2016年01月31日

人間の尊さ

 人間の尊さは安らかな環境に安逸(あんいつ)を
 貪(むさ)ぼることではなくて(そんなことをすれば直ぐに堕落します)、
 各人の内に与えられておる無限の知性や徳性・神性を徹見し、
 開拓して、人格を崇高にし、
 人類文明を救済し発達させる努力にあるのであります。
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名字の言 2016年 1月31日

 「ラストダンスは私に」。ダンスパーティーで人気の男性の姿を見ながら、「最後の曲は私と」と、切なく思う女性の歌だ▼日本では越路吹雪さんで知られるが、もとはアメリカの曲。プレスリーなどに楽曲を提供した、D・ポーマスとM・シューマンの名コンビの作品だ。原曲では主人公は男性。ポーマス自身がモデルだった。貧しいユダヤ移民の家庭に生まれ、幼いときの病気の後遺症で松葉杖の生活。その実体験の思いが込められていた▼1960年代アメリカの「ポップス黄金時代」を担った人々の経歴をたどると、「おお! キャロル」などのヒットを飛ばしたニール・セダカの父はトルコからの移民。「ダイアナ」のポール・アンカの家族はレバノンから来た▼この事実にもアメリカの底力の源泉を知る思いがした。つまり「多様性」である。障がいや出自を問わず、誰にも可能性を発揮するチャンスが開かれている。その風通しのよさが、底流の部分で社会を明るくする▼次元は違うが、創価学会の世界的発展も、万人に使命があり、幸福になる権利があるという仏法哲学を、メンバーが信仰活動で体現したところに一つの理由がある。老若男女の多彩な人々が集う座談会の日常風景。その掛け替えのない価値を、あらためて思う。(哉)
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御義口伝P765

指導要文集
第一章 信心の基本 妙法の偉大さ
信とは無疑(むぎ)日信(わつしん)なり伏とは法華に帰伏するなり随とは心を法華経に移すなり従とは身を此の経に移すなり―――御義口伝P765
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女性に贈ることば365日 1月31日

女性に贈ることば365日
 池田大作
1月31日
子どもを育てていく過程では、思いもよらない、
困難な出来事に出会うものです。
その時こそ――
お母さん、あなたの愛が必要です。
お母さん、あなたの強さが大切です。
お母さん、あなたが負けないことが、
子どもの人生の勝利につながります。
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2016年01月30日

クェートに雪ですって

Snow falls in Kuwait for 'first time ever' https://shar.es/1hO2us @MiddleEastEyeさん
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よき師を求める

 人間には生まれつきの好ましい素質が徳となっている者がある。
 またよい先生につき、
 よい友だちと交わって徳が磨かれる者もある。
 さらに学問によって磨きあげて徳をつくる者もある。
 しかし生まれつきその徳が完全であるなどという人はいないので、
 どうしても人間はよい師・よい友を得て仕込まれるか、
 学問をして練り上げないと徳はできません。
posted by ハジャケン at 09:29| 山梨 ☔| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

常楽25

常楽25

 山本伸一は、「母の曲」の二番の冒頭を、最初は「名も無き家を 守りつつ」とし、「家」の字を「しろ」と読むようにした。

 しかし、各家庭が、そのまま「母の城」なのだということを伝えるには、「家」ではなく、「城」と書いた方がよいと思った。

 そして、婦人たちを「小さな太陽」と表現した。太陽は、雨の日も、晴れの日も、嵐の日も、必ず昇る。何があろうが、粘り強く、黙々と、わが仕事、わが使命を果たし抜き、温かな光を皆に降り注いでいく。

 大業を成し遂げるものは、忍耐強い、地道な労作業である。

 作詞は、三番に入った。

 「ああ悲しみも いざ越えて……」

 ここでは、人生は過酷なる宿命との戦いであることを詠った。

 現実は、常に疾風怒濤である。順風満帆の人生などない。外から見ていてはわからなくとも、皆、何かしら深刻な悩みをかかえ、時に呻吟しながら生きているものだ。次から次へと、苦悩の怒濤は押し寄せて来る。

 だからこそ、唱題なのだ!

 だからこそ、折伏なのだ! 

 地涌の菩薩の、仏の大生命を呼び覚まし、強い心で、大きな心で、豊かな心で、悠々といっさいを乗り越え、勝利していくのだ。

 宿命が、悩みがあるからこそ、それを克服することによって、仏法の功力を、その真実を、偉大さを証明することができる。わが宿命は、わが使命となるのだ。ゆえに、信心で打開できない悩みなど、断じてない。

 叩きつける氷雨の激しさに、心が絶望の暗雲に覆われてしまうこともあるかもしれない。しかし、今日も、明日も、太陽は、燦々と輝き、昇っていることを忘れまい。

 大宇宙を貫く妙法に連なり、自らが太陽となるのだ。栄光と勝利の歓喜の輝きを放ち、幸の光彩をもって、一家を、さらに地域を、未来を照らし出していくのだ。

 伸一は、心の思いを、励ましの叫びを、婦人部の歌に込め、歌詞を口述していった。
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名字の言 2016年 1月30日

 料理店を営む壮年部員は体力と視力が落ちてしまい、店を畳もうかと迷っていた。そこに、これまで「店は継がない」と言っていた息子が一転、サラリーマンを辞め、親孝行したいと帰郷した▼修業中の息子は洗い場専門で、まだ調理場には立たせてもらえない。それでも、なじみの客は「後継ぎができて良かったね」とほほ笑む。だが壮年はニコリともせず、黙って魚をさばいた▼愛想が足りないが職人かたぎの壮年は、信心も愚直に貫いてきた。仕事柄、夜の会合に参加できないので、本紙の配達員を買って出た。定休日には、まだ幼かった息子との触れ合いを兼ねて、父子で同志の訪問激励に歩いた▼だから、昔から青年を知る地元の同志もUターンの報を喜んだ。ある日、2人で会館を訪れると、息子に「○○さんのお父さん?」と尋ねる同志がいる。これまで父子でいると「こちら、息子さん?」と壮年に声が掛かることが多かった。息子が仕事の傍ら、青年部の仲間と学会活動に励み、成長していることを物語る変化。壮年は笑顔になった▼親は子どもに、先輩は後輩に、自分以上に活躍してほしいと願うもの。そして師は、弟子の成長を信じ、存分に活躍する時を待っている。それに応えようと戦う中に、自他共の幸福と勝利がある。(代)
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御義口伝P760

指導要文集
第一章 信心の基本 妙法の偉大さ
信の一字は最後品の無明を切る利剣なり―――御義口伝P760
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女性に贈ることば365日 1月30日

女性に贈ることば365日
 池田大作
1月30日
「限界を破ろう!」―――
そう決めたとき、
実は自分の心の限界を、
すでに一歩、破っている。
その時点で、理想や目標も、
半ば達成されているとさえ言ってよい。
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2016年01月29日

教学半す

 『書経』の「説命」に教学半(なかば)す≠ニ。
 我々は学んで初めてその足らざるを知り、
 教えて初めて到らざるを知る。
 そこで自ら反(かえ)り、強(つと)めるのだ。
 教えることは学ぶことであり、
 学ぶことによって教えることができる。
 教学半す≠髀活ネ(ゆえん)である。
posted by ハジャケン at 09:22| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

常楽24

常楽24

 創価婦人会館での懇談で、婦人部の幹部は山本伸一に、「可能ならば先生に作詞をしていただければ……」と、要請を伝えた。

 伸一は、この意向に添いたかった。

 彼は、この日、午後十時半に帰宅してから、作詞に取りかかったのである。

 「さあ、婦人部の歌を作るよ。言うから書きとめてくれないか」

 妻の峯子が、メモ帳を手にして飛んできた。

 「幼子抱きて 汗流し……」

 すぐに口述が始まり、次々と言葉が紡ぎ出されていった。既に彼の頭の中で、歌のイメージは出来上がっていた。

 一人の婦人の、尊き人生の広布旅をたどるような構成にしたかった。

 峯子は、一番の歌詞を書きとどめながら、草創期に小さな子どもらを背負い、抱きかかえ、手を引きながら、弘教に、同志の激励にと、家々を回る婦人の姿が心に蘇ってきた。

 皆、生活は苦しかった。病の子をもつ人もいた。家族の不和に悩む人もいた。ご主人を亡くした人もいた。そのなかで婦人たちは、広宣流布という久遠の使命に目覚め、必死になって、唱題に、折伏に励んだ。周囲からは嘲笑されもした。水を撒かれ、塩を撒かれもした。罵詈雑言も浴びせられた。

 しかし、創価の母は、負けなかった。

 時に涙を拭いながらも、微笑みを返して皆を大きく包みこみ、さっそうと広布の道を突き進んでいった。胸には、歓喜の太陽が誇らかに燃え、生命は躍動し、希望の大空が果てしなく広がっていた。

 御聖訓には、「法華経の師子王を持つ女人は一切の地獄・餓鬼・畜生等の百獣に恐るる事なし」(御書一三一六n)と仰せである。

 そして、その母たちによって育てられた娘たちが、後継のバトンを受け継いで、若き婦人部員となり、同じ使命の大道を、幸の調べを奏でながら、朗らかに前進しているのだ。

 伸一は、苦闘を重ねてきた偉大なる創価の母たちに、最大の敬意と賞讃を込めて、歌詞を作っていった。
posted by ハジャケン at 09:21| 山梨 ☀| 新・人間革命 29-1常楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言 2016年 1月29日

 親なら誰しも、わが子に「こうなってほしい」と願望を抱くもの。だが理想と現実の違いに焦り、目に見える変化≠求めてばかりいると、期待に応えようと自分らしさ≠のみ込んでしまう子どもも少なくない▼民音主催「親子のための手作り楽器の体験学習・音楽会」の講師を務める池田邦太郎氏は「子どもたちの素直な心を尊敬し、大人が彼らより下に(アンダー)立った(スタンド)℃栫A初めてその心がunderstand=@揄できる」と語る▼英語で「education」は「教育」と訳されるが、福沢諭吉はこの訳に異を唱えた。『文明教育論』で「学校は(中略)天資の発達を妨げずしてよくこれを発育するための具」とあり、「教育」ではなく「発育」と訳すべきであるとしている▼価値観を上から押しつけるのでなく、相手に本来そなわっている可能性を見いだそう、引き出そうと真摯に努力する――その姿勢を敏感に感じて子どもは伸びていく▼人を教育しようと思うなら、まず自分を教育する。相手に変わってほしいなら、まず自分が変わることだろう。福沢は「発育」と言ったが池田SGI会長は「教育は『共育』」と論じた。「発育」と「共育」――親子に限らず、全ての人間関係に通じる重要な視点である。(植)
posted by ハジャケン at 09:19| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

御義口伝P759

指導要文集
第一章 信心の基本 妙法の偉大さ
修業とは無疑(むぎ)日信(わつしん)の信心の事なり―――御義口伝P759
posted by ハジャケン at 09:18| 山梨 ☀| 指導要文集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 1月29日

女性に贈ることば365日
 池田大作
1月29日
真剣ほど強いものはない。
物事に真剣に取り組んでいる姿ほど若々しく、
美しいものはない。
posted by ハジャケン at 09:17| 山梨 ☀| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月28日

教は效なり

 「道を修むる之を教と謂う」、
 どうしても教というものが要る。
 教という字は、単に口でおしえるばかりでなく、実践を伴う。
 即ちお手本になる、人のならいのっとるところとなるという意味である。
 だから「教は效(こう)なり」という注釈があるわけです。
 教育とは、教師が生徒のお手本になって、
 生徒を実践に導いてゆくことであって、
 ただ言葉や文句で教えることではない。
 言葉で教えるのは、訓とか、誡とかいうものであります。
posted by ハジャケン at 09:23| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

常楽23

常楽23

 「母の曲」の歌詞が発表されると、婦人部員の間から歓声と拍手が起こり、しばらく鳴りやまなかった。ようやく拍手が収まると、山本伸一は言った。

 「婦人部の皆さん方の日夜のご活躍に、心から敬意を表して作らせていただきました」

 さらに大きな拍手が広がった。

 伸一が、「母の曲」の作詞をしたのは、前夜のことであった。この日、創価婦人会館(後の信濃文化会館)で婦人部の方面幹部らと懇談した。

 功徳の体験に沸き返る組織の様子や、宗門の僧が理不尽な学会批判を繰り返すなかで、健気に友の激励に走る婦人の活躍の模様などが、次々と報告された。その時、新しい婦人部歌を発表したいという要望があった。

 婦人部では、この年六月に創価婦人会館が開館した記念に、新婦人部歌を作成しようということになり、一応、婦人部有志による、「母の城」と題した歌詞の案ができていた。

 その案を見せられた伸一は、感想を述べた。

 「この創価婦人会館を『母の城』として詠っているが、『母の城』を、ここだけに限定する表現は、避けた方がいいように思う。

 婦人部は、何百万人もおられる。しかし、これまで婦人会館に来られたのは、六万人ぐらいだと伺っています。まだ大多数の婦人部員が、直接見ていないだけに、ここが『母の城』といわれても実感が湧かないでしょう。

 むしろ、皆さんのご家庭を、『母の城』と、とらえるべきではないでしょうか。日蓮大聖人は『法華経を持ち奉る処を当詣道場と云うなり此を去って彼に行くには非ざるなり』(御書七八一n)と仰せになっている。

 つまり、日々、信心に励んでいる場所こそが、成仏にいたる道場であるというのが、本当の仏法の教えなんです。自分の今いる場所で、崩れることのない幸せを築き、わが家を寂光土へと転じていくんです。婦人部の皆さんには、それぞれのご家庭を『幸の城』『母の城』にしていく使命があるんです」

 幸福の実像は、わが家庭にこそある。
posted by ハジャケン at 09:21| 山梨 ☀| 新・人間革命 29-1常楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言 2016年 1月28日

 戦国武将・真田一族の魅力の一つに、小よく大を制する巧みな知略が挙げられる。また大坂の陣で真田幸村(信繁)の軍勢が身に着けた、赤い甲冑も鮮烈だ▼戦場で最も目立つ赤色は戦う魂の表れ。「戦と言うのは、臆すれば、敵に攻め込まれ、自分自身も命を落とすことになる。敵に勝ち、自らも生き残るためには、攻めて攻め抜くことを心がけねばならぬ」(三池純正著『真田幸村と大坂の陣』第三文明社)。この命懸けの覚悟が、真田の名を歴史に刻印した▼誰しも戦うべき時がある。3年前、人生に行き詰まっていた壮年は「広布のため、自身の宿命転換のため、何でもやらせてもらおう」と本紙の配達を引き受けた。早朝の配達はつらかったが、慣れると生活にリズムが生まれ、目の前の課題に集中できるように▼営業の仕事にも前向きに取り組み、昨年は大きな案件に挑戦。唱題でアイデアを湧かせ、小さい会社ながらライバルの大手メーカーを退け、見事に契約を勝ち取った。配達員、営業マン、支部長、さらに今はPTA会長も。無冠の誇りで全てに挑む日々だ▼御聖訓に「あへて臆病にては叶うべからず候」(御書1193n)と。岐路に立つ時こそ「よしやってやろう」と一歩踏み出すのが我らの価値創造の道である。(進)
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御義口伝P751

指導要文集
第一章 信心の基本 妙法の偉大さ
此の本法を受持するは信の一字なり、元品の無明を対治する利剣は信の一字なり無疑(むぎ)日信(わつしん)の釈之を思ふ可し―――御義口伝P751
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女性に贈ることば365日 1月28日

女性に贈ることば365日
 池田大作
1月28日
何に悩んでいるか。何を望んでいるか―――。
皆の心を知り、皆が安心して頑張れるように、
一人一人を、きめ細やかに励ましていく。
心の重荷を取って、軽くしてあげる。
楽しくさせてあげることだ。
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2016年01月27日

常楽22

常楽22

 十月二十一日午後、十月度の本部幹部会が東京・板橋文化会館で行われた。

 この日の指導のなかで、山本伸一は、学会歌を制作してきた真情について語り始めた。

 「私は、本年、各方面や県、また各部から強い要望があり、歌を作ってまいりました。同志の皆さんは、来る日も来る日も、苦労に苦労を重ねて学会活動に励んでくださっている。そうした方々に、心からいたわりの言葉をかけ、御礼、感謝申し上げたいというのが、私の思いでありました。

 そこで、歌を贈ることで、皆さんが喜んでくださり、せめてもの励ましとなり、希望になるのであればと、拙い歌ではありますが、一生懸命に作らせていただきました。

 今回も、婦人部並びに茨城県創価学会からの要請があり、新婦人部歌として『母の曲』を、茨城の歌として『凱歌の人生』を作詞いたしましたので、本日、この席で発表させていただきます」

 そして、「母の曲」の歌詞が紹介された。

  

 一、幼子抱きて 汗流し

   尊き元初の 使いをば

   果たせし日々の 晴れ姿

   誰か讃えむ この母を

   

 二、名も無き城を 守りつつ

   小さな太陽 変わりなく

   あの人照らせ この人も

   やがて大きな 幸の母

   

 三、ああ悲しみも いざ越えて

   母の祈りは けなげにも

   嘆きの坂の 彼方には

   城の人々 笑顔あり

   

 四、母はやさしく また強く

   胸に白ゆり いざ咲きぬ

   老いゆく歳も 忘れ去り

   諸天も護れ この舞を

   誉れの調べ 母の曲
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名字の言 2016年 1月27日

 JR上野駅の15番線ホームの近くに、岩手県が生んだ歌人・石川啄木の歌碑がある。「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを 聽きにゆく」。すぐそばには東北新幹線の改札口もある▼先週末、そこを訪ねた折、会話から親子と分かる男性と少女が立っていた。新幹線の改札口から高齢の女性が出てくると、少女は「おばあちゃーん」と抱き付いた。女性が方言で語りだすと、男性に笑みがこぼれる。懐かしい方言に、自分を育んでくれた過去の思い出がよみがえり、再会の喜びも増したことだろう▼年始を郷里で過ごし、元気いっぱいで戻った、ある壮年と語らった。実は悩みで行き詰まり、意気消沈したままでの帰省だったという。そんな中、実家で勤行した際、仏壇の引き出しから、青年部時代に御祈念項目を記したメモが出てきた▼そこに、当時、幸福になってほしいと祈っていた友人の名前もあった。後に入会した友人である。壁にぶつかり、自分が最も苦しかった時、必死に宿命転換を祈り、実らせた弘教でもあった▼壮年は友人と連絡を取り、故郷の新年勤行会で再会。成長を約し合い、一年を出発したという。信心の思い出を刻む「故郷」は、懐かしさに加えて、未来へ進む力を与えてくれる存在でもある。(城)
posted by ハジャケン at 12:16| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雑学の危険

 雑学は精神の消化不良を起こす。
 過ぎると脳酸過多、脳潰瘍を起こす。
 酷(ひど)くなると人格破産、精神分裂ということになる。
 その意味で、現今の学校の勉強は非常な雑学でありまして、
 甚だ危険であります。
 もっと有機的発展を促すような教え方を徹底する必要があります。
posted by ハジャケン at 08:57| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

御義口伝P725

指導要文集
第一章 信心の基本 妙法の偉大さ
一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり、此の信の字元品の無明を切る利剣なり其の故は信は無疑日信(わつしん)とて疑惑(ぎわく)を断破(だんぱ)する利剣なり解とは智慧の異名なり信は価の如く解は宝の如し三世の諸仏の智慧をかうは信の一字なり智慧とは南無妙法蓮華経なり、信は智慧の因にして名字即なり信の外に解無く解の外に信無し信の一字を以て妙覚の種子と定めたり―――御義口伝P725
posted by ハジャケン at 08:54| 山梨 ☀| 指導要文集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする