2017年03月12日

名字の言〉 2017年3月12日

旋盤工が使う図面には、百分の一ミリ単位の数字が並んでいた。その精密さにひるむ見習工。先輩が声を掛けた。「百分の一ミリってのがどんなものか、教えてやろう」▼先輩は見習工の両手に髪の毛を1本ずつ持たせ、親指と人さし指でもませた。「どっちが太い?」。正しく答える見習工。その差、百分の一ミリ。「な。百分の一ミリなんて、そんなもんだ」と先輩。人間の指先がどんなに鋭いものかを教えられた、と熟練の旋盤工で作家の小関智弘さんは振り返る(『町工場・スーパーなものづくり』ちくま文庫)▼触覚だけでなく、人間の五感には想像以上の力がもともと備わっている。そう考えると、電話やメールですませず、直接会って触れ合うことの大切さを改めて思う▼就職活動に励む後輩を、日々激励する群馬の男子部員。ある日の別れ際、後輩が“頑張ります”と。その声と表情にかすかな“惰性”を感じた男子部員は、あえて踏み込む。「“勝ちます”と言い切っていこうよ」。そして一緒に唱題を。後輩は心新たに挑戦を重ね、希望通りの就職を果たした▼御書に「言は心を尽さず事事見参の時を期せん」(1012ページ)と。会わなければ気付けない表情や、聞こえない心の声がある。時を逃さず、悩める友に向き合いたい。(江)
posted by ハジャケン at 09:28| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近世儒教の勃興

 日本近世儒教の勃興(ぼっこう)は
 徳川家康の統一政権確立に伴う。
 家康は、秀吉が兵を海外に派した
 文禄(ぶんろく)年間、已(すで)に
 藤原惺窩(ふじわらせいか)を江戸に招いて、
 貞観政要(じょうがんせいよう)を聴講している。 
 惺窩(一五六一〜一六一九)は
 人物学識倶(とも)に卓然として一代の儒宗である。
 其の門に参じた林羅山(一五八三〜一六五七)が
 家康に仕えて、従来職業儒家の独占していた
 儒者の講説を公開したことは、
 其の後の儒教発達の為に特筆すべき事である。
posted by ハジャケン at 09:22| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聖人御難事P1190

罰は総罰・別罰・冥罰・四候、日本国の大疫病と大けかちとどうしうちと他国よりせめらるるは総ばちなり、
やくびやうは冥(みょう)罰(ばち)なり、大田等は現罰なり別ばちなり―――
 聖人御難事P1190
posted by ハジャケン at 09:21| 山梨 ☀| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 3月12日

女性に贈ることば365日
 池田大作
3月12日
女性の場合、決して、
いわゆる青春時代のみが花なのではない。
若い時代にどんなに華やかであっても、
その幸福は浅いものだし、
また一生続く保証もない。
長い目で見た時には、
心にしっかりした芯をもっている人は、
時とともに、輝いていくものだ。
posted by ハジャケン at 09:20| 山梨 ☀| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする