2017年03月21日

大山66

小説「新・人間革命」〉 大山 六十六

 法主・日達をはじめ、僧たちを送った山本伸一は、別室に入ると、妻の峯子に、和紙と硯、墨、筆を用意してもらった。創価学会の歴史に大きな足跡を刻むであろうこの日の、わが誓いと、弟子たちへの思いを、書として認めておきたかったのである。
 既に揮毫の文字は決まっていた。
 墨を含んだ太い筆が、かすれるような音を立てて、勢いよく白い紙の上を走った。
 ――「大山」
 その下に、「わが友よ 嵐に不動の信心たれと祈りつつ」「五十四年五月三日 創大にて 式後記す也」と書いた。
 伸一は、恩師・戸田城聖の事業が窮地に追い込まれた一九五〇年(昭和二十五年)の一月、「富士に祈る」と題する詩を作った。
 詩の一節に、こうある。
 「世紀の 貪婪なる火宅の中に
  虚飾なく佇み 駁説に怖じぬ
  われ 遥かなる富士を讃う」
 その時、彼の心には、一身に降りかかる非難・中傷の嵐にも微動だにせず、広宣流布に生きようとする、恩師・戸田城聖の堂々たる雄姿と富士とが重なっていた。
 「大山」の揮毫には、伸一の魂の叫びが込められていた。
 “妙法は永遠不滅である。その妙法と共に、広宣流布に生き抜くわれらには、無限の希望がある。いかなる烈風にも、大山のごとく不動であらねばならない。何を恐れる必要があろうか! 学会は、日蓮大聖人の仰せ通りに死身弘法の実践を貫き、忍辱の鎧を着て進んできた。創価の師弟は、この不動の信心によって、すべてを勝ち抜いてきたのだ”
 伸一は、さらに、筆を執った。
 ――「大桜」
 そして、下に脇書として記した。
 「わが友の功徳満開たれと祈りつつ」「五十四年五月三日 創大にて 合掌」
 “どんな厳しい試練にさらされようが、仏法の因果は厳然である。胸に創価の「大桜」をいだいて進むのだ”――伸一は念願した。
posted by ハジャケン at 09:41| 山梨 | 新・人間革命30-1 大山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2017年3月21日

宮崎では朝の出勤時、コートを羽織らない日が増えてきた。日が暮れていたはずの帰り道も明るくなり、春の訪れを感じる▼「春」の語源には、草木の芽が「張る」、田畑を「墾る」、気候の「晴る」などがある(『広辞苑』)。冬の寒さがやわらぎ、万物が生き生きと躍動し始める季節。その変化を誰よりも敏感に感じるのが、大地に生きる農漁光部の友だろう▼「SOKAチャンネルVOD」で配信中の、第21回「農漁村ルネサンス体験主張大会」が好評だ(配信は31日まで)。先日、九州のある会館では、近隣の友や地域の来賓らを招いて、番組を視聴。千葉、兵庫、鳥取の友の体験主張に、「農業という仕事に、自信が持てるようになりました」「“私も頑張ろう”と勇気をもらいました」など、多くの共感の声が寄せられた▼農林水産業の担い手の減少が叫ばれて久しい。農林水産省の平成27年度「食料・農業・農村白書」によれば、日本の農地面積は、前年と比べて2万2000ヘクタール減少したという▼池田先生は、農業に従事する方々こそ「一番の文化人であり、農業を大事にする国が文化国家ではないだろうか」と述べている。農業を重んじる社会とは、生命を重んじる社会。命が芽吹き、命を育む春、「農の心」に学びたい。(誼)
posted by ハジャケン at 09:39| 山梨 | 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鼠と人間 A

 ジョン・カルフーンの鼠(ねずみ)の生態研究は
 識者の多大な関心を呼んだ。
 鼠の群棲(ぐんせい)を限度と思われる数の
 二倍まで殖(ふ)やして観察したところが、
 鼠の社会の正常な機能は激しい混乱と崩壊に陥った。
 従来の家族グループ組織は捨てられ、
 一群の雄鼠は凶暴になり、
 加虐(かぎゃく)性(サディズム)が昂(こう)じ、
 乱交が始まり、
 雌鼠は子鼠の面倒を見なくなり、
 不潔や乱雑が平気になり、
 ヒッピーや瘋癲(ふうてん)のようなものも続出し、
 死亡率が急激に増加し、
 特に幼鼠の死亡率は七五%に達した。
 死んだ鼠を解剖してみると、
 肝臓や副腎などに顕著な異常性が認められた。.
posted by ハジャケン at 09:37| 山梨 | 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

顕謗法抄P448

謗とは背なり等と云云、法に背くが謗法にてはあるか天親の仏性論に云く若し憎は背くなり等と云云、
この文の心は正法を人に捨てさせるが謗法にてあるなり―――
 顕謗法抄P448 
posted by ハジャケン at 09:36| 山梨 | 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 3月21日

女性に贈ることば365日
 池田大作
3月21日
前へ!また断固として、前へ進むのだ!
眼前の現実に勇敢に挑みゆくのだ!
その人が、最高の勝利の人である。
尊き女性なのである。
誰がなんと言おうが、
誰人がなんと思おうが!
posted by ハジャケン at 09:35| 山梨 | 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

大山65

小説「新・人間革命」〉 大山 六十五

 山本伸一のあいさつに与えられた時間は、十分にも満たなかった。
 これまで本部総会では、伸一から広宣流布の遠大な未来構想や希望の指針が示され、また、社会、世界の直面するテーマに対して解決の方途を示す提言が発表されることも少なくなかった。さらに、参加者と一対一で対話するような、ユーモアを交えた心和む話に、皆は時に安堵し、時に大笑いしながら、新しい前進への決意を固め合ってきた。しかし、そんな心の触れ合いもない、あまりにも形式的な総会になっていた。
 伸一のあいさつに続いて、法主・日達の特別講演があり、新理事長の森川一正、新会長の十条潔のあいさつと進んだ。
 十条は、これまで三代の会長が築いてきた盤石な基盤のうえに、安定と継続、そして着実な発展を図っていきたいと抱負を語った。
 総会は型通りに終わった。
 この時、狂ったように学会を誹謗し、信徒支配を狙っていた宗門の悪僧や、背後で暗躍した邪智のペテン師らは、“計画通りだ。これでよし!”と、ほくそ笑んでいたにちがいない。伸一には、妬みと欲望の虜となった、その滅びゆく実像がよく見えていた。
 彼が体育館を出て渡り廊下を歩いていると、幼子を背負った婦人など、広場にいた数人の人たちが伸一の姿に気づき、「先生! 先生!」と叫び、広場の手すりまで駆け寄って来た。本部総会の参加者ではない。一目でも会いたいと、外でずっと待っていたのであろう。その目には涙が光っていた。
 伸一は大きく手を振った。
 「ありがとう! お元気で!」
 一瞬の出会いであった。しかし、そこには何があっても変わらぬ、深い魂の結合があった。創価学会の真実の絆があった。
 “これから、こういう尊い方々を、本当に善良な仏子を、誰が守っていくのか! 誰が幸福にしていくのか! 私は、必ず守り抜いてみせる!”
 伸一は、会員厳護の決意を新たにした。
posted by ハジャケン at 08:40| 山梨 ☀| 最近の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2017年3月20日

取材の帰り道、激しい雨に降られた。次の予定が気になりつつも雨宿り。雨脚が弱まり、ふと空を見上げると、空には見事な虹が。慌ただしい日常にあって胸のすく思いがした▼虹は、太陽の光が雨粒の中で反射・屈折することでできる。雨が降っても、空が雲におおわれていれば、虹は出ない。虹が現れるには、太陽の光が差し込んでくることが必要なのだ▼進学・就職の季節。なかには志望とは異なる道に進む人がいるかもしれない。だが雨の中でも、ひとたび光が差し込めば、虹は生まれる。その光こそ、腐らず、焦らず、前進し続ける「負けじ魂」ではないだろうか▼壮年の夢は「世界に羽ばたくこと」だった。4畳半一間で家族6人が暮らす貧乏のどん底。家計を支えるため、大学も中退した。それでも夢を諦めなかった。発電設備関連の仕事に携わる中で、工夫を重ね、数々の特許を取得。その実績が高く評価され、昨年、ネパール工科大学の客員教授に迎えられた▼日蓮大聖人は、たび重なる困難を乗り越えた門下の四条金吾を「極めて負けじ魂の人」(御書986ページ、通解)とたたえた。自らが目指す山々への途上には、厳しい嵐の日もあろうが、やまない雨はない。「負けじ魂」を燃やして前進する人生に、燦然たる勝利の虹は輝く。(芯)
posted by ハジャケン at 08:38| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鼠と人間 @

 現代は恐るべき巨大都市・過密市民と
 群衆妄動(もうどう)の時代になって来た。
 人間は群衆の中に居るというだけで、
 一種不可抗的なものを感ずるようになり、
 独りの時なら決してそんなには考えも行いもせぬことを、
 群衆に混ずると、突風に捲(ま)かれた木の葉の様に、
 忽(たちま)ち野蛮人の群と化してしまう。
 一時の現象・一片のスローガンに昂奮(こうふん)して、
 何をしでかすか分からぬことは
 社会学者の説明する通りである。
posted by ハジャケン at 08:36| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

法華取要抄P335

諸病の中には法華経を謗ずるが第一の重病なり、諸楽の中には南無妙法蓮華経は第一の良薬なり―――
 法華取要抄P335
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女性に贈ることば365日 3月20日

女性に贈ることば365日
 池田大作
3月20日
家庭がつねに明るく健康であるためには、
たゆまざる価値創造が必要だと思う。
一曲の音楽が、家庭を楽しい音楽会場にもするし、
子どもの描いた一枚の絵が、
家庭を美しい展覧会場にもする。
posted by ハジャケン at 08:33| 山梨 ☀| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

名字の言〉 2017年3月19日

沿道の応援が力になった――マラソン大会でゴールした選手が、しばしば口にする。それを心の底から実感したことがある▼都市部の大会に出場した時のこと。途切れない沿道の声援。応援の“形”もさまざまで「残りたった30キロ」「ビールまであと○キロ」など、ユニークな応援ボードを掲げる人もいる▼終盤、肉体的にも精神的にも苦しい時、ふいに名前が呼ばれた。ウエアの刺しゅうを読み取ってくれたらしい。そして「腕の振り、いいぞ!」「いいペース! まだ記録伸びるよ」と。不思議と体が軽くなったような感覚。自分だけに向けられた一つ一つの言葉が、強く背中を押してくれた▼コーチングの基本的なスキル(技能)に「アクノリッジメント(承認)」がある。その有効な手段の一つが「褒める」。抽象的な言葉ではなく、相手の特長を捉え、力を引き出す言葉を具体的に伝えることが「褒める」という行為なのだ(鈴木義幸著『コーチングのプロが教える「ほめる」技術』日本実業出版社)▼御書に「人から自分が、大変によく褒められる時は『どんなふうにでもなろう』という心が出てくるものである」(1359ページ、通解)と。相手を知ればこそ褒めることもできる。友情を深めつつ、たたえ励まし合う創価の輪を広げたい。(味)
posted by ハジャケン at 09:13| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大学は大学に

 東大を始めとして到る処大学騒動で
 国民を慨嘆(がいたん)させている。
 大学問題の解決は疾(と)っくに
 「大学」(四書の一)の中に明記されていると断言する。
 大学の道は明徳を明らかにするに在り。
 ――天子より庶人に至るまで、
 壹是(いっし)に皆身を修むるを
 以(もっ)て本と為(な)す。
 その本乱れて而て末治まる者は否(あら)ず。
 最近A・ターナー教授
 (カリフォルニヤ大学政治学教授 Arthur Turner)は
 議論紛々たる大学問題について
 簡易明白に断を下して曰(いわ)く、
 私は信ずる、教授があるのは教えるため、
 管理者があるのは管理のため、
 学生があるのは学ぶため――と。
 これでよい。この根本を立てればよいのだ。
posted by ハジャケン at 09:11| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

開目抄P189

「曾(か)つて仏法に入って正を偸(ぬす)んで邪を助け八万十二の高きを押して五千二篇の下(ひく)きに就け用(も)つて彼の典の邪(じゃ)鄙(ひ)の教を釈するを摧尊入卑(さいそんにゅうひ)と名く」―――
 開目抄P189
posted by ハジャケン at 09:09| 山梨 ☁| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 3月19日

女性に贈ることば365日
 池田大作
3月19日
観念だけでは、真に人間を育てることはできません。
実際に体を動かし、汗を流し、ともに泣き、
ともに笑い―――そうした人間同士の打ちあいのなかでこそ、
人は磨かれていくものです。
 
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2017年03月18日

「春季彼岸勤行法要」のために

「春季彼岸勤行法要」のために 2017年3月18日

拝読御書「上野殿御返事」(土餅供養御書)
御書全集 1508ページ13行目〜1509ページ1行目
編年体御書 623ページ13行目〜624ページ1行目
広布の実践こそ最高の回向
共に朗らかに“生命の旅路”を



 創価学会では、「春分の日」である20日を中心に、全国の主要会館、墓地公園、納骨堂で「春季彼岸勤行法要」を開催し、故人への追善の勤行・唱題、焼香を厳粛に行います。ここでは、勤行法要の拝読御書である「上野殿御返事」(土餅供養御書)について、御文の理解を深める解説を掲載します。(「大白蓮華」3月号にも、拝読御文と解説が掲載されています)

拝読御文
 故親父は武士なりしかども・あながちに法華経を尊み給いしかば・臨終正念なりけるよしうけ給わりき、其の親の跡をつがせ給いて又此の経を御信用あれば・故聖霊いかに草のかげにても喜びおぼすらん、あわれいきてをはせば・いかにうれしかるべき、此の経を持つ人人は他人なれども同じ霊山へまいりあはせ給うなり、いかにいはんや故聖霊も殿も同じく法華経を信じさせ給へば・同じところに生れさせ給うべし

本抄について
 日蓮大聖人は文永11年(1274年)11月、身延の地から、若き南条時光に本抄を送られました。
 佐渡流罪を勝ち越えられた大聖人が鎌倉から身延に入られたのは、この年の5月。2カ月後には、16歳の時光が大聖人のもとを訪れます。時光は7歳の時、父の南条兵衛七郎を亡くし、墓参に来られた大聖人とお会いしたと推定されるため、約9年ぶりの再会と考えられます。立派に成長した時光の姿に、大聖人のお喜びは、いかばかりだったことでしょう。
 本抄は、その後、真心の御供養を届けた時光への御礼の返書です。亡き父の志を受け継ぎ、純真な信心に励む時光を最大にたたえられています。

故人への追善
 拝読御文で日蓮大聖人は南条時光に、こう仰せになっています。“あなたが、亡き父・兵衛七郎の跡を継ぎ、また法華経を信仰しているので、亡き聖霊は、どれほどか喜ばれていることでしょう”と。
 残された家族が信心を受け継ぎ、その実践に励んでいくことが、故人への追善となります。
 ここで、「回向」「追善」について、回向とは、“回らし向ける”こと、すなわち自身が仏法を実践・修行した功徳を、他の人々へ手向けることです。また追善とは、故人に対して、故人が生前に積んだ功徳に追加して、遺族などが功徳を回向することをいいます。
 御書に照らせば、回向とは、@法華経(その真髄である南無妙法蓮華経)を信じ実践する功徳によって可能であること、Aその功徳は、自身が関わる全ての人に手向けられるものであること、が明らかです。
 過去の一切の諸仏・菩薩が妙法への信によって成仏の境涯を開いてきたように、私たち自身も地道な仏道修行で境涯を開き、絶大な功徳をわが身に具えることができます。その功徳を故人に回らし向けていくのが、日蓮仏法における「追善回向」です。
 大聖人は「自身仏にならずしては父母をだにもすくいがたし」(御書1429ページ)と仰せです。追善回向の本義は、私たち自身が御本尊を信じ、信心に励んでいくことにあります。
 大聖人の御遺命である広宣流布へ行動しているのは、創価学会以外にありません。勤行・唱題をはじめとする、広布を願っての日々の信心の実践こそ、故人に対する最高の追善回向となるのです。

三世永遠の絆
 日蓮大聖人は本抄で、“亡き聖霊(亡父)も、あなたも、同じく法華経を信じられているので、同じ所にお生まれになるでしょう”と励まされています。
 池田先生は、この仰せを踏まえて、次のように述べています。「生命は永遠です。信心を貫いた人は、共に楽しく朗らかに三世の旅路を歩んでいくことができる。未来世も、同じところに生まれて、一緒に広宣流布の大道を歩んでいくことができる――。大聖人の激励に大きく包まれながら、時光の胸にどれほど安堵の心が広がっていったことでしょうか」
 こうした温かな励ましを大聖人から頂いた弟子は、時光だけではありません。最愛のわが子を失った女性門下の光日尼へのお手紙では、こう仰せです。
 「今の光日上人(光日尼)は、わが子を思うあまり法華経の行者となられた。よって必ず母と子が、共に霊山浄土へまいることができるでしょう」(御書934ページ、通解)
 妙法への信心を貫いてきた同志は、生死を超えて、ともどもに広宣流布に進み続けていくことができるのです。

霊山浄土
 「よくよく信心を強盛にして霊山浄土にまいりなさい」(御書1226ページ、通解)
 「ただ一心に信心を持たれて霊山を期しなさい」(同1227ページ、通解)
 日蓮大聖人は、御書の随所で、“法華経を修行し抜いた人は、亡くなってから霊山浄土に行くことができる”と教えられています。
 ただし、霊山浄土といっても、念仏の教えが説く西方極楽浄土のような別世界のことではありません。
 全宇宙から仏が来集した法華経の会座の様相が示しているように、霊山浄土は宇宙そのもの、宇宙の全体であると捉えることができます。
 池田先生は、「正しき信心を貫き、偉大なる正念を確立した人が亡くなると、その生命は、宇宙全体を余すところなく我が生命とできるような、広大無辺なる境地にいたって、歓喜していける」と教えています。
 霊山浄土は、信心を貫いて一生成仏を果たした人が、等しく到達することのできる、宇宙大の仏界の生命境涯なのです。

池田先生の指針から
 仏法では「生命は永遠」と説きます。そして「法華経を持つ人は、同じ霊山に行き、会うことができる。亡くなった人もあなたも同じく法華経を信じられているので、必ず同じところに生まれてきますよ」(御書1508ページ、趣意)と示されております。
 家族であっても、友人であっても、生きている間、ずっと一緒にいられるわけではありません。しかし、亡き家族、亡き友は、自身の胸の中に常にいる。生死を超えて一体である。そして、新しい生命で生まれてくることができる。同じ妙法を信じて、また身近に、一緒になっていける――そのように仏法は教えています。(対談集『生命の光 母の歌』)
 ◇ ◆ ◇ 
 夫の心を継いで、時光の母は、強盛な信心を貫き、時光ら子どもたちを立派な後継者へと育てあげていった。子どもたちも、父から学んだ信心を毅然と受け継いでいった。
 その時光も、当然、「自分は早くに父を失い、いろいろ教えてもらうことができなかった」との無念な思いも抱いていたようだ。
 その時光の心を深く知っておられた大聖人は、こう励ましておられる。
 「この経を受持する人々は、他人であっても同じく霊山にまいられて、また会うことができるのです。まして、亡くなられたお父さまも、あなたも、同じく法華経を信じておられるので、必ず同じところにお生まれになるでしょう」(御書1508ページ、通解)と、お約束なされているのである。
 妙法で結ばれた縁は永遠である。いわんや、妙法に生きる家族は、同じところに生まれ合わせていくことができる。それが、不可思議なる妙法の力用なのである。(『池田大作全集』第100巻)
posted by ハジャケン at 13:41| 山梨 ☀| 最近の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大山64

小説「新・人間革命」〉 大山 六十四

 山本伸一は、日本の広宣流布の揺るぎない基盤をつくり、各国・地域に仏法の種子を下ろし、幸福の緑野を世界に広げてきた。
 学会の組織の布陣も、高等部、中等部、少年・少女部を誕生させ、広範な文化運動を推進するために、教育・国際・文芸の各部も設置した。さらに、全国各地に広布の法城として文化会館等を建設してきた。
 牧口常三郎、戸田城聖の悲願であった創価一貫教育の学舎もつくり上げた。仏法の人間主義を基調にした平和・文化の花を咲かせようと、民主音楽協会や東洋哲学研究所、富士美術館なども次々と創設。さらに、政治の分野にあっては、公明党も誕生させた。
 また、宗門の厳護を貫き、総本山に正本堂をはじめ、大客殿、大化城等々を発願主となって建立寄進したほか、全国各地に末寺を建立し、宗門の未曾有の興隆をもたらしてきたのである。
 これらの燦然と輝く学会の功績は、いかなる罵詈雑言や虚言の喧伝をもってしても、決して消し去ることはできない。伸一と共に生命を削り、力を尽くした全同志の魂に刻まれた、金剛不壊の誉れの歴史であるからだ。
 総会で伸一は、新会長の十条潔、新理事長の森川一正を紹介し、「創価学会という世界を、異体を同心として、継続、発展せしめていただきたいことを衷心よりお願い申し上げます」と念願。そして、「私は生涯、皆様を見守ってまいります」と決意を披瀝した。
 さらに、「私は仏法者であります」と力を込めて述べ、こう続けた。
 「そこで、私は執行部にもお願いいたしまして、できうれば、草創以来の長き幾星霜、共々に戦ってこられた方々、特に広宣流布の途上に亡くなられた方、功労者、病床に伏している方のお宅等に伺って、その労に報い、激励をさせていただく所存であります」
 いかに行動を制約されようが、広宣流布の戦いをやめることなど、断じてできない。また、絶対にあってはならない。広布の使命に生き切る人が仏法者なのだ。
posted by ハジャケン at 13:39| 山梨 ☀| 新・人間革命30-1 大山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2017年3月18日

“広宣流布の記念式典”が行われてから1年後の1959年3月16日。池田先生の日記には「十六日――。」とあり、具体的な出来事は記されていない。この日、先生は青年部の代表と共に、恩師・戸田先生の墓前にいた▼この1週間前、池田先生は恩師の指導や遺品の整理に当たった。夜には、恩師の一周忌に関する「大白蓮華」の原稿を執筆。17日には学会本部で再び恩師の指導の記録を整理するなど、各地の激励行の合間を縫って、恩師の精神を後世に伝えることに心を砕いた▼恩師の墓前で、池田先生は青年たちに提案した。“毎年、3月16日を青年部の伝統ある節目にしていこう”と。私たちが今、「3・16」の意義を知ることができるのも、式典を行った恩師の心を深く胸に刻み、その精神を宣揚し続けた先生の行動ありてこそである▼「3・16」は師匠から託された広布のバトンを、弟子が継承する日であり、世界広布へ向けて一切の責任を担い、立ち上がる日である。その精神は、歴史を学ぶだけでなく、師と同じ心で、行動を開始する生命の中に、生き生きと脈動していく▼「3・16」から「5・3」へ、誓い新たに出発したい。自身の限界を打ち破る挑戦で、堂々たる「後継の証し」を打ち立てていこう。(嶺)
posted by ハジャケン at 13:37| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

民衆の不安

 無頼漢が何か暴行して警察につかまる。
 すると社会民権擁護の弁護士が彼を放免させる。
 被害者の方は棚上げになる。
 どうかすると警察の方が馬鹿を見ねば幸運である。
 犯人は国家悪・社会悪の犠牲者であるから
 本人の罪ではないと、
 何かよく分からない理屈で聞かされるのが民衆である。
posted by ハジャケン at 13:35| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

立正安国論P30

夫れ釈迦の以前仏教は其の罪を斬ると雖も能忍の以後経説は則ち其の施を止む―――
 立正安国論P30 
posted by ハジャケン at 13:34| 山梨 ☀| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 3月18日

女性に贈ることば365日
 池田大作
3月18日
岩にさえぎられた苗木は、
まっすぐに伸びることはできない。
かといって、温室で育てたものは、
早く成長するが、
風雪に対する抵抗力が弱いものである。
伸び伸びと、自由な空気のなかで、
しかも、自然な試練のなかに、
鍛えられていくことが、
子どもにとって幸せな道ではないだろうか
 
posted by ハジャケン at 13:33| 山梨 ☀| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月17日

大山63

小説「新・人間革命」〉 大山 六十三

 山本伸一の落ち着いた力強い声が、場内に響いた。
 「私は、十九歳で信仰いたしました。以来、今日まで約三十年間、病弱であった私が入院一つせず、広宣流布のために戦ってくることができました!」
 そして、それこそが、御本尊の威光の証明であることを訴え、一九六〇年(昭和三十五年)五月三日、第三代会長就任式の折、心に深く刻んだ「開目抄」の一節を拝した。
 「詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん」(御書二三二ページ)
 結局のところは、天も私を捨てるがよい。いかなる難にも遭おう。身命をなげうつ覚悟はできている――日蓮大聖人の烈々たる死身弘法の決意の言である。伸一と同志は、この御本仏の仰せをわが誓いとして、末法広宣流布の茨の道を開いてきたのだ。
 その実践ゆえに、大聖人の正法正義の命脈は保たれ、日蓮仏法は、蘇生の光源として現代社会に燦然と輝きを放ったのである。
 伸一は力説した。
 「このお言葉は、生涯にわたって、私並びに私どもの、信心の確固たる決意として持続していかなければならないと思いますが、皆さんいかがでしょうか!」
 何があっても、信心だけは、大山のごとく不動でなければならない。彼は話を続けた。
 「戸田城聖先生逝いて二十一年。ここに創価学会創立四十九年――学会の第一期の目標である『七つの鐘』を打ち鳴らすことができました。これによって、牧口常三郎先生、戸田城聖先生の遺言は、皆様方の絶大なるお力を得て、ひとまず私の代としては、ことごとく遂行したと確信いたします。ありがとうございました!」
 会長就任十九周年にして、創価の同志の連帯は世界一千万の幸の花綵となり、仏法を基調とした平和、教育、文化の運動は、人間主義の大潮流を巻き起こしたのだ。それは、誰も想像しなかった、未曾有の「世界広布の時代」の到来を告げるものであった。
posted by ハジャケン at 09:25| 山梨 ☀| 新・人間革命30-1 大山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2017年3月17日

野球のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、侍ジャパンの快進撃が目覚ましい。世界一奪還へ期待が膨らむ▼各チームとも活躍が光るのは、やはり大リーガー。今でこそ人種も多様だが、70年前は白人選手しかいなかった。黒人初の大リーガーは、ドジャースのジャッキー・ロビンソン。新人王・首位打者・盗塁王・MVPなどに輝き、背番号「42」は全球団の永久欠番だ▼数々の差別と罵詈罵倒にさらされた彼を、球団の会長らは支え続けた。会長は、差別する人に対して「不条理な悪口を口にすることで、むしろドジャースの三十人を結束させて、団結させてくれた」「最高の働きをしてくれた」と“感謝”していたことが、ロビンソンは忘れられなかった(宮川毅訳『ジャッキー・ロビンソン自伝』ベースボール・マガジン社)▼弘教の実践を貫いた草創の婦人部の先輩は、貧しい身なりを嘲笑され、行く先々で悪口を浴びた。だが「話を聞いてくださって、ありがとうございます」と頭を下げ、「宿命転換させてもらえるからありがたい」と感謝するのが常だった▼苦難に感謝する――決して容易に言えることではない。それは“一人立つ”腹を決めた勇者のみぞ知る、誇り高い境涯。その心ありて、「歴史」は開かれる。(鉄)
posted by ハジャケン at 09:22| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

黒でなく白でなく

 大抵世の愈々愈々(いよいよ)乱れるのは、
 第一、何事によらず黒白のわからなくなること。
 第二、善良な人々が益々遠慮がちになり、
 くだらぬ人間が愈々でたらめをやる。
 第三、問題が深刻になると、あれも尤(もっと)も、
 これも無理ならぬことと、
 要するに何でも容認することになり、
 どっちつかずの気持(模稜の気象)で、
 黒からず、白からず、痛からず、
 癢(かゆ)からずというような、
 何だかわけのわからぬことにしてしまう。
 ――清末国柱であった
 曾国藩(そうこくはん)の名言である。
posted by ハジャケン at 09:19| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

唱法華題目抄P4

謗法と申すは違背の義なり随喜と申すは随順(ずいじゅん)の義なり―――
 唱法華題目抄P4 
posted by ハジャケン at 09:18| 山梨 ☀| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする