2017年03月26日

名字の言〉 2017年3月26日

熊本地震から来月で1年となる。一般に、発災からの節目を刻む時、被災者が「記念日(アニバーサリー)反応」を起こす恐れがあるという▼記念日反応とは、身近な人の死や災害などに直面した人が、その出来事のあった日の前後に、つらい体験や悲しみを思い出し、不眠や落ち込みなど心身に不調を来すこと。心的外傷後ストレス障害(PTSD)に特徴的な反応の一つである。一見、落ち着いた生活を取り戻したように見える人や、精神的苦痛を感じた自覚をもたない人でさえ、こうした反応を示す場合があるといわれる▼これを防ぐ重要な対処法の一つが「周囲とのつながり」を深めること。家族や親しい友人と語り合うことはもちろん、地域の人々と協力した過去の記憶を呼び起こすだけでも効果があるという▼熊本の婦人部員は、この一年、被災した友に寄り添うことに徹してきた。先月も、震災で心身を患い、半年ほど家にこもっていた友が、彼女をはじめ学会家族の支えで、外出することができた。「私も被災者の一人ですが、師匠や同志の励ましで立ち上がることができました。ご恩返しです」と彼女は言う▼蓄積された記憶はさまざまだからこそ、じっくりと相手の話を聴くことが大切だ。心通う対話で、地域の絆を強めたい。(剣)
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橘曙覧『独楽吟』

 たのしみは珍しき書人にかり
  始め一ひらひろげたる時
 たのしみは空暖かにうち晴れし
  春秋の日に出でありく時
 たのしみは朝起き出でゝ昨日まで
  無かりし花の咲ける見る時
 たのしみは心にうかぶはかなごと
  思ひつゞけて煙草すふ時
 たのしみはまれに魚煮て児等皆が
  うましうましといひて食ふ時
 たのしみはそゞ読みゆく書の中に
  我とひとしき人をみし時
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曾谷殿御返事P1056

謗法を責めずして成仏を願はば火の中に水を求め水の中に火を尋ぬるが如くなるべしはかなし・はかなし、
何(いか)に法華経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄にをつべし、うるし千ばいに蟹(かに)の足一(ひと)つ入れたらんが如し、毒気(どっけ)深入(じんにゅう)・失(しっ)本心(ぽんしん)故(こ)は是なり―――
 曾谷殿御返事P1056
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女性に贈ることば365日 3月26日

女性に贈ることば365日
 池田大作
3月26日
恩を知り、恩に報いていくことが、
人間の歩むべき道である。
親を愛し、
親に心の底から感謝できるようになっていくことが、
人間としての深まりであり、
成長の証と言ってよい。
そのように人間として成長していってこそ、
自らもよい親となり、
和楽の家庭を築いていける。
そうした心が、
子育てにも大きな影響を与えていく。
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2017年03月25日

雌伏 二

小説「新・人間革命」〉 雌伏 二

 山本伸一は、学会本部に行くことを、なるべく控えるようにしていた。
 会長になった十条潔たちに、思う存分、指揮を執ってほしかったし、自分が本部にいることによって、ついつい皆が頼ってしまうようになることを避けたかったのである。
 伸一の最大の願いは、後を託した首脳たちが、創価の師弟の大精神を受け継ぎ、すべて自分たちの力で学会の運営や会員の指導にあたり、広宣流布の使命と責任を果たしていくことであった。また、次代を担う青年たちの成長であった。
 彼は、深い祈りを捧げながら、「獅子の子落とし」の言い伝えを思い起こした。獅子は、子が生まれると深い谷底に突き落とし、生き抜いたものを育てるとの俗説がある。あえてわが子に、大成のために試練を与えることを意味するが、今、彼も、同じ思いで、後継の奮闘を見守っていたのである。
 週刊誌などのマスコミは、毎週のように伸一の会長辞任などを取り上げ、囂しかった。学会批判を繰り返してきた評論家らが登場し、学会は滅亡に向かうといった、邪推に基づく無責任な報道も続いていた。
 そのなかで彼は、神奈川文化会館で、立川文化会館で、静岡研修道場で、行く先々で学会員の姿を見ると声をかけ、激励を重ねていった。記念のカメラにも納まった。
 何があろうが、広宣流布の軌道を外さず、自ら定めたことを、日々、黙々と実行していく――まさに太陽の運行のごとき前進のなかにこそ、人生の栄光も広布の勝利もある。
 五月十一日、伸一は、立川文化会館で、日天、月天と対話する思いで、詩を詠んだ。
   
 西に 満々たる夕日
 東に 満月 煌々たり
 天空は 薄暮 爽やか
 この一瞬の静寂
 元初の生命の一幅の絵画
 我が境涯も又
 自在無礙に相似たり
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名字の言〉 2017年3月25日

事故の後遺症で、声は出せても言葉にならない少女が、“一日だけ話せたら、したいこと”をつづったエッセーを読んだ。タイトルは「わたしの願い」(日本新聞協会発刊「HAPPY新聞」)▼“お母さんに「ただいま!」って言う”“お父さんとお兄ちゃんに電話して、「早く帰ってきて」って言う”などの願いが並ぶ。そして、最後の一文に胸が締め付けられた。「家族みんなに『おやすみ』って言う/それで じゅうぶん」▼人が心から望むもの。それは、ささやかでも、かけがえのないことに違いない。岩手県釜石市の中学校で行われた「東北希望コンサート」(民音などが主催)でのこと。同市出身の歌手が生徒らと、釜石と熊本の震災復興を願って、「釜石、熊本に帰ったら〇〇したい」という内容の歌を作り、合唱した。その歌詞も、“よく遊んだ公園から夕日を見たい”“母校に行ってみたい”というものだった▼以前、「震災後、希望を持てた転換点は?」と取材した際、多くの友の答えが重なった。「聖教新聞で池田先生の指導を学べた時」「御本尊の前で勤行できた時」「座談会で皆に会えた時」……▼決して仰々しくはない小さなことにも、大きな幸せの因は宿る。それを知り、感謝できる人が、本物の幸福を手にする。(城)
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人生の夢魔を払う

 死の覚悟は人生の夢魔を振るい落とすことである。
 生活からふざけた心を
 一掃(いっそう)し去ることである。
 そこにはじめて道心の芽が地上に成長する。
 理想が白熱の光を以て現実を照らす。
 かくて人は物欲の桎梏(しっこく)(束縛)を脱して、
 大いなる感激に活きることを得るのである。
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種種御振舞御書p92

されば仏法を習わん人・後生をねがわん人は法華誹謗をおそるべし―――
 種種御振舞御書p923 
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女性に贈ることば365日 3月25日

女性に贈ることば365日
 池田大作
3月25日
大事なのは、忙しさに負けないこと。
心が負けないことです。
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2017年03月24日

雌伏 一

小説「新・人間革命」〉 雌伏 一

 さあ、対話をしよう!
 友の眼に秘められた
 哀しみ、苦しみを見すえ、
 ためらいの言葉に耳をそばだて、
 勇気を奮い起こして
 励ましの対話を始めよう!
 同苦の腕を広げ、
 弾む生命で、
 希望と正義の哲学を語ろう!
 ほとばしる情熱と
 金剛の確信をもって、
 忍耐強く、
 共感の調べを奏でよう!
   
 さあ、対話を続けよう!
 一個の人間に
 内在する力は無限だ!
 一人の発心は、
 友から友へと
 蘇生の波を広げ、
 やがて万波を呼び起こす。
 「一は万が母」(御書四九八ページ)と。
    
 われらは、
 対話をもって
 人びとの心田に幸福の種子を植え、
 この世の尊き使命を呼び覚ます。
 対話をもって
 心をつなぎ、世界を結び、
 難攻不落の
 恒久平和の城塞を築く。
 さあ、今日も、対話を進めよう!
   
 第三代会長を辞任し、名誉会長になった山本伸一は、一九七九年(昭和五十四年)五月三日の本部総会で、十条潔新会長のもと、新体制がスタートしたことを見届けると、世界広布の新しい雄飛のために行動を開始した。同志との励ましの対話に徹し、また、世界平和への流れを開くために、各国の大使や識者らとの語らいに努めた。
 対話の力こそが、時代を開く平和力となる。
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名字の言〉 2017年3月24日

奈良時代の歌人・山上憶良が詠んだ長歌がある。「瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ……」(『万葉集(二)』岩波文庫)。おいしい瓜や栗を食べると、子どものことが思い出されて仕方がない。“わが子にやれば、どれほど喜ぶだろう”と。子を愛する親の情に、今も昔もない。家族の絆は強く、固い▼今春、創価大学に進学する青年から体験を聞いた。昨年、受験に失敗。やけになって生活が荒れた。そんな彼に周囲も失望の様子。だが、母は「誰が見放したって私は信じるよ」と。寡黙な父も「息子と俺は運命共同体」と語った。祈り続ける両親の姿から、痛いほど愛情が伝わってきた。そして、彼は奮起した▼御書に「木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず」(1468ページ)と。何があろうと信じ、期待し続けてくれる存在があれば、人は強く生きられる▼進学や就職で巣立つ人、思いかなわず再挑戦する人……。“若木”たちの心が揺れ動く季節である。皆が自信を持って伸びゆけるよう、親や地域の友が“祈りの大地”となり、“励ましの光”を送りたい▼憶良は、先の長歌に反歌を添えた。「銀も金も玉も何せむに優れる宝子にしかめやも」。この世界に、子らに優る宝などない、と。(誠)
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死の覚悟

 武士の本領は平生(へいぜい)に於(お)ける
 死の覚悟に在ると思う。
 死を覚悟する時、
 猥雑(わいざつ)な妄念(もうねん)は
 おのずから影を潜(ひそ)めて、
 人間の誠が現れる。
 大道寺友山(だいどうじゆうざん)が
 武士たらんものは
 正月元旦の朝雑煮(ぞうに)の餅を祝うとて
 箸(はし)を取る初(はじめ)より
 其(その)年の大晦日(おおみそか)の夕に至るまで
 日々夜々(にちにちやや)死を常に心にあつるを以て
 本意(ほい)の第一と仕(つかまつ)り候(そうろう)
 (武道初心集上巻)と述べて居(い)るのは、
 武道に入ろうとする者に取って
 いかにも至言とはいわねばならぬ。
posted by ハジャケン at 09:16| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする