2017年01月22日

四信五品抄P342

国中の疫病は頭破七分なり罪を以て徳を推するに我が門人等は福過十号疑い無き者なり―――
 四信五品抄P342
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女性に贈ることば365日 1月22日

女性に贈ることば365日
 池田大作
1月22日
よき友人は、あなたの教科書となり、
あなたを理想へと引っ張ってくれる磁石となる。
 
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2017年01月21日

大山17

小説「新・人間革命」〉 大山 十七

 戸田城聖は、弟子たちに、「第三代会長を守れ! 絶対に一生涯守れ! そうすれば、必ず広宣流布できる」と遺言していた。ここに、常勝の道を開く団結の要諦がある。
 山本伸一は、自分を守ってもらいたいなどという気持ちはなかった。しかし、恩師が広宣流布のために言い残した精神を皆が忘れかけていることに、心が震撼する思いがした。
 彼は、学会の前途を見すえながら、祈るような気持ちで首脳幹部に言った。
 「私は師子だ! 何も恐れはしない。皆も師子になれ! そうでなければ、学会員がかわいそうだ。烈々たる闘争心と勇気をもって、創価の師弟の大道を歩み抜くのだ。その一念が不動ならば、いかなる事態にも学会は揺らぐことはない。戸田先生は見ているぞ!」
 彼は席を立ち、部屋を出ていった。
 窓の外で、桜の花が舞っていた。
 伸一は、その花を見ながら、牧口常三郎と戸田城聖の師弟の大闘争を思った。
 一九四三年(昭和十八年)六月、国家神道を精神の支柱にして戦争に突き進む軍部政府の弾圧を恐れ、宗門は「学会も一応、神札を受けるようにしてはどうか」と言いだした。
 牧口は、それを拒否し、大難を覚悟で国家の諫暁に立ち上がった。その時、弟子の戸田もまた、死身弘法の決意を固めたのである。そして、牧口と共に逮捕・投獄された戸田は、獄舎の独房にあって、“罪は私一身に集まり、先生は一日も早く帰られますように”と、ひたすら祈り続けたのだ。
 宗門が謗法の濁流に没しようとしていたなかで、師弟のこの魂の結合が、日蓮大聖人の正法正義を守り抜いたのである。牧口は獄中にあって殉教するが、生きて獄門を出た戸田は、師の遺志を受け継いで学会を再建し、日蓮仏法の悠久なる流布の道を開いていった。
 創価の師とは、広宣流布を誓願し、現代に出現した「地涌の菩薩」の棟梁であり、前進の主軸である。そこに弟子の一念が嚙み合ってこそ歯車は大回転を開始する。ゆえに、師弟の結合こそが創価の生命線となるのだ。
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名字の言〉 2017年1月21日

「時代の飢餓感にボールをぶつける」。自身の創作活動を、そう表現したのは作詞家の阿久悠さんだった。作詞とは「時代のなかで変装している心を探す作業」と(『書き下ろし歌謡曲』岩波新書)▼「幸福」という言葉一つとっても、人々の考える意味は時代によって変わる、と阿久さんは言った。おなかが満たされていること、欲しいものが手に入ること、友人や家族と楽しく過ごすこと――。それを知るために、阿久さんは後半生の二十数年間、日記をつけることを習慣にしていた▼書きとどめたのは主に日々のニュース。世界情勢、経済の動向や、天気、スポーツの結果など。毎日の記録で「昨日と違う今日の確認」をしたという。ささいな出来事から時代の変化を洞察する。そうして人々が待ち望む言葉を世に送り続けた▼戸田先生は「歩き方、肩の怒らし方、また、声で、その人が分かるものだ。ドアの開け方ひとつで、その人の悩みが分かるものだ」と。池田先生は、この恩師の指導を通して、人々の生命状態を見抜くことが指導者の要件であることを強調した▼日頃から接し、“よく分かっている”と思う相手でも、その心は常に動いている。祈りを根本に感受性を磨きつつ、今、目の前の一人が求める「言葉」を届けたい。(値)
posted by ハジャケン at 11:26| 山梨 ☁| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古典に親しむ

 われわれは常に時と処とに限定されて、
 狭い窮屈な遽(あわただ)しい生活をしておりますが、
 そういう中にあって古典に心をひそめる時には、
 われわれは時と処との限定を超越して、
 直ちに無礙(むげ)の世界に遊ぶことが出来るのであります。
 古典はこういう無限の楽しみや真の自由を
 われわれに与えてくれるのでありますが、
 その上古典は歴史のふるいにかけられて残ったものであります。
 歴史的評価に耐えてその生命を持ち続けるということは、
 これは容易ならぬことであります。
 個人でもそうで「歯徳(しとく)」という言葉がありますが、
 生きるということ自体一つの徳であります。
 人と人との交わりにしても、余程お互いに修養し、
 蘊蓄(うんちく)を持たなければなかなか長続きするものではありませぬ。
posted by ハジャケン at 11:23| 山梨 ☁| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

四信五品抄P342

「若し悩乱(のうらん)する者は頭七分に破れ供養すること有る者は福十号に過(す)ぐ」―――
 四信五品抄P342 
posted by ハジャケン at 11:21| 山梨 ☁| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 1月21日

女性に贈ることば365日
 池田大作
1月21日
人間としての強い心をもちつつ、
謙虚さのなかに美しい品格と知性を輝かせていきたい。
posted by ハジャケン at 11:18| 山梨 ☁| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月20日

大山16

小説「新・人間革命」〉 大山 十六

 山本伸一は、首脳幹部の一人ひとりに視線を注いだ。皆、眉間に皺を寄せ、口を開こうとはしなかった。長い沈黙が続いた。
 伸一が、一人の幹部に意見を求めると、つぶやくように語った。
 「時の流れは逆らえません……」
 なんと臆した心か――胸に痛みが走った。
 伸一は、自分が頭を下げて混乱が収まるならば、それでよいと思っていた。辞任は避けられないかもしれないとも考えていた。また、皆が対応に苦慮し続けてきたことも、よくわかっていた。しかし、それにしても不甲斐ないのは“時流”という認識である。
 “ただ状況に押し流されて、よしとするなら、いったい学会精神はどこにあるのか! 大事なのは、広宣流布のために学会を死守しようという奥底の強い一念ではないか!”
 伸一の声が静寂を破った。
 「わかった。私は、法華講の総講頭も、学会の会長も辞めよう。一切の責任を負う。それでいいんだな! すべては収まるんだな!
 しかし、会長の辞任は、宗門ではなく、学会が決めることだ。私が会長を辞めるのは、前々から考えてきたことであり、学会の未来を開くためだ」
 伸一には、“宗門が創価学会の会長を圧力で辞めさせるなどという前例を、絶対につくってはならない。また、そんなことになれば、宗門の歴史に、永遠に汚点を残すことになるだろう”との思いもあったのである。
 戦後、宗門が危殆に瀕した時、外護の赤誠をもって、それを救ったのは学会である。そして何よりも学会は、伸一を先頭に死身弘法の戦いをもって、実際に大聖人の御遺命通りに広宣流布を推進し、世界に妙法を流布してきた唯一無二の仏意仏勅の団体だからだ。
 伸一の話に感極まった首脳が言った。
 「先生! 誠に申し訳ありません……」
 広布の道は、第六天の魔王との壮絶な闘争である。信心をもって、その魔を見破り、戦い、勝ってきたからこそ、学会は広宣流布の大潮流をつくることができたのである。
posted by ハジャケン at 10:16| 山梨 ☀| 新・人間革命30-1 大山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名字の言〉 2017年1月20日

雪晴れの日曜の朝、ジャージー姿の高校生たちが、歩道橋の階段に残る雪を掃いていた。「今日は学校?」と話し掛けると、「野球部の朝練です!」と元気な返事と白い息。「グラウンドが使えないと練習できないね」と言うと、彼らは胸を張って答えた。「これも練習です」▼上達に技術の習得は大事。だが、それ以上に「人間教育」ともいうべき“心の修練”が大切だと彼らの言動に教えられた▼有名な進学校の私立灘校で50年間、国語の教師を務めた橋本武さんも、同様の考え方を持っていた。教科書ではなく、1冊の小説を中学の3年間かけて学ぶというユニークな授業には、深い信念があった。「すぐ役立つことは、すぐ役立たなくなる」「何とか生徒の心に生涯残って、生きる糧となる授業がしたい」(『一生役立つ学ぶ力』日本実業出版社)▼例えばスナック菓子や嗜好品は、一時の空腹は満たせても、体をつくる本当の栄養にはならない。同じように、“人生の骨格や血肉”は、即席でなく、十分な時間をかけてつくりあげるものだ▼仏法も、真の功徳は「冥益」、真の人生の財産は「心の財」と教える。自身の無限の可能性を信じ抜き、鍛錬の日々を重ねる中で、絶対的幸福の軌道は着実に、堂々と築かれていく。(城)
posted by ハジャケン at 10:14| 山梨 ☀| 名字の言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

感覚神経と自律神経

 道徳がないと、人間はだめになる。
 ホルモン機能がないと人間はだめになり健康はだめになる。
 神経でいうと、自律神経というものがないとだめになる。
 感覚神経だけではだめ。
 われわれの内臓はすべて自律神経で生きておる。
 自律神経の中でも、特に大事なのは
 迷走神経と抑制機能を司(つかさど)る神経系統で、
 これが臍(へそ)の中心から1センチほど下のところ、
 すなわち臍下丹田(せいかたんでん)というところに一番集まっておる。
 刺激があった時にぐっと抑制をするのがこの神経である。
 道徳とは感覚神経に対する自律神経の働きをするものであります。
 だから欲望に対しては、克己的な働きになる。
 道徳心を失ったら、
 人間は放縦(ほうしょう)になり、軽薄になってだめになります。
posted by ハジャケン at 10:11| 山梨 ☀| 安岡正篤 一日一言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日興遺誡置文P1618

下劣の者為りと雖も我より智勝れたる者をば仰いで師匠とす可き事―――
 日興遺誡置文P1618
posted by ハジャケン at 10:09| 山梨 ☀| 御書を読もう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

女性に贈ることば365日 1月20日

女性に贈ることば365日
 池田大作
1月20日
兄弟のなかでも病弱だった私は、
兄たちよりも母に心配をかけた。
戦後、私が夜学に通っていた頃、
どんなに遅く帰っても、母は必ず待っていてくれた。
うどんを温めては、
「たいへんだったね。たいへんだったね」
という一言に、
無限の母の慈愛を身に感じたものである。
posted by ハジャケン at 10:08| 山梨 ☀| 女性に贈ることば365日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする