城聖が経営する出版社に勤務した。この年の秋、不況の煽りを受け、会社の経営が行き詰まり、残務整理に追われる日が続き、やがて夜学を断念する。戸田は伸一に万般の学問を授けるため、全精魂を注いで個人教授を行う。いわゆる「戸田大学」である。
 そして、伸一が会長に就任して六年ほど過ぎたころ、大世学院の後身となる富士短期大学(後の東京富士大学)から、卒業のためのリポートを提出してはどうかとの強い勧めがあった。彼は、教えを受けた大世学院の高田勇道院長に報いる意味からも、学校側の厚意に応えることにした。
 当時、伸一は、日本国内はもとより、欧米訪問など、東奔西走の日々であり、小説『人間革命』の執筆もあった。そのなかでリポート提出のための関係書籍を買い求め、移動の車中や、会合と会合のわずかな時間を縫うようにして学習に励み、「日本における産業資本の確立とその特質」(経済史)など、十のリポートを書き上げていった。
 したがって伸一には、通教生たちの苦闘が痛いほどわかるのである。それだけに断じて負けないでほしかった。最後まで挫けずに、卒業の栄冠を手にしてほしかったのである。
 「鉄は炎の中で鍛えられ、人は困難の中で鍛えられる」(注)とは、中央アジアの誇り高きカザフ民族の箴言である。
 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 『カザフ民族の諺と慣用句』V・B・ザハーロフ、A・T・スマイロワ編訳、カチェヴニキ出版所(ロシア語)
posted by ハジャケン at 10:53| 山梨 ☁| 新・人間革命30-2雌伏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2017年4月22日

かつて物理学者のアインシュタイン博士が来日した折、開かれた歓迎の会食会。博士を招待した出版社の社員たちに交じり、一人の少年がテーブルの端で小さくなって座っていた▼彼を見つめる博士に、通訳が耳打ちする。“あの子は、社員たちが東京駅に博士を迎えに行った時、一人で留守番をしていた子”――博士は即座に立ち上がり、その十二、三歳の少年の目の前へ。握手をして彼の労をねぎらった。博士は、この日の日記に「事実上もっとも年少の社員の晴れやかな握手によって歓迎」されたとつづっている▼博士は常に“陰の人”に敬意を払った。ホテルを出る時にも、わざわざスタッフに向かって、心のこもったしぐさで帽子をとった。反対に、地位ばかり高く、傲慢な連中には、厳しく批判的な目を向けた(金子務著『アインシュタイン・ショックT』岩波書店)▼池田先生は、「わが学会は、陰の労苦を惜しまない尊き尊き皆さま方によって支えられている」と語った。本紙配達員の「無冠の友」をはじめ、不惜身命で広宣流布に走る全ての陰の同志への感謝は尽きない▼陰に徹する人を「英雄」とたたえ、励ましの光を送り続けていく。それが創価三代の師弟の魂であり、現代社会に必要な人間尊敬の哲学である。(速)
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聖教の目的

 聖学の目的は人と為(な)るに在(あ)る。
 乃(すなわ)ち聖教の目的も
 人と為るの道を教えることになければならぬ。
 人と為るということは、
 決して漫(みだり)に書を読むことでもなければ、
 単に思想を抱くだけのことでもない。
 小は一身を修めることより
 大は天下を治平(ちへい)するに至る迄、
 現実に目覚ましい理想欣求(ごんぐ)である故に
 聖教は常に最も活き活きした現実に
 人生を動かしてゆく力でなければならぬ。
posted by ハジャケン at 10:50| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

曾谷殿御返事P1059

法華経は燈の如く行者は油の如し檀那は油の如く行者は燈の如し―――
曾谷殿御返事P1059
posted by ハジャケン at 10:48| 山梨 ☁| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈る言葉365日 4月22日

女性に贈る言葉365日
 池田大作
4月22日
子どもの前で陰険な夫婦喧嘩は避けたいものだ。
子どもたちは、たとえ見ぬふりをしていても、
つぶらな瞳を通し、柔らかい皮膚を通して、
鋭敏に両親の振舞いを感受し、
それに感応していることを、
つねに忘れてはならない。


posted by ハジャケン at 10:45| 山梨 ☁| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雌伏 二十四

小説「新・人間革命」〉 雌伏 二十四

 山本伸一の功労者宅を中心とした家庭訪問は続いた。「敬老の日」である九月十五日には、東京・狛江の草創の同志の家を訪ね、家族と和やかに懇談し、皆で記念のカメラに納まった。五月以来、既に三十軒目の家庭訪問となっていた。さらに、狛江文化会館を訪れ、居合わせた同志を激励した。
 狛江市では、五年前の九月、台風十六号によって多摩川の堤防が決壊し、民家十九棟が流されるという事故が起こった。伸一は、そのニュースが流れるや東京の幹部らと連絡を取るとともに、犠牲者がないよう懸命に祈りを捧げたことが忘れられなかった。
 狛江市も、隣接する調布市も、住宅地として開発が進み、人口は増加の一途をたどっているという。
 田園と新しい住宅が広がる風景を見ながら、伸一は、同行していたメンバーに語った。
 「第二東京は広宣流布の新舞台だ。ここも未来が楽しみだ。皆で力を合わせて、新しい歴史を創ってほしいね」
 広宣流布は前代未聞の大業であり、道なき道を開き進む労作業である。その道を切り開くには、人を頼むのではなく、皆が自発・能動の信心で、一人立つことである。自らが目標を定め、主体者となって取り組む活動には歓喜がある。
 また、日々、勇気を奮い起こして自分の殻を破り、新しい挑戦を重ねていくことだ。挑戦こそが、前進と成長の原動力となる。
 武蔵野を愛し、調布で晩年を過ごした文豪・武者小路実篤は、次の言葉を残している。
 「いかなる時でも自分は思ふ、
 もう一歩
 今が実に大事な時だ。
 もう一歩」(注)
 もう一歩――その粘り強い歩みの積み重ねが、自分を変え、地域を変え、社会を変える。
 伸一は、念願であった個人指導に、多くの時間を割き、同志と語り合えることが何よりも嬉しかった。その堅実な行動のなかにこそ、学会活動の最大の醍醐味があるからだ。

 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 「もう一歩」(『武者小路實篤全集11』所収)小学館
posted by ハジャケン at 10:44| 山梨 ☁| 新・人間革命30-2雌伏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする