2017年04月01日

雌伏 八

小説「新・人間革命」〉 雌伏 八

 戸田城聖の小説『人間革命』では、主人公「巌さん」の人間革命の軌跡を主軸に、広宣流布に一人立った、師である「牧田城三郎」(牧口常三郎の仮名)の死身弘法の実践が描かれていく。
 戸田は、一九五四年(昭和二十九年)の十一月、初代会長・牧口常三郎の十一回忌法要で、獄中にあって大恩ある牧口の死を知った日のことに触れ、こう語った。
 「あれほど悲しいことは、私の一生涯になかった。そのとき、私は『よし、いまにみよ! 先生が正しいか、正しくないか、証明してやる。もし自分が別名を使ったなら、巌窟王の名を使って、なにか大仕事をして、先生にお返ししよう』と決心した」
 「巌窟王」とは、アレクサンドル・デュマの小説『モンテ・クリスト伯』の黒岩涙香による邦訳名である。
 ――陰謀によって孤島の牢獄シャトー・ディフにとらえられた船員の青年エドモン・ダンテスは、獄中で老神父からさまざまな知識を授かり、モンテクリスト島に隠された財宝の在りかも教わる。十四年の幽閉生活の後に脱獄に成功した彼は、その巨額の富を手にし、モンテ・クリスト伯と名乗り、パリの社交界に現れ、自分を陥れた者たちへの復讐を図るとともに、善良な恩人たちへの恩返しを果たすという物語である。
 戸田は、この「巌窟王」のごとく臥薪嘗胆し、軍部政府の弾圧で殉教した師の敵を討つことを深く心に誓ったのだ。その復讐とは、恩師の正義を証明することであった。そして牧口を死にいたらしめ、戦争によって多くの人びとの命をも奪い、苦悩の辛酸をなめさせた権力の魔性との対決であった。民衆の幸福と人類の平和を実現することであった。
 ゆえに戸田は、小説『人間革命』の主人公の名を、「巌窟王」をもじって「巌九十翁」とし、全精魂を注いで、牧口の正義と偉大さを書き残していったのである。
 師の正義を宣揚し抜いていくことこそ、弟子に課せられた責務にほかならない。
posted by ハジャケン at 10:00| 山梨 ☁| 新・人間革命30-2雌伏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2017年4月1日

若芽が顔を出し、花々が咲き始める躍動の春。「世界広布新時代 青年拡大の年」の本年は、4月の中部各県、北海道、茨城などを皮切りに、青年部が全国各地で「創価青年大会」を開催する。若いメンバーが存分に力を発揮できるよう、皆で応援していきたい▼埼玉の男子地区副リーダーは、長く心の病に苦しみ、仕事もできず悩んでいた。しかしその中でも、心のどこかで「人の役に立てる自分になりたい」という、学会で学んだ精神は消えなかった▼本年に入り「折伏で自身の生命変革を」と一念発起。唱題に励み、男子部、そして地区の壮年・婦人部の大きな励ましを受けながら続けてきた仏法対話が実り、今月、知人が入会することになった。気が付けば、自分自身も元気になり、継続して仕事にも励めるようになっていた▼池田先生の指導に、「人に『生きる力』を与えるのは何か。それは、自分以外のだれかのために生きようという『人間の絆』ではないだろうか」とある▼日々の学会活動が、なぜ尊いのか。それは、たとえ自らが苦悩と戦う真っただ中であっても、他者を救っていこうという挑戦だからである。友のため、地域のために祈り、動いてこそ、自身の本当の力が発揮される――そう心を定め、今日も前進を。(道)
posted by ハジャケン at 09:57| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人――不遇の若き賢人の遺言

 情深い人でなかったら、
 真に正しい人にはなれない。
 春の始(はじめ)の風情(ふぜい)も、
 青年の徳の芽生えほどではない。
 美徳を小人(しょうじん)が
 欲得(よくとく)から実行しても、
 美徳の利益はいちじるしい。
 利欲はいくらも富を作らない。
 利欲故に柔和な人間は始末が悪い。
 繁栄はいくらも心友を作らない。
 何にでも耐える心得のある人こそ、
 何でも敢(あて)て為すことができる。
 忍耐は希望を持つ技術である。
 絶望は人の不幸と弱さをこの上もないものにする。
 曖昧(あいまい)は誤謬(ごびゅう)の住む国である。
 表現の明るさは、深い思想を美しくする。
 戦争は隷属(れいぞく)ほど負担が重くない。
 隷属は終いにはそれを好ましいことに
 思ってしまうほど人間を低いものにする。
 これはフランスのヴォーヴナルグVauvenargues
(一七一五〜四七)の箴言(しんげん)である。
 高貴な精神と、ゆかしい人柄とを備え、
 若くして友達から父とさえ慕われた人であるが、
 早く病にかかり、
 不遇の中に哲学と文筆を楽しみ、
 三十二の若さで没した。
 相識のヴォルテールは、
 彼はこの上なく不運であったが、
 この上なく落ち着いた人であったと評している。
 世の不遇の友の為にこの一篇を贈る。
posted by ハジャケン at 09:56| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

人――不遇の若き賢人の遺言

 情深い人でなかったら、
 真に正しい人にはなれない。
 春の始(はじめ)の風情(ふぜい)も、
 青年の徳の芽生えほどではない。
 美徳を小人(しょうじん)が
 欲得(よくとく)から実行しても、
 美徳の利益はいちじるしい。
 利欲はいくらも富を作らない。
 利欲故に柔和な人間は始末が悪い。
 繁栄はいくらも心友を作らない。
 何にでも耐える心得のある人こそ、
 何でも敢(あて)て為すことができる。
 忍耐は希望を持つ技術である。
 絶望は人の不幸と弱さをこの上もないものにする。
 曖昧(あいまい)は誤謬(ごびゅう)の住む国である。
 表現の明るさは、深い思想を美しくする。
 戦争は隷属(れいぞく)ほど負担が重くない。
 隷属は終いにはそれを好ましいことに
 思ってしまうほど人間を低いものにする。
 これはフランスのヴォーヴナルグVauvenargues
(一七一五〜四七)の箴言(しんげん)である。
 高貴な精神と、ゆかしい人柄とを備え、
 若くして友達から父とさえ慕われた人であるが、
 早く病にかかり、
 不遇の中に哲学と文筆を楽しみ、
 三十二の若さで没した。
 相識のヴォルテールは、
 彼はこの上なく不運であったが、
 この上なく落ち着いた人であったと評している。
 世の不遇の友の為にこの一篇を贈る。
posted by ハジャケン at 09:51| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

妙法比丘尼御返事P1408

謗法と申す罪をば我れもしらず人も失とも思はず・但仏法をならへば貴しとのみ思いて候程に・此の人も又此の人にしたがふ弟子檀那等も無間地獄に堕つる事あり―――
 妙法比丘尼御返事P1408
posted by ハジャケン at 09:50| 山梨 ☁| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 4月1日

女性に贈ることば365日
 池田大作
4月1日
太陽は、うまず、たゆまず、
自らの軌道を進み、
万物を照らし、育んでいく。
女性は、一家の太陽です。
太陽のごとく明るく、
太陽の如く力強く、
太陽の如く健康に、
「今日も、何かに挑戦しよう!」
「今日も、一歩進もう!」と、
目標をもって、
張りのある一日一日を積み重ねていってほしい。
posted by ハジャケン at 09:50| 山梨 ☁| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする