2017年09月26日

暁鐘 二十二

小説「新・人間革命」〉 暁鐘 二十二

 美しい田園風景が広がり、緑の木々を縫うようにして碧きドナウが流れる。
 五月二十五日の午後四時(現地時間)、山本伸一たちは、ウィーンの空港に到着した。
 伸一がオーストリア入りするのは、ヨーロッパ初訪問の時以来、二十年ぶりであった。
 当時、メンバーは誰もいなかったが、今では、支部が誕生し、支部長の永村嘉春らが出迎えてくれた。彼は、印刷会社に勤務する、三十九歳の若きリーダーであった。
 永村は新潟県に生まれ、東京の専門学校でデザインを学び、紙工芸の会社に勤めた。一九六二年(昭和三十七年)に入会し、男子部として活動に励み、二十人に弘教を実らせた。二十七歳の時、世界広布に生きようと、シベリア鉄道を使い、オーストリアに渡った。
 仕事もなく半年が過ぎ、就職できなければ日本に送還されるという日の前日のことだ。既に厳寒の季節に入り、外は零下一〇度である。アパートで“オーストリア広布のために戦いたい”と、一睡もせず、懸命に祈った。
 夜が明けた。“帰国しかないのか”と、荷物をまとめて部屋を出た。隣室から現れた中年の男性と視線が合った。いきなり、「君、仕事は? うちで仕事をしないか」と言われた。男性は、ガソリンスタンドの経営者で、隣室に住んでいる従業員の青年が病に倒れ、人手がなくて困っているという。
 永村は、窮地を脱した。強き一念の祈りある限り、行き詰まりはないと確信した。
 七二年(同四十七年)、彼は、ウィーン在住の四人のメンバーが署名した色紙をもって一時帰国し、伸一と会った。広布建設へ確かな一歩を踏み出していたのだ。行動と実証をもって師に応えるのが、弟子の道である。
 永村は日本人の女子部員と結婚。夫妻でオーストリア広布の礎になろうと誓い合った。伸一がパリを訪問するたびに、彼は、列車に十八時間も揺られ、訪ねて来るのであった。
 “リーダーの自分が師を求め抜き、多くを吸収し、成長しなければ、組織の発展はない”というのが、永村の考えであった。
posted by ハジャケン at 09:19| 山梨 ☀| 新・人間革命 30-4暁鐘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2017年9月26日

武勇とともに文化への理解も深いことで知られた初代仙台藩主の伊達政宗。手紙を出す際は、自ら筆を執るのを常とした▼彼の自筆とされる手紙は、残っているものだけでも実に1200通以上。家臣に代筆させざるを得ない場合には、追伸を書き添えた。直接、思いをつづることが“最高の礼”に通じると考え、こまやかな意思疎通を心掛けたのだ(佐藤憲一著『素顔の伊達政宗』洋泉社)▼丁寧にしたためられた手紙は、書き手の姿勢や思いを雄弁に物語ったことだろう。翻って現代、当時とは比べものにならないほど、手軽かつ迅速に意思を伝える手段が発達している。だからこそ、相手に思いをはせる時間を大切にしたい▼長野のある壮年は、はがき、ファクス、携帯電話など、あらゆる方法を駆使して友を励ます。20年ほど信心から遠ざかっていた友には、約2年間、小まめに携帯電話や手紙で励ましを送った。本紙の記事で印象に残った言葉や、前進を願う壮年の一言に触れ、友は次第に心を開くように。昨年、教学部任用試験に合格し、宿命転換への挑戦を開始している▼意思を伝える方法がいかに変わろうと、そこに心を込めるのは人間である。縁する人々と心の絆を強めつつ、社会を照らす友情の連帯を一段と広げたい。(市)
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名字の言〉 2017年9月26日

武勇とともに文化への理解も深いことで知られた初代仙台藩主の伊達政宗。手紙を出す際は、自ら筆を執るのを常とした▼彼の自筆とされる手紙は、残っているものだけでも実に1200通以上。家臣に代筆させざるを得ない場合には、追伸を書き添えた。直接、思いをつづることが“最高の礼”に通じると考え、こまやかな意思疎通を心掛けたのだ(佐藤憲一著『素顔の伊達政宗』洋泉社)▼丁寧にしたためられた手紙は、書き手の姿勢や思いを雄弁に物語ったことだろう。翻って現代、当時とは比べものにならないほど、手軽かつ迅速に意思を伝える手段が発達している。だからこそ、相手に思いをはせる時間を大切にしたい▼長野のある壮年は、はがき、ファクス、携帯電話など、あらゆる方法を駆使して友を励ます。20年ほど信心から遠ざかっていた友には、約2年間、小まめに携帯電話や手紙で励ましを送った。本紙の記事で印象に残った言葉や、前進を願う壮年の一言に触れ、友は次第に心を開くように。昨年、教学部任用試験に合格し、宿命転換への挑戦を開始している▼意思を伝える方法がいかに変わろうと、そこに心を込めるのは人間である。縁する人々と心の絆を強めつつ、社会を照らす友情の連帯を一段と広げたい。(市)
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独行道 2

十、物事に数寄【すき】好みなし。
十一、居宅に望みなし。
十二、身一つに美食を好まず。
十三、我身にとりて物を忌むことなし。
十四、旧【ふる】き道具を所持せず。
十五、兵具は格別、余の道具を嗜まず。
十六、道に当りて死を厭【いと】わず。
十七、老後財宝所領に心なし。
十八、神仏を尊み、神仏を頼まず。
十九、心常に兵法の道を離れず。
 是【こ】れ確かに武蔵が兵法に依って
 証悟【しょうご】することが出来た
 「自由」の道境【どうきょう】である。
posted by ハジャケン at 09:14| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新池殿御消息P1437

かへりて或はのり或は処を追ひ或は讒言して流罪し死罪に行はるれば、貧なる者は富めるをへつらひ賤き者は貴きを仰ぎ無勢は多勢にしたがう事なれば、
適(たまたま)法華経を信ずる様なる人人も世間をはばかり人を恐れて多分は地獄へ堕つる事不便なり―――
 新池殿御消息P1437
posted by ハジャケン at 09:13| 山梨 ☀| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 9月26日

女性に贈ることば365日
 池田大作
9月26日
絶対に、あなたにはあなたしかできない、
この世の使命がある。
あなたでしか咲かせられない人生がある。
何を疑ったとしても、このことだけは、
疑ってはならない。


posted by ハジャケン at 09:12| 山梨 ☀| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

名字の言〉 2017年9月25日

唐の詩人・白居易に「点額魚」という詩がある。登り切れば竜になれるという「竜門の滝」の故事にちなんで詠んだもの▼「点額」とは“額に傷を受けること”を指し、点額魚は、滝を登り切れず、岩に打ち付けられて額に傷を負った魚のこと。その魚の気持ちはどんなものだろうと白居易は自問した▼「聞けば、竜になれば天に昇って雨を降らせる苦しみがあるそうだ。そんな苦しみをするよりは、永く魚となって自由に泳ぎまわっているほうが、あるいはかえって、ましかもしれない」(佐久節訳註『白楽天全詩集2』日本図書センター)▼大きな壁に挑み、背負わなくてもよい苦しみを背負うより、今いる場所で自由に生きているほうが幸せなのではないか――人生の岐路にさしかかった時、誰の胸にも湧いてくる微妙な心を、詩人は表現したのだろう▼しかし池田先生は、この詩を通し、論じた。「竜は竜なりに雨を降らす労苦がある。この労苦を苦悩ととるか、使命ととるか。この違いが、悪知識に敗れるか、成仏かの違いになる」「法華経の修行を完成させていくということは、より多くの人々の悩みを背負い、より大きな困難に立ち向かう使命を、喜び勇んで担うこと」だと。立正安国の大理想に挑み立つ。そこにこそ人間革命の道が開かれる。(朋)
posted by ハジャケン at 08:57| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

独行道 2

一、世々【よよ】の道に背くことなし。
  ただ猫の眼の如く移り変る風俗習慣の 
  流のなかに、萍【うきぐさ】の様に漂うて、
  新を真と心得て居る者は浅露である。
  達人は万古の心を思う。
二、よろづ依怙【えこ】の心なし。
三、身に楽をたくまず。
四、一生の間欲心【よくしん】なし。
五、我事【わがこと】に於て後悔せず。
六、善悪につき他を妬【ねた】まず。
七、何【いずれ】の道にも別れを悲しまず。
八、自他ともに恨みかこつ心なし。
九、恋慕【れんぼ】の思いなし。
posted by ハジャケン at 08:51| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国府入道殿御返事P1323

人の御心は定めなきものなればうつる心さだめなし―――
 国府入道殿御返事P1323
posted by ハジャケン at 08:49| 山梨 ☀| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 9月25日

女性に贈ることば365日
 池田大作
9月25日
信頼できる人、頼れる人、
なんでも相談できる人―――
そういう人をもち、
自分もそういう人になる。
その人は幸福である。


posted by ハジャケン at 08:49| 山梨 ☀| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

名字の言〉 2017年9月24日

160年前の幕末。8畳一間の「松下村塾」には多くの青年が入塾した。しかし吉田松陰が教えた期間は実質2年4カ月。門下には町民や農民の子もいた。なぜ短期間で逸材が育ち、日本を動かす力になったのか▼当時27歳の松陰は“草莽崛起”の思想を持つ。“時代を変革するのは支配層ではなく庶民”との意味。本年、山口市で開かれた聖教文化講演会で、講師の小山良昌氏は「国のために至誠を貫く松陰の立志が、庶民を“行動する志士”に育てた」と語った▼広布史に輝く「山口開拓指導」。28歳の池田先生を先頭に、山口の会員世帯は約10倍に拡大した。延べ22日間の短期間。同志もまた新入会者が多かった。後年、先生は松陰に学ぶ“短期戦の鉄則”を3点挙げた▼@「勝利への揺るぎなき一念」。“必ず勝つ”との師弟不二の一念に立てば、無限の知恵が湧く。次にA「祈りを合わせる」。広布の大願に祈りが合致すれば、団結の力は千倍、万倍に。そしてB「電光石火のスピード」。時を逃さず、迅速に手を打つことが肝要である、と▼御書に「吼とは師弟共に唱うる所の音声なり」(748ページ)と。師匠と同じ心で「決めて」「祈って」「行動する」のが創価の勝利の方程式。この“師弟共戦の師子吼”から、新たな広布の夜明けが訪れる。(子)
posted by ハジャケン at 09:21| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

独行道 1

 幼少のみぎり父の許【もと】を去ってから、
 生涯を通じて敢て一流の兵法者に就かず、
 儒門を叩かず、禅家の炉鞴【ろび】に入らず、
 只管【ひたすら】一剣に依って、
 生死巌頭【しょうしがんとう】を去来し、
 遂に心法【しんぽう】の妙を極めて、
 真に独立自由の荘厳なる人格を鍛え上げた
 二天【にてん】宮本武蔵が死に臨んで
 弟子の為に書き残した独行道【どくぎょうどう】十九箇条こそは、
 凜乎【りんこ】として秋霜烈日【しゅうそうれつじつ】の如く、
 寸毫【すんごう】も我々に惰気【だき】を恕【ゆる】さない。
posted by ハジャケン at 09:19| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする