2016年05月31日

マイナンバー制度には巨額の利権が絡んでいるようだ


posted by ハジャケン at 10:15| 山梨 ☁| 最近の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神 霊

 人の心の微妙というものは時間もなければ、
 空間もない、人種・民族もない。
 そこにあるものは脈々として伝わる天地・人間を
 貫く不思議な生命というものであり、
 精神というものであり、神霊というものである。
posted by ハジャケン at 09:36| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

力走57

力走 五十七

 レストランで同志を励ました山本伸一は、車で足摺岬灯台をめざした。
 一キロほど走り、駐車場で車を降りると、灯台へ続く入り口広場に立つ、和服姿の銅像が見えた。台座を含め、像の高さは、六、七メートルであろうか。
 島寺義憲が、すぐに説明を始めた。
 「先生。あれは中浜万次郎、つまりジョン万次郎の銅像です」
 一行は、万次郎像の前まで行き、像を見上げた。そして、語らいが始まった。
 「ジョン万次郎」という名が日本中に広く知られるようになったのは、作家・井伏鱒二の小説『ジョン萬次郎漂流記』によるところが大きい。伸一も、少年時代に胸を躍らせながら読んだ、懐かしい思い出がある。
 中浜万次郎は、文政十年(一八二七年)の元日、現在の土佐清水市中浜に、半農半漁の家の次男として生まれた。
 少年期に父が他界し、母を助け、体の弱い兄に代わって懸命に働いた。
 天保十二年(一八四一年)一月、十四歳になった彼は、漁を手伝って、暴風雨に遭い、四人の仲間と共に漂流したのである。
 数日後、たどり着いたのは、伊豆諸島にある無人島の鳥島であった。渡り鳥を捕まえて食べ、飲み水を探し回らねばならなかった。
 島での生活は、百四十三日も続いた。ようやくアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に救出された彼らは、ハワイのオアフ島に送り届けられる。日本は鎖国をしており、日本に送ることはできなかったのである。
 仲間四人は、ハワイにとどまることになったが、万次郎は、そのまま捕鯨船に残り、航海を続けることを希望した。
 彼は、家が貧しかったために、寺子屋に通って、読み書きを学ぶこともできなかった。しかし、聡明であった。世界地図の見方や英語などを船員たちから学び、瞬く間に吸収していった。
 強き向上、向学の一念があれば、人生のいかなる逆境も、最高の学びの場となる。

 小説『新・人間革命』の主な参考文献
 中浜明著『中浜万次郎の生涯』冨山房
 中浜博著『私のジョン万次郎』小学館
 中濱武彦著『ファースト・ジャパニーズ ジョン万次郎』講談社
 「ジョン萬次郎漂流記」(『井伏鱒二全集第二巻』所収)筑摩書房
posted by ハジャケン at 09:35| 山梨 ☁| 新・人間革命 29-2力走 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2016年5月31日

 西アフリカ・コートジボワールのSGIメンバーが、都内の交流交歓会に臨んだ(22日)。会場に「イタイドウシン(異体同心)!」「ビクトワール(勝利)!」の掛け声が、何度も何度も響いた▼とりわけ参加者の心に刻まれたのは、信仰体験。内戦で苦しんだ同国で、御本尊を抱き締め、池田SGI会長の指針を希望として、平和のために行動する友の“生きた言葉”だった。仏法に巡り合った喜びの“心”だけでなく、“体温”まで伝わってくる▼日本の大学生が率直に質問した。「題目を唱えるのが苦手です。なぜ、そんなに祈れるのですか?」。メンバーは「気持ちはよく分かります。かつての私もそうでした」と述べ、こう断言した。「題目を唱える勇気を奮い起こしてください」と▼安直な占いが放送で流れ、ちまたでは「パワースポット」が人気だ。だが本来、信仰はアクセサリーではない。その人の生き方であり、哲学となってこそ意味がある。哲学と言うと難しく聞こえるが、「これだけは譲れない」という信念である▼コートジボワールの友は続けた。「題目を唱えると、生命力が湧きます。この無限の可能性を引き出す力が自分を変え、平和の世紀をつくるのです」。確信の声は、アフリカに響く世界広布の鼓動そのものだった。(側)
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女性に贈ることば365日 5月31日

女性に贈ることば365日
 池田大作
5月31日
日頃、子どもに語りかけるひと言を大切にしたい。
日々、子どもたちと一緒に美しいものを喜び、
新しいものを見いだしとぃきたい。
心を育むものは、心である。
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2016年05月30日

正覚正精進の人

 人心というものは微妙なものです。
 今は文明自体の持つ病的傾向や、
 人間の疎外をはじめとして、
 意識的無意識的にやはり末法的〈eschatological〉になっているので、
 救済の福音に動かされやすくなっているのです。
 この際にやはり望ましいことは一人でも多く
 自ら一燈となって一隅を照らしてゆく正覚正精進の人びとです。
posted by ハジャケン at 10:33| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

力走56

力走 五十六

 山本伸一の激励は、高知研修道場を出発する間際まで続いた。ロビーでも、愛媛県の南予から来た婦人に声をかけ、南予訪問を約束し、悪僧の仕打ちに泣かされてきた同志へ、励ましの言葉を託した。
 研修道場の玄関を出た伸一は、雄大な景色を生命に刻みつけるように、しばらく周囲をゆっくりと歩いた。見送る同志に、大きく手を振って、車上の人となった。
 彼は、それから足摺岬へ向かった。そこでレストランや土産物店などを営む何人かの学会員を、励ましたかったのである。
 “同志がいるならば、どこまでも行こう!”と、心に決めていたのだ。
 車は、坂道を下って、国道を足摺岬に向かって進んだ。右手に青い大海原が広がっていた。土佐清水市の中心街を通って、足摺スカイラインを走り、足摺岬灯台の手前にある、学会員が経営するレストランを訪れた。このお宅は、座談会などの会場になっているという。そこに、多くの会員が集っていた。
 伸一は、皆と勤行したあと、外へ出て、一緒に焼きイカを頰張りながら語り合った。
 「ここは交通は不便かもしれませんが、空気もきれいで、美しく雄大な自然がある。そのなかで学会活動に励めるなんて、最高に幸せではないですか。私も住みたいぐらいです。
 自分のいる場所こそが、使命の舞台です。大都会の方がいいと思うこともあるかもしれないが、大都会は自然もないし、人間関係も希薄です。東京などに憧れて出ていった人たちが、懐かしく心に思い描くのは、結局、ふるさとの美しさ、温かさなんです。
 彼方に幸せを求めるのではなく、自分のいるこの場所を、すべての面で、最高の地に、常寂光土にしていってください。自分の一念を変えることによって、それができるのが仏法なんです」
 さらに伸一は、「私たちは、御本尊を通し、いつも心はつながることができます。皆さんの健康と、ご活躍を祈っています」と言って、皆に別れを告げた。
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名字の言〉 2016年5月30日

 「思い込んだら一直線」「天衣無縫の童女のおもむき」。友人だった小説家の有吉佐和子さんを、池田SGI会長はそう評した▼日本人にありがちな、場の空気を読む“あいまいの美徳”とは対極の人だった。認知症介護の現実を描いた『恍惚の人』をはじめ、先見の明ゆえに批判も多かったが、“世間が私を見る目が変わっても私は私”と信条を貫いた▼自分の目で見て判断する彼女だからこそ、国交正常化前の中国に長く滞在し、“暴力宗教”などと色眼鏡で見られた創価学会のことも「まじめな団体」「若い人たちが多く、礼儀正しい」と、正確な目で評価した▼その有吉さんが学会本部を訪ね、SGI会長と対談したのは1966年5月。“池田会長を中国に招待したい”という、周恩来総理の重要な伝言を携えていた。SGI会長はその2年後に日中国交正常化提言を発表。74年のきょう、初訪中を果たす。同年12月には周総理との会見に臨んだ。以来、日中関係が嵐の時も、信義の道を貫き、友好の「金の橋」は揺るがぬものになった▼66年に会った時、有吉さんは35歳、SGI会長は38歳。青年会長に「もうあと50年はお務めにならなければ」と笑顔で言ったという。その50年がたった今も、SGI会長の世界平和への挑戦は続く。(将)
posted by ハジャケン at 10:27| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

勇者

勝利へと   
 また勝利へと   
  広宣の   
同志の胸には   
 旋律 賑やか   
  全国の音楽隊の友へ   
   2010.3.6
posted by ハジャケン at 10:24| 山梨 ☁| 民衆の舞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 5月30日

女性に贈ることば365日
 池田大作
5月30日
花々も、毎日、成長している。
あらゆる緑の木々も、成長している。
人生もまた、成長である。一日また一日、
希望と努力を重ねながら、
最上の幸福の自身の運命を築くことだ。
決して性急な跳躍をする必要はない。
posted by ハジャケン at 10:23| 山梨 ☁| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月29日

一燈照隅行

 日本人の言う、中立・中道・平和・民主、
 これはことごとく的を外しておる。
 ことごとく大事なところを取り違えておる。
 これを一つはっきりさせる思想・学問が必要であります。
 このままいくと、不養生の限りを尽しておる肉体と同じで、
 必ず混乱に陥る。不祥事が起こります。
 これをいったいどうすればいいか。
 結局、正しい思想・正しい学問を興すことである。
 そして、それぞれがただ議論をしておるだけでなく、
 いわゆる一灯照隅行(いっとうしょうぐうぎょう)で、
 一人ひとりがわが立つ一隅をそれぞれ照らしていく。
 そうすれば一灯が千灯、万灯になるので、
 それをやるよりほかに日本は救いようがない。
posted by ハジャケン at 09:45| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2016年5月29日

 「71年前、明るく、雲一つない晴れ渡った朝、死が空から降り、世界が変わってしまいました」(朝日新聞訳)。27日、広島・平和記念公園での米国オバマ大統領のスピーチは語り掛けるように始まった▼「閃光と炎の壁が都市を破壊し、人類が自らを破滅させる手段を手にしたことを示したのです」。大統領が核兵器を「人類が自らを破滅させる手段」と述べたことに深い意義を感じた▼学会の平和運動の原点である戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」は、原爆投下から12年後の1957年(昭和32年)9月8日、神奈川の地で行われた。戸田会長は原水爆を人間の「魔性」の産物と捉え、その使用も存在も完全に否定。人類の生存そのものを根本的に脅かす破壊力をもった運命的兵器であるからだ▼恩師の叫びを世界に広げてきた池田SGI会長は、今年の平和提言で、全ての生命が“関係性の網”で結び付いていることを想起せよと訴えた。私たちは思いをはせねばならない。南京の苦しみ。パールハーバーの悲嘆。アウシュビッツの絶望。沖縄の犠牲。どの一つも断じて繰り返してはならない▼「私たちは一つの人類の仲間」と述べた大統領のスピーチは、他者に同苦する心を被爆地の精神として発信する新たなスタートとなった。(進)
posted by ハジャケン at 09:42| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

勇者

牙城会   
 ありて本部の   
  大城は   
皆が朗らか   
 皆が楽しく   
  9・1「牙城会の日」を記念して  
    2009.9.1
posted by ハジャケン at 09:34| 山梨 ☁| 民衆の舞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 5月29日

女性に贈ることば365日
池田大作
5月29日
世界を支えているのは、
一部の偉ぶった指導者などではない。
目立たなくても、自らの使命に生き抜いている、
お母さんたちです。
posted by ハジャケン at 09:33| 山梨 ☁| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月28日

空念仏

 日本くらい平和、平和と言うて大事な問題を
 抹殺(まっさつ)する風俗はほかにない。
 平和は誰でも口にするが、それをどう達成するか。
 こういう実際問題になると、これくらい難しいことはない。
 こういう穢国濁世(えこくじょくせ)、
 あるいは穢国悪世というような時代に、
 平和は空念仏(からねんぶつ)になりやすい。
 単なる概念、あるいは標語みたいなものになって、
 実際のものにならない。
 平和というものを実際のものにしようと思ったら、
 非常な抑制機能、すなわち非常な道徳的精神が必要である。
posted by ハジャケン at 10:20| 山梨 ☔| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

力走55

力走 五十五

 山本伸一は、高齢の芝山太三郎の手を、ぎゅっと握ったまま語っていった。
 「お会いできてよかった。同志もいない山間の集落で、病弱な奥さんと共に、あなたは敢然と広宣流布に立ち上がった。苦労したでしょう。辛い思いもしたでしょう。何度も悔し涙を流したことでしょう。
 でも、歯を食いしばり、御本尊を抱きかかえるようにして、日蓮大聖人の仏法の正義を叫び抜いてきた。まさに、地涌の菩薩の使命を果たしてこられた大功労者です。
 口先で広宣流布を語ることはたやすい。大切なのは、実際に何をしてきたかです。
 日々、心を砕いて、身近な人びとに仏法を教え伝えていく――その地道な実践のなかに、世界広布もあるんです。
 私は、健気な庶民の王者であるあなたを、見守り続けていきます。毎日、題目を送ります。どうかあなたは、私に代わって、地域の同志を、集落のすべての人びとを守ってください。よろしくお願いします」
 芝山は、決意に燃えた目で大きく頷いた。
 それから伸一は、四国総合長の森川一正たちに視線を注ぎながら語った。
 「この方が、集落の広宣流布を決意して戦ってきたように、目標を決めて信心に励むことが大切なんです。自分の住んでいる集落でも、自治会の範囲でも、向こう三軒両隣でもよい。あるいは、親戚、一門でもいいでしょう。そこを必ず広宣流布しようと決めて、年ごとに、具体的な前進の目標を立てて挑戦していくことです。目標がなければ、どうしても惰性化していってしまいがちです」
 伸一は、後日、芝山に杖を贈った。
 その杖を彼は誇りとし、八十歳近くになってからも、杖を手に、こう言って弘教に飛び出していった。
 「今夜は、月が明るいけん。折伏に行かなあいかん。山本先生と約束しちょうけん。噓をついたらいかん」
 広宣流布の誓いに生き抜き、行動する人こそが、真の師弟であり、同志である。
posted by ハジャケン at 10:18| 山梨 ☔| 新・人間革命 29-2力走 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2016年5月28日

 米国のオバマ大統領が27日夕、現職大統領として初めて広島を訪問した。歴史的な一歩である▼核大国の指導者が、原爆資料館を見学し、被爆者代表と対話して、言葉や知識としてでなく、目や耳で直接、被爆の現実に触れた事実は大きい▼もとより人を殺す兵器に「人道的」も「非人道的」もないが、一撃で十数万の市民をせん滅し、次の世代まで放射能で苦しめる核兵器の非人道性は明らか。だが、毒ガスなどが非人道性を理由に条約で禁止されたにもかかわらず、核兵器はそうではない。核の抑止力への信奉が、依然として各国の安全保障の根っこにあるからだ▼核廃絶への道のりは長いとしても、核は「非人道的」という規範を確立し、道義的にタガをはめることが、廃絶への確かな一歩になる。そのために、広島を見て聞いて肌で知った大統領の一挙手一投足が、レガシー(遺産)として活用されることを強く望みたい▼「核兵器のない世界」というビジョンは共有されている。あとは「行動」を積み上げていくことだ――池田SGI会長は、大統領の訪問に期待し、述べた(「ジャパンタイムズ」紙)。私たち市民の一人一人にも、傍観者でなく、平和への信念に基づいて、核廃絶への声を高め、行動する覚悟が求められている。(飛)
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女性に贈ることば365日 5月28日

女性に贈ることば365日
 池田大作
5月28日
順調な時ばかりでは、本当の幸福を実感できるはずがない。
険しき山河がありても、すべてを悠々と乗り越え、
深く人間の価値を知りながら進むことだ。
そこには喜びがある。そこには満足がある。
そこには後悔がない。
posted by ハジャケン at 10:11| 山梨 ☔| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月27日

現代人の災い

 私は現代人の最も大いなる禍は、帰する所、
 人間の機械化に依る人格の破綻(はたん)に在ると思う。
 本来人格は知情意の渾然(こんぜん)たる統一である。
 人間の価値は知情意の円満な発達になければならぬ。
posted by ハジャケン at 10:03| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

力走54

力走 五十四

 十二月九日、山本伸一は、三泊四日にわたる高知研修道場での指導を終えて、高知市に戻ることになっていた。伸一は、正午過ぎから、研修道場に集って来た、四、五十人ほどの人たちと勤行して、出発することにした。
 勤行が終わり、皆の方を向くと、「先生!」と声をかける人がいた。補聴器をつけた、高齢の男性であった。土佐清水市の中心部から二十数キロ離れた集落で、最初に入会した芝山太三郎である。その集落は、タヌキやウサギが生息する、山間にあった。
 彼の悩みは、妻が病弱なことであった。近くには病院もない。一九五八年(昭和三十三年)、“妻が元気になるなら”と信心を始めた。
 芝山は、学会の指導通りに弘教に歩いた。すると、周囲から「いよいよ、頭がおかしゅうなってしもうた!」と陰口をたたかれた。
 だが、彼は微動だにしなかった。芝山もまた「いごっそう」であった。こうと決めたら、どこまでも突き進んでいった。
 半年後、妻が健康を回復した。
 “この御本尊はすごい! どんな願いも、必ず叶えてくれる!”
 その確信が、ますます弘教の闘志を燃え上がらせていった。
 広宣流布の原動力とは、御本尊への絶対の確信であり、功徳から発する歓喜である。体験を通して、それを実感し、そして、大法弘通の使命を自覚することによって、広布の流れは起こってきたのだ。
 芝山は、この日、地域広布の伸展を伸一に報告しようと、妻と息子の三人で、勇んで研修道場に駆けつけてきたのである。彼は、あらん限りの力を振り絞るようにして語った。
 「先生。わが集落は、もう一歩です。入会二十年、半分ほどの人たちが学会員となりました。なんとしても広宣流布します! それまでは、わしゃ、死ねんと思いよります」
 「ありがとう!」
 伸一は、この男性のもとに歩み寄り、抱きかかえるようにして、手を握り締めた。
 「信念の勝利です。敬服いたします!」
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勇者

牙城会   
 君たちありて   
  広宣城   
常に勝利の   
 城と輝く   
  牙城会の友へ   
   2009.3.6
posted by ハジャケン at 09:57| 山梨 ☀| 民衆の舞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 5月27日

女性に贈ることば365日
 池田大作
5月27日
一日一日をていねいに生きよう!
美しいものをたくさん発見できる人こそ、
美しい人である。
posted by ハジャケン at 09:57| 山梨 ☀| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月26日

力走53

力走 五十三

 山本伸一は、研修道場で役員のメンバーと入浴し、皆でロビーに出た。すると、人目を忍ぶようにして、帰途に就こうとしている若い女性の姿が見えた。
 「あの方は?」
 伸一は、県長の島寺義憲に尋ねた。
 「地元の女子部の大ブロック長(後の地区リーダー)で金山智美さんといいます。研修道場の事務所を手伝ってくれております」
 実は、彼女は膠原病を患い、薬の副作用による肌荒れや目の充血があった。そのなかで裏方として、準備にあたってきたという。
 伸一は、金山に声をかけた。そして、「ありがとう!」と感謝を述べると、力を込めて励ましていった。
 「信心をしているのだから、必ず宿命転換はできます。絶対に病は治すと決めて、題目を唱え抜いていくんだよ。二百万遍、三百万遍と、真剣に祈り抜いていくんです。何よりも、“病になんか負けるものか!”という、強い一念をもつことです。いいですね」
 「はい……」
 緊張していたのか、か細い声であった。
 伸一は、諭すように言った。
 「小さな声だね。そんな弱々しい声では、病魔を打ち破っていくことはできないよ。はつらつと生命力をみなぎらせていくんです。“私は、必ず元気になってみせる! 断じて乗り越えてみせる!”という、師子の気迫が大事なんだ。もう一度、言ってみようね」
 「はい!」
 決意のこもった明るい声が帰ってきた。
 「そうだ! その意気だよ!
 私も題目を送ります。一人じゃないよ。すべての諸天善神が、あなたを守ってくれます。必ず元気になって、またお会いしよう」
 金山の頰に赤みが差し、瞳は誓いに輝いていた。伸一も愁眉を開いた。束の間の出会いであったが、彼女は奮い立った。
 その後、金山は、見事に病を乗り越えている。そして結婚し、家庭を築き、夫妻で土佐清水の広布に駆け巡ることになるのである。
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名字の言〉 2016年5月26日

 名作と呼ばれる映画のタイトルを並べては、「あ、あれ俺の作品」「あの作品も俺」と、誇らしげに言う人がいた。声の主は、舞台セットで使う木を用意した植木職人だった▼それを聞いた脚本家の山田太一さんは感動し、「自分の作品もいつかこの植木屋さんの自慢の一つになりたい」と願った(『その時あの時の今』河出書房新社)。原作者や脚本家だけでなく、役者やスタッフ、さらに裏方の人までが、“あれは私が作った”と誇りにする作品は、名作に違いない▼小学校の教員を目指し、講師として働きながら、5度目の採用試験に挑む男子部員がいた。学会活動と受験勉強に一歩も引かない彼を応援する先輩は、「今年最大の目標は、試験に合格すること」と祈り励まし続けてきた。実際に受験するのは彼である。だが先輩は言った。「いいや。これは大事な後輩を勝たせる“私の戦い”だ」▼その後、合格した彼を先輩は「粘り勝ちだな」と祝福した。周囲は“諦めることなく、祈り、挑戦し続けた彼と先輩の勝利だ”とたたえた▼広布の活動は多岐にわたる。その一つ一つを“ほかでもない、私の勝負だ!”と取り組めば力は何倍にも増す。“あの栄光の広布史は、私の勝利で開いた”と胸を張れる人生をともどもに築いていきたい。(城)
posted by ハジャケン at 09:40| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする